じーさん家は不思議屋敷   作:サンサソー

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ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・ご都合主義
・ほのぼの初心者
・シリアスっぽい

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相違の実感

都会でもそこまで見ない大きな道路を軽トラで走る。四限までとはいえ、県をまたいだ時にはもうすっかり日は落ちていた。

 

ここで気をつけるべきは……いや、どこであろうと車に乗ってるならこれは気をつけなきゃいけないんだが、こういった田舎で走る時に気をつけなきゃいけないことが一つある。

 

それは、事故を起こさない事だ。ガードレールの反射板と車のライトしか頼れるものが無い真っ暗闇は、事故の発生率を爆増させる。

 

まあこういった田舎は車が少ない。だから目を光らせるのは対向車じゃない。野生動物だ。

 

山から下りてきたタヌキやヘビ。こんな暗さじゃさすがにヘビは無理だが、タヌキらを轢いちまったらもう大変だ。だからこそ、田舎の道路ではライトと速度を守らなきゃならないんだ。

 

それでも、車も無い景色も変わらない道路だと速度をぶっ飛ばす輩が出てきてしまうんだが。こういってる俺も、考え事しながら運転してる。馬鹿、阿呆、ど阿呆め。

 

そうやって甘ったれた自分に罵詈雑言を投げかけてると、ふと家で待ってるであろうきりたんのことを思い出した。

 

「……そういや、今日は始業式やって帰ってくるって言ってたな。かなり長い時間一人にさせちまった…」

 

小学生だった時の記憶はもう定かじゃないが、確か始業式とかってだいたい4時間目まで使ってたと思う。給食が4時間目の後だから……昼過ぎにはもう家にいるのか。

 

つまりきりたんは誰もいない家で7時間ほど一人ぼっち。俺の頃は児童館ってとこに居たが、きりたんがそういった所に行かせているとはイタコさんと悪m……ずん子から言われてはいない。

 

「昼飯は作り置きしてたから大丈夫。夕飯……何にしよ」

 

冷蔵庫の中身を思い出しながら、途中にあった業務スーパーに車を停める。食材ついでに菓子でも買ってっておくか。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いです」

 

玄関を開けていざ帰宅の挨拶。それを一刀両断する襖のスパーンッ。居間へと続く襖が勢いよく開く音に、俺は肩を跳ねさせ軽く飛び上がった。

 

「ご、ごめんって。でも講義の時間的にも…」

「……わかってますよ」

 

きりたんは少し俯きながら居間へと戻っていく。その背中を見てると、俺も心が重くなっていく。こりゃ、俺の責任だな。

 

「遅くなってごめんな。今からご飯作るけど、それまで待てるか?腹減ってるなら間に合わせを先にパッと作るけど」

「……大丈夫です」

「ん、そっか。ならそのまま作っちまうな」

 

台所に立ち食材を冷蔵庫へと収めていく。きりたんはまったく喋らず、重い空気が漂っていた。夕食を作る間、この空気のままにしておくのは辛い。だからこそ、俺は早めに切り出した。

 

「…なあ、きりたん。今日は遅くなっちまってごめんな」

「…………」

「やっぱり学校が始まっちまうと、すっかり小学校の時間割忘れちまっててな。大学の感覚とはだいぶ違うってことにやっとわかったんだ。こんな馬鹿ですまん」

「…そんな。仕方ないのは、わかってますから」

 

夕飯を作りながらっていう状況ではある。だが、こういうのは夕飯でもなんでも時間を置くより、軽くでも触れて、ある程度解しておいた方がいいんだ。

 

そんでまあ予想通り。きりたんは賢い子だ。仕方ないことは分かっているんだけれど、そう簡単に割り切れないのが寂しさや辛さといった感情。それを押し込んで我慢しようとしてる。ホントに小学生かってぐらいできた子だ。

 

いつも一緒にいる姉二人が遠出して。自分は顔も一度しか合わせてない年上の男の世話になって。しかも、慣れない家で一日の四分の一も一人ぼっち。

 

