今回でSaga2は終了となります。
◇◇◇◇◇
「やったかな?」
「まだ…ね…。息をしてるわ」
その言葉通り、コカトリスはゆっくりと立ち上がった。ディライトの攻撃に晒されても、なお怯まないその姿は、敵ながらも威厳を感じさせる。頭頂部の見事なトサカと相まって、さながらその姿は王の様でもあった。
コカトリスが一声なき、敵意に満ちた目でこちらを睨み据える。攻撃が来る、とアイリスたちは本能的に理解した。
コカトリスの主な攻撃は、やはり蹴りだ。だが、その他にも鋭利な鉤爪や嘴も驚異的な武器となる。だが、どれにせよ近付かなければ、さして脅威ではない。このまま、遠距離から少しずつ削っていくか———。
だが次の瞬間、予想もしない事が起きた。
コカトリスの胸がまるで風船の様に大きく膨張した直後、その口から勢いよく火炎を噴出したのだった。アイリスとディライトに目がけて、火炎の奔流が矢の如き速度で迫って来た。
「「えぇぇぇっっっ!!!???」」
思わず、といった風に驚愕の声を上げながら、2人は火炎の射程範囲から逃げ出す。だが、それで諦める怪物ではなかった。首を巡らし、2人の退路を断たんするとばかりにそこかしこに炎を放っていき、周辺はあっと言う間に炎へと包まれた。
迫りくる炎を避けながら、2人は岩場へと退避した。
「ちょっと…!火を噴くなんて聞いてないんだけどっ⁉」
「わ、私もよっ!コカトリスがこんな力を持ってるなんて話、聞いた事もない———!」
アイリスが珍しく驚愕に声を弾ませる。だが、そこまで言って結局言い訳だな、と思う。今まで報告例のない能力か突然変異的に獲得した力なのか、はたまたつがいを殺した人への怒りで急速に進化を果たしたのか———。 あり得ない、と思うだろうか。だがデブリスとの戦いにおいて、ほぼ常識というものは通じない。そんな事は自分が常日頃から言っている事ではないか。アイリスは己の未熟さに歯噛みする。
岩場の陰から顔を覗かせ、コカトリスの様子を確認する。幸いにもコカトリスはこちらを見失ったらしい。だが、怪物の周辺は猛る様な炎に囲まれており、接近する事さえ困難な有様だった。
「大体、何であいつは火の中でも平然としてるんだよ…」
「火を吐く怪物だからね…。自分が吐いた火ならへっちゃらなのよ、きっと」
「そんな無茶苦茶な…」
フグかあいつは!と突っ込みかけるが、それは慌てて引っ込める。
火の中でも傲然と佇む怪鳥の姿を恨めし気に見つめていると、レイトの脳裏にある考えが閃いた。賭けではあるが…他に取り得る手段もなさそうだった。
「アイリィ、炎の霊薬を貸して」
「……?でも、コカトリスに炎は…」
「効かないんだよね、わかってる…。でもさ、裏を返せば…
その言葉でアイリスはレイトの意図を察したらしい。その顔が一瞬思案する様な色を覗かせるが、だがすぐに「ダメ…!危険よ!」と反対の声を上げた。
「賭けが過ぎるわ…。ここは一度撤退して、態勢を立て直した方が———」
「ディライトなら少しの間は平気だよ。その少しの間に勝負を決めてくれればいい。それに…一度逃げて町が襲われたら、それこそ危険だよ。今のあいつを野放しには出来ない」
だが、レイトの意思も固い。アイリスの言い分も理解はしているが、今はそれ以上に逃げるべきではない、という感情が勝っていた。
理性では撤退と言いつつも、それはアイリスも同じであるらしい。苦し気な顔を一瞬覗かせた後、諦めた様にディライトの手にファイアライドラッグとウォーターライドラッグの2つを押し付けた。
「無茶はしないで…。危険だと思ったら、直ぐに撤退させるからね」
「わかってる。君の方がプロだ。その時はちゃんと従うよ」
2つの霊薬を受け取ると、ディライトは素早く岩影から飛び出した。コカトリスが目敏くその姿を捉え、怒りの声を上げたのが聞こえる。上手く釣られてくれた様だった。
