ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『策士』

「……もうすぐ、夏も終わりかー……」

 

 今日、二ヶ月に渡る夏合宿の終わりが近付いた日。ドロップスティアーは丸一日、完全なオフを与えられた。

 砂浜のコーナートレーニング、変形走法、座学、そして体のバランス調整の為の基礎トレ。『やれる事は全部やった、今日は休め』。そう言われて、ドロップスティアーはやる事も無くのんびり過ごしていた。

 無論、名入が優しさを与えた訳ではない。合宿が終わり学園に戻った後、神戸新聞杯に備えて再び地獄マラソンで追い込む。その為に余力を残しておきたい、だから休みにしただけ。

 そして名入は、『体力も付いただろうし、帰ったら十万メートル()()は余裕で走れや』と平然と抜かし、その時ドロップスティアーは久方振りにあの地獄を思い出して本気で顔を青ざめた。

 

(……不安、かぁ)

 

 釣りをする為に建てられた、海側に突き出た堤防の上。昼の海を眺めて日向ぼっこしながら、自分の心に再び靄の様な微かな違和感が湧き上がってきたのを感じる。

 未だに払拭出来ない、自分自身への不安感。これまでに無かった、心境の変化。それはどれだけトレーニングを積んでも、心の片隅に残り続けていた。

 トレーニングに集中している時はそんな事など考えはしない、考える余裕も無い。しかし一度(ひとたび)こうして余暇が出来てしまえば再燃する感情。

 最初の頃は走る事すらままならなかった砂浜も、キッチリ走れる様になった。名入の無情にして容赦の無い指示にも逐一従い、実力は底上げされたという自覚はある。

 ()()()()()()

 

「……コレ、なーんも変わってないと思うんですけど……」

 

 ドロップスティアーは名入程では無いが、現実主義者である。なので自分を取り巻く周囲と現状に対し、客観的な考察が出来た。

 夏合宿で強くはなった実感はある。だがそれは他のウマ娘も、”黄金世代”の友人達も同じ事だ。なんなら最初の一ヶ月の遅れの分、自分の成長は遅れているだろう。そんな考えがどうしても付き纏う。

 元々実力差のある相手に対し、確かな実力を付けて差を埋める。それは分かるが、この合宿中に行われたトレーニングは極めて正統派な、つまり周りと等しい事をやっていただけの様に思えた。

 同じ事をやっても、最初から付けられている差は同じまま。そして今の自分は合宿終了直前にも関わらず、名入の言う走りの完成形が未だサッパリ分かっていない。

 名入は『お前に知られるのが困る』と言ったが、本当に分からないままなのだ。

 

「……こんなんでホントに菊花賞勝てるんですかねぇ……」

「随分と弱気だねぇ、ティアちゃんさんや」

「んえ?」

 

 だらだらと海を見ているドロップスティアーの下へ、釣竿とバケツを持ったセイウンスカイがやってくる。

 どうやらセイウンスカイも今日はオフを与えられたらしい。ドロップスティアーの横に座り、手早く餌を針に取り付け、海へと糸を投げ込む。本当に釣りが好きなんだなぁ、そんなだらーっとした思考でただその様子を眺めていた。

 

「その調子じゃ、菊花賞に勝つ為の秘策だとか、そういうのはまだ無い感じかねー?」

「トレーナーさんから『菊花賞までなんも考えず従え』って言われてるんで、言われた通りなんも考えてないんですよね」

「……それ、ホントに大丈夫なの? いくらなんでも丸投げし過ぎじゃない?」

「安心して下さい、トレーナーさんはダービーの時に『作戦無いから自由にやれ』とかやらかしたトンデモばかトレーナーさんです。手番交代ってだけですよ」

「どうなってんのそっちの関係? メチャクチャ過ぎない?」

 

 セイウンスカイは海に目をやりながら、他愛も無い雑談を投げかける。釣りは元々一人で静かに過ごす物だが、退屈凌ぎに話し相手が居て困る事は無い。

 そしてドロップスティアーは、ある種話し相手としては申し分無い。何せこのウマ娘はあらゆる意味で、話す話題に事欠かない相手だからだ。

 

「……『作戦無い』って事はさ。あのダービーの時、アドリブであれだけやったって事だよね?」

「そうですけど……いやもうマジで責めるのは勘弁して下さいよ? あの事はグラスさんとキングさんのおかげでもう懲り懲りですって。二度とやりませんよあんなん」

「いや、そこは良いんだけどさ」

 

