ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『不公平』

「――ティアちゃん。ありがとう」

「え? どうしたんですか急に、スペさん」

 

 サイレンススズカの骨折騒動から数日が経ち、菊花賞も目前となった頃。カフェテリアでスペシャルウィークはいつも通り大ボリュームの昼食――レース前という事で多少控えめではあったが――を摂りながら、ドロップスティアーと卓を挟んでいた。

 そう、いつも通り。サイレンススズカの骨折直後に陥った不安は、再び走れるかもしれない可能性と手段を提示された事で、全てでは無いにせよ大半が払拭されていた。

 

「ティアちゃんがスズカさんを助けてくれた事だよ。アレが無かったら私、まだ落ち込んだままだったかもしれないから。……『スズカさんが走る所がもう見れなくなる』、って」

「……勘だけだったとはいえ、自分はサイレンススズカさんのケガを止められませんでした。リハビリ案だって、退院しない事には分からないままですし。自分は、助けられてなんていませんよ」

「でも、おろおろしてただけの私よりずっと力になってくれた。……だから、ありがとう」

 

 改めてスペシャルウィークは礼を言う。怪我直後に誰よりも速く救護に当たり、骨折が治った後のプランも立てて、自分の事の様にアグネスタキオンに土下座をしてまで頼み込んだ彼女。

 『骨折から退院した後も、きっとスズカさんなら復帰してくれる』という希望は、具体的な根拠が無ければ迷いに繋がっていただろう。だけど今なら、不思議と不安が無かった。

 それはサイレンススズカ自身が入院中の今、『必ず、また走るから』と強く断言したからである。その決意の大きな助けとなったのは、間違いなくドロップスティアーの功績だった。

 

「自分は、無能ですよ。今も昔も、変わらず。つまんない浅知恵ばっかで、大事な所でいっつも力が足りなくて。今回だって、結局アグネスタキオンさんやエアシャカールさん頼みですし」

「でも、ティアちゃんはこれからスズカさんにトレーニングするデータをずっと渡す事になるんでしょ?」

「……まぁ、形的にはそうなっちゃいますねー」

 

 ドロップスティアー本人は骨折を防げもせずに、自分だけではどうにもならなかった現実に対し、忸怩たる思いを抱いていた。だから贖罪したかった。

 その結果、サイレンススズカが退院後に使う事になるトレーニングスーツの為に、自分のこれまでとこれからの走行データを全て共有する事にした。限りなく精密に測定されたトレーニングデータを、全て。

 これは当然、ドロップスティアーにとってデメリットにしか働かない。サイレンススズカの復帰には役立っても、自分の能力を常に報告し続けるのとほぼ同じ事であり、それ以外にも第三者にデータが流出するリスクもある。

 サイレンススズカやそのトレーナーの事を信用しても、何らかの形で悪用される可能性は大いにあるのだ。その可能性に気付かない程、ドロップスティアーもバカでは無い。

 

「まぁでも、ホントに大変なのは、サイレンススズカさん本人ですから。……深い傷から立ち直るには、もっといっぱいの希望が無いとダメなんですよ。自分なんて、数字渡すだけで……到底、足りるもんじゃないです」

「……?」

 

 実感の籠もった重々しい言葉に、スペシャルウィークは少し疑問に思った。

 ドロップスティアーというウマ娘は、本当に怪我をするのかどうか怪しいレベルに頑丈だ。全力のスパート中に自分から転倒するという、サイレンススズカを遥かに超えるレベルの事故をやらかしておいて、それでも普通に日常生活に戻っている。

 にも関わらず彼女が口にした言葉は、サイレンススズカに匹敵する様な怪我を経験した様にも聞こえた。他人事のようで、自分の事の様に。”希望”という言葉を用いて、”絶望”的な実感がそこにあった。

 

「ま、そんな事はどーでもいいですよ。スペさんは大丈夫ですか、菊花賞」

「うん、大丈夫だよ! ……正直ちょっとまだ、ショックはあるけど。でも、思ったんだ」

 

