ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『敗北』

 強制斜行。自分の足を犠牲にしてでも相手を負かすという、狂気極まった発想と思考から生まれた技。これにも当然、大きな弱点が存在する。

 まず、相手が進路変更を()()()()が無ければならない。既に他のウマ娘よりも内側に位置取って直線に入っている場合、そのウマ娘はもう真っ直ぐ走るだけで良い。進路変更が無ければ、斜行にはならないのだから。

 なので、この技は()()()()()()()を走る、進路変更寸前の相手にしか使えない。極端に言えば、最初から最後まで最内を走る逃げ・先行バには絶対に使えない、状況に左右される技だ。

 ()()()()()()()()()

 

「う、あ、あっ……!」

 

 エルコンドルパサーはドロップスティアーの勝負勘と頭脳を評価している。彼女の走りは、常に意図と意味がある行動であると知っている。

 だからわかった。わかってしまった。あの第三コーナー、自分がインを突いて彼女を抜き去り、先行集団に追いついた。()()()()()()()()だったのだ、と。

 強制斜行は先行の外側に居るウマ娘にしか通じない。エルコンドルパサーは最初からブロックされ続け、()()()()()()され。先行の内側を取れなかった。

 そこから先行に追いつけば、そこから最終直線で横に抜け出す算段を立てていれば。自然と、バ群の外側――ドロップスティアーの()()()に入ってしまうのだ。

 

(全部、全部、全部っ……!)

 

 ブロックによるペースダウンが無ければ、エルコンドルパサーはこの位置に居なかった。

 序盤のペースダウンで()()()()()おき、相手が坂を上ってから末脚を出すと予測していなければ、早仕掛けのスパートによる強制斜行の射程内に入らなかった。

 スタートダッシュからのブロック。ペースダウンに付き合わせてからの第三コーナーの逸走。そこからどう動くかという予測からのスパート。

 エルコンドルパサーの陣営は、最も良い作戦を立てて、正しい動きをした。そこに間違いやミスは一つも無かった。

 だが。()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「――ッ、あぁぁぁっ!!」

 

 真横を抜き去っていったドロップスティアーによって仕掛けを一歩遅らされた状態から、エルコンドルパサーは大きく横に飛び出す。

 ストライド走法の長所は、直線での最高速度である。末脚勝負となりやすいレースの世界において、最後の最後で前へ残り続ける事・或いは後方から一気に追い上げて差し切る事。真っ直ぐ走る事、その最適解の走りと言って良い。

 故に、()()()()()()()()。一歩足を止める、歩幅が狂う。そのリズムのズレが、それまでの速度と次の加速を同時に損なわせた。

 よって、エルコンドルパサーは。今までのレースの中で最悪と言って良い程の、遅く鈍いスパートをさせられた。

 

「ティアーーーッ!!」

 

 既に加速しきった、ロングスパートを得意とする彼女。その背は、遠い。

 仕掛けが潰され、加速が遅れ、消耗から全力が出せない。エルコンドルパサーは、ホープフルステークスの時よりも必死で、しかしその時には及ばない末脚で追走する。

 

「逃がっ、しまっ、せぇぇぇんッ!」

 

 ピッチ走法は不良バ場に強い。こちらの作戦は全て裏目に出て、前半の消耗と仕掛けのミスが末脚を削り取っている。残り一ハロン、200メートル。

 完全に作戦通りに動き、不良バ場の影響を受けずに十分に足を溜めたスパートをかけているドロップスティアー。

 全ての作戦と思考を潰され、散々消耗した上に仕掛け所で決定的に躓いた形へ追い込まれたエルコンドルパサー。

 両者には、大きな差があった。()()の差が。

 

(捉え、るッ……!)

