オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです 作:F.C.F.
【投票結果】
白百合ステークス
5月、白百合ステークス。
それがサナリモリブデンの希望だった。
「……本当に、それでいいんですね?」
それを聞いた郷谷は聞き返す。
レースの条件が条件だったためだ。
京都レース場、1800メートルのマイル戦。
奇しくも先日競走中止となったきさらぎ賞と同じである。
重賞とオープンレースの違いはあるが、通常ならば忌避してもおかしくはない。
「うん。これでいい。……これがいい」
だが、サナリモリブデンは強く頷いた。
じっと郷谷を見つめる瞳にも確かな意志が宿っている。
「あのレースを忘れるわけにはいかない。このままにはしておけない。この悔しさと一緒に、もう一度あそこを走りたい」
「…………」
数瞬の間。
その後で、郷谷は。
「く、ふふ、本当に、サナリさんはサナリさんですねぇ」
たまらないという風に笑いを漏らした。
一週間の休養を経て戻ってきた鋼の少女がいかにもらしすぎて我慢が効かなかったらしい。
「えぇ、わかりました。その気持ちを尊重しましょう。登録と、5月までのトレーニングスケジュールは任せてください」
「ん、頼りにしてる」
話し合いはそれで終わった。
出走登録は問題なく行われ、サナリモリブデンの予定が確定する。
今日はそこまで。
翌日からのトレーニングに備え、2人はトレーナー室を後にして、休養の最後の夜をそれぞれ過ごす。
【閑話/郷谷静流は背負わない】
かきぃん。
と、快音が響いた。
機械から射出された白球が強かにバットで打たれ、遠く飛んでいった音だ。
ボールは山なりの放物線を描いて飛び、緑色のネットに当たって落ちる。
「うむ、ホームラン」
それを眺めて自己採点するのは、ざっくりしたウルフカットの髪型をした女性だった。
サナリモリブデンの専属トレーナー、郷谷静流である。
公的な場に出る時以外は年中似たような装いの彼女は今日も今日とてパーカーにジーンズといった姿だ。
左耳に4つもピアスが並び、社会人らしい雰囲気は微塵もない。
24歳という若さと合わせ、大学生と見られるのが彼女の常だ。
そんな郷谷はかっ飛ばした打球にうんうんと頷くと、再びバッターボックスで構えを取る。
少しの間を置いて、ピッチングマシーンから勢いよくボールが飛び出した。
速度の設定は時速140㎞。
素人では捉えるのは少々骨なそれを。
「ほいっと!」
かきぃん。
と、再びの快音を立てて郷谷は軽々打ち返した。
ボールは高く高く飛び、左方へと流れていく。
「うーん……これはファールですかねぇ」
打てるだけでも大したものなのだが本人は満足いく打席ではなかったようだ。
眉間に皺を寄せて唇を尖らせ、失敗と判定する。
今にもBOOと声を漏らしそうな顔でバットをくるくる回して息を吐く。
だがすぐに、ならば次だと構えを取った。
飛び出す白球。
振られるバット。
かきぃん。
「うむ、ホームラン」
今回は再び満足の一打のようである。
さて。
郷谷が何をしているかといえば、バッティングセンターでの遊戯だ。
より詳細に言えば、ストレス解消である。
2月、きさらぎ賞。
その最中に起きた出来事は郷谷に多大な負荷を与えた。
彼女にとって初めての専属担当。
しかも素直で従順、やる気に満ちていて教えた事は次々に吸収する。
その上に涼やかな顔をしておいて愛らしさもたっぷりと来れば、トレーナーという人種が溺愛しないわけもない。
当然郷谷も例にもれず、サナリモリブデンというウマ娘は他の何より特別な存在となっていた。
そんな愛バを襲った故障である。
サナリモリブデンが急激な失速を見せた瞬間には、心臓の中身が全て氷にでも変わったような錯覚を郷谷は覚えた。
続いて倒れるようにターフに座り込んだ時に悲鳴を上げて気絶しなかったのは奇跡に近かった。
あるいは、自身のショックよりもサナリモリブデンの救護を脳が優先したためかもしれない。
病院に運ばれ、検査を受け、その結果が知らされるまで。
郷谷は泣き叫んでそこら中に当たり散らしたいほどに内心を荒れ狂わせていたものだ。