 もはや消せない過去(つみ)と化した前のダービーがまた話題に上がり、ドロップスティアーは割と参っていた。反省も後悔も存分にしたし、二度とやらないとも決めた。だからと言って責められない訳でも無いのだが、精神的に参る話な事に変わりは無い。

 しかしセイウンスカイが話したい事は、ダービーの内容では無く()()の方であった。

 

「……一年。一年かけたんだよね、あのダービーに」

「? はい、そですけど」

「それで、その上で、何の作戦もナシに走ったんだよね」

「いやー、ホントヒドイと思いませんかー? あの時トレーナーさん、マジで作戦ぶん投げちゃったんですよ? 『お前が一番正しい判断を下せる』とか言って、職務放棄もいいトコだと思いません?」

「……怖いなぁ。やっぱ、私にとっちゃそっちが一番怖いよ」

 

 この場で改めてその”作戦”を聞き直し、セイウンスカイは再び傍のウマ娘が恐ろしく感じた。

 皐月賞を制した自分は、”黄金世代”として呼ばれている内の一人である。しかしその実、才能という点に関して言えば、頭一つ分劣っているだろうと常に自分を戒めている。

 自分を知り、相手を知る。コースを知り、レースを知る。その上に積み上げた策で、その一つ分の差を埋める。そんな頭脳と思考こそが、この世代の中でも劣らない自分の強みだと思っていた。

 ――あのダービーまでは。

 

「……ダービーまで一年間、途中で迷ったりしなかったの? 他のレースに出たくなったりしなかった?」

「迷ったらセイちゃんさん達に負けるだけじゃないですか。迷うトコなんかあります?」

「最後の最後で”作戦無し”って言われて、その時不安に思わなかったの?」

「いやー、あの時は最高の気分でしたね。おかげで気持ち良く走れましたよ」

「…………」

 

 全ての疑問が即答される。それに対してセイウンスカイは、僅かに顔をしかめた。

 才能で劣るから、作戦で差を詰める。類似した思想でありながら、実際に取った手法は形振り構わぬ極まり切った物。そして極まった果てに、作戦を捨てるという大胆どころか無謀な状態でダービーに挑んだ。

 純粋な実力はこちらの方が上だとは思っている。しかし、実力だけが全てでない事をセイウンスカイは誰より知っている。だからこそ、彼女の存在は恐ろしかった。

 事実、自分はあのダービーにおいて、後ろから刺される様な形で彼女に先着を許してしまったのだから。

 

「……セイちゃんはさー。昔っから誰もやんない事をやって、上手い事作戦にハメて、それで勝つのが好きだったんだよねー」

「いやー、分かりますよその気持ち。やっぱりセイちゃんさんと自分は似てますよねー!」

「似てないよ。全然、全然似てない」

 

 真剣な眼差しで、ほぼ波の無い凪いだ海面を眺める。未だ竿に、反応は無い。

 釣りは少しの間待つだけで成果が出る様な事では無い。同様に、作戦というのは周到な準備と時間をかけ、考え抜いて成立させる物だ。確かにその一点においては、セイウンスカイとドロップスティアーの手法は似ていると言える。

 しかし、実際の内容が違いすぎる。抱く思想が違いすぎる。同じ場所で勝利を目指そうとしても、セイウンスカイとドロップスティアーの作戦が交わる事は決して無いだろうと思える程に。

 

「……ねえ。今から釣り勝負のリベンジするって言ったら、ティアちゃんさんはどうする?」

「え? ……じゃあ、地元の漁師の人から網借りてくるんで、ちょっと待ってくれます?」

「ホントそういうトコだよ。釣りだって言ってるじゃん。なんで漁に持ち込もうとするのさ」

 

 冗談として一つの勝負を仮定してみれば、想定外の答えが返される。()()が端的に二人の”策”に対する姿勢の違いを表していた。

 セイウンスカイをして読み切れない、理解不能の思考と行動力。GⅠという大舞台に作戦無しで挑んでおきながら、自分の予想を上回ってきた存在。

 ”最もはやいウマ娘”という称号を、自分は皐月賞の冠と共に得た。しかしあのダービーの最終直線において、負けたのは自分だ。実際の勝者であるスペシャルウィークの異次元の末脚にも恐怖させられたが、それ以前に負かされたのはドロップスティアーが使った作戦(ぶき)である。

