オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです   作:F.C.F.

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大変遅くなりました。
かなり長いレース(ここまでの全話:約360000文字/今話:約30000文字)になってしまったので時間のある時にどうぞ。

また、感想での要望に応えて、今後は匿名を解除して活動報告で次話進捗状況を報告するようにします。




クラシック級 10月 毎日王冠

【投票結果】

 

差し

 


 

 

 

 

 

「作戦は以上。シンプルだね。何か質問はあるかい、チューター?」

 

静かな控室の中。

まだ年若く見える男性、チューターサポートのトレーナーが顔を上げる。

 

「ないよ。いつも通りだしね」

 

対してチューターサポートはさらりと返した。

手元のミネラルウォーターをひと口舐めるように飲んだ他は動きらしい動きもない。

顔色にも異常は見られず、呼吸や心拍の乱れもない。

 

本当にこれからレースに挑むのかと、余人が居れば訝しむだろうほどの平常心。

それがクラシック級におけるチューターサポートの常態だった。

 

トレーナーはそれを確認し、ニヤリと笑う。

 

「うん。今日も好調そうで安心した。君はそれが一番強い」

 

「安定感、ね。派手さがなくてつまらないとか、教科書通りすぎて一発がないとか良く言われてるみたいだけど?」

 

「はは、面白さで勝てるなら誰も苦労しないし、一発に頼らないといけないほど自分が弱いと思ってるわけでもないだろ?」

 

「まさか」

 

椅子の背もたれに体を預けて、チューターサポートも同じく笑んだ。

 

「サナリにもアイツにもまだ勝ててはいないけど、だからって奇策に走るほど焦ってるつもりはないよ。……足りないなら何度でも積み上げればいい。積み上げて積み上げて、そして」

 

「積み上げた100%を常に発揮する。そう、それでいい。それだけで君はあの二人だって超えていける」

 

本当に?

とは、チューターサポートは聞きはしない。

契約から約二年。

これまでの期間の中で培った信頼はその問いを必要としない程度には降り積もっている。

 

特に、とチューターサポートは思い返す。

焦燥と共に走り続け、殆ど棒に振ったとさえ言って良いジュニア級。

指示を無視してオーバーワークを繰り返した自身を肉体的にも精神的にも懸命にケアし続けたトレーナーの必死な顔を彼女は良く覚えている。

 

契約したのが彼以外のトレーナーだったならば。

そう考えて、砕けた脚を抱えてターフを去る自分の姿を想像した回数は両手の指では足りない。

 

「トレーナーがそう言ってくれるなら、私は信じて走るだけだよ」

 

「ああ、信じてくれ。君の才能の限界点はまだ朧げにさえ見えていない。鍛えれば鍛えるだけ、どこまでだって上っていける。……正直言って、今日勝つのは難しいかも知れない。けど、ここはまだ通過点に過ぎない。存分に糧にしてくるといい」

 

だからチューターサポートはもう揺れない。

最も信じるに足るパートナーの目と言葉を信じて、二本の脚で立ち上がる。

静けさの中に、二度と揺るがない欲求を秘めて。

 

「何度だって言うけれど──最後に笑うのは君だ」

 

 


 

 

その控室の中に光はなかった。

照明は全て落とされ、手元さえ見えない闇に包まれている。

響く音もない。

唯一の例外は深い呼吸の音だけだ。

 

「…………」

 

闇に溶ける黒鹿毛が吐息に合わせて揺れる。

 

他には何もない。

それは彼女が集中を深めるために必要な最低限の環境だった。

 

生来、彼女の感覚は鋭敏に過ぎた。

光と色彩は眼窩を刺すように。

音は鼓膜をえぐるように。

大気の揺れさえ柔肌を裂くように。

 

静穏に包まれた暗室だけが彼女にとっての安息の地だ。

 

(……チューターサポート)

 

単純な生活にさえ支障をきたしかねない異常な五感は常に彼女を苦しめてきた。

ただ生きるだけで窒息するような感覚の洪水に曝され続け、幼少期は記憶すら曖昧である。

波に慣れ、情報の取捨選択が可能となってからも、処理のために酷使される脳が頭痛を訴えなかった日は数える程度にしか存在しない。

 

(……サナリモリブデン)

 

幸いだったのは、彼女がそのハンデをハンデとしてのみ抱えたままでいるほどに弱くなかった事だろう。

 

並外れた五感を彼女は己の武器とした。

見る。

聞く。

感じる。

それだけであらゆる情報を読み取り咀嚼する能力として。

 

(……マッキラ)

 

そうして得たこれまでの全てが、暗い部屋の中で再生されていく。

積み重ねたトレーニング。

もぎ取った勝利の栄光と、味わった敗北の苦渋。

そして、色鮮やかに過ぎる世界の中、他の何にも勝り光を放っていた、敵手の一挙手一投足。

 

巌の如く揺るぎない姿。

鋼めいて振り下ろされる脚。

遥か遠い背。

 

その全てを、一分の狂いもなく彼女は記憶し、安息を塗り潰すように瞼の裏に投影し続けている。

 

 

コンコン、と。

ほんの小さく、控えめに鳴らされたノックで想起は終わった。

 

「時間よ、スローモーション」

 

「……はい。ありがとうございます、トレーナーさん」

 

部屋の外からかけられた声に返事を投げて、彼女は立ち上がった。

内心で、手のかかるウマ娘で申し訳ない、とも呟きながら。

 

レース前の負担を減らすためとはいえ、他者の心音が耳障りだからと控室から自身のトレーナーさえ締め出すウマ娘は多くないだろうなとスローモーションは自嘲する。

そうして、そんな担当に愚痴どころか不満や不安の表情ひとつ見せた事のないトレーナーと契約を交わせた幸運を噛みしめた。

 

「…………作戦の指定は、なにかありますか?」

 

「いいえ、いつも通りよ。私の予想なんかよりあなたの目の方がよほど鋭い。自由に走ってきなさい」

 

「わかりました。……いってきます」

 

放任ではなく、信任を受けて。

スローモーションはゆっくりと地下バ道を歩いていく。

 

(……今日こそ)

 

一歩ごとに、鋭く、鋭く、戦意は研ぎ澄まされていく。

闇の中で見つめ続けた過去の敗北の数々が、今彼女を高みに連れて行こうとしていた。

 

(仕留めて見せる)

 

 


 

 

はぁ、と。

幾度となく吐き出され続ける息は明確に安定を欠いていた。

 

俯いた小柄な体は震えている。

自身を抱く腕、その先端の指は過剰に力が籠り、肩に食い込んで跡を残すほど。

 

「……マッキラ」

 

その震えを止める術は誰も持たない。

トレーナーであってもだ。

 

陰鬱な雰囲気の男、マッキラの専属トレーナーはそれでも呼びかけを繰り返した。

マッキラに隣り合って座り、静かに何度も名前を呼ぶ。

反応が返ったのは、その回数が二桁にもなろうかという段になってから。

 

「トレーナーさん、どうすれば、どうすればいいですか……?」

 

縋るようにこぼれた言葉には一欠けらの自信さえない。

不安と恐怖、焦燥に押し潰され絞り出された声は酷く掠れていた。

 

「大丈夫だ。いつも通りに逃げるだけでいい。それだけで君は──」

 

「──嘘!」

 

「……マッキラ」

 

「嘘、あは、嘘ですそんなの……! そんなわけない、あの子達がいるんです!」

 

マッキラはようやく顔を上げた。

だがそこに、好転の兆しは当然のように存在しない。

瞳は揺れ、歯の根は合わず、顔からは血の気が引いている。

 

「いや、やだ……負けたくない……戻りたくない。みじめな自分になんて、戻りたくない、のに」

 

その様に、トレーナーはいくつかの言葉を思い浮かべて……しかし、飲み込んだ。

それらはとうの昔に繰り返し投げかけた言葉たちである。

そして、一様に何の効果も得られなかった言葉でもある。

今では害悪ですらあるだろう。

 

マッキラの精神状態は悪化の一途をたどっていた。

限界はもう近く、彼女を一番近くで見守ってきたトレーナーは十分に理解している。

 

「大丈夫。大丈夫だ。君は負けない。いつもそうだっただろう。逃げるだけでいい。それだけで、君に追いつける者はいない」

 

だから、彼はそう言うしかなかった。

ただの気休め、限界点の先延ばしを今日も続ける。

 

「……本当に? 本当ですか? トレーナーさん、本当に?」

 

「ああ。確かに、彼女達は強い。その上、君がどれだけ引き離そうと諦めないだろう。……だが」

 

小さな体を暖めるように寄り添い、トレーナーは願う。

自分の声に、半ば抱いた絶望が滲まないように。

 

「諦めない程度の事で、君に追いつけるわけがあるものか」

 

「……ぁ、は。そう。そうですよね。そうだ、そうに決まってる。私は負け犬なんかじゃないんだから……!」

 

そして。

出来ることならばどうか、間に合ってくれるようにと。

 

 


 

 

「懐かしいですねぇ。覚えていますかサナリさん。去年の12月です」

 

落ち着いた、というよりものんびりとした声が発せられる。

サナリモリブデンのトレーナー、郷谷静流のものだ。

 

「レース展開はあの日と似たものになるでしょう。桁違いのスピードで逃げ続けるマッキラさん。その背を射落とさんと追う多くのライバルたち。そして、さらに背後から狙い撃つサナリさん」

 

その言葉に揺らぎはまるでない。

自らの愛バこそが勝利するという絶対の確信をもって彼女は語る。

 

「ですが、決定的にあの時と違う点があります」

 

……否、そんなものはまやかしだ。

取り繕えるのは表面だけ。

郷谷の心中に確信などかけらもない。

湧きあがるのは迷いばかりで、絶対と胸を張れる保証は彼女には何一つ見つけられなかった。

 

マッキラ。

サナリモリブデンがこれより挑むマイルの魔王は、そんな楽観を郷谷に許してくれるほどに生温い生態を持たない。

 

「──今日は、確かな勝機がある。今度こそマッキラさんを倒し得る鋭さが、今のサナリさんの脚にはあるはずです」

 

出走を確定させた2ヶ月前から幾度となく繰り返したレース展開のシミュレーション。

それが一体どれほどの頼りになるのかと郷谷は苦悩する。

こうして吐き続ける指示は、果たしてどれほど正しいものなのか。

 

