デブリーターの力を以て民族浄化に乗り出すシドニア。
新兵器『ファンタズマ』を用いて、徹底抗戦の構えを取るリンクス。
戦いへと邁進する状況に苦悩しながらもレイト達は、この戦いの奥底にイカボッド・クリーデンスの狂気が潜んでいる事を確信する。
勇者ディライトに異様な憎悪を持つ彼の思惑は如何に……?
◇◇◇◇◇
境と境の間には魔が潜む……とは、よく言ったものである。ドランバルド三国の国境近くにはいくつもの難民区が点在し、そこには法も教会の力も届かない。後の時代にこそ救済の手が差し伸べられ、多少はマシになったが、当時はまさしく魔窟と呼ぶに相応しい酸鼻極まる場所だった。
少年が生まれたのは、そういう場所である。
『…坊や……帰っているの……?』
寝室から母のか細い声が聞こえる。こっそり帰ったつもりだったのだが……どうやら、目を覚ましていたらしい。心配性な母をあまり待たせるのは良くない。少年は手早く手を洗い、母の寝室へと顔を出した。
『あぁ……よかった……。一体どこへ行っていたの……?』
『…別に……。いつも通り、廃品回収の仕事だよ……』
こんな場所では稼ぐ手段など限られている。少年はデブリス襲撃によって廃棄された村などからまだ使えそうな物品などを回収し、いくらかの金銭や食べ物と交換する仕事に就いている……と、母は本気で信じている。
固いパンや日干しにした川魚などを差し出してやると、ベッドの上の母が涙を流して受け取り、そして部屋の隅に置かれた鎧に向かって祈りを捧げた。
『あぁ、勇者様……本日の糧をありがとうございます……。病に伏せる身にこの様な果報を……貴方様の広い御心に今日も感謝を———』
痩せさらばえて牛蒡の様になった喉を懸命に動かして、空虚な感謝の言葉を並べ立てる母を眺める度、少年は心底嫌な気分になる。だって食べ物を、僅かなお金を、
そんなバカな事はやめて欲しい、などと言う気はない。普段は弱々しく心配性な母であるが、その事を口にすると狂った様に喚きだすのだ。
『お黙り……!あの方に向かってなんて事をっ……!恥を知りなさい恥をっ!』
『私たちが生きていられるのは……全て勇者様のお陰なのっ……。感謝しこそすれ、バカな事だなんて……!』
『どうしてアンタはそうなの⁈お願いだから、お父様の顔に泥を塗らないでっ‼』
勇者様。お父様。二言目には直ぐにそれである。それこそが病に伏せる母にとって、唯一の心の拠り所なのだ。
かつてこの世界を蹂躙していた恐怖の魔王を打ち倒した救世の勇者『ディライト』。この世において名の知らぬ者のいない伝説の英雄の息子……それこそが、少年の秘密なのだった。
今でこそ極貧の只中にいるが、母はかつて神聖アネスタ皇国の由緒ある良家の娘だった。それがある時、フラリと現れたかつての勇者を名乗る男と出会い、心を惹かれ……やがて定められた婚姻を振り切ってその勇者とこの地の果てまで逃げ去った、のだそうだ。
それが本当なのかは知らない。正直言って明らかに胡散臭い話だと思うが……全くの無根拠ではないらしいとも思える。少年は忌々し気に部屋の隅の鎧を睨み付けた。
明らかにこの家には不釣り合いな豪奢な鎧。埃を被っていても、その精緻な造りと不可思議で荘厳な輝きを秘めたフルプレートメイルは、相当な価値を感じさせるものだ。だが、どれだけ生活に困ろうとも母はこの鎧だけは絶対に手放そうとしない。例えそれで自らの子が飢えようとも、だ。その事が殊更に忌々しく、少年は何度か鎧を破壊しようと試みた事があるのだが……驚いた事に、何をやっても鎧には傷1つ付けることが出来なかった。石斧を叩きつけようとも、デブリスから摂取した強酸を浴びせかけようとも、だ。
忌々しい……忌々しい事この上ないが……それこそが、この鎧とその持ち主が只者でないという事の何よりの証明だった。いつしか少年は自らの出生に関して、母の話を全面的に信じる事にしていた。
『…私は……あの方に出会って、人生を救われたわ……。私だけじゃない……。あの方はこの世に数限りない福音を齎したの……。いいこと、坊や……?そんな伝説の英雄の唯一の後継者である貴方はいつか———』
『…………………』
…だからと言って、母の話す物語——否、妄言にいつまでも耳を貸す気はない。こうして恍惚と話をし出している状態の彼女は、結局のところ少年の事など見えていないのだ。出ていったところで何の問題もない。寝室を出るとそのまま家の裏手に回って、水を溜めている桶に手を突っ込んだ。
——誰にも見つからなくて良かった。
——流石にコレを発見されてはマズい。
ゴシゴシと力を入れて水の中に浸されたシャツを洗う。すると……水が見る見るうちに赤黒く染まっていった。言わずとも、それが血である事は明らかだった。水の冷たさに手先を苛まれながら、少年は舌打ち交じりにシャツを洗い続けた。
こんな場所で子どもが稼げる手段などそうある訳がない。子どもなど無知を大人達に蔑まれ、使い捨ての危険な仕事に従事させられるのがオチだ。少年にそんな気などない。だからこそ、少年はシンプルに自分の行きつく先を決めていた。
——奪われる位なら、奪う。
——生きる為なら、殺す。
——そこに何の罪悪も痛痒もない。
——“自慢の息子”がこんな事で糧を得ていると知ったら……。
——母はどんな顔をするだろうか……?
