「――なーにが、”黄金世代の一角”だか。アイツがそんなタマかってーの」
「なに? アンタ、まーたその雑誌見てボヤいてんのー?」
「すっごいよねーティアちゃん、今じゃすっかり中央で大活躍してるし」
「……アレを素直に活躍と言っていいのか、ちょっと疑問はあるけどね……」
とある地方の、とあるトレセン学園にて。”月刊トゥインクル”を持ってボヤくウマ娘と、それを呆れた目で眺める三人のウマ娘達がグラウンドの上にいた。
地方でデビュー済みの彼女達が話題にしてるのは、自分達とは同年代でありながら同期には成り得なかったウマ娘。トレセン学園に通わないまま、しかし度々自分達と競い合った存在。
その名を、ドロップスティアーという。
「……あのバカ娘が
「まさかルドルフさんにスカウトされるとか誰も思わないよねえ。アイツだし」
「まぁ、ティアちゃんだしねー」
「満場一致」
この場にいる四人が一斉に溜息をつく。話題のウマ娘が中央でデビューした理由は、間接的だが自分達のせいであったが為に。
約二年前、この学園に唐突に訪れた生きる伝説・シンボリルドルフ。彼女の目に止まった自分達は、ドロップスティアーという自分達とは別種族と言っていいウマ娘について話をした。
そしてどういう経緯があったか知らないが、その後ドロップスティアーはこの地方より姿を消した。数回彼女が住んでいだ山へ
まぁたまたま続けてすれ違う事もあるだろう。同じ学園に通っていない為にそうのんびり考えていれば、数ヶ月後に中央のトゥインクル・シリーズでなんかデビューしてた。
そのレース映像を四人で揃って見た時、全員が『は?』と声を出したのは今でも記憶に新しい。
「でもでも、菊花賞勝ったのすごいよね! もう……すっごいよね!」
「語彙力。……私は認めてないっての、あのバカが”最も強いウマ娘”だとか”黄金世代”だとか、そんな偉そうな呼び名で呼ばれるの」
「いい加減認めなさいっての、ったく。いやまぁ、私もアイツには凄まじく似合わない言葉とは思うけど」
「はー……僻んでもなんも始まんないでしょうに」
「僻んでないっての、純然たる事実だってーの!」
そしてその後、自分達が知る通りのメチャクチャな在り方を見せ、中央のレースを荒らしに荒らし。紆余曲折の果てにGⅠの――しかも菊花賞の勝利という、最高クラスの栄誉を得た。が、それをどうも受け入れられないウマ娘がここにはいた。
実績を見れば間違い無く中央でも上澄みも上澄み、しかもGⅠウマ娘。ただのまぐれの一つや二つで、菊の冠には至れない。しかし、どうにも自分の中でイメージが全く合致しないのだ。
あはあは笑いながら、常識知らずに山の中を突っ走るバカ。アレが”黄金世代”とまで呼ばれる、トゥインクル・シリーズの歴史でも稀代とされる今年の”最も強いウマ娘”と言われても、一ミクロンも受け入れられない。
「はー……全く、どいつもこいつも騙されてるわよ。アレの中身ちゃんと知ってんなら、”黄金”なんて呼べないわよアイツ」
「全くですねー。スペさん達と同格とか、有り得ないですよアイツー」
「何よ、良く分かってるじゃな――い……?」
気に食わない、本当に気に食わない。口の悪いウマ娘がそうボヤいてる所へ、全面的な肯定がふと飛んでくる。
なんだ、やっぱり同意見じゃないか。そう一瞬思ったのも束の間、そのウマ娘はとんでもない違和感に気付く。
この場にいるウマ娘は四人。今聞こえた声は、その誰でもない。
その上で、
「どもどもー、お久ですー皆さん。いやホント、久しぶり過ぎますね?」
「――ドロップスティアー!? アンタ、なんでこんなトコいんのよ!?」
ドロップスティアー。今の話題の中心であり、今は中央トレセン学園にいる筈の存在。
そんなウマ娘が、いつの間にか自分達の背後にやってきていた。
「あー、ティアちゃん! 久しぶりー、元気してたー!?」
「……あ、ハイ。まぁ、ハイ、その……ここ最近は、元気じゃなかったです……」
「え、なんで急にしょぼくれたの? そんな顔初めて見たんだけど」
「いやマジでドロップスティアーじゃない。ガチで久々じゃないの」
無邪気に再会を喜ぶ明るいウマ娘に対し、ドロップスティアーは一切の気力が失われた顔で正直に答えた。残りの二人は突然の来訪と変貌に、驚愕と困惑をした。
菊花賞の後より、ドロップスティアーは自分の末脚――”爆ぜるピッチ走法”を地獄の併走を経て習得した。が、余りの負荷により精神は擦り切れ、その回復も兼ねて帰省を希望。これまでで最も瀕死と判断した名入はそれを受諾し、彼女は約二年ぶりに地元へと帰ってきた。
直近の地獄の影響により、今のドロップスティアーは『あは』の最初のアルファベット部分すら失う程には元気を削ぎ落とされている状態であった。
「……で? アンタ、何しに来たのよこんな所に。今更地方のこんな学園に、何の用?」
「ちょ、ちょっと。せっかく久しぶりに会えたのに、そんなトゲトゲしないでも……」
