ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『当然』

「あっはっはっは! なんだいそれは! まるでメチャクチャじゃあないか、自殺願望でも持っているのかね! はっはっはっは!」

「いくらなんでもその反応は酷くないですか?」

 

 私物と化している理科準備室にて。マンハッタンカフェがマグカップを掴んだままフリーズしている中、アグネスタキオンの大笑いだけが響き渡る。

 これから長時間・超長距離を走り続けるにあたり、フォームを記録・比較する為に、ドロップスティアーはモーションキャプチャーをアグネスタキオンに求めた。

 その理由を聞かれ、答えた結果。その話を横から聞いていたマンハッタンカフェは耳を疑い口をぽっかり空け、アグネスタキオンは目の前のウマ娘がまた無茶苦茶を言い出した事を笑い飛ばしていた。

 

「これから何万メートルも走るのがメイントレーニング? 同じコースを? 84000メートル()()()? バカじゃないかね、君もトレーナーも!」

 

 アグネスタキオンにはそれが如何にウマ娘の脚を虐め、潰し、殺しかねないトレーニングである事が良く理解出来ていた。

 いかにジョギングペースと言えど、ウマ娘の脚は構造的に脆く、熱を溜めやすい。いたずらに負荷をかけ続ければ、その箇所に溜まった熱が炎症を起こし、怪我に繋がる。

 屈腱炎・繋靭帯炎・蹄葉炎。引退という名のアスリートの死を引き起こす、数々の怪我。過剰な負荷による熱というのは、そういった身を焼く炎を宿すのだ。

 

「そんなに走って、目的は体力作りでは無く、フォーム改良()()!? それだけならもっと冴えたやり方があるだろうにっ! はっはっはっはっ――正気かい」

 

 すっとアグネスタキオンの笑みが消え、目を据える。その先に居るのは、しれっとした顔で身を焼こうとしている狂人。

 アグネスタキオンは自分が普通からかけ離れた、所謂狂人の部類であるという自覚がある。しかしそれは、速度の果てを求めて脚の負担を考えた結果辿り着いた、自分の在り方である。

 目の前の少女、ドロップスティアーは()()なのだ。出会った時、サーカス染みた芸当について聴いた時もそう思った。一歩間違えれば命を落とす、そんな破滅へ通じる道を彼女はひたすら追求していたと、平然と言っていた。

 

「君は本当に興味深いサンプルだよ。君程歪んだウマ娘を、私は知らない」

「そういう貴方も大概に変人だと思うんですけど……」

 

 ウマ娘の脚の限界を誰よりも考察し、先に待つ破滅を避けるべく狂ったアグネスタキオン。

 ウマ娘の脚の限界を誰よりも軽視し、先に在る破滅へ向かう事に狂ったドロップスティアー。

 彼女達は同じくして正道より外れ、しかし正反対の狂った道を走っていた。

 

「単に継続して走るだけなら、トレッドミルでも良いだろう。モーションキャプチャーなど使わずとも、傍に固定カメラ一台を置くだけで済む。長時間同ペース・同フォームで走る練習にもなる」

 

 アグネスタキオンは珍しく、本当に珍しく、他人を思いやった別のトレーニングプランを提案した。

 トレッドミル。ランニングマシン・ルームランナーとも呼ばれる、ジムの一般的な設備。限られたスペースで、同速で走り続けられる装置。フォーム確認や走る効率を確認したいなら、そこでどれだけ長い間走れるかを見れば一目瞭然である。

 だが、ドロップスティアーにはわかる。わからなくても、わかる。恐らく名入が言っている無茶には、()()()()も求められているのだ。

 

「お気遣いは感謝しますよ、アグネスタキオンさん。でも、多分それは()()()()。あのトレーナーさんはばかですが、そんな普通の事がわからない程頭は悪くありません。ばかですが」

 

 本人が居ない今、ここぞとばかりに名入をバカにするドロップスティアー。だが、アグネスタキオンが提案する真っ当なトレーニングを聞き入れはしなかった。

 トレーナーが言った事だからやる、そういった盲信はしていない。だが、何らかの意図があって、それをやらせようとしているのは確かだ。

 これは、()()なのだ。『壊れるな』とすら言ってのける、常識から外れたトレーニング。それによって、別の何かも掴ませようとしている。

 そういうトレーナーだったからこそ、サッカーから鋭角コーナリングなどという意味の分からない技術が生まれたのだから。

 

「…………私がモーションキャプチャーを君に与える義理も義務も無い、と言ったら?」

 

 引き下がる気の無いドロップスティアーを見て、アグネスタキオンは根本的な問題を切り出す。

 この話は、アグネスタキオンがモーションキャプチャーを開発・提供しなければそもそも始まらない。全身用のモーションキャプチャースーツその物は、性能の高い物であればとてつもない金額にはなるが、専用メーカーで受注生産されている。

 だが、実際に高速で走る場合、キャプチャースーツが速度に追い切れず、フレーム落ちを起こす可能性がある。ウマ娘の走力に対し、どれだけ耐えられるかも不明瞭だ。だからこそ、専用の高性能・高耐久な物が必要だ。