『…なにが勇者ディライトだっ……。なにが英雄の後継者だ下らない……』
嘆きとも笑いとも、怒りともつかない表情を浮かべて、少年が毒づいた。こんな地に生まれつき、あんな母親の下で生きてきて、一度たりとも脳裏から噴き上がる様な苛立ちが消え去った日などない。
母がいくら自慢げに話そうとも、少年は父の顔をなど知らない。母は決して話そうとしないが、聞き込みで聞いた話によれば少年の父——本当であれば勇者ディライトは、彼が生まれて直ぐにどこかへ出奔してしまったらしい。それ以来、一度もこの家に姿を現した事などない。
——なんの事はない。
——結局、母は遊ばれて捨てられたんだ。
言葉にすればただそれだけの事。なのに母はそんな簡単な事すら認められない。未だに夫が清廉潔白な勇者で、自分はその後継者を生んだただ1人の女……そんな妄想に耽る事で目の前の現実から目を背け続けている。現実を認め、生家へと戻りさえすれば、せめて今の窮状から我が子を救う事が出来るのだとしても、しない。そんな事をすれば、自分が惨めでみっともない女だと認める事になってしまうから。
少年は、母を憎悪し、軽蔑した。いつしか血に塗れた自分の本当の姿を見せつけてやると心に誓い……そして、唐突にそれが終わった。
母が死んだ。少年が帰ってきて床を覗くと、既に冷たくなっていた。ただそれだけ。あまりの呆気なさに少年はしばし呆然と佇むよりなかった。
せめて弔ってやろうと思ったのが、せめてもの情けだった。が、十にも満たない彼に母を連れ出す事など出来なかった。仕方なしに少年は、家に向けて火を放った。
轟々と炎に焼かれる空気、照り返しの暴力的な色、枯れた家が焼け落ちていく音、微かに漂う人の肉の臭い……。せめて全てが無に帰す瞬間までその場に立ち続けた少年だったが……炎の中に佇む物を見つけると、珍しくヒッと息を詰まらせた。
勇者ディライトの鎧だった。炎の中でも原形を失わず傲然と佇む姿。照り返しを受けて荘厳と輝く威容。その横でズブズブと醜い黒炭へと姿を変えていく母……。その瞬間、少年の内奥から未だかつてない程に激しい激情が噴き上がってきた。
少年は、母を哀れみ、それでも愛していた。そして同時に、自分達を捨てた勇者……否、ただ不実な男への憎しみを覚えた。
『…許さないっ……‼殺してやる……!殺してやるぞディライトッッ……‼』
鎧を睨み付けながら、少年は初めて己の願いを口にした。その呪詛に応えるかの如く、炎が一層高く燃え上がる。まるで天を焼く怪物の様に成った火の熱が、少年の魂を焼いていった。
◇◇◇◇◇
「明朝、敵陣に襲撃を仕掛ける⁈」
まさに青天の霹靂とも言うべき、そんな決定。これにはレイト達のみならず、多くのリンクス達が瞠目する事になった。
リンクスが暮らす集落マヌールにデブリーターの開発者であり、今この地を標的にした襲撃部隊の長であるイカボッド・クリーデンスが奇襲を仕掛けたのはつい今朝がたの事である。幸い村には大きな被害はなく、クリーデンスは撤退し、おまけに敵軍の指揮官という立場であるシドニア皇帝の弟ビリウス・ドレッド・シドニアを捕らえる事が出来た。戦果としては上々と言えるが、その上でリンクスの長であるヤナリは、敵陣である『クロシア』へと進軍するという決定を下したのだった。
「あのクリーデンスという男は退く間際に、『デブリーターの力はこんな物ではない』と言っていた。つまり!ここで悠長に待ってたら、敵は更に力を強めて再度やって来るって事だ。だったらやられる前にやる……ヤナリ様の決定はそういう事だ」
「でも!クロシアはシドニアの領地でしょう。そこに攻め入るって事は、シドニアを侵略すると見做されるって事だ!そんな事になったら———!」
