ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『アンストップ』

「こぉんの、バカ娘ェーーーッ!」

「ぎゃあぁーーっす!!」

 

 落雷。そう表現せざるを得ない男の怒号が、狭い駄菓子屋から放たれ駐車場の端まで届く。

 少し離れたシンボリルドルフは反射的に耳を伏せてそれをやり過ごしていたが、もう一人のウマ娘――ドロップスティアーには、それが出来ない。

 何故か。それは彼女の父親が、ウマ耳近くに両拳をぐりぐりとめり込ませながら怒鳴りつけているからだ。

 

「日頃から言ってるだろーが、無茶苦茶すんなって! なんだぁこの格好は! 折角買ってやった服がまたボロボロになってんだろーがっ!」

「い、いだひいだひいだひ! ぐりぐり! ぐりぐりやめて!」

「誰がやめるか! お前はウマじゃなくてバカだ、バカ娘で十分だーっ!」

「ひぎゃーーっ!」

 

 シンボリルドルフは先程の勝負までに抱いていた怒りと、あまりに虚しい敗北感が心の中から霧散していくのを感じていた。

 激情を抱いている時は、他人がそれ以上に怒る様子を見ると落ち着く。まさにその実例が、父娘の折檻を一歩引いて眺めるシンボリルドルフという今の状況だった。

 

「……ったく! よりにもよって、シンボリルドルフさん相手に勝負なんてバカげた事やらかすか普通! バカか、やっぱりバカか!」

「バカバカうるさいよバカオヤジ! 知らなかったもん! 自分ルナさんがそんな凄いウマ娘なんだって知らなかったんだもん!」

「”ルドルフ”さんだバカタレ! いつまで偽名呼んでんだアホ! どう考えてもなんかの渾名か略名だろうが! 頭の中まで山の土詰まってんのか!」

「ひどい! 特に例えがひどい! 父親の言う事じゃないよ訴えるよ!」

「訴えられるのはお前がルドルフさんにだ、バカ娘ェーーーッ!」

 

 ぎゃーーっ! 何度目かの拳ドリルと父の雷が、ドロップスティアーを襲う。その様子を見て、シンボリルドルフはコメディ番組を見ている気分になっていた。

 父親は確かに怒っている、しかし父娘の掛け合いは軽妙でわだかまりを感じさせない。事実、ドロップスティアーは文句を言いながらも父親からの制裁を受け入れ続けている。

 ウマ娘の力を以てすれば、人間の父などいくらでも跳ね除けられる。痛い酷い訴える、そんな風に言いながらもドロップスティアーは素直に父親の言う事を聞いている。

 それは偏に、自分が父親に叱責される責任があると理解しているから。自分の走りが危険行為であるという自覚があるからに他ならなかった。

 

「円満具足、その、もう良いでしょう。ティア君も十分に反省しているようですし……」

「心底から反省してるんならこんな走りやんないんですよこのバカは。ったく、ここ暫くは()()()()()()()()()ってーのに……」

「だって、全力出さなきゃ勝てないって感じしてたもん……ここまでとは思わなかったもん……」

 

 その言葉を聞き、シンボリルドルフは察する。どうやらドロップスティアーも普段はここまで全力を出さない、つまり厳しい近道は使わないらしい。

 事実、シンボリルドルフは強いからこそ最初に見せられた階段ショートカットにもギリギリ付いていけた。この山道用に最効率化されたコーナリングと、少しの近道。それさえあれば、相手になるウマ娘など地方レベルでは存在しないだろう。

 というか、中央のウマ娘でもこんな滅茶苦茶な勝負に初見で対応出来る訳が無い。破天荒かつ確かな実力を持ったウマ娘――それこそミスターシービーあたりか――ならば、最後の駐車場の引っ掛けに気付けば勝てるかもしれない、その程度だ。

 この山では絶対負けない。確かにそう言われるだけの能力(ウマ)と、立地(コース)だった。

 

「……あー、そのぉー……シンボリルドルフさん、すみませんでした。自分、なんか偉い人って知らないのに失礼な事言って……」

「虚心坦懐、思う所は無いよ。元より休暇で立ち寄った身だ、今の私は肩書など何も持たないただのウマ娘の一人だよ」

「ただのウマ娘はあんな走り出来ないと思います……」

「それはこちらの台詞なのだが」

 