 自身の過去をスペシャルウィークに少しでも触れさせる訳にはいかない。そう思い、ドロップスティアーは早々に話を切り上げた。感受性が豊かな彼女にとって、自分の暗い過去は更に無用な心配を与えるだけである。

 サイレンススズカの骨折という衝撃を受けて、すぐ菊花賞。そんな状態でこれ以上の心労を与えるのは、レースの不安要素にしかならない。負けたくないからと言って同情で相手を揺さぶるのは、余りにも良心を踏み躙る行為だ。

 そんな心配を余所に、スペシャルウィークは両手のスプーンとフォークを一旦テーブルに置き、両手を強く握り締めた。

 

「スズカさんがまた走れる様に、走りたいって強く思える様に。……今の私が出来る事は、レースで走る所を見せる事だけだって」

 

 スペシャルウィークは今回の事故の際に、殆ど何も出来なかった。救護の片棒を担ったとはいえ、殆どがドロップスティアーに指示されて出来た事である。

 冷静な思考が出来ず、呆然としていた。病室では縋り付いて泣くだけだった。そんな自分にとって、今出来る事は一つ。

 走る事。走って、見せる事。今のサイレンススズカがより強く走りたいと願える様に、これまで以上に自分のレースに集中する事。ただそれだけだ。

 

「スズカさんは絶対戻ってくる。だから私は、一緒に走りたいって思わせる様に……”日本一のウマ娘”に、なるんだ」

 

 あの後、スペシャルウィークはサイレンススズカから言われた。『私の分まで楽しく走ってきてね』、と。

 自分の夢について、自分が走る理由について、”日本一”とはなんなのかについて。スペシャルウィークはこれまでずっと考え続けてきた。そしてその上で、一つの結論に至った。

 ()()()()()()()。自分の夢は、三冠でも無敗でもない。”日本一”と自分が思えて、誰かにも思われる事。自分の目指す”日本一”とは実績ではなく、()()なのだ。

 だから、今はまず()()()()()()()()()()()()となる。もう一度走りたいと思わせる様な、そんな走りをしてみせる。その先にきっと、自分自身が認められる”日本一”がある。

 

「……だから、ティアちゃん。菊花賞、負けないよ!」

「――」

 

 にっこりと満面の笑みで、スペシャルウィークはそう宣言する。

 その顔にサイレンススズカが怪我した直後にあった翳りは最早無い。それはドロップスティアーが願った通りの、いつもの彼女の笑顔だった。

 だが、敵意や対抗心など一切感じない彼女の宣戦布告は。()()()()

 

「……自分も。負け、ません」

「うんっ!」

 

 ドロップスティアーは、少し弱気に返答した。

 今のスペシャルウィークは、強い。自分の夢と、サイレンススズカの夢を持って走る。そう意志を固めた彼女は、自然体のままでも強さを感じさせる程になっている。

 彼女は全力を出してやってくるだろう。普通にやれば明確に自分より強い、一対一の競走ならば勝てないだろう相手。今回の事件は、結果的に塩どころかロケットブースターを送ったような結果となった。

 勝つ為にトレーニングも積み、作戦も立てている。それでも尚、今のスペシャルウィークを前に不安にならない方が難しい。そう思う程に、勘と肌がざわついていた。

 

「……よーし、そうと決まれば! お代わり、いってくるね!」

「あのスペさん、食事制限あるって言ってませんでしたっけ?」

「あっ」

 

 そして気合一新とばかりに再びご飯を求めるスペシャルウィーク。

 敵に塩を送り過ぎて塩分過多になる所を、ドロップスティアーは冷静に静止した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――菊花賞、かぁ」

 

