ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『東京優駿/王空』

《十八人のウマ娘が揃ったスタートを――いやいつも通り、凄まじいスタートだドロップスティアー! ハナはドロップスティアー!》

 

 ゲートが開くと同時に、凄まじい瞬発力と反応速度でドロップスティアーはかっ飛んでいった。他のウマ娘達が一斉に出遅れた、そう錯覚させる程のゼロからフル加速。

 ドロップスティアーはこれまで一度もスタートで出遅れた事が無い。青葉賞と同じか、それ以上のスピード。下手をすればゲートにぶつかり自滅するだろう、分かっていても誰も出来ない音速のスタートだった。

 

《セイウンスカイが後ろから上がってきた、このダービーでもやはり逃げるつもりだセイウンスカイ!》

 

 先団も少し遅れ、最初のコーナーで好位を取るべくスピードを上げていく。しかしその中でも一際速度を上げているのは、十二番のセイウンスカイ。

 何をするにしても、逃げは前を取らなければならない。2400という未知のレースを、少しでも短くする為に。中央より僅か外側より、セイウンスカイは周囲より頭一つ加速していく。

 最初の200メートルは、一人を除きほぼ横一線。しかし当然、そこからスタミナを温存するべくハナを完璧に奪ったドロップスティアーは減速を始める。

 ペースの急減速で、ドロップスティアーは消耗しない。さらっと先頭を取って、さらっと後ろに下がる。パワーとピッチ走法と反応速度、その全てが可能にさせるハナ争いの途中放棄。生粋の逃げウマであるセイウンスカイでも、それに対抗は出来なかった。

 

「……?」

 

 セイウンスカイはハナを取ろうとして、先団から抜け始めている。ドロップスティアーは減速し始めている。それは普通の、いつも通りの事だった。

 だが、ドロップスティアーの()()が変だ。誰よりも前を取って内を取りながら、彼女の走るラインは真っ直ぐのまま――いや、少し外側へとスライドしている様な気がする。

 最内を取って、最内に下がり、最内で溜める。それが彼女のいつものルーティーンの筈――()()()

 

(……()()()ッ!!)

 

 セイウンスカイは、全力で直進した。スパートと同レベルで、コーナーへと斜めに切り込む事無く。そうしなければ、()()()()()()から。

 ドロップスティアーは、()()()()()()()()()()()()()。その理由は、たった一つ。

 ()()()()()()()。エルコンドルパサーを散々に苦しめたあの技を、彼女はセイウンスカイに仕掛けようとしていた。

 

(けど、その対処もちゃんと研究済みだよ……!)

 

 セイウンスカイがドロップスティアーの横を抜ける。ドロップスティアーは相変わらず前しか向いていなかった。

 その横顔を見ればまるで意識などしていなかった様だったが、彼女は間違いなく前方マークという曲芸を最初に仕掛け、()()()()()つもりだったのだろう。だが、その技の()()も知っている。

 即ち、純粋な加速で前に出るだけ。エルコンドルパサーは向正面でこれを仕掛けられ、一度ハマって抜け出せなくなった。だが、コーナーで()()()()()突破した。

 

(そっちは途中でペースを上げられない。捕まる前に抜けちゃえば、ソレは通用しないよ)

 

 ヤマ勘ブロックの弱点は、()()()()()()()()()事だ。一度前に付かれれば、あの精密極まりない勘でブロックされ続けてしまう。

 だが、最初から前に出れば問題無い。減速を始めた彼女を抜く自体は容易い。エルコンドルパサーの場合は、もっと後ろに下がるつもりだったと誤認したからこそあの技が成立した。

 セイウンスカイは、ドロップスティアーを誰よりも警戒していた。特にヤマ勘ブロックについては、一度決まれば逃げウマが百パーセント負けてしまう最悪の技である。だから、この攻略法は事前に考えて来た。

 これで一つ、驚異から逃れた。セイウンスカイは上手く抜けて先頭に立った事にホッとして――

 

「え」

 

 ()()()()()()()()()。軌道も無視し、無理に速度を上げたにも関わらず。内側には一人、()()()()()()()ウマ娘がいた。

 日本ダービーという大舞台は、逃げが不利。だからセイウンスカイ以外に、逃げを取るウマ娘は居ない――筈だった。

 

《セイウンスカイ、スピードを上げてコーナーの先頭を……いや、()()()()()()()()()()! ドロップスティアー下がって、先頭はキングヘイローだ!》

(――キング!? なんでっ……!?)

