オリウマ娘はダイスと選択肢に導かれるようです   作:F.C.F.

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クラシック級 10月 次走選択

毎日王冠。

強大に過ぎる敵手に叩きつけた挑戦の果て。

レース史上にすら稀なる激闘を経て、サナリモリブデンの生活は一変した。

 

学園での授業を終えてサナリモリブデンが廊下を歩む。

 

歩様はごく当たり前のもの。

跳ねも走りもしない。

規律に従った速度でのゆったりとした移動である。

もちろん、何かしらの奇行をともなうでもない。

サナリモリブデンにはそういった趣味嗜好はなく、当然持ち合わせるべき常識をわきまえているのだから当然だ。

 

また、彼女自身の容姿にも特徴的な部分は少ない。

身長や体型は平均的。

華美に着飾る趣味もなく、身に纏った学園制服は規定通りで改造なども施されていない。

殆ど真っ白に近い芦毛というのが多少珍しくはあるが、あくまで多少の範囲だ。

 

総じて目立つウマ娘ではないと言えるだろう。

 

「そうそう、前靴屋さんだったあそこの角! 先週からケーキ屋さんが新しく──ぁっ」

 

「どしたの?」

 

「あ、あれ、あれ!」

 

「へ? ……!」

 

だが、その姿を見た者が声を上げた。

まだどこか初々しさを残す、恐らくジュニア級だろう2人のウマ娘達だ。

 

廊下の先から話をしつつ現れた彼女達はサナリモリブデンを見るや緊張に身を強張らせた。

慌てたようにサササと横歩きで端に寄り、ピンと背筋を伸ばす。

そして、サナリモリブデンが近付いてきたタイミングでガバッと頭を下げた。

 

「お、お疲れ様です!」

 

「お疲れ様ですっ」

 

「うん、お疲れ様」

 

色味も髪型も良く似た鹿毛の2人の挨拶にサナリモリブデンはごく当たり前に返した。

特段知り合いではない。

学園は広く、在校生は多い。

初対面の者はいくらでもおり、彼女達もまたサナリモリブデンの知らない2人である。

そういった関係の相手に対するには適切な温度での返答だ。

 

「わ、わ、どうしよ挨拶しちゃった……挨拶しちゃったぁ……!」

 

「ちょっとライム落ち着いてっ。こ、こんなの普通の事でしょ。同じ学園にいるんだから挨拶ぐらい騒ぐほどじゃないって」

 

「そんな事言ってピーちゃん、耳、耳!」

 

ただし2人の反応は普通ではなかった。

ライムと呼ばれた方は笑みの形に緩んだ頬を紅潮させ、手をパタパタ振り回している。

ピーちゃんと呼ばれた方は言葉こそ平静を装っているものの、やはりほんのり赤くなった顔と……何より忙しなく動く耳に感情が分かりやすく表れていた。

 

声は抑え気味に。

サナリモリブデンに届かないようにと気を付けてはいるようだが、ウマ娘の鋭敏な聴覚から隠しきれる小ささではない。

2人とて当のウマ娘なのだから知っているはずであるのにだ。

どうやら余程の興奮状態にあるらしい。

 

「…………ん」

 

その原因となった感情はサナリモリブデンも当然推測できている。

元来そういった部分に鈍い性質ではない。

友人であるソーラーレイに「周囲からどう見られてるかを意識するべき」と言われた記憶も新しい今ならばなおさらだ。

 

 

 

こういった事は毎日王冠の後から急激に増えていた。

 

街中であっても、学園であっても。

自身に向かう視線をサナリモリブデンは強く自覚した。

せざるを得ない程に注がれていると言っても良い。

 

元々あったものではある。

そもそもとしてサナリモリブデンは世代の中で明確に強者の側に入る成績を残してきたウマ娘である。

きさらぎ賞での競走中止を除けば常に3着以内に食らいつき続けた実績の持ち主だ。

 

同じマイル戦線に先日まで無敗を誇っていたマッキラが居たために影に隠されていただけで、例年ならば有力ウマ娘の筆頭格として語られていただろう。

学園内での注目度は冗談でも小さいとは言えなかった。

 

だが、今。

そのマッキラをわずかとはいえ明確に上回って見せた今。

サナリモリブデンに向かう視線の数と熱は爆発的に増加している。

比べ物にならないほどにだ。

 