が、そんな事はどうでも良い。丁度ドロップスティアーの事で機嫌を損ねていたウマ娘にとって、その原因本人がやってきたのは火に油を注ぐ様な事でしか無かった。
地方を走る自分達とは違い、中央で確かな成績を残し成功したウマ娘。その事に不貞腐れていた彼女にとって、ドロップスティアーは今最も顔を見たくない存在であった。
「何しに来たって、決まってるじゃないですか。皆に会いに来たんですよ」
「ふーん、随分ヒマなのね、菊花賞ウマ娘様は。何? 中央で勝って錦飾って、わざわざ私達を笑いに来たってワケ?」
「……は? 笑いに来た? ……冗談じゃないですよ」
ハッと鼻で笑うウマ娘の態度と言葉を受け、ドロップスティアーは顔をしかめる。
いくら何でも言い過ぎだ。周りの三人がそう言おうとした所で――
「
「……は?」
「自分、忘れちゃいませんよ! 山で勝負した時、毎回毎回『バカ』『アホ』『反則』『常識知らないの?』とか、散々っぱら自分の事バカにしてたの! アレ結構自分怒ってたんですよ!? 自分ちゃんとルールの中で勝負してたじゃないですか!」
「そのルールがおかしいからツッコんでたんでしょうが! アンタまだアレをまともな勝負だって言い張るつもりなの!? 中央に行ってもまだ理解出来てないの、自分のおかしさ!?」
「えー理解出来ませんとも! 自分ちゃんと勝負しましたもん! 文句言われる筋合いなんも無いですもん!」
「「「…………」」」
唐突にドロップスティアーはキレた。思っていたのとは明後日の方角へ向かって。
ドロップスティアーは基本的に温厚であり、何を言われても『まぁ自分が悪い』と認めはする。だがしかし、地元でやっていた山道勝負において、勝負が終わってから散々文句を言われた挙句に
それでも地元に居た頃はある程度我慢していたのだが、そこから離れた今。様々な経験を経て、精神的に落ち着きを得て、そして時限爆弾の様に爆発した。九割方ドロップスティアーの勝負のやり方が悪いので限りなく自業自得だったのだが、ともかく今更になってキレた。
地方とか中央とか知らん。ドロップスティアーは、真剣に私怨によってこの場へ勝負しにやって来たのである。
「ルールは五人並んでスタート、ここの練習場一周した方が勝ち! そっちのホームです、これなら文句は無いでしょ! 積年の恨み、ここでまとめて晴らさせて貰いますよ!?」
「そりゃこっちのセリフよ! ちょっと中央で活躍したからって調子乗ってんじゃないわよバカ娘、そのメッキここで剥がしてやるわ! 行くわよ皆!」
「え、ええー!? 私達も普通に勝負する流れなのー!?」
「……いやまぁ、私は別に良いけど……このノリ、ホント久々ね……」
「こいつやっぱり、ドロップスティアーだったわ……」
バッグからジャージを取り出しつつ、ドロップスティアーはこの場にいる全員に対し、極めて一方的に勝負を申し込む。売り言葉に買い言葉、怒りと苛立ちが交差した時、勝負はなんか始まる事となった。
この場にいる四人は全員、ドロップスティアーの山道勝負の犠牲者――もとい、ちょくちょく対戦していたウマ娘であった。トレセン学園では絶対に有り得ない程の負荷で自主トレーニング出来るあの山道は、自分を限界まで追い込む事が出来る場所である。
毎日毎日限界までメチャクチャやらかして、走りのフォームが根本的な所から歪んだりしなければ、この地方において最も走り甲斐のある場所。そしてそこを専門・限定とする、併走相手。
そういう理由もあって、四人は幾度もドロップスティアーと勝負しては、毎度レースの常識外の手口をかまされて敗北と言い難い敗北を繰り返してきた。
「覚悟しなさいよ……! こっちだってデビューしてからメチャクチャ鍛えてきたのよ、そう簡単にやれると思わないでよね……!」
「うん! 私も、負けないよー!」
「まぁ、黙ってココ出て行った事はこっちもちょい思う所あるし……やるってんなら、本気でやらせてもらうわ」
「……正直、やる前から勝てる気になられるのもムカつくよね」
そして今、時を超えてリベンジの機会が向こうからやって来た。しかも
中央へ行って重賞を獲って、GⅠにも勝った。”黄金世代”の菊花賞ウマ娘にまで上り詰めた。
自分達にとってのドロップスティアーは名誉あるGⅠウマ娘ではなく、いつも笑いながらバカをやらかす”ヤマ娘”でしか無いのだから。
「っしゃオラー! いざ尋常に勝負、ですよー!」
「来なさいバカ娘! 何がGⅠウマ娘よ、その鼻へし折ってやるわ!」
「え、
「あるワケ無いでしょマジで変わんないわねアンタ!!」
例によってズレた掛け合いを幾度か経由してから、五人はスタートラインについた。普通のレースのルールであると、ドロップスティアーに対し何度も厳重に言い聞かせながら。
◆ ◆ ◆
「――ふぅー……よしっ。自分の勝ち、ですね?」
「……ハァッ、ハァッ、ハァッ……! く、くそ、このっ……!」
勝負は、四人全員が薄々想像していた通りの結末を迎えた。即ち、ドロップスティアーが勝つという結果である。