 

 完全な想定外(イレギュラー)。外へと直進している自分よりも速く、キングヘイローは先頭のままコーナーへと入ろうとしていた。

 皐月賞では確かに先行の前寄りを取っていた彼女だが、今回のペースは完全に逃げのそれ。一瞬目を疑ったが、間違いない。キングヘイローは、逃げに回っていた。

 だがキングヘイローからすれば、これは()()()()()()だったのだ。

 

(ドロップスティアーさんがスカイさんをマークした、()()()を突く……!)

 

 キングヘイローはある覚悟を持って、ハナを取ったまま最初のコーナーへ入る。そしてその裏に、セイウンスカイが付いていく形になった。

 ()()()()()()()()()()()()。背後に別のウマ娘がいれば、()()()()()()()()

 この2400メートルという距離の中、徹底的に他者を追い立てるドロップスティアーの脅迫マーク。下手をすれば、自分だって掛かってスタミナを浪費させられるだろう、あの技にも大きな弱点がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()事。その為にキングヘイローは、前に出たのだ。

 

(――成程ね、そう来たか。キングは一回、ティアちゃんさんにやられてるからなぁ)

 

 第一コーナーに入りつつ、セイウンスカイは優れた思考力で、今も尚ペースを落とさないキングヘイローの狙いを看破した。

 ドロップスティアーの脅迫マーク。このダービーの中で、あの異常なマークの効力を一番知っているのは彼女だ。セイウンスカイも、あのマークを受けた時の対応を考えた事がある。

 他のウマ娘の前に出る事。レース序盤から完全な前方策を取って、張り付かれない様な速度差を付ける。脅迫マークは、()()()()()()()()()()のだ。

 キングヘイローは一度、衝撃的にドロップスティアーに負けた。全ての後方策のウマ娘を掛からせ消耗させる、自分に特効と言える技。ペースを落とさなければ良いとは言え、意識すればその分スタミナが削られる。

 ()()()()()()()()()()。彼女がセイウンスカイに気を取られた、その瞬間。キングヘイローは()()()()()()()()と、ドロップスティアーに張り付かれる可能性より、逃げる事を選んだのだ。

 

(だけど。そう簡単には、逃げさせないよ……?)

 

 前を行くキングヘイローに対し、セイウンスカイはその斜め後ろに付く。

 逃げウマを風除けにするのが、普通の先行策。しかしセイウンスカイは、他ならぬ逃げウマだからこそ、逃げ(じぶん)がやられたら嫌な事は良く知っている。

 キングヘイローの斜め後ろで、『自分はここに居る』と主張する。少しでも顔を向ければすぐ見える位置を取り続ける。あえて自分の姿を見せ続ける事は、それだけで逃げウマへの牽制となる。

 

(ティアちゃんさん程じゃないだろうけどさ。()()()()()かなり効くでしょ?)

 

 セイウンスカイは作戦を使って走る。そして”作戦”は、相手を良く知る事から始まる。

 ドロップスティアーが東スポ杯でキングヘイローに勝ったあの勝負を、セイウンスカイは研究した。そこで、キングヘイローの長所――視野の広さと、そこを逆手に取って勝ってみせた、彼女の作戦を見た。

 故に、セイウンスカイはキングヘイローの視野であれば見える様な位置取りをした。逃げウマは互いにかち合った時、()()()()()()()()()

 両方が前に行こうと競い合い、不要なペースアップが起こる。長いレースの間、自分がどれだけスタミナを使っているかを数字の様に把握し続ける事は不可能だ。だから、逃げウマが複数居るレースでは共倒れが起きやすい。

 キングヘイローの視野の広さは、それをより際立たせてしまうのだ。

 

(ほーら、私はここだよー。ちょっとでも減速すりゃ、抜いちゃうよー?)

