◇◇◇◇◇
錆びついた身体をギシギシと軋ませながら、ホロウリーパーが素早く跳躍し、拳と左腕のレイピアの猛攻をディライト達に放つ。錆びても枯れてもやはりデブリーターの最高戦力と目される鎧の巨人は、そう容易く崩れてはくれない。
その動きは決して洗練されたものではないのだが、どこか鬼気迫る雰囲気すら感じさせる程に苛烈で激情的である。ただひたすらに攻めあるのみ、まるで守りや退却というものを埒外に置いているかの様な……。
…否、恐らく実際そうなのだろう。ただ敵である自分達を排除する……今の彼女はそれ以外は眼中にない。このまま言いつけとやらに殉じて、己が身が砕け散るまで戦い続ける事になるだろう。
「…どうして、そこまでするんだよ……⁉」
答えなどある訳がない、それでも問わずにはいられなかった。家族や帰る場所、自らのルーツとなる物を全て滅ぼされ、あんな傷を穿つ者の下にしか戻れる場所がない……名も知らぬそんな少女を、果たして救う事が出来るのか……。
だが、“救う”などという事がどれだけ困難で傲慢であろうとも。力や恐怖に抑圧される人々に手を伸ばし続ける、それがレイトの……自分達の決めた道なのだと、覚悟はとうに決まっている。
ヒュン!と小剣の群れがホロウリーパーにまた纏わりつき、関節部など鎧の防御力が及びにくい箇所を的確に浅く切り裂いていく。そうして体勢を崩した瞬間を狙ってアイリスが跳躍。光のエレメントを纏わせた破砕用の『ルーナブラウド・メテオ』を身体の中心線に思いきり叩きつけた。巨躯が地面へと倒れ込み、またしても霧状の黒靄がその体から僅かに飛散した。
デブリス成分と例の鎧は一応マヤが分離させたのだが、完全とはいかないらしい。僅かに残留しているデブリス細胞がデブリシリンジャーと反応し、変身を可能にしている様だが、それももう時間の問題だ。デブリスの力やその浸食を抑える光のパラディンの権能『燦励』によって、鎧に付着した僅かな細胞片も順調に浄化が進んでいた。
「ウッ……アァァァァァァァッッッッッッッッ‼」
「これはっ……!」
「錬真術⁉」」
ホロウリーパーが片手を地面に叩きつけると、土が盛り上がり、無数の鉄杭となって射出された。神聖騎士にすら比肩する程のかなり高度の錬真術だ。元は身体の外見を自由に操作できる程の高度な錬真力を持った一族の末裔なのだ。それも無理からぬ事ではあるが……。
「パラディンメイツ!」
アイリスが命じると、彼女の周辺を飛び交っていた小剣の1本が手元へと飛来する。アイリスがルーナブラウドの柄へとそれを装着すると……剣に施されていたリミッターが外れ、刀身から長大な光の刃が精錬された。
剣の一振りで飛来する杭を切り裂き、ディライトも力の一部をスピードへと変換し跳躍する。あまりの速度にまるで周り全てが止まっているかの様な錯覚を覚えるほどだ。針山の猛襲を掻い潜り、ホロウリーパーの懐へとディライトが飛び込んだ。左腕のシュレッダーを突き刺し……はせずに、そのまま胴体を掴むと「ハァァァッッ!」という気合の叫びと共に、光のエレメントを放出した。ホロウリーパーの全身に走ったひびから、黒い瘴気が大量に放出されていった。
デブリス成分の大半を失い、まるで機能不全に陥ったかの様に、ホロウリーパーがガクンと膝をついて停止した。ディライトとアイリスが目で合図を送り合うと、同時に地面を蹴った。
〈ヴァリアントスラッシュ‼〉
「「はあぁぁぁぁぁぁっっっっっ‼‼」」
迫りくる斬撃を防御しようと、手を振り上げるホロウリーパー。だが、好都合である。ディライト達の狙いはあくまでもその左腕……変身システムの核であるデブリシリンジャーだからだ。
トランスラッシャーとルーナブラウドが叩きつけられ、遂に限界を迎えたデブリシリンジャーの表面に幾筋ものヒビが刻まれ、青白いスパークと共に黒い靄が一気に放出された。まるで蜃気楼の様に鎧の巨人の姿がかき消え、フラフラと倒れ込む少女をアイリスがサッと支えた。
「…ゴメンナサイ……ゴメンナ……サ——」
