仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga30 勇名編Ⅳ~罪と光輝のオラトリオ~②

◇◇◇◇◇

 意識が明瞭となるまでにどれ位の時間がかかっただろうか。一瞬の様であったかもしれないし、永久の時を過ごした様にも感じられた。だが、レイトは気付くとただ真っ白な虚空の中にぽつねんと佇んでいた。

 

「…さてと……久しぶりだな、ここに来るのも」

 レイトが辺り一帯を見渡す。この場所で初めてディライトを名乗る思惟に出会い、その力を受け継ぐ事を提案された。あれから数か月ちょっとしか経過していないにも拘わらず、どこか遠くに来てしまった様な感覚に襲われた。

 

 レイトがこれまで自発的にこの場所に来た事はない。というか、来れなかったという方が正しい。かつての勇者ディライトを名乗る者に色々と尋ねてみたい事があったのだが、この場所——恐らくメモリージングシステムの内部なのだろう——にはどうやってもアクセスできず、その事はずっと後回しになっていた。原因は不明だが、レイトのユーザー権限が上がった事で機能の一部が解放されたのではないかと思っていたが……どうやら正解だった様だ。

 

「ディライト、いるんだろ?出てきてくれないか?」

 

『…物好きな奴だな、君も……』

 

 唐突に、白い空間の一部が歪み、1人の青年が姿を現した。青年……と言いつつも、体の線は細く、中性的な雰囲気を出している。そういうところはネメシスに似ていると感じた。

 

『せっかく逃がしてやったって言うのに……何でまた来たんだ……?』

 青年がゆっくりと顔を上げる。白磁の様な肌に、背中まで流れる金髪。顔の造りもまるで人の黄金比というものを全て結集させたかの様な精緻さで、まさしくこの世の者とは思えない美貌……にも拘わらず、その表情はまるで死者の様に覇気がなかった。

 

「初顔合わせ……って言うのかは解らないけど、会うのは初めてだね。あんたが勇者ディライトなのか?」

『肯定する……。僕はかつて勇者と呼ばれ、この世界でディアバルと戦った者……。そこら辺の経緯はネメシスから聞いているな?』

「知ってるんだ……」

『今の僕はメモリージングシステムを介して君の記憶にアクセスできる。それは君も同じだろう?今や君もかなりのユーザー権限がある筈だからね……。だからこそ、問おう……。どうしてまた来たんだ?僕が送った警告は聞いているだろう?』

「うん、聞いてるよ。あんたが……というか、メモリージングシステムが俺を選んだ本当の理由……」

 

 かつてアイリスを救う為に暗星のノクターヴに対峙したレイト。力を求めたレイトに呼応するかの様に勇者ディライトの遺品だったメダリオン——『ワイズマンジェクト』が起動し、レイトはその中で勇者ディライトを名乗る者から、彼の力の一端を託される事となった。

 

 だが……。

 

「…結論から言うと、あれはあんたじゃなかった。メモリージングシステムに内包されていた記憶を基に、システムが再現した人格に過ぎなかったんだよな?」

『…そうだ。当然だよな。僕はとっくの昔に死んでいるんだから……。…いや、その筈だった……か……』

 ディライトが顔を歪め、身を震わせる。自らの存在が酷く耐え難いとでも言わんばかりに。

 

『正確な事を言えば、今の僕もまたかつての僕ではない。君という後継者を介して、メモリージングシステムはあらゆる感情や経験、そして現実に存在する勇者ディライトの情報を集積し続け……その末に再現されたのがこの人格だ。仕組まれたたった1つのプログラムを実行する為に……』

「…それが『リジェネレーションシステム』……このベルトの本当の目的は、あんたを復活させる事だったんだな……」

 

『…あぁ、そうだ……。だが、その代償はなんだと思う?君だよ、レイト。メモリージングシステムはこのまま君の体に僕の人格を上書きするつもりだ……!このままいくと、君の意識は乗っ取られてしまうんだぞ……!』

 

「…それも聞いてるし、理解もしてるよ……。だから、俺にもう戦うなって警告したのか……」

 

