ヤマ娘 ~Crazy Derby~   作:灰の熊猫

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『菊花賞/開幕』

 菊花賞。”最も強いウマ娘が勝つ”とも言われる、クラシックロードの終着点。

 天皇賞・秋でのサイレンススズカの衝撃も未だ薄れぬまま訪れた今日、このレース場に、()()()は集まっていた。

 

「……来たわね」

「うん」

「そりゃ、来るに決まってんでしょー」

 

 ”三強”、キングヘイロー・スペシャルウィーク・セイウンスカイ。今年のクラシックロードの中心を走り、皐月賞・ダービー・そして直前のトライアルに至るまで、全てにおいて確かな実績を残してきた三人。

 地下バ道で顔を合わせた彼女達は、いつもよりも静かに対面し合う。この最後の冠を賭けた大一番に、緩んだ空気が入り込む隙は無い。

 これまでのGⅠレース――皐月賞・ダービーと同じく、彼女達は三人並ぶ様に今日の一番から三番人気。今まで通りにこの三人こそが今日の主役・菊花賞の本命と目されている。

 ――観客達の認識では、の話だが。

 

「……あ、あのー、皆さーん。やめません、そのプレッシャー? あ、こっち向けるのもナシで。怖すぎますってば、三人揃って三乗なんですってそれ」

「そう思うんならあなたは少しは日頃の行いを改める事ね、ドロップスティアーさん」

 

 そんな三人が顔を合わせている所に、おっかなびっくりドロップスティアーがやってくる。三人は揃って、そのウマ娘へと視線を向けた。

 歴代最強とも謳われる”黄金世代”に紛れ込んだ、異形・異常の走りのダークホース。”絶対何かやらかす”、最早誰もがそう思わざるを得ないウマ娘。

 彼女は今回、八番人気だった。ダービーで二着だったとはいえ、彼女は前走の神戸新聞杯において初の着外を喫し、キングヘイローに完敗している。

 彼女の技や小細工は、純粋な実力で捻じ伏せられる。それが証明された以上、彼女は本命足り得ない。誰もがそう思っているが、”三強”は違った。

 この菊花賞でも勝負の行方を荒らすだろう彼女を無視し、このレースに勝つ事は出来ない。それは三人全員が抱く共通認識であった。

 

「スペシャルウィークさん、セイウンスカイさん。貴方達にも、今まで随分と借りがあるわ。だからこそ、今回こそ。……この冠だけは、譲らない」

 

 キングヘイローはそう言い、全身の闘志をその場の全員にぶつける。

 皐月賞では僅かに一歩、セイウンスカイに届かず。ダービーでは誤算に誤算が重なり、スペシャルウィークに置き去りにされ。前走のスペシャルウィークとの対決でも、クビ差の敗北だった。

 ”三強”と謳われていながら、あと一歩勝ち切れない。事実、今日のキングヘイローは三番人気とされており、それはつまりこの三人の中で()()()()()()()と言われているのと同義だった。

 許せなかった。誰でも無い自分が、自分自身を許せなかった。だからこそ今日キングヘイローは、この三つ目の、”最強”の冠を奪い取りに来たのだ。

 

「うーん、今日のキングは怖いねぇー。お手柔らかに、って言いたいトコだけどさー……悪いけど、私も譲る気なんて、サラッサラ無いんだよね」

 

 セイウンスカイもまたそれに呼応し、飄々とした笑みを引っ込める。

 皐月賞では事前に作戦を練り、シミュレート通りにレースが動き、なおギリギリの辛勝だった。ダービーでは一歩離れた所でビクビクしてるそこの藍髪のウマ娘に、まんまとしてやられた。

 悔しかった。想像を超える力と、想定を覆す力。この場に揃う二種の”強さ”に対し、セイウンスカイは未だ勝ったとは思っていない。

 『今回こそ』はこちらの台詞だ。今日こそ、この最後の冠でこそ、自分は自分の走りで勝ち切ってみせる。どんな速さも強さも考えも、自分の(はしり)が超えてやる。そう考えていた。

 

「私も、負けないよ。今日の私は、絶対に勝つんだ。……誰にも、負けない」

 