 調整用のトレーニングを終え、陽が暮れて夜闇が訪れた所。ドロップスティアーは一人で、模擬レース場の階段でぽつんと座り込み、すぐ近くに迫っている決戦について考える。

 最初にここで走り始めた時、自分は弱かった。レースのレの字も知らないままボロ負けしまくって、”黄金世代”と呼ばれる友人達にボコボコにされ、その後に名入に偉そうにスカウトされ。しかしなんやかんやとあって、今ではGⅠという舞台で最強クラスのウマ娘にライバル視される様になってしまった。

 相手は、スペシャルウィーク達は強い。菊花賞で勝つ為の作戦はあるし、レースに絶対は無い。しかしその”絶対”に近い相手と、真っ向から戦う羽目になるのだ。

 

「山で走ってた頃からは考えらんないなぁ……死ぬより怖いや」

 

 ”ヤマ娘”と呼ばれた自分は、限定的な強さしか持たなかった。死ぬ一歩手前の曲芸を駆使し、実力の外にある負けない道ばかり追求していた。

 レースという世界には、自分だけの近道や裏道が無い。別方向に違った進化をした勘と、負ける悔しさを覚えてしまった今では、山で死ぬ寸前の無茶をするよりも、友達と走る方が何倍も怖いと感じる様になってしまっている。

 本当に、勝てるのだろうか。やる事はやるし、勝つと言ってしまった以上勝たなければならない。それでも、不安は付き纏う。

 

「――”死ぬ”なんて。そう簡単に言うもんじゃないよ、ティア」

「あれ、テイオー先輩?」

 

 そんな取り留めのない事を考え続けていると、覚えのある気配(つよさ)と声が後方からやってくる。振り向けば階段の上に、トウカイテイオーが立っていた。

 この中央トレセン学園に来て初めて出会い、”レース”を最初に教えてくれた偉大なる先輩。思えばダービー以降はごたついていて、ここ最近あまり顔を合わせていなかった事を思い出す。

 なのでドロップスティアーはその場から立ち上がり、超速で刹那的に階段を駆け昇り懐いた犬の如く急激に近寄った。

 

「うわー、ホント久しぶりですーっ! 元気そうで何よりですっ! どうしたんですかこんな所でっ!」

「強い! 圧が強いよ! 久々だからって距離の詰め方が激し過ぎるよちょっと距離取ってよ!」

「はいっ!!」

「バックステップでどんだけ跳んでんの!? そこまで離れろとは言ってないよ!」

 

 爆速で詰め寄られたトウカイテイオーの言葉に応じ、ドロップスティアーは全力のバックステップ一発で五メートル程離れる。ツッコミは接続して加速した。

 久々に()()()()()と思えば、たった数秒でコレ。慕われている事は嬉しいのだが、あまりに極端過ぎる。トウカイテイオーはこの後輩に振り回される久々の感覚に、もう一瞬で疲れそうになっていた。

 

「それで、ホントにどしたんです? そろそろ寮に戻る時間ですし、自主トレするには遅すぎますよ?」

「……まー……正直ちょっと迷ってたんだけどねー……今しかないかな、と思ってさ」

「?」

 

 難しそうな表情を浮かべ、要領を得ない事を言っているトウカイテイオーに対し、こてんと首を傾げる。

 トウカイテイオーはコミュニケーション能力が極めて高い。どこにでも溶け込め、その場の空気を読めて、自分を出すか他人に合わせるかの判断が上手い。そんな彼女が誰かを前にして言い淀むというのは、中々に珍しい事だった。

 

「菊花賞。出るんだよね?」

「え、はい。……言っときますけどダービーみたいな事しませんよ? 作戦はちゃんとありますからね?」

「それは良いんだけど……いやメッチャクチャ良い事だね、ちょっとボク安心しちゃったよ」

 

 ドロップスティアーの言葉を聞いて、トウカイテイオーは()()()()が払拭される。この後輩は日常的にもレース的にも、ゴールドシップとはまた別方向に破天荒な事をやらかしてきている。