「もう戦争になっとるんだよコッチは!それともなにか?ここに立て籠もってたら、アネスタ様がパンパカパンとやって来て、事態を解決してくれんのか?え⁈」
リゴに詰め寄られて、レイト達はしばし思案に暮れるが……結論から言うと、「そんな事はない」と思う。シドニアとの戦争で主戦力を国土の防衛に割かなければいけないアネスタにそんな余裕がある筈はない。出来るのであれば、レイト達を派遣させずにとっくにやっているだろう。
籠城は基本的に増援のアテがあって初めて成立するものだ。どの国家にも属さないリンクスには初めからそんな選択肢は取れない。そうであるならば、確かに今の状況を打開する為に進撃するのは合理的な判断だと言えるだろうが……。
『我が父の仇を討たせて頂く!』
そう言っていたビリウス・ドレッド・シドニアをレイトは思い出す。そう、討つというの畢竟そういう事なのだ。何かを討てば痛みが生まれ、その痛みが憎しみへと膨れ上がって、人の意思では止められない程に拡大していく。その最たるものこそが国家間の戦争……正しく今の状況そのものである。
守る為とはいえ、その渦中にリンクス達が飛び込んでいくのは何としても止めたいところである。彼らを案じているのはあるが、何よりもファンタズマ……あの規格外の轟砲が放たれれば、どんな事態を巻き起こすか……。
だが、今そんな事を言ったとしても、彼らを止める事は出来ないだろう。レイト達に他の解決手段を提示できる訳ではないし、何より———。
「…わかった。それなら俺たちも協力します。ただし、明らかに行き過ぎと判断したら、戦闘に介入させて貰うとヤナリさんに伝えて下さい」
「…フン、こっちだってお前らの助けなんざ借りたくはないんだがな……どうせあの人は使える物はなんでも使えって言うんだろうさ。好きにしろ」
憤然と立ち去るリゴを見送りながら、ジルバが「いいんですか?」と問うてくる。このまま行くと激しい戦乱が起こる事になるのは間違いない。それが解っていながら、止める事が出来ないというのはなんとも歯痒い物ではある。
「…できる事なら敵陣に飛んで行って、クリーデンスを打ち取って来たいくらいなんだけど……」
「ドライバーの調子、まだ良くないんでしょう?流石に無謀よ」
「結局、原因は一体なんだったんだ?」
「さぁ……俺もディライトドライバーの機能とか完全に把握してる訳じゃないから……」
先程の戦闘の折に、レイトの脳裏に不可解な声が聞こえた。その直後にディライトの体が急に動かなくなったのだった。その後、何回か試してみたが、特に変身システムや動きに支障はなく、原因は結局不明……というか、そもそもレイト自身がディライトドライバーの機能や内部構造やらを正確に把握してはいないので、原因を追究しようもないのだった。
「…やれやれ……よくそんなのずっと使って来れたな……」
「し、仕方ないじゃん!こいつの機能ってなんかアーケミックレベル?とか言うのが上がらないと開示されないんだから!」
なんとも回りくどい……と思うが、ディライトドライバーの元となったあのメダリオン状の道具は元々勇者ディライトの持ち物だったと言われている。具体的にどんな物だったのかは不明だが、あの謎に包まれた勇者の力の一端だったとするなら、それくらい強固なセキュリティで守られていても不思議ではないはず……。
だが、だとすると別の疑問も生まれてくる。そもそもそれならどうしてレイトに使う事が出来たのか……という事だ。暗星のノクターヴとの戦いの中で突如目覚めたメダリオンがレイトの思いに応えるかの様に起動し、今のディライトドライバーへと形を変えた訳だが、いくら何でも都合が良すぎである。一体メダリオン……これに込められたあの“声”は何を基準にしてレイトを後継者として選出したのか……?