当たり前の事だった。地方と中央では、何もかもが違う。トレーニング施設も、トレーナーのレベルも、競う相手も。環境が違う。速くなる為に得られる、全てが違う。
しかも相手は、GⅠウマ娘。しかもこの年において、”最も強いウマ娘”を決める菊花賞をレコード勝ちした、実績的には中央でも最上位クラスのウマ娘なのである。
――だが。この勝負には、
「ドロップスティアー……アンタ、
「へ? 何をですか?」
「
このレースにおいて、ドロップスティアーのレース運びには明確な目的が透けていた。
誰よりも速くスタートダッシュを決め、それから逃げを得意とするウマ娘側へとスローダウン。最初のコーナーで逸走策を取りながら強引に外を回らせ、ペースを乱した。
その後、最後方に下がってからレースで差しの作戦を取るウマ娘に対し、直線を走る途中に脅迫マークを仕掛ける。後方から追い立てる事で、集中力とスタミナを削る。
そうしてレースの序・中盤を散々に荒らした後の、最終コーナー。先行策のウマ娘が先頭を躱すべく横に出ようとした瞬間、予め外へと回っていたドロップスティアーは鋭角コーナリングで突撃。そのウマ娘の最終直線前の仕掛けを、完全に潰した。
その後、追いつこうと最終直線で早々に末脚を出して並ぼうとしたウマ娘へ、震山脚をかます。完全に相手の伸びを失わせてから、ドロップスティアーは瞬間呼吸を挟み、全力の末脚で後続を突き放してゴールした。
「な、なんで、私達の走り方、知ってたの……?」
「そんなの、
「……えっ?」
「帰ってくる前、皆のレースは
「は、はぁっ……!?」
しかしこれらの流れは、四人全員をマークしていなければ――得意な作戦と脚質を最初から知っていなければ、確信的には出来ない。
なのでドロップスティアーは、実際に調べた。情報を集める手腕にかけては全面的に信用出来る名入の手を借りて、地方で実際にこの四人が出走したレースを調べてもらった。
『そんなどーでもいい事俺に頼むなだあほ』。当初名入には実際にそう言われたのだが、しかし末脚のやり方を覚えて
そうしてドロップスティアーは、帰省前に
「いやー、流石にうちのトレーナーさんも作戦までは考えてくれなかったんで……皆のレースの映像とにらめっこして、自力で今回の勝負について考えて来たんですよ」
「何でそんな事したのよ! ……今のアンタなら、その必要も無いでしょうが……!」
口が悪いウマ娘は、本気の怒号をぶつける。今のドロップスティアーと自分達の実力差は、一緒に走って痛い程わかってしまった。
作戦など必要無い、技など使う必要も無い。今のドロップスティアーは、力任せに走るだけでも自分達に勝つだけの実力がある。それだけの力が無ければ、菊花賞で勝てる訳も無い。
にも関わらず、ドロップスティアーは事前調査をしてまで、技を一切出し惜しみせず完勝した。一体何故、そこまで徹底的に叩きのめす様な真似をしてきたのか。
「決まってるじゃないですか。勝ちたかったからですよ、皆に。
「……どういう意味よ」
「だって自分、今まで
ドロップスティアーは声を受け流しながら、何を当然の事をとばかりにそう言った。
確かにかつてドロップスティアーは、山道でこの場にいる四人と何度も走り、そしてあらゆる形式で無敗を貫いた。あらゆる手口でルールの穴を突いて、負けなかった。
だが、中央で数々のレースを走り、多くの経験とあの菊花賞を経て。自分はこの四人に対し、
「山でやってきた勝負では、確かに自分は皆に負けませんでした。けど、
ウマ娘の本能は、速く走る事を求める。そして速さを競う場所こそが、レースである。
しかしドロップスティアーの
故にドロップスティアーは”ヤマ娘”と呼ばれ――
「だから自分は、
故にドロップスティアーは、今日勝ちに来た。レースという公平な場、足の速さを競う舞台。その上で、何度と無く走ってきたこの四人に対し。
理不尽な無敗では無く、正当な勝利を求めた。”勝ちたい”と思った。だから、全力を尽くした。
敗北ではなく勝利を認めさせる為に、中央で覚えた自分の力と技の全てをぶつけた。
「――あはっ。自分の勝ちですよ。
ぽかんとする四人へ向け、ドロップスティアーは満面の笑みで初勝利を宣言した。
山道勝負という敗北を回避する場ではない、レースというただ一つの勝利を奪い合う場にて。初めてこの四人に勝てた。
中央だの地方だのどうでもいい。ドロップスティアーにとって、最初にライバルと呼べるだろう相手はこの四人だった。だから、なんとしてでも勝ちたかったのだ。
「まぁ、”まだ”一勝でもありますけど……一回だけだと納得出来ないかもでしょうし、いつでもリベンジは受け付けますよ。自分の強さを認めてくれるまで、何度でも」
「…………」
とはいえ、ドロップスティアーからすれば今回の勝負は不意討ちの様な物であるという自覚もあった。何せこちらは十全な準備を整えてから、一方的に勝負を仕掛けたのだ。
ちゃんと調整をしていれば、事前に聞かされていれば、レースする場所や距離を指定していれば。そう言われれば、今回もちゃんとした勝利とは認められないかもしれない。”レース”での強さも認めてくれないかもしれない。