ディライトは手に握る手斧のグリップを引き起こし、その形を銃器型———〈トランスラッシャー ガンモード〉に変形させた。その銃口の先をコカトリスに…ではなく、周辺を取り巻く炎へと向けた。
アイリスから渡されたウォーターライドラッグの瓶を銃口部分へと装填する。薬瓶に収められたエレメントエネルギーが解放され、銃口部分にチャージされていく。
〈ヴァリアントシュート!〉
トランスラッシャーが全開出力モード発動の音声を上げる。ディライトは目の前の火の海に銃口を向けたまま、トランスラッシャーのトリガーを引き絞った。銃口から凝縮された水のエレメントが解き放たれ、そのまま火の壁へと突っ込んでいく。放たれた水の弾丸は立ちどころに燃え盛る炎からエネルギーを奪い取り、一気に消火してしまう。
「よし…!このまま一気に…!」
賭けの第一段階はこれでクリアだ。炎は水のエレメントで消火できる。ディライトが次なる炎に向けて、銃を向ける。だが、それを許すコカトリスではない。狙いを定めて動けないディライトへ向けて、火炎を噴出した。
案ずるような少女の叫びが聞こえた気がしたが、ディライトは逃げなかった。ここからが、賭けの第二段階である。ディライトは風のライドラッグを外し、ファイアライドラッグへと切り替える。
迫りくる火炎にディライトの姿が飲み込まれた。木々をも薙ぎ倒す勢いを持つ火炎流の一撃だ。いくら屈強な鋼鉄のボディーを纏っていても、直撃すればひとたまりもないのではないか?炎と黒煙に遮られ、ディライトの姿は全く見えない。アイリスが思わず息を呑みかけるが———。
転瞬。
〈ファイア!アイアン!ファンタスティック!闘魂のレシピ‼〉
炎が空気を熱して広がる轟音。火花が弾けて散る破裂音。そして猛る様に喚く怪鳥の声。それら全ての音と混ざり合っても、その声は高らかに響き渡った。アイリスには、それがまるで勝利を約束する
〈オールセット、ディライト!ヒートアップファイター!メタレイズナイツ‼〉
やがて、炎の中からディライトが傲然と姿を現した。鋼鉄のボディーの各部に燃え盛る炎のアーマムエレメントが取り付けられたディライトの新形態『仮面ライダーディライト メタレイズナイツ』である。
両肩の付け根から出現した、炎を宿したエレメントタービュラーがジェット噴射の如く揺らめく。その瞬間、ディライトの全身に猛烈なパワーが漲っていく。先程のウインドアイアンよりも、更にはミスリックナイツよりも巨大な力の奔流に思わず体が震えそうになった。
ディライトは前方にトランスラッシャーを構え、再度引き金を引き絞る。直後、爆発する様な轟音と共に、水のエレメントが広範囲に放たれる。先刻とは比べ物にもならない出力で放たれた水流弾が、火炎とコカトリスの巨体を纏めて一気に吹き飛ばす。
「すごい…!あれがファンタスティックヒット…!」
アイリスが感嘆の声を上げる。
前にレイトから説明された事がある。仮面ライダーディライトは変身する際に2つのライドラッグを使用するのだが、これらの相性が良くない時は『亜種形態』と呼ばれる姿に、相性が良い場合は『ファンタスティックヒット』と呼ばれる形態になる。このファンタスティックヒットは亜種形態と比して、更に強い力を獲得するのだそうだ。聞いた時は俄かに信じがたい話だと思ったが、目の前でその力を見せつけられるとその話も一気に現実味を帯びて感じられる。まさか、ただの一撃で辺り一面の火の海を消失させてしまうとは———。
だが、これは間違いなく
水のエレメントの直撃を受けたにも拘らず、コカトリスはまだ健在だった。自身の
