オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです 作:F.C.F.
【投票結果】
適応訓練:芝
すっかり馴染みとなった芝のコース。
そこに、サナリモリブデンと同時にもう1人ウマ娘の姿があった。
ハーフアップの青毛をなびかせて走る小柄な少女、ペンギンアルバムである。
併走トレーニングだ。
これはウマ娘の闘争本能を引き出し、勝負根性を養うために行われる事が多い。
が、今日のこれはそれが目的ではない。
「…………」
隣を走るペンギンアルバムの脚運びをサナリモリブデンは注視する。
関節の使い方、つま先から駆け上る筋肉の躍動、地を蹴りぬいた後の回転。
それらを目に焼き付けるように。
つまり、芝に適した走法の手本としてだ。
ペンギンアルバムの芝に対する適性はこの世代ではトップクラス。
1月に行われた選抜レースでは「まるでものが違う」と評されさえしたそれを至近で見て学べる事は、サナリモリブデンにとって大変な幸運だろう。
先日のダイエットへの協力、その意外な見返りだった。
特に。
「よっし、そろそろいくよー!」
直線に向いた瞬間、炸裂したと錯覚するほどの強烈な末脚。
それまで抑えに抑えてきた力が解き放たれ一瞬でカタルシスに上り詰める衝撃の一閃。
同じウマ娘として嫉妬と羨望を覚えるほどの鋭さを目にできた事は得難い経験だったと言えるだろう。
今のサナリモリブデンは、それをただ見送るだけしかできない。
飛ぶようにゴールへと走り去る背はたちまちに離れていく。
模倣など論外で、猿真似さえおぼつかない。
(……なるほど)
それでも理解できた部分はある。
ほんのわずか、足首のバネの使い方、爪先での跳ね方に小さなヒントをサナリモリブデンは得た。
(こうすればよかったのか)
それ単体では理解が及ばず、これまで重ねた訓練の経験と合わせてようやく気付けた走法の齟齬を修正する。
何故今まで出来なかったのかが分からないほどスムーズにそれは為され、遥か背を追う速度がぐんと上がった。
もちろん、それでも足りない。
まだ未熟で無駄は多く、同世代の上位層には2段3段の差をつけられている。
しかし確かに今、サナリモリブデンは一歩先の領域に進んだのだった。
【トレーニング判定】
結果:成功
「今日はお疲れ様でした、サナリさん。ふふ、長かったですがようやくひとつ掴めましたね」
トレーニングが終わり、ペンギンアルバムは担当トレーナーに連れられて去っていった。
それを見送ってからトレーナー室に向かい、郷谷とサナリモリブデンは軽いミーティングを行う。
「うん。懐かしい感覚」
確かめるように言った郷谷に、間違いないとサナリモリブデンが返す。
「距離を伸ばした時と同じ。急にやり方が分かるようになるアレが来た。次からは間違わずにやれると思う」
「えぇ、えぇ。見ていてもハッキリわかりました。完璧に走り方が切り替わってます」
サナリモリブデンは満足げで、郷谷も喜びを露わにする。
時間をかけた苦労が報われ目に見える成果を得られたのだ。
喜ぶのは当然の事。
郷谷などは今にも鼻歌が飛び出しそうな表情だった。
「さて、これでなんとかメイクデビューでの勝ちの目も見えてきましたよ」
そして続けて語る。
今のサナリモリブデンならば、選抜レースの時のような事にはならない。
あの時はレースを走っていながら勝負の土俵にさえ上がれないような状態だったが、次は真っ向から勝負という形になるはずだと。
「とはいえ、簡単な勝負にはなりません。サナリさんはこの3ヶ月を適応訓練に費やしました。その間、他の子は純粋に能力を鍛えてきています。この差は小さくないでしょう」
郷谷は腕を組み、眉間に皺を寄せる。
なんとも悩まし気な様子だ。
「さらには芝に慣れたと言っても、ようやく平均かそれよりやや下といったところです。……悩みどころですねぇ。まだもう少し芝の適性を伸ばすか。それとも基礎能力を重視して置いていかれた分を少しでも取り戻すか」
