ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『恥』

「青葉賞一着おめでとうございます、ドロップスティアーさん!」

「あっ、はい。なんか、ありがとうございます」

「やはり次の出走は、ダービーでしょうか!」

「あっ、はい。まぁ、そういうレースでしたし、出ますけど」

 

 青葉賞の直後、勝利者インタビューの場にて。勢いのある記者に対し、殆ど熱という熱が感じられない応対をドロップスティアーはかましていた。

 改めて言うが、青葉賞は日本ダービーのトライアル競走である。そこで一着を取ったドロップスティアーは、事実上『自分は日本ダービーに出る』という事をレース結果で示してみせた。

 つまり、日本ダービーにおける注目バの一人となった――のだが、インタビューを受けている肝心の本人はなんかこう、気が抜け切った応対をしていた。

 

「おいコラ、もっとまともな対応取れや。お前の対応が悪いとトレーナーの俺の監督問題になるだろが」

「はぁー? 自分の印象が悪くなるのはまぁ仕方ないとして、トレーナーさんの為になんで自分が気ぃ使って対応せにゃならんのですか。つーか自分の対応に関わらず、トレーナーさんは元々問題の塊でしょうが」

「あぁー?」

 

 そして本来フォローすべき大人たるトレーナーは、自分の担当ウマ娘に対して凄まじく口が悪かった。ウマ娘も記者への塩対応から反転して、トレーナーに喧嘩腰となっている。

 記者そっちのけで視線でバチバチし合うウマ娘とトレーナー。この二人、ダービートライアルに勝ったという喜びも、次走であるダービーへの気概も、全部忘れてるんじゃないだろうか。記者は本気でそう思った。

 

「と、ともかく! 次走――ダービーに向けて、何か意気込みや言いたい事などはありますか、お二人共!?」

「え、言いたい事? えー……あっ、そうだ! イエーイ、バカオヤジ見てるぅー? ダービー出るよダービー。バカ娘とかこれまで散々バカにしてくれちゃったけど、謝るなら今の内だよー?」

「もうその対応がバカなんだよ。絶賛バカ晒してんぞお前、テレビ映るからなコレ」

「はぁー? ちょっと記者さん、今のトレーナーさんの言葉聴こえてましたよね? ちょっとコレその内出るトコ出る時に使いたいんで、後で音声データ下さいね」

「…………」

 

 ダービートライアルの勝者達とは思えない発言とやり取りの連打。記者はこの二人が、本気でこの場がどういう場所か、理解していないのではないかと思った。

 青葉賞はGⅡの中でも格式が高い。ダービーのトライアルにはもう一つ、プリンシパルステークスというオープン戦が存在する。間隔が短く調整は難しくなるが、ダービーへ出走するならばそちらへ出走した方が勝ち目は高い。つまりこの二人は、わざわざ勝つのが難しい重賞を選んだ。

 にも関わらず、難しいレースを勝った時に見られる興奮がまるで見られない。肝心のダービーに対する想いだとか、そういう事を三の次ぐらいに回して喧嘩寸前のやり取りをしている。

 

(……これ、何聞けばいいんだろう……)

 

 記者は今にも口喧嘩しそうに睨み合っている二人――両方とも一応記者の前という事で、流石にいつもの本格的な口喧嘩に発展させる気は無かったのだが――を見て、冷や汗を流していた。

 ドロップスティアーと名入は、どちらも前実績が存在しない完全なる新人コンビだ。地方トレセン学園にも通っていなかったウマ娘と、サブトレーナー上がりでウマ娘を担当するのは一人目という新人トレーナー。そんな二人が見事、栄光のダービーの出走権を得たという快挙。

 これはドラマ性がある。そう思って真っ先にインタビューしてみれば、この有様。レベルの高いGⅡでの勝利も、次走のダービーの事も、全部そっちのけで互いに喧嘩寸前という前代未聞の事態。何を聞いて、そして何を書くべきか。本気で記者は悩んだ。

 

「――少し、いいでしょうか」

 

 一人目の記者が完全に沈黙してしまった所を見極めて、別の記者が手を上げる。

 そこで睨み合っていたドロップスティアーと名入は、そちらの方へ顔を向けた。

 

「今回のレース。最終コーナー付近で、不要な大声を上げましたが。あれは、故意にやった事ですよね」

「えっ? はい、まぁ。めっちゃ本気出して叫びました」

「そこから加速し、急角度でロングスパートをかけたのもわざとですよね?」

「そりゃまぁ。何も考えずあんな早仕掛けはしませんて」

 