これが賭けの第二段階なのだ。火炎を吐くコカトリスには同じ火のエレメントは通用しない。ならば、ディライトも同じではないのか?即ち、同じ火属性の形態ならば、コカトリスの火炎が通用しないのではないか、と考えたのがこの策のきっかけだった。結果は予想通りだったと言えた。今のディライトはこの程度の火炎ではビクともしなかった。
「しかも、まさかのゲキレツ最強の組み合わせ…!これならやれる…!」
火炎では埒が明かないという事を理解したのか、コカトリスは自らの質量でディライトを押し潰すべく、勢いよく跳躍してきた。足の鍵爪がディライトを貫かんと、ギラリと輝く。
ディライトも迎え撃つ様に、全身に力を溜める。転瞬、背中のエレメントタービュラーが後方へ勢いよく翻り、帆の様に大きく広がった。その瞬間、メタレイズナイツのパワーがまた一段と上昇した様だった。
灼熱の闘気が全身を駆け巡り、心地良い全能感が頭を支配する。これがメタレイズナイツの「力」なのだと、レイトはその瞬間、唐突に理解した。変身者の思いに呼応し、出力を増強させる力。この力なら、目の前の怪物にも——否、何者であっても負ける気はしない。
心のどこかに巣くっていた恐れや不安は消し飛び、レイトは確かに己が今、『仮面ライダー』という
質量と衝撃がぶつかり合う轟音が周囲の空気を揺らす。
巻き起こった衝撃波が、大地や木々を騒めかせる。
そして、それの中心点となっていたコカトリスとディライトは互いに攻撃を繰り出した状態のまま、硬直して動かなかった。
力は互角。脚と拳がギリギリとぶつかり合いながら、互いを押し切ろうと両者は一歩も引かず、力を込めている。
だが、力がどれだけ拮抗していても、明らかな体格差は揺らがない。体高で大きく上回るコカトリスがやがてジリジリとディライトの体を圧し始める。コカトリスが勝ち誇った様に、嘴をカチカチと鳴らし、ディライトを睥睨する。
だが、ディライトに焦りの色はない。元より、自分1人で勝利を収められるとは思っていない。ディライトの目にはしっかりと映っていた。コカトリスの背後に、槍を携えて飛ぶ少女の姿が。
「勝ち誇るのは早いわよ!」
驚異的な身体能力で、コカトリスの体高ほどの高さまでジャンプしたアイリス・ルナレスが、アイロンピアーズを腰だめに構えて降ってくる。その刃先にはコカトリスの弱点である、青い水のエレメントが帯びていた。
コカトリスが慌てた様にその場から逃げようとするが、ディライトはその脚をガッチリ掴んで離さない。2人の連携にコカトリスは為す術もなかった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!」
アイリスが
〈ヴァリアントブレイク!〉
だが、火炎が放たれそうになる刹那、ディライトは素早くアックスモードにしたトランスラッシャーに風の霊薬を装填した。トランスラッシャーの必殺技発動音声が高らかに鳴り響き、三日月形の刃に風のエネルギーがチャージされていく。ディライトはコカトリスの胸元に目がけて、手斧を横薙ぎに振るった。三日月刃がコカトリスの胸を深く抉り、その中に新たなエレメントが流し込まれていく。
巨大なコカトリスといえども、もう耐える事は出来なかった。体内で荒れ狂う2つのエレメントが怪鳥の細胞を破壊し、その生命力を削り取っていった。やがて、ディライトとアイリスはそれぞれの武器を引き抜き、怪鳥から飛び退る。それによって更に押し広げられた傷が、コカトリスにとって最後の止めとなった。
ゴォッ!という轟音と共に、コカトリスの体が深紅の炎に包まれた。自らの炎に焼かれながら、怪鳥は最後の力を振り絞る様にヨロヨロと歩いていき、やがて力尽きた様に地面に倒れ伏した。そこはつがいの死体が横たわる、彼らの巣痕の近くだった。天へと立ち昇っていく黒煙を見上げながら、せめて安らかであって欲しいとアイリスは思った。
