奉仕部がDクラスの依頼を受けた翌朝、学校へ向かうため一階のエレベーターホールに降りると、一之瀬が綾小路と何か話していた。
「おはよう比企谷君!」
俺に気付いた一之瀬に声を掛けられる。
「ああ、おはよう」
「おはよう、比企谷」
一之瀬の挨拶でこちらを向いていた綾小路も俺に話し掛けた。
「統率取れてそうだよな、Bクラスって」
「別に変に意識したりはしてないよ? みんなで楽しくやってるだけだし。それに少なからずトラブルを起こす人もいるしね。苦労することも多いんだから。ね、比企谷君」
俺に同意を求めてきた一之瀬は一見いつもの笑顔であるが••••••なんだろう、心から笑ってはいない気がする。
「••••••何か言いたげだな」
「べっつにー」
一之瀬がはぐらかすのなら、あえて藪をつついたりはしない。
そうこう話している所に次のエレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。
「あっ、ヒッキー。やっはろー!」
エレベーターに乗っていたのはガハマさんこと由比ヶ浜である。
「あれ?綾小路君に一之瀬さん?珍しい組み合わせだね。もしかして須藤君の話?」
そういや、一之瀬は藪から棒に俺をつついてきたが、二人共なんの話をしていたんだ?
「いや、偶然会っただけだ」
由比ヶ浜の問い掛けに綾小路が答える。
「ふ~ん。あ、そうそう。ゆきのんと待ち合わせてるんだけどヒッキーも一緒に行こうよ!」
「あー、そうだな」
雪ノ下の事だ。そんなしないうちにやって来るだろう。
「それじゃあ私達は先に行くね。行こ、綾小路君」
「ああ。それじゃあ、由比ヶ浜はまた後でな」
Cクラスからのちょっかいが落ち着いた今、集団登校は終了している。一之瀬は綾小路を連れ、そそくさと学校へ向かって行った。
放課後、奉仕部は部室に集まる前に、依頼に関する情報収集を行う事となっている。
まあ、見知らぬ相手に聞き込みをするようなコミュ力が俺にあるわけもなく、情報収集の手段は学内の掲示板を覗いたり、現場調査になるわけだが。
始めの内は教室に残って端末を弄っていたのだが、放課後になってすぐだと、ちらほら教室に残っている生徒がおり、落ち着かないので場所を移すことにした。
目指すは体育館裏。ここは人気がなく監視カメラの死角も存在するため、高度育成高校における我がベストプレイスとなっている。
『私、ここで告白されるみたいなの』
何時もは人気の無い我がベストプレイス。そこには一之瀬と綾小路がいた。
『私、恋愛には疎くって……。どう接したら相手を傷つけずに済むのか。仲の良い友達でいられるのかが分からないから……。それで助けて欲しかったの』
話を聞いていると、これから一之瀬はうちのクラスの誰かに告られるらしい。だが、一之瀬はそいつと付き合うつもりはなく、穏便に告白を断って今の関係を維持したいそうだ。
相手を傷付けない為に一之瀬は綾小路に偽の彼氏をお願いして、付き合っている人がいるという理由で断ろうとしていた。
『相手を傷つけたくない気持ちはわかるけど、後でバレる嘘はより傷つけるぞ?」』
『すぐに別れたことにするとか。私がフラれたことにしてくれていいし』
それは悪手だろう。恋人がいることを理由にフったのであれば、一之瀬がフリーになれば振り出しに戻るだけである。
『1対1で話し合った方がいいぞ、絶対。それも正直に』
綾小路も乗り気ではなさそうだ。
『でも───あっ!』
一之瀬がぎこちなく手を挙げた先には一人の女子生徒がいた。
••••••••••••女子?
『あの一之瀬さん、その人は?••••••もしかして一之瀬さんの彼氏、とか?』
新たに現れた女子生徒は想定外であろう状況に混乱しているのか、涙目になっている。
『あ••••••えと••••••』
女子生徒の問いに即答できないあたり、一之瀬も彼女を騙そうとしていることに後ろめたさを感じているのだろう。
『••••••ただの友達だ』
答えられない一之瀬の代わりに綾小路が答えた。同時にこれは一之瀬のお願いを綾小路は断ったことになる。
俺はあの女子生徒の事を知らない。一之瀬の懸念するように彼女達の関係はこれを機に変わってしまうかもしれないし、変わらないかもしれない。
だが、二人の間にわだかまりが残り、それを察した周りの人間が探りを入れてきたとしたら••••••他の者にこの告白が知られたら果たしてどうなるだろう。
俺は折本へ告白した後の事を思い出す。
これが異性同士ならまだ良かった。だが、目の前で起きようとしているのは女子から女子への告白だ。一之瀬の前に立つ、儚げな少女に悪意が向けられた場合、彼女は立ち上がることができるのだろうか••••••。
俺は一歩前へ踏み出した。
《あなたのやり方、嫌いだわ。うまく説明できなくてもどかしいのだけど••••••あなたのそのやり方、とても嫌い》
《人の気持ち、もっと考えてよ!何で色んなこと分かるのにそれが分からないの!!》
また一歩、更に一歩と繰り返し一之瀬と女子生徒の間へ割って入る。
「え?」
「比企谷、君?」
更なるイレギュラーの登場に理解が追い付かないであろう女子生徒と、予想外の俺の登場に戸惑う一之瀬。綾小路だけは無表情で俺を見ていた。
「一之瀬、同じクラスになってからずっと好きでした。俺と付き合ってください」
俺の告白からしばらく、誰も声を発せられずにいる。
賢い一之瀬の事だ。俺の告白の意図に気付くはずだ。
「••••••ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はないの。誰に告白されても付き合うつもりはないよ」
あの時と同じ様に俺は困り顔の一之瀬にフラれた。
「あっ••••••」
一之瀬に告白しようとしていたクラスメイトの女子は、自分の思いが届かないことを理解したのだろう。その口から力の無い声が漏れた。
「ほんと、ごめんなさいっ••••••」
俯いた一之瀬から発せられたそのごめんなさいは誰に向けられた言葉なのだろうか。誰とも視線を合わせないまま、足早にこの場を後にした。
「••••••だそうだ」
俺もあの時と同じ言葉を、唖然と佇むクラスメイトに告げる。
我に返った女子生徒は俺の事をキッと、涙を溢れさせた目でで睨み付けると、一之瀬とは反対方向に去っていった。
この場に残っていた一人の男がこちらに近付いて来る。
「一之瀬の望む現状維持が保たれ、相手も自分の気持ちを伝えた上でフラれずに済んだ。彼女からすれば一之瀬を振り向かせる猶予ができた訳か。凄いな。俺には無い発想だ」
綾小路は俺をそう褒めるが、気分は全く優れない。
「••••••悪い、一人にしてくれ」
「分かった」
綾小路が去り、ここには俺以外誰もいなくなった。
俺はベストプレイスに腰を下ろし、鞄からマッカンを取り出すとプルタブを引いて口をつける。
人生は苦いが、口に流したマッカンは今日も甘かった。