 

 第二コーナーに入り、逃げ続けるキングヘイローの斜め後ろに居続ける。キングヘイローは思った通り、こちらをちらちらと見ていた。

 逃げウマとして、競い合い・ペースの取り合いにはこちらに一日の長――いや、一年の長がある。序盤でハイペースの競い合いとなれば、末脚が残らなくなる。前崩れを起こす。

 セイウンスカイはキングヘイローの視野に対し、姿を見せ続ける事で意図的に前崩れをさせようとしていた。

 

(ただ前を走るだけが逃げじゃないんだよ、キング。さぁー、存分に疲れてもらうよ……?)

 

 逃げは、難しい。トゥインクル・シリーズで最も多い脚質は、差しである。

 自分だけを指針に走れば、ペースが分からなくなる。しかし中団に控えれば、他のウマ娘達の顔や足取りを見て、概ねのペースが推測出来る。

 他のウマ娘に併せて走り、最後の直線勝負で勝つ。差しとはつまり、最終直線で地力が上回ってさえいれば勝てる作戦だ。逃げは、それが出来ない。

 後ろから迫るウマ娘達との位置関係が見えず、自分がどれだけのペースで走っているか分からない。だから逃げは消耗して沈むし、重賞で勝つ逃げウマ娘は少ない。

 ドロップスティアー一人を警戒して逃げを取った、その()()()()()を正す。セイウンスカイはそう思い、第二コーナー終わりを回ろうとして――

 

「……うえっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。合わせてセイウンスカイも、横へ逃げざるを得なかった。

 逃げのハイペースでコーナーワークをしくじったのか。キングヘイローらしからぬミスは、完全に想定外だった。

 コーナー終わりで、思いがけず外側へと走ってしまった。お互いに足が乱れてしまった、そうセイウンスカイは思って――

 

(……待った)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。この現象は、この()()は――

 

(――()()()!?)

 

 コーナー終わりで僅かに逸走する。それにより、後ろのウマ娘をさらに一歩大きく外を回らせる。この技術を、セイウンスカイは嫌という程見た。

 ()()()()()()()()()()()()()。彼女が必ずと言っていい程、この東京レース場の第二コーナーでやってきた、相手を序盤で消耗させる技術だ。

 間違いない。キングヘイローは、同じ事をやった。この土壇場で苦し紛れにやったという動きとは思えない、一瞬誤解した巧妙な逸走。

 キングヘイローは、この技を()()()()()()のだ。

 

「……やるじゃんっ……!」

「誰にモノを言っているのかしら……!」

 

 向正面に入り、キングヘイローは最内を取り直す。セイウンスカイは、キングヘイローよりも大きく移動して元のポジションに戻った。

 2400メートルという距離において、ペースを保つ事は大事だ。そしてストライド走法は一度想定外にヨレると、想定以上の消耗を強いられる。その事実をドロップスティアーは、散々に証明してきた。

 キングヘイローは差しウマである。しかし皐月賞で先行策を取ると決めた時、()()()この技の練習をしていた。自分を苦しめた、王道とは到底言えないこの技を。

 ”王”では無い。だが、そんな事を”一流”は気にしない。使えるモノは使うし、強くなる為であれば強者の技術を吸収する。その器の大きさも、”一流”の証明の内なのだと。

 

(……()()()()()してる……? くそ、思ったより手強いじゃんか……!)

 

 キングヘイローは向正面から、()()()()()していた。この手口もまた、”彼女”のモノである。

 ストライド走法でペースを落としすぎれば、自分の走りが出来なくなる。だからドロップスティアーの様に極端に減速する事はしない。だが、ストライドを僅かにミドル寄りにするだけなら、ロスは最小限に食い止められる。

 完全な想定外。キングヘイローはある程度ではあるが、()()()()()()いた。途中で減速を挟み、脚を溜める。こうなると、セイウンスカイは逆に困る。

 

(ペースを握るつもりが、そっちの掌の上、か……全く、策士が聞いて呆れるよ)

 

