仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ

デブリーター率いるシドニア軍がアネスタに侵攻を開始。戦火に巻き込まれるリンクス達を守る為にレイト達はマヤの故郷『マヌール』へと向かう。そこで因縁の敵・クリーデンスと勇者ディライトの真実に向き合い、遂に最強の姿『レジェンダリーナイツ』へと覚醒を果たすのだった。
一方、アネスタでは……。


Saga31 猛れドラゴン!~この先の未来の為に~①

◇◇◇◇◇

 かつて世界に色はなかった。だが、今はそうではない。

 どこまでも続く青く澄みきった空、燦々と輝く陽星に当てられて草木や色とりどりの家屋の屋根がキラキラと光を帯びているのがここからはよく見える。まさに快晴、まるで空気までもが華やかに色づいて見える様だった。

 

 籠の中から取り出したシーツを洗濯にかけ、皺ひとつない様に素早く伸ばしていく。真っ白なキャンバスさながらにどこまでも広がっているシーツの列を満足気に眺めた俺は、よしと気合を入れ直して次の仕事に向かう。

 洗濯の次は掃除である。玄関を素早く掃き、床や階段の手摺、窓なんかを懸命に磨いていく。先日改装工事を終えたばかりのこのシットラス邸はまだ新しいが、汚れは思わぬところから生まれて広がっていくので気が抜けない。万が一でも埃を残してしまえば、俺の師匠から容赦ない指摘が入る。決して怒鳴ったり手が出る訳でもないのに、滔々と静かに諭される時の師匠はデブリスなんかよりもよっぽど怖い。

 

 自分で言うのもナンだが、これでも大分モノになってきた方だと思う。これもひとえに師の教えの賜物……ではあるのだが、どうしても上手くいかない事もある。

 

『…まったく……料理だけは相変わらず上達せんな……』

『へぇすんません。全くやらなかった訳じゃねぇんでやすが……どうもこう、師匠とかみたいに手の込んだ技は体がついていかねぇっていうか……』

『長年染みついた癖は簡単に抜けんからな。まぁ……地道に教えていくか……。焦るな、いつも言ってるだろう?今できない事を気に病むな。そのうちモノになる』

『そんなモンすかね……?出来る気がしねぇんですが……』

『為せば成る。私もそうだった。私に出来て、貴様に出来ないなんて事があるものか』

 

 すんません、ともう一度頭を下げながら、師匠であるジークバルドの手際を改めて観察する。魚を捌いて下味をつけて、野菜ひとつ切るにしても形をしっかりと整えて……とてもではないが、真似ができるとは思えない。大体にして料理なんてそこら辺にいる鳥でもふん捕まえて、皮剥いで櫛にでも挿して火で炙れば充分だろうに……とは思うが、そんな事は口が滑っても言えない。

 

 だが、俺にとっては新鮮な言葉でもあった。今まで俺が生きてきた裏の世界では、懇切丁寧に教えを授けてくれるなんて事はあり得ない。使い物にならないと判断されりゃ切り捨てられる。俺が生きてきたのはそんな修羅の世界で、自分はそんな沼の中に子どもの頃からドップリとはまり込んできた人間だ。

 そんな人間が娑婆で生きていこうとすれば色眼鏡は覚悟すべきと思っていたが……かれこれ数か月だが、ジークバルド師匠は俺の事をずっと見放さないでいた。一体なにをそんなに見込んでくれたんだか、結局最後まで教えてくれなかったけどな。

 

 それにしても……師の仕事ぶりを見せられて疑問に思っていた事を、俺は思い切って尋ねてみる事にした。

 

『しっかし……どうして師匠は執事になったんでやすか?』

『?なんだ藪から棒に』

『いや師匠くらい多才だったらもっと稼ぐ道だってあっただろうに、と』

 

 実際この師匠は実にパーフェクトな人だった。執事としての家事全般は勿論、非常に広範な教養や巧みな話術、おまけに武術全般にも通じているんだから驚きだ。実際、この屋敷の改装工事で集められた荒くれ者どもが喧嘩をおっぱじめた時にそれをたった1人で制圧してみせたのには驚き通り越して呆れた。この人だったら誰かに仕えたりしないで、そのままどこぞの秘密結社の首領にでもなれそうなモンだが……イヤ、別にその方がいいなんてミジンも思っちゃいねぇけど!