 仮面ライダーディライトの急激なパワーアップは、レイトの肉体が持つ錬真力が一定の数値……勇者ディライトの器足り得る値にまで成長した事によって、封じられていた機能が解放されたからだ。時が熟したと判断したディライトドライバーはリジェネレーションシステムを作動させ、計画の最終段階……即ち勇者ディライトの魂をレイトに上書きする作業を進めようとした。

 

 だが、思わぬ邪魔が入る事になった。他ならぬ勇者ディライトによって、魂の上書きが妨害されたのだ。ディライトドライバーが動作不良を起こしたのはそれが原因だ。ディライトが口唇の端を歪ませてやや卑屈に笑った。

 

「…それもあるけどね……本当の理由はもっと単純だよ……。僕自身がもう戦いたくないからだ。それこそが、システムには理解できなかった最大の誤算だ……」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

『“アレ”は私たちの罪だ。命を弄んだ我らの業が、今もまた別の命を苦しめ続けている……そんな事が許されていい筈がない!』

 

 知性の限りない発展を目指し、肉体を捨て去った人類たちが、究極の挑戦として創造した“神”……ディアバル。だが、彼らの知性を持ってしても全く制御の利かない怪物と化してしまったディアバルは別のユニバースへと放逐される事となった。

 それから幾余年……多くのマルチバースを観測していた彼らは、より強大となったディアバルが1つの世界を侵略している事を知った。だが、彼らはそれに対してなに一つ手を講じる事はしなかった。別のユニバースにいる彼らにはそれは飽くまでも対岸の火事。別の世界の危難になどわざわざ首を突っ込む理由などなかった……が。

 

『知性を……大いなる力を誰かの為に使わずして、一体私たちは何の為に存在していると言うんだ⁉』

 

 無数の電脳パーソナリティのうち、たった1人だけがそれに異を唱えた。彼の胸中にあった感情は、自責の念だった。かつて彼らの欲望のままに生み出された怪物。それを放置する事が出来ず、周囲の反対を押し切って彼は外の世界へと飛び出した。

 

『私は行く……。生きとし生ける者すべての“喜び”を守る為に……』

 そうして彼はこの世界へと降り立った。“喜び(ディライト)”という自らに与えられたパーソナルコードに従い、ディアバルという厄災からこの世界の人々を守る為に……。それが後に勇者と呼ばれるディライトの伝説の始まりだった。

 

『ディアバルが生み出された時より、我らもその技術を更に高めてきた。今なら奴を滅ぼす事も出来るだろうと……当時はそう思っていた』

 

 別世界へと旅立つに当たって、ディライトはラショナルで開発されたいくつかの技術を持ち出していた。

 

 1つは情報集積結晶端末『ワイズマンジェクト』。メダリオン状の結晶の様でありながら、内部にありとあらゆる情報を記録可能なメモリージングシステムを内蔵する。ディライトはこれに様々な世界の戦闘に関する知識・技術を集積し、あらゆる戦闘に対応する事を可能とした。

 

 2つ目は新世紀エネルギー体『エレメンティクス』。ディアバル細胞の研究によって生み出された技術の1つであり、小瓶程度の容量で莫大なエネルギーを生み出す事が可能で、何よりもディアバルの細胞さえ採取できれば向こうの世界でも容易に量産できるのが決め手だった。向こうの世界には万物の形状変化・合成を行える錬真術という技術が存在する事は知っていた。

 

 そして3つ目が『ブレイバーユニット』。ディライトがラショナルで研究されていた超硬度レアアロイと、コンピューター・センサー・サーボモーターなどのマイクロマシンを組み込んで開発した鎧型ユニットである。もっと大型の兵器として開発する事もできたが、現地の技術水準や認識力を考慮し、この形状とするのが決定された。だがこれでもディアバル及びその僕たちに対しては充分な性能を持っていた。

 

『多少の誇張はあれど、後は概ね伝説の通りさ。僕はこの世界の人々にデブリスへの対処法を教え、戦い方を伝授し、より技術が発達する様に導いた。人々の信頼を集め、兵力を動員し……そして遂にディアバルとの戦いに挑んだ……』