「………っ。…もういい……もう大丈夫だから……」
やるせなさを感じながら、アイリスが少女を軽く抱きしめる。流石にこれ以上は向かってこないと思うが、用心の為にディライトが少女の腕からデブリシリンジャーを外した。
…すると。
〈…D……D,D……Deli……ght……〉
「………っ⁈…アイリィ、今の聞いた?」
「…ええ……確かに“ディライト”って、言ったわよね……?」
デブリシリンジャーが末期に上げた音声は、だいぶひび割れていたが、確かに“ディライト”と発していた。
今しがたブレスに装填されていたのは、ホロウリーパーの変身に使用するデュラハンデブリドラッグ……からデブリス成分を抜き出して、後に残された鎧を納めたライドラッグだった筈だ。鎧は正体不明の金属で構成されており、それ以上は正体も解らないという話だったが……。
ふと、レイトの脳裏に1つの説が思い浮かんだ。
年齢も出身地も、その多くが謎に包まれている救世の勇者。だが、その図像はいくつもこの世界で見てきた。
剣を振り上げた、如何にも勇者然とした姿。その身には大抵いつも———。
「…まさか……これは勇者ディライトの———」
「おやおやぁ……予想以上のやられっぷりじゃないか……」
「………っ‼みんな、こっちに集まって!」
ディライトがリンディ達に号令をかける。先刻の声に聞き覚えがあった……というのもあるが、それ以上に彼らの周囲をいつの間にか濃い霧が包み込んでいる事に気づいたからだ。そして、その奥になにか異様な気配が潜んでいる事も……。
「さっきまで晴れてましたよね?なんなのこの霧⁈」
「毒とかじゃなさそうだけど……イヤな感じだね……。…それに……なにかがいる……」
マヤが頭のダイロクを動かしながら、周囲の感知を続ける。やがて何かを捉えた彼女の目が近くの建物の天井に据えられた。直後、霧がその一点へと収束していき……なんと3人の人影へと姿を変えたのだった。
…否、中心に立つのは真っ当な人ではない。漆黒のマントに血の様な真紅の液体が流れる全身のケーブルライン、更にひび割れた墓石を思わせる装甲が身体各部に配置されている。頭側部からは湾曲した角が生え、両手には指の代わりに鋭く長い爪。左腕に装備されたブレス器具を見なくとも分かる、今まで見た事がない新型のデブリーターである。
「フン、忌々しい勇者御一行どもを1人くらい倒してくれていれば上々と思ったが……やっぱりもう寿命かねぇ?」
怪物兵が倒れている少女を見やると、小馬鹿にした様に言い捨てる。やけに粘着質で陰湿なその声には聞き覚えがある。
「…お前……クリーデンスだな!」
「覚えて頂けたとは光栄だねぇチビ勇者殿!どうだね私の新型デブリーター『ノークスカウント』のステルス性能は!ケダモノどものおミミでも気付けなかっただろう?」
「ミミ言うなしっ!」
怪物の面相の奥からゲタゲタと嗤い声が響く。相も変わらず不愉快極まりない男だが、ディライトはなかなか飛び出さない。この世界に来てから戦いに身を投じ続けて来たからこそ備わった勘という物がレイトにもある。この『ノークスカウント』は通常のデブリーターとは“格”が異なる。下手をすればあのデイヴィラーク級の力を持った存在……と、感じられた。
「ハハ!怖気づいて声も出ないか⁉ならば大人しく忌々しい亜人共々、偉大なるシドニア帝国発展の礎となるがよいわ‼」
「そ、その通りだディライト擬き、そしてアイリス・パニディエラ!我が父の仇を討たせて頂く!正々堂々と勝負せよ!」
クリーデンスの隣から進み出てきた2人が宣言する。歳若い方は色白で顎の尖った細面な美青年だが……レイトは彼と会った記憶がない。引っ掛かるとすれば、「父の仇」という部分、そして目に爛々と燃える強い憎悪の色だが……。
「アイリィ、あの人知ってる?」
「会った事はないんだけど……多分ビリウス・ドレッド・シドニア。アトラークの弟よ」
「アトラークの……?…なるほど。だから仇……か……」
「なるほどって……それただの逆恨み……どころか、レイトもアイリィも何も関係ないヤツじゃん……」