だから、言われれば何度でも受けて立つつもりだった。レースという公平な勝負で、平等に走り、速さという正しい強さを競うつもりでいた。
そう考えると、やっぱりズルだったかな。いつも通り、勝負を誤魔化しただけなのかな。そうドロップスティアーが軽く心の中で自虐していると――
「――そんなん、知ってるわよ」
「え?」
「アンタの強さなんか。ずっとずっと昔から、分かってたわよ」
絞り出す様な声で、俯きながら。口が悪いウマ娘は、ぽつりぽつりと声を落とし始めた。
「あんな坂道、笑いながら走れる訳無いでしょうが。あんな近道、誰も出来る訳無いでしょうが。あんな走りが出来て、弱い訳無いでしょうが」
それは、ずっとずっと心の奥で秘めていた感情だった。この場の四人が、共通して抱いていた事だった。
ドロップスティアーが中央へ行くよりも遥か前から、山道勝負などというルール無用のバカげた勝負において、何度も張り合っていた本当の理由。
「……あんなバカみたいな走りが出来る、アンタに。私は、勝ちたかったのよ」
ウマ娘の本能と本質は、走る事と
地方とはいえ、トレセン学園の生徒が音を上げる程の超過酷な道。それをドロップスティアーは鼻歌交じりに走り切り、更に一歩間違えれば即死確定の近道を当たり前の様に成功させてきた。
速さでは競い合わなかったかもしれない。だが、ドロップスティアーは半生を捧げ、死の一歩手前で狂った走りを続け、自分達とは異なる強さを得ていた。
その死に物狂いの強さに勝ちたかった。願わくば、同じレースで走りたかった。競い合いたかった。最初に勝負してからずっと――ずっと。
「うん、ティアちゃんは最初から強かったよね! ちょっと、アレだったけど」
「中央で通用するとは思ってなかったけどね。アレだし」
「普通のレースでもメチャクチャやるとは思わなかったなぁ、アレだったから仕方ないけど」
「待って下さい、それとなく自分をバカにするのはナシにしましょうよ。一瞬ぬか喜びさせてから落とさないで下さいよ、上げたままにして下さいよ自分を」
その認識は、他の三人も抱いていた事だった。単に地方のトレセン学園に通ってトレーニングするだけでは、山道限定とはいえドロップスティアーの常識外の強さは得られない。
どんな形であれ、ドロップスティアーはこの地方で誰よりも鍛えており、強かった。だから勝ちたくて、何度も勝負を挑んできたのだ。
実の所、その強さは平地でのレースではあらゆる所で逆に作用し、唯一無二の弱さに反転してしまったのだが。その事を四人は知る由も無かった。
「……なら、またいつか勝負しましょうね! 自分がヒマな時ならいつでも受けて立ちますよ! レースでも山道勝負でも、なんでも!」
「いや山で勝負はしないわよ」
「私も山はやだなぁー」
「あの山じゃまともな勝負しないでしょ」
「何で山でまだ勝負すると思ってるの?」
「……なんでぇ……?」
そんなライバル達に『強い』と思われていた事は、ドロップスティアーには何よりも嬉しい事だった。両手を合わせ、笑顔を浮かべ、そして再び勝負したいと思った。競い合いたいと思った。
が、一番自分の実力が発揮出来る山道勝負はライバル全員から完全に無視される。もう二度とやってくれないだろう、そんな確信を抱かされた。ドロップスティアーは悲しんだ。
「ま、まぁいいです。んじゃ自分、ちょっと行く所――というか、
「は? アンタ、私達以外に
「ま、
「……?」
そう言いながらドロップスティアーはその場を去ろうとする。四人にとって、その言葉の全てが意味不明だった。
実の所ドロップスティアーが今回地元へ帰省した理由は、
『あはっ』では無く『くっくっく』とばかりに、薄く笑いながらドロップスティアーは歩き出し、そのまま学園の外に出て――
「……もう良いのか、バカ娘?」
「ん。終わったよ、バカオヤジ」
――
◆ ◆ ◆
「で? 俺達はどこに向かってんだよ、いい加減言えやバカ娘」
「うっさいなー。黙ってついてきてって、さっき言ったじゃん」
ウマ娘用の走行レーンをドロップスティアーが、すぐ横の車道を彼女の父親の電動自転車が。並走する形で、二人は公道を走っていた。
ドロップスティアーは帰省した時、自分の父親を電話で呼び出した。『ちょっと付いてきて欲しい所がある』、そう急に言われた父親は電動自転車に乗って、集合場所に決めたトレセン学園の前までやってきた。
しかし父親は、ドロップスティアー本人から目的地と理由について聞かされていない。一回聞いたが、『黙ってついてきて』『ついてこればわかる』の二言だけで軽く済まされた。
「ま、お前が今更よくわからん事やるのは今更だな。……つーかお前、ちょっとはスピード落とせよ。こっちが付いて行けねーだろ」
「えぇ? 今すっごいゆっくり走ってるよ自分、その自転車のモーター鈍ってんじゃない?」
「んなワケねーだろバカ。あの山を上り下りしなきゃなんねーんだ、メンテは欠かさずやっとるわ」