 

 この世界に降り立ってから10年近い歳月が経過していたが、その間にデブリスに対抗できるだけの技術……アーキスアロイやエレメントライドラッグを量産できるだけの体制を作り上げた。武勲を立て、様々な助言を行い、国家の中においてもそれなりに発言できるだけの権力と信認を勝ち取った。そしてディライトは彼が信頼する一部の者にエレメンティクスを投与し、7属性のエレメントを自在に操る力を持つ者……即ち神聖騎士(パラディン)を生み出して、ディアバルとの戦いに臨んだのだった。

 

『汝らは我が身の一部!その剣、その爪先の全てまで、我が大義に捧げよ!』

 

『楽な戦いではなかった……。だが、どれだけの犠牲を払おうとも、誰もがその先の希望を……未来を信じて懸命に戦った……。そして遂に僕は……ディアバルを討ち果たす事に成功した……』

 

 メモリージングシステムを介して当時ディライトが目にした情景がレイトにも感じられた。ぶつかり合う人間達の軍勢と怪物の群れ。肉が飛び、血が流れ、多くの命が霧散していく。ディライトが最も信を置き、力を託したパラディン達も、激しい戦いの中で1人また1人と散っていった。ディライトが絶叫しながら、しかし鬼神の如き勢いでその剣を振るい……やがてその切っ先がディアバルを深々と斬り裂いたのだった。

 

『奴の細胞が途方もない再生力を有している事は解っていたが……それも一定以上のエレメントエネルギーを投与してやれば崩壊させる事が出来ると計算していた。ディアバルは細胞の一片も残さずに消滅し……この世界には平和が戻った……。戻った筈だったんだ……』

 

 ディアバルを討伐した後もディライトもこの世界へと留まった。マスターブレイン達に逆らい、ラショナルが秘匿していた技術を持ち出したとあっては、戻った所でパーソナルデータの削除は免れない。それに何よりもデブリスがまだ消え去った訳ではない。勇者として祀り上げられたからには、この世界の行く末を見守る責任が———。

 

『…いや、そんないいものじゃないかもな……。ただ僕は勇者として称賛されるのが気持ちよかっただけなのかもしれない。肉を持つ者の喜びは、ラショナルでは得られないものばかりだったからね……』

 

 調子に乗っていた、とディライトが自嘲気味に笑った。長らくこの世を恐怖に閉ざしてきた魔王を討伐したとあっては、ディライトに与えられた褒章は並大抵のものではなかった。平和となった世界で、肉体が感じられる多くの喜びを手にしたのだったが……それも長くは続かなかった。

 

「ディアバルが復活したんだね?」

『…あぁ、奴の再生力は僕らの計算を遥かに超えていた。奴は周囲の環境を取り込み、自らに自己進化を促す……。神、魔王……いや、あれこそがまさしく人知を超えた完全生物だ……!」

 

 ディアバルが倒された事によって、その傀儡たるデブリスも徐々に勢力を衰えさせていくかに思われた。だが年月が経てば経つほど、怪物達の力はまた増していく一方だった。根源を探るべく、後継のパラディン達と共にディライトは調査へと乗り出す事になったのだが……そこで彼は再び巡り合ってしまった。復活し、更に力を増した宿敵と。

 

『感謝しているぜ、ディライト。オレは死なない……この世に永久に君臨し続ける事が出来る。お前たちが、そういう風に創ってくれたんだからなぁ……』

 

『奴の進化は予想以上だった……。奴の尋常ならざる再生力は例え残されたのが細胞一片であろうとも、時間をかけて完全に体を再構築させる事が出来るレベルにまで進化を遂げていたんだ……。しかも、奴は戦えば戦う程に力を増していく……』

 

 恐らく奴を最初に放逐された世界に『アンダーユニバース』を選んだのが間違いだったのだろう。あそこは古き神々が遥か太古より覇権を争い合う、文字通り混沌の世界だ。その戦いの中でディアバルは生き残る為に自らも急激な進化を遂げた。手を離した途端に最初の目論見通り、“神”とも呼べる存在へとなってしまったのは皮肉としか言いようがなかった……。