「貴様ら下賤なストラド共の所為でこの儂がどれほどの屈辱を味わわされたか……百万回殺しても飽き足らぬ!貴様らが汚した由緒正しき我が血の正義を以て、貴様らなぞボロボロのケチョンケチョンに———」
関係ない……とは言っても、あの場にいなかった王弟があの時なにが起こっていたのかを知らないのは致し方ない事だ。仮にここで王を殺したのはアトラークであり、そして本当の彼も既に亡く、今シドニアのトップに立っているのは全くのニセモノなのだと説明しても……信じはしないだろう。
「…今は説明してる余裕はないよ。アイツらを一刻も早くここから追い出す……!」
「そうだな。…ところでずっと気になっていたんだが……さっきから喚き散らしてるあの男は誰だ?」
ゼオラが無遠慮に、ノークスカウントの隣で地団駄を踏んで怒鳴る男を指差す。軍服を纏った太り肉がズコッとこけそうになった。
「き、貴様らぁぁっっ‼このバトレー・ドミングスを忘れたとは言わさんぞぉっ‼」
「すみません忘れましたー」
「アッサリ言うなバカモノォォォッッッ‼」
「偽パラディンだっけ?」
「違う‼」
「三剣合体ウォークレイド?」
「誰じゃいソイツは⁈」
口角泡を飛ばす男の横でノークスカウントが口元を抑えて顔を逸らしている。ヤレヤレと呆れている様にも見えるが……アレは明らかに爆笑を堪えている状態だ。
「そうは言っても、割とどこにでもいそうな———…あ、思い出した。魔剣の違法所持でハイル達にボコされて、挙句にアラークの身代わりにされた人」
「どんな思い出し方しとるんじゃ貴様ぁっ⁉」
「…いたわね、そんなの……」
「あのあと領地は壊滅して、ガルシア王に爵位も剥奪されたと聞いてるが……復活したのか。しぶとい男……」
「てゆーか完全に自業自得アンド逆恨み……どころかギャク切れじゃん。自分が違法な事してたのが悪いんだよ」
ここぞとばかりにレイト達に攻撃されながらも、「黙らんかぁっ‼」と筋金入りの往生際の悪さでドミングスが反駁する。
「ドブネズミどもが生意気な……!もう許さん、目にもの見せてくれるわ!行きますぞ、陛下‼」
「…あ、あぁ……錬身……」
〈〈Tarantula……Deb-Reading……‼Wow……Wow,wow,woooooow……‼…To Be Sick……〉〉
デブリシリンジャーを起動させ、ビリウスとクリーデンスの体がデブリーターへと変身する。2人が変異したのはかつてアトラークが使用していたヴェノムアラークとそっくりのデブリーターだった。
黒を中心にしたヴェノムアラークに対して、こちらは灰色。背部に装備された蜘蛛脚——ヴェノムラフショダーは省略され、黒い羽根の様な装飾が取り付けられている。一番変化が顕著なのは右腕で、ドリル状の槍が前腕部に取り付けられていた。
蜘蛛型デブリスの中でも最大級のサイズを誇る『タランチュラデブリス』の成分をベースにした『ヴェノムアラーク』の量産モデル、その名も『ティターンアラーク』である。3体のデブリーターが揃い踏み、ディライト達へと躍りかかる。マヌールに三度めの戦火が灯った瞬間だった。
ディライトとアイリスが戦いに応じ、準隊士達は村中へと散らばって戦えない住民達の避難や支援などに当たる。コーパーズでもそういった訓練を自分達よりしっかりと受けているだろうし、任せても大丈夫だと断じて目の前の敵へと集中する。
「フハハハハハッッ!たかが女の細腕でこの儂に勝てるとでも思ったか‼」
ドミングスが変身するティターンアラークが相対するのはアイリス。自信満々といった風で大振りなハンドアックスを振り下ろす……が、案の定アッサリと攻撃を躱され、ルーナブラウドの刀身で横面を強かにはたき倒されてしまった。
「なっ……⁉き、貴様ぁぁっっ!」
「人の細腕を心配する暇があったら、先ずは自分のドテッ腹を心配なさったら?」