 

 失礼かなとは思ったけど、師匠は『なんだそんな事か』と少し苦笑して言った。

 

『そうだな……。強いて言えば……死に場所が欲しかったからかもしれないな』

 

『は………?』

 

 イヤハヤご冗談でしょう!と笑い飛ばしてやろうかと思ったんでやすがね……なんだか師匠の横顔にはそんな色は見えなかった。悲壮な感じではなく、もうとっくに人生の終わりに覚悟を決めているかの様で……。

 俺が生き直す切っ掛けをくれたのは間違いなくこの人で、なのにその人が働く理由が死に場所が欲しいからだなんて、イマイチ納得しかねたけど、直後にまたシゴキが始まり、その話はそれで終わりになった。

 

 …結局、暫くもしないうちに師匠は重大な秘密を打ち明けて、そのまま逝っちまいやがった。その事も含めて、俺はあまりにあの人から受け取れなかったものが多すぎるんだよな……。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 ——まったく……。

 

 ——カッコつけてはみたものの……!

 

 時にして、レイト達が女王の命令でリンクス領マヌールへと旅立った直後の事だ。魔王ディアバルを一時撤退に追い込んだ影響なのか、一時期の様なデブリスの大量襲撃は減少している……が、入れ替わる様に今度はシドニア軍率いるデブリーターがアネスタ各地の集落を襲い始めている状況だった。

 

 デブリーターが人々を襲う理由はディアバル達と同じく、人々の恐怖を高める事で自分達の首魁であるデイヴィラークの持つ力を強化する為にある。その為に人口密集地を集中して襲い、感染爆発(フライトパンデミック)を引き起こす事を目指すだろう……とクリスは読み、首都コーパーズと周辺のサテライトの住民達をほぼ全てエルネスティナ城へと収容する事を決断した。そうする事で敵の襲撃を殆ど一点へと集中させる事が出来るという算段だ。目論見通り、敵の殆どは首都へと集中する事となった。

 

 あとは何がなんでも首都と人々を守り抜くのみ……ではあるが、言うは易し、行うは難し。いかに勇猛果敢なアネスタ騎士でも怪物兵士相手には苦戦を強いられている。現に今もコーパーズ東側の城壁付近で熾烈な死闘が繰り広げられているのだった。

 

 細身の青年が1人、風の様に首都を中心に伸びるリットウェイの上を走り抜けていく。そろそろ直下に騎士団とデブリーターの戦いが見えてきていた。そのまま橋の欄干へと足を掛け、青年が勢いよく跳躍した。腰に既に巻き付けてあるベルトの中央部に円形状のルーンドラッグを装填して、宣言。

 

「変身」

 

〈I am Nemesis.All I need is“SACRIFICE”……!〉

 

 青年——ネメシスの姿が変化する。この瞬間は多くの人間が敵味方問わず瞠目するものだが、無理もない。つい先日まで彼はアネスタ及び仮面ライダーディライトとは対立関係にあったのだから。未だこの姿を見て畏怖の念を感じる者が多いのは事実である。

 

 ——だが、今は違う。

 ——レイト達に誓ったのだ。

 ——彼らが戻るまでの間、何としてもここの人々を守り抜くと!