本当にこれで良いのか。

序盤からマッキラと競り合うべきではないのか。

枠順の隣接を利用して、スタートの一歩目から潰しにかかる策を捨てるに足る利はあるのか。

逡巡は無限に湧き続ける。

 

所詮、彼女は未だ新人の域を出ないトレーナーである。

自分自身の判断を信じ切るにはあらゆる経験が不足している。

 

「取るべき作戦は後方待機。仕掛け時は、ここ。武器を抜くタイミングを見誤らないよう注意ですよ。焦りやためらいはそれまでに捨ててしまって下さい」

 

それでも郷谷は揺れる己を見せなかった。

この指示に従えば勝てるのだと、サナリモリブデンが信じるに足る大人を演じ続ける。

 

判断が正しいと信じ切れない不安はある。

自身の誤りが敗北を呼び込むのではないかという恐怖を今日も抱いている。

だが。

郷谷にはそれらを抑え込むだけの信仰が一つある。

 

「サナリさん。やれますね?」

 

強く握った手から、ウマ娘らしい高い体温が郷谷へと伝わる。

 

「うん。やる」

 

返された言葉は短く。

けれどそこに籠められた炎の嵩は何もかもを焼き尽くさんばかりだった。

 

 

 

「トレーナー」

 

「はい、なんですかサナリさん」

 

その炎に身を包んだまま、サナリモリブデンは口を開いた。

繋いだ手に鋼色の視線を向けて。

 

「良く覚えてる。忘れた事はない。選抜レースのあの日、こうして差し出してくれたトレーナーの手と、言ってくれた言葉」

 

「えぇ、私も覚えていますよ。何しろ初めてでしたからね。あんな風に誰かを口説こうとしたのは」

 

サナリモリブデンは思い返す。

自身の脚へ初めて向けられた暖かな期待。

諦めるべきと多くの人々が痛ましく目を伏せた非才の身へとまっすぐに、最高の才能の持ち主だと手を差し伸べてくれた日の事を。

そして。

 

「ずっと謝りたかった。……6月のメイクデビュー。私は、トレーナーのあの言葉に泥を塗った」

 

だからこそ拭えずにいた悔恨を。

 

「サナリさん……? 何を言っているんですか。初戦の負けがなんだっていうんです」

 

郷谷は困惑する。

謝られる覚えはない。

その程度の躓きで何故、と。

 

「そんなもの、サナリさんは乗り越えてきました。敗北だって糧にしてここまでやってきたじゃないですか。泥なんて──」

 

「ううん」

 

しかし、サナリモリブデンは否定する。

誰より硬く、重く、曲がらず、歪みを知らない鋼の心は、かつての己を決して許そうとはしない。

 

「あれは……あの日の不足だけは、あってはいけないものだった」

 

 

 

「心配しなくていい。弱気になったわけじゃない。これは、ただの決意表明だから」

 

心配をにじませた郷谷へと、サナリモリブデンは微笑んだ。

その瞳に揺れはない。

 

「今度こそ、証明してみせる。トレーナーの言葉を嘘になんかさせない」

 

そうして、立ち上がり戦場へと歩を進める。

背に刺さる視線に未だ困惑が含まれているのを知りながらも、歩みは確かなものだ。

 

郷谷はサナリモリブデンの言葉を理解しきらず。

そして理解されていない事をサナリモリブデンも気付いている。

だがそれでいいと彼女は断じた。

 

「大丈夫。信じていて。それだけでいい」

 

理解を放棄する諦めではない。

ただ。

 

()()()()()()()

 

理解ではなく信頼を。

それだけでサナリモリブデンは満たされるというだけの話。

 

 

「……全くもう。何が何だか分かりませんが、えぇ、任せて下さい」

 

見送る背に満ち満ちる戦意を読み取って、郷谷も頷いた。

 

「いいですかサナリさん、これは完全に自慢なのですが」

 

心配なぞ放り捨てて、不安を押し殺し、恐怖を踏みつけて隠し切り。

今この時、必要な言葉だけを投げかける。

 

「あなたを信じる事にかけては、今や私は世界一なんですよ」

 

 

 

征く者と見送る者はそれで別れる。

 

クラシック級、10月。

戦場に、火が灯る。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『東京レース場第11レース、G2、毎日王冠。ゲート入り開始までもう間もなくというところ』

 

人々でごった返すレース場に実況の声が響く。

 

『スーパーG2と呼ばれる事も多い毎日王冠ですが、今回の注目度はまさにG1級。実況席からも応援スタンドのうねるような熱気が良く窺えます』

 

『午前中からすでに超満員との発表がありましたからね。絶対王者に真っ向叩きつけられた挑戦状、その結果は誰もが気になるところなのでしょう』

 

その言葉通り、現地は熱狂の渦に包まれていた。

一歩でも近くで勝負を見届けようと人々が詰めかけ、所々で混乱が見られるほどだ。

よくよく視線を巡らせれば、それをわずかでも緩和しようとスタッフが奔走している姿も確認できる。

 

 

『さて、この辺りで本日の注目ウマ娘を紹介していきましょう。まずは3番人気。6枠7番チューターサポート。本日も落ち着いた様子です』

 

そんな多くの視線が集まる中、ゆっくりとゲート入りが始まった。

1番のアングータから始まり、3番ジュエルオニキス、5番ムーンポップと続く。

 

停滞は起こらない。

出走回避が相次いだ毎日王冠。

そこに臆さず殴り込んだ者たちだ。

肝の据わり、覚悟の固さは並大抵ではない。

 

その中でも一際静かな者が一人居る。

 

『…………』

 

チューターサポートだ。

癖の強い鹿毛をかき上げて歩む姿に動揺や緊張は見て取れなかった。

まるで昼食を食べに食堂を訪れたとでもいうかのような平静さでターフを歩む。

 

『集中はバッチリという感じですね。ここから見ていても頼もしさを感じます。人気上位2名に対しての白星は未だありませんが決して劣らぬ実力の持ち主ですよ』

 

そうして視線を敵手に向ける事さえなく。

彼女は当たり前に自分のあるべき位置に収まった。

 

 

『続いて2番人気、サナリモリブデン! 今日東京レース場に集まった中で、彼女の名前を知らない方はもう居ないでしょう。8月関屋記念を4バ身差で制し、王者打倒を宣言した鋼の挑戦者です』

 

呼ばれた自身の名を、サナリモリブデンは黙したまま聞いた。

8枠11番。

大外であるがために最後まで順番を待つ彼女はライバル達が歩む背をじっと見送る。

 

その呼吸は深く大きい。

一息ごとに手足、耳、尾の先まで酸素が巡る感覚さえ掌握して戦意を高めていく。

 

『相手が絶対王者だとしても、もしかしたら。そう思わせるだけの強い走りはこれまでに見せてくれました。……今日の様子を見ると、なおさら期待させてくれますね。どうやらこれ以上ないというほど仕上げてきています。これは本当に、もしかしてしまうかも知れませんよ』

 

つまり、完璧なまでの絶好調であった。

ゲートへ向かいながら様子を見やる者たちは、彼女の足元の芝が焼け焦げる幻視さえ垣間見たかも知れない。

 

 

『さぁそしてお待たせしました1番人気。これまで9戦9勝無敗! G1レース3勝、最小着差3バ身! 塗り替えたレコードの数、圧巻の4! クラシック級にして既に伝説との声も高い、同期にも先達にも影さえ踏ませぬマイル絶対王者、マッキラ! 突き付けられた挑戦状に、今日果たしてどんな答えを返すのか!』

 

だが、そんなサナリモリブデンの存在感はたやすく塗り潰される。

 

彼女が芝を踏み締める音は、いやに響くようだった。

姿を現し、歩む。

ただそれだけであらゆる耳目は引き寄せられる。

 

それは素朴な少女の形をしていた。

柔らかな栗毛のボブカットの下、笑みをたたえて大きく手を振る。

応えたスタンドの声援は大地さえ揺らすよう。

 

「──人、いっぱいだね」

 

そんな彼女、マッキラはゆらりと向き直った。

観客に背を向けて、挑戦者、サナリモリブデンへと。

 

その一瞬で表情は切り替わる。

笑みの形は変わらず。

けれど、もうそこにファンに向ける朗らかさはない。

どろりと粘りつくような湿度を帯びて、彼女は下方から覗き込むように言う。

 

「ふふ、8月のアレは早まったんじゃないかな。失敗だったと思うよ。どうするのサナちゃん? こんな中でいいとこなく負けちゃったら……」

 

視線だけをちらりとスタンドへ。

溢れる超満員の観客を指し示す。

 

「みーんな、すごくガッカリしちゃうよ。サナちゃんも、サナちゃんのトレーナーさんも、きっと色々言われちゃうんじゃないかな」

 

明らかな揺さぶりだった。

嘘やハッタリを含まない、敗北したならばまず起こるだろうという現実を突きつけるもの。

多少気を強く持った程度では流す事のできない言葉である。

 

「構わない」

 

だが、サナリモリブデンは平然と受け止めた。

 

「大口を叩いて負けたなら当然の事。何を言われても当たり前。覚悟はしている。トレーナーには少し申し訳ないけど、そうなっても隣で立っていてくれると信じてる」

 

「…………ふぅん。あは、サナちゃんって思ったより楽観的なんだ。じゃあ本当に無事で済むように祈っててあげるね」

 

既に完成されきった心に、現実程度が傷をつけられる道理はない。

 

手応えの無さにマッキラはほんの一瞬だけ顔を歪めた。

それを、やはり一瞬で覆い隠して彼女は歩みを再開する。

向かう先は孤独なゲートだ。

 

 

「マッキラ」

 

その背にサナリモリブデンが言葉を投げる。

 

「楽観じゃない。理由は……きっと、あなたが誰より知っている」

 

囁くようなそれが、深く絞られたマッキラの耳に届いたかどうか。

 

 


 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了。係員が離れていきます』

 

東京レース場が静まり返った。

潮が引いた海のようにざわめき一つない世界の中で、ウマ娘達が自身を番えて弓を引き絞る。

 

ある者はどこまでも凪いだ心で。

ある者はマグマめいた執念を抱いて。

ある者は硬く硬く鋼のように己を固めて。

 

絶対を冠する怪物を、今日この時撃ち落とすために。

 

『王者対10人の挑戦者、毎日王冠。今──』

 

 


 

【スタート判定/サナリモリブデン

 

難度:202

補正:集中力/+20%

参照:賢さ/521+104=625

 

結果:446(大成功)

 

 

【スタート判定/チューターサポート

 

難度:202

補正:集中力/+20%

参照:賢さ/430+86=516

 

結果:208(成功)

 


 

 

『スタートしましたっ! 5番ムーンポップわずかに出遅れたか。大外サナリモリブデン素晴らしいスタート!』

 

その初速は正しく矢のようですらあった。

 

ほぼ一線に並んだスタートの中で、サナリモリブデンは優に一歩半を抜きん出る。

およそ望み得る最高の飛び出しと言ってなんら差し支えない。

 

だというのに。

サナリモリブデンの顔には満足も歓喜も存在しない。

何故ならば。

 

『だがしかし──』

 

 


 

【スタート判定/マッキラ

 

難度:151

補正:コンセントレーション/+30%

補正:コンセントレーション/x0.75(対難度)

参照:賢さ/450+135=585

 

結果:558(特大成功)

 


 

 

『──その一つ内、マッキラがさらに上を行く!』

 

戦慄がサナリモリブデンの背筋を這い上る。

得られたはずの完璧な手応えは瞬く間さえ与えられずに砕け散った。

 

この初速で、並べさえしなかった。

 

どこまでも冷たいその事実が刃のような鋭さでもって襲い掛かる。

 

(くだらない)

 

無人の野を裂き進みながらマッキラが胸中だけで言葉を転がす。

嘲るように。

あるいは、そうであれと祈るように。

 

(くだらない、くだらない、下らない下らない下らない! 私は負けない! 負けないんだ! あなたたちみたいな負け犬の言葉なんて──聞いてやらない!)

