◇◇◇◇◇
遥か遠方より、地鳴りの様な音圧が響いた。音の聞こえた方向、距離……間違いなくあのファンタズマと呼ばれた兵器が放たれたのだと、ビリウスに解った。
リンクス達の拠点の周囲で、あの兵器が穿った痕は見た。あれが我が軍のに向けて放たれた……。デブリーターが如何に堅牢であろうとも、無事では済むまい。何百……下手すれば何千という将兵の命が戦場に散っていくと言うのに、シドニア王族の直系である自分はこんな所でむざむざ寝ているしか出来ないとは……。
…否、例え戦場に立っていたとしても、自分がいるかいないかなど大して影響はないだろう。身じろぎひとつ満足に取れないこの体たらくが、何よりの証左だ。
シドニア王ガルシア・ザイン・シドニアの次男として生まれたビリウスだが、生来病気がちで長く起きている事も儘ならない体質だった。1人では馬車の昇降すらも満足に出来ない病弱ゆえに王の継承者候補としては半ば外されていたも同然であり、その分だけ兄アトラークがより苛烈な教育を受けていく事になった訳だが……だからこそ、早い段階から決めていた。いずれ王となる兄を支えるのが自分の定めなのだと。
父が死に、アトラークは王としてこの国をもっと豊かで強い国にすると宣言した。その是非はともかく、それを支えるのが自分の道と決めていたビリウスは兄の勧めに従い、あのイカボッド・クリーデンスという男による“治療”を受けた。
劇的……とは行かずとも、クリーデンスの投与した薬はビリウスの長年の病を確かに緩和してくれた。少なくとも誰かの支えなしには歩けなかった自分が、自分の足で立ち、前線に立って戦うだけの力を得た。アネスタへと侵攻した兄の命に従い、こうしてシドニア国内での争乱を収束させるべく出撃したのだった……が、その結果は今の通りである。
ずっと父の仇と思っていたディライト擬きとアイリス・パニディエラの証言。あれが真実であるのか、今のビリウスには正直判断がつかないのだが……信を置いていたクリーデンスとドミングスが自分を顧みる事もなく捨てたのは、動かしようのない真実だった。
薬の効果が切れてきたのか、今は起き上がる事も自分の自由にならない。敵地の只中で苦し気にジタバタするのも耐え難く、いっそ殺してくれた方が楽だったものを……という思いが去来しかけた瞬間、周囲のリンクス達が俄かに騒がしくなった。
「マズいな……。心拍が更に下がってる。このままじゃ保たないぞ……」
「だからこんなトコに連れてくるのは反対だって言ったのにさ……!今ある強心剤だけでどれだけ効果があるのか……」
「…なんだ……?どうしたと言うのだ……?」
ビリウスが2人の医者夫婦——確かフォルコ夫妻という名だった——に問いかけると、夫のハルマが振り返った。医者である以上、誰であっても治療する事を信条にしている様で、本来は敵であるビリウスの治療にも懸命に当たってくれた。
「…この娘の容態が急変したんだ。デブリーターの人体実験に長年晒されていたからな……医者としては言いたくないが、そろそろ限界だったのかもしれない……」
「…………っ。…そうか……その娘が……」
医者の視線の先……顔面蒼白で、明らかに今にも命の火が消えそうな少女の姿をビリウスは見つめる。側頭部に生える2本の角が少女の出自を如実に物語っている。あのディライトの少年から簡単に聞いていたのだが、彼女は
吐き気を催す、まさに邪悪の所業。…だが、知らずとは言え、そんな事に自分自身が加担していたのは動かしようのない事実なのだと、ビリウスは厳然と理解した。
『これが今この国の中で……あなたの国で起きている事よ。それだけは覚えておいて』
アイリスの放った言葉の実態が目の前に突き付けられ、またも噴き上がる嘔気をビリウスは懸命に堪える。もし彼女の命の火がこのまま消えゆくと言うのなら……せめてそれから目を逸らしてはいけないと思った。それがせめて王の血を引くものとして……どれだけ無力であっても、そう生まれついた自分に出来るたった1つの……。
そこまで考えた瞬間、ビリウスの脳裏に1つの可能性が閃いた。考えるだに悍ましいが、それでもこの状況にとっては光明となり得るかもしれない方法が……。