 

「この際言っとくけどさ。セイちゃん程、ティアちゃんさんを警戒してるウマ娘は居ないと思ってるよ。……ホントに怖いと思ってる」

「大袈裟じゃないです? セイちゃんさん、皐月賞(GⅠ)勝ってるぐらい強いじゃないですか。うちのトレーナーさんも『お前とセイウンスカイ交換してくんねぇかな』って何度もボヤくぐらい、セイちゃんさんの事評価してるんですよ?」

「……いや、それは怒っても良くない?」

「安心して下さい、言われる度に怒ってます。本気で失礼ですよね、仮にも担当ウマ娘の前で言う事ですかね全く」

 

 聞けば聞く程、奇妙な契約関係としか思えない。しかし、そんな彼女達の奇策で実際に遅れを取ったのは事実だ。

 それ故に、セイウンスカイはドロップスティアーとそのトレーナーを恐れている。彼女にはこちらの計算も予想も、何もかもが通じない。現在は何やら弱音を吐いていたが、そんな相手が『菊花賞で勝つ』と宣言しているのだ。

 策が通じない策士。それが恐ろしい。恐ろしいが故に――

 

「――絶対、負けないから。何してこようと、今度こそ絶対。……捻じ伏せてあげるよ」

「え、こわい。セイちゃんさんめっちゃ怖いんですけど。やめて下さいよ、ガチでゾワゾワするんですからソレ」

 

 セイウンスカイは一瞬だけ、釣竿を握る手に力を込める。その僅かな圧に対し、ドロップスティアーはガチビビリした。

 このウマ娘にだけは、本気で勝つ。その思いに関しては、セイウンスカイは”黄金世代”の中でも随一だと思っていた。策士という自分のアイデンティティを脅かす、唯一無二の存在である彼女に対して。

 ダービーの為だけに一年を費やし、それをギリギリまで伏せてきた。その上で作戦も無しに走るというとんでもない事をやらかし、実際にこちらの予想を上回ってきた。

 自分が彼女の作戦(はしり)を読み切る事は、恐らく出来ないのだろう。セイウンスカイの読みと作戦はレースの世界の中にあり、レースの外から来た彼女の思考と手口にまでは及ばない。

 ()()()()()()。当然、菊花賞にはスペシャルウィークやキングヘイローなど、歴代でも最強レベルだろう他のライバル達も来る。しかしそれでも、自分が最も恐れるべきはこの小物ぶっている彼女であると、セイウンスカイは思っていた。

 

「……おっとっと。セイちゃんのキャラじゃなかったかなー? スペちゃんやキングだけじゃなくて、他の皆にも油断しないよーってつもりで言っただけだから。そんな気にしなくていいよー?」

「今更そんな言葉取り繕ったってムダですよ。自分の勘が言ってんですよ、セイちゃんさんがガチで言ってたって。見て下さいよこの鳥肌、勝手に出るんですよコレ?」

「……ホントに鳥肌立ってるね……メチャクチャ……」

 

 そう言いながらドロップスティアーが自分の腕をセイウンスカイの前に伸ばせば、目に見えて鳥肌がはっきり立っているのが見えた。こんな目に見える程に反応されてしまう(モノ)だと見せられた。

 ちょっと敵意を出しただけでこれ程反応するのだから、そりゃ闘争心全開で挑むレースでもセンサーとして機能するわ。セイウンスカイは改めて、このウマ娘の非常識な技能を知った。

 

「という事で、あんまりイジメないで下さいよ。セイちゃんさんは自分の事を怖いとか言ってますけど、自分の方が怖がってんですよ。ほらほらー」

「あーはいはい、分かったって、もう見たから。もう腕見せなくていいってば」

 

 そんな常識外の技能を持つ当のドロップスティアーからすれば、たまったモノでは無かった。セイウンスカイはレースするライバルとして恐れているらしいが、こっちからすれば本物の恐怖として感じているのだ。

 ”黄金世代”と呼ばれる彼女達は強い。強すぎて本能が恐怖を覚えて、勝手に体が反応する程である。そんな彼女達に警戒される事は光栄ではあるのだが、こんなに強いんだからもうちょっとぐらい油断しても良いだろうと肌身で感じていた。

