結局、一之瀬とは教室に着くまで一緒だった。
早い時間にも関わらず、既に何人か教室の中にいた。二日目にして女子と二人で登校してきた俺に対し彼等から好奇の視線が浴びせられた。
居心地の悪さを感じながら俺は自分の席に座る。
鞄から本を取り出し、読みながら時折周囲に視線を向ける。まだショートホームルームまで余裕があるにも関わらず、次々と生徒が教室にやって来る。ギリギリに登校したり遅れてくる者はいない。よくもまあこんな優等生が集まったもんだ。
一之瀬は女子のグループに混ざって談笑しているが、クラスメイトが入ってくる度に顔を出入口へ向けて挨拶をしている。そんな一之瀬を皆が受け入れている様子から、そう遠くない未来に彼女がこのクラスの中心人物の一人になるであろうことが容易に想像できた。
「ねえ、みんな!クラスのグループチャット作らない?」
俺が本に目を落としている時に一之瀬が大きな声でみんなに呼び掛ける。
「良いんじゃないか?」
「賛成~」
特に反対意見もなく賛同の言葉があちこちから上がった。
「それじゃあ連絡先知ってる人には招待送るからみんな回してね!」
当然のごとく俺はこのクラスの誰とも連絡先を交換していない。むしろ俺の携帯に登録されているのは雪ノ下と由比ヶ浜の二人だけなのだ。
まあ、数分以内に返信しないといけないとか、既読スルー禁止など、チャットには様々な暗黙の了解が存在する。それを破れば最悪いじめを受ける事もあるとか。
そんな訳であえて自分からアピールすることも無い。グループに俺が居なかったところで気付く者などいないだろうからな。
そんな風に考えていたタイミングで教室に設置されたスピーカーからチャイムが流れた。
授業が全て終わり、今日の放課後も奉仕部で集まって会議をする事になっていた。
17時から部活の説明会があるようだが、自ら部活を立ち上げる俺達には関係ない。他に部員を募集するつもりもなかった。
閑話休題、まあ会議と言っても担任との交渉の結果を報告するくらいだろう。担任かぁ······。
俺は教卓で連絡事項などを話す星之宮先生について考えてみた。
正直あの担任は苦手だ。自分の容姿が優れており、それをどう使えば効果的かを理解している。ほんでもって本性はあの陽乃さんと同類ときたもんだ。昨日みたく俺がオモチャにされるのは目に見えている。
俺は携帯を取り出して奉仕部のグループチャットにメッセージを飛ばした。
比企谷八幡『顧問の件、そっちの担任はどうだった?』
メッセージを送って再び視線を上げると星之宮先生と目が合う。手元で何やらメモを取っているようだ。
しまったっ······もしや今ので減点されたか!?
携帯をしまって先生の話に集中する。今日は昨日と違い、含みを持った怪しげな言葉は特になく当たり障りのない話のみだった。
星之宮先生と目があってから数分してホームルームが終了する。携帯が震えメッセージの着信を知らせた。
由比ヶ浜 結衣『こっちは断られちゃったよ~~(泣)』
雪ノ下雪乃『私の方も既に他の部活の顧問をしているからと断られたわ』
由比ヶ浜に遅れて雪ノ下からも返事が来る。
由比ヶ浜結衣『そっか······ヒッキーはどうだった?』
まあ、そうなるわな。どっちかがOK貰っていれば俺は星之宮先生に声を掛けなくて済むと思ったのだが、二人共断られたのであれば仕方ない。
俺は重い腰を持ち上げると星之宮先生を追いかけた。
早足で歩くとすぐ先生に追い付く。
「星之宮先生」
俺は角を曲がったところで声を掛けた
「あら比企谷君。今日はどうしたの?」
「顧問の件でお話があるのですが······」
「ふーん。もしかして800万ポイント集まった?」
「いえ、流石に······。なので星之宮先生に顧問をお願いできないかと思いまして」
「そっか。うーん······」
星之宮先生はあざとく考える素振りを見せる。
「比企谷君次第では先行投資として顧問を受けてあげても良いわよ」
星之宮先生からは含みをもった答えが返ってきた。
「······何をすれば良いんすか?」
「君がどれだけ有能か証明してみせて。もう一度聞くわ。比企谷君はどこまで分かってるのかな?」
そう言った星之宮先生は目以外笑顔を張り付けている。
「あまり目立った事はしたくないんですけどね」
俺はそう前置きして昨日、雪ノ下と由比ヶ浜に話した事を星之宮先生にも話す。
「ま、飽くまでも仮説にすぎませんけど」
そう締め括った俺は星之宮先生の出方を窺う。
「······フフッ」
あれ?なんか笑われてる!?もしや俺の言ったことが検討違いだったとか?だとすればとんだ赤っ恥である。今この時が新たなる黒歴史の誕生の瞬間であるのならば今後のホームルームは全てボイコットする事となる。人の目がなければこの場で転がり悶えること必至だ。
だが、次の瞬間星之宮先生の右手が俺の肩に置かれた。いきなりパーソナルスペースを侵害された俺の肩が跳ねる。
「完全じゃないとはいえ二日目でそこまで気付いていれば十分ね······。良いわ、顧問になってあげる」
それはとてもありがたいのですが、そろそろ離れてもらえませんかね?そんな俺の願いとは裏腹に俺が後ろに下がった分だけ先生は距離を詰めてくる。
こういうのほんと心臓に悪いんで勘弁願いたい。ちなみに胸の拍動が速くなっているのは先生に詰め寄られている恐怖と焦りからであって、良い香りが鼻腔をくすぐるとか綺麗な顔にすぐ近くから見つめられているからとか、そういった邪念からくるものでは決してない。
そうこうしているうちに俺の背中が壁にぶつかった。ヤバいっ、追い詰められた!?
