オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです 作:F.C.F.
「あ」
「ん」
と。
そんな声が互いに漏れるほどにバッタリと2人は出くわした。
場所は学園の購買付近、自販機前。
2人とは、サナリモリブデンと。
「……や。先週ぶりだね」
「うん、こんにちは。……先使う?」
曖昧な笑みを浮かべて手を挙げた癖毛のウマ娘、チューターサポートだ。
メイクデビューのウイニングライブでマッキラを挟んでバックダンサーを務めた仲である。
特に急ぎでもないサナリモリブデンは一歩横にずれて譲った。
対するチューターサポートは少しだけ躊躇した様子を見せたが、じゃあお言葉に甘えてと財布を取り出す。
走り込みでもしてきた後なのか、彼女は汗をかいている。
飲み物にありつきたい気持ちはサナリモリブデンよりもよほど強かったのだろう。
そうして、なんとなくその場で一緒にペットボトルを傾ける。
レースとライブ以外で繋がりのない相手ではあるが、共に歌って踊ったのにそのまま別れるのも気まずい。
チューターサポートの顔にはそんな言葉が綺麗に分かりやすく書かれていた。
「あの、さ」
「ん?」
だからかチューターサポートが口を開く。
おずおずと探るようにだ。
あの雨のレースの中、サナリモリブデンの隣で見せていた余裕はどこにもない。
「その、すごい走りだったよね」
その言葉にサナリモリブデンは思い出す。
まさしく、すごい走りという表現がぴったりの光景をだ。
序盤からゴールまで、ただただ全力で前へ前へと突き進み続けたあの背中。
どれほど手を伸ばしても指先さえかけられないと確信させられたあの距離。
レースから一週間以上が経った今でもサナリモリブデンは忘れられていない。
まさに今朝もあの日の夢を見て目覚め、無意識にシーツを握りしめていた手をほぐすのに苦労したほどだ。
「うん。すごかった、マッキラ。しばらく忘れられそうにない」
なのでサナリモリブデンは素直に同意した。
またもにじみ出した悔しさで眉が歪むのを意識して抑えながら。
が、チューターサポートは一瞬だけキョトンとしてから、そうではないと否定する。
「ごめん、そっちじゃなくてさ。えっと、サナリって呼んでいい? ありがと。すごかったのはサナリの方もだよ」
「……私?」
「うん。隣で走っててちょっと怖かった。あ、ぁ、変な意味じゃなくてさ。そのくらい気迫がすごかったって話」
チューターサポートはどうやら細かい性格なのか。
サナリモリブデンは気にした様子もないというのに慌てて訂正し、それから続ける。
「えっと、それでさ。……あの時、何を思って走ってたの?」
「勝ちたいって。それだけ」
「……勝てるって思った? あの差を追いつけるって?」
「まさか。勝ちたいとはいつも思ってるけど、勝てると思って走った事はないよ」
そこまで聞いて、チューターサポートはまた曖昧に笑った。
ひどく自虐的な笑みだ。
自身を見つめるサナリモリブデンの目から逃げるように視線を落とし、呟く。
「そっか……はは、私と逆だなぁ。……私、勝ちたいと思って走った事がなかったんだよね」
ペットボトルに口をつける仕草もどこか卑屈だった。
背を丸めて、何かから隠れるようにミネラルウォーターをあおっている。
「チョーシ乗ってたんだよねぇ! 地元じゃ負けなし、学園に来てからも模擬レースでも選抜レースでもずっと1着で、私に勝てないレースなんてないと思ってたんだぁ」
あーぁ、と天に向かってため息を吐く。
「期待の注目株ってあちこちで言われてさ。勝てて当たり前。勝ちたいなんて言葉使うのは三流とか、思いあがった事考えてた。……やんなるなぁ。恥ずかしくて死んじゃいそう」
そこでチューターサポートの声は止まった。
ほんの少し荒くなった息を整えるように、数度の呼吸を挟む。
「……や、なんていうかごめんね。いきなりこんな事聞かされても困るよね。別に仲良いわけじゃないのにさ。っていうかほとんど初対面同然だし」
チューターサポートはそうして、その場を去ろうとする。
とぼとぼと、明らかに疲労だけが原因ではない頼りない歩き方でだ。
「……ねぇ」
「ん?」
「次はいつ走るの?」
その背中にサナリモリブデンは問いかけた。
次走の時期を尋ねるに、チューターサポートは目を丸くした。
「……次?」
「うん、次。未勝利戦。走るんでしょ?」
「え、ぁ、いや……」
そして癖毛の下の顔をうつむかせる。
言葉はもごもごと口の中で転がるだけで形にならない。
だがサナリモリブデンは急かさなかった。
チューターサポートが顔を上げるまでを、ただじっと待つ。
「…………私、走れると思う? 次のレースに出て、ちゃんと勝ちたいって思えるのかな」
それを、サナリモリブデンは不思議な疑問だと感じた。
何しろどう考えても自明であったので。
「それ」
なのでそのまま指摘する。
サナリモリブデンはピッと指差した。
チューターサポートが手に持つ、今買ったばかりのミネラルウォーターをだ。
「自主トレ。勝ちたいって思ってない人はそんな事しないと思う」
「───」
サナリモリブデンは知っている。
トレーニング中のドリンクは個々の体質に合わせてトレーナーが用意するのが一般的だ。
トレーナーの指導の下で走っている間に自動販売機にウマ娘が立寄る事はない。
なので、汗をかいてここに来た時点でチューターサポートが何をしていたかは簡単にわかる。
ひとり走っていたのだろう。
あの日の悔しさを、サナリモリブデンと同じように忘れられずに。
