「ぐ、うっ……!」
”ヤマ勘ブロック”。全く相手を見ないまま、勘だけで完璧に真後ろの相手の動きをトレースしてブロックし続ける、異常極まりない技術。
走りにくい。走れない。全く自分のペースで走れず、避ける事も出来ない。ついでに言えば、荒れたバ場の芝が目の前で逐一跳ねて、近寄るのも躊躇われる。
自分一人だけでエルコンドルパサーを抑え込むという常軌を逸したブロックをするドロップスティアー本人は、その上で
(全く、前に出れません……!)
エルコンドルパサーは長いバックストレッチの間、たった一人の壁が避けられない。避けられないまま、
じわじわと、しかし確実に先行集団と距離が離れていく。何度左右に動こうと、ドロップスティアーはそれに合わせて動いてくる。後ろに目が付いているのか、それとも自分に糸でも繋げているのではないか。そう思わせる程に、完璧に自分のライン取りをトレースした上、脚のリズムを抑え込まれている。
ピッチ走法の利点は、歩数の多さによる微調整。従って、
だが。だからと言って背後の相手に対し、こうも鏡写しの様に動く技術が有り得るのか。
「ッ、どいて下さい、ティアッ……!」
「あはっ。ゆっくり行きましょうよ、エルさん?」
エルコンドルパサーは確信した。彼女は、間違いなく自分を
ストライド走法は広く歩幅を取り、それを保つ事を意識する。だが目の前でブロックされながら減速させられている今、歩幅を狭くしてペースを落とさなければならない。
少しであれば良い。しかしその減速が積み重なれば、ストライドは少しずつピッチ寄りとなり、
常に進路をブロックされ続けるエルコンドルパサーは、何度揺さぶりをかけても横へと抜ける事が出来ない事と、前後左右に足を動かす事の全てが徒労に終わる、心理的な消耗に陥っていた。
(こんな、バカな事、出来るワケ、無いのにっ……!)
左右に抜けれず、強制的にペースダウンに付き合わされ。先行集団はどんどん離れていき、今のエルコンドルパサーは追込に近い後方に立たされていた。
『何をするか解らない、怖いウマ娘』。トレーナーの忠告通り、このウマ娘はいきなりとんでもない技を仕掛けてきていた。
何がとんでもないかと言えば、
「これじゃ、ティアも勝てないんじゃないデスか……!?」
「
ぞわりとした。このままペースを落とし続け先行から離され続ければ、いかに彼女が追込のロングスパートをこれまで以上に鍛えてきたとしても、先頭には届かないかもしれない。
これは重賞レースだ。他のウマ娘も軒並みオープンクラスのウマ娘が揃っている。そして彼女は、自分が周囲より脚が遅い事を十分に自覚している。
それ故にこれまでは技を駆使する事で、相手を自分と同じ場所まで引きずり下ろす様な消耗戦を仕掛け、それで勝とうとしてきたのだ。
だが、今はただエルコンドルパサーのペースを落とす為だけに全霊を尽くしてブロック、もとい逆マークとでも言うべき技術を尽くしている。ここに、前方へ追いつく為の意図は無い。
「く、うぅぅ……!」
強引に急加速して外に出れば、彼女のブロックは抜けられるだろう。だがしかし、東京レース場の勝負所は長い最終直線だ。向正面で急速にスピードを上げて外を回らされれば、下手すれば最後の末脚の分のスタミナが残らない可能性がある。
かといってこの目の前の徹底的なブロックは、ピッチ走法特有のペースの微調整によって自分の歩幅をズラし続け、少しずつ後続と差を付けさせている。エルコンドルパサーに対し、エルコンドルパサーの走りをさせない事だけに専念している。
『負けないで下さいね』。確かに彼女はそう言った。しかし彼女は、『
(なんてコト、考えるんデスかッ……!)