 ドロップスティアーはレースを、”皇帝”を知らない。この山道で最後までペースを落とさず、かつ近道を駆使した自分に付いてこれるバケモノがいるとは今まで知らなかった。

 シンボリルドルフも同様、ドロップスティアーを知らない。レースも知らず、この山道だけを自由に駆け回り、命を軽々と賭けられるバカモノがいるとは今まで知らなかった。

 知らないとは恐ろしい。走っている最中にシンボリルドルフが思った事だが、ドロップスティアーも同じ感想を今抱いていた。

 

「……正直、色々言いたい事はあったのだが。お父上が概ね代弁してくれたので、私からはもう何も言わないよ。いい走りだった」

「あ、ありがとうございます! いやー、ルドルフさんもスゴかったですよ!」

「凄いのは当たり前だバカ娘。”皇帝”って呼ばれてるレジェンド級のアスリートなんだぞ。ここに居る事が奇跡レベルだぞ」

「皇帝――自分もですよ! 自分も強いんで、()()に!」

「バカ娘ェーッ!」

「……く、くくっ……皇帝と、高低っ……」

 

 すぱーん。下らない事を言って父にはたかれるドロップスティアーと、その下らなさがダジャレセンスに刺さって笑いを堪えるシンボリルドルフ。

 この寂れた駄菓子屋は、シンボリルドルフにとって心地良い空間だった。父親は自分の事をしっかり知っているが、娘への躾が優先して過ぎた恐縮をしていない。ドロップスティアーは素性を知っても、未だにピンと来ていない。

 中央ではともかく、地方でこういう気分になれるとは思わなかった。そういう意味でもこの地に、この山に来れて良かったとは思う。

 ……本気を出して、予想外の負け方をしたのは少し尾を引くものがあるが。

 

「……ともかく、アイシングとスポーツドリンクを用意させてもらいますわ」

「む? スポーツドリンクはともかく……アイシング用品もあるのですか、此処は?」

「麓のトレセンのウマ娘がトレーニングでこの山を走る事もあるんでね。疲れたウマ娘達をフォローすんのも大人の役目でしょう。……料金は頂きますが、構いませんか?」

「それは構いませんが……」

 

 ドロップスティアーの父親――駄菓子屋の店長からの申し出に、シンボリルドルフは言葉を詰まらせる。

 素人知識のストレッチやクールダウンの処置は逆効果を起こす事も有り得る。そう思ったシンボリルドルフは、店先に並ぶドリンクやアイシング用品を見た。

 しかし驚くべき事に、並べられている物品は中央の一部でも使われるような、レース用品のラインナップだった。

 

「……個人で、これを仕入れているのですか?」

「どっかのバカ娘の影響で、この山を走るウマ娘も増えまして。生半可な処置で大事な娘さん達を怪我させたとあっては、顔向け出来んのですよ」

「いやぁ、自分のおかげでこの駄菓子屋も稼ぎが良くなったって事ですねー!」

「余計な負担が増えたっつってんだよバカ娘!」

 

 大声で叱責しながらも、店長は二人分のプロテインとスポーツ飲料を二枚重ねの大タライの中に入れて抱えつつ、空いた手で水道に繋がったホースとパイプ椅子を掴んで来た。

 ドロップスティアーの目の前に大タライとパイプ椅子を置き、ぽいぽいとニ種の飲料を放り渡す。タライの中にホースを突っ込んで、水道の蛇口前に戻ってハンドルを一気に捻る。音を立てる勢いで、水がタライに放出され始めた。

 

「ほれ、さっさと冷やしながら飲め。タオル持ってくっから、ある程度冷やしたらサポーター。お前はルドルフさんの分の水担当だ」

「はいはい、わかってるよオヤジ」

 

 ドロップスティアーは手慣れた様子でパイプ椅子を開き、タライ・アイスパック付きのサポーター・二つのドリンクを自分とシンボリルドルフの前に並べていく。

 手際良くこなす二人の処置は、実に手慣れた物だった。我流も混じっているだろうが、レースに出ているトレーナーとウマ娘同士のクールダウンかと思う程度には準備が早い。

 父娘のやり取りはぶっきらぼうだったが、その間には確かな信頼と経験が裏に感じられた。

 

「……お言葉に甘えさせて貰います。む、美味いな、このドリンクは」

「オルニチン? とかいうのも入ってるらしいですよ。んー、やっぱ運動後は蜂蜜ドリンクですよねー!」

 

 シンボリルドルフはパイプ椅子に座り、タライ一杯まで入れられた水に脚を突っ込み、清涼感のある蜂蜜味のスポーツ飲料を呷る。はちみーはちみー、そんな耳に残る後輩の幻聴が聴こえた。

