世界は今日も平和だ。
かけがえのないこの地球に。唯一無二となるこの世界で
細々と生きている。
激動の時代を経て、文化が発達した世界。
自ら立ち上がらなくとも、安定が手に入る現代。
生を実感せずとも、生きていける時代。
そんな世界。
それが僕の住む世界。
この先も決して変わることはない安泰。
不変なる普遍。
きっと今日も
いつもと変わらない平和な1日がやってくる。
そう。
今日も変わらず。
[CASE1/
市立
容赦ない日差しが降り注いだ日中から一転、灰色の雲が空一面に漂い始めた夕暮れ時。
「え!いーじゃん!めっちゃ似合ってる!」
「うわ。ちょっと、白と黒色の絵の具きれてるし。どっか余ってるのなーい?」
県内のとある市立高校。
1週間後に文化祭が控えているこの高校で、それぞれのクラスの生徒が本番に向けて、準備が活気盛んに行われていた。
ところどころ空いている教室の窓からはどの階からもとても楽しそうな声が聞こえてくる。
校舎全体が賑やかな雰囲気に包まれ、皆のテンションが高まっている中、とある1年生の教室で作業する1人の少年は、その盛り上がる空間から弾き出されたかのように黙々と作業に没頭していた。
(切り抜いた後はこの『W』『L』を黄色で塗って。それから次は水色でビックリマークを塗る…と)
クラス全体でわちゃわちゃと盛り上がっている中、1人馴染めないでいる自身の境遇に純はとてつもない居心地の悪さを覚えていた。
中学時代に仲良かった友人たちは純以外が皆進学先が同じところに決まり、散り散りに。
満を辞して入学し、藁も縋る思いで友達づくりに勤しむも出来た友達はたった2人。その2人しか居ない数少ない友人たちは今、あろうことか揃って部活動中で不在となっていた。
(はあ。まだ1時間しか経ってない)
周りの生徒が楽しそうに過ごしている。
それだけで純は嫉妬で気がたっていた。
学校の一大イベントを機に思い切って新しい『友達』つくりに力を入れよう。
そう意気込んでいたのに、いざ日を迎えると…現実はそう上手くはいかず。
男子は既にグループが確立されていて入り込む隙間がないし、女子に声をかけるなんて言わずもがなハードルが高い。
そんな燻る思いと抑圧された環境に鬱憤が溜まっていた純のもとに誰からか彼の名前を呼ぶ声がした。
女子生徒「あの…羽鳥くん。…羽鳥くん」
純「あっ…え?」
自分の世界に没頭していた純の名前を呼んでいたのはクラスの女子。
黒髪おさげのメガネに華奢な体つきで色の白い丸い顔。
如何にも典型的な文化系な見た目のこの生徒の名前は今野麻美。
今野「少し手貸してくれない…?男手が必要で」
純「え?あ…はい。俺でよければ…」
今野に連れられ、たどり着いた先には彼女と似た雰囲気を持つ女子たちが。
そんな彼女らの手には天井に飾るための装飾品が握られていた。
完成したこの装飾品を教室のドアの上にある小窓のあたりにつけて欲しい。
それが今野が声をかけてきた理由だった。
今野「ごめんなさい。他に声かけられる人居なくて…」
純「いや全然。…大丈夫です」
何を舞い上がってるんだ俺は。
そんな少し浮ついた自分の気持ちを引き締め、純は飾りを受け取った。
机に乗って取り付ける。
不安定な足場からときおり見える教室全体の様子はやはり華やかなものだった。
仲間と一緒に和気藹々と時間を過ごしているクラスメイトたち。
そこには付け入る隙のない彼らだけの時間。
特に男子なんてここにいるのはクラスの中心的なメンバーが集まるグループだけ。
そりゃ高いところに取り付けてなんて頼める訳ないよな。
今野達を見た印象を加味してそう評価する純。
自分のような陰湿で1人でいるやつの方がはるかに声をかけやすい。
今野「ありがとうございます。助かりました」
純「あ。いや…全然」
持ち場に戻って作業を再開した純。
しばらく進めていると先ほどの今野たちのやりとりが頭の中でぐるぐると駆け巡り始めていた。
なんでもっと愛想良く出来なかった。
また困ったら声をかけてとどうして言えなかった。
もっとこうすればいい反応が返ってきて…。
あのとき言えたらこの反応が返ってくるから…。
叶いもしないもしもの話に徐々に脚色が施されていく。
ベースとなった先ほどの出来事は最早純の脳内で全く別物となっていた。
男子生徒①「なあ行かねー?買い出し」
そんな純を現実に引き戻したのはすぐ後ろで交わされていたクラスメイトの会話だった。
さっきまで盛り上がってたクラスの中心メンバーのグループ。
どうやら彼らは教室内の所々からあがる準備で使っていたペンやテープが切れた声を聞き、買い出しに行かないかとグループ内で提案しているもよう。
ヤジを飛ばされつつも話し合いをしているのは中澤裕也と小川誠。
彼らはこのクラスの中心グループに所属する2人。
そんな2人のやりとりを聞いて近づいてきたのは別のところで作業をしていた井田香織と阿部菜摘だった。
阿部「白と黒の絵の具も無いし、色画用紙も切れたー。あとウチアイス食べたい」
中澤「それアリ。よし香織。菜摘といっしょに行ってこい」
井田「やだっての。言い出しっぺの裕也が行けし」
中澤「はぁ?やだよめんどくせー」
誰がいくか押し付け合いが始まること数分。
埒があかないと中澤からの提案で後輩にじゃんけんで決めることになった。
中澤「ほらみんな集まれ」
中澤の言葉に教室内で作業していたクラスメイトが集まり始める。