 

 

スタートから僅か5秒。

既にスタンドからは歓喜の声と悲鳴が上がった。

マッキラの勝利。

そして10人の挑戦者の惨敗を予感してだ。

 

 


 

【序盤フェイズ行動選択/サナリモリブデン

 

抑えて後方につける

 


 

 

(いいや)

 

その声をサナリモリブデンは叩き切った。

勝負はまだ何も決まっていない。

嘆くのはゴールの後で良い。

 

そしてそれは、サナリモリブデン一人だけの意思ではなかった。

 

「舐めないでよ……っ!」

 

9番クピドズシュートが裂帛の気合と共に行く。

 

マッキラを除き、この場における唯一の逃げ。

幾つものレースを先頭で駆け抜けてきた彼女はこのままの敗北を許容しない。

芝を蹴る脚にプライドを乗せ、並びかけんと駆け抜けていく。

それが、どれほど絶望的な試みか分かっていようとも。

 

 


 

【序盤フェイズ行動選択/マッキラ

 

何もかもを置き去りに逃げる

 

【難度設定】

 

補正:絶好スタート/+30%

補正:危険回避/+15%

補正:逃げのコツ〇/+5%

参照:パワー/490+245=735

 

結果:685

 


 

【抵抗判定】

 

クピドズシュート:パワー300/成功率0%、判定不能

 


 

 

「ぐ、っ、う、ぅぅうぅぅう……!」

 

ただただ無慈悲な現実がそこにあった。

クピドズシュートは届かない。

 

並べない。

競り合えない。

背に指をかける権利さえ与えられない。

 

『王者マッキラ今日もロケットスタート! あっという間に後続を引き離していく! 9番クピドズシュートが懸命に追うも全く捕まえられない!』

 

格どころか規格さえ違う。

追う者が矢ならば、逃げる者は銃弾だった。

まるで勝負になっていない。

 

『先頭はいつも通り当然マッキラで第2コーナーに入っていきます。2番手はクピドズシュート、その後ろから──』

 

 


 

【レース中ランダムイベント】

 

アングータはマッキラを逃げさせない

 


 

【序盤フェイズ行動選択/スローモーション

 

マッキラを追う

 


 

 

『1番アングータと2番スローモーションが並んで飛び出していく。マッキラの大逃げは許さないと序盤から賭けに出たか』

 

(行かせるかよ……っ! 一歩でもいい! リードを削る!)

 

瞼を限界まで見開き、歯を食い縛ってアングータが駆ける。

彼我の実力差も、これが目の無い賭けである事も承知の上だ。

 

だが、今ここで諦めてマッキラを行かせてはそれこそ勝機がない。

速度に乗り切ったマッキラを捉える手段を彼女は持っていない。

過去の敗戦を今日も繰り返すだけに終わるのは目に見えている。

 

アングータに、他に手はない。

ならばここ、未だ完全な加速を終えていない段階で捉え、潰しにかかる以外に彼女の選択肢はなかった。

 

(──そう。サナリモリブデン。あなたはそう出るのね)

 

対し、スローモーションは幾つかある選択肢の内から一つを選び取った。

スタートから十数秒。

ウマ娘としての理論限界値に近い五感を持つ彼女はその短い時間で敵手全員の動きを感じ取った。

 

最も重要と定めたファクターは、サナリモリブデン。

その脚音が後方に埋もれていくのを聴覚のみで知り、ならばと決を下す。

 

(だったら、私は──!)

 

身を低く、余分な情報を遮断するために目を細めて。

長い前髪の隙間から遥か前方に遠ざかろうとする背を睨んだ。

 

 


 

【抵抗判定/対アングータ/マッキラ

 

難度:202

補正:絶好スタート/+30%

補正:危険回避/+15%

補正:逃げのコツ〇/+5%

参照:パワー/490+245=735

 

結果:236(成功)

 

 

【抵抗判定/対スローモーション/マッキラ

 

難度:252

補正:絶好スタート/+30%

補正:危険回避/+15%

補正:逃げのコツ〇/+5%

補正:弧線のプロフェッサー(スローモーション)/x1.25(対難度)

参照:パワー/490+245=735

 

結果:426(成功)

 


 

 

しかし。

 

『だがしかしやっぱり届かない、速い速いマッキラ悠々一人旅の始まりだ。外枠不利も全く関係なし!』

 

"諦めない程度の事で、追いつけるわけがない"

その言葉通りにレースは展開していく。

 

『2番手は大きく離されてアングータ、その背中ピタリとスローモーション。隣に並ぶようにクピドズシュート。プカプカ、ジュエルルベライトも負けじとついていく』

 

それは明確な形となった絶望だった。

最早同種の生物かどうかさえ疑わしい程の隔絶がそこにはある。

 

だが、だからと押し潰される者はそもそもこの場にいない。

絶望など、逃げる背にとうに見た。

見て、知って、味わって。

それでもと、彼女たちはここに立ったのだ。

 

(……っ)

 

そのうちの一角。

サナリモリブデンもまた戦意には僅かの緩みも生じていない。

どころか、際限なく加速し遠ざかる背に闘志は滾るばかりだった。

 

故に、サナリモリブデンは己のすべき事を見失わない。

離れ行く背を追おうとする自らの視線を引き剥がし、行くべき道を探る。

 

 


 

【序盤フェイズ行動判定/サナリモリブデン

 

難度:151

補正:好スタート/+15%

補正:弧線のプロフェッサー/x0.75(対難度)

参照:賢さ/521+78=599

 

結果:253(成功)

 


 

 

(見つけた……そこ!)

 

大外、11番。

東京レース場1800メートルにおいて背負った不利を打ち消すための道筋を彼女は行く。

 

目指すべきは空隙。

マッキラをここで止めると決めた者と、まだだと控えた者の間に生まれた広く大きな空間だ。

 

『その後ろに2バ身から3バ身開けてサナリモリブデン、大外から内にスッと収まった。その真後ろに──』

 

 


 

【序盤フェイズ行動判定/チューターサポート

 

抑えて後方につける

 


 

 

『──チューターサポート。そこからダブルサラウンド、ジュエルオニキスと続いて、最後方ムーンポップで11人』

 

後方集団先頭、そして最内。

それがサナリモリブデンにとっての最低条件だった。

差しを選んだ以上、然るべき時までこの場を死守する以外に彼女の勝利への道筋は存在しない。

 

サナリモリブデンはそれを確かに掴んだ。

 

(あぁ、やっぱり)

 

だからこそ横顔に宿った強靭な意志を、見て取った者がいた。

 

()()()()()()()()

 

チューターサポート。

彼女はサナリモリブデンが発する闘志に一切の悲観が含まれていないと正確に読み取った。

 

勝ち目がなくとも諦めない、と振り絞る者とは色を異にするそれ。

ただ一つの勝ち筋を意地でも手繰ると定めた決意だ。

 

チューターサポートの中で推量のための材料は整った。

今目にした決意と、前走関屋記念で目の当たりにしたサナリモリブデンの計算高さ。

そして、かつて目を焼かれた異常とまで呼べる闘争心。

 

合わせれば、サナリモリブデンが「確かな勝機を未だ保持している」という結論に至るのは難しくはない。

 

 


 

【序盤フェイズ終了処理】

 

消費:中速→高速(4)/平静(0)

補正:弧線のプロフェッサー/消耗を据え置いたまま速度を一段階上昇

補正:差しA(-2)

消耗:4-2=2%

 

結果:スタミナ/500-10=490

 


 

 

『どうやらバ群の形は定まったか。単独で大きく逃げるマッキラ、逃がすものかと追う先行集団、虎視眈々とチャンスを待つ後方集団。綺麗に分かれて向こう正面の中盤戦へと向かっていく』

 

(悪いけど便乗させてもらうよ。サナリがアイツを撃ち落とした瞬間に、私が──)

 

それは当然のようにサナリモリブデンも知覚した。

後方、至近距離から投げられる視線を彼女は振り返りもせずに把握する。

 

背筋に走るチリチリとした痺れはいつか見たものだ。

鋭く、けれど温度のない冷たい敵意。

レースで、そしてトレーニングで、幾度となく感じてきたチューターサポート特有のそれに、サナリモリブデンは一度だけ尾を震わせた。

 

(構わない。やってみればいい。でも、やらせはしない。私が──)

 

 


 

【中盤フェイズ行動選択/サナリモリブデン】

 

速度を維持したまま脚を溜める

 

難度:202

補正:なし

参照:スピード/578

 

結果:239(成功)

 


 

【中盤フェイズ行動選択/チューターサポート

 

終盤に備えて脚を溜める

 


 

 

(君の上を行く)

(上回ってみせる)

 

視線も合わせず、言葉もなく。

大気を焦がすような戦意の応酬は静謐のうちに行われた。

 

知るものはわずかに3名。

ダブルサラウンド、ジュエルオニキス、ムーンポップ。

彼女達とて全てを解した訳ではもちろんない。

だが、漏れ出た余波は予感を生んだ。

 

