~Other side~
ホームルームまでまだ時間の余裕がある朝の教室。雪ノ下 雪乃は既に自席に着いており、質素なブックカバーを纏った文庫本を読んでいた。その凛とした佇まいはただでさえ美形な彼女を芸術品かの様に昇華させている。
雪ノ下のいるAクラスは優等生が集められているだけあって、教室には既に多くの生徒が姿を見せていた。生徒達の話す声は聞こえてくるものの、姦しさは感じられず、落ち着いた雰囲気がここにはある。
カチンカチンと響く金属音がゴムの床を打つ低温と混じる独特な音が雪ノ下に一定のリズムで近付いてきた。この音はAクラスの生徒にとって既に聞き慣れたものとなっており、気に止める者はほとんど居ない。
音は雪ノ下の側まで辿り着くと静かになった。
「御機嫌好う、雪ノ下さん」
雪ノ下が顔を上げると、そこには雪ノ下の想像していた通りの人物が立っていた。
セミロングヘアに黒のベレー帽を乗せた、まるで西洋人形の様な少女。小柄なその見た目から中学生と見間違えてしまいそうになるが、彼女もまた1-Aの生徒である。
「おはよう、坂柳さん。あなたが声を掛けてくるなんて珍しいわね」
ちなみに雪ノ下はどちらの派閥にも属していない。
「そうですね。ですが、私はずっと雪ノ下さんとはお話ししてみたいと思っていたんですよ?」
雪ノ下は坂柳の思惑を図りかねているが、坂柳は構わず言葉を続ける。
「そういえば、CクラスとDクラスの揉め事、Cクラスが訴えを取り下げたそうですね」
「そうみたいね」
その揉め事に奉仕部として関わっていた雪ノ下はその日の内に速報を受け取っていた。
だが、雪ノ下はそんな事はおくびにも出さず相槌を打つのみである。依頼は須藤 健の主張を証明することであったが、他クラスの争いに関わったことに変わりはない。無用な火種を起こす必要は無いと雪ノ下は考えた。
「クラス間の揉め事にこの学校がどう介入するのか、窺う良い機会かと考えていたのですが、消化不良に終わってしまいました」
「それは残念だったわね。それで、それがあなたの話したかったことかしら?」
雪ノ下の問いに坂柳は微笑む。無機質な雪ノ下に対し、坂柳は友好的な態度を見せていた。
「この学校のルールが明かされた日、全員から多かれ少なかれ驚きが見てとれました。ですが、雪ノ下さんだけは少しも動じてなかった。まるであらかじめ知っていたかのように」
この発言を聞いた雪ノ下は、坂柳が自らの派閥への勧誘に来たという可能性を考えた。しかし、どちらの派閥にも属するつもりのない雪ノ下は誤魔化すことを決める。
「振り込まれていたポイントが少なかった時点で何かあるとは思っていたもの。あれでも少し驚いていたのだけど、それよりも最初の不相応な待遇に納得がいったというのが大きいわ」
坂柳の攻めに対して雪ノ下が受け流す、という構図が出来上がっていた。周りのクラスメイトの意識はこの攻防に集中している。
「雪ノ下さんがそう言うなら、そう言うことにしておきましょう。今、大事なのはそこではありませんから。
今回の事件、Dクラスに協力する人達がいたそうなんです。まずはBクラス。彼等も五月の始めにCクラスと一悶着があった事に加え、下からの突き上げを抑えたいという思惑が重なったのでしょう。そしてもう一つは奉仕部••••••あなたが部長を務める部活ですね」
ニヒルな笑みを浮かべ、ついに本題へと踏み込んできた坂柳に、雪ノ下は彼女に対する警戒心を高めた。
「つまり、貴方の目論見を潰したことに対して抗議に来たってことかしら?」
「いえ。あなた方奉仕部の活動についてはお聞きしてます。雪ノ下さんは部の正式な活動をしたにすぎません。先程も言いましたが、本当に雪ノ下さんとお話ししてみたかったんですよ」
再び友好的な雰囲気を纏った坂柳が雪ノ下の言葉を否定すると、話を暴力事件に戻す。
「今回、Dクラスは唯一といっても良い勝利への道筋を選びました。これは貴方方の差し金ですね」
「どうしてそう思うのかしら?」
「実は、お友達が特別棟を訪れた時、
白々しいと雪ノ下は思った。基本的に生徒が特別棟に行く理由など存在しない。だからこそ、Cクラスは犯行現場に特別棟を選んだのだ。佐倉の存在は飽くまでも特異例。
だが、それを指摘しても話が先に進まないだけと考えた雪ノ下は、坂柳の戯言をスルーした。
「“実際に何があったかなんて関係ない。誰かが声を上げた瞬間に問題が問題となる”。なかなか面白いご友人をお持ちですね。貴方方なら今回の件やSシステムに気付くのも納得です」
「結局そこに落ち着くのね••••••彼の場合は捻くれてるだけよ。発想も性根もね」
「ですが、彼は少しばかり脇が甘いようですわよ」
そう言うと坂柳は一枚の写真を雪ノ下の机に置く。そこに写っていたものは八幡と••••••。
「••••••詳しく教えてくれるかしら?」
底冷えした声音と共に温度を失っていった写真を見つめる瞳が、写真の中の二人を射貫く。もしもここに八幡が居たのであれば、すぐさま自らの危機を察知し、彼の脳内では電気信号が目まぐるしく飛び交っていたであろう。
「土曜日にカフェで楽しそうにお話しされている二人をお見掛けしまして。ですが、この様な所をDクラスの関係者に見られてしまえば••••••」
雪ノ下の方から聞いたにも関わらず、彼女は坂柳の話を後半部分は殆ど聞いていなかった。
「この写真、借りても?」
「ええ。別に返していただかなくても結構ですよ••••••そろそろチャイムが鳴りますね。今度、また一緒にお茶を飲みながらお話ししましょう。では」
雪ノ下の返事を待たずに坂柳が踵を返す。彼女の杖が一定のリズムを刻む中、その持ち主の顔はほくそ笑んでいた。
冷静さを欠いていた雪ノ下は気付かない。この写真が坂柳によるささやかな仕返しという名の嫌がらせであることに。
坂柳に雪ノ下と敵対するつもりが無かったとしても、その思惑を邪魔されたことを根に持っていたのだった。
~Other side end~
評価バーの色や隙間について、ついこの間まで良く分かっていなかった作者です。
色はどうしようもないので、せめて隙間は埋めたいなと思う次第。
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