 スペシャルウィークは、静かながらもキングヘイローに匹敵する気迫を漲らせていた。

 ただダービーウマ娘になるだけでは足りなかった、”日本一”に至れなかった”何か”。それを手に入れる為にも、そしてそれ以外の為にも、ここで負ける訳にはいかない。

 自分の夢の為だけでは無い。必ずこのレースを見るだろうサイレンススズカの為にも、負けられない。この日の為に、全ての想いを募らせてきた。

 絶対に勝つ。ダービーの後より湧き上がったスペシャルウィークの渇望は、サイレンススズカの怪我を経た今、更に膨れ上がっている。

 

「……あのー。自分、この三人に勝たなきゃいけないってマジです? ヤバくないです? ちょっと逃げていいですかね」

「あなたはいい加減その他人事みたいな引け腰をなんとかしなさいよ。ダービーの時のやる気はどこに行ったのよ。『勝つ』って言ったからここに来たんでしょうが」

 

 一方、その横にいるドロップスティアーは最初から負け犬ムードであった。仮にも”黄金世代”全員に対して勝つと言い放ったとは思えない程、現状この場の空気に気圧されていた。

 自分の勘は、これまでで最も強く働いている。それはこの”三強”たる友人全員が全員、油断無く平等に最大級の警戒を向けている事に他ならない。

 やっぱり死ぬより怖いんですけど。最早伏兵として隠れる事を許されなくなった小物は、トゥインクル・シリーズの歴史の中でも最強クラスと呼ばれている彼女達に対し、バチクソにビビり散らかす真っ只中であった。

 

「……一応確認しとくけどさ。私達に勝つ為の作戦、あるんだよね?」

「まぁ、ありますけど」

「そりゃ良かった。……それなら、安心して倒せるよ」

「……うわぁ、セイちゃんさんがこれまでで一番怖いです……」

 

 余りの引け腰っぷりにセイウンスカイが質問すれば、ノータイムで欲しい答えが返ってくる。それを聞いてセイウンスカイは、静かに微笑んだ。

 このウマ娘は極めて正直である。勝負前からビビっているのも事実なら、勝つ為に来たのも事実。そして今日のレースで、自分と策のぶつけ合いとなるだろう事も確かめられた。

 そうでなくては困る。自分が、”セイウンスカイ”がライバルとして見ているのは、自分と似て非なるその”強さ”なのだから。

 

「ティアちゃん」

「な、何です、スペさん?」

「負けないよ」

「……はい」

 

 スペシャルウィークは端的に、そして万感を込めてそれを告げる。

 この場に何も思うこと無く立てたのは、ドロップスティアーのおかげだ。彼女がサイレンススズカに対して復帰の道筋を示してくれていなければ、自分は迷いを抱いたまま挑む事になったのは想像に難くない。

 だからこそ、全霊を持って倒す。自分を”日本一”と認めてこの勝負を決めた彼女の想いと、サイレンススズカの期待に応えるべく。それこそが自分に出来る最大にして唯一の事だ。そう思い、そう想って、今この場にスペシャルウィークは居る。

 

「……これ以上、話す事も無いわね」

「そだねー。月並みな言葉になっちゃうけど……後は走りで語る、って事で」

「うん。……行こう、皆」

「あっはい。……んじゃ、行きますかぁ……」

 

 これ以上の言葉は要らない。自分達はウマ娘であり、アスリートなのだから。そう思った”三強”達は、地下バ道をゆっくりと後にしていく。

 走る前からプレッシャーに当てられてしまっていたドロップスティアーは、その背を一回り遅い足取りで追った。これまでの力関係と同じく、三人の背を追う形で。

 大きな背中だ。”最も強いウマ娘”、あの三人の誰もがそう言われるに相応しい実力を持ってここに居る。そして自分は、その言葉に最も相応しくないだろう。

 そう思いつつも、ドロップスティアーはこの直前の控室にて、名入に言われた言葉を思い出していた。

 

『迷うな。信じろ』

 

 その二言は、ある意味()()()()()()()()だった。”最強”たる”三強”を打ち破る為の、名入の考えたとっておきの秘策。

 ここに至る為に、全てを尽くした。それに届く為に、何もかも賭けてきた。名入がそうしてきた事を、自分がそうされてきた事を、ドロップスティアーは良く知っている。

 ――だから。

 

「……信じてるに決まってんでしょ、ばーか」

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ついに、この時が来たか……」

「……そうだね、カイチョー」

 