後方集団が縮むようにバ群の密度を上げる。

 

大きな動きではない。

しかし、激発の瞬間に向けて、もう一度弓は引き絞られた。

 

 


 

【中盤フェイズ行動選択/マッキラ

 

どこまでも逃げ続ける

 


 

 

静かなる後方に対し、先頭は劇的な展開を続けていた。

 

 


 

【難度設定】

 

補正:脱出術/+30%

補正:逃げのコツ〇/+5%

参照:パワー/490+171=661

 

結果:499

 


 

【抵抗判定/モブウマ娘】

 

クピドズシュート :パワー300/成功率0%、判定不能

アングータ    :パワー300/成功率0%、判定不能

プカプカ     :パワー300/成功率0%、判定不能

ジュエルルベライト:パワー300/成功率0%、判定不能

 


 

 

否。

劇的とはもう遠い。

それは既に陳腐と言えた。

 

9戦9勝。

その全てで繰り返されてきた光景が順当にそこにある。

 

『もう一度前から見ていきましょう。マッキラ今日も絶好調、東京の長い直線をグングン進んでいく。2番手とはもう8バ身から9バ身は離れた。このままいつものようにちぎってしまうのか』

 

背を追う者たちはいずれも一流のウマ娘のはずだ。

毎日王冠、重賞とは生半な者に出走が叶うレースではない。

誰もが多くの勝利を積み重ねてきた強者であるはずだ。

 

だというのに、マッキラは軽々と引きちぎる。

並ぶなど夢にも語れない。

追い縋るだけですら魔法めいた難事だった。

 

「は、はは……」

 

分厚く、色濃く。

幾重にも折り重なるように襲いくる絶望感に、1人が乾き切った声を漏らした。

 

「やっぱり、無理でしたか……はは、こんなの、もう、どうしようも……っ」

 

わずかに俯き、とうにマッキラが踏み荒らした道を見つめながら彼女、ジュエルルベライトが途切れ途切れに言う。

 

無謀だった。

愚かだった。

絶対王者に挑む蛮勇にどれほどの価値がある。

我先にと逃げ出した者たちのように、賢く、(さか)しくあるべきだった。

 

つまり。

 

()()()()()()()()……!」

 

諦めの言葉を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っざけんなぁ!」

 

それが炸薬として作用するまで、一秒とてかからなかっただろう。

 

かかった、と。

ジュエルルベライトは俯いたまま三日月のように口を吊り上げた。

 

 


 

【レース中ランダムイベント】

 

ジュエルルベライトが煽る

 


 

【抵抗判定/モブウマ娘

 

難度:202

補正:なし

参照:賢さ/300

 

クピドズシュート:195(失敗)

アングータ   :2(大失敗)

プカプカ    :254(成功)

 


 

 

(……なんつーえぐいことを)

 

横顔に笑みを見て取ったプカプカが頬を引き攣らせた。

 

先に述べた通り、この場にいるウマ娘は残さず一流である。

しかし同時に余さずマッキラの蹂躙に曝され続けた者でもある。

デビューからの1年半、プライドをズタズタに引き裂かれ続けた者たちだ。

 

今も血を流す傷口に擦り込まれた諦め()はひどく沁みた事だろう。

逆鱗の中の逆鱗だった。

ジュエルルベライトはそれを故意に、見事に踏み抜いて見せたのだ。

 

当人をしても無傷ではない。

ジュエルルベライトの吊り上がった口元から、ほんのわずかに血が流れ落ちた。

噛み切られた唇からのものだ。

 

規格の違いを認め、諦念を吐き、敗北を容認する。

演技とはいえ、実行に移した負荷は脳髄を砕きかねないほど。

手段を選んでいられるなら候補の隅にすら上がらない一手だったろう。

 

だが、尋常の手段でマッキラを撃ち落とすなど夢でさえ語れない。

語るだけの資格、図抜けた能力を彼女は持ち合わせない。

ライバルを焚き付け、勝利を度外視した暴走を引き起こし、マッキラと潰し合わせて漁夫の利を狙う。

他に有効と呼べる作戦は彼女も、彼女のトレーナーも発見できなかった。

 

このような手を取らねばならないジュエルルベライトの自身への怒りは、肉を食い破った程度では到底収まりそうにない。

 

だが、その痛みは報われた。

クピドズシュート、そしてアングータの2人は弾かれたように飛び出していく。

ジュエルルベライトに誘発され噴き上がった怒りは彼女達の脚のリミッターを一時的に破壊していた。

 

2人の頭からは、勝利を手にするためのペース配分などという概念は消えている。

諦めなぞ認めない。

その一事のみをもって、マッキラを今捉えるためだけの疾走が開始される。

 

 


 

【抵抗判定/スローモーション

 

難度:151

補正:大局観/x0.75(対難度)

補正:大局観/+40%

参照:賢さ/300+120=420

 

結果:392(大成功)

 


 

 

さらにもう一撃が加わる。

 

(良い手ね。都合が良い。使わせてもらう!)

 

叩きつけるような足音が響いた。

一歩、二歩、三歩と繰り返す度に激しさを増す。

籠められているのは灼熱だ。

ターフを沸騰させんばかりの激怒を撒き散らしてスローモーションが加速する。

 

それはほんの数秒のみのもの。

スローモーションの急加速はすぐに終わり、彼女自身はまた元の位置に戻っていく。

 

だが、背を押すその音に暴発は勢いと規模を増した。

クピドズシュートとアングータは目を血走らせて駆けていく。

 

 


 

【抵抗判定/対アングータ/マッキラ

 

難度:262

補正:大暴走(アングータ)/x1.15(対難度)

補正:焚き付け(スローモーション)/x1.15

補正:脱出術/+30%

補正:逃げのコツ〇/+5%

参照:パワー/490+171=661

 

結果:250(失敗)

 

 

【抵抗判定/対クピドズシュート/マッキラ

 

難度:232

補正:焚き付け(スローモーション)/x1.15

補正:脱出術/+30%

補正:逃げのコツ〇/+5%

参照:パワー/490+171=661

 

結果:131(失敗)

 


 

 

『ここで1番アングータ、9番クピドズシュートが急加速。先頭を行くマッキラとの差を縮めていくが、今仕掛けて大丈夫なのか。レースは既に高速域、ラップタイムには11秒前半から10秒台の数字が並んでいます。このスピードで今行って最後までもつのか』

 

『見るからにかかってしまっていますね。これは、残念ながらこの2人は難しいかも知れません』

 

 

 

(あああああバカが! やっちまったやっちまったやっちまった……!)

 

暴走だ、とアングータは自覚した。

煮え滾った頭で強行された追走はマッキラとの距離を見事に縮めて見せた。

 

だがそれだけだ。

勝利の目を潰えさせる暴走をもってしても"差を縮める"のが限度。

余りの性能差に場違いにもこみ上げる笑いをアングータは噛み殺す。

 

どう考えても失策である。

序盤、最初のコーナーで捉え切れなかった以上、彼女にはもう自身だけで掴み取れる勝機はない。

後は少しでも道中の消費を抑え、他の誰かがマッキラを射落とすか、あるいはマッキラが失策を犯した隙を狙う以外に手はなかった。

こんな暴走は自身を破滅させ敵に利するだけの愚行に他ならない。

 

だというのに、と。

アングータは自嘲する。

 

(でも、あぁ、クソ──)

 

止められない。

否、もう止まる気が無い。

勝利を放り捨ててでも今走らせろと彼女の中の本能が吠えていた。

 

(もう知らねぇ! 理屈なんざどうでもいい! こうなりゃとことんまで……!)

 

一度たりとも振り返らず、ターフには自分以外に誰もいないとばかりに駆け続ける遠い背中に対する怒りも敵意ももちろんある。

だが、彼女が最も許せないのは己だった。

ジュエルルベライトが周囲を煽り立てるために吐いた、諦めの言葉。

それに……ほんの一瞬だけ同意しかけた弱気こそがアングータを駆り立てていた。

 

「やってやるよ──マッキラァァァ!」

 

爆ぜる憤怒が力となって脚に宿る。

咆哮として吐き出された気迫は、それでもアングータをマッキラの隣には立たせてくれない。

 

しかし。

 

「……っ!?」

 

確かに背に届いた脅威の気配に、マッキラは尾を逆立てて振り返り。

 

 

 

 

 

()()()()

 

そしてそれは、スローモーションが何よりも欲した好機だった。

 

黒鹿毛の隙間から瞳が覗く。

遥か先を行くマッキラの瞳をまっすぐに、矢のように鋭く射貫く。

溶岩を思わせる粘性の灼熱が、王者と称されるウマ娘の心臓を焼灼する。

 

 


 

【中盤フェイズ行動選択/スローモーション

 

マッキラから平静を奪う

 


 

【抵抗判定/マッキラ

 

難度:202

補正:逃げ焦り(スローモーション)/-15%

参照:根性/450-67=383

 

結果:50(失敗)

 


 

 

「ぁ……ぁ、っ!」

 

人知れず、悲鳴が上がった。

か細く引きつるように漏れた声は足音にかき消され誰にも届かない。

余人が知り得るのはそれがもたらした結果だけだ。

 

『しかしその無茶も絶対王者は踏み破るっ! マッキラ、さらに加速! 一度は迫ったアングータとクピドズシュートをたちまち置き去りに再びの一人旅!』

 

実況が興奮に声を上げ、観客は高らかに歓声を叫ぶ。

彼らは過去のレースで幾度も同じ光景を見た。

追えば追う程に加速し続けるマッキラの姿をだ。

無理も無謀も踏み潰して圧倒的な勝利を積み重ねてきた彼女を知るが故に、今回もまた同質の現象と錯覚する。

 

違うと。

そう理解できた者は多くない。

 

 

 

(まだ)

 

そのうちの1人。

サナリモリブデンは強く歯を噛み締めた。

 

(まだ、まだ、ここでは早い。焦りは捨てろ。研ぎ澄ませ。狙いの逸れた一撃で落とせるほど、マッキラとの差は小さくない)

 

スローモーションが作り出した好機はひどく甘美な誘惑だった。

マッキラがようやく見せた隙は、今ここで刺せとサナリモリブデンに微笑みかける。

だが、まだだとサナリモリブデンは懸命に己を律する。

 

 


 

【中盤フェイズ終了処理】

 

消費:高速(6)/平静(0)

補正:差しA(-2)

消耗:6-2=4%

 

結果:スタミナ/490-19=471

 


 

 