 

 更に力を増したディアバルとの激しい戦闘の末に、ディライトはまたしても奴を再び倒す事に成功した。だがその結果として新たなパラディン達は全員が惨たらしい死を迎える事になった。何よりも霧散する寸前に、奴が高笑いと共に言い放った一言が耳にこびり付いて離れなかった。

 

『残念だったな、まだ終わりにはできないぞ。この世に恐怖が蔓延る限り、オレはまた戻ってくる。また殺り合おうぜ……永遠にな……』

 

『…何度も戦り合いながら、奴を殺す手段は何度も研究した……だが、ダメだった!どんな手を講じようとも、奴は何度も変異・強化を繰り返し、また世界を蝕んでいく……!終わりのない地獄だ……』

「…伝承の中では、あんたはディアバルを討伐した事になってる……。アイツが不死身だって情報は1つも出て来ないよな?それはどういう事なんだ?」

『酷な事を聞くじゃないか……。君にも解ってるんじゃないか?奴が生きていると、僕がこの世界の人々に伝えられなかったからだ……。その事実が広まれば、人々の恐怖は更に加速し、奴の力を更に高める事になりかねない……いいや、言い訳だな……。言い出せなかったんだ……。僕自身の無力を認める様で……』

 

 罪悪に押し潰される様に縮こまるディライトを見つめながら、レイトは見下げ果てた奴……と内心で毒づく。だが、気持ちは解る。レイト自身も誰かに頼れず、1人で事態に当たろうとした事があるからだ。そして、その行きつく先についてもよく知っている……。

 

「だから、戦いから離れて……人々の前からも姿を消したのか……」

『…そうだ……責任が聞いて呆れるよ。結局、僕も逃げ出したんだ。自分のしでかした罪に……戦う度に散っていく命に……永劫に彷徨わなければならない地獄に、もう耐えられなかったんだ……!』

 

 メモリージングシステムを介して当時のディライトの苦悩が、嘆きが、絶望が、レイトにも伝わってきた。ディアバルを倒す事が出来なければ、彼を駆り立てた大元の罪悪感が消える事はない。おまけに成長を止めたナノマシンボディの影響によってディライトは歳を取らない。出会う人々が皆先に死に絶えていくのを見るにつけ、ディライトはつくづく実感させられる事となった。

 

 自分もディアバルと同じ、ただのバケモノでしかないという事を……。

 

『得た地位も全部捨てて消えるつもりだったんだが……ミネルバに見つかってしまったんだ。彼女がどうしてもついていくと言って聞かなくて、な……』

「ミネルバ……クリーデンスの母親か……」

 

 その名もディライトドライバーの記憶領域の中に存在している。元々アネスタでも由緒ある家柄の娘で許嫁もいたらしいが、当時のディライトと秘密裏に通じていた……まぁ、そういう家柄の間ではよくある話だ。

 

 …と言うか、コイツいくつ浮いた話があるのやら……。ディライトが地上に来てからというもの、彼とそういった関係になった女性が複数人存在する事にレイトとしては驚きを禁じ得ない。老いる事がなく、しかも様々な勇名を馳せるディライトならばさもありなん……という事なのしれないが……これ以上は武士の情けで突っ込まない事にする。

 

「あいつは、自分達があんたに捨てられたって話してたけど……ハァ、それも本当なんだな……」

『この世界に来て、誰かと一緒に長く暮らした事はなかったんだ……。それが世で言う普通だという事は解っていたんだが……。もし、彼女と一緒に生きて行けたなら、僕はバケモノではないと証明できるかも……そんな理由だけで、彼女を連れ出してしまった。それが間違いだったんだ……』

 

 アネスタを飛び出し、国境の難民区へと身を寄せた。本当ならデブリスの影響が少ないドランバルドの外へと飛び出したかったのだが、出来ない理由があった。ミネルバが懐妊していた為だった。やがて子どもも生まれ、その子が成長するまではその地で生きていくつもりだったのだが……結果から言うと、出来なかったのだ。

 