 京都レース場・関係者席。ダービーの時同様、シンボリルドルフとトウカイテイオーは今回のレース――菊花賞を、二人揃って観戦しに来ていた。

 クラシック三冠の終着点。”黄金世代”と謳われるこの世代の最強を決めるこのレース。そして、”彼女”が出るレース。

 

「久しぶりだね、名入トレーナー」

「皇帝サマか。……ダービーの後は、色々と手間かけて済まなかったな。おかげでこっちは首の皮一枚で助かった、感謝してる」

「……極めて失礼であると、承知の上で言わせてもらうのだが……貴方が礼を言うというのは、意外に感じるな」

「学生にやらせるべきじゃねぇ事押し付けちまったんだ。流石の俺だって、当たり前の恩と申し訳無さを感じる心はある」

 

 シンボリルドルフに声をかけられた名入は、深々と頭を下げた。誰が相手だろうが傲岸不遜な態度を取り、失礼の化身の様な彼がそうする事に対し、シンボリルドルフは僅かに驚いた。

 名入はシンボリルドルフとはダービー以降、全く顔を合わせていない。『担当に異常な走りを強いた極悪トレーナー』という認識が定着している名入は、清廉潔白であり全ウマ娘の代表的存在たる”皇帝”と、表立って接触する訳にはいかなかったからだ。

 名入というトレーナー個人を弁護・保身したと思われれば、裏での癒着が疑われる。なのでシンボリルドルフはあくまでいつも通り自分の信念に従い、ドロップスティアーの――”ウマ娘”の立場のみを想い、ダービー後の騒動の収束に行動した。そう思われなければいけなかった為に、こうして顔を合わせて会話する機会は絶ってきたのである。

 

「……ティア君は、大丈夫かい?」

「あん? そりゃどーいう意味だ?」

「当然、今日のレースについてだ。今回の菊花賞において、彼女の不利は言うまでも無いだろう」

 

 だが、今二人が語るべきはそんな過去ではなく、目の前の現状である。シンボリルドルフはこのレースにおいて、ドロップスティアーの勝機はこれまでで最も厳しいものだと認識していた。

 彼女は坂に強いウマ娘だ。最大最長たる淀の坂を二度経由するこの菊花賞において、そのアドバンテージは大きい。しかし、()()()()()()

 そもそも彼女は短距離向けのピッチ走法オンリーのウマ娘であり、本人の莫大なスタミナはレースというスピード勝負の場では、本人のフォームの歪みも相俟って全く機能していない。

 そしてダービーにのみヤマを張って鍛えてきた――東京レース場のレースのみに絞った結果、彼女は右回りのレース経験が一度しかない。前走の神戸新聞杯では初の着外となった事から、彼女のその弱みは確かな形として証明されてしまっていた。

 

「それはボクも気になってるんだよねー。ティア、少し前に話した時『ちゃんと作戦はある』って言ってたんだよ。……って事は、勝ち目はあるんでしょ?」

「たりめーだ。他のレースならともかく、GⅠなんて大勝負に無策で送り出す訳ねーだろ」

「あれぇ、おっかしいなぁ。とんでもないムジュンが今聞こえたんだけど。思わずボク、反射的に異議唱えそうになっちゃったんだけど」

 

 トウカイテイオーもまた同様の認識を抱いていた。事前に作戦があるとは聞いていたし、彼女には自分も一つだけ()()()を授けておいた。だが、レース目前に教えた技一つで大勢が変わるなどと、”帝王”は楽観視していない。

 距離の壁は、高く険しい。”距離適性”という物の重さを、かつてトウカイテイオーはメジロマックイーンと対決した天皇賞・春で思い知らされた。そして菊花賞は、クラシック期のこの時点で最長のレースである。

 メジロパーマー式走法の効率と東京レース場の逆算によって、彼女はようやく2400メートルを走り切れるようになったと青葉賞では聞かされた。それを思えば、彼女はどう考えても長距離向けのウマ娘では無い。

 なので、よりにもよってダービーをノープランで走らせたという、発言の超絶的矛盾にツッコミを入れる気も起きない程度には、トウカイテイオーは今回の作戦が真剣に気になっていた。

 

「皇帝サマも帝王サンも、揃って同意見か? アイツが不利っつーのは」

「……悪く聞こえたなら謝罪するが、君達に遠慮する必要は無いだろう?」

「まぁ、うん……正直、あんまり遠慮する気起きないよね、なんか……」

 