「ん……勝ちの目が大きいのは?」
「そうですねぇ……」
サナリモリブデンの疑問に、郷谷はホワイトボードの前に立った。
そしてキュキュキュと絵図を描き上げる。
「まずメイクデビュー。この時点での勝率だけを考えるなら基礎能力を鍛えるべきでしょう」
ウマ娘のデビュー戦の時期は決まっている。
6月だ。*1
それまでに費やせるトレーニングは5月の分だけしかなく、これで芝適性を次の段階に上げるのは間に合わない。
ならば当然メイクデビューでの勝利を目指すならば基礎を鍛えた方が良い。
「ですがその先、メイクデビューの後の事を考えるなら、現状の訓練を続ける事にも意味が出てきます」
対する次のプランは芝訓練の継続だ。
こちらの利点はメイクデビュー後の立ち上がりが早くなる事だ。
サナリモリブデンがあと1段階適性を上げる事が出来れば、芝だからと不利を得る事はなくなる。
そうなればレースで勝利を手にする可能性はぐんと上がるだろう。
もちろん、その分基礎能力の積み上げが後回しになり、メイクデビューは厳しい戦いになるが。
「……ただ、残る芝への習熟は実戦に丸投げするという手もあります。ん-、本当に悩ましいところなんですよー、ここ」
そして最後に、適性は最低限度確保できた現状で一旦忘れて実戦で培うというプランだ。
芝への慣れはこれまでトレーニングで育ててきたが、それが最も鍛えられるのは実際のレースである。
特に勝利や上位入賞を達成できたような上手く走れたレースでは訓練よりも実入りが多い。
なのでもう適応訓練は行わずにひたすら能力を上げ、適性は長い目で見てしまうのだ。
手近な勝率ではなく、最終的な育成効率を考えるならこちらも捨てがたい手になる。
結局その場で結論は出る事なく、決定は翌日に持ち越された。
サナリモリブデンと郷谷は部屋を出て別れ、それぞれの寝床へと戻っていく。
【トレーニング結果】
成長:スピード+10/パワー+10
経験:芝経験+3
スピ:102 → 112
スタ:95
パワ:109 → 119
根性:126
賢さ:116
芝:E → D(1/10)
【ランダムイベント生成】
イベントキーワード:「コルク」「横顔」「セキュリティ」
パシャリ。
サナリモリブデンの勉強への集中を断ち切ったのは、そんな軽い電子音だった。
「っ?」
反射的に背がはねた。
芦毛の中から突き立つウマ耳がピクンと震え、音の出処へサッと向く。
「……え、なに?」
「んへへ、ごめんごめーん☆ サナリンが無防備だったからつい」
とはいえ犯人は分かり切っていた。
ここは寮。
サナリモリブデンの自室である。
となれば何かをやらかしたのは同室のペンギンアルバムの他にない。
で、何をしたかと言うと簡単だ。
手に構えている小さなデジタルカメラが全てを物語っている。
「サナリンってさー、横顔綺麗だよね。ポニーテールのシルエットも好きだなー」
「ん……そう? ありがとう」
動機もしっかり語られた。
セキュリティなど意識さえしていない勉強中の姿をただ撮りたかっただけらしい。
集中の邪魔をされた形となったサナリモリブデンだが、抗議の声はない。
彼女としても綺麗と言われて嫌な気分はないのだ。
そもそもイタズラとしても可愛らしいものであり、別段怒る必要も感じていないというのもある。
そこでサナリモリブデンはペンを置いた。
ちょうど区切りの良いところだったらしい。
文字を追って疲れた眉間を揉んでから教科書とノートを閉じ、復習を終わりとする。
「でも、顔が綺麗なのはアルの方だと思うけど」
「おっ? えへへ、そうかなー」
「うん。特に目が。大きくて綺麗。覗きこまれるとちょっとドッキリする」
「やだもー! 褒められたら照れちゃうじゃーん!」
言いつつ、手をパタパタと振るペンギンアルバム。
