昼休みに入ってから30分程が経った頃、Bクラスの生徒全員が教室に集まっていた。
午後の授業まではまだだいぶ時間があるが、教壇に立つ一之瀬以外は全員席に座っている。
「それじゃあ、進行は私が務めさせてもらうね」
一之瀬は教室を見渡してクラスメイトが揃っているのを確認すると、今回集まった目的を果たすため口を開いた。
「まずこれから学校生活を送る上で決めておくべき事や話し合っておきたい事、何でも良いからみんなの意見を自由に聞かせて欲しいの」
いつもなら昼休みは、学校の敷地内を探索していた時に見つけたマイベストプレイスで昼食を取った後、本を読むか教室で寝た振りをしているかのどちらかになるのだが、今日に限ってはそのどちらでもなく、クラス全員で一ノ瀬の言葉に耳を傾けていた。
さて、なぜBクラスがわざわざ昼休みに社畜根性全開でこの様な場を設けたのか。俺は朝の出来事について記憶を遡る。
ホームルームが終わり、先生が教室を後にしてから数分がしたが、誰一人として席を立つことなく放心状態が続いていた。
当然だと思う。希望した進路を100%叶えてもらえる触れ込みを当てにしてこの学校に来た者は少なくないはずだ。
それに先生の話しには続きがあった。
試験で一つでも赤点のあった者は退学。とどめに先生が言い放ったのがこれだ。
すぐ隣で息を潜める退学の存在に怯える者も少なくないだろう。
「みんな聞いて!」
一之瀬の声と椅子を引く音が静寂たる教室に響いた。
「先生の話ショックだったと思う。実際、私もそうだし······。でも私はこの一ヶ月みんなと過ごして、このメンバーならAクラスを目指せると思うし、何よりここにいる全員でAクラスで卒業したい。みんなはどうかな?」
一之瀬はクラスメイトを鼓舞する様に呼び掛ける。
「俺は一之瀬ほどクラスメイトに関わっていないが、Aクラスを目指すのは同意だな」
さっきのイケメンも一之瀬に賛同した。これを皮切りにそうだそうだと言わんばかりに次々と賛同者の声が上がる。
「もしみんなさえ良ければお昼休みにこれからについて話し合いたいんだけど、どうかな?勿論、都合の悪い人は大丈夫だよ」
一ノ瀬はそう言うが、それにイケメンが待ったを掛けた。
「こういうのは早いに越したことはないだろうが、できれば全員が参加できた方がいい。後で聞いてないと言われても困るからな」
イケメンの反論もごもっとも。後になって文句を言うやつというのは一定数存在するのだ。
「うーん······ちなみに昼休み外せない用事のある人はいるかな?」
一之瀬が全員に問うが、不参加を表明するものは一人もいなかった。
「それじゃあ全員参加ってことで良いかな?」
「意義なーし」
「こういう大事なことには参加しないとね」
女子数人からから一之瀬を支持する声が上がる。彼女らは恐らく一之瀬に近しい者達なのだろう。
ひっそりと周囲を観察するとあまり乗り気で無さそうな者もいたが、もうそんな事を言い出す雰囲気では無かった。
休み時間に会議するとかまるでブラック企業ではないか。これを生徒自ら率先して行っているのだから、この学校は優秀な社畜養成所なのではないだろうか?
