アンフェア・リレー編
※イベント「Leap into a New World!」参照
「――勝負はリレー形式のチーム戦だ。このフリーレース場から橋の川沿いと雑木林のコースを通って、最後にあそこのゴールに到着した方のチームが勝ちだ」
フリースタイル・レース場。そこでは今、トレセン学園のジャージを着た三人のウマ娘――ジャングルポケット・アグネスタキオン・マンハッタンカフェと、自分達を”
事の発端は、ジャングルポケットを慕う学園生らが、学園未所属でフリースタイル・レース場を走るチーム”群愚丹瑠”との野良レースにおいて、敗北を喫したという話。中央トレセン学園の生徒が、学園外のウマ娘達に負けるという、小さくも疑わしき事件。
自身を慕う後輩達を隔てなく”
「お前らは三人でリレーする。アタシらは、”
「……どう見ても……そちらの人数は、十を超えていますが……」
「『三対三とは一言も言ってねー』ってか。よくそれでイキれたもんだ」
「おいおい。こっちはトレセン学園のエリート様と違って、シロート集団なんだぜ? 弱い者いじめして満足なのかよ?」
そして”群愚丹瑠”の
自分達が素人であるという事を免罪符に、人数というリレー競技において暴力的とすら言えるハンデを一方的に設定し、そして勝つ。この勝負形式により、”群愚丹瑠”らはジャングルポケットの後輩達に対して勝利を奪い取った。
そして今、状況はその時より更に悪い。今”群愚丹瑠”と勝負出来るジャングルポケット陣営は、本人を含めたったの三人。人数差はざっと五倍、即ちリレーにおいて必要な体力の合計も単純計算で五倍オーバーという有様だ。
しかし、ジャングルポケットはそんなハンデなどに物怖じする気は無かった。『奴らの土俵で勝つ』、そう決めて彼女はここに来たのだから。
「ま、好きにしろよ。てめぇらのルールで勝負するって言ったのは俺だからな、ただ――」
「――え、勝負!? なんか勝負するんですか!?」
「……あ?」
「げェッ!?」
どんな不公平だろうが正面から破ってやる。そうジャングルポケットが眼光を鋭くした所で、底抜けに明るい声がレース場の
ジャングルポケットにとっては知らない声。しかしその声を聞き、”群愚丹瑠”のリーダーは露骨に顔を歪める。何故ならその声は、
「あ、アグネスタキオンさん、マンハッタンカフェさんも。やっほー、でーす!」
「おや、ドロップスティアー君じゃないか。何をしているんだい、
「ロープクライミングの練習してました! いやー、学園内でやると怒られるんで、ここだと気楽に出来るんですよねー!」
「……何故、そんな練習をしているのか……と問うのも、無駄な気がしますね……」
ドロップスティアー。中央トレセン学園の生徒にして、フリースタイル・レース場の
フリースタイル・レース場で常日頃たむろしている”群愚丹瑠”のウマ娘達は、その存在を良く知っている。ある意味、
それを把握した時点で、”群愚丹瑠”のウマ娘らは心底からの嫌悪を見せた。
「テメェ、ドロップスティアーッ! 何のつもりだ、ウチらの事情に口挟むんじゃねーぞぉー!」
「あ、すみません。この距離じゃ話し辛いですよね。……ひゃっほーっ、ぅ゛!」
「何普通に
「最近五点着地なるモノを姐さんから教えられたんで、ノーダメージですよ! 心配してくれて有難うございます!」
「心配じゃねーよ常識を訴えてんだよこっちは!!」
大声を張り上げる”群愚丹瑠”らの様子を見て、ドロップスティアーは何の迷いも無く建物の屋上から投身した。そして着地時に体を横に転がす様に受け身を取り、普通にノーダメージでその場へと走ってきた。
五接地転回法。高所からの着地時に体を捻り、足裏・ふくらはぎ・太腿・尻・背中の順番で回転する様に倒れ込む事で、衝撃を五点に分散する技術である。
『受け身なんて覚えるなら、前後左右・四荒八極・天上天下まで極めるべきだよなー』。ゴールドシップの良くわからない言葉を勝手にヒントと解釈し、ドロップスティアーは何故か即座にこの技を調べて練習。元々受け身レベルが高いドロップスティアーは、相当な高さから落下してもノーダメージとなるこのスキルを獲得した。何一つレースには役に立たないスキルだが。
「で、で! なんか勝負するんですよね、自分も混ぜて下さいよ!」
「……タキオン、カフェ。こいつ、お前らの知り合いなのか?」
「私の研究に実に協力的なモルモット君だよ」
「……知り合いといえば……まぁ、そうです……」
建物の屋上から飛び降りた直後とは思えない程、全く痛みを見せずむしろ嬉々として近寄ってきたウマ娘に対し、ジャングルポケットは二人に確認を取る。