 仮にも年上の大人に向かって、シンボリルドルフとトウカイテイオーは一切自分達の言葉を誤魔化さない。ぶっちゃけこのトレーナーとドロップスティアーに対し、こういった現実を失礼に思う必要は無いと思っていた。

 彼らは揃って現実主義者(リアリスト)であり、力量差を弁えて戦いに挑むスタンスだ。自主的に『まぁ自分達は劣っているだろう』と理解した上でレースに挑み、ついでに言えばトレーナーの性格も悪い。なのでこの帝コンビは、こちら側から言葉を濁す必要は無いだろうと思っていた。

 

「――くっ」

「む?」

「……くっ、くくっ……だーっはっはっ! アンタら二人がそう思ってんなら、()()()だぜ! だーっ、はっはっはっ!!」

「だ、大成功……?」

 

 しかしその言葉を受けた名入は、何故か極めて悪人面全開で高笑いをし始めた。

 ()()()()()。それこそドロップスティアーのデビューから今まで、トレーニングの成果やレースの勝利よりも、何よりも。名入は今この場で、”皇帝”と”帝王”に揃って『不利』と断言された事に対し、笑いが止められないでいた。

 

《三番、ドロップスティアー。八番人気です》

 

 名入の高笑いと同時に、パドックにドロップスティアーが現れる。可愛らしいワンピースの上から暗いプロテクターを四肢と胸部に取り付けた、あべこべな勝負服を纏った少女。

 パッと見て、ドロップスティアーはいつも通りである。GⅠという大一番においても特に緊張している様子は無く、仕上がりも悪いようには見えない。普通のレースであれば、まぁ好走出来るだろうという姿。

 だが、このレースは普通のレースでは無い。

 

《四番、セイウンスカイ。二番人気です》

 

 続いて姿を現したのは、”三強”の一角であり当世代最強の逃げウマ娘・セイウンスカイ。

 平時の飄々とした様子は、最初から見せていない。一切の油断無く顔を引き締め、彼女はやってきていた。

 彼女は今年の皐月賞ウマ娘であり、そして前走ではシニア級屈指の実力者であるメジロブライトを京都大賞典で打ち破った。故に不安定で自滅しやすいとされる逃げウマ娘でありながら、最強の一角と呼ばれるに至っている。

 

「ようやく、ようやくだ……! ようやくこっちに、ツキが巡って来たなぁ……! くくっ、くくくっ……!」

「うわぁ、こんな絵に描いたみたいな悪役笑いする人、ホントにいるんだ……」

 

 そんな最強の一角が表れた事を余所に、名入は一人で引き笑いをしながら盛り上がる。トウカイテイオーは普通に引いていた。あまりに異様にして、普通に悪党にしか見えないその姿。

 愉快適悦。シンボリルドルフはそんな名入の様子の意味を見通せなかった。

 

「……名入トレーナー。どうやら君には、私達にも分からない勝算があるらしいね」

「くくっ、そりゃそうだ、そりゃそーだぜ……! 今この時点で分かってない時点で、()()()()()なんだよ……!」

「ねぇカイチョー、この人一言一句が怖いんだけど……どうしたのコレ……?」

「……分からない……」

 

 まるで分からない。最強レベルの相手を前に笑っている事も、”大成功”も、”手遅れ”も。名入の一言一句が、考えている事が、”皇帝”の全思考を巡らせても分からない。

 パドックが粛々と進む中、シンボリルドルフは改めて状況を再確認する事にした。京都レース場・右回り3000。シニア混合であるステイヤーズステークスを除けば、クラシック最長のこのレース。

 今日の天候は晴天であり、当然芝状態は良好である。雨込の重バ場であればドロップスティアーは坂の強さと持ち前のパワーにより有利となる。しかし、今日のレースにその紛れは無い。

 その上――

 

《――九番、キングヘイロー。三番人気です》

 

 キングヘイローが姿を見せる。威風堂々と仁王立ちし、そしてその後に彼女の象徴たる高笑いを見せていた。彼女の調子も、決して悪い様には見えない。

 彼女は前走・京都新聞杯で二着。そして更に一つ前・神戸新聞杯においては、ドロップスティアーの策を正面から打ち破っての一着をもぎ取っている。未だGⅠこそ獲っていないが、その実力は疑うまでも無いだろう。

