徒然あんこ   作:li

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 薄暗い研究室。気配も消していないのに、先生は振り向かない。あの人は私を野良猫かなにかだと思っている節があるので、こちらから話しかけない限り、基本何も言わないのだ。

 

 開かれっぱなしの本を閉じ、積まれた資料の山をバラす。殴り書きのラベリングに従い、ケースに束ねてしまっていく。

 

 先生は整理が得意だが、片付けは下手くそである。両者に何の違いがあるのかと言うと、それは先生の裁量という他ない。

 具体的に言うと、必要なものがどこにあるのかは分かっても、出すのに難儀するタイプ。

 

 その上妙な収集癖も持ち合わせているから、この部屋にはモノが増える一方だ。どこぞで拾ってきたゴミから着想を得ることもあるし、そのままゴミになることもある。

 無駄があるようでいてなく、やっぱり無駄があるのが先生だ。

 

 そうは言っても実験室は綺麗にしているから、実のところ自分で片付けは出来るはずなのだが。もしかして、どうせ私が片付けるからってめんどくさがって散らかしてる……?

 

 ある程度片が付いた。資料まみれの部屋の中、唯一置かれたインテリアに腰掛ける。勢いよく座ったソファからは、埃と薬品の匂いがした。

 

 意外なことに、先生の根っこにあるのは直感と閃きだ。実験は当然綿密に行うが、雑な部分をその天才性で補うことも少なくない。

 

「アンコ」

 

「、はい」

 

「言いたいことがあるならさっさと言いなさい」

 

 こう言うところもまた同じく。感覚が他人に比べてこれ以上ないほど鋭敏なのだろう。この人は表面上の分類とは別に、無意識化でも情報の取捨選択をしている。

 

 多分先生の中での私は、その大半が捨てていい方の情報で構成されていて、だから私に興味がない。実に気楽だ。先生のそう言うところが好ましい。

 

「暗部に入ることにしました」

 

「……暗部?」

 

 先生が振り返る。どうやら興味の笊にひっかかったらしい。珍しく驚いた顔をする先生と、ニコニコしながら見つめ合う。

 

「まさかダンゾウの手回し?【根】じゃないでしょうね」

 

「いいえ、直轄の方です。波風ミナトからの打診で」

 

「は?」

 

「先生と仲良くなりたいんでしょう」

 

 先代・猿飛ヒルゼンに推され、波風ミナトは四代目火影へと就任した。彼はあまりに華々しい経歴から大名サマの覚えめでたく、民衆の支持も多く受けている。

 

 とはいえ対抗馬がいなかったわけではない。その筆頭が、先生こと大蛇丸その人だ。彼は志村ダンゾウ及びご意見役二名の後押しを以て、四代目候補として挙がっていた。

 

 マア、早い話が派閥闘争だ。目立つものではなかったが、水面化での争いは中々に熾烈だった。

 最終的には三代目と新・四代目の人望、何よりパトロンこと大名の一声で世論を塗りつぶした所が大きいので、燻る火種も掘れば出てくる。うちは問題しかり、先生の不機嫌もまたしかりだ。

 

 内政を始めるに当たって、四代目は地盤を固めるところから始めたらしい。妥当も妥当、最適解ど真ん中である。

 先生は腐っても拗ねても『伝説の三忍』なので、その影響力は絶大だ。決して無視して通れる要素ではない。

 

 先生の直弟子は、表立っては私一人。そこを押さえて抱え込めば、これ以上ないアピールになる。

 

「……ふざけてるわね」

 

「いいえ、大真面目でしたよ。あとイケメンでした」

 

「なぜ受けたの」

 

「そっちの方が、先生の都合もいいかと思って。ダンゾウ様からなら断ろうと思ってました。それだったら私を仲介する必要もないでしょうし」

 

 もう一度にっこり笑う。先生は否定せずに溜め息を吐いたので、まだ里を抜ける気はないらしい。特に先生に里抜けを仄めかされたこともないが、なんとなくそう思った。

 

 再びこちらに背を向けた先生に、子供っぽく言葉をつなげる。

 

「中忍上がりたてで勧誘ですよ。政治8割とは言え、中々凄くないですか」

 

「そうね」

 

「もしかして、私優秀なんですかね」

 

「私ほどじゃないわよ」

 

「それはそう。……先生」

 

「なに」

 

「使うも使わぬもお好きにどうぞ。私は先生の教え子ですから」

 

「……出て行って」

 

「はぁい。お茶淹れたの、ここに置いておきますね」

 

 大人しく席を立つ。

 私に取っての先生が、先生にとっての三代目だ。そりゃあ大きかろうと思う。それを見透かされたのだって、先生には酷い屈辱だろう。

 

 ガシャン、と大きな音がする。せっかく掃除したあの部屋だが、次も片付けから始めることになりそうだ。

 

 

 

 

 

 ギプスが取れた。やったー!!!