怪物兵の姿となってもハッキリと、ドミングスのデップリした腹回りは目立っている。腹を立てたドミングスは尚も「貴様ぁぁっっ‼」と怒りの叫びを上げて再び斧を振り上げて迫るが、アイリスはヒラリヒラリと攻撃を躱し、繰り返し打撃を浴びせかけていく。業を煮やしたドミングスは右腕のドリルを突き出してくるが、攻撃が解りやすすぎる所為で、それもあっさりと躱されてしまった。駆動する金属の槍は喰らえばただでは済まないだろうが、大振りな武器故に隙も大きい。そういうのは必中の瞬間を見定めてから使うものだ。
アイリスの錬真力に反応し、腰のウェイビングローブも旋風状の槍へと変形した。硬質化した切っ先は流石に相手のドリルには劣るが、それでも構造上脆弱な箇所を貫くには充分だ。腕との付け根部分をマントに貫かれ、ドリルは停止する。明らかに仮面の奥で動揺したドミングスの横面に、アイリスは思いきり剛剣を叩きつけた。
「このっ!このぉっ‼」
人に怪物の力を与えるデブリーターシステムは確かに優秀な兵器である。が、変身者に最低限の戦いの技能が備わっていなければその優秀さも十全には発揮されない。そういう点ではディライトが対峙しているティターンアラーク——ビリウス・ドレッド・シドニアも同様だった。
ティターンアラークは元となっているヴェノムアラークと比して、扱い辛い多彩な性能をオミットした代わりに、瞬間的なパワーと扱いやすさを強化したモデルである。だがその分だけ、使う者の力量が真正面から出る。だから今ディライトと戦っているビリウスの実力はハッキリと素人に毛が生えた程度と知れた。
攻撃動作はいちいち大振りで直線的。明らかに戦いの訓練など碌に受けていないだろうに、ディライト憎しという気迫だけは仮面越しからヒシヒシと感じ取れる。兄を殺した相手であるならば、それも当然と言えば当然かもしれないが……時間が経つほど、ただでさえ頼りないビリウスの動きは更に精細さを欠き、息も段々と上がってきている様だった。
「…逃げるな、ディライトッ……!私とっ……私と、正々堂々と戦えっ……!」
「正々堂々って……アンタもういっぱいいっぱいじゃんか……」
「黙れ……!私をっ……愚弄する事を許さんっ……!」
「してないっての!」
このビリウス・ドレッド・シドニアという男、間違いなくなんの戦闘訓練も受けていない……。戦いの経験が少ないのはレイトも同様だが、彼の目線から見てもそれは明らかだった。そんな相手を攻撃するのはどうも憚られるのだが、やられてやる訳にもいかない。一刻も早く戦闘不能に追い込むのが吉と判断して、右腕のダインスランサーを振り下ろし……かけた瞬間、どこからともなく飛来した矢がディライトの全身に突き刺さった。
「……………っ!」
「この瞬間を待っていたぞディライト……!この儂の最高傑作で!貴様を叩き潰してやる瞬間をなぁっ‼」
ノークスカウントだった。双眸を不気味に赤く光らせながら空を舞い、なんと虚空から矢を精錬しては次々とディライトに向けて放って来る。矢はまるで意思でも持っているかのような軌道でディライトに殺到してくる。王弟であるティターンアラークが射線上にいるにも拘わらず、ノークスカウントの攻撃は容赦がない。両者からの攻撃をなんとか捌きながらディライトは戦えたが、そんな事にも気づかないティターンアラークの背後にやがてノークスカウントの攻撃が突き刺さった。
「くっ……!クリーデンス……!私の邪魔をしないで貰いたい……!」
「ハァァァァァァッッッ……知らんよそんな事!躱せない貴様が悪いんじゃないかね?」
「なんだとっ———…グァァァァッッ⁈」
ノークスカウントの掌底部から迸った電撃が今度は誤射でも何でもなく、明らかにティターンアラークに直撃した。デブリシリンジャーの安全装置が働き、変身が解除されたビリウスが信じられないとばかりにノークスカウントを見つめる。
「…クリーデンスッ……貴様っ———!」
「まったくおめでたいものだねぇ、殿下。もうお前さんは用済みじゃて、精々ここで華々しく散って、雑兵どもの士気を上げる役にでも立って貰おうかな!」
「コイツ……っ!…いい加減にしろ‼」
——あの皇子も、きっと騙されて連れて来られたクチか……!