 しかし手渡された物は幻聴の主がいつも飲んでいる嗜好品ではなく、レモンと蜂蜜のフレーバーが鼻を抜ける喉通りの良いスポーツドリンク。ラベルに書いてある原材料を見る限り、どう考えても一介の駄菓子屋が仕入れる価格帯の代物では無い。

 閃き、察した。このスポーツ用品は、いつやって来るかわからないウマ娘の為だけに用意された物ではない。どれも、無茶や無謀を平然とやらかして帰ってくるウマ娘――ドロップスティアーを一心に思って仕入れた物だ、と。

 

「すみませんね、シンボリルドルフさん。こんな辺鄙な所じゃ、十分なクールダウンも用意出来ませんで」

「いえ、お気遣い感謝致します」

「全く、オヤジの店の立地が悪いせいで……」

「お前が毎回変な勝負をやらかすからだってんだぁーっ!」

「ぎゃーーっす!!」

 

 持ってきたタオルとサポーターを渡した後、再び店長の拳ドリルが開始される。

 父娘の微笑ましい交流リバイバル上映を、シンボリルドルフはドリンク片手に苦笑しながら傍観し続けた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……うぎぎ。死ぬかと思いました……」

「私から見れば死ぬかと思うタイミングはあの壁走りだったのだが」

 

 ドロップスティアーは店長から受けたグリグリアタックのダメージに頭を抱えつつ、冷やした脚の水気をタオルで拭き取った上でサポーターを取り付ける。同時にアイシングしていたシンボリルドルフもまたそれに倣った。

 そういえば。脚を安静にしている今、シンボリルドルフには一つ聞きたい事があった。

 

「ティア君。君は車にもこの山道で勝った、と学園の娘に聞いたのだが……本当かい?」

「え、ああ。勝ちましたよ、ルドルフさんに比べれば楽勝でした」

 

 山を走る勝負で車に勝つ。シンボリルドルフは学園でも聞いた、そんなバカげた話の真偽を確かめたかった。

 確かにドロップスティアーの使う近道(ショートカット)は強力だった。シンボリルドルフですら本気を出してようやく追いつける、それ程に相手との差をひっくり返せる手段だ。

 だが、それでも車に勝てるとは思えない。距離的に優位を取れても、険しすぎる近道を通るのはスタミナを浪費する。平地ではウマ娘も車に近い速度を出せるが、山道でも同速を出し続けられる車に勝つ事は出来ない。

 だが、ドロップスティアーはシンボリルドルフを相手にするよりは楽だと言い切った。

 

「やはり、信じられん。いくら近道でリード出来ても、最後には速度とスタミナで負けると思うのだが……」

「簡単ですよ? ()()()して、最後に前に出れば勝ちなんですから」

「……相乗り?」

 

 相乗り。レースでは聞きようの無い単語に、シンボリルドルフは途轍もなく嫌な予感を覚えた。

 

「車より速くスタートダッシュして、車の屋根に張り付くんですよ。どーん、ってね」

「……」

「で、最後のコーナー曲がってスピードが落ちてる辺りで屋根から飛び降りて。ゴール側をブロックしながら全力疾走。これで終わりです」

「…………」

 

 そのあまりにもあんまりな手口に、シンボリルドルフは絶句した。せざるを得なかった。

 道交法によって人間やウマ娘と接触事故が起きた場合、過失は走行車に全責任が乗る。故に車側は必ず先行を取るが、スタートダッシュに関して言えばウマ娘は車の初速を超えられる。

 そして、最後の最後に前に出て駐車場側の道路を陣取るように走れば車は追い抜きにかかれない。これもやはり、接触事故を起こしかねないからだ。

 速度とスタミナで勝てない相手への勝ち方。それは、()()()()事だった。

 

「……私にはもう、何と言えばいいのかわからない……」

「あっはっは、作戦勝ちと言って欲しいですね。”車に乗ってはいけません”なんてルールを提示しない方が悪いんです、別にルールの追加を禁じてる訳じゃないんですから」

 

 シンボリルドルフは極めて苦い青汁を飲まされている気分になった。『そんなルール無いから』の一点だけで、そんな事をやらかす者がいるとは誰も思うまい。

 もはや技術ですらない――車の屋根に張り付き続けるのは、スタントマンの技術ではあるのだが――、圧倒的なまでの理不尽。学園の生徒達が揃って言葉を濁すのも納得の理由だった。

 

「もし私が、”道路以外を走ってはいけない”というルールを提示していれば従っていたのかい?」

「無理な仮定ですよ、ルドルフさん。あの時のルドルフさんは提示されたルール――特に先行・後行の不公平さに目がいってたじゃないですか。自分からルールを考えるなんて発想には行き着きませんよ、絶対」

