ちなみに当初の予定では坂柳が出てくる予定でしたが、違和感しかなかったのでおまけに書き換えました。なんなら今回おまけが一番難産だった••••••。
暴力事件の目撃者から証言を得られる事になったと、日曜日に由比ヶ浜から連絡があった。証拠の有無を確認すると当事者が殴り合っている所を写真に収めていたようで、一方的に暴力を振るったというCクラスの主張はなんとか覆そうだ。
あとは加害者の減刑を計りたい所なのだが、クライアントの要望は被告人の無罪ときた。となると手段としてはやはり原告側が訴えを取り下げるしかない。Dクラスの生徒がCクラスの生徒に暴行を加えて怪我を負わせた事実は消せないからな。本人も正当防衛という主張で暴力行為を認めてしまっている。
でも、美人局は駄目なんだよなぁ••••••。
真っ当な交渉をしようにも被害者達の情報が無さすぎる。
そんなこんな考え事しながら登校していると教室の前までやってきた。クラスメイトと顔を会わせるのは一之瀬への嘘告白以来である。さて、彼等はどんな視線を向けてくるのだろうか。
••••••ま、悪意を向けられたところで中学の頃みたいに戻るだけか。
扉を開けて教室の中に入る。
「おっ、比企谷おはよう!」
「お、おう。おはよ」
真っ先に声を掛けてきたのは柴田だった。その態度は金曜日と変わらず友好的で悪意の欠片もない。柴田の周囲にいたクラスメイトとも同じように挨拶を交わしたが、これといった変化は感じられなかった。
俺は自分の席まで行き、椅子に腰を掛ける。
「おはよ~」
朝のホームルールが始まるまで寝たふりを決め込もうとしたら、隣人の小なんたらさんが話し掛けてきた。
「何だか怪訝そうな顔だね」
「ああ••••••なあ小板橋」
「小橋だよっ。ねぇ、それわざとだよね!?」
おっと、そうだったか。
それはそうと、俺は気になっている事をこの隣人に尋ねる。
「俺の事なにか聞いてないか?」
「比企谷くんが気にしてるのは千尋ちゃんの告白の事?」
小橋の答えに俺は息を飲む。一之瀬に告白した女子の名が千尋かどうかは知らんが、“告白”と口にした事から目の前の彼女が金曜の件を知っているのだと察した。
「その様子だと正解みたいだね~。安心して。今の所は知ってるの私くらいだから。たまたま泣いてた千尋ちゃんとばったり会ってね」
どうやらクラスに広まっているわけではなく、小橋がその事を知ったのは偶然らしい。
「そうか」
欲しかった情報を得た俺は机に突っ伏した。
「安心して。比企谷くんが不器用なのはみんな知ってるから。あ、でも千尋ちゃんは『分かってるけどムカつく~』って言ってたよ」
小橋は似てるのか似てないのか分からない声真似をして言う。
「そーかい。ま、その位は甘んじて受け入れるよ」
「そうそう。乙女の一世一代の大勝負に水を差したんだからねー」
小橋がそう言うと俺の頭が撫でられるのを感じた。視線を上げると、小橋が座りながら俺の頭に手を伸ばしていた。
「••••••なんだよ」
「えらいえらーい」
俺はだんだんと顔が火照るのを感じる。ついに堪えられなくなった俺は小橋の手を振り払うように体を起こした。
「でもね、比企谷くんが割りを食うことで傷付く人もいるんだよ?帆波ちゃんとかね」
そう言われて俺の頭には雪ノ下と由比ヶ浜の顔が過る。
一之瀬の方を見ると、彼女と話す女子達の中にラブレターの少女が居たのだった。二人とも特におかしな様子は見られないが、彼女等の心情を推し量る手段を俺は持ち合わせてはいないのだ。
放課後、事件の審議前日という事で奉仕部の部室には堀北と綾小路がもう一人女子生徒を連れて来ていた。由比ヶ浜に頼んで三人を呼び出したからだ。
「堀北さん、彼女が例の証人かしら?」
雪ノ下が堀北に問うと、連れてこられた少女は、自分が話しかけられた訳でもないにその身をピクリと振るわせる。
「ええ、そうよ。彼女には明日の審議に出席してもらうわ」
「分かったわ。ではあなたの持つ写真を見せて貰うことは可能かしら?」
雪ノ下が証人となる少女に尋ねると堀北の目尻が僅かに動いた。
「えっと••••••」
背中を丸めて俯く少女が携える眼鏡の奥に覗く瞳は自信無さげに下を向いている。後ろで二つに結われ下半身まで伸ばされた長髪は前髪も眼鏡まで掛かっており、それが彼女の後ろ向きな印象を助長させていた。
少女は自身と堀北の間に座る綾小路に視線をチラチラと向け、判断を仰ごうとしている。
「申し訳ないけどそれは出来ないわ」
少女に代わって堀北が答えた。
「そう。ならあなた達にこれを渡しておくわ」
雪ノ下は堀北に数枚の紙を渡す。
「相手がどの様に攻めてくるか、予想されるものを私達なりに纏めてみたの。これを基に戦略を立てましょう。本当は証拠の方も確認しておきたかったのだけど」
これは昨日、由比ヶ浜に連絡を貰ってから俺達で考えたものだ。
一つ一つに目を通す堀北は、全て読み終えると顔をしかめて口を開いた。
「由比ヶ浜さん、あなたは二人にどこまで話したのかしら?」
名指しされた由比ヶ浜は自分が呼ばれるとは思っていなかったようで少し驚いている様子。
「えっと••••••たまたま居合わせた佐倉さんが写真を撮ってて、そのお陰で須藤くんの話が嘘じゃなかった事を証明できそう、って二人には話したけど」