 

「さァ、天罰の時間だ……」

 

 ネメシスサイザースから放たれた光弾がアネスタ兵に取り付いていたジェヴォールト数体を吹き飛ばした。兵士達には後退するよう伝えながら、単身敵の群れへとネメシスが突撃していく。分離した6基のサテライターズと槍を振り回しながら、敵を刈り取っていく姿はまさしく死神の如しである。

 

 だが、敵にとって死神なら味方にとっては天使も同然。仮面ライダーネメシスの参戦によって活気づいたアネスタ兵士達も徐々に攻勢に転じ始め、戦局の流れが変わり始めていた。連日の戦闘で兵士達も疲労度が高い。今こそが絶好の決め時と判断したネメシスがベルトのハンドルを3回押し込んだ。

 

〈3 Knock Turn……. Nemesis Execution……!〉

「はぁぁぁぁっっっっ‼」

 

 エネルギーがリチャージされ、黒紫色の光の刃が迸ったサイザースをそのまま裂帛の叫びと共に振り抜いた。切り裂かれたデブリーター達は全て爆炎に包まれ、その威力に恐れをなした敵も残らず撤退していった。

 

「やれやれ……仮面ライダーの仕事も楽じゃない……」

 

 人を守るという事がどれほど重く、強い責任を伴う事か。最初の頃、レイトの行いをごっこ遊びだなどと言った自分を少しばかり責めたくなるこの頃だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「我が国は今、深刻な事態に直面しております」

「なんですか今更?」

 

 もともと実直さが何よりも取り柄と呼ばれる男ではあるが、今日はその顔を一段としかつめらしくしてゼイバス伯爵が一言。盛大に吐き出したいため息を堪えながら、出来る限りキョトンとした表情を意識して、クリスティン・ビバリー・アネスタが問い返す。『三国の至宝』だなどともてはやされる美姫の無垢な佇まいに心をくすぐられない男などいない、と自負しているが……ゼイバスの眦が更に厳めしく立ち上がって「真面目にやんなさい」と言わんばかりに形相になる。

 

 どうも対応を間違えたらしい。

 コホンと咳払いをひとつして居住まいを正した女王に、ゼイバスが前のめりになって「今更じゃございません!」と叫んだ。

 

「これで南側のサテライトがほぼ全滅……食糧生産の拠点ばかり失い続け、ここに集まる難民は増え続けるばかり……。これは由々しき事態ですぞ!」

「いいじゃありませんか。どうせ宮殿内の敷地は腐るほどあるでしょう。東と西の城下町も地勢上は攻め難いでしょうし、いざとなったらそっちも開放すれば———」

「問題はそればかりじゃございません!このままのべつ幕なしに難民を受け入れ続ければ、早晩兵糧が底を尽きると言うとるのですっ!あと一か月と保ちませんぞ!」

 唾を飛ばすんじゃない。今度お茶を飲ませる時に鼻水を垂らしといてやろうか。

 

「本来籠城なんてものは援軍のアテがあってやるものです!ここに閉じ籠り続けても、民も兵も干上がっていく一方……それならばいっそ———!」

「ゼイバス、貴方の言いたい事は解ります。このまま敵陣に総攻撃をしかけるか、民の受け入れを止めろと仰りたいのでしょう?」

 

 彼が言う通り、このままではジリ貧一直線である。飢餓が何よりも恐怖の蔓延や人心の荒廃を招く事はよく知っている。ではこの状況を打開するのに何よりもてっとり早い手は2つ。

 

 怪物兵がひしめく敵陣へ、兵士の損耗を覚悟して突撃させるか。

 

 もしくは、宮殿に続く門戸を固く閉ざして、これ以上の難民を受け入れないか。

 

 非情に聞こえるかもしれないが、戦時の判断として間違っているとはクリスも思わない。

 思わないのである、が……。

 

「しかしダメです。民は見捨てませんし、今の状況で兵達に損耗を強いる事もしません」

「陛下!しかしながらですぞ———!」

「一か月保たせればいいのでしょう?レイト達はリンクスとの交渉に行ってくれてますし、錬真術師やネメシス達が戦力の強化を模索中です。今はそっちの芽が出るまでお待ちなさい」

 