『…普通に生きていくなんて……もう出来なかったんだ……。土地の汚染は進み、やがて彼女も病気になり……この世界にいる限り、奴の……ディアバルの存在から逃れる事はできない……!どこにいても奴が嘲笑っている気がしてっ……だから、僕は———!』

「…もういい。もういいよ、ディライト……」

 

 いくつかの遺品を悪用されない様に封印した後、ディライトは自分の人生に自ら終止符を打った。勇者とも神の化身とも称えられる男の、あまりにも惨めで哀れな末路だった。

 だが所有者を失ったワイズマンジェクトは、彼の気も知らずに自らに課せられた再生プログラムを働かせ始め……未だ勇者を求める者達の声に応えて、彼を蘇らせてしまった。

 

『…わかっただろう?これが僕の本性……世界に名を轟かせた勇者の末路だ。今の世界がどうであったとしても……僕はもう、戦いに戻るのはごめんだ……。解ってくれ……』

「…解るよ……。メモリージングシステムを通して、あんたの気持ちは痛いほどに伝わってくる。…でも……」

 レイトがここに来たのは、ディライトの過去を聞く為でも、彼を糾弾する為でもない。それがどれだけ残酷な宣誓に聞こえるかも承知で、レイトはディライトに言い放った。

 

「でも、やっぱりディライトの力は返してくれ。今の状況をなんとか出来るのは、あの力だけなんだ」

『…君ってヤツは……ッッ!さっき見せただろう!こんな戦いの行きつく先がどんなものか!今からでも遅くない、戦うのはやめろ!元はと言えば、君には何にも関係ない事だろう!』

「関係ないなんて事あるか!俺は力を求めて、眠ってたあんたを呼び戻した!クリーデンスにしたって、あんたの不始末がただの人間をあんな怪物に変えたんだ!事態に対する責任があって、今なんとか出来る力もある。動かない理由がない!」

『責任⁉また大いなる責任って奴か!そんなものの為に、君は消えていいのか‼』

 

 ディライトドライバーを再起動させるという事は、今は止められているリジェネレーションシステムも再起動するという事。定められたプログラムに従い、ディライトの意識は今の体にインストールされ、その際に不要となる元の人格は上書きされて消えてしまう。もう戦いたくない、というのが理由の全てではあるが、この人のいい少年を消させない為にも、ディライトはシステムを停止させたというのに……。

 

「消える……か……」

 ディライトの問いにレイトが少し自嘲気味に肩をすくませて笑った。

 

「…それで皆を……この世界を救えるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()

『…………っっ⁉君はっ———‼』

 

「———って、昔の俺だったら言ってたのかもしれないね」

 

 少し自嘲気味に、しかしはっきりと晴れやかな笑みを浮かべて、レイトがディライトを正面から見つめ返した。邪気のない少年の様でありながら、戦場を駆け抜けた英傑の様でもあり、ディライトはしばし呆然とする事になった。

 

「ディライト、俺が選ばれた理由ってさ……たまたまあの場にいて、力を求めたからだと思うけど……多分もう1つ。俺があんまり自我に乏しい人間だからじゃないかな?」

 

 自分で言うのもなんだが、日比野玲人という人間は昔から自己主張が乏しく、あまり存在感のない人間だと思い続けてきた。大して特徴がなく、人の意見に流されやすいとも言える。だからこそ、ディライトの意思を上書きするのだとしたら、これほど好都合な人間というのもそういないのでは……と思う。

 

『…どう、だろうな……?確かに強固な自意識を持つ人間は、意識の上書きをするのも難しいとは思うが……』

「そうだよな……。俺ってずっと自分に自信がなくて、誰かの影に隠れてばっかりで……そんな自分が嫌で、誰かの役に立って、誰かに覚えて貰えるんだったら、自分がどうなってもいいって……そう思ってた事もあるよ。我ながら中二病だよなぁ……」

 

 それが“ヒーローのあるべき姿”なのだと思って……。

 だが……。

 

『他人が思う“自分”も、自分で考える“自分”も、きっと等しく正しいし、間違ってもいる……。結局、自分で己を見つめ、他の誰かを通すことでしか、本当の自分には出会えないままなんじゃないか……ってな』