 

「『菊花賞で勝つ』って言葉。今更、撤回はさせないよ」

「したいんですけど。メッチャしたいんですけど。そう思うぐらい今絶賛セイちゃんさんが怖いんですけど」

「『()()()』だけで、『()()()』んでしょ?」

「しませんよそりゃ。でも言うだけならタダじゃないですか」

 

 セイウンスカイは改めて確認する。この弱音を吐いて鳥肌立たせてビビりまくってる中、まだドロップスティアーは菊花賞で勝つ気でいる事を。

 不安を抱いているのも、勝つ自信が無いのも、本気で恐怖しているのも全て本当だと分かる。彼女は自分を騙せるレベルの演技や腹芸が出来る様な性格では無い。

 それでも、撤回はしてこない。勝機が限りなく薄いと客観的に思っていながら、自分の発言を本当の事にしようと思っている。それだけ分かれば、十分だ。

 

「……前も言ったけどさ。勝ち目も無いのに出るだけなんて、認めないからね」

「はい、頑張ります。……いやメッチャ頑張ってんです……コレホントに勝てんのかってマジで思ってる真っ最中ですけど……死ぬ気で頑張りますって。死ねませんけど」

「……決着。付けるよ」

「……はい」

 

 ささやかな雲のみが浮かぶ青空の下、穏やかな海を眺めながら。夏の終わり際に、セイウンスカイは果たし状を静かに叩き付ける。

 ドロップスティアーはそれを受け取りながらも、『ちょっとガチ過ぎません? なんでここまで敵視されちゃってるんです? なんか悪い事しましたっけ?』と、声に出さず思っていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――がーーーッ! マジかよオーーーイッ!?」

「うわ!? な、なんですかトレーナーさん、急に!?」

「最悪だ、クソ! 考えてた中で最悪の展開になりやがった! なんでこう予想通り動いてくんねーかなぁ、全く!」

 

 夏合宿も終わり、夏休みの宿題も無事終わらせ――”黄金世代”のごく一部は阿鼻叫喚だったが、勉強会を行う事でなんとか全員乗り切った――。ドロップスティアー達はトレセン学園へと戻り、通常のトレーニングに戻っていた。

 今ドロップスティアーが走っているのは、いつものポリトラックコースではなく普通の芝コースだった。砂浜用に変えて付いた癖を直す為に、そして通常の芝と右回りの感覚を覚える為に。とりあえず今日はジョギングでフォームを戻し、明日の地獄マラソンに備える。

 そんな為に流す様に調整していた中、名入がパソコンを見て絶叫し出した。

 

「うるさいとトレーニングに集中出来ないじゃないですか。何でそんな大声上げてんですか、絶叫コンテストにでも出るんですか?」

「うるせー! シャレになんねー事が起きた、っつーか()()()んだよ! あーあーあー! ウッソだろチキショー!」

「……はぁ。ギャーギャー叫んでないで、分かる様に説明してもらえません?」

 

 いつもの意趣返しとばかりに放つドロップスティアーの皮肉に対しても、名入は余裕の無い様子でまともに応じなかった。頭を抱え、叫ぶばかりであった。

 名入が取り乱すのはそこそこ珍しい事だ。名入は口こそ悪いが基本的には理性的であり、いつもドロップスティアーとぎゃーぎゃー口喧嘩する以外ではあまり声を乱さない。

 そんな名入を取り乱させた”シャレにならない”、”最悪の展開”とは――

 

「神戸新聞杯! ()()()()()()()()()()!」

「――は?」

「普通に京都新聞杯行きゃいいだろがー! こっち出る必要ねーだろアイツー!」

「……え゛ぇぇーっ!? は、話が違うじゃないですかトレーナーさーん!?」

「こっちだって予想外だっつーのー! なんでこっち来んだァーッ!!」

 

 ”黄金世代”の一角。ドロップスティアーの天敵にして、わざわざ京都レース場ごと回避しようとしていた、現世代最強格の一人。

 ――キングヘイローと、神戸新聞杯で当たる事だった。

 




ボス(ランダムエンカウント)

史実98年、キングヘイローの秋の初戦は、神戸新聞杯でした。
長い修行パートも終わったので、いい加減レースします。
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