オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです 作:F.C.F.
そうして、時間は過ぎた。
夏合宿の最終日。
まとめた荷物の入ったキャリーケースを引いたサナリモリブデンは合宿所に振り向く。
良く手入れのされた汚れのほとんど見当たらない白亜の壁がそこにある。
その様がそのまま、学園がウマ娘をどう扱おうとしているかを表しているように思えて、サナリモリブデンの心は少し暖かくなった。
建物自体に一度頭を下げて、ゆっくりと歩き出す。
祭りの夜に仲間たちと花火を楽しんだ広場を抜けて、過酷なクイズに挑んだ浜の横を通り、懸命に泳いだ海と目指した島を眺めていく。
「……」
ほう、とため息を一つ。
意味や意図があっての事ではない。
ただ単に湧きあがった感情の多さで体の中がいっぱいになり、吐息としてあふれただけだった。
とても楽しい2ヶ月だったと、サナリモリブデンは回想した。
彼女にとっては何もかもが初めての事だった。
これほど多くの友人に囲まれて過ごす日々も。
これほど多くの楽しさに包まれて流れた時間も。
本当にこんなに面白おかしく過ごして良いのかと幾度か考えたほどに。
だが、その正しさは今の彼女自身の体が証明していた。
五体にみなぎる力は合宿前の比ではない。
わずか2ヶ月。
たったそれだけの集中的なトレーニングで、サナリモリブデンは別人のように力をつけていた。
(きっと)
生涯忘れられない記憶になるだろうと、サナリモリブデンは思った。
この合宿は一生の宝物だと。
サナリモリブデンはその思いを噛み締めながら歩みを進める。
日常に帰る時間が迫っていた。
夢見るような夏の思い出を糧として、彼女は再びレースに挑んでいく。
【閑話/不要】
ざばり、と。
海から上がる少女の姿があった。
本島から出発して沖を泳ぎ切り、無人の島に到着したウマ娘だ。
彼女は浅瀬を歩み、砂浜に辿り着いて座り込む。
呼吸は荒い。
背は震え、肩は激しく上下していた。
水中でも冷やし切れなかった体は高熱を持ち、ゆらゆらと湯気を立てている。
そこに寄り添う仲間は居ない。
少女はたった一人で俯き、体を休めている。
当然、会話などあるわけもない。
呼吸音だけが響く時間が過ぎる。
浜に言葉が生じたのは、沖合いに停泊したクルーザーから発ったボートが辿り着いてからだった。
「……マッキラ」
そう少女の名前を呼んだのは陰気な雰囲気の男だった。
年の頃はまだ20代の後半といったところ。
だがその若さに反して、彼からは瑞々しい活力は感じられない。
むしろ今にも枯れ落ちそうな印象を持つ人物だ。
名前を呼ばれたウマ娘、マッキラはゆらりと顔を向けた。
栗色の髪は流れず、水分を含んで顔に張り付いている。
「トレーナーさん。次のメニューはなんですか?」
そんな彼女は”次”を要求した。
既に満身創痍。
数時間の遠泳をこなし、極度の疲労に苛まれながらだ。
それでもまだ足りないと暗い光の宿る瞳で男、自身のトレーナーを見つめる。
「……次はない。君は休むべきだ」
「どうしてですか?」
だが、当然トレーナーがそれを許可するわけがない。
マッキラがいかに実力あるウマ娘であろうとこれ以上は限度を超えている。
だからと男は休息を告げたが、マッキラは食らいつくように問い返した。
「……これ以上は効果がない。むしろマイナスが増えるばかりだ。肉体を追い詰めるにも限度がある」
男は理路整然と言葉を返す。
トレーニングは過剰に過ぎれば効果が失われる。
鍛えるどころか故障を引き起こし、マッキラの競走寿命を削るだけに終わると。
「嘘です。何かあるでしょう? この状態でもやれるトレーニングは何かあるはずです。やらせてください」
それをマッキラは信じない。
俯いていた体を起こし、すがるように男を問い詰める。
「やらないといけないんです。分かるでしょうトレーナーさん? 私、負けたくない。もう負けたくないんです……!」
「君が負けるなど、ありえるものか」
まるで子供が泣くように言い募ったマッキラに、男は冷静に言った。
マッキラの肩に手を乗せて、落ち着かせるようにゆっくりと言葉を投げる。
「最強の証明はもうしただろう? クラシック級での安田記念制覇。これに勝る偉業はそうあるものではないよ」
「そんなもの!」
だが、マッキラには届かない。
髪を振り乱して叫ぶ彼女は、誰が見ても歴史的な勝者とは信じられないだろう。
「そんなもの何の意味があるんですか! あのレースには、あの子達は居なかったのに……!」
「スレーインとクラースナヤは居た。レース史に名前を刻むだろう名バたちだ。彼女らに勝って、まだ足りないか?」
「足りるわけないでしょう……!?」
頭を振り、狂乱するようにマッキラは叫ぶ。
「聞こえるんです! 追ってきてる! あの子達が、すぐそこまで!」
「落ち着くんだ。それは君の気のせいだ。君は負けない。もう誰にもだ」
「違う。違います……。だって、ほら……」
そこで彼女は両手を広げてみせた。
その指先は小刻みに震えている。
「こんなに寒い。ずっと震えてるんですよ……?」
「マッキラ、休もう。……頼む。君は休むべきなんだ。これ以上は競走人生に関わる。いや、それどころか───」
「それでもいいです。やらせてください。今脚を止めるくらいなら、」
死んだほうがマシだと。
恐怖に歪んだ声によって、男の説得は今日もまた失敗に終わった。
男は目を伏せ、唇を噛んだ。
道は閉ざされている。
このままマッキラを行かせれば彼女の脚は壊れるだろう。
だが無理に止めれば心が砕けて散る。
どちらを選んだところで、マッキラという少女は終わりを迎える事になる。