しかし、星之宮先生はひとしきり俺をからかって満足したのかおかしそうに笑いながら離れていく。
「これからの君の活躍に期待してるぞ。上を目指して頑張りたまえ」
俺は乱れた心と脈拍を落ち着かせる為、煩悩を払う事に努めた。こんな時は目を閉じて愛しのマイシスターを思い浮かべる。
小町が一人、小町が二人、小町が三人、小町が四人、小町が五人······。
ああ。天使の格好をした小町が天から降りてくる。小町、お兄ちゃんも疲れたんだ······何だかとっても眠いんだ······。
「おーい、比企谷君?」
······はっ!?
目を開くと俺の顔を覗き込む星之宮先生が居た。危ない······某一人と一匹よろしく小町に天国へ連れていかれるところだった。それはそうと、本当あざといな、この人。
「創部の申請用紙を書いたら私のとこに持ってきてね。だいたい職員室か保健室に居るから。何か質問はある?」
「あー······でしたら別件の質問なんですけど。さっき俺もしかして減点されてました?」
「どうだろうね?でも先生が話してる時にああいうのは感心しないよ」
「······すいません」
先生の言う通りなので素直に謝っておく。
用事が済んだ俺は星之宮先生が職員室へ向かうのを見送った。携帯を取りだして奉仕部のグループチャットにメッセージを送る。
比企谷八幡『こっちでOKもらったわ。詳しくは後で話す』
荷物を持ってきていなかったので教室へ向かって歩きだした。最初の角を曲ると誰かとぶつかりそうになる。
「っと······あ、一之瀬?」
ぶつかりそうになったのは一之瀬だった。ここにいるってことは一之瀬も星之宮先生に用事か?
「すまん。それじゃあ」
俺は一言謝るとこの場を去ろうとする。
「待って。比企谷君まだクラスのグループチャットに参加してないでしょ?」
まさかその為に俺を追いかけてきたのだろうか?
「ああ。クラスじゃ誰とも連絡先交換してないからな」
「もうっ、それならそうと言ってよね!私が招待するから比企谷君の連絡先教えて」
「お、おう」
叱られるように言われ、半ば反射的に相づちを打った。
連絡先の交換が済むと一之瀬からグループチャットに招待された事が通知される。
参加を了承する前に何となく連絡帳を開いてみた。一番上には一之瀬の名前があり、由比ヶ浜、雪ノ下と続く。何と俺の携帯に登録されている連絡先は女子のみ。しかもこの学校においては当然の事ながら家族の名前は一つも無いのだ。
もしもこれが昔の俺であったならモテ期がきたのだと盛大に勘違いをして黒歴史をまた一つや二つ生み出していただろう。
「わざわざ悪いな」
「ううん。やっぱこういうのは皆が居た方がいいし。ところでさっき先生と話してた減点ってなんの事?」
どうやら先生との会話を聞かれていたらしい。ただ、一之瀬の聞き方からして聞かれたのは最後だけだと思われる。
「さっきのホームルームで携帯をいじってたら先生が俺を見ながらメモとっててな。何かチェックされたんじゃないかと思って聞いてみたんだ」
星之宮先生の言ってた“完全じゃない”が何を指しているか分からない以上、不確定な情報を伝えることもないだろう。間違っていた時に“名探偵を演じようとして的外れな推理をした痛い奴”というレッテルを貼られかねないからな。
「気にしすぎじゃないかな?でも先生の話はちゃんと聞かないとダメだよ」
一之瀬にも窘められ、俺はばつが悪くなり頬を掻いた。
「ところで比企谷君は部活の説明会は行くの?」
話題は17時からの部活説明会に移る。
「いや、俺はもう部活決めてるから」
「そうなんだ。何の部活?」
「あー······奉仕部ってとこ」
一之瀬は奉仕部の名を聞いて頭上に疑問符を浮かべていた。