スローペースで走るドロップスティアーに対し、父親の自転車は現状モーターのアシスト込でもかなり力を入れて追いつくのが精一杯の状態だった。
父親の自転車は、険しい山道を最後まで走り切るだけのスペックが必要である。バイクと違い電動自転車には出せる速度に限界があるが、その限界速度を常に引き出せるだけのメンテナンスは欠かしていない。
ただ純粋に、ドロップスティアーの脚が速い。模擬レースを終えた直後の疲労も考え、流す様に走ってこそいたが、それでもアシスト自転車の全開よりも速く走れてしまっている。
「……速くなったなぁ、お前。フォームもキレッキレだし」
「なんせ今年入ってからほぼ一年、丸々使って覚えた走りだからね……何度か死ぬかと思うぐらい辛かったよ、マジで……」
「お前がそこまで言うのは確かにヤベーな」
レースで勝つべく培った娘の確かな速さを見てしみじみとする父親に対し、ドロップスティアーはここ一年の地獄を思い出して鬱々とする。
体力の限界まで走らされる地獄マラソン、並行してパーマー式走法への改造、何度も突っ伏し砂を舐めた夏合宿、トドメに類稀なる強者達との連走。この一年、ドロップスティアーはまともに休まる暇が無いトレーニング漬けであった。
跳ねるピッチ走法という人生レベルでの歪みを、菊花賞までに叩き直す為とはいえ。自殺行為を繰り返してきたドロップスティアーすら精神的な死を覚悟する、そんなルナティックハードトレーニングで得た走りが遅かったら困る。それを思い返すと、ドロップスティアーは今更だが自分自身を褒めたい気分になった。
「次、何のレース出んだ?」
「たぶん有馬。……勝ち目薄いんだけど、ちょっと勝たなきゃならない相手がいてさぁ……あー、どうせグラスさん以外も来るんだろうなぁ……ただでさえドリームメンバー全員集合なのに、勘弁して欲しいよぉ……」
「負けそうなら来年にしときゃ良いじゃねーか。対策とか色々立てなきゃなんねーんだろ、ここに帰ってきてる場合か?」
「逃げてもしゃーないでしょ、どーせ何度も勝負するんだからさー。……まだ負けるって決まった訳でも無いし」
「……ほーん。そうか」
その言葉に、父親は静かに流しながらも目の前の娘の意識の変革に驚く。何せこの娘の”負け”に対する意識を誰よりも知っているのは自分だ。
『大勝負だけ負けなければ良い』と軌道修正こそしたが、ドロップスティアーにとって”負け”とは生きる為の核たる価値観だった。だから大勝負で一回だけ勝つ――それこそ菊花賞の様なレース一つで満足する筈であり、勝ち目が薄い相手に『何度も勝負する』と言うのは元来の思想に反する事である。
つまり今のこの娘は、人生の価値観が根本的に変わっている。菊花賞直後の電話越しで薄々感じてはいたが、こうして目の当たりにすると実感が込み上げてくる。
中央に行かせた事は、やはり正解だった。自分にとってこの娘に望んでいた事は、GⅠの様な立派なレースで勝つ事などではなく、自分ではどうにも出来なかったこの歪みが正される事。ただそれだけなのだから。
「……市街地方面だな、こっち」
「ん」
加減した走りのドロップスティアーに付いていきながら、父親は現在地を確認する。
学園から離れて今向かっているのは、この市の中心区画――この県で唯一存在するショッピングモールや電機店などが集中している市街地方面だ。この市街地を抜ければ、住宅だの田んぼだのが疎らに広がる郊外となってしまう。
帰省して父親を呼び出してやる事が、このまま郊外まで走るだけの散歩な訳も無い。自然に考えれば、市街地にある何かが目的地なのだろうが、それが分かった所で正確な予想は出来ない。
マジで何のつもりなんだこのバカ娘。そう思いながら自転車を走らせていると――
「――ね、知ってる? 中央のレースの賞金、めっちゃ高いんだよ」
「とんでもねー額らしいとは聞いてるな」
「菊花賞の賞金聞いた時、正直目ん玉飛び出したまま死んだよ……」
走りながらドロップスティアーが、雑談を振ってきた。話題は、トゥインクル・シリーズの獲得賞金について。
レースを知らない一般市民感覚であった頃、ドロップスティアーはメイクデビューの勝利賞金だけでソファーに自分からぶっ飛ばされて叩きつけられた。クレーターが生まれる位の勢いで自らぶっ飛んだ。
一勝して全体の二割、オープンクラスで上位数パーセント、そしてGⅠを勝てるウマ娘は小数点以下。国内最大興行たるトゥインクル・シリーズにおいて、勝利の栄誉は莫大な賞金とセットである。
ドロップスティアーは青葉賞直後に勝負服関係でゴタつき、ダービーの後は精神面がグチャグチャになり、それからはひたすら菊花賞に勝つべく集中していた。そしてレース・精神面の全ての決着がついてからこれまでの獲得賞金を確認し、そしてショック死した。死ねないので蘇ったが。
「……菊花賞の賞金見て、桁を数えたんだよね……で、九桁あってさぁ……九桁って何? って思わず言っちゃったら、トレーナーさんが『億だろ、だあほ』ってサラっと言ってさ……億……億……?」