きりたんは賢いが、それでもまだ小学生だ。まだまだ大人に甘えて、大人は甘えさせれるぐらいには守ってやらないといけない。そんぐらいの覚悟を持ってなきゃいけないんだ。

 

「きりたんはスマホ持ってるんだっけか?」

「…はい。イタコ姉様の名義で……」

「そうか。ならアレだ、メッセージアプリあるか?」

「入れてますけど…」

「なら後で俺のバーコード見せるから、カメラで読み取ってフレンド追加しといてくれ」

「え、え……なんですか突然。傍から見たらとんでもないこと言ってますよ」

「わかっとるわい」

 

大学は遅い時間まで講義がある。今回は4限だったが、5限まで取っている曜日もある。遅くなるのは仕方ない。だが、仕方ないからと言って何もしなくていいという訳では決してない。

 

「フレンドなっとけば講義の合間とかでも話したりできると思うんだ。移動のためとはいえ15分も時間があると微妙に暇だから。俺はそれぐらいしか思いつかんくてな、すまんがそれで許してくれないか」

「で、でも!授業で遅くなるのは仕方ないじゃないですか!私のためにそこまでしてくれなくても…」

「はぁ……いいか、きりたん。仕方ないってのは、免罪符にならないんだよ」

 

俺の脳裏に浮かぶのはじーさんの顔。あんなにあっさり死ぬなんて思わなかった。誰もそんな予兆に気づけなかった。だから、仕方ないんだ。

 

そうやって、葬式に出た後に俺は延々と考えていた。現実逃避ってやつだった。だけど自分の様見てみろよ。顔も出さず、お礼すら言えなかったのは変わらない。

 

『仕方ない』なんて、何の役にも立たないんだ。ほんの一時、向き合うべき問題をほんの少しだけ先送りにするクソみたいな言葉なんだ。心の整理をするためには必要かもだが、それでも間に合うことなんてほんのひと握りなんだ。俺はそれを、思い知ったんだ。

 

ま、こんなことをきりたんに言う必要も無い。最もらしいこと言って、俺のせいだってことに納得してくれりゃあそれでいい。

 

「『仕方ない』は少しだけ心の整理をするための時間を作る言葉だ。それに甘えて何もしないんじゃなくて、次は間違わないように手を打つ。その策を練らないと、向き合わないといけないんだ」

「………マトモなこと言うんですね。少しビックリです」

「やかましいわ。ほら、そろそろコッチできるから食う分茶碗に入れろ」

「はーい」

 

きりたんの前で、柄にもなく真面目な話をしたかいがあった。こんなにも謝って反省している相手。それは無意識にも、『その人が悪い』という考えを自分でも気づかない程度に生じさせる。

 

自分でも気づかない程度だからこそ、その認識は少しずつ自分の重荷を取り払ってくれる。『こんな酷い事を思ってしまった』と自己嫌悪する事もなく、暗く重い心を軽くできる。

 

人の心も身体も、ほんの小さな切欠で劇的に回復するんだ。まったくよくできたものだと改めて思うよ。俺も何度お世話になったことか。

 

「ん……いい匂いです」

「そうか?ならきりたん、ちょっと味見してみるか」

「おお、中尾さん今日は太っ腹ですね。そのまま私をダメ人間にしてくれてもいいんですよ」

「俺がそんなことすると思うか」

「いえまったく。逆に私がダメ人間にさせる側ですね」

「そうかぁ……せめてイタコさんぐらいになって出直してこい」

「んなっ!イタコ姉様にも……勝てる気はしませんね。というか中尾さん!それはセクハラですよ!」

 

空気が和らいだのを感じた。きりたんもいつもの調子で軽口を叩いてくる。やっぱりきりたんにはこの小生意気さがないとな。

 

「あっ……ぐふふ」

「なんだきりたん。そんな子どもっぽい笑い方して」

「喧嘩売ってるなら買いますよ?」

「ほう。きりたんがゲームで俺に勝てるとでも?」

「何でもかんでもゲームに結び付けないでください。あと、ゲームなら勝てますから。ボッコボコですから」

 