色んな意味で有名人であるこの変ウマ娘の事を知らない訳では無いが、いきなり現れたかと思えばぴょーんと建物から飛び降り初対面なのにグイグイ来ている事に対し、ジャングルポケットは正直ちょっと引いていた。
ただ、アグネスタキオンらの知人であるなら、この場所に割り込んできた理由にはなる。この不公平極まりない勝負に対し、手助けに来たと。
「すっこんでろ”ラフメーカー”! コレはそこの三人とアタシらの問題だろーが!」
「あはっ。いやー、”笑顔を作る”なんて褒めてくれるの、何度聞いても嬉しいですねー」
「”
”群愚丹瑠”のリーダーはそう言いながら、ただでさえ荒い語調を更に荒くしてドロップスティアーをこの場から排斥しようとする。しかし効果は今一つを通り越し、皆無であった。
”ラフメーカー”。それはトゥインクル・シリーズではなく、このフリースタイル・レースで付けられたドロップスティアーの二つ名である。
フリースタイル・レースでは素人もプロも垣根無く、細かい規則も無く走りを競い合う。しかしこの場において、ドロップスティアーは初めて顔を表してからずーっと、他のウマ娘達が考えもしなかった反則的な行為を繰り返し、この場を荒らしに荒らし尽くしてきた。
誰かに害を与える訳では無いが、勝負に害を与えてその場をしっちゃかめっちゃかにする。トレセン学園生とは思えないその無法っぷりから、彼女はGⅠウマ娘にあるまじき不名誉な蔑称が付けられる程、対戦相手からは凄まじく嫌がられていた。そしてその呼び名を良い風に受け取り、気に入る始末であった。
「なぁタキオン、カフェ。何でこんなに嫌われてんだコイツ、そんなヤベー奴なのか?」
「アッハッハ、皆目検討も付かないよ。実際彼女のやる事は、私にも読めないものでねぇ」
「……私も同じですが……恐らくこの場において、学園内でのタキオンさんの様な存在だと考えれば良いかと……」
「どういう意味だいカフェ?」
「どういう意味ですマンハッタンカフェさん?」
学園内外でヤベー奴らがダブルで揃って小首を傾げる。お互い自分とは正反対の存在だろうと考えていたもう片方に対し、一緒くたにされる覚えが無かったので。
マンハッタンカフェはこのフリースタイル・レース場の事情を知らないが、ドロップスティアーとはアグネスタキオンの研究に協力する過程で、何度も顔を合わせている。故に、この二人が正反対でありながら同種の問題児である事を把握していた。
「トレセン学園、対……えーと……”ごんぎつね”の皆さんとの勝負なんですよね? なら、自分にも参加資格はあるでしょ?」
「”
「”ん”は合ってるじゃないですか! 一文字合ってます、ウソつかないで下さい!」
「揚げ足取んなそういう事言ってんじゃねーんだよ! ケンカ売ってんのか、あぁ!?」
「え、今はそちらが勝負を売ってるから、自分はそれを買いに来ただけなんですけど……」
「がぁぁぁっ! マジで話がろくに通じねぇこの野郎! ちゃんと同じ言語下に居ろや!」
ヤンキーウマ娘集団がどれだけ凄んでも、ドロップスティアーはまるで怯まない。それはジャングルポケットの様な度胸だとかそういう物では無く、純粋な天然であるからだ。
日常的に命懸けのショートカットを試みていたドロップスティアーは、死以外のあらゆる身の危険に対して極めて鈍い。そして、今目の前のウマ娘達には怒気があっても殺気が感じられない。
ドロップスティアーを恐怖で黙らせるには、最低でもガチ切れしたキングヘイロー級の迫力が必要だった。
「なんか、よくわかんねーけどよ。お前はこっちの味方って事でいいのか、ドロップスティアー?」
「ティアでいいですよ、えーと……すみません、お名前は?」
「ジャングルポケットだ、俺もポッケで良い。手ぇ貸してくれる分にはありがてぇが……あの調子じゃ、負けたらお前も何言われるかわかんねーぞ。それでもいいのか?」
「? 負けなきゃ良いんでしょ?」
「……いい度胸してんじゃねーか! なんだタキオン、お前こんな知り合いもいたんだな!」
不公平極まりないこの勝負に対し、まるで自分の勝ちを疑わない即答。その度胸に、ジャングルポケットは自分に近い物を感じ取った。
覚悟がある。己の力を信じ、不利な勝負にも真っ向から立ち向かう挑戦心がある。ならば疑う必要は無い、こいつは”仲間”だ。ジャングルポケットは笑ってこの助っ人を受け入れた。
別に三人だけだろうが負けるつもりはさらさら無かったが、この不利極まりない勝負において純粋に人数が増える事は有り難い。
「く、くそ……! よりにもよって、アイツが敵に回んのか……!」