「おい前見て走れ、宇宙見るな。……流石に俺もちょっと動揺するレベルの金額だがよ」
道路を走りながらドロップスティアーの目は明後日の空の更に向こう側を見る。父親はそれを冷静に制しながらも、それは確かに自分が想像する以上の金額であった。
億。億である。いかに国内最大級・最高峰のレースと言えど、それ程の金額が個人に与えられる――正確にはトレーナーや関係者との折半なのだが――と考えると、その賞金は莫大としか言いようが無い。
だが、それがどうしたと言うのか。ぶっちゃけこのバカ娘がどれだけ稼ごうと、父親としては『へー、そりゃ良かったじゃん』程度の感覚である。
ドロップスティアーを引き取って育てると決めた時、車が邪魔になる・養育費が必要という二点を満たすと分かった瞬間、後先考えずノータイムで自分の店を畳む程度には、父親は金銭に頓着が無い。娘が何万何億と金を稼ごうが、それは娘の話であり自分には無関係だと思っている。
「で、中央のウマ娘って結構自由でさー。マルゼンスキーさんって人とか知ってる? 学生なのに車持ってて、免許も持ってるらしいんだよね」
「マルゼンスキーの車好きなんざトゥインクル・シリーズじゃほぼ常識だろ。お前マジで何も知らねーのな」
「うっさいよバカオヤジ!」
その上で、更に妙な話題が飛んできた。中央屈指の有名人、同期たるグラスワンダーから見て先代の”怪物”と呼ばれたウマ娘、マルゼンスキー。
彼女は学生でありながら、私的に車を所持して乗り回している。彼女の愛車は父親から譲ってもらった物だが、それを運転する為の免許も早期に取得していた。それはトゥインクル・シリーズの最上位級のウマ娘には、その名誉に合わせてかなりの自由裁量が与えられているからである。
シンボリルドルフの言葉がトレセン学園の外でも発言権と影響力を持つ様に、GⅠクラスのウマ娘ともなればある程度までの特権的な自由が許されているのは周知の事実だった。
「んで、自分もこの度名誉あるGⅠウマ娘になったじゃん?」
「お前自分の事を”名誉”とか思ってねーだろ絶対。なんだよその無駄な背伸びは」
「…………ともかく。なったじゃん?」
「まぁ、客観的な事実で言えばそうだな」
「なんで皆自分にちょっと棘々しい対応するのぉ……?」
父親は半ばドロップスティアーの言葉を流しながらも、話の流れが妙だなと感じる。
賞金・特権・名誉。ぶっちゃけ、この娘にとってこれらの三つは果てしなく縁の遠い物事だろう。普通のウマ娘であればどれか一つでも喉から手が出る程欲しい物ではあるが、自分の娘は大体悪い方向に普通では無い。
そもそも中央に行った経緯や目的も普通では無いのだ。それを今更再認識する様に自分に語って、何のつもりだと言うのか。
「ま、ともかくさ。自分の奨学金は賞金のおかげで払い切ったし、今は晴れて自由の身って訳なんだよね」
「俺としちゃ、お前が勝手に背負った借金をこっちが請け負うとかゴメンだからな。自分の責任果たしただけだろが」
「……良く言うよ……」
「なんか言ったか」
「なんでもないよ」
しかしドロップスティアーにとって、金銭は欲求では無く義務として必要な物だった。奨学金制度により飛び入りで中央に乗り込んだドロップスティアーには、学園に奨学金を返済する義務がある。
それに対し父親は自己責任だろうと塩対応で返すも、ドロップスティアーは家を出る前に父親が『レースに勝てなきゃちょっとこっちがキツくなるだけ』と、父親として責任を取る気マンマンであった言葉を盗み聞きしている。故にその言葉が大嘘だと分かっていた。
それはともかくとして。中央に通う為の奨学金は膨大なのは事実なのだが、それ自体は重賞を何度か勝った時点で十分返済し終えられるレベルであり、今のドロップスティアーには菊花賞分の賞金が口座に丸々確約されている状態にある。
「こんだけヒント出してまだ分かんない? ま、バカオヤジにはこの程度の事も分かんないかー」
「出題者のヒントが悪いだけじゃねーの? ま、バカ娘にはその程度の事も分かんねぇか」
「にゃにをーっ!?」
にやにや笑うドロップスティアーに対し、父親は指摘通り”ヒント”の意味が分からないまま、言葉のカウンターを返す。名入とも交わす口プロレスにおいて、この父親は半ば師匠的な存在だ。
ああ言えばこう言う、その体現者。決して下には回らないという、まるで褒められない姿勢に関して言えば、この父はドロップスティアーの完全上位互換である。結論の出ないレスバトルの延長という、不毛極まりない結果しか生まないのだが。
ともあれ父親は、ドロップスティアーの言わんとしている事が分からない。分からないが、それは別にどうでもいいのでスルーしつつ挑発する。効果は抜群であった。
「……へーんだ、クイズは時間切れだね。着いたよ、バカオヤジ」
「あん? 着いたって、どこに――」
ドロップスティアーが表情を不機嫌に染めつつ、足を止める。それに合わせて、父親も自転車にブレーキをかけた。