 そして前のダービーではその無茶を極め、見ていて本当に死ぬかと思わされた。今回も普通の作戦では挑まないだろうが、もう自分勝手(ノープラン)で自殺行為に突っ込む事は無いらしい。

 次の菊花賞も当然観に行くつもりだったトウカイテイオーにとって、それが知れた事は素直に有り難かった。

 

「……レース前に聞く事じゃないかなとか、思ったんだけど……ねぇティア、聞かせてもらっていい?」

「え、何をです?」

()()()()()

「――意外ですね」

 

 ”自分の過去”。自分にとってブロックワード一歩手前のその単語に対し、ドロップスティアーの脳は一瞬にして冷え、そして急加速させた思考が出した結論が”意外”だった。

 ”過去”という話題は、単体で藪から棒に切り出す物では無い。『迷った』と言っている以上、トウカイテイオーは自分の仄暗い過去について何かを察しており、その上で聞き出す事を決心したという事だ。

 自分の過去が聞くのを躊躇う代物である事を知っているのは、中央では名入とシンボリルドルフのみ。つまり彼女は、シンボリルドルフより何かを聞いた上で、ここに来た。冷えて冴えた思考は、ただ一つしか有り得ない可能性を即座に導き出した。

 

「まず最初に言っておくと、自分はテイオー先輩に対して何かを隠したり誤魔化すつもりは一切無いですし、過去(ソレ)を話す事に思う所も怒る事もありません。そこは安心して欲しいです」

「……雰囲気、全然違うね。いつものキミとは、まるで別人だよ」

「まぁ、ガラじゃないとは思ってますけど、どうしても()()なるモノでして。……すみません、イヤな気持ちにさせちゃいましたか?」

「それはこっちのセリフなんだけどな……」

 

 ドロップスティアーは笑みを無くした真顔で、しかし影は無くトウカイテイオーの考えているだろう一部に対して先んじて回答しておく。その冴え過ぎている言葉に、トウカイテイオーは少し申し訳無く感じた。

 この後輩は、たった一言でこちらの抱える憂慮――過去に触れられたくないのではないかと思っている事を、一足飛びに察してきた。一を聞いて十を知る、その言葉の通りに。

 彼女が考えてきた数々の悪知恵、その根幹にある思考力。しかしそれは、平時の彼女には無い冷たさであり、自分はその影を引っ張り出した様な物だとトウカイテイオーは感じていた。

 

「多分ルドルフさんが『彼女自身から聞いた方が良い』とか言ったんでしょ? それで実際に聞きに来た、ってトコだと思うんですけど」

「……ボク、まだ何も言ってないんだけどな……そこまで分かるもんなんだね……」

「今のテイオー先輩は()()()()()と同じ顔をしてますからね。あとは消去法と、ルドルフさんの性格で分かります」

 

 トウカイテイオーがここに来た理由について、ドロップスティアーは淡々と推測と事実を述べていく。

 今のトウカイテイオーの顔色は重い。その表情は両親の事故の後に散々向けられた、()()()()()()表情に近しかった。自分の過去について知っている地元の住人が、よく見せていた顔。

 シンボリルドルフの口は軽くないが、彼女は全ウマ娘に対して肩入れをし過ぎる節がある。自分が過去をなるべく軽く簡易的に説明した時も、むしろ重く受け止めてしまった。そしてシンボリルドルフの人となりを良く知るトウカイテイオーならば、少しの切っ掛けがあればその翳りを見抜けるだろう。

 分かる・分からないではなく、それしか無い。ドロップスティアーは自分の過去を他人がどう考えるかという機微について、慣れ過ぎてしまっていた。

 

「……大分前、ダービーの後ぐらいの事だけど。ティアはなんであんな危険な走り(コト)してまで勝とうとしたんだろうって、カイチョーに聞いてみたんだ。その時カイチョー、暗い顔してね……ティアの言った通り、そう言われたよ」