「…………今できるトレーニングはひとつだけある。疲れ切った頭でならちょうどいい。座学を詰め込もうか」
「あ、は。やっぱり嘘だった。あるんじゃないですか、やれること……」
だから男に出来る事はひとつだけだ。
袋小路の中でぐるぐると回り続けて時間を稼ぐ以外に手立てはない。
わずかにでもマッキラの負担が少ない道を選び、男は少女の目をそらす。
……しかしそれも無限には続けられない。
命を削って力に替えるような日々は、先日ついに1年を数えた。
とうに限界は超えている。
騙し騙しここまで保たせてきたのだ。
結局は先延ばしに過ぎず、破綻はもう間近に見えている。
(タイムリミットは、近いな)
抜け出せない泥濘の中で、男はそれでも冷徹に刻限を見定める。
11月。
マイルチャンピオンシップ。
(すまない、マッキラ。どうやら俺では君を助けられない)
そこでなお、病巣を切除できないならば。
男は彼女の心を砕く選択に手を伸ばすと、そう決めた。
命が失われるよりはマシだ、などと言い訳を吐く気は男にはない。
自身の無能が招いた事だと男は己だけを責める。
燦燦と、無慈悲に照り付ける陽光の下。
辛く、苦しいだけの、血を吐くような夏合宿が始まろうとしていた。
【クラシック級 8月】
UHB賞(OP) 夏/札幌/芝/1200m(短距離)/右
朱鷺ステークス(OP) 夏/新潟/芝/1400m(短距離)/左内
関越ステークス(OP) 夏/新潟/芝/1800m(マイル)/左外
小倉日経オープン(OP) 夏/小倉/芝/1800m(マイル)/右
札幌日経オープン(OP) 夏/札幌/芝/2600m(長距離)/右
北九州記念(G3) 夏/小倉/芝/1200m(短距離)/右
キーンランドカップ(G3) 夏/札幌/芝/1200m(短距離)/右
関屋記念(G3) 夏/新潟/芝/1600m(マイル)/左外/チューターサポート
小倉記念(G3) 夏/小倉/芝/2000m(中距離)/右
札幌記念(G2) 夏/札幌/芝/2000m(中距離)/右
【クラシック級 9月】
ポートアイランドS(OP) 秋/阪神/芝/1600m(マイル)/右外
丹頂ステークス(OP) 夏/札幌/芝/2600m(長距離)/右
京成杯オータムハンデ(G3) 夏/中山/芝/1600m(マイル)/右外
新潟記念(G3) 夏/新潟/芝/2000m(中距離)/左外
セントウルステークス(G2) 夏/阪神/芝/1200m(短距離)/右内
神戸新聞杯(G2) 秋/阪神/芝/2400m(中距離)/右外/ペンギンアルバム
オールカマー(G2) 秋/中山/芝/2200m(中距離)/右外
セントライト記念(G2) 秋/中山/芝/2200m(中距離)/右外/ジュエルルビー、アクアガイザー
スプリンターズステークス(G1)秋/中山/芝/1200m(短距離)/右外/ソーラーレイ、他2名
【クラシック級 10月】
ルミエールオータムダッシュ(OP)秋/新潟/芝/1000m(短距離)/直線
オパールステークス(OP) 秋/京都/芝/1200m(短距離)/右内
信越ステークス(OP) 秋/新潟/芝/1400m(短距離)/左内
カシオペアステークス(OP) 秋/京都/芝/1800m(マイル)/右外
オクトーバーステークス(OP) 秋/東京/芝/2000m(中距離)/左
スワンステークス(G2) 秋/京都/芝/1400m(短距離)/右外
毎日王冠(G2) 秋/東京/芝/1800m(マイル)/左/マッキラ、チューターサポート
富士ステークス(G2) 秋/東京/芝/1600m(マイル)/左
京都大賞典(G2) 秋/京都/芝/2400m(中距離)/右外
天皇賞秋(G1) 秋/東京/芝/2000m(中距離)/左/クラースナヤ
菊花賞(G1) 秋/京都/芝/3000m(長距離)/右外/ペンギンアルバム、他2名
【クラシック級 11月】
オーロカップ(OP) 秋/東京/芝/1400m(短距離)/左
キャピタルステークス(OP) 秋/東京/芝/1600m(マイル)/左
アンドロメダステークス(OP) 秋/京都/芝/2000m(中距離)/右内
京阪杯(G3) 秋/京都/芝/1200m(短距離)/右内/ソーラーレイ
福島記念(G3) 秋/福島/芝/2000m(中距離)/右
アルゼンチン共和国杯(G2) 秋/東京/芝/2500m(長距離)/左
マイルチャンピオンシップ(G1) 秋/京都/芝/1600m(マイル)/右外/マッキラ、チューターサポート
ジャパンカップ(G1) 秋/東京/芝/2400m(中距離)/左/スレーイン、ジュエルルビー
合宿所からの帰りの飛行機の中。
サナリモリブデンはいつものように郷谷のタブレットを借りていた。
表示されるのはお馴染みのレース一覧である。
来月8月から秋の終わりまでの4ヶ月分を、サナリモリブデンはゆったりとしたビジネスクラスのシートに身を預けて眺める。
手元には果汁100%のジュース。
リラックスした態勢だ。
「サナリさんはこの夏で随分と伸びましたから、次走は悩み所ですねぇ」
隣に座る郷谷ももちろん一緒だ。
ともに画面を見つめて小声で意見を交わす。
「客観的に見て、今の私はどのくらい?」
「順当に実力を発揮しきれたとするなら、G2まではまず勝ち負けになるでしょう。相当なミスをしない限り掲示板を外すことはないかと思います」
「そんなに」
郷谷の言に、サナリモリブデンはまじまじと自分の脚を見る。
2ヶ月で鍛え上げられたという自負はある。
だがそこまでとは思っていなかったのか。
芦毛の下の目をきょとんとさせていた。