 ゼイバスは明らかに「その芽が出るって保証はあるんですかね……?」とでも言いたげだが、クリスとて何も考えていない訳ではない。こちらの戦力を減らしてでも、元々反対の強かったリンクス救援を決定するには、それなりの見通しというものを示さなければならないものだ。

 

 取り急ぎ、ネメシスには命令していた事の進捗具合を確認してみよう。内容的には簡単ではないだろうが……。

 

「…で?ゼイバス、まだ何か問題が?」

「いいえ、女王陛下の御心掛けはご立派と思いますが……下々までそれが伝わるかどうか……。民や現場の兵からはいつまでこの様な状況が続くのかと、不満の声も上がり始めているらしいですな。救護班や炊事班も人手が足りていないとボヤいて……」

「あら、どうしてそれを早く言わないんですか?そういう事でしたら……」

 

 玉座からスッと立ち上がったクリスが、唐突にブレザーを脱ぎ捨ててブラウスの袖を捲り始める。腰まである長い髪を束ねて、そのまま自分の調味料コレクションとやらを大量に抱えて出ていこうとする……女王が考えている事を察知したゼイバスが慌てて「お、お待ちください‼」と止めに入った。

 

「何をなさるおつもりですか⁈イヤ解りますけども!いけません!お止めください!ご乱心を、お鎮め下さい‼」

「むぅ。さっき人手が足りないって言ってたのに」

「言いましたけども!だからって貴女がそんな事をなさらんでも結構!そんな事をした日には下々の者がどれほど———‼」

「大丈夫ですよぅ。キチンと変装して行きますから。わたくし意外と存在感がないみたいですから♪」

「そうでなくて!私めが心配しているのは———‼」

 

 女王の身の安全よりも、民や兵士達の健康が心配になるゼイバスだったが……流石にそれを口に出す度胸はなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 多くの人々が一同に集まる場所、そこには息苦しいほどの喧騒が生まれる。喋るなり息をするなり身じろぎをするなり、人が生きれば音を立てるものなのだから当然と言えば当然だが、無音の世界で長らく生きてきたネメシスにとっては予想だにし得ない事だった。

 

 そしてその喧騒には様々な感情が込められている。祭りならば喜悦や幸福感だし、戦場なら殺意や怒気。そして今この場に吹き溜まっている感情は何というのか……そうそう、嘆きだ。

 

 今日もシドニア軍……デブリーターの襲撃を受けて、住処を追われた多くの人々がエルネスティナ城塞へと詰めかけていた。だがそれで一安心となる筈もなく、怪我をした者や愛する人を失った者……そんな人々の嘆きが行き場もなくそこら中に溢れかえっている。ミュートする事も出来ない生の感情の奔流に、ネメシスはいつも息が詰まる様な感覚を味わっていた。

 

 ——だが、目を逸らす訳にはいかない。

 ——この事態を招いたのは、元を正せば……。

 

「うるさい喧しい」

「むぐッ?」

 唐突に頭頂部をはたかれ、思索を中断させられた。振り返るとそこに立っていたのは、まぁ予想通りステファニー・ゴールドブラムであった。

 

「ステファニー……僕は何も呟いたつもりはないんだが?」

「心の声がダダ洩れなのよ。またメンド臭いこと考えてたんでしょ」

「それはそれで酷いな……」

「でもそうじゃない?アタシ達がやってしまった事はもう消えない……。悔いて解決するならいくらでも悔いるけど、残念ながらそうもなってくれない。だったら、今できる限りの事をやるしかないじゃない。アンタは少なくともこの人達を守って戦えてるじゃない。仮面ライダーネメシス、としてさ」

「フム……まァ、そうではあるが……」

 

 理屈の上ではそうであるが、感情的にはそうもいかないとは思う。だが、昔の自分ならそうは考えなかっただろう。感情という非合理なものに振り回されるのを下等で遅れている事だと信じてやまなかった頃の自分がいた事を思うと、随分と遠くまで来たものだと思う。それが果たしていい事なのかは想像もできないが、少なくとも今のネメシスは心の奥底に根付いている感情が嫌いではない。