 意味もなくピョコピョコはしゃぎ回りつつ、グルグル腕を振り回す。ここまで元気をアピールしているのに、シズネさんは不安そうだ。

 

「ホント?ホントに痛くない?」

 

「全く。全然。これっぽっちも。シズネさん、ありがとう!」

 

「いえいえそんな、私なんて、お礼であれば綱手様に……」

 

 腕をブンブン振って謙遜するシズネさんに倣い、綱手様にも頭を下げる。綱手様は口端を緩めると、鷹揚に頷いた。振動でブルン。ナニとは言うまい。

 

「構わんさ。未熟な医療忍者の実験体を買って出る者は少ないからな、こちらとしても助かる。シズネ、骨折の治療は良い経験になっただろう。妙なところで癒着させなくて良かったな」

 

「あひぃ!そ、そういうこと言わないでくださいよ!?次失敗したらどうしてくれるんですか!?」

 

「シズネさん、大丈夫?練習がてらもう一回治療していく?」

 

「エ、なに、何しようとしてるんですか!?やめて、怖い怖い怖い!」

 

 軽く腕を振り上げながら言うと、涙目で飛びついてくるシズネさん。流石に冗談だと返せば、冗談に聞こえない!と涙声で怒鳴られた。

 シズネさんはアカデミーでの二つ上の先輩だ。年齢はそれより年上の筈なのだが、全くそうは感じられない。

 なんというか、その………えっと、落ち着きがないというか。駄目だ、良い表現を探そうにも、ほかに言葉が見つからなかった。

 

 ポカポカ肩あたりを殴られながら、久方ぶりにご帰還なさった蛞蝓姫を伺い見る。

 

「それにしても綱手様、一体何用で木ノ葉にまで?新しく賭場ができた話は聞いてないですけど」

 

「お前、そういう一言多い所師匠そっくりだな……なに、大したことじゃない。ようやく引っ込んだ隠居ジジイの顔でも拝んでおこうと思っただけさ」

 

 ア・そうか、と腑に落ちる。先生のチームメイトであったのなら、この人もまた三代目の弟子なのだ。

 

 血筋のことも鑑みれば、四代目候補の筆頭はこの人だった。そこらの諸々が面倒だったから、ここまで音沙汰も無かったのだろうが。

 

「……大蛇丸様にはお会いになられました?」

 

「いいや、まだだな。出るまでに一度会っておきたい。自来也もここ最近ずっと里にいる癖に、顔は合わせていないそうだし」

 

「それはそうでしょうね」

 

「………そうだな」

 

 何の気なしに返事をすれば、綱手様がやや気まずそうな顔をする。

 

「お前本当に遠慮がないな」

 

「綱手様にしたところで、そう意味もないでしょうに」

 

「自来也は……その、なんだ。別に鈍感な奴じゃないんだ。能天気に見えるかもしれんが」

 

「存じてます」

 

「そうだな、そうだよな」

 

 自分自身に言い聞かせるように、綱手様がかぶりを振った。

 

 四代目・波風ミナトは、先生の元チームメイトの最後の一人、自来也様のお弟子さんだ。つまり先の火影決めは、『自来也派』と『大蛇丸派』による三代目の後継者争いであったとの見方もできる。

 

「先生、三代目は、危険思想に走りがちな大蛇丸に目をかけていた……。自来也の昔の奇行には、先生の気を引こうとする面もあったかもしれん。アイツはいつでも、今になっても、大蛇丸が自分の上にいると思っている……」

 

「綱手様……」

 

「ああ…いや、すまんな。大丈夫だ」

 

 独り言のように呟いた彼女に、シズネさんが心配そうに歩み寄る。綱手姫は憂げな色を残したまま、しかし力強く微笑んだ。

 

「アイツらの喧嘩なんて、今に始まった話じゃない。何かあれば私がぶん殴りに行くさ」

 

 先生をぶん殴ると言える忍びは、綱手様の他にはおるまい。強く美しいひとだとつくづく思う。

 

「先生はしばらく研究所に篭ってるので、外で捕まえるのは難しいと思います。四代目様とのやりとりは、ダンゾウ様か私を通してやってますし」

 

「徹底してるな……ああ、そういえばお前、暗部に入るらしいな。おめでとう」

 

「え?あ、ああ、はい。ありがとうございます」

 

 妙な反応になってしまった。そういえば暗部ってエリートなんだっけ。思い返せば、初めて祝われたような気がする。

 先生は言わずもがなだし、祝ってくれただろう同期連中は軒並み死んでいるからだ。

 

 私たちの世代は、終戦間際に中忍に上がった者が多い。最も戦線が苛烈な時期に、碌な経験もなく動員された。慰霊碑に載った同期の名前は、アカデミーの名簿と重ね合わせたようだった。

 

 私たちを送り出したアカデミーの教師達が、声もなく泣いていたのを覚えている。生き残りとそれ以外に、そう大した違いもない。運が良かった。それだけだ。

 

 

「……先生、もしかしたら、平日の夕方なら捕まるかもしれません」

 

「ん?」

 

「あの人、人のいない時に慰霊碑に行くんです。研究に煮詰まった時とか、行ったり行かなかったり」

 

