試験は
襲いくる筋肉痛に鞭を打ちながら険しい道を歩くこと今日で六日目。一日三回、端末にキーカードを読み込ませて回る毎日を繰り返した。
無人島での研修を行っている企業は存在すると、初日にAクラスの先生は言っていたが、もしそんな会社に入ってしまった日には、研修翌日にバックレる自信しかない。
とはいえ、明日にはこの過酷な試験も終わり、あの豪華客船に戻ることができる。船にいる間は部屋に引きこもるという決意を俺は固めた。
「それじゃあみんな、試験もあと少しだけど、最後まで怪我しないよう気を付けよう!」
最後の夕食は一之瀬の爽やかな挨拶から始まった。
クラスメイトが騒いでいるのを遠巻きに眺めて食事を取っていた俺だったが、柴田に捕まり、騒ぎの中心へと引きずり込まれた。Bクラス全員が既に打ち上げムードで盛り上がっているが、俺にはまだあと二回のスポット巡回が残っているのだ。
昼過ぎから降りだした大雨は生い茂る樹木がそのほとんどを遮ってくれている。
飲み物は水で、食事も現地調達の最低限の調理。それでも、みんなこの非日常を楽しんでいた。クラスメイトと同じ空気を共有して出来上がるこの雰囲気こそが、青春の最高のスパイスと言わんばかりだ。
ーーまったく、何がそんなに楽しいんだか。
「比企谷も楽しんでるか?」
柴田が俺の肩に手を回す。
「お前らと違ってまだ仕事が残ってんだぞ。気が重いわ」
「また~、そんな顔して言っても説得力無いよ~」
小林のヤツが俺の顔を覗き込んで言った。
「どんな顔だよ」
「さ~。自分で鏡見たら~?」
「いや、鏡なんてどこにあんだよ••••••」
もし俺がスポット占有でポイントを稼いでいる裏でそんな贅沢品を買ってるやつがいたら、そいつの名前を絶対許さないノートに書き込んでやる。
「そっか。比企谷君はスポット占有があるもんね。収穫班はもう動かないし、私も一緒に行こうか?」
一之瀬がスポット占有の同行を申し出た。
「この雨で何か起こらんとも限らねぇし、お前はここで指揮をとっとけ」
他の者からも同行の提案があったが、俺はその全てに断りをいれた。
夕食が終わり、みんなが宴の余韻に浸っている頃、俺は荷物を纏めてスポットの占有へ向かう。空を見上げると雨は上がり、満月が浮かんでいた。
服は湿っているが、これからまた汚れるだろうし、着替えは戻ってからで良いか。
俺は少しだけ重たくなったジャージのまま歩き出した。
足元がぬかるんでいるものの、歩く分には問題ない。ヘッドライトの灯りを頼りに拠点を一つずつ回った。
最後のスポットを占有して一息吐く。
今日まで一日三回歩いた道ということもあり、スポット占有は順調に終えた。まだ一週間も経たないが、ある程度感覚頼りに歩けている部分もある。そんな慣れという油断が俺にはあった。
「••••••っ!?」
踵を返し、帰り道を少し歩いた時だった。俺の視界が激しく回り続け、身体中に鈍い痛みが走る。
視界の動きと全身の痛みが一段落した頃、俺は崖の下で倒れ込んでいた。視界の悪さや雨による足場のぬかるみ。複数の不幸が重なり、足を取られて滑落してしまったのだ。
滑落の衝撃でヘッドライトは壊れ、比喩無しに一寸先は闇の状態。しかも、落ちた際に右足を捻挫したようで、体勢を変えようとしただけで足首に痛みが走った。
同行者を全て断り一人で来たことが災いし、俺の現状を知る者は一人も居ない。 俺は身動きの取れないまま、一夜を明かすこととなった。
元より湿りを帯びていたジャージだが、滑落した際に水を吸った事で俺の体温を奪い、俺は季節外れの寒さに襲われた。
一睡もできぬまま夜が明け、空が白を帯だす。
体重を掛けようとする度に悲鳴を上げる右足の声を聞きながら、俺は拾った木の枝を杖にして滑落前に占有した拠点へと戻ってきた。
腕時計が壊れているせいで時間が分からなかったが、スポットの端末は残りの占有時間が少ないことを示しており、滑落から既に八時間近くが経っている事を俺は知ることができた。
俺は端末のすぐ近くに座り込む。
一晩、濡れた服で過ごしたからか風邪を引いたらしい。頭痛が拍動するように脳を叩く。全身が怠いし寒気もしてきた。これから更に熱が上がって体調は悪くなるのだろう。
俺は立ち上がり、占有状態の解除された端末にキーカードを読み込ませ、次の拠点に向かう。
歩いている内に体の重さはどんどん増し、気分が悪くなってきた。只でさえ覚束ない足取りに加え、右足はろくに機能していない。震える手で二つ目の拠点の端末にキーカードを読み込ませた時、一瞬の気の緩みから俺は地面に倒れ込んでしまった。
••••••ああ、もう意識を手放したい誘惑に駆られる。
小町、お兄ちゃんもう駄目かもしれない。
「比企谷っ、しっかりしろ!!」
誰かが倒れた俺の肩を叩いて呼び掛ける。重い瞼を上げると、そこには柴田の焦った顔があった。
「おいっ、比企谷が目を開けたぞ!」
他にも同行者がいるのだろう。柴田が俺以外の誰かに声を掛けた。
「大丈夫か?すぐ先生の所に連れてってやるから、しっかり捕まれ」
「っ!?」
柴田が俺の体を動かした際に右足が動いて電流が走る。肺の奥から競り上がった悲鳴を無理矢理飲み込む。
「どこか怪我してるのか?」
「••••••右足をやっちまってな」
「マジか。渡辺、こっち手伝ってくれ!」
俺は二人掛かりで柴田の背に乗った。
ふと、ここのスポットを占有したときに持っていたキーカードが無いことに気付く。
「なあ、その辺にキーカード落ちてないか?」
「キーカード?ってお前まさかっ」
柴田はスポットの端末を覗いた。そこには八時間を僅かに切った数字が並んでいる。俺が最後に刻んだ占有のカウントダウンだ。
「何やってんだよ、こんな状態でっ」
「柴田!今は早く比企谷を船で治療受けさせないと」
俺が背負われるのを手伝った渡辺が柴田の言葉を遮った。
「そうだった。みんな、行くぞ!」
柴田に背負われて移動する中、一気に気が抜けた俺は意思を手放すのだった。