もちろん実行には移していない。
彼女にはトレーナーとして振る舞う義務があったためだ。
落ち込むサナリモリブデンの手を握り励まし続ける郷谷に、悲痛な表情を浮かべる権利も泣き言を漏らす権利もなかった。
それは、当の本人であるサナリモリブデンだけに許された行為である。
そうして、そこを過ぎた後でもまた試練が待っていた。
次から次に湧き出す自責だ。
サナリモリブデンの過剰な入れ込みに、何故気付けなかったのか。
愛バの介助に努める一週間の中で、郷谷が己にそう問わない夜は一日としてなかった。
ベッドに入ってもろくに眠れない。
音を立てないように起き出してはきさらぎ賞の動画を何度も再生する。
そんな日々である。
必然的に濃くなり続ける隈を化粧で隠すのは大変だったと、介助最後の夜に郷谷はしみじみ思ったものだった。
かきぃん。
と、快音は鳴り続ける。
「んふふ、いいですねぇ。段々ノってきましたよ」
その度に、郷谷の心は少しずつ軽くなっていく。
バットを振るう適度な運動は心地よく、飛んでいく白球は爽快だった。
郷谷静流という女性は、自分がどういう人格かを熟知している人間だ。
悲しい事は苦手で、苦しい事は嫌い。
難しい事を考え続けるのは余りしたくなくて、辛い事は誰にも起こってほしくはない。
血反吐を吐いて目標へ進むより、カラカラ笑って走っていられる方が良い。
だからこそ、そう生きるためにはどうすべきかを知っている。
とにかく溜め込まない。
己の身を軽くしてしまう事だ。
それはそれ、これはこれと、心に棚を作る術に彼女は長けている。
何故サナリモリブデンの不調に気付けなかった。
これまでの快走に目がくらんで見誤ったからだ。
よし、原因がわかったから次からは気を付けよう。
それで、キッチリとスイッチを切り替えられるのが郷谷なのである。
反省し対策した。
ならばそれ以上引きずっては損しかないと切り上げて、悪い方へ考えを進めないように出来る女だ。
それは郷谷自身の心を守るためでもあるし。
何より。
「よっ、と!」
かきぃん。
白球が飛ぶ度に、郷谷の心は軽くなる。
淀みが消えて思考の流れが整い、一人の弱った人間から一人の頼れるトレーナーへと戻っていく。
少なくとも、そうであると郷谷は信じていた。
正直なところ、郷谷はサナリモリブデンを理解できていない。
2人が出会ってすぐの頃、郷谷は自分は死んだら忘れられたいタイプだと語った。
それはまさしく郷谷の本音である。
死んだ後、誰かが自分を想ってさめざめ泣く様を想像すると彼女はなにやら胃の腑が重くなるような感覚を覚えるのだ。
だから郷谷にはサナリモリブデンがわからない。
生きた証を刻み込むという言葉の意味は分かっても、そこに込められた想いの嵩までは量りきれない。
まして、そのためにサナリモリブデンが重ねてきた努力の数々は全く意味不明だった。
だが。
理解できないからこそ、郷谷はサナリモリブデンを支えている。
郷谷静流という女性は、悲しい事は苦手で、苦しい事を嫌っている。
難しい事を考え続けるのは余りしたくなくて、辛い事は誰にも起こってほしくはない。
血反吐を吐いて目標へ進むなんて頼まれてもやりたくはない。
だからこそ、それらに平然と耐えて見せる者の尊さを知っている。
軽く、軽く、風でも吹けば飛びそうな自分自身と比較して。
理解さえ拒みたくなる重荷を背負う者を、率直にすごいなぁと尊敬し、報われてほしいと願える人間が郷谷だった。
かきぃんと、ボールが飛んでいく。
都合、50球。
空振りなし。
見ていた者が居れば思わず拍手を禁じ得ない好成績を残して、郷谷は遊戯を終えた。
心の澱はもう無い。
明日から再び始まるトレーニングの日々に向け意気揚々と施設を後にする背は、しっかりとトレーナーらしい姿になっている。
報われるべき人が報われるように。
そしてその助けを、自分がわずかでも担えるように。
郷谷は自身の荷を下ろし、重荷を負う者の隣を歩む日常に帰っていった。
【ランダムイベント生成】
イベントキーワード:「蟻地獄」「ゾンビ」「接客業」
「映画?」
「そう、映画」
サナリモリブデンの端的な問いに、同じく端的な答えが返された。
場所は教室。