◇◇◇◇◇
デブリスとの戦いは終始気を抜けないものであるが、それは戦いが終わったとしても同じことだ。デブリスの遺体を放置しておくと、そこからデブリスの毒素が広がり、環境を汚染する切っ掛けになってしまう。だから、討伐後は速やかに遺体を回収しなければならない、と厳命されている。これはドランバルド連合全体で決められている、共通ルールの様なものだった。
「…だから、デブリスの討伐には必ず、
焼けたコカトリスの遺体回収作業をしながら、アイリスが説明した。因みに「遺体回収作業」と言うとおどろおどろしい語感だが、実際は錬真術を使って呆気ない程簡単に終わった。空っぽの薬瓶を
コカトリスの体組織を封じた瓶の蓋を、アイリスはしっかりと封をする。これは『
コカトリスの遺体はすっかり分解され、今や形も残っていない。だが、あのつがいの遺体はしっかりと残されていた。それが意味するところは———。
「密猟ってことか…」
「そうでしょうね…。遺体の必要な部位だけ切り取って、後は放置…。しかも、そればっかりにつがいを怒らせて、町の襲撃を招いてしまった…。無責任にも程があるわ…」
アイリスの声には珍しく怒気が滲んでいる。そう考えると、今回の事件は「災害」というよりも、「人災」という側面が覗き始める。例え凶悪な怪物であっても、そんな人間の思惑に巻き込まれたコカトリスの夫婦が少し哀れに思えた。
「とにかく、一旦戻りましょう。事の次第をウィークス町長に報告しないと——」
「おいおいマジかよ。本当に倒しちまったぜ」
直後、不遜な声が響き渡る。声のした方を振り向くと、そこに立っていたのは、武器を持った大柄な男たちが4人。先程、ツンベルクの町で町長に因縁をつけていた、ギルドの男達だった。
「傷の一本でも付けてくれりゃ上々、後はのんびり上前を掠め取ってやろうと思ってたんだが…侮れねぇもんだな、パラディンってのは」
リーダー格の男———エドガーが小馬鹿にしたように顔をニヤつかせながら、近付いてくる。そして、その手の武器——
「パラディン様よぉ、悪い事は言わねぇ。痛い思いしたくなかったら、そのコカトリスの『
「…なんですって…?」
不躾な申し出にアイリスが表情を険しくする。だが男はハッ、と嘲笑い返すだけだった。
「我欲のねぇパラディン様には必要ないだろ?だったら、俺達があの気弱な町長に高く買い取ってもらった方が、有効利用ってもんだろうが」
「…そんな事出来る訳ないでしょう。大体、人が受けた依頼を横取りする事は、ギルドのご法度でしょう」
「ところが、そいつには抜け穴があるんだなぁ。他人が取った依頼を奪ったとしても、咎められねぇ場合ってのはあるんだ…。受注者が仕事を放棄した時か…受注者が死んだ時だ!」
叫び、エドガーが青色の属性系霊薬——ウォーターライドラッグを取り出した。それを3つほど、斧槍の柄舌の部分に次々と装填していく。
〈WATER ENCHANT…!〉
斧槍が唸る。それと同時に、各部のパイプから一斉に蒸気の様な煙が吹き出し、エドガーの巨躯を包み込んでいく。やがて煙が晴れると、エドガーの体全体が透き通った鎧に包まれていた。ガラスの鎧——という風に見えなくもないが、鎧の表面から立ち上がる氷霧や足元の草地に広がっていく霜から、あれは氷のエレメントで精製された鎧なのだとわかった。
横でアイリスが「エレメイル…⁉」と絶句するのが聞こえた。
「悪ぃな、あんたらに恨みはないが…ここで死んで貰うぜぇ‼」
氷の鎧を纏ったエドガーが握った斧槍を横薙ぎに振り回した。ディライトとアイリスは素早く後方へと飛び退って回避したが、斧槍が通過した一帯の空気が一瞬で凍てつくのが感じ取れた。
「何だよアレ⁉雪男かなんか⁉でなきゃ、雪祭りの展示品⁉」
「『