「気ィつけろよお前ら、マジでアイツは何すっかわかんねぇ……!」
「たかだか一人くらいだとか、間違っても思うんじゃねーぞ……!」
「……ティア。お前ボロクソ言われてっけど、今までアイツらに何したんだ?」
「それがわっかんないんですよポッケさん。初対面ですよ、あの”ぐんぎつね”の皆さんとは」
「”
そしてドロップスティアーが参加した事で、”群愚丹瑠”全員が警戒を強める。ジャングルポケットはその様子に対し、心底から疑問に思っていた。
確かにドロップスティアーは、トゥインクル・シリーズでも確かな実績を持つウマ娘である。が、いくらなんでも警戒され過ぎだ。三人が四人になっただけで、これ程までに気を張る必要があるのだろうか。
リレーにおいて、人数は純粋な暴力に等しい。その点において未だに圧倒的有利なこの勝負で、何故向こうはあんなにも狼狽えているのか。
”フリーレースのドロップスティアー”を知らないジャングルポケットは、向こうの心境が何一つ分からずにいた。
◆ ◆ ◆
「――で、走者の振り分けはどうする?」
フリーレース場周辺の地図を四人で眺めながら、ジャングルポケットは今回の勝負における最重要事項について相談を始める。
走るコースは大まかに分けて、河川敷までの道路・雑木林の獣道・レース場の三つの区間。向こうは人数が多い分、一人が走る距離を細かく分割しながらも、同じ区間を複数人で走る程の数的な余裕がある。
人数の差だけこちらが走る距離は長く、かつ常に複数人と併走させられる様な状態。向こうは素人という事を
こちらが出来るのは、適切に走る距離を分担するだけ。そうなると、どうすべきか。
「私たち個々の走りを鑑みれば、河原までは私。雑木林付近はカフェとドロップスティアー君。最後は大将であるポッケ君が全力で走るべきだろう」
「……異論を挟む余地は、無いですね……」
「美味ぇところは残してくれるってか。良いじゃねーか」
アグネスタキオンは全員の能力を鑑みて、極めて真っ当なポジショニングを立案する。
河原までの道路では純粋なスピード勝負、荒れた道が想像される雑木林ではスタミナ勝負。この二つの区画をアグネスタキオンら三人で分担し、最終的にはこの勝負に対するモチベーションが最も高いジャングルポケットに全力で走ってもらう。
走る数で劣る分、過程の質で勝負する。極めて合理的な振り分けをアグネスタキオンは立案した――が。
「君はどう思う? ドロップスティアー君」
「んー。向こうさん、どうせまともには勝負する気無いでしょう? 自分ポッケさんの事知りませんけど……速いんですよね?」
「それは私が保証するよ。万全のポッケ君ならば、素人相手に遅れを取る事は無い」
「へっ、なんだよ。タキオンが素直に褒めるなんて、なんかむず痒ぃじゃねーか」
「なに、純粋な事実を述べているまでだよ。……君は何か別案があるのかい?」
「別案っていうか……このルール、なんでも出来ちゃうでしょう?」
後からやってきたドロップスティアーはこの勝負の形式を聞かされ、この勝負が純粋な数の有利だけで済まないだろうと見ていた。何せ、こういった不公平を押し付ける勝負において、自分は専門家と言っても過言では無いという自負がある。
この名ばかりのリレー勝負は、自分の山道勝負に近い。大雑把なルールとコースで、最後にゴール地点に着いたら勝ち。つまり、途中経過は殆ど問われていない。
この勝負と立地でどう有利を取るか。それをドロップスティアーは、ざっくり考えていた。
「速さで勝てないんなら間違いなく、向こうは卑怯な事してきますよ。人数以前に、ルールで言及してないトコから」
「……どういうこった?」
「つまりですね――」
そう、ざっくり。今聞かされている少ない情報だけで、簡単に思い付ける事だけ。
「河原沿いの道路は封鎖されます。先回りして最短距離の道に『交通事故があった』とか偽装して通行止めのバリケード置いたり、オイルぶち撒けたりして、こっちを迂回させる様に。そんで自分達は塞いだ最短の道を進み、こっちが知らない間に雑木林まで直行するでしょ。人目が付かない林の中は一番危険ですね。誰も見てない事をいい事に、落とし穴だのマキビシだの
そうドロップスティアーは、さらりと自分の推測を継ぎ目なく言い切った。
当然だが、このクソ長予測はまるで”最低限”では無い。”群愚丹瑠”は確かに数の有利を活かし、自分達の知るホームコースとして近道を把握しており、最悪雑木林で走者をすり替える事も考えている。しかし逆に、それで十分とも考えていた。