初めての芝レース、GⅠ・ホープフルステークス。周囲は皆、エルコンドルパサーに対する敵意と対抗心を持って挑んできていた。
『ダートのウマ娘に負けてたまるか』『私の方が強い』『GⅠを舐めるな』。そういった想いをひしひしと肌で感じ、その上で自分はホープフルステークスを制した。闘争心溢れるウマ娘達は自分が勝つべく最後まで競り合い続けて、自分はグラスワンダー程の圧勝は出来なかった。
しかし、こんなウマ娘は居なかった。
そう。
「いいんデスか……!? アナタが有利なレースで、十分前も狙えるんデスよ……!?」
「
ドロップスティアーの声は全くブレない。本気で、自分を潰す事だけに集中している。
エルコンドルパサーは、勝つ為にここに来た。ドロップスティアーは、
海外では味方陣営の為に犠牲となってレースのペースを乱す、
近い上で、
ブロックされ続け、ペースを乱され、精神を削られ、不慣れな位置取りで走らされ続ければ。
◇ ◇ ◇
「自分の勘は、相手が強ければ強い程働くんですよ。つまり
「え、冗談じゃねえのかよ? なんも見ずに勘でブロックし続ける? 本気だったの?」
”ヤマ勘ブロック”の説明を続行されても、名入はドロップスティアーの正気を疑い続けていた。
そもそも名入は、相手の強さを感じ取るなどというオカルトじみた事を信じてはいない。強いウマ娘に風格があるのはわかる、だがそれを勘という”なんとなく”というだけの感覚で、見もせずに相手の動きを読むなど不可能としか思えない。
だが、当の本人たるドロップスティアーは本気で言っている。自分なら出来ると信じている。勘などという曖昧な物を、本気で武器として使うと言っているのだ。
「なので、
「はぁ?」
「レース当日、
「え、何、これおかしいの俺? 俺なのか? どういう理屈で言ってんだよお前?」
その上で、
普通のウマ娘なら、どうせ勝てないと思っているのに走らされるとか、絶望的に差を付けられる事が目に見えているとか、そういう無気力状態では平常の実力が出せなくなる。
だが、ドロップスティアーはやると決めた事はやる。気力があろうがなかろうが、勝負という場に立った時点で出来る事は変わらない。限界を超えたパフォーマンスが出来ない代わりに、常に掛からず安定した力を発揮する、そういう仕事人めいた割り切りがある。
なので
「あとはまぁ……本気になった時の雰囲気を覚えれば、確実ですかね? その時々でなんかこう、ぴりぴりってクる感じが変わるんで……」
「……出来んのか……マジで……?」
「やってみなきゃわかりませんけど、
年末のカラオケ大会、エルコンドルパサーがジャパンカップを取ると宣誓した時。確かにあの時、ドロップスティアーの
強いウマ娘が見せる、本気の雰囲気。あの時に『ルドルフさん達クラスじゃなくても感じる』と言ったのは、全く嘘では無かった。確かにあの時、ドロップスティアーはエルコンドルパサーの本気と、場に張り詰める強者達の空気を
あとは当日、どの位の差があるか、どれ位相手が本気なのか。それを感じ取れれば、ドロップスティアーは自分の勘頼みのブロックはちゃんと出来るだろうと思っていた。実際にレースで走ってみなければわからないが。
だから
まぁ羞恥心と体力を極限まで追い込む地獄マラソンと、いつもネチネチ続く名入の罵倒で普通に精神が参っていたので、エルコンドルパサーに慰めて欲しかったのも事実なのだが。
「まぁ、やる事はいつものマークと変わりませんよ。
「いや全然違ぇよ。出来るわきゃねーだろ。……マジで、出来ると思ってんの?」
「あったりまえでしょ、出来なきゃ提案しませんて」
なんで信じてくれないかなぁ。そう言わんばかりのジト目をしながら、誰も出来ないだろう意味不明の技術を『出来る』と確信して口にしているウマ娘。
実際、最後まで名入は半信半疑だった。ドロップスティアーは全信無疑だった。
こうして。前代未聞の、
◇ ◇ ◇
「……ッ!」
動揺して色々と考えている間に、向正面が終わり第三コーナーへ入る。
まずい。延々とブロックされ続け、自分の走りが出来ていない。先行集団はかなり離れた場所に居る。まだペースを上げれば届く距離だが、このブロックが続けばそれも出来ない。
勝てない。その可能性が、僅かだが浮かび上がる。ここにはGⅠレースほど強いウマ娘も速いウマ娘も居ない。だが目の前の異端のウマ娘は、
微妙に、本当に微妙にドロップスティアーはスピードを上げ始めている。ストライド走法ではどれだけ
(……ど、どうすれば……)
迷い、惑う。目の前のウマ娘がどう動くのか、どう走るつもりなのか、全く読めない。
坂を含む最終直線の500メートルで不利を背負うのを覚悟して、このブロックを大きく避けながら大外に回るべきか。それともこの合わせにくい加速に合わせ、追込策に付き合うべきなのか。
いや。最悪このウマ娘は、
レースで勝利せずバレーボールで勝利し、それを誇っていたあの時の様に。
(う、ぐぐっ……! ホントに、ホントに厄介デスよ、アナタは……っ!)
