ライダーオタクの高校生、日比野玲人はストーカーから幼馴染を庇い、その人生に幕を閉じた…かに思えた。彼はなんと気付くと、『デブリス』という怪物が跋扈する異世界へ転生していたのだった。
その世界で出会った少女・アイリスを守る為、かつて世界を救った勇者『ディライト』の力を継承し、『仮面ライダーディライト』として戦う事を決意したレイトだったが、それは彼の過酷な旅の始まりに過ぎなかった。
◇◇◇◇◇
異世界の夜は早い。
それは何も、レイトが元いた世界と比して、日照時間が短いとか、1日の時間に違いがあるとかそういう話ではない。
単に、夜になると暗闇が増え、
少しずつ夜に染まり始める世界は、徐々に濃度の濃い殺気で満ちていく。そんな冷たい空気感がレイトには新鮮で、未体験の感情を掻き立てられる気もしてくる。
だからこそ、という訳でもないだろうが。
レイトに向けて、鉄灰色の剣先を突き付ける少女の輪郭が、少しずつ夕闇に色彩に彩られていく。その姿は、どこか凄絶さに満ちていても、なお美しかった。
「準備はいい?」
剣を正中線に構えながら、少女———アイリス・ルナレスが問うてくる。強くはないが、覚悟はあるのか?と突き放すように響く声色。レイトは我知らず、自身の丹田———正確にはそこに据え付けられたベルトのバックルに手を当てて、答えた。
「いいよ…。いつでも」
不敵とも聞こえる宣言に、アイリスがふっと微笑み———かと思うと次の瞬間には、疾風の如き踏み込みで、穿撃を放ってきた。僅かな予備動作すら目につかない、正に神速の一撃。普通ならば、捉える事も出来ず、一刀の下に降されるだろう。
だが、驚くべき事にレイトは、引き起こした剣の腹の部分でそれを受け止めた。防御しにくい突きの一撃を防ぐにしても大胆な方法だ。相手の一瞬の驚愕を見逃さず、レイトは剣を袈裟切りに振るった。
突きを弾かれ、僅かに体勢を崩した少女の胴に剣がクリーンヒットしかけるが、流石にアイリスもそこまで甘くはない。瞬時に姿勢を立て直し、迫りくる剣の刃先を思いきり蹴り飛ばした。錬真術で金属が織り込まれたブーツは剣の一撃程度ではびくともしない。蹴り飛ばされた剣から伝わる衝撃で、レイトは後ろに大きくのけ反りそうになった。
今度はアイリスのターンだ。横薙ぎに払った剣がレイトの胴体を捉えかけ、しかし空振りに終わった。レイトが後方に飛び退って躱したのだ。
一定の距離を置き、2人はまた剣を構え、向き合う。勝負は振り出しに戻った格好だ。視線と視線、剣先と剣先、そして未だ衰えぬ意気と意気がぶつかり合い、直後、2人はほぼ同時に地を蹴り、互いの懐に飛び込んでいった。
鉄と鉄がぶつかり合う音が鼓膜を震わせ、飛び散る火花が目に鮮烈な痕を刻み付ける。
鉄剣同士をぶつけ合わせる無骨な光景ながら、2人の打ち合いはさながら舞の様でもあった。
アイリスはスピードと手数で押すタイプ。対してレイトは防御の構えで攻撃を捌きつつ、一瞬の隙にをついて攻撃を繰り出すタイプだ。傍目には実力が拮抗し合っている様にも見えるが、流石に長く続けているとそうも行かなくなってくる。
やがて、レイトの動きに明らかに精彩さがなくなってきていた。剣戟を捌き切れずに押し切られそうになったり、または相手のフェイントに引っかかり、あわやという所で一撃を貰いかけたり、等だ。
そろそろ勝負をかける時だろう。アイリスは素早く前方に踏み込み、鉄剣を素早く突き出した。レイトはそれを左下方から振るった剣で防御しようとするが、次の瞬間、予想外の事が起きた。
レイトに捌かれたアイリスの剣が上空高くに打ち上げられたのだ。剣をアイリスの手から弾き飛ばした…それにしては、手ごたえがなさすぎる。
まさか、突きに見せかけて、剣だけを飛ばしていたのか…⁉