 それでドロップスティアーは、試作感覚で筋肉の調査が出来る装置を作り出したアグネスタキオンという存在に思い当たった。ベースになるモーションキャプチャースーツを持ち込み、彼女が改造すれば実用性のある物を作れるだろう。実際、その読みは当たっている。

 だが、アグネスタキオン自体にはそんな事に協力する理由は無い。

 

「義務はありませんね。だけど義理と、そちらへのメリットはありますよ」

「……ふぅン? 良いだろう、聞こうじゃあないか」

「以前自分と実験した時に言いましたよね? 『君の走りに活かせる調査結果を共有しても良い』『相談があれば乗る』、でしたっけ。あの時貴方は、自分に対してろくなアドバイスを出来なかったでしょう? その時の借りがあります」

 

 アグネスタキオンによる、ドロップスティアーの脚の調査。それに対し、アグネスタキオンは自分だけが得をする形で終わっていた。

 筋肉の調査が出来ても、それを活かすアドバイスは出来なかった。相談に対し、当たり障りの無い普通の答えを返す事しかしなかった。その点には、アグネスタキオンは彼女に借りがある。

 だが、それだけで高性能のスーツを開発しろと言うには、少々理由が弱い。

 

「確かに、義理の点ではそう言えなくは無いね。だが、メリットとは?」

()()()()()()()()あげますよ。貴方の開発・改造した、モーションキャプチャー。いっぱい走ったデータがあれば、貴方の言う『ウマ娘の可能性』の研究に活かせる可能性がある――そうじゃないですか?」

 

 それを聞いて、アグネスタキオンは僅かに眉をひそめた。

 その謳い文句は、自分が彼女の筋肉を調査した時の言い回しその物だ。よくぞまぁ半年以上前の事を良く覚えているものだ。それと同時に、提案されたメリットは極めて魅力的である。

 モーションキャプチャーを用いたウマ娘の走行データその物。ウマ娘達の各種レコード・上がり三ハロンの数字だとかハイスピードカメラによる高解像度の映像。それらを超えた、()()()()()()データその物。それを大量に提供されるとなれば、アグネスタキオンの研究にとって極めて有用な物となるだろう。

 

「それに、貴方の調査曰く自分は頑丈らしいじゃないですか。トレーニングが続けば、下手すりゃ百万メートル以上の走行データが手に入りますよ?」

「……君の異常な頑丈さは足先に限っている。関節など、別箇所の耐久は保証されていないよ」

「でも()()()()()()()()は、何十万メートルぐらいはデータが集まりません?」

 

 顔色一つ変えず、ドロップスティアーはそう言った。このトレーニング内で自分が壊れる可能性など()()とした上で、そう言っている。

 狂っている。アグネスタキオンは、本気でそう思った。指示するトレーナーもそうだが、それを受け入れるウマ娘は自分が壊れる事を()()()()()()()()()

 朝になったから起きる、夜になったから眠る、()()()()()()()()()()()()()()()。自分の身に対する危険を、そういう当然の事としか捉えていないのだ。

 トレーニングにストイックな者は多い。目標へ向けて走る覚悟が強い者も知っている。だが、覚悟もせずに自らを破滅の崖に向かって身を擲つウマ娘など初めて見た。

 ――故に。

 

「――クッ、クク……アッハッハッハ! 良いとも、良いともっ! ああ確かに、君の提案は魅力的だ! 認めよう、私にとってそれは代え難いメリットだ! ああ、そうと決めたら色々と用意する事があるねぇ! シャカール君にも協力してもらって、ソフトを用意してもらわねばな! より細かく多くのデータが分析出来なければ、私の欲するデータにならない!」

 

 アグネスタキオンは協力を決めてすぐに、頭の中で即座に算段を立て始めた。

 この異端のウマ娘は、ウマ娘の可能性の一つだ。アグネスタキオンの求める物とは異なるかもしれない、しかし見逃すには余りに惜しいサンプル。自分がやる事の為に、()()()()()()()()()

 この件に関して、アグネスタキオンには彼女のトレーニングに対する責任が存在しない。ちょっと開発して、それを渡して、対価としてデータを貰う。彼女がこの後脚を壊したとしても、それはアグネスタキオンのせいにはならない。

 それにアグネスタキオンがモーションキャプチャーを提供しなければ、彼女はきっと別の形を取るだけだ。やる事は変わらない、それなら自分が得をしたい。

 ただ、自分の為。アグネスタキオンはその為だけに、地獄への旅路を手助けする事にした。

 

「シャカール君――私の知人なんだがね、君の求めるモノの助けになってくれるだろうウマ娘がいるんだ。彼女にも協力を取り付けるから、それまでにベースになるモーションキャプチャースーツを用意してくれたまえ。流石にゼロから作るのは私とて時間がかかりすぎる」

「ホントですか! いやー、助かりますよアグネスタキオンさん! LANEも交換しときましょう、届き次第連絡しますので!」

「良いとも! なんなら作った後のメンテナンスや、集めたデータ解析もしてあげようじゃあないか! いやはや、これからが楽しみだよ! 楽しみで仕方が無い、こんな気分は久しぶりだ!」