 

「今のアンタに必要なのは、戦いに備えて英気を養う事よ。ホラ、今日の食事もまだ摂ってないでしょう」

「ん?…あァ、そう言えばこの感触は空腹感か……」

 

 この世界に来て暫く経つが、未だに『生きる為に何かを摂取しなければならない』という感覚には慣れない。ステファニーが呆れた様に「まったく……しっかりしなさいよね」と目の前に食べ物が詰まったバスケットを差し出してくる。今の彼女は炊事班で働いているのだった。バスケットに詰まったパンやらチーズやら、燻製肉やらを見ると、ネメシスの腹がキュルキュルと悲し気に鳴き始めた。

 

 悔恨の念がどれだけ強かろうとも、生身の体は無意識に生きる事を希求する。それが何だか居たたまれない気がするものだが……そう言えば、と気付いた。

 ネメシスが闇の神聖騎士の力を使っている所為で、ステファニーは戦う力が殆どないのだという事に気付いた。償いたい気持ちは彼女にもあるだろうに、それが満足に出来ない。その事に対する後ろめたさがあるのかもしれない。そう考えると確かに自分一人だけ自虐に耽っているのも申し訳ない気持ちがしてくる。素直に「ありがとう」と口に出すと、パンを受け取って半分ほどを一口に齧った。

 

「あ……美味い」

「へぇ、アンタもそんな事わかるんだ?ルチルさんが焼いたのよ。ハーブを練り込んでるんだって。しかもね、そのハーブを育ててるのがジェイクなんだって言うんだから驚きよねぇ」

「ジェイク・アリウス?へェ、どんな人間にも取り柄の一つくらい———」

 二口めを口に含もうとした転瞬、突如としてドォン‼という爆音が鳴り響き、ネメシス達は慌てて立ち上がった。周囲一帯を見渡すと……立ち昇る黒煙が今の場所からも見えた。

 

「あっちは……正門広場。まさか、デブリーターの奴ら……!」

「あっ!ま、待ってよぅ!」

 敵襲の2文字を予測したネメシスが即座に飛び出し、それに慌ててステファニーが追従する。騒然とする人々を押し退けながら、なんとか爆心地である正門広場に辿り着いた彼らがそこで見たものは……。

 

「あぁん?どうなってやがんだこりゃぁ?確かに師匠から言われた通りにやったってのに、どうなってんだこりゃ?」

 

「…ジェイク・アリウス……?」

「よぉ、ネムにステファニーじゃねぇか。ん?どうしてぇ、熟す前のクォカみてぇな顔して———」

 

 地面に転がるのは、ミステリーな物体を底に貼り付けたまま黒焦げてひしゃげている鍋。その前に立っているのはシットラス邸の執事見習いのジェイク・アリウスで相違ない。だが、彼の全身に貼り付いている赤黒い飛沫を見止めた瞬間、ネメシスが顔を更に険しくさせて彼に飛びついた。

 

「うおぅっ⁈な、なんでぇ一体———⁈」

「無理に喋るな。今の爆発はなんだ?イヤ、それよりも君は早く救護班に———」

「ネメシス、落ち着いて。それ血じゃなくてジャムだから」

「なに?()()()……」

 

 ステファニーの呆れた様なツッコミが入り、ネメシスが目を眇めてジェイクの全身についた赤い染みを観察する。微かに粘り気を帯びている上に、しかも仄かに甘い匂い……確かにジャムの様だった。

 

 何をしているのか……と、ネメシスが突っ込むよりも早く、ジェイクの背後に女性が近づき、その後頭部を持っていたお玉で強かに殴りつけた。なかなかにいい音がした。

 

「痛ってぇっ⁉やいなにしやがるテメェ一体どこの馬の骨———…ハェアァッ⁈」

 