 一つ一つ、確認を取っていく。この記者はこれまで長らく、トゥインクル・シリーズのウマ娘達にインタビューをしてきた。

 様々なウマ娘を見てきた。逃げで走り切ったウマ娘も、先行を上手く位置取り走り抜けたウマ娘も、差しで最終直線を突き抜けて勝ったウマ娘も、追込で全てをひっくり返したウマ娘も。そうやって勝利してきたウマ娘達の栄光を伝える事が、記者としての本懐。そう思い、この仕事に就いている。

 故に、今回のドロップスティアーのレース運びには言いたい事があった。

 

「……失礼を承知の上で、申し上げますが……自らの行動に、思う所はありませんか?」

「思う所? ……あー、あーあー! ”卑怯”とか”恥”とか、そういう感じの事ですよね? あはは、そんなわざわざ気ぃ遣った言い方しなくても良いんですよ?」

「遣うわフツー。この記者サンの優しさを台無しにすんなや」

 

 質問に対し、ドロップスティアーはひらひらと手を横に振って笑ってみせた。笑って、自分の走りが客観的にどう思われているか、それを肯定してみせた。

 その記者は、競い合うウマ娘達の姿を見るのが好きだ。全力を尽くして走り、並んで競り合い、互いにライバル視し、レースの中で精神を磨いていく。そういうスポーツマンシップの中で成長していくウマ娘達こそが、トゥインクル・シリーズを盛り上げてきた。

 だが、ドロップスティアーの走り――レース戦術は、前例が無い。大外捲りを得意とする追込バと聞くだけなら、”黄金世代”の中でも劣らない華やかさがある。だがしかし、実際にレースの中でやっているのは意図的な妨害戦法だ。

 青葉賞だけを見ても、迫り過ぎて自他を危機に晒すマーク。不意に聴覚へ訴えかける大声。そこから先行集団にぶつかるのでは無いかと思わせる直進コーナリング。そして最後に、競り合う相手を蹴落とす様な踏み込み。

 全く前例の無い戦術を駆使し続け、彼女は勝利した。そういった勝ち方をする・或いはさせられている事に対し、どう思っているのか。記者はそれが知りたかった。

 

「あのー……記者さんは、URAの公式の方とかじゃない、ですよね?」

「……? はい、そうですが」

「あー、怖ぁ……じゃあ()()()()()()んですね、よかったー」

「――はい?」

 

 ほっと胸を撫で下ろすドロップスティアーに対し、記者は彼女が何を言っているのかが一瞬呑み込めなかった。

 彼女は自分の行為に対し、自覚した上で走っている。それはわかったが、そこで”違反”という言葉を使った事に思考が停止した。そういう言葉を使うという事は、つまり――

 

「いやぁ、なんか反則しちゃってたらホント謝りますし、降着とかも普通に受け入れますけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なっ……」

 

 ()()()()()()()()()()。その表情には、安堵の色すら見えていた。

 『違反でなければ別に構わないだろう』。それはつまり、故意に相手を妨害したと認め、その上で何も思っていない事に等しい。これに対し、記者は思わず両肩を角張らせた。

 

「そ、そんな事をして勝って、嬉しいのですか!? 一緒に走っていたウマ娘の皆さんに、申し訳無いだとか……そういう事は思わないのですか!?」

「え。いや、勝ち方は何でも良いですし、そりゃまぁ申し訳無いとは思ってますよ? 普通に」

「なっ、ならば何故、何故あんな走りをしているのですかっ!」

「……? ()()()()()()以外、なんか理由要るんです……?」

 

 心底からの疑問。あどけない顔で小首を傾げる彼女は、『卑怯』『恥』と自ら認めた走りと勝ち方に対し、記者の言葉がまるで理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 その場に居た全ての人間が、当然の様に疑問を返す彼女の態度に対してフリーズした。横の名入は、あちゃーって感じの顔を掌で隠し、天井を見上げていた。

 

「あ、でもでも! ちゃんとルールにも目ぇ通してますし、ホントにダメって思った事はやってませんよ? 実際、違反も降着も取られてませんよね? じゃあ良いじゃないですか」

「じゃ、じゃあ良い、って……」

「まー卑怯って思われちゃうのは仕方無いですけど……()()()()()()()()ですよね? 間違ってたら違反取られてますし」

「……それは……」

 

