――ドロップスティアーというウマ娘の走りを語るにあたり。避けて通れないモノは、その唯一無二のレース戦術である。
周囲より劣る彼女が勝利を得る為にやってきた、前例の無い妨害的なレース戦術。誰に何と言われようと、負けない為にやってきた数々の
しかしこれらは、基本的に大外追込の為の技術である。逸走癖を持つ彼女が勝つ為の唯一の戦法である追込で勝負をする時、どうすればレースで有利を取れるか。そういった思考から、彼女は自分が”五つの武器”と称する数々の技を思い付いた。
つまり先行策を取った時、これらの技の殆どが無意味と化す。
『まけないで』
負けたくない。負けたくない以外に何の理由も要らない。だから彼女は、負けない為の技を思い付いてきた。
(――ちがう)
レースにおいて前例が無かったのは、ドロップスティアーの偏った身体能力でしか使えない技術だったというのが一番の理由である。彼女にしか彼女の技を使う事は出来ない。
だが、これらの技が誰にも思いつかれなかった、
(ちがうんだよ、おかーさん)
彼女は、負けたくなかった。だから最後には負けない、そういう事を考える様になった。
(――たい)
ドロップスティアーが考えた”武器”は、自分の不利を覆すべく、相手に不利を与える様な技だった。彼女自身が勝てないから、相手に負けてもらう。そんな思考で、彼女はずっと戦ってきた。
相手を負けさせる為の技。それを裏返せば、
(……たい)
それは、どんなウマ娘もが思う事。しかし彼女の過去は、その
それは、つまり。
(
種族的に、本能的に、根本的に。どんなウマ娘もが心から思う事。
その歪みを、トウカイテイオーは過去から見抜いた。だから、
(
誰かを負かす為では無い。他の誰でも無い、自分だけが勝つ為に走るという、当たり前の
ライスシャワーは、想いのままに声を出す事を教えた。トウカイテイオーは、その声を与えた。
――その言葉こそが。
「――
ただ勝ちたいという、本能的な欲求の発露。それにより、彼女は
「ぅ」
――ドロップスティアーの武器には、組み合わせが存在する。
ヤマ勘ブロックから強制斜行、山彦砲から鋭角コーナリング、震山脚から瞬間呼吸。それらは相手を負かす為に考えついた彼女だけの技術であり、彼女だから出来る組み合わせだった。
だが、
「ぁ」
セイウンスカイを見る。近くのキングヘイローを感じる。迫るスペシャルウィークを感じる。
他の誰かを察知する共感覚にまで昇華された勘により、
「あ」
自分が怪我するかもしれない様な、
「あ゛」
闘志の発露。自分の
「あ――」
芝を踏み締める。
「――ぁぁぁ」
彼女はレースを知らなかった。速く走る事を知らなかった。
――故に。それまで喪失していた本能が、彼女の
「ぁぁぁあああ゛ーーーッ!!!」
瞬間、轟音。
かつて上方へと跳ぶ為に働いていた、無駄な力の全てが前方へ走る力に変わる。
跳ねるピッチ走法の力と、自身の技の全てを組み合わせた、彼女の真の走り。
「「「――ッ!!?」」」
ゴールまで秒読み。大勢はこの時点で決していた。
しかし、レースの世界において。一バ身差は、およそ0.15~0.2秒程の差とされている。
故に、
《セイウンスカイが差して、その外からスペシャルウィー――ドロップスティアー伸びたッ!? ほぼ同時にゴールインッ!!》
実況すら反応が遅れる程の、瞬間的な加速。それにより、ドロップスティアーは瞬きする程のほんの僅かな間だけ、
その時だけ彼女は、
「――ど、わ、わわっ……たたぁっ!!」
スペシャルウィークが抜ける。キングヘイローが抜ける。セイウンスカイが抜ける。全員がもつれあったままゴール板の前を駆け抜けた後、ドロップスティアーは足をもつれさせた。
加速出来たのは数秒間だけ。ドロップスティアーは自分の限界の走りに対し、急加速した分の慣性を自分自身ですらコントロール出来ず、思わず転んでしまいそうになった。
転ぶのは良くない。またグラスさんやキングさんに怒られる。そんな一心でたたらを踏んで体勢を整える内に、ドロップスティアーはゴールした三人全員に置いてけぼりにされた。
「……あー……あ、あっぶなー……え、なんです、今の……?」