それに気づいた時には既に遅かった。レイトの足元に素早くしゃがみこんだアイリスが、脚を素早く回してレイトの足を払い飛ばす。体勢を崩したレイトが後方に倒れかけるのを見逃さず、アイリスが素早くレイトを押し倒した。そのまま上空から落ちてきた剣をキャッチし、レイトの喉輪へとその先を突き付けた。
「私の勝ちね、レイト?」
勝利まで、あと一撃———。しかし、剣の先端は、
◇◇◇◇◇
「はぁっ…!やっぱりダメだったか…」
レイトは諦めた様に剣を———正確には刃部分を金属製のカバーで覆った、訓練用の剣を手放した。
「今度こそ、いけるかもって思ったんだけどな…」
「甘いわね。『やっぱり』とか『かも』なんて言ってる人には、まだ負けないわよ」
アイリスはふふんと勝ち誇った様に笑う。まぁ、それもそうだ。デブリスとすら渡り合える剣技を持つ彼女に、そう簡単に追いつけるとは思っていない。だから、今のは本当に負け惜しみの様なものだ。
「それにしても、スタミナ切れで追い詰められるなんて…鍛え方が足りないんじゃない、ディライト様?」
「あれから3日しか経ってないんだよ…。無茶言わないでって…」
息も絶え絶えになり、地面に倒れ伏すレイトに対して、アイリスは多少息を弾ませつつも、ほぼ汗もかいていない。分かってはいた事だが、自分と彼女の間に横たわる、覆いようもな程の差違が口惜しくもあった。
最初の街『タ―フィッシュ』を出発して、今日で3日が経った。現在レイトとアイリスは、記憶喪失(という事になっている)のレイトを教会で保護してもらう為、そしてレイトの持つ謎のライドラッグとディライトの力について報告する為、神聖教会本部がある街『セルフック』を目指して旅をしていた。
セルフックは、地図上ではタ―フィッシュから更に東部に位置する、より大きな城塞都市だ。だから、レイトたちはこの3日間、街道を東へとずっと歩き続けてきたのだ。
異世界の旅路というと、如何にもスペクタクルな冒険譚が語れそうなものだが、少なくともこの3日位は、特に危険もない平穏な道行だった。
だが、油断は出来ない。世界的に見ても非常に治安がいい現代の日本と違って、この異世界は危険が多い。デブリスと呼ばれる怪物達の存在は言わずもがな、中には普通の猛獣(当然ながらレイトが聞いた事もない名前だった)や盗賊などもいる為、この世界で旅をする、というの相当な危険が付き纏う。
まぁ、とは言ってもアイリスは下級のデブリスやならず者達でさえ相手にならない程の、驚異的な戦闘スキルを持っている為、彼女が一緒にいる分にはあまり危険はないと言える。だが、そんな当たり前の事実がやや悔しくもあり、道中レイトの方から彼女に剣術の訓練を頼んだ。それが、先程の立ち合いの真実なのだった。
「…それにしても…そのベルトを付けると、本当に動きが見違えるのね…」
「ん…あぁ、そうだね…。俺も驚いてる…」
アイリスがの視線を受けて、レイトは腰に取り付けられたベルト———『ディライトドライバー』に手を宛がった。
「『メモリージングシステム』…って言うらしい」
「え?」
「このドライバー…——正確には中央のメダリオン部分か——ここに備わってるシス…機能の事だよ。ここに蓄積されてる情報、記憶が俺に戦い方を教えてくれてるんだ」
まるで記憶を手繰って、文章を読み上げる様にレイトが淡々と告げる。それを聞いて、アイリスが恐る恐るといった風に聞いてくる。
「記憶って…一体誰の…?」
「多分だけど…勇者ディライトの…?」
「…っ⁉」
アイリスの目が驚愕に開かれた。
「勇者ディライトって…それじゃ、やっぱりこれは彼の遺品ってこと…?」
「わかんない…。一応ディライトって言っていたけど…。あれ以来、こいつが話しかけてくる事がなくなっちゃったからな…」
3日前。上級吸血鬼と対峙したレイトに、このメダリオンが語りかけ、彼に「勇者ディライトの力を受け継ぐ」様に提案してきたのだった。レイトがそれを受け入れた結果、メダリオンは現在のベルト型へと変化し、レイトに戦うための力を———『仮面ライダーディライト』に変身する力を与えたのだ。
