くそ作者の作品でもくそと決め付けちゃダメだよ!
この作品を読んで読んで!(これが本音)
タイトル?思い付きと語呂のよさ!
ではどうぞ( ゚д゚)ノ
決め付ける、または極め付けるとは、
一方的に断定すること、若しくは一方的に叱りつけること
を示している。そのせいで、円滑なコミュニケーションが難しくなってしまった。そんな経験が皆さんにもあるのではないだろうか。
しかし、もしもその相手が人間と決して共存できない
「鬼」と呼ばれる生物であったら、どうだろう。
果たして決めつけるのは悪いことなのか、
これは様々なものを決め付けがちな鬼殺隊員の話だ。
彼はいわゆる富裕層であった。そのため彼は明日の飯に
困ったことはなかった。しかし、自ら将来を決定することも許されなかった。親は金貸しであった、そのため
彼は親を嫌っていた。人から搾取した金で生きるのを彼は好まなかった。しかし、生来の気質で公平を実現する
正義の味方は好かなかった。ならば悪になればいい、
そう思った。ある日彼の日常は壊された。しかし
壊してくれた者共は彼にとっては悪ではなく、
嫌いな親を殺してくれた正義でさえあった。
後に知ったが、それは鬼といわれる生物であった
そして、彼の両親を食った鬼を殺した鬼殺隊を名乗る
男女を見て思ったのだ。彼らこそが求めていた悪であると。そして自分はその悪の組織に入るべきなのだと。
要は、ただの思い込みや決め付けである
まずは育手という悪の組織の元構成員に、独特の戦闘方法:呼吸を教わった
彼が習ったのは風邪だか風の呼吸と言っていたが
彼はそれを独自に改良し、新たな呼吸を作り出した
彼は常識を否定することにより、体が限界を超えて
摩訶不思議な攻撃を繰り出せるのだと決めつけた
そして自らの限界、相手の力等、自らに不利な存在、概念
を否定することで極限まで強い一撃を出せるようになり、それを否の呼吸と名付けた。最も呼吸はそのようなものではなく単純に技術と身体能力の問題である。
これを彼が知るのはいつであるのだろうか。
最終選別なる試験の場に向かう途中、
悪の組織にも試験があるのだな、と暢気に考えていた
最終選別の場では、ほとんどの鬼は一の型で倒せた
正義の味方なのに頼りないと思いつつ、一つ不思議なことがあった。なんと手足を切っても再生するのだ。それを見て、初めは正義の味方特有のしぶとさと思ったが、明らかにおかしいと思い、自分の否定が揺らいでいるのではないかと考えた。そして何人もの鬼を殺す内に不死を否定する技、
二の型・不死否は語呂が悪いので、漢字を変え不知火という技を作った。
敵に囚われ言葉も発せないようになっても、必死に抗う姿に正義を見出だしていた。
その後、狐の面の青年が鬼と交戦中に死にそうだったので助け、その鬼と戦った。腕の多さが厄介で
なかなか倒せない中、狐の面の青年が異能持ちの鬼と
言ったことから閃き、三の型・異能殺しを作り出し放つことで倒すことができた。
特殊な力まで身につけた正義の味方にまたもや感動してしまった。
合格者が集められた場で、お館様という悪の組織の首領の子が「鬼殺隊は人を助ける」と言っていたが、表向きのものだと決めつけた。にも関わらず、多くの者が頷いているのを見て、騙されてしまって可哀想だと思った。
育手の元に帰れば祝ってくれた。
また、異能について話せば、育手曰く「血鬼術」なるものもあるそうで、また正義の味方の執念に感動した。
悪の組織の一人として正義の味方、鬼と戦うのが楽しみだ
続くかも?
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