オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです   作:F.C.F.

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ジュニア級 2月 固定イベント/トレーナー

 

【固定イベント/トレーナーとのミーティング】

 

ほとんど白に近い灰色のショートポニーをなびかせてターフの上を1人のウマ娘が駆ける。

サナリモリブデンだ。

未だ掴み切れない芝の感触に悪戦苦闘しながらも、一歩一歩を地面に刻み込んでゴールを目指す。

ホームストレート、第1第2コーナー、向正面。

そしてさらに2つのカーブを超えて再びのホームストレート。

長距離、2500メートルの試走だった。

 

「……なんというか、平たいですねぇ」

 

それを終え、脚を緩めてクールダウンにつとめるサナリモリブデンを迎えた女性が苦笑しながら口を開いた。

 

「貴女の能力は概ね把握できましたけど、なんとも器用な脚ですね。短距離から長距離、逃げから追い込みまで、やろうと思えばなんでもできるなんて子は初めて見ましたよ? まぁ私もまだペーペーなので、実は居るところには居るのかも知れませんが」

 

サナリモリブデンと契約を交わした新人トレーナー、郷谷である。

あいも変わらずラフな服装。

ざっくりした茶色のウルフカットから覗く左のヒトミミには4つのピアスが並んでいる。

やはり一見してトレーナーとは到底思えないいでたちだ。

かろうじて胸元に留められているトレーナーバッジが無ければ部外者としてつまみ出される可能性もありそうだと、サナリモリブデンも思わなくもない。

 

「ん。武器になりますか?」

 

それはともかくと、サナリモリブデンはトレーナーの外見事情を脇に置いた。

見た目のことなどどうでもいい。

重要なのは郷谷が自身の性能を把握し勝利のために最適化させてくれるという事実のみだと、サナリモリブデンは正しく認識していた。

 

「こらこらサナリさん。また敬語になってますよ。私のモチベーションのためにも崩してもらわないと困ります。教育実習の先生がタメ口のちゃん付けで呼ばれる事あるでしょう? 私、あれに憧れてるので」

 

「……うん。訂正する。私のこれ、武器になるかな」

 

「グッド! で、返答ですが、上等な武器ですよ。あらゆるレース展開に対応できるというのは大きな強みです。立派なアドバンテージと言っていいでしょう。使いこなすにはまだ体が追い付いていませんけどね」

 

郷谷の返答に、サナリモリブデンは安堵の息を吐く。

 

「そう。良かった。そういう風に鍛えたのが無駄にならなかったのは正直に嬉しい」

 

「……ん?」

 

だが、それに対して郷谷は首をひねった。

サナリモリブデンが少々おかしなことを口にしたためである。

 

「んー? 気のせいですかね? 今サナリさん、距離適性を作り替えたーみたいな意味のことを言いませんでした?」

 

「言ったけど」

 

「んんんー?」

 

郷谷の首の角度がさらに増す。

 

「確認ですけど、どうやってです?」

 

「どうって、毎日ヘトヘトになるまで走った。最初は短距離から初めて、1000でスタミナ使い切る感覚を覚えたら200ずつ増やしていっただけ。何年もかかったし、3000まで伸ばせたのは小学校卒業ギリギリだったけど。脚質も同じような感じで」

 

「はーん、さては頭おかしいんですねサナリさん?」

 

「とても心外」

 

「じゃあ聞きますけど本格化が始まる兆候すらない小学生の段階でそんな無茶して、体は辛くありませんでした?」

 

「とてもつらかった。最初のうちは脚が痛くて寝れない日も結構あったし」

 

「そりゃそうです。脚を壊してもおかしくないですよ。なんで続けられたんです?」

 

「走るって決めたんだから、走らない方がおかしいと思う」

 

「サナリさん」

 

「うん」

 

「貴女は頭おかしいですので覚えておいて下さい」

 

「……とても心外だけど、了解」

 

郷谷はそこで一度天を仰いだ。

彼女がサナリモリブデンにスカウトしたのは、その鋼のごとき心の硬さに惚れ込んでのことだ。

だがそれはどうやら事前の想定よりもさらに上を行っていたらしい。

 

「今後はそんな無茶はしないように。自主練をしたい時は必ずメニューと目的を私に教えてください。それと、痛みがある時はどんなに小さなものでも報告をお願いしますね」

 

「ん、わかった。必ず守る」

 