 

「この世界に来て、色んな人に出会って思ったよ。人はたった1人でその人に成ってる訳じゃない。皆が俺を形作ってて、そして俺もきっとその皆の中の一部になれてるんだってさ」

 

 大切な人が消えれば、レイトは悲しいと思う。それと同様に、自分が消えてもきっと悲しむ人は大勢いる。そう思える位には、レイトは今の自分を信じられる。それこそが仮面ライダーとなった事よりも、もっと大きなレイトにとっての“変身”だった。

 

「皆のお陰で、俺は変われた。あんたに選ばれた時よりもずっと強くなったし、俺ははっきりと俺を信じられる。だからさ……そう簡単には消えないと思うよ?」

『…結局、精神論か?そんな事で……』

「そうかな?だってあんたは俺の記憶とか経験から作られた人格なんだろ?それにメモリージングのお陰で、俺たちはいま誰よりも心が通じ合ってる。だったらあんたは俺の一部で……俺もあんたの一部だと言えるんじゃないか?」

 

『人の意識が決して1人だけでは形成されない様に……意識を擦り合わせて、人格を統合するのか……!それならば……』

 

 詭弁に近い……とは思うが、元より人の意識については自分達の知識体系を持ってしても、完全に解明できない部分もある。人格同士がぶつかり合う事で、その様な事態が起きる可能性は充分にあり得る。

 だが、問題があるとすれば……。

 

『…僕に、また戦えると思うか?一度は戦場から逃げ出した身だ。しかも今度は実の子と戦わなければならない……。また恐れに呑まれて逃げ出す可能性は充分にある……』

「それを言われると弱いなぁ……。だから無理強いはできないんだけど……それでも、俺はまだあんたと一緒に戦っていきたいと思う。俺は頼りがいには程遠いと思うけど、幸い頼りになる仲間はいっぱいいる。1人でダメなら皆で……乗り越えていけばいいんじゃない?」

『結局は他力本願か……。…いや、きっとそれこそが……』

 

 惜しげもなく他人を頼る。それは実のところ自分をよく知って、自分をきちんと認められるから出来る事なのだ。かつてのディライトにはそれが出来なかった。世界を守るという崇高な使命は、実のところ自責の念に向き合わない為に被った仮面の様なもので、内心では自分が犯した罪に向き合う事が出来ていなかったのだと……この少年との対話の中で気付かされた。

 

 ——立ち向かわなければならないとしたら、今をおいて他にない。

 ——始まりがどんなものであったにせよ……。

 

 ——“勇者”と呼んでくれた人々の思いまでも、嘘にしてはいけないから。

 

 蹲っていたディライトが立ち上がり、レイトの手を取った。やがてその姿が形を変え、レイトと同じ姿形へと変じる。

 

『…後悔は……しないな?』

「しないよ。今だったら自信をもって言える。あんたの力を受け継いで良かった」

『いいだろう……。では、真の継承を開始する。付加された制約を解除し、システムに秘められた全機能を解放する。その力をどう使うかは、君自身が決めるといい』

「ありがとう。でもやっぱり、これからも仮面ライダーを続けるよ。誰かさんみたいに、生きとし生ける者……全ての喜びを守る為に」

『礼を言うのは僕の方だ……。君がこの力を継いでくれた事を、誇りに思う……』

 

 その言葉を最後に、空間がまたしても強い輝きを放ち始める。そして、輪郭さえも溶け出すような光の渦にレイトはまたしても飲まれていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「おっと……」

 体にかかっていた浮遊感が消滅し、現実の重みがレイトの体にのしかかってきた。マヤ、ゼオラ、リンディ、ヒメナ、ディエリス兄弟にラウボー……一人一人の顔と彼らに纏わる記憶を確認しながら、自分が何者かに置き換わっていないかを確かめる。ディライト相手に簡単には消えないなどとハッタリをかましてみたが、やはり実際どうなるかは未知数だったが……レイトという人格が消えてしまった様には思えなかった。

 