なのでドロップスティアーが考える”最低限”の内、合致部分はごく僅かであった。
「マジかよ、そこまでやってくんのか……トコトン汚ぇ奴らだな……! 許せねぇ、ゼッテー勝つぞタキオン、カフェ!」
「……タキオンさん……向こうは本当に、そこまでしてくると思いますか……?」
「まぁ、向こうの心理が分からない以上、可能性の有無は否定出来ないさ」
ジャングルポケットは悪辣極まりないその手口に純粋な怒りを、マンハッタンカフェは人数差もあるのにそこまでするのかという疑念を、アグネスタキオンはあくまで考慮だけを抱く。
かつて”ヤマ娘”と呼ばれたドロップスティアーは、人生を費やし異常な行動を趣味として想定・追求し続けていた。そしてその過程で、思いついてもやろうとまでは思わなかった悪辣な手口を思い付く事も多々あった。
『ホームコースならなんでも出来る』、ドロップスティアーにとってそれは常識である。地元で幾度の
「別に皆さんの実力を疑ってる訳じゃないんですが、最低でもコレだけの事をやってくる相手に対して正攻法で挑むのは危険です。確実に勝つ為に、一工夫欲しいですね」
「一工夫? なんか考えあんのか、ティア?」
「もちですよポッケさん。レースならともかく、この手の勝負なら自分は早々負けません」
誰がどう考えても超過剰な憂慮へのツッコミが不在のまま、ドロップスティアーは話を続ける。
これは”レース”では無く”勝負”だ。そして、こういったルールも何も無い
だからこそ、この勝負の
「上手くいけばなんですけど、この勝負には
◆ ◆ ◆
「話し合いは終わりか? さぁスタートの時間だ、並べ並――」
「待ったです。少しだけ、ルールの変更を求めます」
「――あぁん?」
四人の相談が終わり、”群愚丹瑠”のリーダーが勝負の開始を告げようとした所で。ドロップスティアーが手を上げ、それを制止する。
ルールの変更。何倍もの人数の集団に対したった四人で挑む以上、この勝負は最初から不公平である。故に有利なルールを求めるのは至極当然の考えではあるが、そんな事を認めるつもりは無かった。
「おいおいおい、なんだなんだぁ? 今更んなって、『こんなルール認められない』なんて泣き言聞かねぇぞこっちは。そっちの威勢の良い方がさっき言ったんだぜ? 『好きにしろ、てめぇらのルールで勝負する』、ってなぁ?」
「いや、大きな変更はいりません。ただ、勝負を分かりやすくしませんか?」
「……分かりやすく?」
ドロップスティアーの言葉に対し、少しだけ”群愚丹瑠”のリーダーは耳を傾ける。
”勝負を分かりやすくする”。その奇妙な言い回しがどういう意味か、分からなかった為に。
「人数はともかく、リレーはリレーじゃないですか。だから今走ってる人が分かりやすいように、バトン使って次の走る人に渡す様にしませんか? で、バトン持って先にゴールした人のチームが勝ち、って事で」
「……む……」
「自分達は人数が少ないですし、そっちが見えないトコで河原や雑木林を通らずにゴール、なんて反則も出来ちゃいます。で、それを封じる為にそっちが監視を立てるなら、”全員で勝負する”人数差の有利が削れちゃいません?」
「……確かに、そうだがよ……」
ドロップスティアーの提案は、極めて理に適っていた。走者がバトンを持つ、たったそれだけのルール変更。
これは走者の総数による振り分けの自由を持つ”群愚丹瑠”にとって、本来なんら不利に働く要素では無い。むしろ純粋な人数差をハッキリさせる一面すらあるが、これは
このルールを受け入れれば、こちらの奥の手である雑木林での走者のすり替えが出来なくなる。ジャージやマスクにより服装を統一している為、見通しが利き辛く獣道が多い雑木林でなら、現在走者を誤魔化せるという反則。
だがバトンという物的な証拠を持ち、実際に走って手渡すという手順を挟むだけでこの反則は出来なくなる。そしてこのルール自体は、一切向こうの有利に繋がらない。
「別にバトン渡すだけなら自分達とタイム差も出ないでしょうし。行って回って戻ってくる、バトン一個でそれがハッキリするなら丁度良くないですか?」
「……走る人数とか、他の変更はいらねーんだな?」
「いりませんって。単に勝敗分かりやすくするだけって言ったじゃないですかー」
「……チッ。分かった、その条件、呑んでやる」
”群愚丹瑠”のリーダーは不承不承、そのルール変更を受け入れる。受け入れざるを得なかった。
この勝負はいかに不公平と言えど、根本的にはリレーである事に変わりはない。そしてバトンの導入一つで、人数差の優位は全く変わらない。