どうやら受け継いだのは、あくまでも力の一部らしいのだが、それでも上級吸血鬼を倒すだけの力を、仮面ライダーディライトは持っていた。それはディライトが圧倒的なパワーを持っていた、というのもあるのかもしれないが、何よりも変身した途端に、レイトが驚く程の戦闘技能を手にした事だった。
「このベルトをつけてると…なんて言うか…戦い方が分かるんだよ。…いや、教えられてるって言うべきか?敵の攻撃に対して、こう動けとか、こっちに躱せとか命令されてさ…。その通りに体を動かすと、さっきみたいにある程度、立ち回れる様になるってわけ」
ゲームで言うと、最初の操作説明を兼ねたチュートリアルの様なものだと言えば分かり易いが、これは彼女には説明できないので、何とももどかしい。だが、幸いにもアイリスにも意味合いは伝わった様だ。「なるほど、それで…」と真面目な顔で、情報を噛み締めていた。
「でも、それだったら…何も訓練なんてする必要ないんじゃないの?」
「そうなんだけどさ…。でも正直、言われたとおりに戦ってるだけで、体がついてきてる感じがないんだよね…。操り糸で無理矢理、戦わされてるって感じ?だから、結構疲れるし…それに、さっきみたいにバテちゃったら何にもならないし…」
戦闘のサポートが付いているとは言え、レイト自身は体を動かすことは得意ではない。だから戦いが長引けば、疲れが生まれ、結果いらぬ隙や焦りが生じる事になるのだ。加えて、もしこれが本当にチュートリアルの様なものだとしたら、いつまで使えるのかも分からないのだ。
レイトは立ち上がり、手に取った剣を再び正眼に構えた。
「どんな力でも、やっぱり自分の力に出来なきゃ意味ないしさ…。その為には、戦い方を身に着けるしかないよな…って思う。……それじゃ、もう一局、お願いします」
「なるほど…いい心掛けね。それじゃ、今日もビシビシ行くわよ」
剣戟の音がまた、暮れ始めた空にこだましていく。
結局その夜も、剣術が完全に身に付く事はなく、レイトがベルトを付けた状態でもアイリスに3連敗したという、記録を打ち立てただけだった。
◇◇◇◇◇
夜が訪れる前に、レイトは森に分け入り、薪に使う枯れ枝を集めていく。
あの後、アイリスに結局3回敗北し、その流れで薪集めを命じられたのだ。薪に使う枝はなるべく乾燥したものを選ぶべし、というアイリスの指導通りに湿り気のないものを選んでいく。15分(あくまでレイトの体感時間だが)程経った頃には、持ってきた籠が小枝で一杯になっていた。こういう時に錬真術が使えれば、ライドラッグにして手軽に運ぶ事ができるのにな、と思う。
薪を抱えて元来た道を引き返すと、アイリスが既に野営地の設置を終え、卓上コンロの様な器具を操作していたところだった。草木や土の臭いに混じって線香のような香りが漂ってくるが、これはデブリス避けの嫌忌剤の香りであるらしい。
「ただいま。薪、集めてきたよ」
「ありがと。かまど設置して置いたから、そこに並べといて。…特に何か変わったことなかった?」
「大丈夫、特に何もなかった。小さいネズミみたいのが数匹いただけ」
薪を集めるついでに、周辺の見回りもアイリスから仕込まれていた。特に大型の獣、若しくはデブリスの痕跡や、他の野営の跡などを見つけた場合は、直ぐにその場から離れる事も視野に入れなければいけなくなるのだ。
幸いにも周辺には特にデブリスや盗賊の痕跡はなかった。アイリスは安心した様に、コンロの様な器具に小さな薬瓶をセットしていく。傍から見ると調理の工程か科学の実験の様だが、この3日間程で何度か目撃した光景だ。
「また、ライドラッグの調合?」
「うん。素材も手に入ったし、『風』と『水』がなくなりかけてたから」