 

 狂人二人は笑いながら、LANEのアドレスを交換し合い、これからの予定や前準備について語り合う。ベースとするスーツのカタログや、改造する方向性、完成までどの位時間がかかるのか。

 本気となったアグネスタキオンは一刻でも早くこのウマ娘に試作品を提供し、一秒でも早くそれを調整して完成させたくて仕方がなかった。当然だ、このアイデアは何もこのウマ娘に限って役に立つ物では無い。

 全身の動きを解析するスーツを量産する事はコスト的に難しい。しかし脚部や腕部などの、限定箇所を解析するセンサーと連動するソフトなどを作れば、様々な活用・応用法が考えられる。

 

「――それじゃ、トレーナーさんに伝えてきますねー! 今日も走れって言われてるんで! じゃ、失礼しまーす!」

 

 ある程度話が付いた所で、ドロップスティアーはニコニコとしながら去っていった。

 アグネスタキオンも両の口角を吊り上げ、パソコンを触り出す。ああ、ああ。どこから手を付けて良いものか、わからない。何もかも楽しみだ。楽しみで仕方ない。

 堪え切れずに含み笑いを零してしまっているアグネスタキオンに対し、ここまで一切口を挟めなかったマンハッタンカフェは声をかけた。

 

「……いいんですか、タキオンさん。これでは、怪我を後押しする様な物では……」

「彼女自身がそれを望んでいる以上、仕方がないだろう? それに彼女は誰に言われても止まる気が無いよ。()()()()()をしていたからねぇ」

 

 マンハッタンカフェに対し、アグネスタキオンはそう答えた。

 ドロップスティアーは、常に真っ直ぐこちらを見据えていた。何ら迷いなく、誰に何を言われようと関係無く、自分を貫こうとする意志があった。狂っている自覚はあっても、自分の言っている事を正しいと信じ切っている。

 澄み切った瞳は、狂った色となんら変わりが無い。誰の意見(いろ)も混ざっていない、真っ白や真っ黒という目の色は、普通存在し得ないのだ。それをアグネスタキオンは良く知っている。

 

「これ程に心が高揚するのは本当に久方振りだよ、カフェ。彼女の非凡さは、中央で言う所の”才能”とはまるで違う。彼女のレースを見た事があるかい?」

「……いえ」

「彼女は一戦一戦、当然の様に文字通り死ぬ気で走っている。一歩・数十センチでも間違えれば、彼女は再起不能となるだろう。単に全力を尽くすのとはまるで違う、まさに狂気の沙汰なのさ」

 

 アグネスタキオンは重賞を取った時のドロップスティアーのレースを見た。異常な速度で走る軌道を捻じ曲げるコーナリング。一歩ペースを誤れば重傷を負い、瞬き一つでも遅れれば失明すら有り得るマーク。相手の動く予兆を見切り、ラチを擦る様なギリギリの最内への突入。

 薄氷の勝利の為に、正気を疑う戦略と技術を駆使していた。前走の二度の敗北を見ても、そういった自滅的な走りをしていた。その上で、今ここに笑いながら無事に居る。無事であるその物が異常な、そんなレースしかしていないにも関わらず。

 

「彼女の走りは、彼女その物を表しているんだよ。本人の歪さ故に、それが成立している。()()()()()()()、壊れる筈の走りで壊れていない。私にはわかる、彼女は本当の破滅を迎えるまでは決して止まらないだろうさ」

「…………」

 

 全く違うタイプだが、自分に似た一点を見出したアグネスタキオンは断言した。

 マンハッタンカフェは黙り込む。自分と彼女は全く関係を持たない、単なる顔見知りというだけの存在だ。だが、それでも知らない所で脚を壊す事を見過ごす程に無情にはなれない。

 だが、思考力に関しては追随を許さないこの友人がそう断言している以上、止める事は本当に出来ないのだろう。マンハッタンカフェは先程嵐の様に来て去っていった、限り無く他人に近い顔見知りの彼女が、”本当の破滅”を迎えない事を祈る程度しか出来なかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ふざけんなだあほーっ! んだよ、この値段は! トレーニングでお前が壊れる前に俺の財布を破壊する気かぁーっ!」

「あーっはっは、ざまーみろです! 『お前にしちゃ良いアイデアじゃねーか』って受け入れたのはトレーナーさんですよー!? 直前に自分言いましたよね、『金さえくれりゃ』って! あの瞬間、トレーナーさんが金を出す事は決定したんですよぉー!」

「てめぇぇぇ! いい度胸ださっさと走って来やがれぇぇぇ! もう容赦しねえ、十万メートルだろうが百万メートルだろうがガチで永久に走らせてやるからなぁぁぁ!?」

「上等です、マジで壊れた時は『非人道的トレーニング』って事でルドルフさんに訴えますんでよろしくお願いしまーす! しゅっぱーつ!」

「権力を持ち出すんじゃねぇーーッ!!」

 

 そんな心配をよそに、当の本人は爆笑しながら走り出していた。

 




手段の為に目的(じぶん)を選ばない

当小説のテーマは最初っから「明るい狂気」です。
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