まるで考えが解らない。解らないから、どうすればいいのかわからない。邪魔で仕方ない、厄介で仕方ない、
今も尚、自分の思考を先読みしているかの様に。外側への進路を完全にブロックしている、目の前の友人にして
どうする、どうする。内にも外にも壁がある様な、そんな錯覚すら覚え始めた所で。
ドロップスティアーの脚が、僅かに
(――ッ!)
瞬間、迷わずエルコンドルパサーは不良バ場の内側に突っ込む。
エルコンドルパサーのトレーナーは言った。『あの最内突きは、重バ場の最内だったから出来たのだろう』と。つまり彼女には、まだ外に膨らむ癖が残っている。
一歩・一時・一瞬。ドロップスティアーが見せた僅かな間隙に対し、エルコンドルパサーはまさしく天才的にして刹那的な閃きを以て急加速し、イン側を突いて抜き去った。
不良バ場で後方に回されているが故に、先行集団に踏み荒らされた内側は状態が悪い。しかし沼の様な最内でさえなければ、エルコンドルパサーは不完全ながらも力を発揮出来る。
そう。体作りが不十分だった、不完全なままGⅠを取れる力を。
「ここから、行きますよ……!」
ドロップスティアーを置いていく様に、エルコンドルパサーは先行集団を目指してペースを上げる。散々抑え込まれていた脚の歩幅と回転数を六・七割ぐらいに戻す。それだけで、先行集団との差は詰まっていった。
第四コーナーに入る。ドロップスティアーの鋭角コーナリングの驚異がある以上、ここの終わりまでに先行集団の外側まで追いつき、そして直線まで我慢する。道中で散々苦心したフラストレーションのままに、エルコンドルパサーはどんどんと差を詰めていく。
行ける。追いつける。追いつきさえすれば、そのまま直線まで来れば。足も心も消耗しているとはいえ、今の自分に敵は居ない。過信と異なる自信がエルコンドルパサーから漲り、走りを研ぎ澄ませる。
後ろから大きな足音が聞こえる。ドロップスティアーもまた、抜いた自分に追いつこうとペースアップをしているのだろう。しかし、あのコーナリングの餌食にはならない。
今度はそちらがこちらの策に苦しむ番だ。そう思い、エルコンドルパサーは最終コーナーの間ずっと先行の外側をキープし続け。
最終直線に、入った。
(勝てる――!)
目の前に伸びる200メートル、高低差二メートルの長い坂。ここを確実に登り終えてから、横に抜け出してスパート。残る300メートルの長い直線でぶっちぎる。
散々受けたドロップスティアーのブロックの影響で、全力を出し切れはしない。それでも、目の前の先行集団に負ける気はしない。自分より前には、ホープフルステークスに出たウマ娘や、グラスワンダーの様に自分に匹敵し得る存在は居ない。それをエルコンドルパサーは、ドロップスティアー程の鋭敏なセンスでは無いにせよ感じ取っていた。
ドン、と特徴的な足音が後ろから聞こえてくる。恐らく鋭角コーナリングの使い所を遅らせてしまったドロップスティアーが、外に流れる自分の軌道を曲げてロングスパートに入ったのだろう。
だが、もう遅い。そちらのトリックは、この直線に入った時点で既に破っている。ニヤリと笑みを浮かべて、エルコンドルパサーは東京レース場最大の難関たる坂を登り始めた。
「……くっ、う……!」
わかってはいたし、坂路で予習もした。それでも、実際のレース後半でやってくるこの長い坂は、不良バ場という条件も相俟って想像以上に脚と体力を削り取る。
こんな坂を毎回平然と、平地の直線と殆ど同じ速度で走れるドロップスティアーの異常性が改めて身に染みる。”ヤマ娘”と呼ばれていた彼女は、練習でも本番でもとにかく坂で強い。これまでのレースは坂で差を付けて、そのリードを守るという変則的なスパートをしてきていた。
だが、ここを越えさえすれば。上り終えさえすれば、こちらの勝ちだ。不良バ場でバテている先頭は、自分の末脚の射程に十分入っている。逃しはしない。
そう考え、集中し続け――長い坂が、終わった。
(……よし! ここから――)
横に出る。そう思って、進路を取ろうとする。
その瞬間。
(――――)
反射的に、エルコンドルパサーは横に抜け出すのを止めた。