「そこが”意外”です。テイオー先輩ならルドルフさんの反応で、自分の過去がろくでもない事って察せたでしょ? なんで今になって聞きに来たんです?」

「……キミ的に言うなら、勘、かな。多分、今しか無いと思ったから」

 

『……気になるなら、彼女の過去について聞いてみると良い。テイオー、きっと君になら、ティア君も教えてくれるだろう』

 

 かつてシンボリルドルフが渋面を浮かべ、ギリギリまで両サイドの事を熟慮した結果、零した言葉がそれだった。

 シンボリルドルフはドロップスティアーの抱える過去がいかに重い物で、大事な事かを理解している。した上で、テイオーならばそれを飲み込み吹聴もせず、彼女の支えに成り得ると信を置いて、話の入口を与えた。

 その様子の異様さからトウカイテイオーは安易に触れるべき話題では無いと察し、気にはなってもこれまで言及する事を避けてきた。彼女の異常の根幹たる最大級の厄がそこにある、そう正しく受け取って。

 だが、菊花賞という大勝負が迫ったこの今こそ、()()()()()そうすべきだと思った。

 

「物凄く簡単に説明するラクなバージョンと、無駄に重く語るつまんないバージョン。どっち聞きます? 自分のオススメは前者です」

「……後者で。カイチョーは多分そうすべきだと思ってボクに伝えたんだろうし、ボクも気になるから」

「……ホンットーに、つまんない話になりますよ? 良いんです?」

「良いよ。お願い」

 

 妥協案を提示されても、トウカイテイオーは譲らなかった。恐らくはドロップスティアーなりの気遣いだと察しつつも、自分が知りたい・知るべき事は後者にしか無いと考えて。

 そもそもこちらから直々に聞きに来る時点で、半端な妥協という選択肢は無い。首を突っ込むと決めたからには、とことん突っ込む。彼女自身が『隠すつもりは無い』と言っている以上、遠慮はしない。

 覚悟を決めたとばかりに顔を引き締めたトウカイテイオーの顔を見て、ドロップスティアーもちゃんと話す事にした。自分が言った様に、話す事自体に躊躇いは無い。

 ただ、本当につまらない話だから、他人に聞かせるには忍びないというだけで。

 

「じゃ、ちょっと座りましょっか。長い話になりますし」

「うん」

 

 二人は模擬レース場の階段の上で並び、座り込む。

 そしてドロップスティアーは、暗い空に向けて語り始めた。なるべく分かりやすく、そして当時の自分が抱いた感情が伝わりすぎない様に。かつて名入に話した様に、自分の過去を。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――ってな感じで、無事”ヤマ娘”が生まれましたとさ。めでたしめでたし、って感じの話です」

「……なんにも、めでたくないよ……」

 

 眼前で両親が死んだ事。母の遺言と共に、トラウマと向き合い続けた事。それに伴い”勝負”に拘る様になった事。死にたくなって、しかし死ねない事を身を以て理解し、山道で()()様になった事。

 ドロップスティアーはそれらを他人事の様に、なるべく平坦な調子で語った。今では過去をある程度吹っ切れている事であると、聞き手のトウカイテイオーが必要以上に重く受け止めない様に。

 が、自分自身をぞんざいに語る様なその語調が裏目となり、トウカイテイオーはとてつもなく苦々しい気持ちで満杯にさせられた。

 

「…………」

「言ったでしょ、長くてつまんない話だって。……すみませんテイオー先輩、そんな顔させちゃって。でも自分、知っての通り今は超元気にやってますから大丈夫ですよ」

 

 トウカイテイオーは二の句が継げなかった。このウマ娘は、何もかも自分と真逆の存在であると完全に理解したが為に。

 天賦の才と引き換えに、(あし)が壊れたトウカイテイオー。心が壊れた事と引き換えに、体の頑丈さを得たドロップスティアー。彼女の常識外の無茶の根底にあったのは、それ以上の苦痛と苦難だ。