ここまで雑談していたが為に、父親は何も考えず付いて行き道路を走っていた。気付けば完全に市街地のド真ん中、自分達の周りにはこの地方において大型の店舗が並んでいる。
オフィスビル・コンビニ・外食チェーン店・電機屋・服飾店。雑多に集合するこの場所で、ドロップスティアーが足を止めた場所は――
「――は?」
「ほら、何間抜け面してんの。早く行くよ」
父親は本気で目を見開いた。そんな父親をほっといて、ドロップスティアーはその
その目的地は、父親にとって完全に予想外の場所であった。何故こんな所に来るのか、全く分からない。理由が無い。
「……おい。なんだ、ここは、バカ娘」
「奨学金は払い終わった。お金持ちになった。学園から許可を取れば、ある程度の自由も貰った」
困惑と動揺から声を乱して付いてくる父親に背を向け、ドロップスティアーは店内を進む。
その表情は見えない。彼女は背中だけを見せ、平坦に事実だけを告げていく。すたすたと、何も思う所を感じさせない軽い足取りで。
「だから事情を理事長さんに説明して、
「――……」
そして、足を止める。辿り着く。今回の帰省における本当の目的地、終着点へと。
ドロップスティアーの横へ、未だ困惑する父親が並ぶ。この店内にあるもの、自分達の眼前に在るモノの前に。
「コレだったよね。
「……おい……」
そこにあったのは、一台の青い
そして目の前の車は、かつて父親がドロップスティアーを引き取った直後。勢いで売り飛ばした自分の愛車の、最新モデルだった。
「子供の頃にちょこっと見ただけだったから、調べて探すの苦労したんだよ? あの時、名前も知らなかったしさぁ」
「……どういう事だって、聞いてんだ」
「どういう事も何も、
ドロップスティアーはドヤ顔しながら、今回の件についてあっさりと説明を終えた。
GⅠウマ娘はその栄誉から大金を確約されており、許可さえあればある程度の特権がある。故にドロップスティアーはこの帰省前、いずれ自分に支払われるレースの賞金を前借りする形で、今回一台の車を買う許可を得た。
『父親にプレゼントとして車を贈りたい』。その考えに至るまでの自分の過去を、学園の理事長に説明した上で。
「ローン無しの一括払い、なーんも心配せず乗り回せばいいよ。……好きだったんでしょ、このクルマ?」
「……何を。何を、やってんだ、お前は……」
動揺を隠し切れないまま、父親が目の前の車のボンネットに手を乗せる。
かつて父親は、車が大好きだった。当時背伸びして買ったスポーツカーをあちこちで乗り回し、その果てに趣味と実益を兼ねてカーショップを開いた程である。
だが、その個人的な感傷と未練はスッパリと断ち切った。らしくもない”親”になると決めた時に、後の暮らしの事も考えず売り飛ばして、しかし二度と引き返さない。そう決めて、もう二度とこの車の顔を見る事はしないと決めた。
それは全て、今傍にいる娘にとって車という存在その物が害だから。娘と車、義務と趣味、未来と過去。自分にとって大事な二つは絶対に相容れず、天秤にかけるまでもなく娘の方が大事だったからだ。
「こんなモン。こんなモン、俺が今更欲しいって一言でも言ったか。もう要らねえよ、クルマなんぞ……クソッタレなモンは」
動揺が明らかに声に出ていると分かっていても、”父親”としてそう告げなければならない。
親になると決めて、娘を育てると決めて、車に関わる全てを捨てた。売れない駄菓子屋の店長として、ボヤきながらダラダラ人生を過ごすつもりでいた。自分はそれで良かったのだ。
単なる事故で人生を歪められ、見るだけで両親の死を想起させ、狂わせた。娘を壊した”車”という存在を、自分は完全に人生から切り離した。
娘も嫌っていた筈だ。どれだけトラウマを克服しても、嫌悪は記憶として深く根付いている筈だ。にも関わらず、何故こんな事をした。誰が、こんな棄てた過去を望んだというのか。
「ふっふっふ……なーに言ってんのかなぁ、オヤジ。なんか思い違いしてない?」
「……あぁ?」
が、そんな父親のシリアス極まった思いに反し、ドロップスティアーはただ不敵に笑っていた。なんなら笑い飛ばす様な色が滲み出ていた。
確かにドロップスティアーは父親へのプレゼントとして、この車を購入した。わざわざ昔の記憶を辿り、ひたすら似た様な車をネットで調べてようやく見つけた。
だが、単純な感謝からの事では無い。これこそが、自分にとっての
「いつか言ってたよねぇ、オヤジ? 『舐めんな絶対一山当ててやる』って。あのチンケな駄菓子屋で、なんとか売上出そうとしてたじゃん」
「……? それがどうしたってんだよ」
父親は自分のそれまでの人生を捨てた。しかし、諦めは悪かった。
ほぼ絶対にろくな売上が出せないだろう山上の駄菓子屋において、なんとかして売上を出せる様にあれこれ色々考え、それを新しい趣味と目標にしていた。
とはいえ、需要や立地的にどう足掻いてもその”一山”は当てられなかった訳だが。
「オヤジは当てられなかった。でも、