なんとか体勢を整え、誰よりも遅く脚を戻し、止まる。ドロップスティアーはついさっきの数秒間について、半ば記憶を失っていた。
なんかめっちゃ速く走った気がする。自分の事でありながら、ふわふわとした非現実感があった。初めてレースで掛かり、我も忘れて走る。その感覚が、未だ受け入れられなかった。
「――あれっ? ……おおっ? ちょ、脚、脚っ……うわっ」
がたがたと脚が震えだし、力が抜けた膝から体が崩れ落ちる。ほんの少しの間だけ限界まで力を絞り出した脚が、その反動によって痙攣を始めていた。
ターフに両手を付いて、なんとか突っ伏す事だけは防ぐ。自分の脚、言う事聞かなくなっちゃった。非現実的な感覚により呆けた頭は、そんな間抜けな事しか考えられなくなっていた。
「……うっ!? ……ハッ、ハッ、ハァッ……! っすー……う゛ぉえぇえぇ……」
更に遅れて、肺が酸素を求めて呼吸が一気に乱れ始める。分泌されたアドレナリンによって麻痺していた息苦しさが、まともに機能し始めた。
瞬間呼吸によってそれを強引に整えれば、代わりとばかりににレース中溜め込んでいた二酸化炭素を吐き出そうと喉の奥から呼気がやってきて、ゾンビの様な声と共にそれを排出する。
なんかもう、何もかもぐちゃぐちゃだ。今までやってきた勝負の中で、これまでの人生の中で、今が一番疲れているだろうという感覚がある。この少しの間だけで、山道でやっていた無茶の何十倍も辛い思いが込み上げてきていた。
――ただ。
「……はぁー……なんて声出してんのさ、ティアちゃんさん」
「う゛ぼぉぁあ――あ、セイちゃんさん。……えーと……さっきぶりです?」
「いや何その疑問形。さっきぶりも何も、レース中ずっと付いてきてたじゃんか」
「いえ、なんか……最後の辺りだけ、軽く記憶すっ飛んでまして」
走り抜けたセイウンスカイがその場へと戻ってくる。大粒の汗を顔に浮かべ、小刻みに肩で息をしながら、しかしドロップスティアーよりは遥かにマシな様相で心配してくる。
今のドロップスティアーの様子は尋常では無かった。爆発的な加速をしたかと思えば、ゴール直後に即座に失速し、今では這い蹲ってゾンビ化している。挙句の果てには、自分の記憶を疑っている始末。
この大舞台で何をやっているんだこのウマ娘は。ある意味いつも通りの彼女の異常に、セイウンスカイはさっきまで抱いていた興奮も一気に冷めていた。
「はぁ、はぁ……ティ、ティアちゃん、大丈夫……?」
「スペさん……ぉえっ、いや、ちょっとだいじょばないですね、コレ……」
スペシャルウィークがやってくる。凄まじい追い上げのままオーバーランした彼女は、ゴール前に伸びたドロップスティアーが自分達と並んで走ってこない事を心配して戻ってきていた。
3000メートルという長距離レースにおいて、遠い場所から早仕掛けをして力を振り絞った今のスペシャルウィークの体は重い。ただ、脚を痙攣させて地に伏せる彼女を見て、心配の方が先立っていた。
「……ふぅ、はぁ……あなたねぇ。こんな時ぐらい、ちゃんと出来ないの……?」
「いやそう言われても……脚、動かないんですって。いや怪我はしてないです大丈夫ですおこらないで下さい」
「まだ何も言っていないでしょうが、おばか」
最後にキングヘイローが歩いてきた。限界を一時的に超えさせた脚が極度の疲労により悲鳴を上げており、最早走る事もままならなかったが為に。
ただ、立つ事すら出来ずに足下に跪いている彼女よりは余程マシだ。上に立ち下を見る、それはキングとして正しい視座ではあるが、かといって友人を這い蹲らせる暴君など望んではいない。
ドロップスティアーの脚を見やる。目に見える程に震え、時折大きく跳ねている。どう考えても異常だ。
「……立てないっぽいねー、マジで」
「いやぁ……これ無理ですね。あ、今度こそ怪我してないんで、マジでちょっとガチ疲れしてるだけなんで、ちょっと待てば収まると思うんで。ダービーの時みたいなのはホントご勘弁を」
「確かに、怪我はしてないみたいだけど……」
「……結果は、また写真判定ね。……はぁ。業腹だけど、まず
「へ?」
ドロップスティアーはそう言われて、掲示板の方を見る。一着から三着の間は”写真”と点灯していたが、しかし四着以下は確定していた。