サナリモリブデンが従順なウマ娘だったことは幸運だろう。

もしトレーナーの目を盗んででもトレーニングを重ねたいというタイプだったなら、それこそ24時間体制の監視が求められていたところだ。

端的に言って、小学生の時分にそこまで自らに義務を課せる者を放置すれば何をしでかすかわかったものではない。

自分の監督外で無茶をされ、ある日突然故障の報告を受ける……などという事態はあらゆるトレーナーにとっての悪夢だろう。

一言指示しただけでそこを抑制できる素直さは率直にサナリモリブデンの美点である。

 

 

 

「しかしそうなると、ちょっと考えないといけませんね」

 

ただ、郷谷にとってはまた別の問題も見えていた。

 

「なにかあった?」

 

「ええ、サナリさんの最大の課題、バ場への適応です。小学生時代を毎日休まず走り続けても感覚が掴み切れないとなると、普通の方法だと無理かも知れません。少し情報を集める時間をもらえますか。貴女の脚に合う手法がないか、論文や先輩を当たってみますので」

 

サナリモリブデンの脚は、芝にもダートにも適性を欠いている。

適応できていないのだ。

ターフを噛んで爆発力を生むはずの蹄鉄は草土の柔らかさに絡め取られて力を失い、速度の大半をロスしてしまう。

現状ではレースでの勝ち負けなど夢のまた夢でしかない状況だ。

 

なので今の2人にとって最大の課題はいかにレース場の芝や砂に脚を慣れさせるかという点となる。

だが郷谷の言うように、数年間を走り続けて無理というなら何か根本に問題がある可能性が高い。

それこそサナリモリブデン専用にチューニングされた、特別なトレーニングを行う必要性に行き着くのは自然なことだった。

 

だが。

 

「あぁ、それは違うから大丈夫。学園に入るまで殆どコースを走ったことなかったから、慣れてないだけ。最近はちょっとずつわかってきてるし、普通のやり方で問題ないと思う」

 

「……ん?」

 

郷谷トレーナー、本日2度目の首の角度だった。

彼女の抱いた懸念と心配は、サナリモリブデン本人から否定された。

当人曰く、もうしばらくトレーニングを積めば適応できる気配があるという。

 

そこは問題ない。

郷谷が疑問だったのは、学園入学までコースを走った事がないなどという発言だ。

しかし彼女は先に、距離適性を伸ばすために毎日走っていたと言っている。

 

それらを噛み合わせた末に行き着いた結論に、郷谷はたらりと冷や汗を垂らした。

 

「芝ではなくダートを走っていた……ってわけでもないですよねぇ? サナリさん、砂にはもっと慣れてませんもんねぇ?」

 

「うん。芝もダートもなかったから。それなりに大きい街中の生まれだから自然はなかったし、家にレーストラックがあるような環境でも育ってない。学校のグラウンドも野球部が毎日使っててダメだった」

 

「ははは、なるほどー? ははははは」

 

サナリモリブデンが一言喋る度に、郷谷の中に嫌な予感が降り積もる。

 

大体答えは予想できた。

出来れば聞きたくない。

でも聞かなければならない。

思考を1段階進めるごとにため息を1つ吐いて、それから核心を尋ねる。

 

「…………サナリさん。毎日、どこを走ってました?」

 

「公道」

 

「シンプルにバカ! トレーナー命令です! トレーニングの予定は一旦全部中止! 病院行って脚の精密検査しますよ!」

 

23歳新人トレーナー、郷谷静流。

人生最大級の怒声であった。

 

 


 

【イベント成長】

 

≪System≫

このイベントの成長内容は固定されています。

メタ的に言うならば、アプリ版における「継承」の代わりです。

 

成長:All+15

獲得:スキルポイント/120

 


 

 

「ははは、すごいですねぇ。すごいんですけど納得いきませんねぇ。アスファルトの上を毎日毎日全力で走って6年間? これで一切異常なしってどういうことなんですかね。もしかして骨の代わりに鉄筋でも埋め込んでるんですか?」

 

病院からの帰り道。

自動車の運転席でハンドルを握る郷谷はニコニコと笑いながら言った。

ただ、それはあくまで表面上のことだ。

額には青筋が浮かび、心労からかいた汗で髪型もわずかに乱れている。

専属契約からたったの1週間であわや挑戦終了かという事態が発生、というより発覚したのだから当然といったところ。

 

「私の家系、体がすごく丈夫なんだってお母さんが……」

 

「ははははは、なるほど。お母さんにも是非伝えてあげて下さい。丈夫なんて次元じゃなくて超合金製みたいですよってね」

 

「…………あの」

 

「はい」

 

「ごめんなさい」

 

