入学から一週間程が経過した。
星之宮先生が顧問を引き受けてくれたお陰で無事に奉仕部が立ち上がった。
活動場所は特別棟の一室が与えられ、俺達は放課後になるとそこに集まるのだ。
特別棟は本校舎と違い廊下に空調が無いのだが、こちらはまだ何の実績のない部員もたった三人の部活だ。贅沢は言ってられない。それに教室にはちゃんとエアコンが備え付けられており、電源を入れれば快適に過ごすことができる。
それに、今はまだ春光うららかな4月。窓を開ければ心地のよい風が流れ、そんな空気に晒されれば心も自然と穏やかになるというもんだ。
「ほんっとっ男子あり得ないんだけど!!!」
だが、そんな春の陽気でも由比ヶ浜の怒りを静めるには至らなかった。
何でも今朝、由比ヶ浜が登校すると彼女のクラスの男子が教室の片隅で集まっていたそうな。彼等は女子から隠れることなく大きな声で“クラスで一番の巨乳は誰か”で盛り上がっていた。
というのも、こんな時期にも関わらず体育の授業が水泳だったのだ。しかも男女が同じ場所で行われるときた。
通常、中等教育以降の体育は男女別で行われる。水泳部にでも入らない限りは学校で異性の水着姿を目にするのはリア充くらいなもんだろう。そんな隠匿された装いを拝めるとあって、彼等の中学校生活三年間で蓄積された熱いパトスは
ちなみに、漫画やアニメでスク水女子が出てくるとすぐに有害コンテンツ扱いする輩がいるが、そいつらの理屈で言うならば現実に数多のスク水女子がいる教育現場はさぞかし有害な施設なのであろう(暴論)。
閑話休題、当然の事ながら男子の話題は女子にとって愉快なものな訳がなく、それは目の前の由比ヶ浜も例外ではない。もし由比ヶ浜が雪ノ下のように慎ましやかな体つきであったのならまだ良かったのだが、彼女の胸部装甲はなかなかに厚い。故に、男の夢が詰まった二峰の果実について語り合っていた男子達から由比ヶ浜の名が上がるのは必然だった。
女子の多くは当然、嫌悪感を示す。実際にDクラスの女子の多くは水着姿になる事を拒否し授業を見学する選択をした。
由比ヶ浜も便乗して見学者に紛れれば良かったのだろうが、そこは根は真面目な由比ヶ浜。水着姿でプールサイドに現れ、自身の曲線美を男子達の前に晒したのだった。
見学した女子の分まで男子の視線を集めたと思われる由比ヶ浜のストレスは計り知れない。男の俺に理解は出来なくとも同情はしよう。
そう······ここに一人男が居るわけですよ由比ヶ浜さん。あなたがそんな話をするもんだから、さっきから俺の本能が万乳引力に従って俺の視線を誘導しようとしているんですよ。その手の話題は雪ノ下と二人きりの時にして欲しい。
「やっほー。調子はどう?」
突然、出入口の扉が開かれ星之宮先生が中に入ってきた。
いつも俺をいじって遊んでいる厄介な存在ではあるが、上手く話を逸らしてくれれば、今日に限っては俺の助けとなってくれるかもしれない。
「星之宮先生、入る時はノックをお願いしたはずですが」
中学時代、雪ノ下と平塚先生が繰り返したこのやり取り。同じものを雪ノ下はここでも星之宮先生と行っていた。
「はーい」
先生は返事をしたものの、その言葉からは反省の意が感じられない。雪ノ下も同様に感じたのか小さく溜め息を吐いた。
「で、どうなの?依頼はきたのかしら」
「今の所はまだ。掲示板で告知はしましたが反応はありませんね」
本校舎から離れた特別棟という立地からか、依頼どころかまず人通りがほぼ無い状態だ。まあ、代わりに冷やかしに来る連中もいないので活動場所に不満は無い。
そもそも総武時代も多くの相談者が来たかと言えばそんな事はなく、雪ノ下が入れてくれた紅茶を飲みながら読書に勤しんでいることも多かった。
「先生は何かご用でしょうか?」
星之宮先生は普段は部活に顔を出すことは無い。先生曰く用があれば声を掛けてとの事だ。
「顧問として流石に放っぽりぱなしは不味いからね。たまには様子を見に来ないと······それはそうと比企谷君、明日の体育はいよいよ女子と合同の水泳ね!やっぱ比企谷君も誰か目を付けてたり?」
おい、何言ってくれちゃってるのこの人!!?
「やっぱり本命は一之瀬さんかな?あ、でもサイズなら安藤さんも負けてないわよ。白波さんは童顔とのギャップがセールスポイントね」
望んでもいないのに先生からクラスの女子の情報が次々ともたらされる。
「先生、ここでそういった発言は控えていただけますか?」
雪ノ下は不快感を隠すこと無く先生に言った。由比ヶ浜もムスッとして俺を見る。いや何でだよ······。
「雪ノ下さんは硬いね~。ま、この位にしておくわ。顧問として受け持つ生徒に嫌われたくはないしね」
先生は雪ノ下と由比ヶ浜の肩を寄せ、二人の耳元に口元を近づけた。
(Bクラスには良い子がたくさんいるから、のんびりしてると比企谷君とられちゃうわよ)
『······っ!!?』
先生が俺には聞こえないよう耳打ちをすると二人の肩が跳ねる。そんな反応に満足したのか、先生は俺の所に戻ってきた。
「比企谷君って第一印象で損してるけど、一緒にいるとだんだん良さが分かってくるタイプよね」
「何すか突然······」
「何だろうね~」
適当にはぐらかした先生は出入口へ向かう。
「私の方でも紹介できそうな相談者がいれば連れてくるね」
本校舎のものよりも大きな扉の開閉音をたたせ、この場を後にした。
この部屋を十数秒ほど静寂が支配してから由比ヶ浜は恨めしそうな視線をこちらに向ける。
「······ヒッキー嫌らしい顔してる」
「いや俺に当たらないでくれる?」
翌日の体育で俺は星之宮先生の言葉が頭をちらついて、女子の方へ視線を向けることが出来なかった。
ただ、一瞬だけ視界の中に入り込んだ一之瀬は······何がとは言わないが凄かったとだけここに書き記しておく。