 

 ドロップスティアーは、戦術と戦略において大きく差を付けた。

 だがそれ以上に。エルコンドルパサーとは、速さの差があった。

 

「ここまでデス、よッ!」

 

 残り100メートル。どれだけ鈍らされても、天賦の才を十分な鍛錬によって磨き上げた圧倒的な切れ味の脚は、ドロップスティアーの首元に届いた。

 横に並ぶ。ドロップスティアーの脚は鈍っていないが、これ以上速度が上がらない。散々に策にハマった上で、エルコンドルパサーはそれを覆す速さでそれまでの差を無為とした。

 どうだ、参ったか。完全に並び、最早抜き去るだけ。エルコンドルパサーは闘志を燃やし、自分を負かす為にあらゆる手を出し尽くした彼女の顔を、抜く寸前に横から見た。

 

「――」

 

 彼女は、()()()()()()()()()()

 

「――ッ、ぅぅうううああーーッ!!」

 

 ”最強”の脚が、ドロップスティアーを置き去りにする。

 そのまま前へ、前へ。先頭を走るウマ娘へ向けて、駆け抜ける。

 自分の脚に、限界まで全力を注ぎ込んで。()()()()()()()()()()()から。

 

《外からエルコンドルパサー! エルコンドルパサー、エルコンドルパサー! エルコンドルパサー、差し切って今ゴールイン!》

 

 エルコンドルパサーの脚は最後の最後で、前方に居た全員を撫で切った。

 GⅠの様に強いウマ娘は居なかった。皆が皆、不良バ場・坂・長い直線の組み合わせという、これまで経験して来なかった最悪の終盤でバテて、エルコンドルパサーの持つ純粋な強さの前に敗れ去った。

 ――しかし。

 

《一着エルコンドルパサー、二着ハイパーナカヤマ! クビ差、()()()()の辛勝です!》

 

 誰もが、エルコンドルパサーより弱かった。

 弱かったにも関わらず、エルコンドルパサーはこれまでで()()()()()を強いられた。

 最後の最後、最後まで。エルコンドルパサーは、()()()()()()()()()と思ってしまった。

 

「はっ、はっ、はっ……! はぁっ、はぁっ……!」

 

 ゴール板を抜けての、ウイニングラン。しかしその足取りは、極限まで重い物だった。

 ホープフルステークスでは、GⅠという大舞台で勝利した時は、喜びによるアドレナリンによってどこまでも走っていけそうな錯覚に満ちていた。

 だが今は逆に、今直ぐにでも足が止まりそうだった。急に足を止めれば筋肉を痛めてしまう、そう口酸っぱく教えられているにも関わらず、エルコンドルパサーはそうしたかった。

 今まで知る由も無かった、感じた事も無い。ある一つの思考と感覚によって。

 

《四着ドロップスティアー、五着はトウカンビリーフ。やはり全員、不良バ場で好走は難しかった模様です。一様に足取りが重いですね……》

 

 ドロップスティアー。掲示板で下から二番目、ハナ差でなんとか四着。

 自分との差は、大体三・四バ身。完勝と言って良い、どう足掻いてもひっくり返せない差。

 誰の目から見ても一目瞭然である。このレースは、エルコンドルパサーの勝ちだ。

 だが。

 

(……こんなの……こんなの、全然、『最強』じゃない、デス……)

 

 だが、()()()()()()()()。彼女がもっと速かったならば、レースの結果は分からなかった。

 楽に勝てる筈だったレースで、限界まで苦しめられた。()()()()()()()()勝てた。

 この時の思考と感覚に敢えて名を付けるなら。()()()としか言いようが無かった。

 

「――うあー……づっがれだー……うわ、エルさん、大丈夫です? 酷い顔してますよ」

 

 遅れて、ドロップスティアーが追いついてくる。()()()()()()

 当然、既にレースは終わっている。もう足は緩めていい、だが()()()()()

 エルコンドルパサーはもう走りたくなかった。足をもう止めたくて仕方なかった。だが、ドロップスティアーの足取りは()()()()()()

 それは、彼女が()()()()()()()()()()()()事を示していた。

 

「……ティア……今日のレース……どこまで、予想の内デスか……?」

「えぇ……? まぁ、展開だけなら()()()()ですけど……他の人達の事まで予想するのはムリですよ、流石に……」

 