それはチリチリと、サナリモリブデンの中に堆積して彼女を炙り続けている。

 

 

 

そうして、数多の視線の海を泳いでサナリモリブデンは目的地に辿り着いた。

学園の中庭、その一角である。

置かれているのはごく一般的なベンチだ。

 

その周囲には人だかりが出来ていた。

ベンチに腰掛けた栗毛を囲んで10人ほどのウマ娘がわいわいと歓談している。

穏やかで素朴な笑みを浮かべ、投げられる言葉の全てに真摯に対応する栗毛の姿はサナリモリブデンにとって印象深く映った。

出来るなら割って入りたくはないと思うほどには。

 

が、残念ながらそうもいかなかった。

待ち合わせの相手も、そしてサナリモリブデン自身も余暇の時間はそう多くない。

申し訳ないと思いながらも集団に歩み寄る。

 

近付くサナリモリブデンに気付くと、集団は自ら別れて道を作った。

決して、2人の邪魔だけはしてはならないというように。

それに一言感謝を投げかけてから、サナリモリブデンは栗毛の前に立つ。

 

 

 

「こんにちは──マッキラ。待たせた?」

 

「いらっしゃい、サナちゃん。大丈夫だよ。……ふふ、きっかり5分前だ。几帳面なんだね」

 

 

 


 

 

 

集まっていたウマ娘たちは、サナリモリブデンの到着後にその場を離れていった。

応援している。

復帰を待っている。

いつかあなたに挑みたい。

口々にそういった言葉をマッキラに贈りながらだ。

 

「運が良かったなーって。そう思うんだ」

 

2人きりとなったベンチでマッキラが呟く。

 

「私がダメになったところ、カメラに映ってなかったんだって。ちょうど大ケヤキに隠れててね。あは、助かっちゃった」

 

その姿に、声に、暗い影は無かった。

憑き物が落ちたとはこのことだろう。

粘りつくような湿度はもうどこにもなく、素朴な少女らしい軽やかさが表出している。

 

「お陰で今の子達をガッカリさせずに済んだみたい」

 

「じゃあ、私達11人だけの秘密?」

 

「ふふ。そうだったら良かったんだけどね。気付いてる子も中にはいるみたい。ちょっと心配されちゃった」

 

耳をへにょりと垂らしてマッキラが苦笑する。

が、すぐに続けた。

 

「でも周りには何も言わないでいてくれてる。2週間経って噂の1つも流れてないんだから、みんなちょっと良い子すぎるよね。逆に私が心配になっちゃうよ」

 

そう言いつつもマッキラの表情は優しい。

穏やかに晴れやかに、今日の晴れ空に良く似合う朗らかさだ。

 

「本当に、運が良かったんだ。……あの時、私に──走れって言ってくれた子が居たから。もう少しだけ強い振りを続けたかったの」

 

「……うん」

 

その気持ちはサナリモリブデンにも良く理解できるものだった。

 

弱い自分に嫌気がさし、絶望し、暗い夜の中に取り残されもがいている時に。

あなたは走って良いのだと差し伸べられる手の温かさを彼女は良く知っている。

そして、与えてもらった期待の通りにありたいと生まれる願いも。

 

 

 

しばし、静かに時間が流れる。

互いに言葉はなかった。

 

彼女達は友人ではない。

親交を深めるだけの交流はこれまでに無く、ただ3つのレースで争っただけの関係だ。

けれど、沈黙を不快と感じない。

良く似通った魂は何も無い時間を許容してくれた。

 

 

 

「……そろそろ時間だ。色々話したい事あったはずなんだけどなぁ。なんでだろ、サナちゃん相手ならわざわざ言わなくても分かってくれるみたいな気持ちになっちゃった」

 

マッキラが立ち上がる。

組んだ手を天に伸ばして背を反らし、座って固まった体をほぐす。

ふるふると気持ちよさそうに震える尻尾。

 

「休養は、確か北海道?」

 

「うん。トレーナーさんがね、実家近くの方が休まるだろうって。ふふ、久しぶりに雪のある冬かぁ。なんだかちょっと楽しみかも」

 

「すごく分かる。ゆっくり休んできて」

 