 向正面でもセイウンスカイはキングヘイローの斜め後ろに付き、いつでも抜かせるとばかりに姿を見せ続けている。実際、キングヘイローがこれ以上ペースダウンするつもりなら、この向正面で前に出るつもりだった。

 だが、これが中々難しい。逃げウマ相手に一度幻惑すれば、自分と相手のどちらが正しいペースを守っているのかが分からなくなる。この手口は、セイウンスカイこそが最も良く知る所だ。

 慣れない先行策だ、キングヘイローだって苦しくなる。だが、()()()()()()()()のであれば、セイウンスカイにとってこの展開は致命的である。

 末脚勝負で、キングヘイローには勝てない。それをセイウンスカイは良く知っているのだから。

 

「それなら、()()()()だ、キング……!」

「受けて立つわよ、スカイさん……!」

 

 だが、それでも逃げは不利だ。そしてこちらは、本家本元の逃げウマだ。

 第二コーナーのロスは痛かった。あれのせいで、一度差が開いたキングヘイローのペースが不明瞭になった。それなら、純粋な逃げ合戦に持ち込む。

 根性は”黄金世代”の中でも随一の彼女に対し、セイウンスカイは自分の影を見せ続ける。彼女の広い視野に居座り続ける。()()()()()

 逃げが本来恐れるべき、競り合いによるハイペース勝負。自分の土俵に上がってきたキングヘイローを、セイウンスカイは真っ向から打ち倒す事にした。

 

《向正面に入り位置取りが落ち着いてきました、先頭を走るのはなんとキングヘイロー。セイウンスカイは無理には行かない、二番手の位置を進みます。そして”三強”のもう一人、スペシャルウィークは中団から狙っている様です》

 

 全員が向正面に入る。キングヘイローとセイウンスカイが並んで先頭争いをし、スペシャルウィークはいつも通りの中団の位置からそれを眺める。

 キングヘイローが逃げを取り、セイウンスカイが先頭を取らない。この想定外の事態には、スペシャルウィークも目を見開き驚いていた。

 

(セイちゃんが先頭じゃない!? ……やっぱりダービーって、他のレースと違うっ……! 落ち着かないと、ペースに飲まれちゃう!)

 

 二人が牽引する形で、レースは進んでいる。全てのウマ娘達が予想していなかった、キングヘイローの先行策。そこに付き合うセイウンスカイ。

 キングヘイローによってペースが乱されるのは、セイウンスカイだけでは無い。全員が本来想定していた、先頭のセイウンスカイをペースメーカーとする前提は既に崩れている。

 こうなれば、自分のペースが分からない。二人は逃げウマ同士のハイペースを起こしている様で、先団と然程差は付いていない。キングヘイローのペースが正しいのか、先団が無理に引っ張られているのか。それがわからないから、中団も付いて行かざるを得ない。

 

(今は、離されない様に集中する……! 自分の走りを守るんだ……!)

 

 スペシャルウィークは、高揚感の中でも冷静になろうと努めていた。

 ダービーは特別なレースだ。周囲も皆、勝ちたいと願っている。予想だにしなかったキングヘイローとセイウンスカイの先頭争いに対し、正解の走りが分からないまま、自分が勝つ為の走りに徹している。

 想いが、伝わってくる。勝ちたい・勝ちたい・勝ちたい。十八の願いが、スペシャルウィークの身を包んでいる。

 ――だからこそ。

 

(想いの強さは――私だって、負けない!)

 

 ドロップスティアーが一年をかけてダービーに来た様に。この場にいる誰もが強い想いを抱いて、今走っている。

 勝ちたい。”日本一のウマ娘”、その夢。このダービーにおいて、その気持ちでスペシャルウィークは負けるつもりは無い。三人分の夢を乗せ、自分は走っているのだから。

 向正面の睨み合いで、今はあくまで落ち着いて走る。集中する。自分の走りを貫く。スペシャルウィークは強い想いを心に押し込め、無理に前を目指そうとはしなかった。

 

(――キングは落ちないか……本気で逃げ切るつもりだね……!)