それは頭で考えての事では無かった。
ちらりと一瞬だけ斜め後ろを見る。約二バ身という所へ、ドロップスティアーが坂を凄まじい速度で駆け上がり、一気にスパートで突っ込んできていた。
約二バ身。それは、その
◇ ◇ ◇
「で、二つ目なんですけど。エルさんのトレーナーさんにはもう、トレーナーさんが必死で……ぷぷっ……考えた……ぷっ……コーナリングの欠陥の事。完全にバレちゃってるって考えて良いんですよね? ……ぷふーっ」
「お前マジふざけんなよ。俺がお前に与えてやった最大の武器だろうが。確かにもう外からは通じねえかもしんねえけど、それでも使いようはあるだろうが、今までみたいに」
ヤマ勘ブロックについての説明を終えた後、ドロップスティアーは二つ目のアイデアの説明に入る前に名入を小馬鹿にする笑いを挟んで確認を取った。名入はキレた。
確かに鋭角コーナリングの、外から被せて相手のコーナー終わり際の加速を封じるという効用は、ベテランのトレーナーにはちゃんと見破れる。前例の無い技術ではあっても、これを喰らったウマ娘が先行集団に押し込まれる様にヨレる姿は事実記録されているのだから。
なので、直線勝負まで待つだろう。ドロップスティアーの土俵に上がらず、自分の土俵――末脚勝負でぶっちぎる、純粋な地力勝負。そこまで我慢すれば良い、それだけの攻略法。それが気付かれていないなどと、楽観は出来ない。
「えぇー? それを活用出来たのは、自分の見事な機転のおかげでしょー?」
「発想は俺んモンだろうが。俺がいなけりゃお前これまで一回も勝ってねえだろが」
「はぁー?」
「あぁー?」
ぎゃーぎゃー。再び始まる不毛な口プロレスで、会話が脱線する。
最終的にはドロップスティアーがトレーナー室全体を揺らす震脚を床に叩き込み、強制的に名入を黙らせる事でその喧嘩は終了した。名入の最後の言葉は、『暴力は良くない』というあまりにも一般道徳的にして、彼らしくない負け惜しみであった。
「――まぁ、ともかく。当日エルさんは、直線になってから外側に出て勝負するんですよね?」
「……九割方な。重バ場は内を走るより、状態が良い外の方が速度が乗る。お前の対策も考えて、俺なら百パーセント坂を登らせた直後に横へ抜け出させる」
最終的に
エルコンドルパサーは強い。ドロップスティアーの様な
後はその地力を発揮出来るよう、波乱に巻き込まれない様に、堅実に仕掛ければ良い。長い坂を凌ぎ、坂を終えた所から先行集団を避けてスパート。これで九十九パーセント勝てる。
――
「確か斜行って、”相手の走る進路を妨害する様に斜めに走ったらダメ”ってルールでしたよね?」
斜行。何度と無く語られてきたこのルールは、高速で走るウマ娘達の安全を考えて制定されたルールである。
時速60キロメートルオーバーで走れるウマ娘は、とにかく怪我をしやすい。足取りが大きくブレれば、その慣性で足の関節・筋肉・腱・骨、ありとあらゆる場所に反動を受けてしまう。
速ければ速い程にほんの一時の事故で壊れてしまう、まさしく諸刃の剣。現役を終えたウマ娘達のセカンドライフも守る為に、事故を起こす可能性がある走りはダメという
しかし、URAが定めている定義をより正確に言うと。
「あん? まぁ、正確に言えば”自分の横から
真横から斜め後ろ、二バ身。その隙間が、ウマ娘達に与えられた安全地帯であり、ルールで許されている猶予である。
真横から斜めに動けば、当然お互いが接触して危険である。そして二バ身という差は、ウマ娘の脚力であれば一瞬で詰まり、接触はしないまでも足を急停止する必要があるか、外側へ不意に進路を取らなければならない危険性があると考えられる距離だ。
よって、後続から二バ身より広くリードを取らなければ、ウマ娘は進路変更を許されない。このルールの存在こそが、ウマ娘達が普通最終コーナー終わり際で膨らむ様にポジションを取る、最大の理由である。
「エルさんは、最終コーナーで横に出ないんですよね?」
「あぁ、まぁそう来るだろ――おい。ちょっと待て、お前」
「で、坂が終わった辺りで横に出ようとする、と」