会話の相手は癖毛が特徴的なウマ娘だった。
チューターサポート。
彼女は手に持ったチケットらしきものをぴらぴらと揺らしながら言う。
「優待券もらったんだよね。2枚あるから、折角だしどうかなと思って」
それは彼女の言通りのものだった。
学園から電車に揺られること15分ほどの所にある、小さな映画館のチケットだった。
タダとまではいかないものの、75%OFFで好きな映画を選んで見られる優待券である。
サナリモリブデンとしては特に断る理由もない。
チューターサポートとはそれなりに親しくしている。
休日を共に過ごすのは良い息抜きになるだろう。
映画を見終わった後に少しばかり街をぶらついてみる選択も悪くないと、誘いを受ける。
「ん……うん。土曜日でよければ」
「土曜ならこっちも都合が合うよ。じゃあ決まりだ」
それに、チューターサポートも喜んだ。
にんまりと笑みを浮かべ、隣の席から椅子を引っ張ってきて座る。
「へへ、助かっちゃったな。なにせこの映画館って一人で行っても楽しくなさそうでさ」
そして、サナリモリブデンの机の上に数枚のパンフレットを並べる。
『20XX年 砂漠化した日本に───ヤツら、上陸!』
ビル群を飲み込む砂漠。
そこから顔を出す、大きなアゴを持った毛だらけの(そして明らかにゴム製の被り物っぽい質感の)巨大な虫……おそらくアリジゴク。
アリジゴクはアゴで人間を捕まえて引き裂こうとしているようで、銃器で武装した屈強な男がそれに立ち向かおうとする姿が描かれている。
なお、舞台は日本のはずだが銃器はバカでかいマシンガンであり、男はどう見ても筋肉ムキムキマッチョマンの白人である。
『ごめんなさいトレーナー。私……ゾンビになっちゃった!』
表紙に立つのは一人のウマ娘だ。
灰色の髪に灰色の肌、煽り文句の通り恐らくはゾンビなのだろう。
しかし悲壮感らしいものはなく、頭を抱えて叫ぶ姿はどこかコメディチック。
パンフレットをひっくり返して裏を見てみれば、レース場のど真ん中で、半ばで千切れた(そして明らかに作り物めいた雑な出来の)腕を見つめて数人がギャグ調の驚き方を見せている。
『この俺の前では誰一人、腹が減ったなんて言わせねぇ!』
鮮やかなゴテゴテしいパンフレットの中で、一人の男が振るう中華鍋からチャーハンの米粒が飛び上がる。
その量は優に10キロはあるのではないかという程。
背景の厨房には他に大量のステーキを焼く鉄板やピザを焼き上げている窯が並ぶ。
どうやら飲食店の一角のようで、ちらりと見える客席には無数の(そして明らかに合成とわかる同じ顔が沢山含まれた)ウマ娘達がよだれを垂らして待機していた。
「どう? 聞いた事ある映画、ひとつでもあった?」
「なにこれ知らない」
パンフレットを確かめ終えたサナリモリブデンは困惑した。
どれも全く聞き覚えのない映画だった。
そして例外なく明らかに映像がしょぼく、作りが雑で、脚本もアレに思える。
「この映画館、B級専門らしいんだよね」
「びーきゅう」
彼女は映画にさほど詳しいわけではないが、そういったものの存在は耳にしたことがあった。
低予算かつ短期間で撮影された、ちょっとアレな映画群の総称だ。
一般的にはクオリティも相応に低く見るに堪えないもの……と、されている。
オウム返しをしながら、サナリモリブデンはなるほどと頷く。
確かに内容に期待できない映画を一人で見るのは辛い時間だろう。
巻き添えを求めたチューターサポートの行動も理解できる。
「で、改めて聞くけど、本当に行く? 今ならやっぱやめたって言ってもいいけど」
「ん、行く。興味はなくもない」
「誘っておいてなんだけど本気? 本気っぽいなぁ……」
そして理解した上で改めて誘いに応じた。
これまで触れたことがない。
だからちょっと触れてみたい。
その程度の軽い好奇心からの事だが、ともかくサナリモリブデンの休日の予定は決まった。
本当に付き合ってもらえるとは思ってなかった、などとこぼすチューターサポートと共に、パンフレットの中から一枚を選ぶ。
見る映画は?
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