きりたんの性格からして、弄ることはあれど弄られることはあまりないのだろう。この家に来た初っ端から煽ってくるような子だ、からかえば面白いぐらいに突っかかってくるな。

 

「ふーんだっ!そうやってニヤニヤしてられるのも今のうちです。こっちには奥の手がありますから」

「奥の手だあ?よわよわきりたんが何を持っているというのでしょうねー?」

「おんぐぐぐ……仕方ありません。これだけは使わないでおこうと思っていましたが、そんなものは無用だったようですね……!」

 

きりたんはお茶を一口。息をついた後、カッと目を見開いた。

 

「ついさっきのセクハラ。イタコ姉様にバラしますね?」

「……?おおおおんんん!??」

 

ニヤニヤとしていた俺の顔が凍る。余裕のあった心がキュッと絞まる。まさかの切り札に俺は大いに揺さぶられてててててて。

 

「お、おいきりたん!?さすがにやりすぎだと俺は思うんだが!ちょっと落ち着こうや。な?」

「悲しいことですがこれはもう決定事項です。わかりますか中尾さん?あなたは私を怒らせたッ」

「ストップ。そのスマホをしまいなさい。なあ平和に行こうぜきりたん。きりたん聞いてる?もしもーし!?」

 

凄まじく悪い顔でスマホをタップするきりたん。しかも画面を見せつけるような角度でだ。メッセージアプリのイタコさんのものであろうホームが開かれ、コメント入力画面が表示された。

 

「うーん、悲しいですねぇ。まさかお隣さんがこーんなセクハラをする人だったなんて。変態さんですね。でももしかしたら?聞き間違いかも知れませんし?ゲームでも買って誠意を見せてくれるなら?嬉しさで忘れてしまうかもしれませんね〜?」

「……初めからそれが狙いだな貴様!?」

「イヤーナンノコトカキリタンワカンナイナー」

 

明らかな棒読みでしらばっくれるきりたん。ほー……ほーほーそうですか。そっちがその気ならね、俺にも考えってもんがあるんだよ。

 

「いいんだな?きりたん」

「何がですか?ああ、ゲームのチョイスの話ですか。ダメです、一緒に買いに行って私が選んだものをですね…」

「いや、それじゃなくてだな…………きりたんが毎日ゲーム三昧、家事の手伝いもせず我が家のようにぐーたらしてるってことをね。イタコさんやずん子に告げ口してもいいかって話」

「……ほえ?」

 

勝利を確信していた余裕の笑み。それが今、崩れた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。ズルいですそれは無しですよ。姉様方が帰ってきたらお仕置のずんだ祭りが開催されるじゃないですか」

「ヒッ……は、ははは。つまりどういうことかわかるな?きりたんがそうやって脅してくるならば、俺も奥の手を出すしかなくなるんだよ」

「道連れじゃないですか!対戦で道ずれフィニッシュってどれだけ嫌われてるか知ってて言ってます!?」

「最終的にはな、相手を崩せれば良かろうなのだよ」

「こ、この!馬鹿!阿呆!間抜け!」

「はっはっはっ!レパートリーが少ないぞきりたん!」

 

お前もそこまでレパートリー変わらないだろ、と自分にブーメランを突き刺しつつも、やがて互いに真顔となった。

 

「きりたん。俺たちってライバルだけど仲良しだよな」

「そうですね。不毛な争いなんかすぐにおさまってしまうぐらいの仲の良さです」

「そうだな。ラブアンドピース、これに限る」

「ええ。仲直りの握手です」

 

ガッチリとテーブル越しに握手する。この強く握る力には、恐らく『お前言うなよ?絶対だかんな』という互いに釘を刺す意味合いもあるのだろう。

 

物欲に塗れたきりたんの策略はここに潰えた。そんでもって冷めてしまった料理を温め、ようやくの夕食にありつくのだった。

 

 

 

きりたんが痛そうに右手を揉んでいたのは気にしない。未だに鍛えてる元ラグビー部に握力勝負まがいのことしたのが悪い。

 




評価・感想共にありがとうございます。ネタも応援も助かります。
ちょっと色々と参ってましたが、そろそろ他の小説ともにコチラも再開します。

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