 エルコンドルパサーの足が止まり、それに合わせる形でドロップスティアーは横に付いた。

 別にドロップスティアーは全力を出さなかった訳では無い。証拠として全身から汗が大量に噴き出ているし、声も呼吸も荒い。不調など物ともせず、バ場や坂にも耐え、自分に出来る全力で走ったからこそ。彼女はこの重賞という場でも掲示板に入る好走を見せた。

 だが、()()()()()()()()()()()()だった。

 

「うー、最後までめっちゃ頑張ったんですけどねぇ……エルさん強すぎですよ、やっぱぁ……」

 

 彼女は、全力を尽くしていた。例え()()()()()()()()としても、最後はゴールだけを見て走り抜いていた。

 最後の最後、あれだけ道中で執着していたにも関わらず。エルコンドルパサーを一瞥もせずに、ゴールする事だけに集中していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「……全然、デス……」

「へ? 何がです?」

 

 ”世界最強”。エルコンドルパサーは、そんな遥か高みを目指している。

 だが今日、その足元に刺さる針の様な”強さ”で、彼女は負けそうになった。

 彼女はこの日、本当の意味で。強さの形が一つでは無い事を思い知らされた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「しっかしお前、ホントにやり切るとは思わなかったぞ……エルコンドルパサー、マジでギッリギリだったじゃねえか……」

「あんだけやって負けないあたり、本当に”最強”なんだなって思いますよねぇ……サイン大事にしないと……」

「おいコラ俺はそんなん聞いてねえぞ何ちゃっかり貰ってやがる」

 

 いつも通りの疲労困憊、満身創痍。ドロップスティアーはタオルを頭から被ったまま、天を仰いでいた。これこそ正しい敗北者の有様であった。

 だが名入は敗北感よりも、口から出任せを言った様にしか聞こえなかった、そんな二つの武器を本当に使えてしまったこのウマ娘への感嘆と畏怖を強く覚えていた。覚えながらも、アイシングとクールダウンはちゃんとやっていた。

 ヤマ勘ブロックとかいう、強者限定の技術。強制斜行とかいう、最終直線限定の技術。これら二つを完璧に組み合わせて、完全に成功させた。その上でエルコンドルパサーに完勝された。

 ()()()使()()()()()()()()()。今回温存した三つ目・四つ目の武器を使ったとしても、この差は埋められなかっただろう。

 

「でも言った通り、不調だろうがなんだろうが自分変わんなかったでしょ。まぁエルさんの胸でちょっと慰めてもらったんで癒されたのはありますが」

「精神を疑うレベルでお前ヤベーなとは思ったわ」

 

 呼吸を整え、ドロップスティアーはタオルで自分の頭から首までに流れる汗を拭い取る。

 今日のドロップスティアーは、間違いなく不調だった。体調は調整したので走りに影響は無い、しかしメンタル的には最悪だった。主に、この日までエルコンドルパサーの今までの()()()()()()()()()()()()()()()事で。

 今日のレースに至るまで、体調を整え、()()()()()()()()し。どう足掻いても勝てないという事実を思い知らされながら、同時にブロックの精度を上げる努力をしてきたのである。

 結果として、今回のヤマ勘ブロックは十二分に発揮出来た。あのエルコンドルパサーに、本気中の本気を出さざるを得ない状況まで追い込ませたのである。

 

「あと、喜べ。お前、ちゃんと速くなってるぞ」

「えっ、ホントです?」

「ああ。上がり三ハロンが()()()()()だった」

「同じじゃないですか! 夢見させないで下さいよ!」

「ちげーよだあほ。状況考えろ」

 

 ドロップスティアーの前走・東スポ杯。キングヘイローとの死闘の時と、今回の上がりはほぼ同タイムだった。

 だが、内容が違う。キングヘイローと走った時は()()を完璧に曲がった、重バ場でのタイム。今回は雨こそ降っていなかったが、()()()()()()()()()()でのタイムだった。

 いかにドロップスティアーのピッチ走法が不良バ場を物ともしないと言っても、(あしば)が沈み込む以上速度は落ちている。他のウマ娘と比較してマシというだけなのだ。

 その上で、同タイム。これはドロップスティアーの致命的な弱点である足の使い方が、実戦の中でもしっかり改善されているという証拠だ。

 