『そろそろ向こう正面の終わりが見えてきた。マッキラが坂を下る』

 

まだ早い。

まだ早い。

まだ早い。

繰り返し唱え、行けと叫ぶ心を抑え逸ろうとする脚を引き留める。

 

『後続も続いていく。アングータ、クピドズシュートに先行集団が追いついた。後方も速度を上げて差を詰めにかかる』

 

深く、大きく。

激発の瞬間を目指して限界まで酸素を取り込み巡らせる。

 

チャンスは一度きり。

ここで捉えられなければ勝ちの目は消えるだろう。

 

やれるか。

などという不安は最早ない。

とっくの昔に、サナリモリブデンは"やる"と己に定めていた。

 

『さぁ、今』

 

背筋に痺れが走る。

凝縮された力が解放を目前に熱を放つ。

 

『マッキラが』

 

その瞬間まで、残り──

 

『第3コーナーへ──』

 

ゼロ秒。

 

 


 

【終盤フェイズ行動選択/サナリモリブデン

 

刃を抜き、王者を討つ

 


 

 

その様は砲にも似ていた。

 

東京レース場、第3コーナーへ続く下り坂をサナリモリブデンが征く。

重力を利用した猛加速をもって、マッキラを仕留めるために。

 

『サナリモリブデンがここで動いた、猛加速! みるみる前へ出ていくが、この速度で曲がり切れるか!?』

 

実況が叫んだ。

 

その言は実に正しい。

マッキラに引きずられ、既にしてレースは殺人的な高速域に達した。

現状でさえコーナリングを誤る者が出るだろう速度である。

 

それを超える速度でのコーナー突入は自滅と呼んでなんら差し支えない。

遠心力に敗北して勝負の舞台から弾き出されるのが真っ当な未来と言えた。

 

『っ! サ、サナリモリブデン──』

 

故に。

サナリモリブデンは鋼の理性を以て狂気を断行した。

 

『──転倒……!?』

 

レース場を悲鳴が満たす。

破滅的な、鮮血の結末を多くの人々が幻視して。

 

しかし。

 

『っ、いえ失礼しました! 転倒していません! 倒れていない! ですが、これは』

 

『……無茶苦茶だ!』

 

それは幻視に過ぎない。

サナリモリブデンは走り続けている。

転倒などしていない。

 

その寸前。

わずか一歩未満の狂いで幻視が現実に変わるだろうという程に、体を内傾させた姿で。

 

 

 

 

 

数多の偶然があり、数多の選択があった。

全ての選択はサナリモリブデンが己の意志で下し、走ると定めたものだ。

 

名を残す事を望むならば。

より確実な勝利を求めるならば。

道は他にあったはずだ。

 

絶対とさえ称される者からは逃げてしまえば良かったのだ。

サナリモリブデンの脚は距離を問わない。

短距離でも、中距離でも、選択肢は幾らでもあった。

 

にもかかわらず。

サナリモリブデンは一度たりともマイル以外を走らなかった。

 

理由など、きっと、ただのひとつしか存在しない。

 

 

 

 

 

(認める。マッキラ──)

 

眼前、数センチの距離を白い柵が高速で流れる。

触れてしまえばその瞬間にサナリモリブデンの競走生命は終わる。

彼女が今存在する超高速域、安全限界を超えた内傾状態とはそういう世界である。

わずか一瞬の接触は紙一重で維持されるバランスを崩壊させ、引き起こされた転倒は最悪の結末となってサナリモリブデンに襲い掛かる。

 

(──あなたは強い。私よりも、遥かに)

 

だが、サナリモリブデンは目を逸らさない。

極限の集中、そのただ中でどこまでも冷静に死との距離を読み切り、コンマ秒ごとに修正を加え続ける。

満身の力を籠めた右脚で遠心力に抗い、不足を致死寸前の姿勢で補い続ける。

 

(けれど)

 

 


 

難度:151

補正:弧線のプロフェッサー/x0.75(対難度)

補正:脚溜め成功/+15%

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+20%

参照:パワー/472+165=637

 

結果:443(大成功)

 


 

 

ここ(コーナー)では、私の方が速い……!)

 

そしてあろうことか、それだけでは済まない。

サナリモリブデンの脚がターフを抉る度に、その勢いは増していく。

限界を超えて加速し続ける、最短距離のコーナリング。

それこそが彼女が用意し、研ぎ澄ませてきた最大の武器だった。

 

全ては今日この時。

打ち倒さねばならないと己に誓った、最大の敵に手を届かせるために。

 

 

 

そして。

 

──それは

 

 


 

【終盤フェイズ行動選択/スローモーション

 

刃を抜き、王者を討つ

 


 

 

もう、見た!

 

全く同一の刃が、ここにもう一振り存在する。

 

『サナリモリブデン猛追! 背を押されるようにスローモーションも行った、ここで仕掛けた! 爆発的な加速でマッキラに迫る、サナリモリブデン、スローモーション!』

 

前走、関屋記念にて。

スローモーションはサナリモリブデンのコーナリングを見た。

サナリモリブデンが振り絞った全力を既に目にしたのだ。

 

今日のような狂気はなかった。

だが──その鋭さは目に焼き付けた。

 

そして導き出したのだ。

サナリモリブデンが身につけた技術を。

サナリモリブデンがマッキラを討たんとする道筋を。

そこに割り入り、自身が勝利するための方策を。

 

ならば、スローモーションが手を伸ばさない理由はどこにも存在しない。

 

 

 

 

 

(あ、ぁあ、あああぁぁあぁぁ……!)

 

狂気に追われる者の恐怖は限界に達した。

蒼褪めた顔でマッキラは逃げ続ける。

 

(嫌、嫌、嫌! なんで! どうして!)

 

引き剥がせない。

全力を籠めてターフを蹴り、しかし距離が開かない。

 

速度も加速度も追跡者と遜色なく、けれどマッキラには狂気的なコーナリングは不可能だった。

遠心力は残酷にもマッキラをコーナーの外へと連れ去ろうとする。

そしてその距離の分だけ稼いだはずのリードが食い破られていく。

 

『マッキラ逃げる、マッキラ逃げる! しかし離せない! サナリモリブデン、スローモーション、残り2バ身、1バ身……! これは、まさか、ついに!』

 

マイルを支配する王として、数多のウマ娘に理不尽を強いてきたマッキラは。

 

 


 

【抵抗判定/対サナリモリブデン/マッキラ

 

難度:443

補正:恐怖/-20%

補正:領域/Escape like an underdog./+20%

補正:逃げのコツ/+5%

参照:パワー/490+24=514

 

結果:389(失敗)

 


 

【抵抗判定/対スローモーション/マッキラ

 

難度:252

補正:弧線のプロフェッサー(スローモーション)/x1.25(対難度)

補正:恐怖/-20%

補正:領域/Escape like an underdog./+20%

補正:逃げのコツ/+5%

参照:パワー/490+24=514

 

結果:226(失敗)

 


 

 

『届いた! 初めて、初めてマッキラが並ばれた! 初めて追いつかれた絶対王者! ついに挑戦者がその背中に手を届かせたぞ!』

 

1年半の時を経て。

別種の理不尽に喉笛を噛み裂かれた。

 

 

 

「────」

 

ピシリ、と。

ヒビが走る音をマッキラは確かに聞いた。

 

壊れていく。

砕けていく。

勝利と共に積み重ねてきた物が割れ崩れる。

 

『大ケヤキを越えて第4コーナーへ! スローモーション完全に前に出た! サナリモリブデンが真後ろにピタリと続いて、マッキラは、あぁっ、マッキラ失速! 落ちていく! まさかいっぱいか、いっぱいなのか!?』

 

マッキラの手足が力を失う。

視界が歪み、コースがブレる。

 

(あ、ぁ、逃げ、なきゃ)

 

残ったのはその思考だけ。

敗北を遠ざけるため。

惨めで無様な過去の自分に戻りたくないと、マッキラは願って。

 

(どこ、に?)

 

自身の前を走る者の姿に、もう逃げ場などないと思い知らされた。

 

 

加速に加速を重ね得た速度は見る影もない。

ずるずると。

余りにも呆気なく、王者の鍍金(メッキ)は剥がれて落ちた。

 

射貫いた2本の矢は彼女を置き去りにどこまでも駆けていく。

背を見送るマッキラの胸は、急速に暗い絶望に満たされつつあった。

 

そしてそれを、続く刺客が見逃すはずもない。

 

 


 

【終盤フェイズ行動選択/チューターサポート

 

仕掛ける

 


 

 

『先頭はスローモーション! 続くサナリモリブデン! マッキラは完全に失速して落ちていく! 今ジュエルルベライトとチューターサポートもマッキラをかわした! スタンドからは悲鳴が轟いています! 誰がこんな展開を予想したでしょう!』

 

膨らんだマッキラの左後方。

そこから、足音が響いた。

 

策を弄し、己の有利を引き寄せてみせたジュエルルベライト。

一切の争いに関わらず、完全に脚を溜めきったチューターサポート。

王者陥落の瞬間に真っ先に反応してみせたのはこの2人だった。

 

渾身の力を振り絞って2人のウマ娘がマッキラを捉える。

 

 

(……マッキラ)

 

そこに、崩れ落ちる者への同情も容赦も無い。

代わりにあったのは後悔と懺悔だ。

チューターサポートは敗者に墜ちつつあるマッキラに視線さえ向けず、胸中で過去を悔いる。

 

力尽きるマッキラと、それを仕留めるチューターサポート。

この構図は彼女にとって、かつて見慣れたものだった。

 

(ごめん。間違っていたのは、私だ)

 

学園に入学する以前、彼女たちは幼馴染として長い時間を共にした。

夢を語り合い、将来に備えて鍛え、競い合った。

そしてその時間の中でチューターサポートは一度として敗北を味わう事がなく。

 

いつしか、チューターサポートはマッキラを敵と認識する事さえなくなった。

 

でも、もう間違えない。君は敵だ。誰よりも、何よりも恐ろしい敵だった

 

今の彼女には、かつての自分がどれほど傲慢で残酷だったかが理解できる。

敗者が吐いた勝者への称賛に、どれほどの感情が籠められていたかを想像できる。

 

故に。

 

だから、油断なんてしない。君がどれだけ弱っていても関係ない

 

その一撃は、一切の躊躇いを含まずに振り下ろされた。

 

ここで、潰す

 

 


 

【ウマソウル判定/チューターサポート

 

参照:ウマソウル/50

 

結果:15(成功)

 


 

領域解放

 

領域/従容不迫、不動と(うそぶ)

心を乱さずに終盤を迎えた時、勝利への渇望を解放して加速力が上がる

 


 

【難度設定】

 

補正:領域/従容不迫、不動と嘯く/+30%

補正:脚溜め/+15%

参照:パワー/390+175=565

 

結果:370

 


 

【抵抗判定/ジュエルルベライト】

 

ジュエルルベライト:パワー300/成功率0%、判定不能

 


 

 

「、ぁ」

 

吐息のようにこぼされたその一音が、王者と呼ばれ続けた者の断末魔だった。

 

 


 

【終盤フェイズ行動選択/マッキラ

 

鍍金崩壊/行動権喪失

 


 

 

『チューターサポート行った行った! 先頭2人に迫っていく!』

 

ここで必ず来ると思っていた。

それが前を行く2人に共通する思考だった。

 

必ず来る。

来ないわけがない。

そうでないならば、そんな者はもうチューターサポートではない。

十全の理解がそこにあった。

 

(譲らない)

 

サナリモリブデンは振り絞る。

 

マッキラを射落とした。

それは誇るべき戦果だろう。

胸を張り、諸手を挙げ、喝采を叫ぶべき大首級だ。

 

(渡さ、ない……っ!)