「…貴方には確か“食べ物に触るな”と明言した筈ですけれど……い~~~~~ったいこれはどういう状況なんですかジェイク?」

 

 動きやすさを重視したパンツルックにエプロン、長い髪をどうにも投げやりなポニーテールにしている地味な女性……だが、見る人が見れば解る。この国の元首たるクリス女王であった。貴方こそどういう状況ですか……と突っ込みたいステファニーだったが、こんなところに女王がいると騒ぎ立てては余計に騒ぎを大きくしそうなので黙っている事にする。

 

「…い、いやぁだってですよぅ……ここの連中ときたら、ルチル嬢の焼いたパンが食えねぇとか抜かしやがるんで、それだったらジャムでも食わせてやろうかと思った次第なんスけどね……」

「なるほど♪しかし、貴重な食料をボロズミにしていいという話はないのでは♪」

「ぼ、ボロズミ⁈ボロズミはねぇでしょう⁈」

 

 ジェイクとクリスのやり取りを横目に見ながら、ネメシスが周囲を見渡す。確かに事態を少し気まずそうに見ている人間達が避難民の中に数人いた。彼らの足元に転がった食べかけのパンを見てネメシスが不思議そうに眉を顰めた。

 

「美味い不味いはただの主観だからいいとして……この非常時に、どうして食べないという選択肢をとるんだ?」

「…まぁ、解らないでもないかな……。アネスタ人は食に拘るし、こんな生活が長く続いているとね……どうしても気が滅入ってくる人も出るわよ……」

 

 なにも彼らとて死にたい訳ではないだろう。だが、長く先の見えない避難生活はそれだけで人の精神を疲弊させるものだ。例えいい大人であったとしても……周りを見渡しながら、ネメシスが気付いた。広場の隅、そこに力なく蹲って座っている少年がいる。彼の足元にも食料が入ったバスケットが置かれているが……その殆どが手つかずのまま残されていた。俯いたまま、時折不貞腐れた様な目線を上げる少年の顔を見て、ステファニーが「あの子……」と呟いた。

 

「ステファニー、知ってるのかい?」

「うん、西のブレナーから避難してきた人たちの中にいた子だ。食事を全然摂ってくれない子がいるって、炊事班の中でも話題になってたのよ」

「その申し送り、受けてますよ。避難の際にお父様がお亡くなりになって、お母様も怪我で治療を受けていると……。心配になりますよね……」

 

 クリスが試しに笑顔で少年に手を振ってみせる……が、反応はゼロ。変装している(つもり)とは言え、類まれな美女である女王の微笑みを受けてコレとは……少年の傷心ぶりは当然としても、ネメシスとしては居たたまれなくなる。ブレナーからの避難民を護衛する作戦には彼も参加していたからだ。

 

 彼も騎士団員も皆、誰一人として犠牲にしない覚悟で戦っている。が、戦いに於いてそれはあり得ない。デブリーターは強力な戦力で、数で勝るアネスタ軍との差を埋めてあまりある。ここは一刻も早く戦力の増強を図るべきではあるが……。

 

「そう言えばネメシス、頼んでいた件の進捗はどうなっていますか?」

「準備は進めているよ。あとは候補者の選定なんだけども———」

 

「そうだピザ会をやろう!」

 

「「………………………⁈」」

 深刻顔のネメシスとクリスの会話をブッた切ってジェイクが唐突に宣言した。

 

「アネスタ人にとってピザはソウルフードだって聞いてやすぜ。あれなら昔師匠に習った事があるし、材料も簡単に集まる。こんな場所でずっと縮こまってるより、いっそ美味いモンでも食って、1日だけでも好きに大騒ぎした方が気分が晴れるってもんだぜ」

「…どこからそういう話になったんだ……」

「とゆーか勝手な確約をしないで頂きたいんですけどね……」

「シットラス邸の地下にワインがたんまり入ってたよな……。いっそあれも開けちまいやしょう。ピザだけじゃ物足りねぇだろうから、あとはシチューでも用意しといて———」

 