 

 セイウンスカイ達は変わらず先頭で第三コーナーに入る。キングヘイローは相変わらず、先頭を突き進んでいる。

 セイウンスカイはあくまでキングヘイローの視野に入る様に斜め後ろを走り続ける。逃げで内を取れず、風を受け続ける消耗は厳しい。だがそれでも、キングヘイローの意識を少しでも奪い続ける事――自分の走りをさせない事の方が重要だ。

 実の所、キングヘイローは()()()()()()()()()()()()()した。コーナーの入りで逸走し、後続を膨らませる技。ドロップスティアー程の練度では無いが、セイウンスカイ一人を狙う分にはキングヘイローは上手くそれをやってのけていた。

 だが、()()()()()()()()。セイウンスカイは第三コーナーの入りで少し足を緩め、逸走策が来ると仮定して少し距離を取っていた。結果、キングヘイローの狙いは外された。

 

(初の逃げで、しかもダービーで。良くやるよ、キングは……)

 

 セイウンスカイは、キングヘイローが本気で逃げを完遂すべく、技と力と根性を振り絞っている事に感心していた。

 ドロップスティアーとセイウンスカイの動きを見て、この大舞台で咄嗟にやるという勇気の判断。傍から見れば、あまりに突飛で蛮勇な動きに見えるかもしれないが、キングヘイローは冷静で本気だった。

 彼女の根性は良く知っている。本当にスタミナが保てば、自分の逃げでは届かない。セイウンスカイはそう思っている。だが、それでも二番手に甘んじ続ける。

 キングヘイローは強い。この土壇場で逸走策などという、ドロップスティアーしかやらなかった技術を成功させる程の度胸と判断力を持ち、そして競り合いに強い根性を持つ。

 だが、()()()()だ。逃げでペースを握り続ける事は、根性だけでは成立しない。経験と計算こそが、それを支える。セイウンスカイはそう信じている。

 

(――最終コーナー。全部は、そこにかかってる)

 

 そして、セイウンスカイにはもう二つ気にすべき事がある。

 一つは当然、スペシャルウィーク。いつも通りの差しで来るだろう彼女の末脚は、大外に回らされたと仮定しても、この東京レース場の長い直線では最大級の驚異である。

 もう一つは、ドロップスティアー。彼女の勝ち筋は、基本的に最終コーナーから仕掛けて追い上げ、そして坂で先頭に追いつく超ロングスパートを仕掛ける事。

 彼女は、最終直線を待たずに全速力で突っ込んでくる。この最終直線が長い東京レース場で、末脚を温存している先頭集団に坂の前後で追いついてみせる。そしてそのまま、長い直線でもスパートを維持し続ける。

 誰よりも東京レース場の経験が豊富な彼女が、仕掛け所を間違える事は考えられない。誰も居ない大外からの追込という性質上、止める事も不可能だ。

 だが。()()()()()は出来るのだ。

 

(あの大声。アレを使ってきた時が勝負だ)

 

 山彦砲。先頭集団を大外から怯ませ、そのまま鋭角コーナリングへと繋げる武器。

 あの武器には、()()()()()()という弱点がある。ドロップスティアーが持つ技は組み合わせる事で本領を発揮するのだが、組み合わせるのが()()()な物もある。

 ()()()()。エルコンドルパサーが不自然に仕掛けを鈍らされて苦しんだ、あの恐怖と狂気の早仕掛け。アレと山彦砲は、()()()()()なのだ。

 セイウンスカイの位置は、先頭集団の外側――というか、キングヘイローの外に居る。鋭角コーナリングによるバカげた軌道は、本気でやればセイウンスカイを強制斜行の射程と軌道に収める事が出来るだろう。

 だが、山彦砲を使った瞬間、()()()()()()()()する。

 

(アレは大外捲りの、距離がある時にスパートと合わせて使ったよねぇ? ……なら。()()()()()()()に横に出れば良い)

 

 異常なロングスパートを使う彼女は、やろうと思えば最終コーナー終わりでこの先頭に立てる。強制斜行の射程内に、セイウンスカイは入ってしまう。

 だが、鋭角コーナリング前の山彦砲が放たれた瞬間、()()()()()()()()()。あの技は、大外捲りの直前に使わなければ真価を発揮しない。だからあのとんでもない大声が聴こえた時にキングヘイローの横へ出れば、強制斜行は不発にさせられる。