「悠長にお喋りしてる暇があんのか!」
エドガー改め『スリート・エレメイル』が今度は斧槍を縦薙ぎに振り下ろしてくる。半月型の刃が地面を深く叩き割ると同時に、纏わりついた氷のエレメントがその周辺を瞬間的に凍り付かせた。
「…‼あの傷痕…まさか…!」
地面に刻み込まれた凍傷を目の当たりにして、レイトの脳裏にある説が浮かび上がった。
「広い傷に凍傷…。あのコカトリスのつがいを殺したのはアンタ達か…‼」
「そうだ!それがどうした‼」
案の定、エドガーが肯定した。顔まで覆う、分厚い氷の兜の所為で表情は読み取れないが、その声には嘲りの色が濃く浮かんでいた。
やはり、と思う。凍結した幅広の傷痕。それは、あのメスのコカトリスに刻み込まれていたものと同じだった。それに確かエドガーは、コカトリス討伐を引き受けた自分達に「ローストにされて来るがいいさ」と捨て台詞を残していた。今考えると、火を吐くコカトリスの能力を知っていたとしか思えなかった。
「依頼があったんだよ。西部に火を噴く珍しいコカトリスの目撃情報がある、そいつの火炎袋を持ち帰ってくれってな。正規ルートからの依頼じゃなかったから、錬真術師を連れていけなかったんだが…まぁ、苦労に見合うだけの金は貰えたぜ」
自慢げに語るスリート・エレメイルの声に、反省の色は見られない。アイリスが「なんて事を…!」と声を震わせた。
「デブリスの遺体を放置すれば、どんな惨事が引き起こされるか…ハンターなら知ってるでしょう!あなた達の無責任な振る舞いが、一体どれだけの人々の命を危険に晒したと思って———」
「ハッ、そんなこと知るかよ!俺たちは儲かりさえすりゃそれで良いんだ!」
アイリスが氷鎧に切り掛かろうとするが、立ち昇る冷気の影響で剣の間合いに入る事すら困難だった。その事に気付いたエドガーはアイリスに躍りかかる、一方的に攻め立てていく。
「大体てめぇらパラディンが、どの口で無責任なんて言うんだ⁉」
「……⁉」
斧頭の一撃。アイリスの手からアイロンピアーズが叩き落される。
「てめぇらは!教会から好き放題に金を貰って!どこでも自由に移動が出来て!簡単に人より優れた力を持てて!なのに、いずれ大半が行方不明になる無責任どもだろうが!」
「…それは…!」
蹴撃。なんとか出現させたシールドで受け止めるが、それでも衝撃の全ては消しきれない。
「
「……違ッ…!」
槍。拳。ウォーピック。物理的な攻撃はなんとか捌き切れるが、迫りくる凍気だけはどうしようもない。少しずつ、だが着実にアイリスの体力を奪っていく。
「……ッ‼」
ついに斧槍の穂先がローブを貫き、少女の体を木へと縫い付けた。
「そんな無責任野郎どもに!俺らの生き方をどうこう言う資格なんてねぇんだよ‼」
身動きが取れなくなったアイリスにエレメイルが拳を振り上げる。
だが、拳撃が少女の体に到達する事はない。メタレイズナイツがアイリスの前に立ちはだかり、鉄拳を受け止めたからだ。
「…っ⁉このガキッ——!」
「…違う…」
「ぁんだと⁉」
「違うって言ったんだ‼」
メタレイズナイツの拳がスリートの顔面を強打した。鎧を纏った巨体がたった1発の拳撃で、数ハンズの距離を一気に吹き飛ばされた。
「力や権威なんて、関係ない。小さな希望を、穴に落ちた人々の命を、紡ぐ為に戦うのがパラディンの使命だって…アイリィはそう言った…」
ふつふつと、湯が沸き立っていく様に、レイトが言葉を紡ぐ。すると、まるでそれに呼応する様にディライトの体から力が吹き上がってくる様だった。それがアイリスの凍てついた体を温めていった。
身を起こし、「うるせぇ!そんな綺麗事が——!」とエドガーが唸るが、レイトも即座に 「綺麗事じゃない!」と反駁の声を上げた。