「……そっか。私、勝ちたいのかなぁ」
「うん。そう見える」
「そっかぁ……はは、やだなぁ。わっかりやすいやつ。また恥ずかしいや」
その言葉が、どこかにストンと落ちたのだろう。
チューターサポートは笑みを浮かべた。
今度は卑屈でも曖昧でもない。
それから、ミネラルウォーターを大きくあおる。
喉を鳴らして全て飲み干して、ぐしゃりと潰してゴミ箱に放り込んだ。
「勝ちたい。……勝ちたい。うん。言葉にしたらそうだったんだなってわかってきた」
「ん。その意気」
「へへ、ありがと。よっし、メイクデビューの借りは早いうちに返してやんないとね。さっさと勝ってあいつに追いつかなきゃ」
チューターサポートは明るい声で言った。
それは今はまだ空元気に近いかも知れない。
だが本当に晴れるまではそうかからないだろうとは、サナリモリブデンにもわかるものだった。
さて、所かわってトレーナー室。
1年目にして早くも慣れ親しんできた感のあるホワイトボード前だ。
その前で伝家の宝刀マジックインキを抜くのはもちろんサナリモリブデンのトレーナー、郷谷である。
「ではこれからのお話です。サナリさんがこれから挑むのは未勝利戦というレースになるわけですが……」
言いながら、郷谷はホワイトボードに図を描く。
ジュニア級の夏、秋、冬、クラシック級の一年、シニア級の一年を簡略化したものだ。
「この未勝利戦というのは、クラシックの9月が最後です」
その中の、クラシック秋以降にバッサリとバツをつける。
「そこまでに一度も勝利できなかった場合……残念ながら、そこでサナリさんが出走できる中央のレースはなくなります」
それにサナリモリブデンは神妙に頷く。
レースには出走するための条件というものがある。
勝利をどれだけ重ね、URAが用意した基準である評価点*1をどれだけ積んだかでウマ娘はクラス分けされているのだ。
そして、未勝利、評価点ゼロの状態で出られるレースはクラシック級の9月以降には存在しない。*2
そうなれば中央で走る道はもうなくなる。
つまりは引退を余儀なくされるのだ。
競走の世界にまだ身を置きたいと願うなら、地方に籍を移すか障害に転向するという手もあるにはあるが。
「なのでなんとしても勝ちましょう」
「うん。勝つ。次は絶対に」
「はい、良い返事ですね。ふふ、サナリさんの士気の高さはやはり素晴らしいものがあります。こちらも指導のし甲斐がありますね」
説明が続く。
この未勝利戦は毎月、あちこちで開催される。
サナリモリブデンはいつどこでどの距離を走るかを自由に決める事ができる。
ただし長距離の未勝利戦はクラシック級の7月以降にしか行われないが、他の距離も十分得意なサナリモリブデンにはさほど関係のない事だ。
「では早速、次はいつ走るかを決めてしまいましょう」
というわけで、サナリモリブデンと郷谷はカレンダーをめくりながら話し合う。
様々なレースに挑み実績と経験を積むには、もちろん未勝利を早めに脱出できた方が良い。
だが勝利を焦る余り、トレーニング不足で勝機の薄いまま走って敗北しては本末転倒だ。
トレーニングを長期間しっかり重ねてから万全で挑むか、それとも上を目指して短期で挑むか。
2人の相談はそこから少しばかり長く続いた。
次走の時期
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ジュニア級 7月
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ジュニア級 8月
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ジュニア級 9月
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ジュニア級 10月
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ジュニア級 11月
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ジュニア級 12月
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クラシック級 1月
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クラシック級 2月
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クラシック級 3月
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クラシック級 4月
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クラシック級 5月
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クラシック級 6月
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クラシック級 7月
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クラシック級 8月
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クラシック級 9月