 質問した記者は、黙るしか無かった。

 実際、ドロップスティアーはこれまで違反行為はしていない。何が何でも勝とうとするあまり、斜行や押圧などの危険な妨害をする様なウマ娘自体は、トゥインクル・シリーズの中では多く見られる。しかしそういった彼女達は、漏れなくルール違反として裁かれてきた。

 だがドロップスティアーの場合、前例の無い走りと行為を散々やってはいるが、レースのルールに明確に反する行為はしていない。『間違っている』ならば、彼女の走りは結果として認められていない。

 卑怯には見えるし、恥とも取れる。だが彼女はそれを一切気にせず走り、勝っただけなのだ。

 

「ルール違反じゃないんだから、()()()()()()()()()じゃないですか。これまではたまたま、誰もやってなかっただけだと思うんですけど」

「……そ、それ、は……」

 

 さらっと述べたドロップスティアーの言葉は余りに正論であり、そして()()だった。

 彼女の戦法は、()()()()()()()()()。ルールが彼女を咎めない以上、彼女のやり方は他の誰もがやってもいいレース戦術であるとも言い換えられる。しかし、それは()()()だ。

 鋭角コーナリングは、他のウマ娘がやれば百パーセント骨折する。

 脅迫マークは、極まったピッチ走法と観察眼が無ければ自分が蹴り飛ばされる。

 単なる勘だけで、なんとなく相手の進路を塞ぎ続ける事など有り得ない。

 タイミングを見極め、相手が斜行になる瞬間に急加速するなど自殺行為だ。

 今回使った”山彦砲”にしても、最終コーナーからスタンドにまで響く程の大声など走りながら出せる訳が無い。”震山脚”に至っては、ただその場で強く足踏みをしただけである。

 『たまたま他人がやっていなかっただけ』という言葉は間違ってはいない。しかし正確に言うなら、『()()()()()()()』の間違いであった。

 

「……ダービーでも同じ様な事をする、と受け取って良いのですか……?」

「そりゃしますよ、やんなきゃ負けますし。記者さんはセイちゃんさんとかキングさんとかスペさんとかに、自分が普通に走って勝てると思います? 自分は欠片も思ってませんよ?」

「…………」

 

 質問を返され、記者は今度こそ言葉を失くした。

 青葉賞を勝った彼女は、二着に一バ身半を付ける程の脚も見せた。だが、弥生賞と皐月賞を席巻してみせた”三強”に勝てる程の強さかと問われれば疑問が残る。いかに青葉賞を勝ってみせても、あの三人の強さはこの世代で突出している。

 ”勝負”にはなる。だが、”勝利”には遠い。本人すらも完全に理解しているその事実に対し、記者は口を噤むしか無かった。そして、自身の力量を弁えて『だからやる』と言う彼女を止める言葉も無かった。

 

「……記者サン、勘違いしないで欲しいんですが。コイツはこんなバカな事平然と抜かしてますけど、そういう走りと作戦をやらせてんのは全部トレーナーである俺です」

「え、何言って――」

「静かにしてろ。……つー事で、卑怯だの恥だのなんだのは、全て俺が言われるべき事です。出走者や観客の皆さんに悪い思いをさせたなら、スンマセンでした」

 

 勝利者インタビューとは思えない程に冷え切った場に、名入は左手でドロップスティアーの口を塞ぎながら右手を上げ、記者達に言葉(フォロー)を発して深く頭を下げた。

 実際名入は、なんだかんだ言いながらもドロップスティアーの手綱を握っている責任者である。ダメだと思った事はさせないが、逆に言えば()()()()()()()()()いる。

 ドロップスティアーは勝負で恥を覚えない。そして名入は、それを基に卑怯と言われる作戦を考案して走らせている。

 

『組むからには、これからのレースはお前だけの勝負じゃない。お前の勝ちは俺の勝ちで、お前の負けは俺の負けだ』

 

 トレーナー契約した直後。サッカーなど数々な奇抜なトレーニングをさせ始めた頃、ドロップスティアーへ名入はそう前置きをした。それは、()()()()()()()()()という意味も含んでいた。

 ドロップスティアーは手段は選ばないが、悪意では動かない。”五つの武器”は確かにどれもレースの常識外から発案された物だが、『どこまでやっていいのか』と確認を取る良識はあった。

 それを聞いても止めずに作戦に組み込んだのは、名入である。使う戦術の悪辣と言えるだろう部分は、レース展開を予測してマーク相手を絞らせているトレーナーの影響が大きい。