その仕草自体はちょっとおばさんくさかったが、身長140cmの彼女がやると愛らしさが勝る。
なんとも可愛らしい様子だった。
「……ところで、さっきの貼るの?」
と、ペンギンアルバムの機嫌を良くしたところでサナリモリブデンが口を開いた。
声色はちょっと低めに。
おそるおそる、といった印象だ。
「ん-……だめ?」
「できれば」
「ちぇー」
サナリモリブデンの要望を受け、ペンギンアルバムは残念そうに承諾した。
そしてしょんぼりした目で壁を見る。
「せっかくここにちょうどいいのが撮れたと思ったのになー」
そこには大き目のコルクボードがかけられている。
ペンギンアルバムの趣味で、ピンで止められた写真が何枚も飾ってあるのだ。
寮生活初日に撮った、サナリモリブデンとペンギンアルバムの顔が並ぶ記念写真。
意気投合したクラスメイト達とのファーストフード店でのひと時の記録。
家族にでも撮ってもらったのか、おろしたてらしい制服姿でピースをする本人。
彼女のトレーナーを写した物もある。
人物だけでなく、雨上がりの虹、花壇にやってきた丸くてふさふさのハチ、美味しそうな山盛りパフェまでも。
そういった色々だ。
ただ、その中央には何も貼られていない。
ちょうど写真1枚分、すっぽりとスペースが空いているのだ。
「真ん中っ! って感じの写真はなかなか撮れないんだよー? ほんとにだめ?」
「できれば」
「ん~~~ダメかぁ」
いわく、こだわりらしい。
ど真ん中にはど真ん中として格が求められるとペンギンアルバムは言う。
「私の横顔がそんなに真ん中っぽいの?」
「うん! 正確にはねぇ、横顔がっていうよりサナリン自体がかな」
そういうものなのだろうか、とサナリモリブデン。
そうなんだよ、とペンギンアルバム。
両手の人差し指と親指を組み合わせて四角を作り、覗き込んでうんうんと小柄な青毛が頷く。
「うーん、やっぱり真ん中。サナリンってそういう素質あると思うよ」
「よくわからないかな」
「本人はそうなのかも。やっぱりこういうのって外から見てこそだかんね」
ペンギンアルバムの言は抽象的で要領を得ず、結局サナリモリブデンには理解がかなわない。
とりあえずそういうものらしいとだけ納得しておく事とした。
ともかく、無防備な横顔がコルクボード中央に鎮座する事態は防がれた。
サナリモリブデンとて人並みに羞恥心はある。
日常的に目にする箇所に自分の顔が、明らかな特別扱いを受けて飾り立てられるというのは避けたいのが正直な気持ちだった。
「じゃ、残念だけど諦めるかー。……仕方ない。そろそろ寂しいし暫定で真ん中に近いの貼っとこ」
幸いにしてペンギンアルバムがどうしてもと食い下がる事はなかった。
代わりの候補、といっても彼女にとって格は一段下がるらしいが「真ん中っぽさ」が多めだという写真が何枚か広げられる。
水族館の水槽を泳ぐ魚の群れ。
肉と肉と肉とチーズにまみれたピザ。
塀の上で丸くなりつつも警戒に耳を伏せる猫。
どこかの店先に展示された骨董品の大きなカメラ。
サナリモリブデンは釣られるように覗き込んで、反応に困った。
これらと並んで自分が「真ん中っぽい」という評価に首を傾げる。
「ねーねーサナリン。サナリンだったらどれ真ん中にする?」
などと聞かれても難しい話だが、サナリモリブデンは4枚の写真を眺め比べて考え込んだ。
真ん中に飾るべき写真
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魚の群れ
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肉とチーズのピザ
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狸寝入りの猫
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骨董品のカメラ