「そんなにです。特に今は調子も上向いていますから。これなら───」
郷谷はタブレットをタップする。
表示が切り替わる。
スプリンターズステークス、天皇賞秋、菊花賞、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップ。
レースを志す者なら聞き覚えのない者はいない大舞台の名がずらりと並んだ。
「G1にだって送り出せます。厳しい戦いになる事は避けられませんが、わずかながら勝利の目も見えてきました」
郷谷の言葉には熱がこもっていた。
偽りや楽観ではなく、確かな勝算を見て彼女は語る。
「それもフロックや展開の妙などではなく、サナリさん自身の力で勝利をもぎ取れる可能性が、です」
それに、サナリモリブデンの肌が震える。
歓喜によってだ。
彼女が走る理由は、己の存在を決して褪せない記憶として人々の中に刻む事だ。
そのためには必要なものは数多いだろうが、中でも必須と言えるものはこれだろう。
G1への出走。
そして勝利だ。
その機が2年目、クラシック級にて訪れた事にサナリモリブデンは渦を巻く感情を止められない。
だが同時に、渦に飲まれることもない。
興奮に乱れようとする呼吸を、彼女は数秒をかけて落ち着けた。
かかっていては判断に誤りが生まれる。
今、確かに彼女はG1で勝利する可能性を掴んではいる。
だが、だからと即座に伸ばす手に焦燥が含まれてはいないだろうか。
今はまだ経験を積み、鍛錬を重ねる方が先決ではないか。
そういう意見も彼女の中からは湧きあがってくる。
冷静に、冷徹に。
サナリモリブデンは自身の力と未来を見据え、次走を選択する。
■ サナリモリブデン
【ステータス】
スピ:432
スタ:365
パワ:354
根性:441
賢さ:366
【適性】
芝:B(2/30)
ダ:F(0/10)
短距離:B(1/30)
マイル:B(25/30)
中距離:B(0/30)
長距離:B(0/30)
逃げ:A(11/50)
先行:B(0/30)
差し:A(15/50)
追込:C(0/20)
【スキル】
領域の萌芽 (名称・効果不定。勝敗を分ける局面で奮い立つ)
冬ウマ娘◎ (冬のレースとトレーニングが得意になる)
冷静 (かかりにくさが上がり、かかった時に少し落ち着きやすくなる)
集中力 (スタートが得意になり、出遅れる時間がわずかに少なくなる)
弧線のプロフェッサー(コーナーを容易に曲がれるようになる。また、コーナーで少し速度が上がる)
【コンディション】
絶好調/次のレース時、能力がすごく上がる状態。レースが終わると解消される。
次走選択
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UHB賞(OP)
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朱鷺ステークス(OP)
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関越ステークス(OP)
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小倉日経オープン(OP)
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札幌日経オープン(OP)
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北九州記念(G3)
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キーンランドカップ(G3)
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関屋記念(G3)
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小倉記念(G3)
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札幌記念(G2)
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ポートアイランドS(OP)
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丹頂ステークス(OP)
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京成杯オータムハンデ(G3)
-
新潟記念(G3)
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セントウルステークス(G2)
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神戸新聞杯(G2)
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オールカマー(G2)
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セントライト記念(G2)
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スプリンターズステークス(G1)
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この期間はトレーニングに専念する