 このウマ娘が何を言われようが気にしない性格なのは知っている。だが、勝利に伴う罵倒があるならば、全て自分が背負う。それは名入にとって、”絶対”の信念である。

 ()()()()()()()()()を、名入は譲る気は無かった。

 

「あの。こちらからも良いでしょうか?」

「……? 何スか」

 

 沈黙を割る様に、先程の記者から逆方向の少し後ろから別の記者が声と手を上げる。名入がそちらへ目を向ければ、本当に手だけしか見えなかった。

 より正確に言えば、前方にいる取材陣の姿に隠れて手のみしか見えていない。声からして女性なのだろう、それに名入は珍しいなと思った。男尊女卑という訳では無いが、”ウマ娘”のレースを追う性質上、メディア関係者は男性の割合が多い傾向がある。

 

「先程、『ああいう走りをやらせているのは全て自分』と申されましたよね」

「はい。全部俺がやらせてます」

「ちょっとトレーナーさ――」

「俺が。全部。コイツに。させてます」

 

 声色は平坦に、言葉は露悪的に。ドロップスティアーの口に掌を強く押し付け、名入は一言一言を断言していく。

 『黙れ』。その掌から伝わる強すぎる意志に、彼女は完全に身を引いた。何故ならこれは、()()()()()だったからだ。

 名入とはこれまで散々喧嘩して来たが、それらは冗談半分の口喧嘩のみである。震脚による脅しにしても、本当に名入の態度に耐えられないのならば、彼女は契約を解除するという形で絶交している。

 基本的に名入とのコミュニケーションは、互いに許容している言葉の交わし合い(ドッジボール)。だから、名入がこうして物理的かつ一方的に黙らせるというのは、本当に初めての事だったのだ。

 

「私の知る限り、彼女の戦法には前例がありません。あれら全てを、貴方が教えたと?」

「ええ。それが何か?」

「――……」

 

 当然違う。脅迫マークや”五つの武器”は、ドロップスティアーの発案した技だ。しかしドロップスティアーは、口を挟む事は出来なかった。

 名入の教えてきた事は鋭角コーナリングを含めて、基本的にはレース技能の延長である。直線のちゃんとした走り方・重バ場の最内突き・ミッドフット・メジロパーマーの走法・瞬間的な息の入れ方。提案する作戦は相手の弱点を徹底的に研究して潰す様なやり口だが、トレーニングは基礎能力の底上げに徹している。

 よって、『卑怯』と言われる技その物に名入の関与は無い。それすらも、名入は自分の考えであると敢えて言い切った。その意図が分からない程、ドロップスティアーの頭は悪くない。

 ()()()()()。常に傲岸不遜に振る舞い、日常的に担当ウマ娘を小馬鹿にしまくっている、あの名入が。一切の体面やプライドを捨ててまで、自分の為に。

 

「最終コーナーでやっている、あの直線的なコーナリング。あれは失敗すれば、確実に怪我するだろう技術だと思われます。違いますか?」

「違いませんね。スパート中に軌道をあの角度で曲げるなんざ、このバカじゃなきゃとっくに競走生命終わってるでしょーよ。ま、ンなモン最初っから承知の上で仕込んでやったんですが」

「…………」

 

 タバコの包み紙を被せただけのココアシガレットを一本取り出し、指に挟んで構えながら名入は平然とそう告げる。その態度は、それまでのドロップスティアーの印象を覆すには十分な程に高慢な物だった。

 沈黙していた記者達が、僅かにざわめき出す。事実、鋭角コーナリングの危険性に関して言えば名入はなんら反論の余地が無い。あのシンボリルドルフですら声を荒げた代物(わざ)を、真っ先に考案して教えたのは事実である。

 特異な足先を持つドロップスティアーで無ければ出来ず、そんなウマ娘ですら一度のレースで二度までしか許されず、その上で少しでも失敗すれば確実に怪我に繋がる。そんな技を毎回笑いながら成功させているのがおかしいだけで、鋭角コーナリングは本当に危険な技なのだ。

 

「で? そんな危険な技と、卑怯な戦法をやらせてる俺に、何か言いたい事でも?」

「――す……」

「す?」

「素晴らしいですッ!!」

「……は?」

 

 は? 名入の発声からワンテンポ遅れ、その場にいる全ての記者が称賛の声の方向へと振り向いて、その声の主を見た。記者達が全員一斉に横に向いた事で、丁度名入の目線を遮っていた人の壁が割れ、()()の姿が顕になる。