それなのにバトンの導入を拒否すれば、『なんでですか?』と言われてしまう。こちらが走者を誤魔化すという反則を画策しているなどとは言えないし、このルールを拒否するだけの合理的な理由が無い。
だが、どちらにせよこちらの有利は変わらない。このルールによって不正が出来なくなるのはお互い様であり、人数差がひっくり返らない以上大局は変わらないのだから。
「そんじゃ、バトン二つ借りてきますねー! あ、第一走者は自分なんでよろしくでーす!」
フリースタイル・レース場はあらゆるルールで自由に走る場所だ。なので当然、リレー勝負用のタスキやバトンも備蓄しており、借りる事が出来る。
ドロップスティアーは早速バトンを持ってこようと、運営の建物へと小走りで向かいながら――
「……あはぁ」
◆ ◆ ◆
「――で、だ。今度こそスタート、で良いんだよな……?」
「え、はい。カフェさんも位置に着きましたし、いつでもオッケーですよ?」
「……第一走者はお前なんだよな? ドロップスティアー」
「? さっき言ったじゃないですか」
”群愚丹瑠”とトレセン学園の、リレー対決。最初の走者がバトンを手に持ち、全員が配置に付いて。バトンの導入により公平にしても不平等な事は変わらないこの勝負のスタートの直前にて、何故か”群愚丹瑠”側からは困惑の声が上がっていた。
人数の有利を使い、”群愚丹瑠”らは第一走者と同じ位置に多人数のグループを置いていた。それは地の利を活かし、近道を通る本命のウマ娘を隠す為。あえて最初に相手を先行させ、地理に詳しくない相手を撹乱する為だ。
が、スタートする以前に。”群愚丹瑠”らには二つ、全く意味不明な事があった。
「……なんでアグネスタキオンが
「何言ってんです? そっちだって複数人で固まってるじゃないですか」
「まぁそうだが……じゃあ、なんでお前は
「なんかダメな事あるんです?」
まず走者の位置。トレセン学園側の第一走者は、ドロップスティアーである。
だが、第二走者と思われるアグネスタキオンは
そしてプラスして、ドロップスティアーは
意味がわからない。トレセン学園所属のアスリートとして地力では勝っている、そういう自信はあるのだろうが、この状況は自信以前の問題だ。
これはリレーであり、”勝負”でもある。走者の配置が自由な以上、
「……確かに、走る位置がダメって事は無ぇ。なら、こうされても文句は無ぇよなぁ? ん?」
そう言って”群愚丹瑠”は、撹乱部隊の一人をドロップスティアーのすぐ目の前に立たせる。そして第一走者とドロップスティアーの横へ、更にウマ娘を配置した。
こうするだけで、ドロップスティアーは最初から包囲された状態となる。そしてレースならともかく、バトンリレーで包囲網というのは致命的な状態だ。
前に行けず、横にも行けない。そうなれば、バトンを渡せない。次の走者に繋げられない。極論、ドロップスティアーに合わせて走り囲み続けるだけで、”群愚丹瑠”は勝ててしまう。
「……? 何か自分が文句言えるトコあります? 別にルール的に問題は無いですよ?」
「…………」
が、そんな必敗の状況に文字通り直面しているドロップスティアー張本人は、小首を傾げてそう言った。何が問題なのか、心の底から全く分からない様子であった。純度百パーセントの疑問が顔色に浮かんでいた。
なんだこいつ。横にも前にも囲まれ、孤立無援の状態。スタート前の今であればいくらでも走る位置は変えられるだろうに、その気配が全くない。不動の棒立ちである。
意味がわからない、本当にわからない。レースの一番人気のウマ娘が警戒されて包囲されている、それ以上の不利に自分から飛び込んでいるという自覚が欠片も感じられない。
唯一分かる事は、このウマ娘はこんな何も考えてなさそうなツラをしながら、何かを企んでいるのだろう。たったそれだけだった。
「何考えてっかわかんねーが、ナメた真似しやがって……! 良いぜ、そんなに無様に負けたいなら……そのヘラヘラ笑い、二度と出来ねーようにしてやらァ!」
「……? 別に今、自分の勘はヤバい感じしてないんですけど……表情筋とか破壊するぐらい顔面ボコボコにする、って意味じゃないんですよね……?」
「そこまでバイオレンスに受け取んじゃねーよ、流れを汲み取れ流れを!」
論点も倫理観もズレた応答に、”群愚丹瑠”のウマ娘はひたすらツッコみ続ける。『ヤンキーの方なんてその位の事はするんじゃないかな』とドロップスティアーは思っていたのだが、そこまでこの場の治安は狂っていない。
こんな異常者とこれ以上話していられるか、アタシ達は勝負を始めるぞ。その場全員の心を一つにして、スターター兼最終走者の”群愚丹瑠”のリーダーが手を上げた。