しゅんとした様子でサナリモリブデンは頭を下げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

落ち着きなく耳を動かし、所在なさげに尾を自分の脚に巻きつけている。

どことなくしょぼくれた犬を思わせる様子に、叱られる事には慣れていないようだと郷谷は理解した。

人の言うことを良く聞く大人しい子であるからそれも当然か、とも。

ただし常識はないようだが。

 

「よろしい。ランニング程度ならともかく、公道で全力トレーニングとかいう無茶苦茶はしないでくださいね。今走れているのは奇跡だと思うべきです。はー……全く、肝が冷えました」

 

だが言わなければ仕方ない。

アスファルトは硬く、ウマ娘の力を全力で叩き付けた時に跳ね返る衝撃は芝やダートの比ではない。

それを毎日、何年も未成熟な体に受け続けていたとなれば体にどんな歪みがあってもおかしくないのだ。

続ければ続けるだけ容赦なく競技人生を削っていく暴挙と言っていい。

郷谷が今口にした通り、何の異常も見つからなかったのはまさに奇跡である。

 

(とはいえ、なんの悪影響もなかったわけではなさそうですね。サナリさんがやってきた事に対して、明らかに筋肉の量が少なすぎる。ハードすぎる自主トレーニングが成長を著しく阻害したってところでしょう)

 

その奇跡の代償にも思い至るが、口にはしない。

いかにサナリモリブデンといえど、6年間を注いだ努力がかえって枷になっていた可能性を聞かされては何かしら思うところはあるだろう。

精神面のタフさを考えればそれで脚を緩めるとは考えにくいが、メンタルにマイナスの影響を与えかねない事をあえて知らせる必要もない。

既にもうしないと約束させた以上、自分の指示で適切なトレーニングを重ねさせればそれで良い、というのが郷谷の判断だった。

 

「ま、小言はここまでにして前を見ましょう。芝に適応出来ていない理由がハッキリしたのはプラスです。……アスファルトに慣れ切っていたら、そりゃあターフは戸惑いますよねぇ」

 

「うん。柔らかすぎて上手く蹴れないし、草の中に爪先が沈むのも最初はちょっと怖かった」

 

「ははぁ、芝からダートに転向しようとしてる子の感想に近いですね。そういう事なら確かに普通の方法で良さそうです。安心してください。ウェズンのサブトレだった時にちょうどそこの経験は積んでおきましたから」

 

郷谷とサナリモリブデンは一転前向きな言葉を交わし合いながら学園へ戻る道を進む。

これから6月のメイクデビューに向けて何を積み上げるか、休息と息抜きの重要性、レースと関わりない趣味がもたらす意外な好影響。

郷谷が教え込むように語り、サナリモリブデンは興味深げな雰囲気で聞き役に徹する。

 

そうしてしばし車を走らせるうちに、踏切に差し掛かった。

電車が来るタイミングだったらしく遮断機が降り、郷谷は当たり前にブレーキを踏む。

ちょうどそこで話題の切れ目となり、十数秒の沈黙が流れた後に、郷谷は口に開いた。

 

「んー、普通はもっと親しくなってから聞くべきなんですが」

 

口元を苦笑の形にして続ける。

 

「サナリさんの場合はどうやら先に聞いた方が良さそうです。……まだ幼い子供の時分から、そこまで体を痛めつけられたのは何故ですか?」

 

「決めたから。私はトゥインクルを走るって」

 

「決意の理由は?」

 

うるさく音を鳴らす遮断機から目を外し、郷谷はサナリモリブデンの目を見つめる。

 

「貴女はどうしてトゥインクルを走るんです?」

 

その問いに対する答えを、サナリモリブデンは……。

 


 

【ウマソウル判定】

 

≪System≫

心の深い部分に関する判定にはウマソウルを用います。

1〜100のランダムな数値がウマソウルの値以下だった場合、成功になります。

 

参照:ウマソウル/94

 

結果:4(成功)

 


 

明確に持ち合わせていた。

 

ターフに賭ける渇望。

走る理由。

己の魂の輪郭。

運命とも呼ぶべき衝動を、彼女はこの上なく確かな形で理解している。

 

それを舌に乗せるべく、サナリモリブデンは郷谷を見つめ返した。

 

「私の、走る理由は─── 」

 

 


 

≪System≫

読者の投票により展開が分岐します。

参加希望の方は本文下部のアンケートより投票を行って下さい。

投票〆切は作者が続きを書く気になったタイミングです。

 

サナリモリブデンの走る理由は

  • 己の限界に辿り着くため
  • 遥か憧れの背を追って
  • 輝かしい勝利を求めて
  • 生きる糧を得るために
  • 家門の誇りのために
  • 生きた証を残すべく
  • 理由は存在しない

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