「……そうか。ありがとう」

 

「はい」

 

 あの人は自分で花を買わないので、出入りの痕跡は殆どない。まあチームメイトの一人の宗家が花屋をやっているから、献花が欠かされることはまず無いが。

 

「自来也様のことは分かんないですけど、先生、綱手様のことは好きですよ。その、言語化が難しいんですけど……三代目様を殺せても、綱手様は殺せないと思います」

 

「……滅多なことを言うんじゃない」

 

「アイタッ」

 

 ビッと額を弾かれた。かなり痛い。綱手様は優しく笑って、自分が弾いたばかりの私の頭を乱雑に撫でる。

 

「気を使わせて悪いな」

 

「……そう大したことは」

 

「それでもだ。じゃあな」

 

「……え、ちょ、綱手様!?ああ、もう!アンコちゃん、またね!」

 

 カツカツとヒールを鳴らし、ヒラヒラ手を振った綱手様が去っていく。シズネさんは慌てたように荷物を抱えると、パタパタ足音を立てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 兎にも角にもキナ臭い、というのが近頃の木ノ葉隠れの里だ。一番臭いのは私の先生だと言うことは置いておく。あの人は年がら年中怪しいどころか、多分既に一線を超えているし。

 

 喉元過ぎれば、と言うには流石に大戦が尾を引いているが、立ち込める暗雲も錯覚で片付けてはいられない。となれば火影の見えざる手先として、暗部の業務はとてつもなく忙しかった。

 

 正直なところ、四代目は舐められていると思う。これまた舐めている筆頭は先生だろうし、先生と『仲が良い』ダンゾウ様も同じく。

 火影直轄と銘打った暗部でさえ、人身掌握の進み具合は精々が五割程度だろう。

 

 寧ろそれは大した偉業だ。それ以上に、三代目が慕われていたというだけで。

 四代目のカリスマで直接殴られれば、大抵の忍びは落ちると思う。ただ、今はまだ、どうしようもなく時間が足りなかった。

 

 

 

「あれ、『トビオ』さん。詰所にいるなんて珍しいですね、お疲れ様で……」

 

 アッミスった?思わず立ち止まる。お前ホントに空気が読めないわね……と先生に匙を投げられた私でも分かる空気の悪さだ。

 いやまあ誰かが胸倉を掴まれる現場にいれば、流石に尋常でないことくらいは分かる。

 

 特徴的な銀髪に反射的に声をかけたは良いが、その第一声が致命的だった。挽回のしようがない。そっと回れ右をしたい気持ちになるも、その前に声をかけられる。

 

「『アマミ』!」

 

 あまりに安直なコードネームを呼ばれて、渋々と立ち止まった。胸倉を掴まれた壮年の男性は哀しきかな、私が従うべき隊長だ。彼には出来るだけ逆らいたくない。

 

「お前もそう思うだろう、なぁ!」

 

「何の話で、」

 

「この配置についてだ!波風ミナトは甘過ぎる!四代目に相応しくない!」

 

「先生……四代目を侮辱するな」

 

 『トビオ』さんが低く吠えた。長年の癖からだろう、漏れた『先生』と言う言葉に、隊長は鬼の首を取ったように言う。

 

「その先生がお前に何をさせてる?妻の護衛だ!教え子だからと、元上忍を遊ばせて……」

 

 グッと押し黙った青年に、ますますヒートアップする隊長。やや残念な気持ちになりながらその声を聞いていると、聞き捨てならない言葉が上がった。

 

「三代目様は偉大な方だったが、最後に一つだけ間違えた!四代目には大蛇丸様を選ぶべきだったんだ!」

 

 

「え?」

 

 

 呟いた音は、思いの外小さな部屋で響いた。獣を象る仮面が一斉にこちらを向き、思わず一歩後ずさる。

 

 暗部は例え同部隊内であっても、基本的に互いの素性は知られないよう工夫がされている。仮面もコードネームもその一環だ。

 とはいえ政敵同士の表面上の協調としての配属も少なくはないため、誰がどの派閥であるか程度は皆把握しあっている。

 

 【根】の出身者が志村ダンゾウの子飼いと知られているように、波風ミナトの弟子であるはたけカカシ……『トビオ』さんが火影派であるように。

 先生に全くその気がなくとも、私は『大蛇丸の息がかかっている』と認識されている。

 

 故にこそ、隊長は同意を得られることを確信して話に巻き込んできたのだ。こちらとしてはあの人が火影になろうがなるまいがどうでも良いと思っているので、正直ちょっと申し訳ない。

 

「……大蛇丸様は里の決定に従いました。違いますか?」

 

 適当にお茶を濁して、下がった仮面の位置を直す。隊長はご意見役の派閥の人間だ。そう言われれば否定はできまい。

 

「隊長、そろそろ任務開始時刻でしょう」

 

「あ、ああ」

 

 ボロが出る前にと、さっさと屯所を逃げ出した。考えるのは嫌いじゃないが、腹芸だけはどうにも苦手だ。

 

 

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