今わかっている事は、アーケミックレベルが上昇していくにつれてディライトはパワーを増していくという事。だが、それが最終段階に到達した時に一体何が起こるというのか?まだ多くの謎が残されているが……。
「他に使える力もない訳だし、戻ってからネムに聞いてみる以外にないよなぁ……。変身して戦えばそのアーケミックレベルとかは上がっていく訳だし、最大まで到達させてみるのも手の内だよ」
「…レイトさん、意外と図太いですね……」
「まぁ、万全の状態で戦えるなんて事はめったにないし……それに……」
「それに?」
「…ディライトの力がないとどうにも出来ないと思うんだよね……。今のこの事態も……あのクリーデンスって男の憎しみも……」
今のこの事態……リンクスやアネスタへの侵略の根底には、怪物と亜人の力を取り込んだデブリーターシステムの存在が。そして、その更に奥には、クリーデンスという男の強い憎しみが潜んでいる様な……勘でしかないのだが、そう思えてならなかった。
◇◇◇◇◇
「えぇい!どういう事だクリーデンス!こんなモノ全く役に立たんではないか‼」
マヌールから敗走し、クロシアへと帰り着いた直後、案の定というかバトレー・ドミングスが憤怒の形相も凄まじくクリーデンスへと詰め寄っていた。こんなモノ……とは、その両手に握られているデブリーターシステム一式の事である。
クリーデンスはそんな彼に振り向こうともせず、帰るなり自分のラボでまた不可解な薬の調合などを始めている。そんな姿の更に苛立ちを募らせたドミングス卿が「聞いとるのか‼」と彼の机上を払いのけた。
「人を超人に変える力だと言うから使ってみれば……あんな小娘1人に歯が立たんとはどういう事だ⁉我が財をこんなつまらんモンにつぎ込みおって……!国家反逆罪で極刑にしてもまだ生温———‼」
「…いい加減に黙らんかこの愚物め……」
唐突に、だがハッキリとクリーデンスが毒づき、指をパチリと鳴らす。途端、彼の配下の白衣達が一斉にドミングス卿へと飛び掛かり、あっという間にその大柄を拘束してしまった。
「こ、これはどういうつもりだクリーデンス‼本気で国家反逆罪に問われたいか貴様ぁっ‼」
「国家反逆罪?滑稽だの。お前さんにそんな権限があるとでも思っとるのかね?…ただの、実験動物でしかないモノに……」
「な、なんだとぅっっ‼貴様———ぐおぅっ⁈」
ドミングスの首筋に鋭い痛みが伴い、直後体からダラリと力が抜けて指一本動かせなくなってしまった。デブリス毒から抽出した筋弛緩剤の効果は瞬間的に全身の自由を奪うのは勿論、意識だけは鮮明に残り続ける。本当の地獄はこれからだ。
「連れてけ」
「な、なにをする貴様らっ!この儂を誰だと思っとる⁉この部隊の最高責任者であるこの儂にこんな真似を———‼」
「じゃぁっからしい‼そんなに国家に尽くしたいなら今すぐ役立つモンに作り変えてやるわい‼」
研究員達に抱えられて、ラボの寝台へと固定されるドミングス。そのすぐ傍らに立ったクリーデンスが見せつけるかの様にグノースシリンジャーに霊薬を装填していき……。ドミングスが声にもならない恐怖の叫びを迸らせるが、それでも体はピクリとも動いてくれない。それだけでも最高に愉悦的な光景ではあるが……止めとばかりにクリーデンスがドミングスの耳元まで近づく。
「最後にいい事を教えてやろう将軍殿。デブリーターシステムに必要な活性剤の原料がなにか……そもそも、ストラド共を捕らえるこの作戦の目的が何であるか……とかな?」
「…ど、どういう事だ⁈こ、これは劣等なストラド共を殲滅し、より良き血筋だけをこの世に残す為だと———‼」
「ウッヒャッヒャッヒャッヒャッ‼やっぱりそんな事を信じとったかおめでたい奴め‼」
壁の外の民達が暮らす地域を襲撃し、大虐殺を伴ってでも彼らを捕縛するこの作戦の目的。表向きは民族浄化の為というのが建前ではあるが……勿論、実行するからにはそれなりの理由というものがあるのだ。単なる差別主義者の戯言と一緒にしないで欲しい。
