Tailor MARINE ~そのスーツ、お仕立てします~ 作:seven4
マリンフォード 海軍本部内 Tailor MARINE
ハーレイ・ロブの仕事に於けるルーティンは一杯の紅茶と録音機能付きの電電虫から流れる落ち着いたジャズの音色から始まる。
紅茶を飲み終えた次は、仕立てのために寝かせておいた生地の状態確認作業。ハーレイは裏手に回ると、そこに安置している生地の手触り、ハリ具合、光沢の出方などを点検して問題ない事を確認して満足げに頷いた。
そして最後のルーティン。受付カウンターに置かれた本革張りの手帳を開き、今日の予約はあるかの最終確認を行う。ちなみに今日の予約はなし。
緊急出動が日常茶飯事である海軍の特性上こういう日は珍しくない。むしろ予約が有る方が稀なのだ。何故なら予定が組み立てづらい勤務体系である他に――
「ハーレイさん、おるだらぁ?」
「おぉ、バスティーユ中将。お久し振りです。本日はどうされましたか?」
このバスティーユ中将のように飛び込みの客が殆どを占めるからだ。
「いや、海賊のアホンダラと殺り合ったら勢い余ってスーツの尻と肩が裂けちまってのぉ。悪いが
「いやはや何とも豪毅な。お怪我はありませんでしたか?」
「あんな若造海賊にまだ遅れはとらんわ。それよりこんな良いスーツを駄目にしちまってすまんだらぁ」
バスティーユ中将は
「いいんですよ。形ある物はいつか必ず壊れますから。それでは以前作った専用ゲージをお持ちしますので
しかしハーレイはそんな素振りを一切見せること無く紳士的に立ち振る舞ってバスティーユ中将を
「――どうです?」
「相変わらず良い着心地だらぁ。このまま同じように作ってくれたらそれでいいと思える」
「嬉しい言葉ですが、肩周りと二の腕周りのシワが気になりますね。すいませんが今回のオーダーは
「ん? このちょっとした薄いヤツか。こんなんはどうでも……」
「その少しのシワが戦場では命取りになるかも知れませんので。よろしいですね?」
「お、おう」
急なハーレイの真剣な眼差しに気圧される形となったバスティーユ中将は為されるがままに採寸されていった。ハーレイは袋はぎ、太股、腰回り、ウエスト、胸囲と流れるようにバスティーユ中将を採寸していき、問題の肩周りの採寸を始めた瞬間に彼の目の色が変わる。
「やはり肩周りが前回よりも2cm大きくなっていますか。二の腕周りは1cmも太く……鍛錬の強度を上げた証拠ですね」
「――まさかそこまで見抜かれるとは思わんだらぁ。最近は調子に乗った海賊共がウヨウヨしていてのぅ。モノによっちゃあコッチが喰われかねん」
「伊達に大海賊時代と銘打っていませんからね。あとは首回りを失礼して………はい、お待たせしました。これで採寸一式は終わったので次は仕立てのイメージと生地と裏地、あとは細かい趣味の部分ですね。それではこちらのテーブルで楽しく決めて行きましょう」
☆☆☆
「それで、仕立てのイメージは
「とりあえずシングルブレストのサイドベンツは絶対だらぁ。それと動き易さと丈夫さを両立した生地も外せんのぅ。あとは……出来れば前と同じ色がいい」
「それでしたら――この
「おお~~………でもちょっとゴワゴワ過ぎだらぁ。出来ればもっと、こう、鮫肌みたいにザラザラして軽い生地がえぇ」
「なら―――これなんていかがです? ドラム王国の【ダブルハウス社】から出てる
「おっ! これだらぁ! これで仕立ててくれや!」
「えぇもちろんです。では次に、ボタンの数はどうしますか? 私としては三つボタンの段返りをオススメしてるんですが」
「う~~ん、掛けんボタンを増やすのは趣味じゃのぉての。前と同じ二つボタンにしてくれ」
「ではそのように。ボタンの素材は前回同様に水牛ボタンで?」
「もちろんだらぁ。アレが一番ええからの」
「そう言って頂けて光栄です。次は裏地ですが、これはもう好みですね。お好きに選んで頂いて構いません」
「なら―――このボルドーにしてくれや」
「分かりました。最後にですが、いつも通り袖口は本切羽でよろしいですね?」
「おう。腕を
「正確にはサイドアジャスターですよ………はい、それでは以上になります。仕立て上がり次第ご連絡を差し上げますので」
「何から何まですまんのぉ、ハーレイさん」
「いえいえ。これが私の仕事ですので」
☆☆☆
上機嫌なバスティーユ中将を外まで見送ったハーレイが店に戻ると、一人の青年がバスティーユ中将の選んだ生地を両手で触りながらジト目で彼を見つめていた。
「またこんな良い生地使って。バスティーユ中将は武闘派なんだから、どんな丈夫な生地でもすぐ壊すのオチです」
「リジー。だとしても私は彼等に良いスーツを着て貰いたいんだ。だからあまり突っかからないでくれ」
「ハーレイさんがそれならいいですけど。一応ここの
「分かってるさ。いつも感謝してるよ」
リジーと呼ばれたパーマがかった栗毛が特徴的な青年は、光沢と渋みが両立したキャメルのスリーピースをハーレイに負けず劣らずの着熟しており、利発そうな子であると一目で分かる顔立ちをしている。
「ふ~~ん……ならいいです。じゃ休憩も兼ねてお茶にしますか。今日は奮発して、ほら。【美食の街プッチ】のカヌレを取り寄せたんです」
「ほぉ~それは美味しそうだ」
「美味しそうじゃないんです、美味しいんです! ほら、早く早く。お茶の準備して下さいよ」
「年寄りをそう急かすな。お前と違って若くはないんだ」
Tailor MARINE
本日はちょっと早めのお昼休憩です
これを機にスーツの良さに気付いて頂ける人が増えればなぁ、と思ったりしてます。