たまにコメントでご指摘いただくので念のため。
あの後も、まるで転校生かのように俺への質問責めは続いた。好みの異性のタイプを聞かれた時、俺を養ってくれる人だと答えたら、女子からの視線が2℃ほど冷えたのは未だに解せない。
昨今、巷ではジェンダーレスが謳われており、女性の地位向上が推進されているが、未だ男は外で稼ぐという価値観は根強い。そんな世論に屈すること無く、SDGsに取り組んでいく決意を改めて固めた次第だ。間違いは間違いだと言える人間でありたいと俺は思う。
閑話休題、放課後を迎え、すぐにでも雪ノ下に文句の一つや二つ言ってやりたいところだが、図書館で借りていた本の貸し出し期限が今日までなので返却しに行かなければならない。ついでに新しい本も借りておこう。Bクラスも今日から図書館で勉強会をするとの事で、俺を含めた参加者全員で図書館へやって来た。ああ、忙しい忙しい。
決して雪ノ下と口論になったら勝ち目がないとか思ってビビっている訳ではないぞ。ハチマンウソツカナイ。
図書館に入った俺達を包むのは古本独特な香りと、本の品質管理の為に年間通して湿度が一定に保たれた空気。読書家であれば誰もが心踊る瞬間だろう。
本の交換の為にクラスメイトと一旦別れた俺は返却手続きを済ませて本棚の列へと歩を進める。特に次に読む本を何も決めていなかった俺は、案内図を前にしてジャンルから絞る事にした。
しかし、どれも決め手に掛けていて、案内図を眺め始めてからしばらくが経つ。
「こんにちは。何か本をお探しですか?」
そんな時、後ろで女子が誰かに話し掛けていた。
••••••••••••。
おい、声を掛けられた奴、返事くらいしてやれよ。
「あの、比企谷くん。聞こえていませんか?」
ほら、呼ばれたのはあんたらしいぞ、比企谷くんとやら••••••って俺の事か。
振り返った先に立っていた女子に俺は見覚えはなかった。腰まで伸びた銀のストレートヘアーに包まれた顔は感情に乏しい。下がり目の輪郭の奥に覗く瞳がこちらをじっと見詰めていた。
「••••••どちら様?」
この学校に入ってまだ一ヶ月しか経っていないのだ。流石に繋がりを持った相手の事を忘れたりなんかしない。俺の名を口にした彼女へ用心深く構えた。
「私は椎名ひより。Cクラスに所属してます」
Cクラス••••••つまり、昨日の王様のクラスか。
俺は彼女への警戒度を高める。
「そう警戒しないでください。確かに私は龍園くんには比企谷くんを探るように言われました。争い事は得意ではありませんが、こう見えて洞察力には優れてるんですよ」
今、そんなネタバラシをする意図は?自白することで俺の油断を誘うためか••••••。
「ですが、私がここに居合わせたのは偶然です。実は私、本の虫なんですよ。私も本を借りに来たのですが、そうしたら比企谷くんがBクラスの皆さんとここに現れたんです。盗み聞きするつもりは無かったのですが、勉強会をするそうですね」
こちらから探りを入れるまでもなく、彼女は勝手に
「先程、返却された本を見るに、比企谷くんもなかなかの読書家なのでは?」
••••••なに?この娘ってば俺のストーカーなの?
「Cクラスの中には小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」
つまり、目の前の椎名と名乗った少女は本について語り合う同好の士を欲しているのだろう。
「悪いがこれから勉強会に合流するんだ。話し相手にはなれそうにない」
「分かっています。ですが、そこまで必死に勉強しないと危ないものなんですね、テスト」
成績の悪い生徒からすれば嫌味に聞こえてしまうような台詞ではあるが、彼女自身そんなつもりは微塵もないのかもしれない。
「ところで、ここで立ち尽くしている所を見るに、比企谷くんは次に借りる本がまだ何も決まっていないのではないでしょうか?」
え?この娘怖い。
「推理小説はお読みになられますか?」
さっきから彼女のペースで会話が進んでないか?
「••••••一応、有名どころは一通り」
俺の答えに彼女は凄く嬉しそうな表情を浮かべ目を細める。
「アガサ・クリスティーは?」
「例に漏れずだな」
「でしたら少々、お待ちください」
そう言って銀髪の少女は本棚へと消えていった。
俺は彼女の消えていったエリアを案内図で確認する。あのあたりはミステリーか。
このまま去っても良かったのだが、あの少女の機嫌を損ねて王様に有ること無いこと吹き込まれても面倒だ。周囲を見ても俺を取り囲もうとしている奴らは見受けられない。まあ、図書館にはカメラの死角がない。ここの蔵書はは学校にとって財産なのだから当然だろう。ここで襲われる心配はないか••••••いや、こんな
周囲への警戒を維持しつつ銀髪の少女を待っていると、先程本棚の陰へと消えていった彼女が同じ所から戻ってきた。
「お待たせしました。次はこちらの本をお読みになられてはいかがでしょうか?」
戻ってきた少女の手には一冊の本があり、それを俺に差し出した。本の表紙には『カササギ殺人事件 上』と印刷されている。
「比較的新しい本ですが、アガサクリスティを読んだ方ならちょっと笑ってしまうような遊び心を取り入れつつ、構成の完成度も高い作品です」
グイグイと差し出してくるものだから思わず受け取ってしまった。
「試験が終わったら感想を聞かせてくださいね」
それでは失礼しますと言い残し、銀髪の少女は去っていった。
受け取った本を調べてみる。ページの間に針やカッターの刃などの危険物は挟まっていないな。嫌がらせでクライマックスの1ページだけ破られていることも無く、保存状態の良い普通の本であった。
••••••本当にただ話し相手が欲しかっただけなのだろうか。王様から指示された探りを入れる対象がたまたま自分と同じ読書家だったと。
いや、親父だって言ってただろ?美人局には気を付けろって。
俺は先程受け取った本に目を落とす。
「まあ、本に罪はないか」
貸出し手続きをしてもらう為に受付へと向かった。
作者はカササギ殺人事件を読んでおりません。
適当に推理小説を検索して見つけたものを書いただけです。
カササギ殺人事件を読んだ方で気になるところがありましたらコメントをください。