 そう、ドロップスティアーは既に彼女に純然たる実力差によって完敗しているのだ。そんな相手が居るにも関わらず、名入は何故今こうしてキングヘイロー以上に高笑いを上げているのか。

 

「”三強”、か。いやー、こっちがイヤになる程強ぇわ、マジで。キングヘイローにゃ二回先着してるとは言え、んなモンもうただの過去の話ってのは前走で証明されちまったからなぁ」

「……それが分かっているならば、相当不味いと思うのが普通だと思うのだが」

「いやまぁ、確かに神戸新聞杯じゃ参ったぜ? 正直来るとは思ってなかったからよ。だから少し()()()()しなきゃならなくなったワケだが、まぁ()()()()()()からヨシだ」

「う、『上手くいった』……? どういう事なの……?」

 

 純粋な実力差での敗北。策を正面から潰す”王”に完敗した、その現実を名入が理解している事は言葉から良く分かる。だが、言い回しが妙だ。

 ”軌道変更”して”上手くいった”。次から次へと、シンボリルドルフとトウカイテイオーの両者の理解の外にある言葉が飛び出してくる。

 ――『()()()()()()』?

 

「……名入トレーナー。ティア君の神戸新聞杯は、これまでで最も悪い結果――着外の負けで終わった筈だ。どこが『上手くいった』んだい?」

()()だよ、全部。一個だけあった()()()()()()も無く、無事済んだ。俺からすりゃ、あのレースは()()()()()だったんだよ」

「……な、何言ってんのさ……?」

 

 シンボリルドルフの問いへの答えに、トウカイテイオーは困惑を深めるばかりだった。

 神戸新聞杯での勝負は、キングヘイローの強さとドロップスティアーの弱さの両方を証明する物だった。まともにやれば負ける相手に”まとも”を押し付けない、そういう彼女の戦術(ちから)実力(ちから)によってひっくり返された形。

 だが名入にとっては、神戸新聞杯は()()()()()()()()()結果だったのだ。

 

《――十七番、スペシャルウィーク。一番人気です》

 

 困惑が困惑を呼ぶ中、”三強”の最後の一人が現れる。今年のダービーウマ娘、スペシャルウィーク。

 ドロップスティアーを打ち倒したキングヘイローに、京都新聞杯で勝ったウマ娘。ダービーで見せた異次元の爆発力は、今でも目に焼き付いているレベルの驚異的な追い上げだった。

 ただでさえ長い京都レース場を一周半するこのレースでは、外枠は然程不利とならない。ダービーで見せた末脚が十分に発揮されるのであれば、今回も勝てるだろう。そう観客達には思われている。

 そして今の彼女は、その当時のダービー以上に真剣な眼差しをしている。ダービーウマ娘であるという事を差し引いても、その静かな迫力は一番人気という事実を誰にも納得させるオーラを感じさせていた。

 

「……アイツは、ドロップスティアーはピッチ走法の使い手だ。元々スタミナがあるってだけで、なんとかミドルディスタンスでもやってきただけ。本来は短距離向けのピッチ走法だけで長距離を走り切るのは、フツー不可能だ」

「む……?」

 

 十八人の全ウマ娘のパドックが終わり、返しウマに入る中。唐突に名入は、シンボリルドルフ達へ独り言を話し始めた。

 それは一つの事実。ピッチ走法は瞬発力重視の、ポジション争いと鋭いコーナリングが求められる短距離向けの走法である事。そしてそれこそが、シンボリルドルフとトウカイテイオーが懸念する最大の問題点だ。

 彼女は山を走り込み続けて得たスタミナにより、歪んだ走りでありながらも何とかやってこれた。走法も洗練させて技を駆使し、ダービーでも走り切る事が出来た。しかし、神戸新聞杯では一転して末脚(スタミナ)切れを起こしている。

 阪神レース場の2400メートルで保たなかった彼女が、京都レース場の3000メートルで保つかと言われれば、それは最早算数の問題にもならないだろう。

 ――()()()()

 

「そこで、話は変わるんだが。ある所に、スプリンターのウマ娘がいた」

「……どうしたの、急に……?」

「悪いが聞いてくれよ。コレは俺の好きな話でな」

 