「…私の……私の上着に薬が入っている……!それを打つんだ……!もしかしたら……彼女を助けられるかもしれない……」
「薬?薬って……あぁ、これかい?」
「アンタねぇ……こんな時に適当な事を言わないでくれるかい?どうしてこれで彼女を救えるって———」
医者夫婦の懸念は尤もである。だが、ビリウスにはどこか確信に近い気持ちがあった。
「…それは、私の病を緩和させる薬なんだが……あのクリーデンスが用意したものだ……。デブリーターの適合剤と同じく、その少女の体から生成されたものであれば……!」
「………っ!そうか……元は彼女の身の一部……だとすると、効果はあるかもしれない……!」
危険な賭けかもしれないが……このまま手を拱いていても、ユリィは死す運命にある。それならば一縷の望みに賭けるのも手か……。素早く決断したハルマがあるだけの薬を受け取り、少女の処置へと走っていった。
——今更、祈る資格もない事は重々承知……。
——…それでも、許されるのなら……。
意識が遠のくのを熱で倦んだ頭の片隅で感じながら、ビリウスは誰にともなく祈りを捧げた。王は強くあらねばらならない。それは全てその背後にいる民達の為……。初めてその事を理解できた瞬間、瞼の裏で初めて、父が自分に笑ってくれたのをビリウスは感じた。
◇◇◇◇◇
戦略兵器というものが存在する。読んで字の如く、戦略——特定の目的や成果を達成する為に、長期的視座に基づいて立案される軍事行動や方法——的な用途に用いられる兵器な訳だが、狭義では敵国の産業・軍事施設などを大規模に攻撃する兵器群の事で知られる。時代によって定義も様々あるだろうが、数百体の敵を一撃で薙ぎ払えるだけの威力を持ったファンタズマは、今この瞬間この世界において最大の戦略兵器であると言えた。
できれば、先程の攻撃で敵の戦意を削げれば万々歳というところではあったのだが……そうは問屋が卸さない様だ。怒りとも混乱ともつかない鯨波を迸らせながら、無数のデブリーター達が突撃を開始していた。
「…退かないわね……。予測はしてたけど……」
「あのクリーデンスって男……明らかにあの人達に一服盛ってるな……」
「人の意識を奪う毒ってヤツか……?デブリーターってのは、そんな事も出来るのか……」
「前に俺の仲間が言ってました。一種の麻薬みたいなのを注入する事で、感情を殺し、生物としてのリミッターを外した状態……ちょっとやそっとの痛みじゃ動じなくなる上に、死を恐れもしない生物兵器へと変える事が出来るんだと……」
「…人間としての肉体はおろか、心までも奪う気なのかっ……」
人間としての肉体を失いながら、心だけが最後の己を証明するものとして残されたラウボーだからこそ、彼らの所業への怒りもひとしお……というところなのだろう。人から自由意思を奪い、完全なる兵器へとする事でディアバルに勝利する……デブリーターの目指す未来がその様なものであるならば、心から御免被るというものである。
シュルシュルという音と共に、デブリーターの群団の渦中に放り込まれた弾丸。それらから猛烈な勢いで白煙が噴出し、戦場全体へと広がっていく。もし最初のファンタズマで敵が降伏しなければ、相手の視界を封じる煙幕を展開した上で、即座に地上の防人たちによる攻撃を開始する……ヤナリの次善策である。そしてその際にはレイト達が矢面に立って戦う様にと決められている。人使いが荒い……とブルースあたりがブツクサと不満を垂れていたが、我を忘れて最も危険な状態になっているデブリーター達の相手を実戦経験の乏しいリンクス達には任せられない。
「行くよ。アイリィとゼオラは視界に注意して」
「大丈夫よ、マヤ程ではないけど、これくらいなら錬真力で周辺を感知できるから」
「私はお役目柄、視力に頼らない戦いも出来る。乱戦ならお前より得意だぞ」
「俺も行こう。俺の嗅覚ならこの状況でも問題なく戦える」
レイト達に続いてラウボーも塹壕から這い出てきた。人狼化した彼の力はディライトにも匹敵する。彼を戦いに巻き込んでいいのかという懸念は拭えないが、どれだけ言っても彼は引き下がらないだろう。
〈ダーク……!ミスリックバーン‼ネオ・ファンタスティック‼〉
「変身‼」