カラン・ヴォールクにヨセフ、マクベス夫人の家族、オーエンにゼオラ、それにシドニア王族……デブリーターの策謀によって人々の人生が狂わされるのを何回見て来ただろうか。レイトが関わらなかっただけで、もっと多くのそういった人々の犠牲があったのだろう。そして、その狂気の中心点にはいるのは間違いなくこの男だ。このマッドサイエンティストを倒さねば、きっと世界を蝕む恐怖の一端を断ち切る事は出来ないと、レイトははっきりと確信した。
雷撃からビリウスを庇うと、ディライトが上空のノークスカウント目がけて飛翔する。向こうも強力なデブリーターではあろうが、今のディライトもこれまでより遥かにパワーアップしているのだ。一瞬で敵の懐に肉薄したディライトの爪が胸倉へと叩きつけられる……と思われた刹那、ノークスカウントの姿が煙の様にかき消え、次の瞬間にはディライトの背後へと出現していた。
「…………っ⁈」
「甘いっ!甘いわぁっ‼」
肩部に装備された蛇状の砲口が勢いよく伸展し、なんとディライトの首筋へと深々と噛みついた。毒を注入されるのかと思ったが、しかし蛇の頭はゴクゴクと何かを飲み込むかの様な音を立てて鳴動している。まるで生気が抜き取られているかの様に体の末端から力が抜けていくディライトに対して、ノークスカウントの全身のケーブルはより明々と光を増していく。まるで力を吸い上げていく様に……。
——この力、このプレッシャー……どこかで経験していると思ったが……。
「吸血鬼クラスタのデブリーターか……。しかも、この力……!」
「お気づきかね?その通りだよ!コイツは少々特別なデブリーターでね……君が倒してくれたジェネラルクラスの成分を使って作り上げたのだよっ‼」
ジェネラルクラスの吸血鬼……『暗星のノクターヴ』。レイトが初めて仮面ライダーディライトとして戦った上位種デブリスの1体。確かあの時に取得した『
「一度は倒した相手……と思わん事じゃ。儂の才能にかかれば、あんなケダモノどもより遥かに強い力を作り出す事も出来るんじゃよ‼」
「そうかい……でも、その為に……お前はあの娘にあんな事をしたのかっ……?」
「あんな事?あぁ、ユリィの事かね?あの娘がいなければ、儂の研究はここまで来れなかったじゃろうて。感謝しておるよ、実に……実に!もう捨て時なのが惜しいくらいじゃぁぁっっ‼」
可笑しくて堪らないとばかりに、ノークスカウントが仮面の奥からゲハハハハッ!と下品な嗤いを迸らせた。
「…捨て時……?どういう事だよそれは⁉」
「言葉通りの意味じゃよ!デブリーターを作る為にずっと血を取り続けたんでな、いくらラージャの再生力が高いと言ってもそろそろ限界も近いと思っとったんじゃ。どうせ、
「
錬真力の高い人間の血や体組織を基にして作られる、デブリーター用の身体活性剤。今まであのユリィと呼ばれた少女の肉体がその為に酷使させられてきた訳だが……それは何もラージャでなくとも構わないのではないか?となれば、この地に侵攻を始めたデブリーターの真の目的とは……。
「次はリンクスを……ここの人達を使うつもりなのか……⁈」
「ご名答!絶滅したラージャどもと違ってコイツらはまだウジャウジャいる様じゃしなぁ!この大陸の人間どもを全員デブリーターにしてもまだ釣りが来そうじゃわいて‼」
「…ふっざけるなぁぁぁぁっっっっ‼」
怒りに任せてディライトが戒めを振り解き、そのまま逃げる暇も与えずドグラマシュレッダーをノークスカウントの頭に叩きつけた。錐揉みしながら地面へと降り立った両者。ディライトが右腕の刃をノークスカウントへと突き刺そうと振り上げた……その刹那の事だった。
——もういい……。もうこれ以上……。
——戦うな……。戦いたくない……。
〈リジェネレーションシステムにエラー発生。システム全体への停止信号受信……拒絶。現ユーザーの保護を最優先……〉
「なに……?…って、なんだコレ……⁈」
脳裏にまたあの声が響いた。システマティックな冷たさを含んだものと、どこか人間的な切実さを感じさせるものの2つ……だが、その声は全く同じ人物の物ではないかと感じた。
異変はそれだけではなかった。ノークスカウントの胸倉へと叩きつけようとした刃が急に停止し……否、それだけでなく、ディライトの全身が……つまりレイトの体が急に動き辛くなったのだった。まるで自分の体の制御権を奪われた様で、レイトのパニックは一層強まる。
「おいっ……!動け……動けって‼」
「おやおや不調な様だねぇ。作り直して差し上げようかぁっ‼」