父親は車を自ら棄てたが、そもそも取り戻すだけの
ドロップスティアーは違った。別に金銭が目的だった訳では無いが、手に入れた。
「これは
中央のレースを幾度も走り、重賞に何度も勝ち、果てには菊花賞という大レースに勝ち。ドロップスティアーの総獲得賞金は、既に何億にも達している。学生の身分上、全てを自由に出来る訳では無いが、それでも車を買う程度ならば軽く許可を得られる程の立場となった。
だからこそ、
「この車を見る度思い出しなよ。散々バカにしてた娘が、こんなたっかい車を買えるぐらいに稼いだんだって。自分には”絶対”出来ない事をやった、ってね」
ドロップスティアーにとって、車とは拭い難い
この車はそれを父に対して示す、どこまでも付いてくる
「――
そしてドロップスティアーは、呆然とする父親に向かって大笑いする。
これこそ、今回の帰省における
この車の購入とはドロップスティアーにしては珍しい、最初から勝ちが決まっている出来レースであった。
「……バカ娘、が……」
「そのバカ娘をここまで育てたのはどこの誰かなー?」
「…………」
にやにやと笑っているドロップスティアーに対し、父親は今度こそ完全に黙らされた。
このバカ娘は自分が言う通り、自分には絶対出来ない事をやってのけた。それも遠回し極まりない形で、『父親のおかげだ』と示しながら。
いつも危険な近道で遊び続ける娘と、それを止められなかった父親。その後悔を抱き続けていた父親に対し、とんでもなく遠回りな勝負を勝手に挑み、勝手に勝った。相手に身に覚えもさせないまま勝負に勝つ、とんでもない詐欺。
しかし、ぐうの音も出ない程父親は黙らされた。父親はこの日、自分が庇護してきた娘に対し、完膚なきまでの敗北を味わわされた。
「あ、そうだ。それ、万一にも事故らない様に
「……おまじない?」
「そ。良く見える様に、フロントドアに付けてもらったから。消さないでよね?」
負けを認めさせられた後、ドロップスティアーは藪から棒に妙な事を言い出す。
”おまじない”。良く分からない単語を聞かされた父親は、聞き直したり考えたりするより先に行動に移った。言われた通り、運転席側のフロントドアを見てみた。
そこには――
「――
ささやかな紫の小花。それは本当にささやかに、しかしフロントドアで確かな存在感を示す様に塗装されていた。
シオンの花。彼女の母親が生前に好み、ドロップスティアーが入院してからせめてもの慰めとして捧げ続け、そして今は彼女の勝負服の一部となった花。
『忘れない』という花言葉を持つその花は、巡り巡ってこの車に添えられた。
「ま、病院にいた頃いっぱい貰ったからね。お返し、だよ?」
「……そう、か」
父親はもう何も言えなかった。何を言う必要も無かった。
この娘は、これ以上無い形で自分の過去を超えた。この車は、その象徴だ。強く強く、父親である自分にのみ伝える為の象徴。
遠い時を越えた意趣返しに対し、父親は苦笑した。
「……強くなったなぁ、お前」
「なーんだ、知らなかったのオヤジ? 菊花賞を勝ったウマ娘って、”最も強いウマ娘”って呼ばれるらしいんだよ? ……まぁ正直ギリもギリだったから、実感無いけど」
「……そうか。そうだったな」
こうして目の前で、物理的な形として示され、父親は娘の成長を実感させられた。
”最も強いウマ娘”。少なくとも本人も自分もそう思っていないのは確かだが、この娘が昔より遥かに強くなった事の証明にはなっていた。
全てを失い、狂って、壊れて、そのまま留まった娘。それが、自分という紛い物の父親なんかよりも強くなってくれた。
「ま、ともかく……もっかい言っとくから、胸の奥までちゃーんと刻んどいてね」
事態を完全に飲み込んだ父親に対し、ドロップスティアーは告げる。
父親へその事実を完全に思い知らせる為に、満面の笑みを浮かべて。
「――この勝負! わたしの勝ちだ!」
その一と二と三と、あるウマ娘のプロローグ
ドロップスティアーが”ウマ娘”としてやるべき勝負でした。
これにて本当の意味でコイツの勝負は全て決着です。
今回で書くべき所は終わりましたが、この小説は構造上それ以外をかなり削っていたので、作者的には「書きたいけど書けなかった」みたいな部分が多くあります。
超具体的にはアプリのイベストとかで書かれる、ウマ娘達の行事とかです。なので、そういった所で好き勝手する、純粋なギャグ小説として続きを書いてみたいという欲があります。
有終の美としてこのまま終わるべきか、超不定期に頭空っぽのギャグ小説として続けるべきか、アンケート取って書くかどうか決めたいと思ってます。
まぁ既に終わった小説なので、気軽にポチッとして貰えると助かります。
ギャグ小説として続き要ります?
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別に書いても良いよ
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綺麗に終わっとこう