「……む」

「言った筈ですよ? 『そんな事を言ってる以上勝てない』、『他所の人で何も知らない』って。うちの地元でこの勝負を挑むウマ娘なら”近道禁止”を提示する発想に至りますけどねー」

 

 ルールの追加をした場合の仮定を言ってみるが、現実的な根拠によって否定される。確かにあの時、シンボリルドルフは三バ身差を譲るという挑発じみたルールに意識が行っていた。

 加えて、単なる速さ比べの野良レースで自分からルールを提示するという発想も浮かばないだろう。スタート、ゴール、有利な位置取り。これだけ解りやすいルールを与えられて、それ以上を求める事など有り得ない。

 つまり、シンボリルドルフはレースの前から負かされていた。”知らない”という、たったそれだけながら致命的な要因。戦術的でなく、戦略的な敗北だった。

 いや、だからといってこんな負け方があるだろうか。

 

「こんなバカばっかやってる娘でしてね……何度言ってもやめんのですよ……ここの所はトレセン生との”近道禁止”ルールしかやってなかったから、油断してましたわ……」

「”妨害禁止”もあるじゃん。しゃこー? とかいうのはよく知らないけど、流石に将来有望なトレセン学園の皆に体当たりとか良くないからねー」

「おいコラ。まさかルドルフさんにやってないだろうな」

「…………体当たり()してないよ?」

 

 ドロップスティアーは店長の目を真っ直ぐ見据え、一切の嘘を交えずすっとぼけてみせた。

 確かにシンボリルドルフと軽い接触はあったが、肩同士が擦れ合っただけ。ドロップスティアー本人はシンボリルドルフを見もしていなかった――つまり故意ではなく、()()()()ラインを取った先に居たルドルフに当たっただけとも言える。言えるというだけで、実態は別だが。

 自分が悪いという自覚もあるだろうし、これ以上の折檻も不要だろう。怪訝な目線を向けて真偽を問う店長の視線に、シンボリルドルフは何も無かったと首肯した。

 

「……はぁ。全く、なんとかならねぇのかお前のその悪癖は……」

「山があったら登りたい、上があるなら目指したい、より速くなりたい。うんうん、正しいウマ娘の本能だね。これはもう仕方ないよ、宿命だよ」

 

 反省はする、しかし止める気は無い。人間に対してウマ娘の本能を振り翳し、ドロップスティアーは自分の行為を正当化、というかゴリ押ししようとしている。

 確かに、どんな形であれウマ娘は本能的に、魂に刻まれている様に速さを求める。求める形はそれぞれで違うが、レースでも山登りでも速さの追求は止められない。

 店長はそれを聞き、大きく溜息を吐く。『速くなりたい』、そんなウマ娘の精神を曲げる事は出来ない。それを熟知しているが為に、せめて後処置(クールダウン)だけでも徹底しているのだろう。

 ――待てよ?

 

「……成程、一理ある。確かに、より速くなりたいという気持ちは曲げる事は出来ない。私にもよく分かるよ、ドロップスティアー」

「ですよね!? ほらオヤジ、ルドルフさんもこう言ってる! 自分正しいですよね!?」

「ああ、正しい。実に正しいよ」

 

 シンボリルドルフはその時、初めてドロップスティアー側に付いた。ウマ娘は速くなりたい、それが宿命であり、故に自分の走りの追求は止められない。

 それがドロップスティアーの主張。その危険を正そうとしたシンボリルドルフは、どんな形であれ敗北した以上、”止めろ”と上から説得する事は出来ない。

 ならば。シンボリルドルフは、ドロップスティアーを()()()()()()()方法を思いついた。

 

「君は速くなりたい、それを止められない。そうだね?」

「はい! いやー残念だなー、こればっかりはウマ娘の本能だからなー! どう言われようと、自分の道を阻む事は能わずなんですよねぇー!」

「これからも思う存分速さを求めればいい。()()()

「はいっ、これからも思う存分――え?」

 

 母性すら感じる微笑みを浮かべ、シンボリルドルフはドロップスティアーに軽々と言った。

 その場の空気が、時ごと停止する。しかし既に遅い、言質は取った。

 

「お父上。本人も『はい』と言った事ですし、構いませんか?」

「……あの。まさかたぁ思いますが……」

「ええ。ドロップスティアー君を、()()()()()()()()()()

 

 止められない物を止める。相手の思考の抜け穴を突く、発想の転換。

 シンボリルドルフは、()()()()()()()()事で危険行為を止める事にした。

 




このバカ主人公は【アンストッ()()()】は習得していません。
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