そんな好機を逃すまいと、ノークスカウントの蛇がまたしてもディライトに組み付いてきた。噛みついた先からエネルギーを吸い取りつつ、腕や脚に絡みついた蛇が万力の様な力でディライトを締め上げていく……。
転瞬。
「…耐えろよ、ディライト……」
静かに、だがハッキリとそんな警告が発せられた直後、轟雷が鳴り響き、ノークスカウントが火柱を上げて吹き飛んだ。至近で組み付かれていたディライトも無事で済む筈がなく、吹き飛ばされ倒れ込んだところにマヤが慌てて駆け寄ってきた。
「れ、レイト大丈夫……⁉ちょっとヤナリ!なんてモノ撃つのよ⁉」
「フン、あのままよりもマシだろう?出力は最低に絞ってあるしな。…とはいえ……」
ヤナリがファンタズマを改めて構え直す。その銃口の先にはその桁外れの破壊力に焼かれたノークスカウントが仰臥していた。最低出力とは言え、ファンタズマの直撃を受け、なんと右肩から脇腹にかけてがゴッソリと削り取られている……が。
「なっ……⁉」
「…フン、やはりか……」
なんと、体の半分を吹き飛ばされたノークスカウントがユラリと立ち上がり、そのまま削り取られた患部が再生しだしたではないか。
元々、吸血鬼は相当な再生力を持つ事で知られている。あれに使われているのは、中でも最上級のジェネラルヴァンピールの物。基となった暗星のノクターヴも確か驚異的な再生力を持っていたのだったが……それでも、あのノークスカウントの中身はただに人間なのだ。それがあんな形で再生していくなど……もはや、完全な怪物というより他にないと思った。
「アレを受けてまだ立つのか……。予想以上だな、デブリーターというのは」
「…ヤナリさん、気を付けて……!アイツの狙いはあなた達だそうですから……!」
「…だと思ってたよ。人の生き血を啜る……まさしく吸血鬼ってところか」
「…フン、ただの原始人どもかと思っておったが……なかなかにやりおるものだ……」
仮面に隠されて解らないが、ノークスカウントは笑っている様にも、忌々し気な様にも見える。爪を振り上げ、あくまでも臨戦の構えを崩さないが、ファンタズマに次弾を装填したヤナリが「動くな」と制すると同時に、周囲からファンタズマや弓を構えた防人達が現れ、その銃口をデブリーター達に突き付ける。
「往生際が悪いぞ、吸血鬼どの?ご自慢のデブリーターがどれほどの物か知らんが、流石に次は立っていられまい。勿論まだ戦り合おうと言うのであれば、私は構わんが……どうする?」
「チッ……確かにこれは分が悪そうじゃて……」
クリーデンスがヤナリを睨み付けて呻く。頭頂部から立ち上がっている彼女のダイロク器官は目の前の敵の情報を正確に、そして残酷に捉えていた。いくら再生しようとも、先ほどのファンタズマの一撃で本体にはもちろんデブリシリンジャーなどにもいくつかのダメージが発生している様だった。少なくともこれ以上の継戦は困難になるだろう。
「…だが、勘違いはせぬ事じゃ。デブリーターの底力はこんなモンではないぞ……。今に吠え面をかく羽目になるのはそっちの方じゃ……」
自らの研究の成果の敗北を認め難いのか、凄まじい怒気を滲ませたノークスカウントが一帯に霧状のガスを放出した。有毒物質を警戒したヤナリ達が後じさった一瞬を突いて、ノークスカウントが背部からコウモリの様な羽根を展開して飛翔した。どうやらこのまま逃げ果せるつもりらしい。
「く、クリーデンス貴様!こんな獣人ども相手によもや尻尾を巻いて逃げる気じゃあるま———‼」
「じゃぁかましいわ!そういうセリフは少しはソイツをまともに扱えるようになってから言わんかい‼」
「なんだとっ……⁉くぅっ……お、覚えておれ貴様ら‼」
ドミングス卿はまだプライドが許さない様で精一杯の虚勢を張り上げるが、結局は眼前の銃口に恐れをなしたのか、ドリルで巻き上げた土煙を目晦ましにしてその場を遁走していった。あの太り肉でよくもと思う程に一瞬の事だった。
「…逃げられたか……。しかし……あんまり後味のいい状態でもなさそうだ……」
防衛に成功。大きな犠牲もなく、十分に喜んでいいとは思うが……。
ヤナリの目が取り残された者達……ユリィと呼ばれた少女とビリウスを一瞬だけ哀れっぽく見つめていた。
次回予告
父の仇を討たんとするビリウス。
生まれた場所を守る為に力に呑まれていくリンクス。
誰しもが憎しみに呑まれ、大地を血で染めていく。その状況を作り出し、踊る者……1人の男の胸に灯る憎しみの正体とは?
Saga29『勇名編Ⅲ~鮮血のラプソディー~』