四着、九番・キングヘイロー。彼女の脚は限界を超えて、最後の最後で
ゴールの手前、ほんの少しの距離だけではあったが、キングヘイローは失速した。脚がギリギリの所で保たず、コンマ秒を競う世界においてセイウンスカイ達に届かなかった。スペシャルウィークに追い抜かれた。
故に三着以降は、内から外まで限りなく横に並んだままゴールを過ぎた三人の写真判定に持ち込まれた。
「……キングちゃん」
「スペシャルウィークさん。敗者に言葉をかけるのは、確かに正当な勝者の権利よ。……けれど、私が何か言葉を求めている様に見えるかしら?」
スペシャルウィークは、その結果を知っていた。僅かにキングヘイローが失速した瞬間、外から自分が差し切った。後方からやってきた以上、誰よりもそれを理解していた。
誰よりも冠を求めていただろう彼女に対し、何か言葉をかけたかった。だが確かに今、スペシャルウィークはキングヘイローにかける言葉は持ち合わせず、キングヘイローもまた余計な
彼女は負けた。自分達三人に、あと一歩届かない形で負けたのだ。走っている時は無心だったが、負かした張本人の一人である自分が、何を語れば良いのか。
元々”勝負”とはそういうモノだと分かっていた。だがそれでも、あと一歩の所で冠に手が届かなかった彼女の気持ちを考えると、心はどうしても痛む。
「つくづく写真判定に縁があるねぇ、ティアちゃんさんは。ま、今回はフツーに……フツーに? 走り抜けたから、変な結果は無いでしょ」
「……誰が勝ってても、恨みっこ無し、だからね」
「まぁ……はい」
ゴールを過ぎてから、スペシャルウィークは余った勢いで全てを追い抜いた。キングヘイローも僅かに一歩失速こそしたが、残った速度でセイウンスカイを抜いた。しかし直前の数十メートル時点で先頭を取っていたのは、セイウンスカイである。
そして、僅か少しの時間ではあるが。セイウンスカイに並ばれ差された筈のドロップスティアーは、誰よりも速く走った。つまりゴールした後の事ならともかく、ゴールした瞬間には誰が一番前に出ていたのか。それは当事者達にすら判断が出来なかった。
「……あの、皆さん」
「ん? どしたの?」
「今からすっごい、ヘンな事言うんですけど」
「あなたがヘンな事言うのはいつもの事でしょうが」
判定を待つ間。ドロップスティアーは、”ヘンな事”を言おうと思った。
何もかもぐちゃぐちゃで、人生で一番辛いと断言出来る今。『ただ』感じた事を、言葉にしてみる事にした。
「――速く走るのって、たのしいんですね」
それは、心の底からの本音だった。
彼女は自分の限界まで速く走るという経験が無かった。これまで勝負では常に全力を尽くしてきたが、掛かれない彼女には自分の限界にまでは至れなかった。速さを競い合うという、ウマ娘として当たり前の思想が抜け落ちていた。
だからたったさっき、一瞬だけ。自分の限界にまで達した時に、彼女は喪失していたウマ娘の根源的な本能――”速く走る事”の喜悦を、生まれて初めて感じられた。
「……えっ。いや……それ、当たり前じゃないの、ティアちゃん?」
「いや、いやいや。何言ってるの、今まで何考えて走ってたのさ」
「嘘でしょあなた。おばかとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったわ」
そんな”当たり前”を知らなかった彼女に対し、”当たり前”に三人は返答する。
喪失者である彼女には、”絶対”が無かった。絶対にあるべき本能や感情が抜け落ちていた。そんな彼女のピントがズレた言葉に、その場の三人が三者三様の呆れで以て返した。
あれ、これ自分がおかしいんですかね。いや多分自分がおかしいんですね。絶対おかしいですねコレ。三対一、民主主義的にドロップスティアーは自分の異常性を自覚した。
「――あ、は」
「……ん?」
「あはっ……あははっ……」
――だから。
「あはっ、あははっ――あーっ、っはっはっはっは!!」
「え、え!? きゅ、急にどうしたのティアちゃん!?」
笑った。おかしくって、おかしすぎて、笑った。
自分は誰もが当たり前と思う事も、今まで知らずに走っていたのだ。どんな間抜けだ、バカバカしい。そんな自分が、おかしくって仕方なかった。