 白スーツとショルダーバッグを提げ、長い髪をポニーテールにしてまとめている美人記者。しかし、トゥインクル・シリーズの関係者の一部では有名な奇人記者。

 大手雑誌”月刊トゥインクル”の記者。そんな彼女の名前は、()()()()()という。

 

「長いレースの歴史でも前例の無い数々の戦法、それを支える技術と能力! つまり、『自分は世界一彼女を強く信頼している』! そういう事ですね、名入トレーナー!?」

「は? ……いや、なんでそうなんの? えっ?」

 

 そうはならんやろ。散々に露悪的な態度を見せた所で、京都レース場を二周してレコード出したぐらい飛躍した結論を出された名入は、指に挟んでいたココアシガレットを床に落とした。

 だが乙名史記者は、意味不明な言葉で完全に時を止めた世界(かいじょう)に出来た、記者陣の間の一筋の道を突き進み、一瞬で名入達の眼前にまで迫ってきた。名入はビビって思わず半歩引いた。

 

「私もドロップスティアーさんのこれまでのレースを拝見して来ましたが! 『自分の愛バは絶対に失敗しない』『自分のトレーナーの言う事は絶対に間違っていない』、そう互いに信じ合っていなければあんな技と作戦を持ってレースへ送り出せません! まさしく一心同体! それも担当一人目のウマ娘にして、これだけの信頼関係を築き上げるとは! 素晴らしいですッ!!」

「…………はぁ」

 

 言葉の津波。そうとしか言いようの無い乙名史の勢いに、名入は本気で困惑した。っていうか引いた。肉体的にも精神的にも。言葉だけで土俵を割られそうだった。

 しかも乙名史の指摘の半分ぐらいは当たっているのがタチが悪かった。実際名入はドロップスティアーが失敗しない事を前提として作戦を立てているし、ドロップスティアーも名入の方針と情報が正しい事を前提に過酷なトレーニングを遂行している。

 ”信頼関係”と言うには、この二人はドライな関係である。顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。しかし確かに、二人共相手の能力や思考を疑っていない。それは確かに、”信頼”の形ではあった。内面はともかくとして。

 

「世代の頂点に立つ為! その過程で生じる自分のウマ娘への非難に対し、『世界の誰もが罵ろうとも、全て自分が受け止めてみせます』と言いましたね!? それ程に深い親愛と覚悟を、トレーナー一年目で抱けるとは! 感服です!」

「いやそこまで言ってないんスけど」

 

 本当に言っていない。断じて言ってない。言葉の極大(クソデカ)解釈としか言いようが無い受け取り方をしている乙名史に対し、名入は三度同じ事を繰り返して思った。

 乙名史記者の有名たる所以は、その暴走的なインタビューにある。彼女は記者の中でもウマ娘への知識が一際深いのだが、知識量を乗算したかの様に取材の情熱が強い。強すぎる。

 現在やっているトレーニングは何か。それに対して一言返すだけで、発言の本質を見極めた上で日本一の規模にまで内容を膨らませる程に、彼女の知識と情熱は本物だ。

 そんな彼女が”歴史に存在しない戦術を可能としたウマ娘とトレーナー”という、極上のネタを前にした場合、どうなるかと言えば。

 

「皐月を敢えて見送る事で次のダービーを制し、更なる先のレースでも頂を目指し! 三冠という誰もが憧れる道程に目に眩ませる事も無く、この強豪達が集う世代の最強――いえ、日本最強を目指す! そういう事ですよね!?」

「違うんスけど」

「前例無き技術を以て、歴史に前例無き蹄跡を刻む! 全ては自分の担当の為! その為ならば、自らの人生全てを擲ってでも良いと!」

「言ってないんスけど」

「トレーナーとして全身全霊を尽くし、トゥインクル・シリーズの歴史を覆し、果てには愛バの歴史館を建てる計画までぇ……あぁ……」

「スンマセン、この人なんスか?」

 

 自然、こうなる。当然、不自然である。

 名入はサブトレーナー時代から、ウマ娘に関するあらゆる情報にアンテナを張ってかき集め、『自分が担当するならどうするか』『このウマ娘を倒すならどうするか』など、そういった事ばかり考えていた。良く言えばシミュレーション、悪く言えば悪巧みこそが趣味だった。

 情報を集める為にメディアを使う事は多いが、記者はどうでも良かった。興味がまるで無く、無知だった。故に、乙名史記者(こんなモノ)がいる事を知らなかった。

 