器具に小さな瓶をセットすると、アイリスの手が器具の横の取っ手のようなパーツを掴み、器具の中に彼女の『力』———錬真力を注ぎ込んでいく。
すると、器具の中央に敷かれた魔法陣の様な模様が輝きを帯び始め、小瓶を固定していた装置がその周りを回転し始める。徐々にスピードを上げていき、最終的には目にも止まらぬほどの速さとなった頃には、陣の中央に置かれたライドラッグの瓶に濃い青色の液体が注がれ始める。やがて、回転が収まると、アイリスが中央部から青い薬液で満たされた薬瓶———『ウォーターライドラッグ』を取り出した。
アイリスが操作していた器具、名を『錬結炉』という。
これを用いて、植物やデブリスの体組織、その他諸々の素材を組み合わせる事で、ライドラッグが精製される。
言葉にすると単純な様だが、素材の選定や組み合わせ、更に錬真力の消費なども含め、なかなかに集中力がいる作業であるらしい。
「……よしっ…。これで大体足りるかな…」
アイリスが少し疲れた様に立ち上がり、ぐぐっと両手を上げて大きく伸びをする。そうする事で細い体のラインがより強調されて、レイトは慌てて目を逸らした。
大体、今の彼女の格好がよくない。今のアイリスは胸や手足の装甲、腰のローブを取り払っていて、着ているのは薄い素材の鎧下とショートパンツだけだ。しかもこの鎧下というのが、レオタードの様な全身にフィットする衣服で、おまけに背中が大胆に開いた形になっているのだから驚きだ。自分が清く正しいニチアサの住民でなかったら、思考が不埒な方向に
休む時くらい、装備を解除して楽になるのは当然だが、少しは周りの目を気にしてくれないものか…と、恨めしい気分になる。
「そういえば…レイト、あなたの持ってたあのライドラッグ、貸してくれる?」
「…?いいけど…はい」
レイトの懊悩にも気付かず、出来上がったライドラッグをしまい込みながら、アイリスがふと尋ねてきた。
『あのライドラッグ』という、曖昧なニュアンスで語られるものは、あれしかない。レイトがこの世界で目覚めた時から所持している、あの謎のライドラッグの事だ。レイトは懐からその薬瓶を取り出し、アイリスに手渡した。
「中身が減っている様子はないわね…。霊薬も使い続けたら、普通はなくなる筈なんだけど…?」
薄い黄色の液体が満たされた薬瓶をしげしげと眺めながら、少女は訝る様に首を傾げた。
確かにそのライドラッグは、上級吸血鬼との戦いで使った為、他のライドラッグと同様に減っていなけれなおかしいのだ。だが黄色の霊薬に、中身が消費された形跡はない。
「確かベルトから外した直後は少し減ってたと思うんだけど…。いつの間にか補充されてたんだよね…」
「…そんな事ってあるかしら…?」
「勿論、見間違いでなければ…だけど…。そうでなかったら、ドライバーの方に秘密があるのか…」
そう言ってディライトドライバーを眺めるが、勿論ベルトが何かを語って聞かせる事はない。
「ドライバー…。…そう言えば…」
アイリスが何か思いついた様に、ディライトドライバーを手に取った。
「これにその霊薬を装填した時、確か『ライト』ってコールした様な気がするんだけど…間違いない?」
「え…?あ、そういえば確かに…」
変身した時はなにぶん熱に浮かされていたので、正直あまり覚えていない。だが、記憶を手繰り寄せると、確かに言っていた気がする。
「…言ってた。確かに言ってたと思う」
「そう…。それなら…やっぱりこれは『光の霊薬』という可能性が高くなるわね」
アイリスが薬瓶を眺めながら、確信する様に呟いた。
「光の霊薬?そんなのもあるんだ…。それじゃ、これがそうだって言うの?」
「さぁ…。わからないわ」
「えっ…?」
「わからないの。光の霊薬は未だに精製方法が分かってない霊薬の1つだから…」
レイトは首を傾げた。おかしな話である。精製方法が分かっていない、つまりまだこの世に生まれていないものの名前がどうしてついているのだろうか?