 

だが、彼女達には微塵の油断も生じない。

どころか歓喜の欠片さえ無縁だった。

 

当然の事だ。

元より彼女達が目指すものはただひとつ。

勝利、それだけだ。

ならば目先の成果に眩んで緩むなど、万に一つもありえない。

 

 

 

次こそは、なんて言ってやるものか

 

後背、わずか1バ身。

張り付くような至近から、そこをどけと威圧するサナリモリブデンの闘志を受けて。

 

今日だ。今日、ここで、今──!

 

その後ろ、開けて2バ身。

氷のように冷たい、チューターサポートの勝利を欲する敵意を見つめて。

 

スローモーションは吠え猛る。

 

あなたたちを、仕留める──!

 

 


 

【ウマソウル判定/スローモーション

 

参照:ウマソウル/66

 

結果:25(成功)

 


 

領域開眼

 

領域/I SEE YOU

執着を抱いた特定のウマ娘の行動を完全に読み切り、上回るために限界を超えた力を発揮する

 


 

 

『とんでもないスピードでスローモーション、サナリモリブデン、チューターサポートがコーナーを曲がって最終直線へ! 最初に立ち上がったのは──』

 

 


 

【抵抗判定/対チューターサポート/サナリモリブデン

 

難度:277

補正:弧線のプロフェッサー/x0.75(対難度)

補正:脚溜め成功/+15%

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+20%

参照:パワー/472+165=637

 

結果:51(失敗)

 


 

【抵抗判定/対サナリモリブデン/スローモーション

 

難度:221

補正:弧線のプロフェッサー/x1.0(同スキル所持により補正相殺

補正:領域/I SEE YOU/x0.5(対難度)

補正:領域/I SEE YOU/+30%

参照:パワー/300+90=390

 

結果:340(成功)

 


 

【抵抗判定/対チューターサポート/スローモーション

 

難度:138

補正:弧線のプロフェッサー/x0.75(対難度)

補正:領域/I SEE YOU/x0.5(対難度)

補正:領域/I SEE YOU/+30%

参照:パワー/300+90=390

 

結果:252(成功)

 


 

 

『──スローモーションだ!』

 

「っ、ぐ、ぅっ……!」

 

サナリモリブデンは歯を食い縛った。

研ぎ澄ませた刃は王者に届き、しかしその次には届かない。

刃と刃、狂気と狂気のせめぎ合いはスローモーションに軍配が上がった。

 

どころか。

 

「…………」

 

(チューター、サポート……!)

 

スローモーションと比しても劣らぬ鋭利さの敵意が真横に現れる。

虎視眈々と好機を狙い続けたライバルはここに来て殻を一つ破り捨てた。

かつて勝利した折とは、最早段階が違う。

 

わずか一瞬のブレ。

ほんの一欠けらの瑕疵はサナリモリブデンの敗北を決定付けるだろう。

 

(……まだ! まだだ!)

 

だが当然、その程度で怯みが生まれるわけがない。

敵手の強大さはサナリモリブデンの熱を強めこそすれど、冷やす事などありえない。

 

 

 

東京レース場、最終直線525.9メートル。

最後の勝負が彼女たちを待ち受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(────)

 

それを。

遥か後方から、マッキラが見つめる。

 

墜ちた彼女は最早勝負の舞台から放り出された。

惰性のように走り続けてはいる。

速度の緩んだコーナリングはいっそ美しいほどに、体に刻み込んだ軌跡を描いてはいる。

 

だがそれだけだ。

マッキラの体からは戦意の一切が失われている。

 

スローモーション、サナリモリブデン、チューターサポート、ジュエルルベライト。

4人に抜かれ、更に他の者も続く。

 

プカプカ、ムーンポップ、ダブルサラウンド、ジュエルオニキス、クピドズシュート。

誰もが彼女を置き去りにした。

敗北に沈もうとする者に気を払う余地など誰にもない。

勝利だけを目指してターフを征く。

 

(ハ、ざまぁねぇな)

 

唯一の例外は最後尾に落ちた一人のウマ娘。

ジュエルルベライトの策に翻弄され、残しておくべき力をとうに使い切ったアングータだけがマッキラと共に沈みゆく。

 

アングータの中に湧いたのは嘲笑だった。

笑える話だと彼女は嘲る。

誰もが諦めを踏破して挑んだ頂きはこんなものだったのかと。

 

(笑えるぜ。なんだそりゃ。散々王者だなんだ持ち上げられといて)

 

競りかけられて、それで終わり。

余りにも呆気ない幕引きにアングータは笑った。

笑って、嗤って、そして。

 

(ふざけんな。なんだよソレ。なぁ!)

 

その笑いを跡形もなく消し飛ばす、極大の怒りを爆発させた。

 

 

 

「……マッキラァ!!」

 

萎えた脚に力が戻る。

ほんの一滴、わずか数歩の全力疾走。

アングータがマッキラを最下位に貶めるには、たったそれだけで事足りた。

 

マッキラは既に死に体だ。

完全に仕留めきる事は容易い。

彼女にはもう、アングータの前に出ようという気力は無い。

 

後はこの順を維持したままレースを終えれば。

マッキラの競走人生は絶えるだろう。

 

顔を上げろ! 前を向け!

 

それを。

アングータというウマ娘は許容しなかった。

 

なァ! ふざけんなよ! アンタ、王様だろ! アタシが、っ、アタシらが目指した王様だろうが!

 

今にも破れそうな肺に鞭打って彼女は叫ぶ。

 

身勝手な敗者の戯言だ。

かつて己を下した者に強者らしくあって欲しいと願う勝手な言い分だ。

アングータ自身、酸欠に喘ぐ脳の片隅で傲慢な言葉に呆れてさえいる。

 

だったら、せめて……!

 

だが、それはだからこそ虚飾を纏わず。

 

戦って、死ね!

 

とうに潰えたはずの胸に、種火を灯した。

 

 


 

 

「……あぁ」

 

遠く。

レースを見守る者たちの中。

陰鬱な男が一人、吐息をこぼした。

 

長く、深く、心の底からの。

 

()()()()、マッキラ

 

安堵の溜め息を。

 

 


 

【終盤フェイズ終了処理】

 

消費:高速→超高速(6)/平静(0)

補正:弧線のプロフェッサー/消耗を据え置いたまま速度を一段階上昇

補正:差しA(-2)

消耗:6-2=4%

 

結果:スタミナ/471-19=452

 


 

【スパート判定/スタミナ/サナリモリブデン

 

難度:202

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+20%

補正:差しA/+10%

参照:スタミナ/452+135=587

 

結果:204(成功)

 


 

 

東京の長い直線を、彼女たちは行く。

 

誰もが限界を破り捨てていた。

血液はまるで沸騰するかのよう。

脚が赤熱の果てに火を噴いていないのが不思議だとさえ思った者も居るかもしれない。

 

 


 

【スパート判定/スタミナ/チューターサポート

 

難度:202

補正:差しA/+10%

参照:スタミナ/400+40=440

 

結果:311(成功)

 


 

 

『525.9メートル直線勝負! 先頭はスローモーション! だがそのリードはわずか! 勝負はここからだ! まだわからない!』

 

レースはチキンレースの様相を呈していた。

限界を超えて、さらにその先へ。

 

 


 

【スパート判定/スタミナ/スローモーション

 

難度:202

補正:先行B/±0%

補正:領域/I SEE YOU/+30%

参照:スタミナ/300+90=390

 

結果:178(失敗)

 


 

 

「っ、ぜ、ひゅ……っ」

 

その勝負から最初に振り落とされたのは、スローモーションだった。

軽やかだった脚が鉛に変わる。

呼吸に激痛を伴い、視界が白く瞬き始める。

 

『スローモーション苦しいか! 坂で急ブレーキ! 後ろ2人に捕まった!』

 

無理もない。

彼女の身体能力は、クラシック級のウマ娘として平凡の域を出ない。

当然スタミナも敵手──チューターサポートやサナリモリブデンと比して劣る。

そんな身で序盤から攻勢をかけ続け、無事でいられる道理はない。

 

(それが、どうした)

 

だが、それは必要な事だった。

まずマッキラを射落とす。

それが叶わなければ勝利など到底不可能と彼女は断じた。

この程度は想定の内でしかない。

 

スタミナは、ここで切れる。

 

ならば、後は。

 

(勝つのは、それでも! 私だ!)