〈オールアップ、ディライト‼ライツアウト!セイクリッド・ブレイバー‼ダーク!ミスリックナイツ‼…Whenever,Continue evolving〉
変身を合図にして、ディライト達の攻勢が始まる。丘陵のヤナリ達とクロシアが睨み合う中、平原と森の境に人が身を隠せる程の空堀……即ち塹壕が掘られていたのだ。煙幕の影響で一時的に視界を封じられたデブリーター達の横腹を殴りつける様に、ディライトとリンクスの地上部隊が奇襲を仕掛ける格好となった。
エレメントタービュラーを黒翼の様に靡かせ、デブリーターの中へと降り立ったディライトが両腕の刃を振るいながらジェヴォールト達を切り裂いていく。光と闇の2つの力でコーティングされたマテリアメイルは、通常のディライトのそれと比べても遥かに堅牢で、もはやジェヴォールト程度の攻撃ではビクともしない。ドグラマシュレッダーを地面へと叩きつけ力を周辺に放出、剣山状にシェープシフトした闇のエレメントが地殻を突き破り出現し、デブリーターを爆砕の火へと変えていった。
ならば、と宝玉を取り付けられた錫杖を構えたデブリーターが前に進み出てきた。頭頂部をネメスという王冠で覆った様な奇妙なデブリーターは人頭の獣『スフィンクス』の力を持った『シェイプアンク』というタイプである。前にホムンクルスの少女たちによって運用されていたのと同じ個体だが、こちらもレオニーグ同様に一部の色が変更されている正式採用型だ。
エレメントをシェープシフトさせる専用の錫杖から、砲丸形の土塊がディライトに向けて射出される……が、その全てが着弾する前にアイリスとゼオラの剣戟に弾かれて消滅する事となった。彼女たちの身に刻まれた紋が、存在を主張するかの様に煌々と光る。
「ゼオラ、力はまだ上手く使えないんでしょ?無理しなくていいのよ」
「誰に向かって言ってるんだ?錬真力なんかに頼らなくとも、こんな奴らくらい……」
ゼオラが背中に背負っていた戦棍『仁義霊』を構え、不敵に笑う。元々彼女に戦い方を教えたのは自分なのだ。錬真術という領分で後れを取ろうとも、戦いではアイリスに心配される謂れなどない。もっとも彼女自身もそんな事は先刻承知だろう。頼もしそうに互いに目線を合わせ、デブリーターの群れへと躊躇なく飛び込む。
危惧などもろともせず、ゼオラが棍を一振りすると、数体のデブリーターが一斉に吹き飛ばされる。長いリーチによる威力もさることながら、特殊な合金で形成された身は非常に強固で、旋回させて防御へと転じる事も可能。吹き飛ばした敵の一団に向けて、棍の先端を向けつつ、スロットに炎の霊薬を装填する。棍の先端のカバーが外れ、そこから砲口『鋼挺』が飛び出した。ライドラッグの全エネルギーが一瞬で収束し、強大な炎の砲弾となって解き放たれた。
マヤの使うアンサーラーの様に複数パターンの撃ちわけ等は出来ないが、長年錬真術というものとは無縁で戦ってきた彼女は自らの武器を発注する際に、なるべく特殊な機構を設けずシンプルなものにして欲しいと要望を出しておいたのだが……予想以上にいい出来である。どんな武器であってもそれなりに戦えるという自負はあるが、やはり良いものを使うに越した事はない。ビバ資本力。
レイト達が予測した通り、今のシドニア軍の多くはとにかく数を揃える為に、正規の兵士でない者をかき集めている様だ。いくらデブリーターシステムと薬剤でその力を強化しようとも、動きは完全にただの素人集団である。民間人を虐殺するだけならまだしも、それでは生身のアイリスにすら届きはしない。ヒラリヒラリと縦横無尽に駆ける彼女は、戦場の只中にいても艶やかに見える……が、やはり今この場において最も目立つのは、人狼と化したラウボーである。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!!」
遥か彼方の大気まで揺るがしそうな咆哮を上げながら迫る人狼の姿には、精神を蝕まれている強壮化兵士ですら慄かせる迫力がある。剃刀の様な牙や爪が禍々しく煌めく……が、ラウボーはそれらを決して振るわず、拳や蹴りを駆使してデブリーター達を文字通り蹴散らしていく。体毛と分厚い表皮もデブリーターの攻撃では易々とは突破できず、流石は正真正銘本物のデブリスといったところではある。