レイトがその事を尋ねると、アイリスは少し思案した様に口を開いた。
「勇者ディライトとパラディンの話は覚えてる?それに関連することなんだけど…」
レイトは頷いた。タ―フィッシュの食堂で聞かせて貰った話だ。確か伝説級の力を持つ勇者ディライトが、選ばれし7人の騎士と共に世界を救った、というお話だった筈だ。
「そう。ディライトが降臨する前は、五元説って言って世界は炎・水・風・土・雷の5つのエレメントで構成されるって説が立てられたんだけど…。ディライトはこれに加えて、光と闇のエレメントを操る力も持っていたって言われてるの。その時から、世界はその2つを加えた7元説が主流になった…」
アイリスが懐から5つのライドラッグを取り出す。前に説明して貰った事がある。これがそれぞれ、『炎』・『水』・『風』・『土』・『雷』のライドラッグなのだ。
「パラディン達は、勇者ディライトから与えられた力で、それらのエレメントを自在に操る事が出来た、と物語には書かれてる…。その力を疑似的に再現したものがこのライドラッグで、基本の5つのエレメントを操る方法はかなり早い段階から確立していたんだけど…でも、光と闇の力を再現する方法は、未だに分かってない。だから、多分存在するでしょうって仮説だけが立ってるの…。大体理解できた?」
「なんとなくね…。…この世界は、何もかもディライトの影響下にあるって感じだなぁ…」
「ふふっ…そうね。でも、それだけ彼らが人々の心の拠り所になってるって事よ…。…だから、何かと責任は重いわよ、ディライト様?」
「ちょっ…止めてってば。その名で呼ばないでって…」
仮面ライダーにディライトか。ヒーローと勇者の2つの名前を同時に背負ってしまった責任の重さを痛感し、胃がキリキリと痛む気がする。そんな様を見て、アイリスがクスクスと笑いながら、「ごめんごめん」と謝ってくる。
背負う名前と言えば…。レイトは少し気になっていた事があったのを思い出す。
「そういえば、はぐらかされてたけど…アイリスはパラディンなんだよね?」
「…うん…。まぁ…一応ね」
アイリスが少し気まずそうに返事をする。普段は何事も明快で、思う事はズケズケ口にする彼女だが、どうもこの話になると途端に口が重くなってしまう様だった。
だが、目を伏しがちだった前回に比して、今回は真っ直ぐレイトを見つめている。レイトが名を背負う覚悟を決めてきた様に、彼女も少しずつ覚悟を決めている様にも見えた。
「パラディン達がいたのは、もうずっと昔の話なんだよね?でも、パラディンの力は今も生き続けてて…それを受け継ぐ者が現れる…。…それで、君はその内の1人だって事?」
「…ええ…そうね。確証に乏しい話だけど…少なくとも、教会はそう考えてる」
「なるほど…。それじゃ…さっきパラディンはエレメントを自在に操れるって言ってたけど…アイリスにもそれが出来るの?」
「…出来ないわね。残念ながら…」
アイリスが居心地悪そうに、居住まいを正す。そして、右肩に刻まれた紋章に手を触れた。
「…2年前に、突然この紋が出現したの…。そして、教会の人達がやってきて…これは、勇者ディライトの紋で、先代のパラディン達にも同じものが刻まれていたんだって、教えられたわ…。そして、私はパラディンの生まれ変わりなんだって言われて…それから今の通りよ。天命騎士に叙任されて、今こうして旅をしてる…」
「そんな…アイリスはそれで良かったの?」
アイリスは確かに腕が立つが、その他はなんの力もない少女でしかないのだ。そんな彼女を、実在したかもわからないパラディンに仕立て上げ、危険な旅をさせている教会のやり方に疑問が浮かんだ。
だが、
「いいの。パラディンになる事は私が受け入れた事だから」
アイリスは何の曇りもない笑顔で、そう言って見せた。
「パラディンが未だ多くの人達に慕われているのは、『力』を持っていたからじゃない…。「世界を守る」っていう彼らの使命感が、その為に戦い続けた彼らの足跡が…人々に希望を与え続けるんだと思う」