「よいかね?デブリドラッグなんて劇薬は常人の錬真力じゃ御しきれん。だからこそ、錬真力の高い人種の体組織が必要不可欠だった訳なんじゃが……」
「……………っ⁈」
「そういう意味でラージャのあの娘は最高の素材だったんじゃが……そろそろ絞り滓も同然だったのでな。そこで思った訳じゃ、利用し甲斐のあるゴミカスどもがこの世には溢れとるじゃないか、とねぇっ!」
「…き、貴様っ……!貴様まさかっっ……⁈」
迂闊と低能が人のナリをして歩いている様なドミングスにも流石に理解できた様である。口唇を震えさせ、今すぐにでも吐き出しただろうが、体の自由が効かず出来ないだろう。そう考えると、今までこの男にへりくだってみせた溜飲も下がるというものである。
「い、いやそんなバカなっ……!ストラドなどにそんな利用価値がある訳がない!そうだろう⁈」
「ヒャッヒャッヒャッ‼必死じゃのうドミングス卿。じゃが残念!よく考えてみぃ、壁の中でのうのうと暮らしとるお前らよりも、日々デブリス毒に晒されとるストラド共の方が錬真力が高いのは当然じゃろて‼」
よく考えてみれば当然の事である。デブリスの侵略やその毒素に体は抵抗しようとする。そうなれば体内に侵入した毒素を分解する力を持つ錬真力が高まってくるのは自明の理だと言えるだろう。もっともこれらの事実も最近になって明らかになってきたものであるが……つまるところ、貴族や壁の中の人間達は優れた存在であると考えるシドニアの優生思想など全くのデタラメだという事だ。
「あんな戯言はお前らから金を巻き上げて戦える駒にしちまう為の餌じゃよ!しかし、本気で気付いとらんかったとは驚きじゃてヒャッヒャッヒャッ‼」
「よ、よくも……っ!よくも儂に下賤な者の血などっ……許さんぞぉっ!おいっ、誰かこやつを捕えろ!誰かっ……誰か聞こえんのかぁっ‼」
「無駄じゃって、ここの奴らはもう全部操り人形にしちまっとるわ。お前さんも余計な事など考えず、大好きなシドニアの礎にでもなるがいいわ」
ドミングスの必死の叫びも嘲笑い、クリーデンスがその首筋にグノースシリンジャーを押し付け、薬液をその身に放った。錬真力による体の急速な変異が齎す激痛にしばし絶叫したドミングスだったが……やがてそれも収まり、何も言わないただのヒト型と成り果ててしまった。
「よしよし、上々じゃな。前よりも使えそうになったではないか。感謝するんじゃぞい」
「………………」
虚ろな眼窩を上げもせず、ただ機械的にデブリシリンジャーと霊薬を受け取ったドミングスが研究員達にラボの奥へと引っ立てられていく。錬真力活性剤の過剰投与によって肉体のデブリス毒耐性は急速に上昇するが、その作用によって自意識や高度な判断能力は失われてしまう。ただ命令を聞くしかない機械と化してしまう訳だが……別にそれで構わない。クリーデンスは別に、人間など必要とはしていないからだ。
「ヤレヤレ……やっとこれで喧しい奴がいなくなったわい。…で?グノーシズはすぐにでも出せるかね?」
「はっ、現状のストックなら10体まで出撃可能です」
よろしい、とクリーデンスは愉悦の色を濃くする。デブリーターの底力はまだこんなものではない。あの生意気な兎耳の娘にそれを突き付けてやるが今から楽しみでならない……。濁った双眸の先、閉ざされたラボの暗がりで、白銀色に輝く巨大な鉄塊が生まれ落ちる瞬間を今か今かと待ち構えている様だった。
一週間ぶりでございます。今回よりSaga29となります。遂にクリーデンスという男について、重大な秘密が語られる事となるでしょう。そして、当然彼についても……。まぁ、今回で断片は書いてしまいましたが、正式な解答はこの話の最期までお待ちください。
それで今回なのですが、今プライベートの方がひたすらゴタついてまして、なかなか執筆が進まない状況です。出来れば休みたくはないので、次回はかなり字数が少なくなってしまいますがお許し下さい。
それではまた次回。