 コーナーでは山彦砲、直線では強制斜行。この二択の攻撃は、両立出来ない。セイウンスカイは青葉賞でドロップスティアーが勝った時から、そこまで研究し尽くしていた。

 

(そうなれば後は、最後に誰が最終直線で沈むか。その勝負だ)

 

 キングヘイローとセイウンスカイは先頭に居る。このままゴール出来るかどうか、末脚の残量勝負となる。

 スペシャルウィークとドロップスティアーは後ろから来る。そのまま自分達を差せるかどうか、末脚の速度勝負となる。

 あくまでセイウンスカイは、警戒すべき対象を三人に絞っていた。それだけこの三人は、このダービーにおいて驚異だ。彼女達が勝てないのであれば、誰も勝てない。そう信じている。

 そう考えながら、キングヘイローとセイウンスカイは最終コーナーへと突入した。

 

(キングも、そろそろキツいでしょ……!)

(くうっ……!)

 

 セイウンスカイの息も上がってきた。一人分外側を走らされているのだから、当然辛いに決まっている。

 だが、それはキングヘイローも同じ。広い視野に常にセイウンスカイを捉え、意識を取られながら、慣れない逃げという策を取っている。セイウンスカイが苦しいのに、それ以上のペースで前を走っているのだから、辛いのは当然だ。

 だが、それでもキングヘイローは粘り続けている。粘り勝つつもりでいる。皐月賞の最後、あのハナ差の勝負。あの時に勝敗を分けたのは、最後の根性の差だった。

 このまま走り続ける。あの時前を逃げ切ったセイウンスカイの様に、自分も根性で走り抜けてみせる。確かに苦しいが、それでもまだ息は上がっていないのだから。

 

(――……?)

 

 最終コーナーを走り続ける。セイウンスカイは、怪訝に思っていた。

 ()()()()()()()()()()()()()。確かにまだ最終コーナーの半ばを過ぎた所ではあり、後ろから仕掛けるのは時期尚早だ。しかし、それにしたって静か過ぎる。

 彼女は青葉賞の時、第三コーナーから早仕掛けをし、そして先頭集団へ山彦砲から大外捲りへと繋げて、見事先頭へと追いついてみせた。ならば、そろそろ来る筈だ。あの映像越しでも分かる程に明確な、音速の遠距離攻撃が。

 そうして考えている内に。()()()()()()()()()()()

 

「……っ、それなら……!」

 

 声が聞こえない。ならば、まだ後ろに居る。セイウンスカイはそう判断した。

 彼女は生粋のマーク屋であり、一番人気を倒す事にかけては一級品だ。ならば今回は、スペシャルウィークに何らかの手を打っている可能性が高い。

 声が聞こえれば後ろに居る、だが声が聴こえない場合も結局仕掛けていない――つまり、やはり後ろに居る。単純に考えれば、それだけだ。

 どちらにせよ、大声にのみ集中すれば良い。あの声の攻撃に備え、その瞬間に前のキングヘイローを躱して横に出れば――

 そう思っていたセイウンスカイの後ろで。()()()()()()()()が、聴こえた。

 

(――えっ?)

 

 ――セイウンスカイは。ドロップスティアーと、本気の実戦(レース)形式で走った経験が無かった。

 スペシャルウィークは初対面の時に、鋭角コーナリングの原型となった大外捲りの足音を聴いている。キングヘイローに至っては、脅迫マークを至近距離で浴びせ続けられた張本人だ。

 だから彼女が()()()()()()()()()()()()()()()、その特徴的な足音で位置がわかる事を知らなかった。

 だから。()()()()()()()()

 

(……なんで……なんで、使()()()()()()んだッ!?)

 

 最終コーナーを抜けた時、セイウンスカイから見て()()()()()()へと、ドロップスティアーは追い上げてきていた。

 彼女は、この大勝負の最終局面で。()()()()使()()()()()()のである。

 




同じ歴史と、狂う中身

明日、全ての答え合わせを行います。
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