 自分と彼女が出会った直後に行った、勝負とも言えない勝負。その後に抱いた『ウマ娘として持っている筈のモノが全く無い』という感想。それは図らずも正鵠を射ていた。

 彼女は、()()()()()()()()()のだから。

 

「……ゴメンね、イヤな事言わせちゃって」

「あはっ、最初に言ったじゃないですかー。『思う所も怒る事もない』、って。謝る必要なんて無いですって」

「それでも、ゴメン」

 

 トウカイテイオーは謝った。シンボリルドルフの様子からして良くない事だとは察していた、しかし実態はその想像を遥かに超えた悲劇の連鎖だった。

 ドロップスティアーが今ここで笑っていられるのは、一つの奇跡だ。彼女は死んでもおかしくないレースをしていたのではなく、人生で死ぬ一歩手前のチキンランをし続けていただけ。

 レースを知らないのではなく、()()()()()()。彼女と他のウマ娘を分け隔てている最大の違いは、その一点だ。

 

「……うん。やっぱり、聞きに来て正解だったや」

「え?」

「イヤな事言わせちゃって、レースに悪い影響出ちゃったらどうしようとかさ。それで迷ってたんだけど、今聞けて良かったよ」

 

 だからこそ、トウカイテイオーは()()()()()()()()()()事に安堵した。

 今聞く必要があるのか、聞かずそっとしておいた方が良いのではないか。そういう心配をしていたが、真実を知った今では自分の判断に間違いは無かったと確信出来た。

 

「菊花賞はさ、どんなウマ娘もそうだろうと思うけど。ボクにとっちゃ、ホントに特別なレースなんだ。キミならわかるよね、その意味」

「……テイオー先輩の三冠、ですよね」

「うん」

 

 トウカイテイオー。”皇帝”を継ぐとされた”帝王”の道は、ダービーの直後に絶たれた。

 ダービーでの完勝直後に発覚した骨折。それにより彼女は”無敗の三冠ウマ娘”という、誰もが夢見て自分自身も志した目標の舞台に立つことすら出来なくなった。

 あの時骨折していなければ、菊花賞に出れていれば。今の自分に後悔が無くとも、そう考える事はままある。トウカイテイオーの軌跡を知っているドロップスティアーにも、その無念は容易に想像が付いた。

 

「ボクにとって菊花賞は特別で、だから誰かを贔屓したり肩入れするつもりは無かったんだけど……気が変わったよ」

「……?」

「このままじゃ、()()()だからね」

 

 クラシック最後の冠。”最も強いウマ娘”を決めるレース、菊花賞。

 ”黄金世代”と呼ばれているこの世代は、間違いなくその謳い文句に恥じないレースをするだろう。そしてその中の一員として、この後輩は無視出来ない存在にまで成り上がってみせた。

 常識外の戦法を用いて、出走者のみならず観客すらも恐怖させる、”最も怖いウマ娘”。最後の最後まで何をするか分からない、世代の伏兵。

 トウカイテイオーは本来、今回のレースに余計な茶々を入れるつもりは無かった。中央で初めて先輩として面倒を見た後輩だからといって、特別に手助けする理由はならない。

 だが。彼女の過去を聞いた今、()()()だと感じた。

 

「キミとボクは、色んな所が真逆だ。ボクの走りはキミには出来ないし、キミのやる事もボクには出来ない。だからボクは、キミに何も教えられない」

「ええまぁ、トレーナーさんにも言われましたねソレ……はぁ、自分もテイオー先輩みたく速くカッコ良く走りたかったですよぅ……」

「だけど」

 

 トウカイテイオーとドロップスティアーはあらゆる点が正反対の存在だ。身体も走法も人生も、何もかも違う。故にトウカイテイオーには、彼女の助けとなる事を教えられない。

 ――()()()()

 

「一個だけ。教えてあげるよ」

「へ?」

()()()()を」

 




ヒントレベル+1

現在滅茶苦茶体調不良で遅れますが、次回から菊花賞です。
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