「ね、ね」がツボりました。
~Other side~
CクラスがBクラスに乗り込んだ日の放課後。
中断されてしまった昼休みの話し合いの続きがBクラスで行われていた。
その話し合いも終盤を迎えており、黒板には集団登校の班分けが書かれており、39人の名前が列なっている。
「それじゃあ、比企谷君を私の班に入れて完成だね」
一之瀬 帆波によって比企谷 八幡の名が口にされた時、一瞬だけ微妙な空気が流れたが、これでBクラス40人全員の名前が揃った。
クラスの全員が参加した昼休みとは違い、今は空席が点在する。そのほとんどが部活動に参加する者が欠席している為であるが、その中の一つは八幡のものだった。
「ねえ。みんなは比企谷君の事どう思ってる?」
黒板に八幡の名前を書いた帆波はチョークを置くと、振り返って皆に問う。
「うーん、ずっと存在感無かった所で今日の事件だから••••••柴田を助けてくれた訳だし、悪いやつじゃないとは思うけど、正直よく分からないよね」
一之瀬と交流の多い網倉 麻子が答えた。
「私は怖いな••••••」
ショートボブに桃色の花のヘアピンを留めている小柄な少女がその瞳を不安そうに揺らして言う。
よく分からない、怖い。この二つの意見が大方のBクラスの総意なのだろう。
「だが、星之宮先生の言葉から察するに、比企谷はこの学校のルールについて何か気付いていたようだ。Aクラスを目指すのならば必要な戦力だろう」
切れ長の三白眼の男子、神崎 隆二が別視点の意見を出した。
「え?何それ!?」
今は空席となっている八幡の席の隣に座る小橋 夢が神崎の発言に対して疑問を問う。
「今朝のホームルームで言ってだろ?」
それでもピント来ない小橋。
「この学校について質問しに来たのが比企谷君一人だけ、だね」
そんな小橋に助け船を出した訳ではないが、一之瀬が神崎の補足をするように言った。
「あっ、そういえば!ヒキガヤくんって比企谷くんの事だったんだ」
小橋も合点がいったようだ。
「小橋は比企谷と席が隣だろう」
神崎は呆れたように指摘する。
「いやいやっ。比企谷くん本当に存在感ないんだよ!?一ヶ月経ってるけど一度も話してないし」
入学からこの1ヶ月でBクラスで八幡と言葉を交わしたのは一之瀬ただ一人。今朝の時点では、比企谷の名前が出て八幡の顔が頭に浮かんだ者は一之瀬に加えて神崎のみであった。
「確かに、比企谷君は積極的に誰かと関わろうとする人じゃないから、みんなが比企谷君の事よく知らないのも当然だよね。それなのに、いきなり昨日の比企谷君を見たら怖いと思うのもしょうがないと思う」
一之瀬はクラスメイト達の発言に理解を示す。
「私は何度か比企谷君と話したことあるけど、比企谷君ってただ純粋に人付き合いが苦手なだけで、むしろ凄く良い人だと思うな」
一之瀬が思い出すのは、彼女が八幡に声をかけた時、辿々しくもちゃんと答えてくれる彼の姿。
「比企谷君、友達と新しい部活を作ったんだって。奉仕部っていうらしいんだけど、」
一之瀬は八幡の所属する部活について話し始めた。
「比企谷君はそこで悩みの相談や依頼を受けてお手伝いをしてるんだって。しかも、ただ手伝うんじゃなくて自らの自己改革を促す。分かりやすく例えると“飢えた者に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える”のがモットーらしいよ」
以前、奉仕部について八幡が一之瀬に話した内容を、彼女は皆に説明する。
「つまりはただ解決するのではなく、活動を通して相談者や依頼人の成長を促すって事だな」
一之瀬の説明を神崎が意訳する。
「うん。人付き合いが得意じゃないし、今日みたいな方法を取っちゃうような比企谷君だけどさ、そんな不器用な比企谷君が自分達でこんな部活を作っちゃうんだよ?そんな人が怖い人だったり、悪い人って事はないと思うんだ」
八幡と話をした事がある一之瀬ならでの視点から、彼女はクラスメイトに訴えかけた。
「そこでね、明日の昼休みに比企谷君を捕まえておくから、比企谷君と話してみたいって人は、お昼食べたら教室に集まってね。きっと、みんなも比企谷君の印象が変わると思うよ」
一之瀬はBクラスの皆に八幡の事を知ってもらう機会が必要と考えての発言。
一人で思案する者、周りと相談する者。その表情の多くは一之瀬の思惑とは異なり、彼女の目から見ても芳しくなかった。
~Other side end~
「それで、さっきの茶番にはどんな意味があったんだ?」
一之瀬から昨日の出来事を聞いた俺は、彼女に俺を庇う振りをした理由を問う。
「比企谷君が自分本意な人じゃないって事をみんなと確認したかったんだ。
「••••••言ったろ。施しを受ける気はないって」
別に一之瀬の為に彼女の言葉を否定したわけじゃない。
「うん。比企谷君の本音を一つ聞けたのは予想外だったよ」
俺が何を言おうと一之瀬は前向きに捉えてしまう。
「••••••あと、俺といったい何を話そうってんだよ」
一之瀬の話によると、ここに居るやつらは俺と話をするために集まったのだ。
「何をっていうのは特に無いよ。ただ、比企谷君へのみんなの誤解を解きたいのと、比企谷君に自分の価値を知ってほしかっただけ」
“比企谷君の価値を証明しようよ”
あれはクラスメイトに対してではなく、俺へのものだったのだと、今この瞬間になってようやく気付いた。
“君は自分の価値を正しく知るべきだ”
以前、反りの合わない奴に言われたことと重なる。
俺はそんな記憶を振り払い、一之瀬の言葉を否定するために口を開いた。
「それは俺の価値なんかじゃない。お前が声を掛けたからからこそ、みんな集まったんだろ?」
繰り返しになるが、誰が言ったかというのは重要なのだ。もしも、この場を設けたのが一之瀬でなかったのなら、果たしてこれ程の人数が集まっただろうか。
「ううん。昨日のままだったらこんなに集まらなかったんじゃないかな?」
昨日のまま?一之瀬の話だとみんなあまり乗り気でなかったらしいが、だとすると、昨日の放課後から今日の昼休みに掛けて何かがあったという事なのだろう。
「どういう事だよ?」
「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが引き出してくれた比企谷君を見て、同じ班の人達がみんなに声を掛けてくれたんだよ」
俺は予想だにしなかった一之瀬の言葉に驚きを隠せなかった。
「ちなみに比企谷くんが私達美少女二人にどぎまぎする姿も報告させて頂きました!」
「••••••それ自分で言っちゃう?」
俺に向かってピースを向けている小橋の美少女発言に網倉が突っ込む。
「おい、変な捏造するなよ小林」
「小橋だよっ!!」
••••••話が脱線しかけたので、視線を一之瀬に戻す。
小橋は『無視!?』とかなんとか言っているが気にしない••••••。
「今朝の比企谷君が本当の比企谷君なんだよね?ここにいるみんなはそんな比企谷君の為に集まったんだよ」
俺は咄嗟に返す言葉が見付からなかった。
「今まで比企谷君がどう思われてたかなんて私には分からないし、関係ない。だって、比企谷君の価値はここにいるみんなが証明してるもの。比企谷君自身がどう思おうとね」
一日や二日でいったい何が分かるんだ••••••。
同調圧力が成した結果だろ••••••。
一之瀬の言葉に対する反論はいくつか浮かんだが、俺は口を噤む事を選ぶのだった。