「……あー。なんかもう質問無いみたいですし、帰って良いスか?」

「……良いと思います」

「そんじゃあ失礼しまーす。帰んぞ、だあほ」

「あっ、ちょっ、待って下さいよトレーナーさーん」

 

 完全にトリップし始めて戻ってこなくなった乙名史の様子を見て、それ以外の記者達に許可を取ってから名入はその場を後にする。ドロップスティアーも遅れてその背を追った。

 なんなんだアレは。自分や担当を含め、散々変人慣れしてきたと思っていた名入ですら完全にドン引きさせられる、”最も怖ろしい記者”に対して思う事はそれだけだった。

 しかし、乙名史からの詰問前や会場を離れる時の記者達の顔を見るに、概ね名入が思った通りの印象は与えられただろう。ちょっと予想外ではあったが――

 

「ちょっとトレーナーさん、どういうつもりですか。なんで自分から悪役ぶったんですか」

「悪役ぶるも何も、半分以上は事実だろうがよ」

 

 東京レース場から出て、トレセン学園への道程である商店街を並んで歩きながら、ドロップスティアーは今回の名入の態度の本意を聞き出そうとする。

 さっきの取材において、名入は明確に自身だけに悪意や責任の矛先を向けようとしていた。確かに作戦を命じているのは名入ではあるが、実行者はドロップスティアー本人である。言ってしまえば共犯関係であり、”トレーナーだけが悪い”と思われる様な印象操作を行う必要は無い。

 いつもの名入ならば『いややってるお前が全面的に悪いだろだあほ』ぐらいは言いそうな物である。にも関わらず、今回名入は真逆の対応をした。その理由が分からない。

 

「確かにトレーナーさんは性格最悪で、そこをフォローする気は欠片も起きませんけど。こっちが考えた技の責任まで取ろうとしてたじゃないですか」

「おいコラさらっとディスんじゃねぇよ。仮にも庇ってやった身だぞこちとら」

 

 名入は口も性格も悪い。ドロップスティアーの人生で出会ってきた中で、性格の悪さを競うレースをやるならば、首位を完全独走状態という程に悪い。

 だが、悪人では無い。レースでは致命的な欠陥を持つ自分に対し、勝つ為の技と力と作戦を与えてきた。トレーニングは奇抜だったり凶悪だったりするが、一応理屈も通っているし限界を見極めてクールダウンも入念かつ丁寧にやっている。

 ドロップスティアーは初ライブで意図的に逃れて散々叱責された時の様に、自分に非があるならば素直に聞き入れる。ルールの穴を突いているのだから、非難されるのは当然である。だから、その非難を肩代わりされる必要は無いと思っていた。

 

「大した理由は無ぇよ。お前はその性格最悪なトレーナーが、たまたま気まぐれ起こしたとでも思ってりゃいいだろ」

「えー……そういう人に限って、結構大層な理由があるモンでしょ? ほれほれ、かわいいかわいい信頼してる愛バにだけは打ち明けちゃっていいんですよー?」

「だあほ」

「もがー!」

 

 ドロップスティアーの口を、名入は包み紙を外したココアシガレットを押し付けて黙らせる。ドロップスティアーは彼女の父親から教え込まれた習性として、反射的にもぐもぐ食べ始めて次の言葉が紡げなくなった。

 コイツこれで簡単に黙らせられるのか。奇しくも知る機会が無かったドロップスティアーの習性(ひみつ)を知った名入は、今度からココアシガレットを余分に持ち歩く事を決めた。

 

「むぐむぐ……むぐ。別に良いじゃないですかー。他の人ならともかく、庇われた張本人ぐらい理由を知る権利あると思うんですけどー?」

「食い終えんのはえーよ。……くそ、今のが最後の一本か。もう黙らせる残弾が無ぇ……」

「お菓子のこと”残弾”って言う人初めて見ました」

 

 恐らくココアシガレットを食べた数だけなら世代最高のドロップスティアーは、その独特な風味のするラムネ菓子を即座に食べ切って質問を継続した。名入は自分の懐のタバコの箱――自分のココアシガレットを収める専用に作った手製の紙箱だが――の中身が無い事を確認し、舌打ちする。

 この調子では、トレセン学園に付くまでにひたすら粘着される。ここ一年の付き合いからの経験則から、このウマ娘は易々と引き下がらないだろう事を名入は容易に想像出来た。

 はぁ。大きく溜息を吐いてから、仕方無く名入は()()()だけ出す事にした。

 