「そうする。……バカみたいな無茶してたからね。レースもトレーニングも」

 

それから、今度は前屈して脚に触れた。

膝から足首までをゆるりと撫で下ろす。

 

そこに異状はない。

が、いつおかしくなっても不思議ではない状態ではあった。

初めて得た勝利に狂い、自分で生み出した恐怖に駆られて逃げ続ける日々はマッキラに過酷な負荷を強いていた。

 

今後もレースを走りたいなら一度念入りにケアが必要。

それがマッキラのトレーナーが下した判断だった。

ここ東京から遠い地、北海道にて最低でも数ヶ月の休養が予定されている。

 

「帰ってきたら、さ」

 

その日々はマッキラから絶対を奪い去るかも知れない。

休養中のトレーニングは最低限のものになるはずだ。

実戦など当然論外である。

彼女から失われるものは、恐らく小さくない。

 

「また戦ってくれる?」

 

だが。

今のマッキラにはそれでもと己を奮い立たせるだけの力がある。

 

「サナリちゃんに獲られちゃった王冠を取り戻したいんだ」

 

まっすぐに、勝者の目を見つめられるだけの力が。

 

「──もう一度、誰かに憧れてもらえる王様になりたいから」

 

 

 

 

 

「約束はしない」

 

対するサナリモリブデンもまた、その瞳を正面から受け止めた。

 

「私にも走る理由がある。立ち止まっているつもりはない。来年もマイルを走っている保証はないし、マッキラを待つなんて事もしない」

 

当然の返答だった。

 

サナリモリブデンが求めるものは記憶に刻まれる永遠だ。

果てしない道だろう。

どうすればそれが成せるのかさえ未だ不明瞭で、どこまで行けば成せたと納得できるかも分からない。

 

ならば停滞の余地はどこにもありはしなかった。

前進を積み重ねる日々の中、振り返る事はあろうが歩みを止める暇はない。

 

「だから、マッキラ。私に勝ちたいならそちらから追ってくるといい」

 

あなたのために費やす時間はない。

サナリモリブデンはそう言いながらも確信していた。

きっと、自分がその時どこにいようが。

 

「今のあなたに、それが出来ないとは思わない」

 

必ずもう一度、彼女は手を届かせるはずだと。

 

 

 

 

 

およそ初めてと言って良い真っ当な対話はそれで終わった。

 

またね。

また。

そう一言ずつを交わして2人はそれぞれの道を行く。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「なんというか、一皮剥けましたねぇ」

 

「ん、そう?」

 

「えぇ、迫力が増したといいますか……マッキラさんとの戦いはやはり大きな糧になりましたね」

 

マッキラとの対話の後、十数分後。

トレーナー室に入ったサナリモリブデンは郷谷に出迎えられた。

受け取った言葉を、サナリモリブデンは素直に喜ぶ。

 

そうならば嬉しい事である。

永遠に記憶すると決めたレースとライバルが実際に心身に刻まれたというなら幸い以外の何物でもない。

サナリモリブデンは上機嫌に椅子に腰かけた。

 

「さて、それではその一皮剥けたサナリさんがどこに殴り込むか決めてしまいましょうか」

 

対面にはもちろん郷谷が座る。

そしていつものタブレットを取り出し、綺麗に爪の整った指でトントンと画面をタップした。

操作に従って表示が切り替わり、レースの予定表が表示される。

 

 

 

その中のひとつ。

マイルチャンピオンシップには出走予定の変更があった。

 

マッキラ、そしてチューターサポートの不在である。

 

「正直、チューターサポートさんは意外でしたね」

 

郷谷が言う。

長期休養に入るマッキラはともかく、そちらはサナリモリブデンとしても「おや」と思ったものだった。

 

だが話を聞いて今では納得している。

曰く。

 

『今は挑むより積み重ねたい』

 

との事だ。

 

サナリモリブデンとマッキラに対する連敗。

これがチューターサポートによほど大きな火をつけたらしい。

現状で幸運の勝利を手にするより、明確に上回ったと納得のいく勝利を。

そういった考えのようだ。

 

「少しばかり偵察もしてみましたが、いやぁ、気合のノリが数段違います。来年の彼女はどうも相当怖そうですよ」

 