「で す か ら!勝手な確約をするなって言っているでしょう‼」

 

 好き勝手な事をほざき続けているジェイクに、再度クリスがお玉をはたき落とした。

 

「痛ってぇ……!俺の頭は鍋じゃねぇんですが……」

「湧いてるんだから一緒です!ただでさえ食糧が不足しかねないこの状況下で何を———」

「こんな時だからでやすよ。この状態が長く続けば誰だって息が詰まるし、恐怖だって蔓延しやすくなるのは目に見えてる。それこそジョーンズの親父の思う壺……とゆーか、奴がそれを狙ってんのは間違いがねぇ。だったらそれにむざむざと乗ってやる手はねぇ。こっちも1日だけでも好きに騒いで、恐怖なんて乗り越えちまえばいい……って、作戦でやすよ、これは」

「…無駄に説得力があるのが悔しいですね……」

 

 曲がりなりにもジェイクは元デブリーターの幹部だった男である。その作戦の全容までは把握していないにせよ、元仲間の目的をある程度推し量る事は出来る。そういう観点で言えば、確かにあながち間違っているとは言い切れないか……。

 

「はぁ……ま、宴会とまでは行かなくとも、食事の時間を楽しくするくらいはいいかもしれませんね。ステファニー、ルチル達と相談してメニュー作りやら材料の確認やらお願いしてもいいですか?」

「や、やるんですね……。わかりました~……」

「よっしゃぁ!流石クリス様太っ腹!こうなったら俺も腕によりをかけて———!」

「貴方はいいです。準備や交渉は私たちで進めますから、食糧にもお金にも触れないで下さい」

「ヒドッ⁉」

 発起人にも拘わらず速攻で企画から外されたジェイクが悄然と項垂れる。

 

「えぇ~~……俺の企画なのに、なんで俺が外されるんだよ……?」

「当たり前だ。君には向いていない」

「オメェも言うに事欠いて容赦ねぇなぁっ!」

「そんな事より、ジェイク・アリウス。君に用がある。…こんな時はなんと言うのだったか……。…そうだ、ちょっと“面を貸してくれ”」

「…オメェ、その言い方ちょっと間違ってんぞ多分……」

 

 ついて来いと言いたいのだろう。ジェイクはそのままネメシスについて、城の北側まで移動した。ここからだとバザールがよく見渡せる。師であるジークバルドに言われて、よく食糧などの買い物に来たものだが……人が消え、無惨な破壊の爪痕が点々と抉られている今はかつての面影など感じさせないくらいの物悲しさを湛えていた。

 

「人がいなくなった文明というのは……あっという間に消えていくものだ。地上を捨て、ラショナルで再起動してから、かつて地上に築かれた文明が朽ちていく様を、僕はずっと観察してきた」

「ん、まぁな。俺も何度もそういう光景を見たぜ。とゆーか、この世界にはそういう場所がゴロゴロしてやがるしな」

「あァ、だからこそ、ここの人々が生きる世界をああいう風にしてはいけないと思って戦っているつもりだ……。…レイトから聞いている、かつての君もそうだったって」

「あ?」

 

 そう言ってネメシスがジェイクに差し出した手に握られていた物……注射器の様な形状をしたブレスレット。無論、敵のデブリーターから奪取したデブリシリンジャーである。これを差し出して彼がどういう反応をするかはある程度予測できているが……案の定、やや苦み走った様な顔をして、ジェイクが「そういう事かよ……」と呟いた。

 

「…それは、“ボス”が俺にそういう命令をしたって事かい?」

「まさか。これは僕の提案だ。こっちは1人でも多く戦力が欲しい。それで、君なら最適だと思ったというだけだ」

「…まぁ、そうだよな……。そう思って貰えるなら悪い気はしねぇよ。…けど、ダメだわ。俺はもう戦える気がしてねぇ……」

 怒るでもなく、ジェイクはどこか自嘲する様に笑ってそう言った。

 