「おいコラ。無視すんな。おい。まさかとは思うが……」
「トレーナーさん。
「……お、お前……」
加速力。超短距離のスプリントに限り、ドロップスティアーのパワーは十全に活きる。
非効率な走法によりそこから速度を上げられないだけで、彼女は
彼女には、事前に見極めた位置に一瞬で到達出来る加速力がある。それは、例えば。
「エルさんが横に出る瞬間、自分が加速して
「――……」
ドロップスティアーは最高速より初速が圧倒的に速い、珍しいウマ娘だ。ある程度まで距離を詰めていれば、自分が決めた場所へ一瞬で肉薄出来る。
そして、仮に。仮にエルコンドルパサーが横に出る瞬間を見極め、一瞬で差を詰めて二バ身以内にまで到達する様なスパートを決めた場合は。
「そのまま横にライン変えたら。エルさん、
「……流石の俺も、その発想は無かったぜ……」
二バ身以内に迫って加速しているウマ娘の進路に割り込むのが、本来の斜行である。
だが、
そして、斜行という反則をしてしまったウマ娘が背負うペナルティは。
「斜行しちゃったら、最悪
「……そうなるとエルコンドルパサーは、
事前予測と優れた観察眼、そして異常なまでの加速力で、相手の進路に対し
斜行は危険な反則だ。失格と取られる事は殆ど無い、しかし最終結果で
つまり二つ目のアイデアとは。斜行を取られる位置へと自ら飛び込み、
「……本当に、斜行の形になったら。お前は、急ブレーキするなり外にヨレるとかの形になる。お前の鋭角コーナリングが使えるのは二回までだ。その時、完璧に躱せる保証は無ぇんだぞ」
「
「…………」
斜行は反則行為である。それは、される側が危険に晒されるが故の反則だ。
もしもエルコンドルパサーがその時、本当に斜行して来た場合。鋭角コーナリングを使わなければ最終コーナーを曲がり切れない――ステップの回数制限を使い切っているだろうドロップスティアーは、緊急回避手段が無いまま進路を塞がれ、ヨレざるを得なくなる。
このウマ娘は足先は頑丈だが、しかし全力の加速直後にヨレれば足首を捻るなりで怪我に繋がる可能性は十分にある。だが肝心のドロップスティアーは、『それが?』の一言で済ませた。
それに、エルコンドルパサーは強い。
しかし、この強制斜行とも言うべき技に引っかからなかった場合は。
「まぁ多分、エルさんならギリギリでライン変更止めるでしょ。でもそうなったら、
「……そう、なるだろうな……」
エルコンドルパサーは斜行の危険性をギリギリで察知する。
そうすると、
この技は自分の
「で。どうです、このアイデア?」
「…………怖ぇわ、お前」
いいアイデアだと思うんですけど。しれっと語るこのウマ娘に対し、名入は心底恐怖した。
◇ ◇ ◇
「ティ、ティアッ……!!」
エルコンドルパサーは、進路を変えなかった。変えてはいけなかった。
坂など物ともせず、平地並の速度で加速して一気に迫る友人がすぐ横に来ている。自分が取ろうとしていた進路へ、真っ直ぐ突っ込んできている。
斜行は道徳的にも競技的にも避けるべき事だ。相手を怪我させてしまう恐れがあるし、やってしまえば自分が降着してしまう。その危険性をしっかりと教え込まれてきたからこそ、エルコンドルパサーは進路変更をギリギリの所で足を止める事が出来た。
「――あはぁ……」
進路変更のタイミングを潰され、その横を過ぎ去るドロップスティアーの顔を、エルコンドルパサーは見た。
それはレース前に見せていた、覇気が失われた顔。幽鬼の如き、不気味な笑顔だった。
更なる最凶最悪の特殊技能・正真正銘の自爆特攻
URAはウマ娘の安全の為に「妨害された被害者の走りに強く影響が出た場合は降着」と、2012年以前の斜行制度を採用している世界設定にしています。ウマ娘ファースト。
どこまでが”強い影響”か、その判断基準が走者には曖昧なので、トレセン学園のウマ娘達はそもそも斜行しない事を心がける様に教えられます。相手にも危険なので。
「じゃあ自分だけ危ない目に遭えばいいんじゃないです?」という、トレセン学園のウマ娘としては有り得ない発想の逆転から、この技は生まれてしまいました。