「クソがやってられっか、いいから構えやがれ! いいか、行くぞ!? レディ……」
何を考えているのかは分からない、しかし有利なのは変わらない。そしていつまでも話が噛み合わない相手と話していられない。
”群愚丹瑠”の誰もがそう思い、リーダーもまたそう思い。さっさとこの状況を切り上げ、勝負を始めようとした。
――故に。スタートの合図だけに集中しようとした”群愚丹瑠”のウマ娘達は、その時ドロップスティアーが
「ゴ――」
リーダーが手を勢い良く振り下ろす。ゴーサイン、スタートの瞬間。
ドロップスティアーは、
「ーーッ……!?」
ドロップスティアーの真横。それは即ち、相手チームの
スタートの刹那に振るわれたその手は、
「あとよろしくです!」
「任せたまえ」
”群愚丹瑠”の第一走者の手元からバトンが消え、硬直したと同時。ドロップスティアーは、
そのバトンは放物線を描き、
「じゃ、コレ貰いますねー!」
更に続けて、ドロップスティアーは
ドロップスティアーはそれを拾い上げ、
「「「何やってんだテメェーーーッ!?」」」
瞬時に行われたドロップスティアーの三手、それより一秒。事態を遅れて理解した”群愚丹瑠”の集団は、全力で非難の大声を上げた。
その声すら置いていく様に、ドロップスティアーはその場から全力逃走。トゥインクル・シリーズの場でも遺憾無く発揮された加速力で離れていく。
まるで迷い無くその場を去っていくその背を見て、最終走者として待機していたジャングルポケットも口をあんぐり開いて言葉を失っていた。
「最初からコレが狙いだったのかあの野郎ォ! 逃がすな追え! 何やってでも捕まえろ!」
「ヘ、
「はぁぁぁ!? マジで何やってんだアイツ!?」
リーダーが怒号を上げて追跡を命じるも、既にドロップスティアーは手の届かない所まで逃げようとしていた。物理的に。
ドロップスティアーはこの日、学園で厳重注意を喰らって二度とやらなくなったロープクライミングの練習をしに来ていた。そしてこの勝負を参加する前、使ったフックロープを伝ってではなく五点着地により直接フリースタイル・レースの建物の屋根上から飛び降りた。
つまり、
「……ふー。よしっ! これで一安心ですね!」
「おいコラァァァ!! 何やってくれてんだ、ちゃんと勝負しろテメェ!」
「勝負なら絶賛現在進行系じゃないですか。バトンならちゃんとアグネスタキオンさんに託しましたし、自分の役目は終わりましたよ?」
「ふざけんなボケェーッ! こんなん認められるか、反則だろうがァッ!」
「どこがです?」
屋根まで登りきり、懸けた自分の愛用フックロープを上から回収し。”群愚丹瑠”側のバトンを手に持ちながら、ドロップスティアーはレース場を見下ろせる位置で座り込んだ。
ふてぶてしさが天井を知らないその態度にリーダーが全力で抗議するも、ドロップスティアーにはその言葉の意味が分からない。何故なら、
「”相手のバトンに触っちゃいけない”なんてルール、ないですよね?」
「いや常識的に考えてやらねーだろ! バトンリレーっつったのお前じゃねーか!」
「自分が提案した追加ルールは”走者にバトンを渡す”だけで、リレーの公式ルールなんて一言も言ってないですよ」
リレーのルールにおいて、バトンは走者が手で持ち運ぶ物であり、他チームのバトンを使う・拾う事は完全なる失格行為である。
だがドロップスティアーはこの勝負前に『わかりやすくする為にバトンを渡す』としか言っていない。そもそも不公平・不平等より始まったこのリレー勝負のルールの大本は、決まったコースを回る事・チーム全員で走る事の二つだけである。
「で、公式のルールも無いんですから、バトンパスのやり方も指定されてません。なら、次の走者に
「ふ、ふっざけ……!」
次に、既に河川敷方面へと走っていったアグネスタキオンへのバトンパス。ドロップスティアーは全力でバトンパスの基本ルールである”手渡し”を文字通り投げ捨てたが、同様にこれを諫めるルールも存在しない。
バトンリレーに存在するテイクオーバーゾーン――バトンの受け取り区間という概念がそもそも存在しない以上、そこに纏わるルールも無し。だからこそドロップスティアーは、絶対に邪魔されない空中という場所でアグネスタキオンにバトンを託した。
ちなみにこのイカサマについて聞かされていたのはアグネスタキオンのみであり、ジャングルポケットとマンハッタンカフェは『アイデアがある』としか聞かされていなかった。
「勝負を行う区間は、このフリースタイル・レース場から雑木林までの範囲ですよね?