徹底的な肉体改造をチューターサポートは試みている。

それも、G1の栄光を手に出来る可能性をふいにしてまでだ。

 

今後ぶつかる時があれば、これまでと同じ敵とは思わない方が良いだろう。

 

 

 

さて、それはともかく。

ズラリ並んだ一覧を眺め、サナリモリブデンは自身の希望を郷谷に伝えた。

 

 


 

【クラシック級 11月】

 

オーロカップ(OP)       秋/東京/芝/1400m(短距離)/左

キャピタルステークス(OP)   秋/東京/芝/1600m(マイル)/左

アンドロメダステークス(OP)  秋/京都/芝/2000m(中距離)/右内

 

京阪杯(G3)          秋/京都/芝/1200m(短距離)/右内/ソーラーレイ

福島記念(G3)         秋/福島/芝/2000m(中距離)/右

 

アルゼンチン共和国杯(G2)   秋/東京/芝/2500m(長距離)/左

 

マイルチャンピオンシップ(G1) 秋/京都/芝/1600m(マイル)/右外/

ジャパンカップ(G1)      秋/東京/芝/2400m(中距離)/左/スレーイン

 

 

【クラシック級 12月】

 

タンザナイトステークス(OP)  冬/阪神/芝/1200m(短距離)/右内

ラピスラズリステークス(OP)  冬/中山/芝/1200m(短距離)/右外

リゲルステークス(OP)     冬/阪神/芝/1600m(マイル)/右外

ディセンバーステークス(OP)  冬/中山/芝/1800m(マイル)/右内

 

チャレンジカップ(G3)     冬/阪神/芝/2000m(中距離)/右内

中日新聞杯(G3)        冬/中京/芝/2000m(中距離)/左

 

阪神カップ(G2)        冬/阪神/芝/1400m(短距離)/右内/ブリーズグライダー

ステイヤーズステークス(G2)  冬/中山/芝/3600m(長距離)/右内

 

有馬記念(G1) ファン数不足  冬/中山/芝/2500m(長距離)/右内/ペンギンアルバム、クラースナヤ

 

 

【シニア級 1月】

 

カーバンクルステークス(OP)  冬/中山/芝/1200m(短距離)/右外

淀短距離ステークス(OP)    冬/京都/芝/1200m(短距離)/右内

ニューイヤーステークス(OP)  冬/中山/芝/1600m(マイル)/右外

白富士ステークス(OP)     冬/東京/芝/2000m(中距離)/左

万葉ステークス(OP)      冬/京都/芝/3000m(長距離)/右外

 

シルクロードステークス(G3)  冬/京都/芝/1200m(短距離)/右内

京都金杯(G3)         冬/京都/芝/1600m(マイル)/右外

中山金杯(G3)         冬/中山/芝/2000m(中距離)/右内

愛知杯(G3)          冬/中京/芝/2000m(中距離)/左

 

アメリカJCC(G2)        冬/中山/芝/2200m(中距離)/右外/スレーイン

日経新春杯(G2)        冬/京都/芝/2400m(中距離)/右外

 

 

【シニア級 2月】

 

北九州短距離ステークス(OP)  冬/小倉/芝/1200m(短距離)/右

洛陽ステークス(OP)      冬/京都/芝/1600m(マイル)/右外

 

阪急杯(G3)          冬/阪神/芝/1400m(短距離)/右内

東京新聞杯(G3)        冬/東京/芝/1600m(マイル)/左

小倉大賞典(G3)        冬/小倉/芝/1800m(マイル)/右

ダイヤモンドステークス(G3)  冬/東京/芝/3400m(長距離)/左

 

中山記念(G2)         冬/中山/芝/1800m(マイル)/右内

京都記念(G2)         冬/京都/芝/2200m(中距離)/右外

 


 

次走選択

  • 11月OPレース
  • 京阪杯
  • 福島記念
  • アルゼンチン共和国杯
  • マイルチャンピオンシップ
  • ジャパンカップ
  • 12月OPレース
  • チャレンジカップ
  • 中日新聞杯
  • 阪神カップ
  • ステイヤーズステークス
  • 1月OPレース
  • シルクロードステークス
  • 京都金杯
  • 中山金杯
  • 愛知杯
  • アメリカJCC
  • 日経新春杯
  • 次走はシニア2月以降
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