 

意地と根性だけで走り切ってみせると、スローモーションは挑んだのだ。

 

 


 

【スパート判定/加速度/スローモーション

 

補正:直線加速/+15%

補正:領域/I SEE YOU/+30%

補正:先行B/±0%

補正:スタミナ失敗/-30%

参照:パワー/300+45=345

 

結果:343

 


 

【スパート判定/加速度/チューターサポート

 

補正:直線加速/+15%

補正:領域/従容不迫、不動と嘯く/+30%

補正:差しA/+10%

参照:パワー/390+214=604

 

結果:318

 


 

 

『いやまだだ! スローモーション再加速! まだ落ちない! まだ粘る!』

 

チューターサポートは思わず目を見開いた。

力尽きたはずだと、彼女は確かにスローモーションの末路を予見した。

これ以上はいくらなんでも不可能だと。

 

だが差し切れない。

どころか、坂で捉えたはずの黒鹿毛は再び離れていく。

 

自身の加速に十全以上の手応えはある。

だからこそ、力尽きたままその上を行くその背に戦慄した。

 

 

 

(──知っている)

 

対し、サナリモリブデンは深い理解と共にあった。

 

自分でもそうする。

ならスローモーションに、自身と同等の戦意の持ち主と既に知ったウマ娘に出来ないわけがないと。

 

 


 

【スパート判定/加速度/サナリモリブデン

 

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+20%

補正:差しA/+10%

参照:パワー/472+141=613

 

結果:441

 


 

 

そして、もうひとつ。

 

『スローモーション粘る! 耐えている! 内からサナリモリブデン! 外からチューターサポート! サナリモリブデンが来た、スローモーションに並びかけた、激しい競り合い! この2人か!? このままいけるか!? 後ろからは、……っ!?』

 

来るべき者がある事も。

 

 

 

 

 

ここに、一つの事実がある。

 

チューターサポートはかつて無数の勝利と共にあった。

幼い時分からトゥインクルシリーズを夢見て、己を鍛えるべく走り続けた。

勝利して、勝利して、勝利して、その価値さえ忘れるほどに勝利を重ねた。

 

それはつまり、同じ数だけ。

マッキラが敗北と共にあった事を意味する。

 

 

(──ああ)

 

負けて、負けて、負けた。

悔しさに涙を流さぬ日はなく、屈辱は彼女のもう一人の幼馴染だった。

 

(バカみたい。どうして忘れていられたんだろう)

 

その総数を知る者は誰も居ない。

敗北を当然と理解してから、マッキラはとうに数えるのをやめていた。

幼少の折から、あのメイクデビューに至るまで。

 

"()()()勝てない"と臓腑の底にまで刻まれるほどに、彼女は敗北にまみれていた。

 

(そうだよ。知ってる。負ける悔しさも。遅すぎる脚をいっそ切り落としたくなるような気持ちも。でも──)

 

 

 

数多の偶然があり、数多の選択があった。

全ての選択はマッキラが己の意志で下し、走ると定めたものだ。

 

真に敗北を忌避するならば、道は他にあったはずだ。

 

勝てないと認めた相手からは逃げてしまえば良かったのだ。

チューターサポートがマイルを戦う事は、幼馴染として遥か昔に知っていた。

他の距離に逃げるための時間はいくらでもあった。

 

にもかかわらず。

マッキラは一度たりともマイル以外を走らなかった。

 

 

 

理由など。

 

──戦わない方が、ずっとずっと、死にたくなるくらい、惨めだって事も!

 

他にひとつもあるものか。

 

 


 

【ウマソウル判定/マッキラ

 

参照:ウマソウル/75

 

結果:7(成功)

 


 

領域解凍

 

領域/Chase like a Challanger !!

敗北が目前に迫った時、それでもと己を奮い立たせて持久力を回復し、速度と加速力をわずかに上げる

 


 

 

王者の鍍金は剥がれ落ちた。

歪に纏わりついた栄光は消えて失せ、その地金が露呈する。

 

すなわち。

幾重の敗北を経ても終ぞ折れる事のなかった、鋼の芯が。

 

 

「……なんだよ」

 

取り戻された輝きを誰よりも早く目にした者は埋もれて消える。

誰にも見守られる事なく、最下位を決定付けられて。

 

「やれば、できんじゃねぇか……バァカ」

 

だから、囁くように漏らして俯いた彼女がどのような表情を浮かべていたかを、知る者はない。

 

 


 

【終盤フェイズランダムイベント】

 

アングータは力尽きた

 


 

 

深く、どこまでも深く息を吸う。

四肢の先まで熱を孕む血液が巡り、燃料を全身に補給する。

 

肉体は万全とは言い難い。

追い立てられる恐怖に竦み、浪費した体力は少なくない。

 

(なのに……あは、不思議)

 

出走ウマ娘、11人中10位。

最終直線でこの位置に居た経験はかつて無い。

 

にもかかわらず、それでもマッキラは笑った。

余りにも爽快だったためだ。

メイクデビューから今日まで、余りにも長く続いた絶不調から抜け出した脚は。

 

 


 

【スパート判定/スタミナ/マッキラ

 

難度:202

補正:道中かかり(中)/-20%

補正:領域/Chase like a Challanger !!/+30%

補正:逃げS/+5%

参照:スタミナ/550+82=632

 

結果:583(大成功)

 


 

【スパート判定/加速度/マッキラ

 

補正:逃げのコツ〇/+5%

補正:領域/Chase like a Challanger !!/+15%

補正:逃げS/+5%

補正:スタミナ大成功/+15%

参照:パワー/490+196=686

 

結果:477

 


 

 

(すごく、軽い!)

 

加速する。

どこまでもどこまでも。

泥濘を振り払い、背に翼を生やしたかのように。

 

『後ろからは、マ、マッキラだ! マッキラが来た! マッキラが来ている! 王者はまだ終わっていない! マッキラが来た! 大外最後方から飛んできたぁ!』

 

実況は興奮のままに叫んだ。

観衆の大歓声はターフを駆け巡った。

 

(そ、んな……嘘、でしょう!?)

 

スローモーションは唯一読み切れなかった展開に驚愕し。

 

(……………………ちょっと、再起が早すぎない?)

 

チューターサポートは自身の挫折と比較して場違いにも苦笑し。

 

 

 

知っていた。知っていた、知っていた──信じていた!

 

そしてサナリモリブデンは歓喜した。

ただ一人、彼女は待っていた。

心の臓を射抜かれたはずのマッキラが、もう一度走り出す事を。

 

 


 

【スパート判定/速度/マッキラ

 

補正:逃げのコツ〇/+5%

補正:領域/Chase like a Challanger !!/+15%

補正:逃げS/+5%

補正:スタミナ大成功/+15%

参照:スピード/550+220=770

 

結果:544

 


 

【スパート判定/速度/チューターサポート

 

補正:差しA/+10%

参照:スピード/390+39=429

 

結果:325

 


 

 

『マッキラだ! マッキラだ! マッキラ物凄い末脚! バ群をあっという間にごぼう抜き!』

 

絶対と、いつか絶望と共に仰いだ背中を越えて、マッキラが行く。

割り裂く大気を余さず焦がし、見る者の目を眩ませて。

 

 


 

【スパート判定/速度/スローモーション

 

補正:領域/I SEE YOU/+30%

補正:先行B/±0%

補正:スタミナ失敗/-30%

参照:スピード/300

 

結果:118

 


 

 

「──」

 

その背にかつて抱いた溶岩めいた感情の正体をようやく知った黒鹿毛を置き去りに。

 

 


 

【スパート判定/速度/サナリモリブデン

 

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+20%

補正:差しA/+10%

参照:スピード/578+173=751

 

結果:515

 


 

 

「マッキラ──!」

 

「──サナ、ちゃん!」

 

もう一つの鋼の元へ。

 

『届いた! マッキラが届いた! 魔王の絶対王政はまだ終わっていないっ! 内サナリモリブデン! 外マッキラ! スローモーションはどうやらここまでだ! チューターサポートも伸びがない!』

 

スタンドから降り注ぐ感情の坩堝。

そのただ中を2人が駆けていく。

 

互いに一歩たりとも譲らない。

譲れるわけが、ない。

 

 

 

 

 

サナリモリブデンには一つの後悔があった。

何よりも許しがたい裏切りを背負っていた。

 

サナリモリブデンは覚えている。

強く、強く、強く──魂の根幹にさえ刻まれるほどに強く。

自身の脚へ初めて向けられた暖かな期待。

諦めるべきと多くの人々が痛ましく目を伏せた非才の身へとまっすぐに伸ばされた手と。

 

"最高の才能"という言葉を。

 

ならば、ありえてはならなかった。

他の誰よりもあなたが良い、と。

そう称えてくれた精神性において、他の誰にも負けてはならなかった。

 

 

だというのに。

サナリモリブデンは目にしてしまった。

 

ジュニア級、6月、東京レース場。

雨粒に霞む遠い背中。

幾度も悪夢として蘇るほどに焼き付いた、あの日、明確に己を上回っていた鋼の闘争心を。

ただ一度の勝利のために命を賭し、魂を焼き尽くすような、絶望を踏破して絶対を砕かんとする努力の痕跡を。

 

決してありえてはならなかった、自身の不足を。

 

 

『この2人だ! この2人で決まりだ! マッキラか!? サナリモリブデンか!? 魔王か!? 挑戦者か!?』

 

 

マッキラは一つの後悔を抱いた。

何よりも許しがたい裏切りを理解した。

 

彼女は今日、ようやく目にしたのだ。

硬く、重く、揺るがず、削れず、溶けず、曲がらず。

そして眩い鋼の輝きに。

己に打ち勝つために命を賭し、魂を焼き尽くすような、絶望を踏破して絶対を砕かんとする努力の痕跡を。

 

逃げてはならない相手だった。

目を背けるなど到底許容してはならない醜態だった。

それは、かつてのマッキラ自身に対する最低最悪の背信に他ならない。

故に、彼女は今ここに投げ捨てた。

 

決してありえてはならない、自身の怯懦を。

 

 


 

【ウマソウル判定/マッキラ

 

参照:ウマソウル/75

 

結果:19(成功)

 


 

【ウマソウル判定/サナリモリブデン

 

参照:ウマソウル/100

 

結果:成功率100%、判定不要

 


 

 

魂は相似を描き、鋼は打ち鳴らされる。

 

 


 

領域練磨/マッキラ

 

領域/折れじの杖は鋼の如く

敗北が目前に迫った時、それでもと己を奮い立たせて持久力をすごく回復し、速度と加速力をわずかに上げる

 


 

領域練磨/サナリモリブデン

 

領域/決意の鏨、鋼の轍 Lv2

効果不定、勝敗を分ける局面で奮い立つ

 


 

 

『両者一歩も譲らない! 譲れない! 大激戦だ! 白熱のデッドヒートォ!!』

 

限界などという言葉はもうどこにもない。

 

総身に意地と、根性と、矜持だけを巡らせて。

 

 


 

【スパート判定/根性/マッキラ

 

補正:領域/折れじの杖は鋼の如く/+40%

参照:根性/450+180=630

 

結果:──

 


 

 

『残り50メートル! どっちだ! どっちだ! どっちだ!』

 

「────ッ!!」

 