「良いワケあるかァーーーッ!!」
そしてバトンを奪い取った、ドロップスティアーの行方。誰も登ろうとは思わないこの建物の屋根は、
レース場・河川敷・雑木林。勝負はこれらの場所を折り返して走る事が決められている為、ドロップスティアーはバトンを奪って逃走した後、このレース場より出なかった。
その代わりに
こうして”バトンを渡す”という追加ルールの裏に隠した、無法の三連単をドロップスティアーは罪悪感の欠片も抱かず実行したのである。
「反則だ反則! こんな勝負あってたまるか、不成立だ!」
「何倍もの人数差で勝とうとした側が言えた事です? ……そもそも。それ言ったら、そちらの雑木林での企みはどう説明してくれんですか」
「……!?」
座っているドロップスティアーは”群愚丹瑠”らの非難を轟々に全身で浴びながら、しかし冷たい視線で返してみせた。
雑木林の企み。この勝負で確実に勝つ為の保険であり、こちらがルールで言わなかった最大の奥の手たる反則。それが読まれていたのか。読んでいたから、こんな事をしたのか。
自分達の最大のウィークポイントが突かれた事に対し、”群愚丹瑠”のウマ娘達が露骨に動揺し――
「どうせ”外部の協力者は禁止してない”とかで、第三者のお仲間さんとかが妨害しに構えてるんでしょ? 誰も見てない事をいい事に、木を切り落としたり落石とか使って走る道を潰すつもりなんでしょ? ワイヤートラップとか仕掛けて、こっちの脚を潰す気なんでしょ?」
「してるワケねーだろ戦争じゃねーんだぞ!!」
自分達の用意した反則を余裕で超える、犯罪に等しい行為を想像されていた事にキレた。
ホームであれば何でも出来る・ルールは何も縛っていない・確実に勝つ気で来ている。ならば、最悪の事態を想定する。だからドロップスティアーは、全力で相手を警戒していた。
故に、容赦しない。アグネスタキオンやマンハッタンカフェが百パーセントのんびり安全に走れる様に、
「アグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんの位置は、GPSのアプリで今も見てます。そちらの妨害により変な場所で止められたり、あるいは
「どんな思考してんだお前!? こんな人数差あるのにそこまでやると思ってんのか!?」
「やるでしょう、本気で勝つつもりなら。しらばっくれないで下さいよ、白々しい」
「お前の心が黒々してんだよ!!」
右手に相手のバトンを、左手に自分のスマホを。アグネスタキオン・マンハッタンカフェのスマホの位置を捉えるGPSにより、ドロップスティアーは妨害の有無を確認しようとしていた。
最も危険な区間は雑木林であり、人目も少ない以上反則を仕掛けるならばそこである。しかし河川敷でも何か妨害されない保証も無い。故にドロップスティアーは事前に二人へ念の為、位置共有アプリを起動させていた。
そこまで念を入れる必要があるのか。提案を聞いたマンハッタンカフェがその時思った事は、奇しくも全く無く今の”群愚丹瑠”全員が思っている事と同じであった。
「……なぁ、ティア。なんか、ちょっと……違くないか?」
「へ? 何がですか、ポッケさん」
「お前が言ってた程、コイツら悪い事やってる様にはあんま見えねーんだけど……」
「油断しないで下さいよポッケさん。勝負は最後まで何が起こるか分かんないんですから」
「もう勝負の体を成してねーんだよふざけんなァーッ!」
チーム一丸となって永遠にツッコミ続ける姿を見て、ジャングルポケットは疑問に思い始めた。これ程必死になっている相手が、事前に聞いていた様な悪者に見えなくなってきていた。
どう見ても本音で否定している様にしか見えない。というか、手口の卑怯さ加減で言えばドロップスティアーも割と大概である。これではこちらが悪者ではないか。
不平等な勝負を挑まれた側にも関わらず、ジャングルポケットは今必死になって屋根の上へと大声を張り上げ続けている”群愚丹瑠”に対し、当初抱いていた悪印象が薄れていた。
「……オイ。ホントに、ティアが言ってるみてーな事は考えてねーのか?」