塹壕からもリンクス達が矢を射かけながらディライト達を援護していく。あれだけの数の敵を同時に相手どれる彼らの力に圧倒されながらも、リンクス達は気が昂っていた。こちらの奇襲に敵は早くも総崩れになりつつある。間もなくファンタズマの冷却が完了し、次が放たれる。このペースが続くならば、勝利も決して夢物語ではない……。
「ククッ、そう簡単にいくとお思いかねぇ?」
「クリーデンスか……⁈どこに———ってウォォォッッッ⁉」
突如、リンクス達の足元から猛然と土砂が噴き上がり、巨大な“脚”が姿を現した。黒鉄色にコーティングされた“脚”が一振りでリンクス達を弾き飛ばし、やがてその本体を露わにした。
一言で言えば、巨大な蜘蛛である。全長5ハンズを超える巨体の上部にはデブリーター『ティターンアラーク』の上半身が据え付けられ、さながら蜘蛛形の戦車といったところか。
「なんですかアレ⁉」
「クソッ……!またアレか……!」
ディライト達はこの敵を知っていた。前にアトラークことヴェノムアラークが最終決戦時に使用、デブリーターの最大の力と称していた『グノーシズ』と呼ばれる形態である。
しかも、出現したのは1体だけに留まらなかった。地面を突き破り、次から次へと黒色の『ティターンアラーク・グノーシズ』が戦場に姿を現していった。大柄のラウボーですら睥睨する程の巨体が全部で……10体。
「…噓でしょ……」
「1体倒すだけでも、あれだけ大変だったのに……」
「危ない、来るぞ!みんな退がれ!」
ティターンアラークの脚先の節と前方の口部がバクン!と音を立てて開き、出現した砲口が明滅、直後猛烈な火焔流を四方八方へと放出した。火炎の勢いはあまりに凄まじく、硬い岩盤を吹き飛ばして即座にボロ炭へと変えてしまう程だった。
ティターンアラークの基となった土蜘蛛デブリスは、蜘蛛種特有の毒も糸も出さない代わりに、炎を吐く事で知られているが、これ程までの破壊力を出せるとは……。炎から逃れて散り散りに逃げるリンクス達の上空から、再び勝ち誇る様な嗤い声が降り注いだ。
「クフフフフフフッッ、言ったろう獣人ども!吠え面をかく羽目になるとなぁっ‼」
「クリーデンス……っっ‼」
黒煙と炎の照り返しによって赤黒く染まった空から全てを見下す様に、デブリーター『ノークスカウント』が黒マントを靡かせて嗤っていた。
◇◇◇◇◇
「なんだアレは……⁈」
「森をあんなにしたのは、アイツの仕業みたいだね……」
巨大なデブリーターが地面を突き破って出現したのは、ヤナリ達のいる場所からもハッキリと見えていた。全身から炎を噴出し、瞬く間に戦場を焦土へと変えてしまった敵の威力に、誰もが息を呑む……なか、ヤナリだけは冷静に「怯むな!」と指示を飛ばしている。
「信号弾撃て、地上部隊に撤退指示。1番から5番、出力5割まで絞って構え!あのデカブツを討つ!」
「ヤナリ、腹部の上を狙って。そこに弱点があるから」
「…だ、そうだ。出来るかいリゴ?」
「余裕でさぁ。デカい分だけ狙いやすい!」
ヤナリの命令に従って、ファンタズマに再度弾が装填、戦場を闊歩するティターンアラーク・グノーシズへと銃口を向けた。ダイロクを立ち上がらせ、マヤが示したグノーシズの後部分へと精密に狙いを定める。
「放てぇっ‼」
出力を絞った陰エーテル弾が発射、彗星の様に尾を引いて、絶対的な破壊の光矢が狙い違わずグノーシズの後部ユニットへと突き刺さる……が、
「なにっ……⁉」
グノーシズの後部ユニットから数本の杭が立ち上がり、そこから放たれたスパークに全身が覆われていく。ファンタズマから放たれた光球がその光に触れた途端、壊れかかった電球の様に激しく明滅を繰り返すと……やがて、消滅してしまった。後には無傷のグノーシズが佇んでいるのみ。見ている者全てが息を呑んだ。あの攻撃がまさか防がれるとは。出力を半分に絞っていたとは言え、城塞都市の壁すらも一撃で破壊できるだけの威力は備わっている筈なのに……。
「…バカな……ファンタズマを相殺するなど———」
「バァカめぇっっ!本気で儂の才能を上回れると思うたか蛮人めぇっ!」
「……………っ⁉」