「お前、ライスシャワーは好きか?」

「何愚問言ってんですか。ライスさんは偉大なる大天使ですよ。ライスさんに敵うウマ娘などいる訳が――」

「トウカイテイオーの時と同じネタかましてんじゃねえ。天丼どころか天井なんだよそのネタは」

 

 ドロップスティアーから目を切り、商店街の先に聳えるトレセン学園を見る。あと十分もしない内に、併設された寮に到着するだろう。そうなれば強制的にこの粘着系ウマ娘からはオサラバだ。

 だから、()()()でもしておけば十分である。そう名入は判断した。

 

「……俺はライスシャワーを高く評価している。()()()()()だ」

「はぁ? ……いや、何の答えにもなってなくないですか?」

「コレで分かんねーなら話は終わりだ。ちっとは考えてみろ、だあほ」

「……うーん……?」

 

 うーんうーん。唸り始めたドロップスティアーを見て、名入は上手くいったと思った。

 このウマ娘は地頭が良く、思考の回転も早い。だがしかし、()()()()()()()()()を考えるならば、その思考力はただその場で空転し続けるのみである。

 解きようの無いパズルを手渡した様な形で、名入はそれ以上の追求を躱した。

 

(そもそも、そんなどーでもいい事考えてる余裕なんざ無ぇしな)

 

 ドロップスティアーの次走は、日本ダービー。クラシック最大級の、GⅠの中のGⅠレース。エルコンドルパサーはNHKマイルカップに出ると宣言している以上、こちらには来ない。

 だが、”三強”が来る。弥生賞と皐月賞で紛れもない”絶対”の力を示した彼女達。普通に走れば勝てない、故にこれまでは対戦をなるべく避けていたこの世代の代表。当然最高峰の冠を競う以上、他に出走するウマ娘達も一流揃いだ。

 だが、どちらにせよ”三強”の全員を倒さない限り勝利は無い。皐月賞を避けてまで、青葉賞を制するだけの力を付けた。”絶対”を覆す武器も手にした。しかしそれでも、勝率が低い事に変わりはない。それだけ彼女達の力量は、他を凌駕している。

 

「――おい」

「うーんうーん……え、なんですか?」

「ダービー。勝てよ」

「何言ってんですか今更」

 

 名入はドロップスティアーへ、強く言い聞かせる。勝ち目が薄い事など、今更言うまでも無い。そんな事は最初から承知の上で、二人はここまで登り詰めてきた。

 レースにおいて最大の武器は、結局脚の速さだ。そこに差があるからこそ、皐月賞からは逃げた。速さで勝てないと分かっていたから、代わりに青葉賞に出た。

 出来る事は全てやってきた。日本ダービーまで約一ヶ月、最早新しく出来るトレーニングも覚えられる技術も無い。後はダービー当日に全力を出し切れる様に、調整する事しか出来ない。

 ”絶対に勝てない”相手に対し、”レースに絶対は無い”を叩き付ける。その為に、これまで鍛えてきたのだから。

 

「……自分、ルドルフさんと山で勝負した時に言った事あるんですよね。『速いだけじゃ自分に勝てない』、って」

「……”皇帝”相手にそんな偉そうな事言えんのお前ぐらいだろうな……お前そん時、トゥインクル・シリーズも知らなかったんだろ?」

「ええ。でもその時、負けたのはルドルフさんでしたよ」

 

 『速いだけじゃ自分に勝てませんよ』。そう言ってドロップスティアーは、極めて恥知らずにして常識知らずの手口を弄してだが、実際にシンボリルドルフに勝った。

 山道に苦戦し消耗していたシンボリルドルフは、それでも一ハロンも無い直線で十六バ身差を埋める程の末脚を発揮し、彼女を抜き去った。速さだけで言えば完全に敗北していたが、”勝負”には勝った。

 公平なルールとコースが敷かれているレースの場で同じ事は出来ない。どう足掻いても、彼女はシンボリルドルフに勝てない。しかしそれでも、”速いだけでは勝てない”事を示した。

 ()()()だ。

 

「――負けませんよ。そりゃ皆、自分より速いし強いですけど。けど、()()()()()()()の人はいませんから」

 