当時、”ヤマ娘”として致命的に狂った一歩を踏み出した時と同じ笑いが込み上げてくる。ただ、その笑いは一部、大きく違う点があった。
今、ドロップスティアーは。
「……皆さん。ありがとうございましたっ!」
勝敗なんてどうでも良いぐらいに、楽しい走りが出来て。
だから、ドロップスティアーは。なんの狂気も含まず、純粋な笑顔を浮かべた。
「……なーんか。よくわかんないまま、勝手に満足してくれちゃって、まぁ」
「でも……うん。私も、一緒に走ってくれて、ありがとう!」
「いや、本当に意味が分からないわ……んもう、あなたといると調子狂うわよ」
レースの結果が出ないまま、そんな感謝と笑いを向けられた三人は、それぞれ異なる反応を返す事しか出来なかった。
困惑、感謝、長嘆。各々ばらばらの感情で、その満面の笑みに応えてから――
「「「あっ」」」
――掲示板が、点灯した。
◆ ◆ ◆
「……どうなったんだ、ありゃ……?」
関係者席。名入は、瞬きも忘れて目を見開いていた。最後の最後、最内突きで作ったリードも虚しくセイウンスカイに差された筈だった。キングヘイローやスペシャルウィークの末脚に届かれる筈だった。
だが、どういう訳か、何をやったのか。ドロップスティアーはゴール寸前の少しの距離だけだったが、今までに無い程に伸びた。差されて広がるだけだった筈の距離が、追い抜かれるだろう速度差が、一瞬だけひっくり返った。
そのままもつれあってのゴールイン。俯瞰的にレースを眺められる位置に居ながら、
「……分からない」
シンボリルドルフもまた、全てが分からなかった。残り数秒の段階で、セイウンスカイは先頭を奪い返した。そしてキングヘイローとスペシャルウィークは、それを超える速度で後ろからやってきていた。
勝つのはこの三人の誰かだろう。そう意識が移った一時、ドロップスティアーが最内から再加速した。二段階スパートとは到底言えない、スパート中の一閃からの失速。あそこから伸びる事は有り得ない、そんな
だから、ほぼ横並びにしか見えなかった彼女達の行方に対し。他の観客達と同様、写真判定を待つしか出来なかった。
……だが、一人だけ。このレース場でたった一人だけ、最後の最後までドロップスティアーを注視していた彼女――トウカイテイオーだけが、直観で
「――
◆ ◆ ◆
「「「あっ」」」
三人の声が重なる。掲示板が、点灯した。
”写真”と点灯していた二つの部分が、全て”ハナ”に変わる。全くの同タイムで、しかしたった一歩にも満たない程の差が、ゴールした瞬間にだけあった。
着順は、上から――三番・四番・十七番。
《――勝ったのは、三番・ドロップスティアーッ! 菊の舞台で、”三強”を制し! 見事勝利を掴みました! 二着はセイウンスカイ、三着はスペシャルウィーク!》
「……はい?」
”確定”のランプが点いている。一度点灯された掲示板の結果は、変わらない。
ほんの少し。極めて僅かに、限りなく一瞬の間であったが。
それと全く同時に、僅かな体勢の差によりセイウンスカイとスペシャルウィークが遅れてゴールしていた。速いのはスペシャルウィークだったが、セイウンスカイが作ったリードは最後の一瞬までは保たれた。
――そして。
《タイムは……レコード、レコードです! 3分3秒2、上から三人全員が同タイムでレコードを更新しました!》
《四着のキングヘイローも、クビ差で旧レコードを大きく超えています……凄まじいレースでした》
レースにおけるハナ差は、コンマ秒にすら満たない。
即ち、約0.018秒程。タイム表記にすら出ない、センチメートル単位の、そんな限りなく同着に等しい差で。この菊花賞は決着を迎えたのだった。
上から四人全員が旧レコードタイムを超えるという、限界の境地において。
「――うあーっ! 負っけたぁーっ! なーんで、あそこから差し返せるかなーホントーッ!」
「……もうちょっと、だったかぁ……あぁ、悔しいなー……」
「全員レコードってどうなってるのよ。あなた達どんなペースで逃げてたのよホント」
ばたーんと、セイウンスカイがターフに大の字になって倒れる。差し切ったと思った、しかし差し返されたとも思った。それだけ、最後の数秒は自分でも分からなかった。