夢見るような、しかし確かな確信を持って少女は言った。
「こんな世界で、希望は長く続かないって言う人もいる…。でも、私はそうは思わない。誰かの心を長い間、ずっと照らし続ける様な…そんな灯し火みたいな希望はきっとあるんだって思う。…自分がそれになれるかなんて烏滸がましいけど…そんな希望を誰かに齎せる様な自分でありたいと思う…。それが私の、今の夢…」
アイリスの話を聞きながら、レイトの胸中にいくつもの影が浮かんできた。「彼ら」は、今のレイトが持つ力の
自分が心配すべき様なことはない。やっぱり彼女は自分よりもずっと強い。自嘲するでもなく、確かな感嘆の念を込めて、レイトは少女に笑いかけた。
「なれるよ。アイリスならきっと」
少女が顔を赤らめ、恥ずかしそうに眼を伏せる。そして、上目遣いに顔を上げると「アイリィでいいわ」と言った。
「え?」
「親や親しい人はそう呼ぶの。だから、レイトもそう呼んで欲しい」
はにかむ様な少女の笑顔を見つめながら、今度はレイトが赤面する番だった。
火の粉を爆ぜさせながら、ユラユラと揺れる炎が2人だけの空間を、鮮やかに彩っていく。
むせる様な草いきれの臭いも、湿り気と土臭を含んだ空気の香りも、今だけはどこか甘く感じられた。
◇◇◇◇◇
1人で旅をして強く実感したことは、夜の長さだった。
日が落ちてしまえば、そこから特に出来る事はなくなってしまう。だから、食事を摂った後は速やかに寝る以外に他なかった。覚悟をしていた事とは言え、暗闇に包まれる時間の長さに何度となく押し潰されそうになった事もある。
だけど———と、目の前で眠る少年の顔を眺めながら、アイリス・ルナレスは久しく忘れていた安心感を感じる。
長いだけでなく、危険が多く付き纏うこの世界では、睡眠の時間でも気を抜くことは出来ない。だからこそ、交互に見張りをしながら休む事になる。それで押し問答の末にレイトが先に休む事になった。
本人はどこか申し訳なさそうだったが、襲い来る疲労には勝てなかったらしい。慣れない野営にも拘らず、少しも経たずに深い眠りに落ちていった。
不思議な少年だな、と思う。
記憶喪失であるとか、謎の霊薬を持っているとか、そういう事に限らず。
こんな世界で生きていると、現実の厳しさや、日々繰り返される悲劇的な事実を嫌でも耳にする。そうなってくると、誰であっても心にスレた部分を持ってしまうものだが、この少年にはそれがあまりない。優しすぎるほど優しいかと思えば、どうにもならないと思える状況でも決して諦めない気骨もある。そして、彼のそんなあり方が、死の淵に立った自分を救い———伝説の勇者の力を蘇らせるに至ったのだ。
「ねえ、あなたは何者なの…?ホントに…勇者ディライトの生まれ変わり…とか?」
アイリスの問いかけに、無論レイトが答える事はない。アイリスも元よりそのつもりではない。ただ漠然と、この少年の芯にあるものが何であるのか。それが知りたくなったのだ。
だが———同時に怖くもある。
もし、レイトの記憶が戻り、彼の芯となるものが明らかになる日が来たら。
きっと今の時間は終わってしまう。
この境目のない夜の様な関係は、きっと変わってしまう。
もし、彼の記憶が戻った時。
私は、その時の彼を受け入れられるのだろうか?
もし、彼の本当の姿を知る事になった時。
私もまた———彼に全てをさらけ出す事が出来るのだろうか?
「…お願い…もう少し…もう少しだけ…」
懐から取り出した、1つの薬瓶を握りしめながら、少女は呟く。
消え入る様な、しかし切実な色を帯びた少女の声は、夜闇に吸い込まれて誰にも届かなかった。
どうもお久しぶりです。
と、いうわけで今回からSaga2『パラディン~天命騎士~」の始まりです。例によってまた数回に分けての投稿となります。
予定ではありますが、今後は定期的な投稿を目指します。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それではまた次回。