 ドロップスティアーは夜空を見上げ、そう零す。

 中央最大の恥知らず。自分でもそういう自覚はある。だが、()()()()()の一つだ。

 直線で強いウマ娘も、コーナーで強いウマ娘も、レース運びで強いウマ娘も。色んな強いウマ娘が、トゥインクル・シリーズにはごろごろいる。だが、()()()()()()()だ。

 一年前、名入が契約する前に言った事を思い出す。『一番強い奴が勝つ訳では無い番狂わせが見たい』・『走るだけでレースをわからなくさせる』・『その走りをレースで使える様にしてやる』と。そして、青葉賞でそれを示してみせた。

 トレーナーの願いを叶えてあげたいという、親密な感情は持っていない。だが――

 

「……ここまで連れてきてもらいましたからね。少しは、頑張ってあげますよ」

 

 ――恥を知らずとも、恩は知っている。だから、少しだけは背負おう。

 この性格最悪で露悪的な態度を隠さず、しかし自分の(はしり)をレースで通用させる様に鍛えて考え抜いて、そこに伴う批判や非難の盾になろうとした、よく分からないトレーナーの想いを。

 あくまで自分が走るついでに、だが。

 

「……お前が頑張ってんのなんぞ、俺が一番知ってるわ。だあほ」

「……あはっ」

 

 口調はろくに変わらないまでも、青葉賞の出走前から名入の態度が妙に優しい。

 ずっとこういう態度取ってくれりゃいいのに。心底ドロップスティアーはそう思った。

 

「次こそ本当の勝負所だ。気合入れる、ぞ――……ん?」

「ん? どうかしたんですか、トレーナーさん」

「いや……なーんか、忘れてる事があるような、気が……」

「忘れてる事ぉ? ちょっとちょっと、勝負直前のこんな土壇場でなんか物忘れなんか止めて下さいよー?」

「……勝負……?」

 

 名入は足を止め、その場で考え込む。何か、何かとんでもない事を忘れている。脳内の空白に対し、握った右手を口元に当てて思索しだす。

 ここで、改めての確認となるが。名入は偉そうな口をこれまで散々叩いてこそきたが、本格的なトレーナーにはなりたて・担当一人目の、純粋なる新人トレーナーである。

 対戦相手の情報収集能力や、レースの作戦を考える思考力は高い。だが今回乙名史記者というある種の有名人を知らなかった様に、それ以外の所は割と一般的なトレーナーであった。

 一般的な、一年目の新人トレーナー。故に、大事な()()を忘れていた。

 

「――勝負服ぅっ! おいお前! 勝負服のデザインとか考えてるか!?」

「へっ? アレ、トレーナーさんとかデザイナーさんが考えてるんじゃないんですか?」

「だあほー!! 本人の意向もナシに仕立てられる訳ねーだろ、主役は走る側だぞ!」

「うええ!?」

 

 勝負服。GⅠ出走ウマ娘が自分で考え、必ず着なければならないモノ。

 名入はレースの事ばかり考えていた。ドロップスティアーは勝負の事ばかり考えていた。よって、それ以外が極めて疎かであった。レースの外、走る大前提である勝負服(それ)の事を。

 

「え、え!? それどうすんです!? どうやってデザイン決めるんです!?」

「……ヤベー。俺、マジで勝負服関係の手続き知らねーわ」

「ちょっとトレーナーさん!? それでもトレーナーさんですかトレーナーさん!」

「うるせぇー! 俺がサブトレ時代の頃は勝負の予測とかスケジューリングとか雑務で忙しくて教えられてなかったんだよ!」

「なんですかいつも人に偉そうにしといてそのザマは! トレーナーとして情けないと思わないんですか!?」

「うっせーうっせー! レースの存在すら知らなかったヤツに責められたかねーわぁー!」

「いやこれマジでどうすんですか! 体操服でGⅠ出走とか無いでしょ!?」

「と、とりあえず、明日休みだから急いで決めるぞ! やっべぇガチでやべぇ……俺は今から帰って手続き関係調べる、お前は明日朝イチでトレーナー室来い! 分かったな、よし解散!」

「いやいやいや! ちょっとちょっと、トレーナーさぁーん!」

 

 ぎゃーぎゃーと二人で喚いた後に、名入は勝負服の決め方や手続きを調べるべく、自身の全力でトレセン学園へと疾走してその場を後にした。ドロップスティアーを置き去りにして。

 結局この二人は、どこまでいっても口論の絶えないコンビであった。

 




似た者同士のバカコンビ

名入Tが”最も嫌いな事”は、誰でもなんとなく予想付くであろう、些細な理由です。
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