スペシャルウィークは天を仰ぎ、しかし微笑んでいた。自分は間違いなく全力で、足りなかったのはタイム差にも表れないもう一歩だけだった。悔しくはあったが、同時に清々しかった。
キングヘイローは0.1秒差で負けていた事に、むしろ呆れた。どれだけ自分は走ったのか、どれだけの速度で逃げられていたのか、どれだけの速度で追い抜かれたのか。
”三強”は揃ってその結果に呆れつつ、しかし自身の全力を尽くせた結果を受け入れていた。
「――いや。え? 勝ったんです、自分?」
「……イヤミかしらあなた」
「いやいやいやそんなんじゃなくて! ……最後の一瞬、よく分かんなかったから……そのー、現実感が……」
「確かにティアちゃん、最後とんでもない声出してたよね……また何かの技だったの?」
「いやなんか勝手に出ました」
「え、コワ。勝手にあんな大声出るとか、そんな事ある?」
が、ドロップスティアーだけ現実感が無いまま目を何度もまばたきを繰り返し、他の三人と掲示板を交互に見やって現実を受け入れられてなかった。
初めて自分の限界を出して高鳴り続ける胸が、現実感を薄れさせていた。実際の所それは一時的にリミッターが外れた事による動悸による物が大きく、上手く酸素が脳まで回っていなかった事もあったのだが。ともかくドロップスティアーは、自分が勝った事実を頭で理解出来ていなかった。
セイウンスカイに差された辺りから記憶が軽くすっ飛んでいた事もあり、ドロップスティアーはこの場の誰よりも結果と現実に困惑していた。
「……完全にそっちの勝ちだっての、ったく。最初っから最後まで、完全にしてやられたよ。こっちの作戦全部読まれて、最後も地力で負けた。これ以上の勝ちなんてないでしょーが」
「セイちゃんさん……」
「いい加減立ちなよ。脚、もう震え収まってるでしょ」
セイウンスカイは全力中の全力を尽くしていた。このレースに勝つ為に作戦を考え抜いて、それを覆されて追い詰められても、最後にはその天敵を倒そうと限界まで脚を振り絞っていた。
だから認めた。最後の最後、これまでに無い走りで差し返した彼女の力を、彼女の勝利を。限りなく零に等しい、しかし届かなかった自分と彼女の差を。
「ティアちゃん」
「……スペさん」
「今日、私、全力だったよ。全力で走ったよ。……でも、今回勝ったのは、ティアちゃんだよ」
「…………」
スペシャルウィークもまた同様だった。途中まで大きく付けられていた差に対し、本気で追い付こうとして、全力で追い上げて、それでも一歩届かなかった。
自分は負けた。負けたけれど、それでも
――
「――次っ! 次は絶対、負けないからね!」
それを認めた上で、
その時、どちらが勝つかは分からない。ダービーで勝って、菊花賞で負けた。
一度や二度で勝負は終わらない。トゥインクル・シリーズは続き、自分の夢も続く。何もかも、続いていく。
「……私から言いたい事は、スペシャルウィークさんが大体言ってくれたけれど。忘れない様に、このキング自ら、改めて。言っておくわよ」
「キングさん?」
「次に勝つのは、このキングよ。……一回勝ったぐらいで、調子に乗らない事ね!」
キングヘイローはこの中の全員に負けた。だが、それはたったコンマ一秒の差でしか無い。
次は勝つ。絶対に勝つ。何度負けようが、どう負けようが、自分には関係無い。
王は頭を下げないものだから。最後には必ず笑う、それが”キングヘイロー”なのだから。
「――あはっ」
”最強”のウマ娘達に囲まれ、そう言われて。汗が吹き出して止まらず、脚もまだ十分に力が戻っていない、完全な満身創痍。たった一歩の、コンマ秒にも満たない勝利を得て。
そんなドロップスティアーは満面の笑みを浮かべて、心からこう言った。
「いやキッツいです。もっかいやったらフツーに負けるでしょ自分」
「あなたこの期に及んでもホントに変わらないわねっ!?」
「えぇーっ!? ま、また次も一緒に走るよね!? ね!?」
「あっはっはっ! そりゃー無いでしょ、あっはっはっ!」
忌憚なき心からの言葉は、全員から総ツッコミを受けてしまった。
これで菊花賞その物は決着です。
レース後の描写も含め、まだもう少し続きますけど。