「ふぅ……どうやら何も変わってないみたいだな……」

「何も変わってないじゃ困るんですけど……仮面ライダーの力はどうなったんですか?」

「取り返したよ。ちょっとディライトと話し合ってきた」

「…話し合って来たって……まだ5秒も経っていないんですけど……?」

 

 その場にいた全員から大丈夫かコイツ?的なジトッ~~っとした視線を注がれる。初変身の時もそうだったが、ベルト内部に意識を接続している時は、実際と体感の時間がズレるらしいのだが、さてどう説明したものか……と冷や汗をかいていると、「レイト!」と背後から聖鐘の様な声で呼ばれた。

 

 振り返ると案の定こちらに向かってくるアイリス……が、車輪のついた椅子——どう見ても車いすだ——を転がして、こちらへとやって来た。車いすに座っているのはくすんだ薄桃色の髪に角の生えた少女……ラージャのユリィだった。マヤ達が身構える。前に目覚めた時にあれだけ戦り合ったのだから当然だが、座椅子の上からこちらを見つめるユリィの目線は、顔色は相変わらず良くないが、少し気まずそうな静かさでレイト達を見つめていた。

 

「アイリィ、その娘もう大丈夫なの?」

「ハルマ先生には許可貰ってるわ。それより、彼女からレイトにこれを渡したいからって」

「…これ……お役に立てば、と……」

 

 たどたどしい口調で呟きながら、ユリィが小さなライドラッグをレイトに差し出した。色こそ変わっているが、表面に彫られた紋様からホロウリーパーの変身に使用していた霊薬だと知れた。

 

「これは?」

「…勇者ディライトの鎧……だそうです……。ご主人様……クリーデンス様の子どもの時から遺されていたものだと……」

「ディライトの……?やっぱりホロウリーパーは、ディライトの鎧とデュラハン系デブリスの複合だったのか……」

 

 コクリ、とユリィが頷いた。メモリージングシステムの記録によると、確かにディライトは彼の家族と暮らした家にこの鎧を残していったらしい。纏う者に神憑り的な力を齎すとされる、永劫不滅の鎧……ディライトを酷く憎んでいたクリーデンスは、この鎧に秘められた技術を解析し、尚且つディライト最大の敵であるデブリスと掛け合わせる事で、デブリーターを開発したという訳だ。

 

 恐るべき……と同時には哀れにも感じる執念だが、シドニアの兵士然り、目の前の少女然り、彼の研究によって犠牲になった者が多すぎる。そしてこの先に起こる悲劇を止める為にも、彼を倒すという選択は一切揺らがない。…だが、これだけは聞いておかなければならない……。レイトはライドラッグを受け取ると、ユリィに問いかけた。

 

「俺たちは、これからクリーデンスと戦わなきゃいけない。世界を滅ぼしても飽き足らない……あの男の憎悪をこのままにしてはおけないから。君は……それでも協力してくれる?」

 

 クリーデンスに散々非人道的な実験に付き合わされたユリィだが、家族どころか同胞すら全て失った彼女にとって、あんな男でも唯一の縋り先だったのは想像に難くない。酷な問いかもしれないが、彼女の意思を抜きにするのが正しいとは思えなかった。ユリィが表情を暗くして俯くが、絞り出す様に「…仕方ない……事だと思います……っ」と呟いた。

 

「…ここの人達……すごく良くしてくれました……。わたしと……同じ目に遭って欲しくないからっ……」

「…ありがとう……。必ず、もうこんな事は終わりにさせる……」

 

 少女の言葉は弱々しくも、その思いは、決意はとても強い。胸を打たれる思いでレイト達がユリィに誓うと……転瞬、背後の森から激しい轟音と共に爆圧と火柱が立ち上がったのが見えた。

 

「来たか……」

 遂に敵が侵攻を開始した様だ。怪我人の収容に臨戦態勢の構築、多くのリンクス達が慌ただしく動き出す中、レイト達は静かに決意を込めて炎を……その先で待つ敵の姿を睨み付けた。

 

 




次回
遂にディライトが最強フォームにチェンジします。
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