「外部の者に情報を漏らすのは感心しないわ。Cクラスにこの事が伝われば私達に不利に働くかもしれないのよ?」
「でも二人には手伝ってもらってる訳だし••••••」
「この学校においてクラスが違うってのがどういう事か、あなただって分かるでしょ」
堀北の言うことも分かるが、現状どのクラスにも断トツ最下位のDクラスを陥れるメリットは無いんだよなぁ••••••。
萎縮する由比ヶ浜に助け船を出そうとすると、俺よりも先に雪ノ下が口を開いた。
「安心してちょうだい。AクラスとBクラスにDクラスを攻撃する理由は無いわ」
あー••••••言っちゃったよ、この由比ヶ浜大好きっ子。
堀北は由比ヶ浜から雪ノ下に視線を移し、その目を鋭くさせる。
「含みのある言い方をするのね。言いたいことがあるのなら言ったらどうなの?」
「なら、次の話しをしたいから次に進んでも良いかしら?」
しかし雪ノ下は不敵に受け流す。まるで二人の視線の間で散る火花が見える様だ。それは俺だけが感じたものでは無いようで、由比ヶ浜はあわあわしながら雪ノ下と堀北に視線を行き来させていた。もしも彼女が“私のために争わないでっ”と冗談を言える性格であったのならどれだけ楽であったことか。
「なあ、Dクラスは減刑で無くあくまでも完全無罪を目指す方針に変わりはないんだよな?」
由比ヶ浜が下手なことを言って火に油を注ぐ前に俺が口を挟んだ。
「今更ね。当然よ」
「なら証人と写真だけじゃ不十分だ」
俺は堀北に説明する。
どうあってもCクラスの人間が怪我をしているってのがデカイ。怪我とDクラス生徒による自称正当防衛との因果関係を否定する事ができるのであれば話は別だが、それは不可能。なぜなら証拠として提出される写真は“一方的に殴られた”というCクラスの主張を覆すと同時に“Dクラスの生徒がCクラス生徒に暴行を加えた”という点もより明確にしてしまうからだ。
「だったら比企谷はどうすれば良いと思う?」
そう俺に問うのは今まで口を出してこなかった綾小路。
「前にも言ったが、相手に訴えを取り下げさせるしかないだろ」
「それには写真だけじゃ足りないのか?」
「どうだろうな。処分の重さ次第じゃないか?極端な話、退学処分ともなれば話は変わるだろうさ」
ま、三人を怪我させたやつに退学の話が出てないのだから、無いとは思うけどな。
そもそも減刑狙いの選択肢も有りだと俺は思っている。
証拠の写真によってCクラス生徒が手を手を出していたのが明るみになれば、それはつまり訴えの内容に虚偽があったということになる。
決定的な証拠が無いのであればジャッジは当事者に対する心証が大いに作用するだろう。ならば、最初から嘘をついていたCクラスの主張はどれだけ信じてもらえるか。
Dクラスが心証良く審議を進めることができれば更に追い込むことが可能となる。何故ならば、人は二つの対立したモノを比べた時、ポジティブとネガティブに分けがちだからだ。Dクラスが心証を上げることでCクラスの心証を落とすことも期待できる。
対してCクラスは一人の生徒に三人掛かりだったんだ。逃げることも、誰かが助けを呼びに行く事だって出来たはずなのだから、喧嘩に積極的だったという見方も出来る。学校に対して嘘を吐いたのも減点ポイントだ。
「とまあこんな感じでDクラス以上にCクラスのクラスポイントを減らすことができるかもしれない。そうなればせめてもの慰めくらいにはなるだろうよ」
「ねぇ、Cクラスはそれで訴えを取り下げてくれないかな?」
由比ヶ浜が言うが、そう上手くはいかないだろう。
「無理だな。まだ一年生の一学期だ。現時点でのクラスポイントに大した意味はない。言ったろ?慰めくらいにはなるって」
「卑屈な考え方ね」
俺の代替案を聞いた堀北が吐き捨てるように言う。
「私達の方針は変わらない。慰めなんていらないわ」
「なら、こちらもそのつもりで進めるわ」
この後、雪ノ下と堀北が中心となり明日の戦い方について話し合われた。
~おまけ~
Dクラスの三人が部室から出ていった後、俺と雪ノ下、由比ヶ浜は雪ノ下が入れ直した紅茶を飲んでいた。
「ねぇ、ゆきのんは明日どうなると思う?」
「まともに戦えば、お咎め無しにはならないでしょうね」
「そうだよね••••••」
「でも、そんなの堀北さんも分かってるはずよ。その上で方針を変えないと言ったのだから、彼女を信じましょう」
由比ヶ浜を元気付ける雪ノ下だが、彼女はどこまで堀北を信じているのだろうか。俺は堀北が知略戦を得意としているようには感じなかった。
「もしもゆきのんが堀北さんの立場だったらどうする?」
「比企谷君ほど卑屈ではないけど、彼の方針には概ね賛同するわ。学校へ訴え出た内容に嘘があったのだからCクラスの信憑性は地に堕ちるもの」
「賛同するなら素直にしてもらえませんかね」
「そうね。卑屈は言い過ぎかしら。あなたの事だから、そうね••••••」
雪ノ下は自身の頭を整理するように少し間を空ける。
「“事の発端はほぼ相手の言い掛りだ。だったらこっちもそれっぽい言い掛りを並べるだけだ。決定的な証拠がない以上、決め手となるのは双方の心証だ。なんせ今回結論を出すのは裁判官じゃなくてただの教師だからな”って所かしら?捻谷君」
得意気に話す雪ノ下に俺は文字通りぐうの音しか出なかった。