「────ア、ァァア!!」

 

勝利を求める本能以外の全てを消し去って。

 

 


 

【スパート判定/根性/サナリモリブデン

 

補正:領域/決意の鏨、鋼の轍/+25%

参照:根性/501+125=626

 

結果:──

 


 

 

『どっちだぁ──!?』

 

ゴール板を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

そうして、まとめて倒れ込む。

 

「ぜ、っひゅ、は、っは、ぁ」

 

その呼吸音がどちらのものだったかさえ分からない。

全く同時に膝をつき、その程度では到底体を支えられず、震える腕を芝につく。

 

『マッキラか、サナリモリブデンか、全く分かりません! 3着以下はチューターサポート、スローモーション、ジュエルルベライト。決戦の毎日王冠、結果は写真判定に委ねられます!』

 

実況の声も、つんざくような大歓声も、遥か遠い。

別世界の出来事のようだと、どちらかがぼんやりと述懐した。

 

 

 

そんな、融けあうような時間はやがて去った。

サナリモリブデンはサナリモリブデンに。

マッキラはマッキラに。

それぞれ還り……先に口を開いたのは、マッキラだった。

 

「……ぁ、は。ごめん、ね、サナちゃん」

 

俯き、垂れた栗毛に顔を隠すように彼女は言った。

 

「あんな、弱くて、惨めな走り、見せちゃって」

 

絶え絶えの息でマッキラは悔恨に沈んでいた。

翼を得たような全能感はもう消えている。

 

最後の最後、マッキラは不要な重みを払い、王者ではなく、挑戦者としての自分に返り咲いた。

だが……それは彼女にとって遅すぎた。

裏切りは、雪いだところで裏切りだ。

無かった事にはならないと、彼女は過去の自分を断罪する。

 

 

 

そこに、サナリモリブデンは断固として対した。

 

「違う」

 

斬り付けるように発して立ち上がる。

不格好な姿だった。

手足は震え、姿勢はふらつき、今にも倒れそうだと誰もが思うだろう。

杖によりかかるような満身創痍だ。

 

「マッキラ。あなたは強かった。今まで挑んだ、誰よりも強くて、怖かった」

 

けれど。

マッキラへと力強く注ぐ眼と、()()()()()()()()()()()は。

寸毫たりとも揺らぎはしない。

 

「……ありがとう。あなたという恐ろしい敵に挑めて、良かった。私は──」

 

それは、きっと。

 

今日のレースを、永遠に忘れない

 

「────」

 

いつかの日のマッキラが、焦がれるほどに欲したものだった。

 

 

 

「…………そっ、か。あは。そうなんだ。あは、あはは!」

 

笑い。

そして涙が一筋こぼれる。

 

「そっか、そっかぁ。私を見てくれて……覚えていてくれるんだ」

 

それを隠すように、マッキラはサナリモリブデンの手を取った。

両の手で柔らかく握りしめ、縋るように頬に触れさせる。

 

「ふふ。でも、あぁ……それだったら、残念。折角ずっと覚えていてくれるなら──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──勝ちたかった、なぁ」

 

 

 

 

 


 

サナリモリブデン:549

マッキラ    :280

 


 

 

 

 

 

電光掲示板に数字が灯る。

順番は──11、10。

 

『サ、──』

 

一瞬の沈黙。

後。

 

サナリモリブデン! 1着!! 勝ったのは鋼の挑戦者、サナリモリブデン!

 

空が割れた。

 

少なくとも、東京レース場に詰めかけた者たちは例外なくそう確信しただろう。

歓声と歓声と歓声が果てしなく響き渡る。

 

革命、成るッッッ!!! 無敗の絶対王政を打ち壊し、サナリモリブデンが新たな時代の到来を見事に告げてみせましたッ!

 

 

 

「……おめでとう、サナリ。また負けちゃったね」

 

「ん……」

 

そこで2人に近付く者があった。

汗で張り付いた髪を払いながら歩み来る癖毛のウマ娘。

そんなチューターサポートに、サナリモリブデンは空いた手でグッとガッツポーズを見せつけた。

 

「宣言通り。今日も私が強かった」

 

「は、はは……サナリ? 私、これでも結構悔しがってるからね?」

 

まずは気安い友人同士のやりとり。

それを終えてから、チューターサポートはどこか気まずそうにおずおずとマッキラに視線を向ける。

 

「……マッキラ。私はきっと、まず君に謝るべきだったんだと思う。君は敵だった。誰よりも、何よりも恐ろしい敵だったよ。それを、今日ようやく思い出した」

 

 

 

「……」

 

「ん、ぅ」

 

が。

漂った空気はチューターサポートの予想とは違うものだった。

どこか上滑りしたような、空回ったような。

間の抜けた沈黙がぬるりと流れる。

 

「……あれ?」

 

「ごめん、チューターサポート。……それは、今私がやったところ」

 

「へ?」

 

ポカン、と開くチューターサポートの口。

マッキラが耐えられたのはそこまでだった。

 

 

 

「ふふ、あはは、なにそれ、ほんと、バカみたい……!」

 

地べたに座り込んだままマッキラが笑う。

お腹を抱えて、天を仰ぐように。

 

「サっちゃんってほんと昔っからそう! 空気が読めなくて、無神経で」

 

「え、ちょ、え?」

 

「それ! あは、自覚がないとこも全然変わってないのやめてよ、くふ、あはは! 笑っちゃうから!」

 

「えぇ……」

 

マッキラは笑い、チューターサポートは困惑する。

サナリモリブデンはどうしたものかと頬を掻いた。

 

幸いな事に、それは長くは続かなかった。

やがてマッキラは立ち上がり──当たり前の少女らしい微笑みを浮かべる。

 

「もう、サっちゃんはこれだからなぁ。……その話はまた今度しよ。今は他にやる事あるでしょ。サっちゃんは右側ね」

 

「右って、あぁ、なるほど。任された」

 

そして移動した。

マッキラはサナリモリブデンの左側。

チューターサポートはその逆側に。

それから屈んで、未だ熱を孕んだ脚へ抱きつくように。

 

「ん……無理はしなくていい。疲れてるはず」

 

察したサナリモリブデンが言うも、2人は止まらない。

ブランクを経ても幼馴染らしい息の合った様子で。

 

「いいの、大丈夫! 今やりたいから! 勝者はさ、勝者らしく──」

 

「──称えられておきなよ!」

 

高く、高く。

白い芦毛を担ぎ上げる。

 

 

 

 

 

サナリモリブデンは諦めたように苦笑して、大きく伸びやかに手を振った。

 

激戦を称し、勝者を祝す声々は。

どこまでも晴れやかに、今日一番を軽々と更新して響き渡るのだった。

 

 


 

【レースリザルト】

 

着順:1着

 

 

【レース成長処理】

 

成長:ALL+10/ウマソウル+5

経験:芝経験+5/マイル経験+5/差し経験+5

獲得:スキルPt+50

 

経験:芝経験&マイル経験&差し経験+2(G2ボーナス/1着)

獲得:スキルPt+30(G2ボーナス/1着)

 

成長:領域/決意の鏨、鋼の轍 Lv2

 

マッキラ(レイドボス)撃破ボーナス

 

成長:ALL+10/ウマソウル+10

獲得:スキルPt+120

獲得:スキルヒント/鋼の意志

 

鋼の意志/250Pt/敗北が近付いた時、スタミナを回復する

 

スピ:482 → 502

スタ:385 → 405

パワ:394 → 414

根性:456 → 476

賢さ:401 → 421

 

馬魂:100(MAX)

 

芝:B(9/30) → B(16/30)

マ:A(2/50) → A(9/50)

差:A(22/50) → A(29/50)

 

スキルPt:360 → 560

 

 


 

 

■ サナリモリブデン

 

【基礎情報】

 

身長:164cm

体重:増減なし

体型:B77 W53 H78

毛色:芦毛

髪型:ショートポニー

耳飾:右耳(牡馬)

特徴:物静か/クール/囁き声〇/従順/温厚/鋼メンタル

 

【挿絵表示】

 

 

【ステータス】

 

スピ:482 → 502

スタ:385 → 405

パワ:394 → 414

根性:456 → 476

賢さ:401 → 421

 

馬魂:100(MAX)

 

 

【適性】

 

芝:B(16/30)

ダ:F(0/10)

 

短距離:B(1/30)

マイル:A(9/50)

中距離:B(0/30)

長距離:B(0/30)

 

逃げ:A(11/50)

先行:B(0/30)

差し:A(29/50)

追込:C(0/20)

 

 

【スキル】

 

領域/決意の鏨、鋼の轍 Lv2(効果不定。勝敗を分ける局面で奮い立つ)

 

冬ウマ娘◎     (冬のレースとトレーニングが得意になる)

冷静        (かかりにくさが上がり、かかった時に少し落ち着きやすくなる)

集中力       (スタートが得意になり、出遅れる時間がわずかに少なくなる)

弧線のプロフェッサー(コーナーを容易に曲がれるようになる。また、コーナーで少し速度が上がる)

 

 

【スキルヒント】

 

押し切り準備/150Pt (最終コーナーで先頭の時、先頭をわずかにキープしやすくなる)

展開窺い/150Pt   (レース中盤に後ろの方だとわずかに疲れにくくなり、視野がちょっと広がる)

ペースキープ/100Pt (レース中盤に追い抜かれた時にかかりにくくなり、持久力が少し回復する)

トリック(前)/150Pt (レース中盤に前の方にいると、後ろのウマ娘たちをわずかに動揺させる)

シンパシー/150Pt  (絆70以上のライバルウマ娘と出走するレースがわずかに得意になる)

逃げためらい/100Pt (レース終盤に作戦・逃げのウマ娘をためらわせて速度をわずかに下げる)

まなざし/150Pt   (レース終盤に前方視界内のウマ娘1人の緊張感がわずかに増す)

熱いまなざし/250Pt (レース終盤に前方視界内のウマ娘1人の緊張感が増す)

鋼の意志/250Pt   (敗北が近付いた時、スタミナを回復する)

 

スキルPt:560

 

 

【交友関係】

 

ペンギンアルバム  絆85

ソーラーレイ    絆45

チューターサポート 絆60

チームウェズン   絆50

 

 

【戦績】

 

通算成績:8戦5勝 [5-1-1-1]

ファン数:9731 → 16431人

評価点数:4150 → 7500(オープンクラス)

 

主な勝ちレース:毎日王冠(G2)、関屋記念(G3)

 

 

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