初めて驚愕を露わにしたヤナリの眼前に、突如ノークスカウントが出現した。ヤナリは即座に身を引き、自らのファンタズマを構えて引き金を絞ろうとする……が、それよりも速くデブリーターの鋭爪が彼女の腹部を深々と貫いた。傷口から血を噴出させ、リンクスの長がその場に倒れ込んだ。
「ヤナリぃっ⁉」
「キサマァァァァァァッッッッ‼」
激昂したリゴがファンタズマの銃身でノークスカウントへと殴り掛かるが、次の瞬間にはその姿が霧となってかき消え、彼の背後に再び現出した。背中から躊躇なく切り裂き、デブリーターの姿が再び血煙の中へと消える。再びリンクス達の直上にその姿を現した時、両腕にはヤナリ達から取り上げた2挺のファンタズマが握られていた。
「さてと、貴様らはなるべく生かして捕らえたいんじゃが……まぁ、数匹なら構わんか。儂を煩わせた事を後悔させたるわい……」
ノークスカウントの両腕が赤黒く輝き、血糊の様な粘液が勢いよく噴出して両腕のファンタズマを包み込んでいく。やがてファンタズマの原型が崩れ、ノークスカウントに吞み込まれるかの様にその形状が腕甲へと再錬成された。
「…ファンタズマを……呑み込みやがった……⁉」
吸血鬼の中には血を取り込む事で、その性質すらも取り込む力を持った存在がいるのだが、このノークスカウントはその力を更に拡大発展させ、無機物なども取り込みながら自らを強化させる事が出来るのだった。
ファンタズマを取り込んだ今や、最強の矛を手に入れたも同然。腕甲に取り付けられた砲口がマヤ達へと狙いを定め、煌々と輝きを帯びる……。
「させるかっ‼」
発射直前、ノークスカウントに背後からディライトが体当たりをかました。体勢を崩したノークスカウントの腕からそのまま光球が発射されるが、狙いは大きく外れ、そのまま森の一角へと直撃した。着弾点から巨大な火柱が噴き上がり、炎と爆圧が長い年月をかけて成長してきた巨木群を薙ぎ倒していった。
「ディライトめがっ……!いい加減、しつこいぞぃっ‼」
「こっちの台詞だ‼」
絡み合いながら地面へと降り立った両者が、再び火花を散らして激突する。ファンタズマの砲撃を警戒するディライトは何としてもノークスカウントへと肉薄しようとするが、敵もそうは問屋が卸さない。ノークスカウントの全身のケーブルから噴出した血が鏃の様な形状に変化し、ディライトへと飛来する。暗星のノクターヴも使っていた操血能力という奴である。殺到する血弾の雨霰の只中へ、ディライトは回避もせずに突っ込んだ。
「はぁぁぁっっ‼」
ディライトの爪がノークスカウントの頭部を鷲掴みにし、そのまま地面へと引き倒す……が、すんでのところで敵も態勢を立て直して耐えた。ディライトの手から逃れると、血で精製した刃で斬りかかる。ディライトも攻撃を受け止め、全力の両者の力が拮抗する事になった。
「どうしたかね?息が上がってる様だがね!」
「それは……お前も同じだろ!」
ダークミスリックナイツの『イクリプスミスト』は相手の攻撃を吸収する事が出来るが、その度にダークライドラッグを消耗する為、攻撃を受け過ぎると変身状態を維持できなくなってしまう。だが、ノークスカウントも攻撃をすればするほど自身の血を消耗するのだ。条件は同じ筈……と思うが、「そう思うかねぇっ‼」と吸血鬼がディライトを蹴り飛ばして、後方へと跳び退った。
「忘れたかね?今の儂は吸血鬼……命を刈り取る王だという事を……」
全身のケーブルが輝き、ノークスカウントの周囲に錬真力が放出。その光に触れた途端、地面や倒れた兵士達の体がヌラリと赤黒く輝き……その輝きが、次々とノークスカウントへと吸収されていった。その輝きの正体が、ディライトにもはっきりと解った。
「人の血を吸い取って、力を増すのか……!」
「そぉの通りっっ!絶えず血が流れる戦場は、今の儂にとって絶好の餌場であり、狩場という訳さぁっっ‼」
〈VAMPIRE BLOOD……INFUSING……!〉
デブリドラッグに秘められた怪物の力が再チャージされ、背部のマントが翼状に展開する。その表面に爛々と輝く無数の目から、破壊の光軸が驟雨の様に放たれた。その射線の先には傷ついたヤナリ達がその場から動けずにいる。避けられない、と判断したディライトもエブリッションスターターを押し込み、闇のエレメントを活性化させた。
〈ネオ・ヴァリアントブリンク‼〉