男女合わせて計15人ほど。
男女別れた教室内に2つの輪が出来上がる。
純は向こうでじゃんけんを始める今野を見て、先ほどのシチュエーションのリベンジに燃えるのだった。
中澤「ジャンケンでこっちとそっちの負け2人な。最初に言った通り負けた男女2人の買い出しで」
小川「やべー!なんかソワソワしてきた!」
「いくぞ!最初はグー!ジャンケンぽい!」
ーーーーーーーーーー
小川「絶対あいつ後出ししたって!俺見てたもん!」
阿部「はいはいわかった。ほらバス来たんだから大人しくしな」
今野「空ゴロゴロ鳴ってる。降り出す前に早く戻れるといいですね」
純「あ、うん。そうだね」
正門から少し歩いたところにあるバス停。
純は今、小川、井田、今野と共に駅前行きのバスに乗ろうとしていた。
じゃんけんの結果、男子からは純と小川。女子からは井田と今野が選出された。
まさかのシチュエーションの実現に驚きと感動を抑えられないまま、自分の不運に喜びを感じながら純はバスのステップに足をかけた。
流れるように同じ座席に座る小川と井田に続いて、純は今野と共に彼らの後ろの座席に座った。
ソワソワと落ち着きのない様子の純と今野。
何編も今野の方を窺っている純に対して今野はじーっと前の座席の一点を見つめていた。
純「小川くんと井田さん仲良いんだね。まだクラス一緒になって3ヶ月くらいしか経ってないのに」
今野「2人とも同じ中学らしいよ。それに2人ともお付き合いしてるって…」
純「あ…。そうなんだ。知らなかった」
今野「…うん」
会話が途絶え、気まずくなった純は窓の外に視線を写す。
頬杖をついて見る外の景色は何一つとして入ってこなかった。
互いに無言が続く。
それに比べて前からの楽しそうな雰囲気を最前列でこれでもかと浴びせられていた。
そんな対照的な空気に包まれた高校生4人を乗せたシャトルバス『ヴィルドン』は終点である駅前を目指して出発した。
ーーーーーーー
[CASE2/
シャトルバス『ヴィルドン』駅前行き バス停前/05:16 P.M.
「あの…もう勘弁してください。そんな気はない無いと何回も伝えたじゃないですか。それにその件は何度もお断りしたはずです。これ以上しつこいようなら警察に通報します。もう連絡してこないでください」
どんよりと空を覆う雲からパラパラと雨が降り始めた夕方。
バス停のベンチでバスを待つ女子高生がひとり、通話を終えて携帯を折りたたむ。
佳歩「毎回どうしてこんな目に」
電話の相手はアルバイト先であるファミレスの常連の男だった。
これで何度目かの着信。
ざっと見ただけでも30件くらいは来てるだろうか。
現在高校2年生である倉今佳歩は、女でひとつで育ててくれている母親の負担を少しでも軽くするためにと家計のため高校に入学してからすぐアルバイトを始めた。
飲み込みが早く要領もいい。無遅刻無欠勤に勤務態度も申し分なしと同世代の人材の中ではピカイチの働きぶりを見せる佳歩なのだが。
この1年半の間で何度もバイト先を変えていた。
佳歩 (これ以上時給が低いところは選べない。かといって人の出入りが多い場所や人気店は避けたい。そんな都合のいい求人なんてもうないよ)
どうして仕事のできる彼女がバイト先を転々としているのか。
それは、両親から授かった彼女の生まれ持ったルックスに理由があった。
サービススタッフとしてファミレスでアルバイトしている佳歩。
そのファミレスでは少し前から『とんでもない美女が働いている』と言う噂が周辺地域に広がっていた。
人から人へ流れる噂をこの目で確かめようとさまざまな年代の男どもが遠方からでも構わず来店してくることもあるようで。
そんな噂目当てでやってくるほとんどの男性客は働く佳歩の姿を見ると決まって一言唸るそうだ。
間違いない。あの噂はホンモノだ、と。
倉今「もしもしお母さん?うん…わたし。ごめん忙しい時に。そう、あの件。また心配かけてほんとごめん。今日はこのまま帰るつもり。うん。じゃあね」
良い恩恵さえ受けられればそれに越したことはない。
実際に佳歩は幼少期その美しさ故に親から、近所から、学校からありとあらゆる場所で恵まれて育ってきた。
けれど、その美貌が時として邪な輩を惹きつける事もある。
至って自然な状態であってもイタズラに性を刺激され、獣のように姿を変える動物たちを。
「はぁ…」
曲がり角からこちらに向かって走るバスの姿が見えた。
タイミング良く駅行きのバスがやってきた。
佳歩は立ち上がると身体が濡れないテラス屋根ギリギリのところで立ってバスを待つ。バスが到着すると佳歩は降車口のステップへと足を乗せて空いてる席に腰を落とした。
車内では同じ高校生と思われる男女グループの男が周りの客のことを気に留める事なく騒いでいる。
同じグループと思われる後ろに座る2人の男女は我関せずと言った様子でそっぽを向いていて、特別注意しようとはしない。
どいつとこいつも迷惑なやつらばっかだ。
佳歩はスクールバッグに入っている新品同然の制服をバックごと抱え込むと窓に頭を当てて体重を預けた。
春も過ぎた頃だと言うのに予報では確か例年より気温が低い1日と言っていたっけ。
虚な目で見る外の景色は雨と結露で全く見えない。
ただ窓からほんのりとした冷たさが伝わるだけ。
そんな彼女のポケットのなかでは連絡先が登録されていない電話番号からの受信を絶えず知らせるバイブレーションが休むことなく振動していた。