()()()()()()ももうちょいで出来そうだし、伸びも上々。この調子なら、()()した方がいいな」

「直行?」

「ああ。三月いっぱいレース無しで地力を底上げする。んで、四月の()()()に出走だ」

「――あはっ」

 

 今回のエルコンドルパサー戦で、二つの武器が十分に使える事がわかった。この調子なら、三つ目と四つ目も問題無く使えるだろう。使()()()()()武器だし。

 エルコンドルパサー相手にここまで走れるなら、他のレースを出るよりはきっちり鍛え上げた上で、()()()に出走する方が良い。武器を存分に活かす為、振るう為。行くべき場所は――

 

()()()。行くだろ?」

「トーゼン。行きますよ」

 

 ”絶対に勝てないシリーズ”の面々が恐らく揃ってやってくる大舞台。クラシックの最高峰、冠の一つ。

 重賞で一勝し、なんだかんだこれまで常に入着しているドロップスティアーにも、そのレースに出るだけの資格はある。

 エルコンドルパサーに通じた”ヤマ勘”は、”絶対に勝てないシリーズ”の全員に働くだろう。

 当然、このままだと勝ち目は薄い。だが、だからこそ行くのだ。

 

「あぁ、それと。多分だが、お前が()()()()()()()()()()方法を思い付いた」

「えっ、マジですか」

「ああ。コイツは今やってるお前の痴女マラソンでも――」

「――……」

「――走り込みの中でも、十分取り入れていけるだろうと睨んでる。ムリ無くミッドフットと並行して覚えられる筈だ」

 

 痴女マラソンという単語が出た瞬間、ドロップスティアーは椅子に座ったまま片足を掲げた。当然その足裏の行方は床に向けられている。

 『これ以上怒らせるな』という、震脚の構え。対名入限定の武器。名入はビビって、ついに自分の失言を取り消す様になった。少しだけ優しさを覚えたのである。恐怖により。

 ミッドフットが少しずつ定着し始めて来ている彼女の震脚は、実は少しずつパワー効率が上がってきていた。割と本気でダートぐらいなら割れるんじゃないか、そんな威力になってきているのである。

 

「ま、今日はゆっくり休め。正直、思ったよりお前の成長が早い。()()()()かもしれん」

「……あんだけ恥ずかしい思いしてるんだから、そりゃ成長だってしますよ……」

 

 現時点でのドロップスティアーの目指す走り――ミッドフットの使い方は、まだ不十分だ。だが、名入の想定しているよりもずっと早く習熟されてきている。

 長距離というか超距離のマラソン、高性能スーツによる大量の情報収集、リアルタイムでの指導、乙女の羞恥心。様々な要因が組み合わさった結果、ドロップスティアーの走りは格段に改善され始めている。

 実際、今回は不良バ場であるというこちらが有利な要因こそあったが、先行集団へ揺さぶりをほぼかけなかったにも関わらず、重賞レースで入着出来ている。これは以前からすれば考えられない程の進歩と言えよう。

 

「……っていうか、足裏の使い方以外でも速くなれる方法ってなんです? ピッチ走法その物は変えないんですよね?」

「そいつは後日()()を見せる。当然だが、これまで見せてきた歴代菊花賞とは違う手法だ」

「ほー」

()()()と思うぞ。多分お前も興味持つから」

「えっ、マジで気になるんですけど」

 

 ドロップスティアーはレースに疎い。そんなウマ娘にも『興味を持つだろう』と言われる、速くなる為のもう一つの方法。

 彼女は敗北の中で少しずつだが、ウマ娘としての”強さ”に近付いていた。

 




試合に勝って勝負に負けた(三バ身以上つけて)

全体を通してエルコンドルパサーに負かす動きでしたが、ワンチャン自分も勝てる可能性のあるレース運びでした。負けましたが。
それは仕方なかったとはいえ、流石にバカみたいに走らせていればバカだって速くなります。
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