闇のエネルギーが流し込まれた地面が隆起し、エレメントで構成された“腕”がリンクス達を守る様に広範囲に展開した。ノークスカウントが放ったレーザーの全てを受け止めるが……。
「…くぅぅぅぅっっっ……‼」
エネルギーとなる血を絶えず補充できる向こうの攻撃は弱まる気配がない。何とか攻撃を押し返そうと気合を込めるディライトだったが、視界に隅に警告の様な光がチカチカと明滅する。ライドラッグの総量が少なくなってきたのかと思ったが、脳裏にまたしてもあの“声”が響き始めているのが解った。
——これ以上、戦うな……。
——どうせ何も守れない……。何も、変わりはしない……。
「…またアンタか……っ!いちいち、泣き言を言ってるんじゃ———っっ⁈」
あの“声”の影響なのか、またしてもディライトの全身から力が抜けていく。結果、力と力の均衡が崩れ去り、ディライトは火線が生み出した爆発に巻き込まれる形となった。変身はギリギリで解除されなかったが、大きくダメージを負ったディライトがそのまま地面へと倒れ込む。
〈リジェネレーションシステム、エラー。回復中の人格プログラムに深刻なウェットダメージが発生していると予測……原因、不明。システムを停止し、再起動を実行——〉
——止まれ……!私はもう戦えない……。これ以上の、抵抗は無意味だ……!
「うるっさい頭の中でゴチャゴチャと!いいから動けバカヤロー‼」
「なぁに独り言を言っておるのかなディライトモドキくぅん‼」
動けないディライトの襟元を掴み、そのまま膂力に任せて地面へと何度も叩きつけるノークスカウント。大技を使用しないのは、変身を解除させずに、しかし確実にダメージを蓄積させようという腹積もりなのか……何にせよ、相当に憎しみが籠ってるのがまたヒシヒシと感じられた。
「動けない様だねぇ、ディライトは?相変わらず肝心なところで役に立たんというか……イイヤ、それとも……あの人でなしにも、情くらいあるという事なのかねぇ……」
「…なに……⁉アンタ、ディライトを知ってるのか……⁉」
『相変わらず』『人でなし』という言葉には、まるで勇者ディライトの人となりを知っているかの様な口振りである。だが、そんな事があり得るだろうか?勇者ディライトことラショナルの電脳パーソナリティ『コード:ディライト』がこの世界へと降り立ったのが、凡そ150年前。いくら目の前のこの男が老人だと言っても、流石に勇者ディライトがいた時代を知っているとは……。
…しかし……。そこまで考え、ふと思い至る。ディライトが地上へと降り立ち、当時のディアバルを討伐した後の事。一説ではドランバルト連合の創設に関わったとか、爵位を授与されただとか、様々な情報が交錯しているのだが、彼の晩年がどの様なものであったのか、正確な事は何一つ解っていないのだ。…実のところ、本当に死んでいるのかどうかさえも……。
可笑しくて堪らないとばかりに、ノークスカウントがまた「クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッッ‼」と嗤い、ディライトの腹部……正確には、そこに嵌まるディライトドライバーを指差した。
「なんじゃね、ディライトサマはなぁんにも説明しとらんかったんじゃねぇ!では、教えてやろうじゃないかレイトクン!何故儂があの男をこれ程までに恨むか……勇者気取りの奴が、儂ら家族に何をしたのかをなぁっっ‼」
——…家族……だと……?
——まさか……君は……?
「聞いておるかディライトォォッッ!我が名はイカボッド・クリーデンス!かつて貴様によって捨てられた……貴様の息子だぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ‼」
次回予告
語られた真実。膨れ上がった憎しみを燃やし、ディライトが生み出したこの世界そのものを焦土に変えようと目論むクリーデンスの狂気。
戦う力を失ったレイトだったが、それでも彼は諦めずに道を探る。
今こそ、“真似事”の勇者ではなく、“本物”へと至る為に。
Saga30『勇名編Ⅳ~罪と光輝のオラトリオ~』
※大事な事なので、今から言っときます。
次回のエピソードで、遂にディライト最強形態が登場します!