[CASE.3 /
シャトルバス『ヴィルドン』駅前行き 車内/ 05:21 P.M
『
このたびは、多くの企業から弊社へご応募頂き、誠にありがとうございました。
厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。ご期待に沿えず大変恐縮ではございますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます。有原様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます』
帰宅途中、朝自宅ポストに届いていた封筒の中身を見て有原泰輔は項垂れていた。
内容を理解するのに時間がかかったが、理解した途端人間に備わる五感というものが全てシャットアウトされたような感覚に陥った。
それまで不快に感じていたガタガタと揺れる振動などもはやどうでも良くなるくらいに。
もう何度目だ。同じ文言の内容のメールを読むのは。
有原泰輔は転職活動を行なっていた。
毎日朝8:00から夜の22:00まで働きながら、少ない睡眠時間を削って履歴書を作成して。
今日だってなんとか休みをこぎつけて面接をやってきたと言うのに。
それなのにどうしてと身を結ばない。
今年27歳になる有原。得意なことも趣味も資格もなく、これと言った強みもない。決して高いとは言えない偏差値のそこそこの大学を卒業して早5年。今勤めている会社は大学時代の友人に着いて行った会社説明会でたまたま見つけたところだ。そんな風に就職先を決めてしまった報いだろうか。いざ入社してみると面接で受けた華やかな印象とは正反対の中身はとても真っ黒な会社であった。
上司にいびられ力不足の仕事を与えられ、無理あるノルマを科せられる。
入社式で顔合わせ、共に社会人を頑張ろうと熱い約束を交わした同期などもう殆どが居なくなっていた。
消えてなくなりたい。
このまま家に帰って明日を迎えるくらいなら、どこか遠くへ行って死んでしまえばいいのに。
ぼーっとした目で窓の外の景色をずっと眺めていると、その景観するも遮るような横殴りの激しい雨が音を立てて窓に強く打ち付けていた。
目の前を強い雨が襲ってきているというのに、彼の表情はピクリともしない、ただただずーっと外を見ているだけ。
自分の人生を憂い、絶望した顔をした有原はただただぼーっと外を眺めていた。
[CASE.4 /
シャトルバス『ヴィルドン』駅前行き車内/ 05:30 P.M
なぜだ。どうしてこうなった。
朝は財布の中身が潤沢だったのにたった1日ですっからかんになっているじゃないか。
こんなはずはない。店もシミュレーションも座った台も悪くなかったはず。流れも途中まで完全に来ていた。なのにどうして俺はスロットに負けたんだ?
8時間に及ぶ孤独な戦い。スロット歴5年の彼には、情報を交換できるパチンコ仲間がおり、週に4日は行くほど足繁く日常を送っていた。
定職に就かず親の脛を齧り続けること10年。
もうすぐ30を迎えようとするこの男は窮地に追い込まれていた。
「チッ…!何で俺だけ…!」
一緒店に入った仲間は懐がだいぶ暖かくなっていた。
聞いたところ4万ほど勝ったらしい。
自分は散々な結果だったというのに。
岡田のイライラはどんどん募ってゆく。
くそ。何もかも目障り。いっそのこと乗客全員ぶち殺してやりたいくらいだ。
呼吸の浅くなった彼は音にとても敏感になっていた。顔の死んだ男のため息。後ろに座る高校生たちの話し声。ずっと鳴り止まない携帯のバイブレーションに気にかけようとしない女子高生。些細な音が、全てが。頭の中で大きく鳴り響く。
雑音にストレスを感じ始めた岡田は自分の昂る気持ちを落ち着かせるように右手の親指の爪をカリカリと齧り始めた。
[
市内大学病院B棟1階 感染内科/ 05:44 P.M.
普段は比較的穏便な時間を過ごせる病院内が今日は特別騒然としていた。
理由は明快。こんな忙しない事態になったのは、ある病棟でクラスターが発生したからだ。
「206号室の梅田さん。はやく感染症病棟に連れてって!」
原因は不明。発生源も未だ特定できず。混乱も冷めやらぬ病院内は数々の医療従事者が縦横無尽に駆け巡っていた。そんな重々しい事態を表すすように外ではけたたましく暗雲が轟いていた。
平和な日常というのは数多の選択と確率から成り立っている。何年たとうとも生きていようとも変わらない。幼少期から自然に溶け込んだ文化と作法を学ぶのは自らの命を脅かす確率を下げるため。その道を極めし先人たちの教えの頂きを学ぶのは愚かな結果をわぞわざ招かないようにするための防衛策。それら数多の選択から、無数の見えない糸が複雑に絡み合って人生は紡がれてゆく。
小川「でさ!そんときの裕也は当時の彼女にこう言ったわけ!」
岡田「おいガキ!さっきからうるせえ!大人しくしろ!」
今野「すみません!ちょっと小川君…バスの中だからもう少し声のボリューム落としてください…」
しかしいくら健全な環境で育ち、万全の選択をとっていたとしても、必ずしも安全とは言い切れないのが人生。自身の紡ぐ糸が知らぬ間に相手を傷つけていたり。自分の影響しうる範囲の外から不確定要素が襲ってきたり。この運命という見えない歯車はどう足掻こうとも回避できない事態に見舞われることがある。
有原「……。」
倉今「すみません。私です。携帯の電源落としますね」
例えば、気分が高揚してバスの中で大きな声でしゃべってしまったり。
例えば、同じ人物から何度も着信が入って隣に座るサラリーマンから煙たがれたり。
『間もなく駅前ロータリー。駅前ロータリー。このバスの終点です。お降りの際は他のお客様…」
例えば…。
ドシャァァァァァン‼︎‼︎‼︎‼︎
激しい夕立の中視界が遮られ、交差点に差し掛かったバスに大型トラックが勢いよく突っ込んできたり…とかね。