一応は自由参加なのだからバックレれば良いじゃないかと思うものもいるかもしれないが、そんなことをしては悪目立ちをしてしまう。同調圧力がそんな事を許しはしないのだ。ここは参加だけしつつ、存在感を消してただこの場に座りやり過ごす。これが最適解だ。
ちなみに現在議題に上がっているのは委員長を始めとした役職を決めようというものだ。委員長は既に一之瀬に決まっており、今は副委員長と書記の選定に入っている。
この話し合いもいよいよ終わりが見えてきた頃、前触れも無く前の扉が勢いよく開かれ、扉を打ち付ける鋭い音が
扉の向からまず姿を現したのは紫掛かったロン毛で中肉中背の男。彼の後に続いて四人の男子と女子一人も教室に入ってきた。
先頭の男は教室を見渡した後、黒板に書かれているものを見付けると嘲笑い口を開く。
「おいおい、今になってこんな事決めてたのかよ?Bクラスは随分と悠長なもんだな」
今更、ねぇ。
多分だが、こいつらはこの学校の仕組みについて今日を迎える前から気付いていたのだろう。そして粗方の下準備を済ませていたこいつらは答え合わせが行われた今日、動き出した。
「で、お前が委員長の一之瀬か」
ロン毛は教卓に立っている一之瀬の姿をその切れ長の眼で捉えて凄む。
「そうだけど、そういう君は誰かな?」
一之瀬の方もそんなロン毛に動じること無く返した。
「ククク。度胸はいっちょ前にあるようだな。俺は龍園••••••Cクラスの王だ」
リーダー、代表、うちみたいに委員長と言わず、こいつは自らを王と称した。ただの中二病という線も捨てきれないが、この龍園という男がクラスを完全に掌握しているというのであれば、その意味合いは変わってくる。
「ふーん。それで、Cクラスの王様が何の用?」
「なに、ちょっくら顔合わせに来ただけだ。そう邪険にするなよ」
龍園は一之瀬との距離を詰めた。
「うちにとって目下の標的はお前らBクラスだ。まずはお前らを潰す。せいぜい覚悟するんだな」
「物騒な言い方するなぁ」
「惚けているのか、本当に気付いていないのか••••••。だとしたらガッカリだなぁ一之瀬よぉっ」
ゆっくりと一之瀬のパーソナルスペースへの侵入を果たした龍園はすぐ横の教卓に拳を叩き付ける。
一ノ瀬は外見上平静を保っているが、他の者はそうもいかなかった。
「おいっ!お前いい加減にしろよっ」
一人の男子生徒が我慢ならず立ち上がり龍園に詰め寄ろうとするが、龍園に着いてきた取り巻きの中から男二人が間に割って入り、男子生徒の前に立ちはだかった。片方はサングラスをかけた巨漢の黒人。威圧感が半端ない。
一触即発の空気が流れるが、一ノ瀬は立ちたがった彼を制した。
「柴田君、大丈夫だよ」
「でもよっ」
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
そう言われては柴田と呼ばれた男子生徒も引き下がるしかない。渋々といった様子で席に戻った。
そんな柴田を見て龍園は鼻で笑う。
「まるで忠犬だな。女に飼われて不様なもんだな、おい」
柴田の握った拳が怒りに震えていた。
「弱い犬ほどよく吠えるっていうじゃねぇか?ほら、もっと吠えてみろよ」
もしもあいつの気が長くなかったら、これ以上煽られ続けると危険かもしれない••••••。
「ぷっ••••••」
俺は吹き出した後、ありったけの悪意を込めて笑い声をあげる。
「自分だって忠犬を引き連れてやって来た群れのボスの癖によくそんな事言えるな」
龍園とか言う男の敵意が俺に向けられた。同時にクラス全員の視線を集めることになったが気にしないことにしよう。
「••••••何だお前は?」
よし釣れた。ここからはこっちのターンだ。
「弱い犬ほどよく吠えるねぇ。お前らがここに来てからのこと思い返してみろよ。一番吠えてたのお前じゃねぇか」
龍園の眉間に力が入る。同時に俺への敵意が増したのを感じるが、俺は気にせず席を立つと教卓へと歩を進めた。
先程と同じ様に男二人が間に入るので標的を龍園からこいつらに変える。
「お前らも惨めだよなぁ」
「あぁ?」
黒人でない方の男が俺の言葉に反応した。
「お前らCクラスはDクラスをギリギリ逃れたに過ぎない謂わば落ちこぼれ予備群だ。そんな中でもお前は飼い犬になり下がってんだ。これが惨め以外に何だってんだよ?」
「んだとてめぇっ」
俺は胸倉を掴み上げられる。
「よせ、石ざ「底辺ってのは何で手が出るの早いかね?••••••ああ、返す言葉を考えるおつむや人間としての理性も持ち合わせていない犬畜生だからか。にしても、ここまでテンプレ通りだと笑えるわ」
奥で王様が男を止めようとするが、こいつにターゲットを絞った俺はその言葉に被せて更に男を煽った。
「上等だコラッ!!」
男が拳を振り上げるが、それが俺に向かってくることは無かった。
「んだよっアルベルトッ」
巨漢の黒人が男の腕を掴んだからだ。
「••••••おい石崎。俺はよせっつったんだ」
底冷えするような龍園の声に男は動揺を見せ、俺を掴んでいた手を放した。
「おい、馬鹿な犬を飼うと苦労するのは分かるが、躾けくらいちゃんとしとけよ」
俺は龍園に侮蔑の視線を向けて言う。
「比企谷君っ、もうやめて!」
教卓から俺を止める声が聞こえた。そちらを見ると一之瀬が眉を吊り上げ、見るからに怒っているのが分かる。
「はいはい、分かったよ」
俺は両手を気だるげに上げ、彼女の指示に従う意思を見せた。
「おい、目的は果たした。戻るぞ」
「••••••分かりました」
龍園が一言告げて教室から出ていくと、男は一度俺にガンを飛ばしてから龍園の後に続いた。