「ずいぶん早かったわね、狒狒谷君」
職員室を出るなり雪ノ下から罵られた。
「ちげぇよ。てか微妙に音似てるからやめて」
星之宮先生は恐らく陽乃さんと同じ部類の人間だ。関わらずに済むならそうした方が良い。あ、俺の担任だったわ······。
「由比ヶ浜さんが待っているわ。行ましょう」
ご機嫌ななめな雪ノ下の後を着いて歩く。ツンとしながらもちゃんと俺を待っているのだから相変わらず律儀な奴だ。
待ち合わせ場所の掲示板前へ行くと既に由比ヶ浜が待っていた。こちらの存在に気付くと大きく手を振ってくる。
「待たせたわね。職員室へ寄っていたら遅くなったわ」
「ヒッキーと一緒に?」
雪ノ下の言葉に由比ヶ浜が疑問符を浮かべた。
「部活創設の申請書を貰いに行ったのだけど、そうしたらこのスケベ谷君が女性の先生に鼻の下を伸ばしてたの」
「うわっ、ヒッキー最低!」
「だから違ぇって。お前も信じるなよ」
ま、まあ確かに美人だったし大人の色香も持ち合わせていたが、そんなもの訓練されたボッチには通用しない。ホントホントハチマンウソツカナイ。
「ひとまず落ち着いて話せる所へ移動しましょう」
雪ノ下のその発言に、お前が蒸し返したことだろ、というツッコミは心の奥に留めておくことにする。
俺達はケヤキモールという校内の商業施設にあるカフェへと移動した。多くの生徒で賑わっていたが幸いにもまだ席が残っていたので急ぎ確保する。
雪ノ下に席を取っていてもらい、俺達は飲み物と昼食代わりに三人で食べる軽食を買いに行った。
どうやらコーヒーと一緒に練乳を頼むと不思議そうな顔をされるのはここでも同じようだ。
他にはサンドイッチとフライドポテトに雪ノ下の紅茶、由比ヶ浜は何やら呪文の様な名前の飲み物を注文していた。
「ゆきのんお待たせー」
席で本を読んでいた雪ノ下に由比ヶ浜が声を掛ける。俺達が座ると雪ノ下は本を閉じた。
「早速、部活動新設についてなのだけど」
雪ノ下はそう切り出すと星之宮先生が言っていたことと同じ様な内容を話す。
ちなみに申請用紙に記入する内容は部活名、活動内容、活動場所、担当顧問、部員名簿である。
「活動場所は適当な空き教室を探すとして、問題は顧問ね」
「私達この学校の先生全然知らないもんね。とりあえずみんなで担任の先生に聞いてみる?」
あの担任とは積極的に絡みたくないが、背に腹は変えられないのか······。
「そうね······ところで比企谷君、職員室で言っていた“顧問がポイントで買える”ってどういうことかしら?」
「え?何それ?」
由比ヶ浜は職員室に居なかったので、当然何の事か分からない。そんな彼女に雪ノ下は補足する。
「さっき彼が先生に質問したの。“顧問が見つからなかったとしてポイントで買えるのか”って」
由比ヶ浜への説明を終えた雪ノ下は俺に視線を移し回答を促す。
「うまい話には裏があるもんだ。疑って見聞きすれば気付くこともあるんだよ」
先生は“学校内においてポイントで買えないものは無い”と言った。お金の代わりになる、などではなくだ。気にしすぎだと一笑されてもおかしくない話だが、職員室で星之宮先生に鎌をかけてみたら見事にヒット。
二人にこの説明をすると由比ヶ浜は感心したような、雪ノ下は額に手を当てて呆れた表情をみせた。
「ほえ~。ヒッキーよく気付いたね」
「相変わらず捻くれたものの見方をするのね。まあ、今回はそれが役に立ったのだけれど」
雪ノ下は額から手を下げると真っ直ぐに俺を見る。
「他に気付いたことはあるかしら?」
「確信には至ってないけどな」
俺はそう前置きしてから話し始める。
俺達全員に10万円分のポイントが支給された。そしてそのポイントは毎月支給される。
······そんな事があり得るのだろうか?
俺が先生の話を聞いていて引っ掛かった点は3つ。
・学校内においてポイントで
・学校は
・10万ポイントはこの学校に入学を果たした価値と可能性に対する
一つ目はさっき説明した通り。加えてポイントが全て買い物に使われるのであれば、それだけでとんでもない予算が必要となる。なんせ40人のクラスが1学年あたり4つあるのだから。
もっと多様な使い方があって然るべきだろう。
二つ目は“学力”ではなく“実力”と表現したこと。他に根拠をあげるならば目の前の由比ヶ浜である。いくら俺達と受験勉強を頑張ったとはいえ由比ヶ浜の成績は決して優秀ではない(ここで由比ヶ浜から抗議の声があがるが程々に流した)。俺だって理系科目はお世辞にも良くない。学力以外の評価基準があると言われた方が納得だ。
そして三つ目。評価というものは上がりもするが下がる。もっと言えば評価を上げるのは難しく、得てして下げるのは簡単なのである。
先生は毎月1日にポイントが振り込まれるとは言ったが、
「過ぎた妄想かもしれないけどな。ただ一つ目が当たってた分、他も警戒度を上げとくべきだと思ってる。ちなみに顧問にかかるポイントは800万だとよ。今の俺達じゃどう足掻いても手が出せん」
俺が話し終えると雪ノ下は顎に指を添えて考えるような仕草を見せるが、由比ヶ浜は理解が追い付いていないようでポカンとしていた。
「なるほど。言葉遊びかも知れないけれど、確かにそうともとれるわね」
「え?どういう事?」
「由比ヶ浜さんが今知っておいた方が良いことは来月、付与されるポイントは減額されるかもしれないって事よ」
「えぇ!?どうしてっ!?」
雪ノ下の説明で一部理解の追い付いた由比ヶ浜が驚きの声を上げたので俺が答える。
「何が原因で減点食らうか分からんが、教育現場なんだから小テストはあるかもな。あとは正門を抜けてからあちこちにある異常な数の監視カメラが生徒の問題行動を監視してるんだろうよ」
俺が天井を見上げると、由比ヶ浜と雪ノ下も天井を見渡した。
「死角が無いわ。防犯にしては過剰ね」
雪ノ下は分かってるくせにそう口にする。
「教室も同じ様な感じだった。外にもカメラが並んでたぞ。俺達は常に誰かから監視されてるわけだ」
「うわっ、気持ち悪っ」
由比ヶ浜は寒気を感じたのか自分の身を両腕で抱き締めた。学校関係者に変態が潜んでいないことを祈るばかりだ。
「流石にトイレには無かったがな」
「当たり前だよっ!」
ここで雪ノ下が咳払いをする。
「話がだいぶ脱線したわね」
「置き石したのお前だけどな」
話を逸らせた張本人に指摘するが、雪ノ下は気にする様子もなく話を続けた。
「比企谷君の話については注意しましょう。申請用紙は今書ける所は書いたから二人とも名前を書いてちょうだい」
由比ヶ浜、俺と順番に申請用紙が回ってきて、それぞれ自身の名前を書く。
「申請用紙は私が預かっておくわ。それと、三人の連絡先を交換しましょう」
学校から支給された携帯の連絡先を交換した後、空になったサンドイッチとポテトのバスケットを返却口に返した。
俺達がカフェを後にする頃には先程まで俺達が使っていた席は既に別の生徒が座っていた。