「するワケねーだろ! 何食って生きてきたらそこまでヒデー事やろうって思うんだよ!」
「えっ。なら見てないトコで走者をすり替えるとか、そういうヤツも無いんです?」
「え゛。………す、するワケ、ねーだろ、そんな卑怯な事……なぁお前ら!?」
「えっ……あ、ハイ!」
よりにもよってピンポイントで自分達が備えていた最大級の反則を指摘されてしまい、”群愚丹瑠”のリーダーは動揺する。そしてジャングルポケットから同情の意が向いている今の内に、否定するしか無かった。
「……やめだ、やめ。ティア、勝負仕切り直すぞ。ちょっと俺ら、コイツらの事を誤解してたんだと思う」
「うーん……そうみたいですね。ごめんなさい、そちらさんの事、悪い人達だって思い過ぎてました……」
「お、おう……」
ジャングルポケットとドロップスティアーはその言葉を素直に信じた。聡いアグネスタキオンなどから見ればその露骨な狼狽を見抜いていただろうが、性根は真っ直ぐな二人はさっきまでの必死極まる様相もあり、額面通りに受け取った。
ちゃんとスポーツマンシップあったんだこの人達。”群愚丹瑠”メンバーへの印象をまともなレベルへと修正したドロップスティアーは、建物の上より降りた。今度はロープを使って。
なお、スポーツマンシップに関してはドロップスティアーが底辺レベルであり、相対的に見て相手の方がまともというだけであった。
「――お、繋がった。カフェ、勝負は一旦中止だ。タキオンと合流したら戻ってきてくれ」
「うーん、といってもこのまま解散、って訳にも行きませんよね……どうしましょう、”ぐんぐつね”の皆さん」
「…………」
いい加減ごんぎつねから離れろ。当然の一言をリーダーは必死で呑み込み、そしてこの不平等な勝負は理不尽な形で終了を迎えた。
もう一回まともにリレーをするという選択肢は無かった。ここまで反則反則と連呼した身でありながら、こちらが露骨な反則に手を染める事は出来ない。そしていかに人数差があろうと、トレセン学園の強者達に対し走りで真っ向勝負を挑むのはリスクが大きい。
何より、相手にドロップスティアーがいる。ルールで縛られなければなんでもやる、一人無法地帯。このウマ娘が自分達の想定の外にある別の手口を使ってくる可能性が潰えていない。
マジでどうしようこれ。リーダーは本気で頭を悩ませた。
「……フツーにレースで決着付けようぜ、大将。そっちが何人来ようと関係ねぇ、俺一人で相手してやる。元々タキオン達を巻き込むつもりは無かったしな」
「えー、大丈夫ですポッケさん? 勝負を台無しにしちゃったコトもありますし、自分も参加しますよ?」
「「「テメェは絶対来るな」」」
”群愚丹瑠”のウマ娘達はジャングルポケットからの申し出を快く受け入れ、ドロップスティアーからの申し出はシンクロ率百パーで排した。
”レース”であれば反則は無い。チーム対一人であれば、トレセン学園の生徒相手にも勝ち目は十分にあるだろう。少なくとも、ドロップスティアーが何をやってくるか予想出来ない”勝負”より十倍はマシだ。
そしてこの後行われた、ジャングルポケットたったひとりの最終決戦は、最終直線一ハロンにおいてバ群全てをブチ抜くという圧巻の力押しによる完全勝利により幕を下ろし――
「……ナメた口きいて、マジすんませんでした……」
「謝れてエラい――って、なんてシケたツラしてんだよ。そんなにショックだったのか?」
「いやなんか……世の中、上には上っていうか、下もいるのを知ったっつーか……」
「……? まぁ、上が居るってのを
その日、”群愚丹瑠”は二つの事を思い知らされた。一つはトレセン学園――特にジャングルポケットと自分達の間にある圧倒的な実力の差。
そしてもう一つは、ドロップスティアーと自分達の間にある異常的な常識の差だった。
行儀の良いふりは、もうやめだ
思った以上にアンケートで続きの希望があったので、ネタを思いついたらこういう番外編を投稿していきたいと思います。
これからの話は本編終了後のアプリ時空として、時系列など細かい事は気にせず頭からっぽにして読んで下さい。