 そして名入は、さらに唐突に別の話を切り出した。

 ドロップスティアーの不利についての話かと思ったら、急に話題が変わった。ドロップスティアーは元々スプリンターでは無い、故にこれは本当に全く別のウマ娘の話である事はトウカイテイオーにも分かる。

 シンボリルドルフもまた、その意図の分からない話に耳を傾けた。名入の分からない意図を、今分からせようとしているだろう意味を理解すべく。この話の先に、恐らく彼が抱く答えがあると確信して。

 

「そのウマ娘は誰もが認める才能あるスプリンターだったんだが。とんでもない夢を抱いていた。()()()()()っつー、スプリンターじゃ叶わない夢をな」

「……?」

 

 スプリンターが三冠ウマ娘を目指す。常識では有り得ない、そんな目標。

 そもそもスプリンターとは、先天的に脚が長く保たない生まれだからこそ短距離を走る。レースの世界で語られる”距離適性”とは、その如何ともし難い生まれの才能から言われている話だ。

 ――だが。シンボリルドルフは、この名入の話に()()()()()()を感じた。

 

「そいつは三冠を取るべく、自らのスピードを維持したまま距離延長にひたすら励んだ。ひたすらスタミナを鍛え、序盤からトップスピードを出せるスプリンターの脚を維持し続ける。それによりクラシックロードへ舵を切り……()()()()()を獲った」

「……ちょ、ちょっと待って。その話の”ウマ娘”って、まさか……」

 

 クラシック二冠。GⅠに一度勝つだけでも歴史に名を残すトゥインクル・シリーズにおいて、それは伝説的な偉業の一つであり、トウカイテイオーもその伝説として語り継がれる一人だ。

 だが、()()()()()二冠を獲ったという条件は極めて限定的だ。三冠ウマ娘であるシンザン・ミスターシービー・ナリタブライアンですら、ダービーに至るまでに一度は負けている。

 故に、ダービーまで無敗のままクラシック二冠に至った経歴のウマ娘は。長い歴史を遡っても、トウカイテイオーやシンボリルドルフなど、たった数人しか居ない。

 

「そのウマ娘は、ひたすら()()を走り続けた。誰よりも険しい坂道の中で、スタミナを付けて。()()()()()()()()を、長距離でも維持出来る様になった」

「……名入トレーナー。まさか、まさかとは思うが、キミは……!」

 

 名入が滔々と語り続ける内に、返しウマを終えた十八人のウマ娘達がゲートに入り終える。

 しかしシンボリルドルフとトウカイテイオーは、名入の話に耳を傾けていた。傾けざるを得なかった。その話はあまりに有名であり、自分達もよく知るウマ娘の歴史であったが為に。

 そして、名入の話を聞かされた二人は薄々と。()()()()()()()()()()を、察しつつあった。

 

《クラシックロードの終着点、”最強”の称号を手にするのは誰だ! さぁ、菊花賞、今――スタートしました!》

 

 一つの話が続き、二人の考えが巡る中。ついに菊花賞のゲートが開く。

 関係者席から見下ろす名入は、溢れる笑みを引っ込めないまま。()()()()の作戦の行方を見つつ、話を進める。

 

「――スピード上げたら逸走しちまう、欠陥走法?」

《先頭を取ったのはドロップスティアー、続いてセイウンスカイ! いつも通り、いやいつも以上に軽快なスタートを切ったドロップスティアー。坂を上り、最初のコーナーに入り――》

 

 短距離向けの脚はそのままに、膨大な坂路の反復練習でスタミナの問題を克服した、無敗の二冠ウマ娘。そんな無茶を通して成功したウマ娘など、歴史上にたった一人しか存在しない。

 ()()()()()()()。距離適性という概念を、膨大な努力で破壊したウマ娘。

 そんな彼女の、()()は。

 

《――そ、()()()()()()()()!? コーナーに入ってもペースを落としません、ドロップスティアー! その外、並んでセイウンスカイ!》

「……そんなバカみたいな弱点! ()()()()()()()()()()に決まってんだろーがぁっ!」

 

 ドロップスティアーはコーナーに入っても()()()()()()()()()、ハナを奪ったまま()()()()()()()()()()駆けていく。

 名入は、菊花賞というこの大一番において。ドロップスティアーに対し、()()()()()()()()()

 




常識は(だいたい全部)敵だ

次回は殆どタネ明かしの回になります。
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