「…ネム、しょせん俺はどうしようもねぇ人殺しさ。初めて人を殺したのは11歳の時……その後も盗賊団の仲間入りをしたりして、盗み、奪い、焼き、殺して……まさに悪竜みてぇな転落人生だ。デブリスとどっちがマシかわかりゃしねぇ……」

「だが、それでもデブリーターに協力したのは、曲がりなりにもこの世界の行く末を案じての事だったのでは?」

()()()()()()()()()……ってか?でもきっとな、それだって自分のやってる事を正当化する為のただの方便さ。大いなる目的の為だ、仕方ねぇ……って。そう言ってねぇと、段々やってられなくなんのさ。あっちもこっちも、な」

 

 卓越した戦闘能力を見込まれ、デブリーターへとスカウトされ、その目的を聞かされた時、ジェイクは一も二もなくそれに飛びついたと記憶している。長年の悪行に心が耐え切れなくなったのか今ではハッキリと覚えていないが……だが、お題目がどうであれやる事はこれまでと変わりなかった。そんな人生から足抜けし、曲がりなりにも普通の人生というヤツを生きてみてつくづく実感させられた。

 

 自分がこれまで歩んできた足跡。その全てで如何に多くのものを焼き潰してきたかが。

 

「その贖罪が、今の仕事なのかい?」

「まぁな。戦ったって何も残せはしねぇが、家を守ってパンを焼いてりゃ、残せるモンがあるだろ?師匠だってそう思ったからきっと……」

 

 ジェイクが少し遠い目をしながら呟いた。彼にとっての師匠とはジークバルドの事だ。デブリスでありながら、その運命に逆らい人として生きた竜のエルシングス。だが、彼は戦いに戻り、その為に今までの人生を全て放り出してしまったのだったか……。そう考えると、自らの提案が如何に無神経だったかを実感させられる。

 

「すまない。無神経だった」

「いや……俺こそ悪ぃな。別にお前やボスの生き方を否定してるつもりはねぇんだ。戦わなきゃいけねぇ時はある。けどな、俺が今まで戦ってきたのは、全部自分が生き残る為なんだ。お前らみてぇに、誰かの為に身を削って戦うなんて真似はきっと出来ねぇからよ……」

 

『見返りを求めないから、人助けってもんさ』と、かつてレイトを助けた際にジェイクはそう言った。今考えると、なんとも笑ってしまう限りだ。どれだけ背伸びをしようとも、自分は決してその様には生きられないと言うのに……。自嘲を残したまま立ち去ろうとすると、ネメシスに再び呼び止められた。

 

「ジェイク・アリウス、僕には人の幸せというものがよく解らない。だが、君のハーブで作ったパンは美味いと思ったよ。ああいうのに満ちている人生を、きっと幸せって言うんだと……あのパンが教えてくれた気がする」

「あ?どういう事だよ?」

「別に。残せるものはもう既に君の手の中にある……。そう思うってだけさ」

 

 呆然とするジェイクを差し置いて、ネメシスもまた反対方向へと立ち去って行った。相変わらず言っている事は迂遠でよくわからないヤツ……とは思う。だが、少し心のつかえが取れたような気はする……自分も相変わらず現金なものだ。自嘲するでもなく、ジェイクは少し愉快そうに笑った。

 

 




どーも2週間ぶりです。
連載再開……といきたいのですが、今回のエピソードを投稿し終えたら、またしばらくお休みいただくかもしれません。執筆ペースは順調に戻りつつあるのですが、ちょっと挑戦したい事があって、それに少しお時間を頂きたいからです。
なるべく早く戻りますので、ひらにご容赦を。

さて、今回のエピソードは……特に言える事はまだありません。是非、最後までお付き合いください。お察しの通り、彼のエピソードです。

それではまた1週間後に。それでは。
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