「命を背負うって事は…決して軽い事なんかじゃない!それでも、アイリィはずっと1人で戦って…それを背負ってここまで来たんだ!氷の鎧に籠って、ギルドの権威で好き放題やってるあんたと一緒にするな‼」
「なに訳の分かんねぇこと言ってやがる!ぶっ殺してやる!」
氷鎧がディライトめがけて襲い掛かっていく。先程は不意を突かれたが、相手は町でパラディンの陰に紛れていたあのひ弱そうな少年なのだろう。見た事もないエレメイルだったが、使用しているライドラッグは2本きり。自分とは勝負にならない筈だ———。そんな慢心からか、本来の癖であるのか。スリート・エレメイルの動きからは、
〈エブリッション!ヴァリアントファイア‼〉
ディライトがドライバーのスイッチを押し込み、ライドラッグのエネルギーをチャージする。炎と鉄のエネルギーが体中を駆け巡り、右手へと集中していく。ディライトは右手を構えたまま、爆発する様な勢いでスリートへと突撃していった。
「はぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
「な…なにぃぃっっ⁉」
リーチの差から、先に拳が到達したのはスリートの方。だがその拳はディライトに触れる前から、強烈な熱エネルギーに晒され、一瞬で溶け出してしまった。攻撃手段を失い、がら空きになった氷鎧の胴部にディライトの拳が吸い込まれていき、次の瞬間には全身の氷鎧を粉々に打ち砕いていた。
鎧を破壊され、中のエドガーも吹き飛ばされ、地面を転がりまわった。レイトは勝利を確信した。
だが、次の瞬間。
「ぎぃあぁぁぁぁっっっっ!!!???腹がっ…!俺の腹がぁぁっっ!!」
地面に倒れ伏したエドガーが、右の脇腹を抱えながら叫んでいた。見ると、脇腹の肉が大きく引き裂け、そこからあふれ出た血が地面を濡らしていた。そして——レイトは自分の手にもヌラリとした何かが纏わりついているのを感じた。手に目をやる。深紅のアーマムエレメントに紛れているが、グローブに纏わるこの赤黒い液体は———間違いなく血だった。それを自覚した瞬間、レイトの頭の熱が一気に引いた。
「死ぬぅぅっ!助けっ…早く助けてくれぇぇぇっ‼」
エドガーが錯乱した様に、地面を激しく叩いている。今まで戦いに参加せず静観していた彼の仲間が次々と彼に走り寄っていき、「お、おいエドガー⁉」「大丈夫か⁉しっかりしろっ‼」と声を掛けていく。
「そんな…俺が…俺がやった…のか…?」
レイトは手を見据えたまま、硬直して動けなかった。問うている様であっても、だが答えは明白だった。ディライトに変身するとどこか熱に浮かされた様な気分になるのだが、それでも自分の拳があの男の肉を抉った感触はしっかりと覚えていた。
「痛ぇっ!痛ぇよぉっ!早くっ…!早く傷を塞げぇぇっっ!」
「エドガー!しっかりしろ!くそぉっ…どうすりゃいいんだよ⁉」
「どうするって…傷を塞ぐ処置なんてしたことねぇぞ!」
「退きなさい!代わるわ」
オタオタするばかりで何も出来ないエドガーの仲間たちを押し退けたのは、アイリスだった。素早く脇腹の状態を確認した後、いくつかの薬瓶と包帯を取り出していく。
「て…てめぇ!絶対に許さねぇからなぁ!あのガキもだ!てめぇらを人殺しだと言いふらしてやるから覚悟しとけ…!」
「うるさい!そんな騒ぐ元気があって死ぬわけないでしょう。少し静かにしてなさい!」
アイリスがピシャリと言い捨てると、エドガーに何かを注射した。途端、急に男は静かになった。
「エドガー⁉あんた、何をしやがった⁉」
「鎮静剤を注射しただけよ。手足を押さえてて。治療も出来ないわ」
傷口にいくつかの薬品をかけ、大きめの布を押し当てて止血。最後に強めに包帯を巻き付けて布を固定していく。
「取り敢えずはこれで良し…。運んでいいわ。言うほど重症じゃないわ。表面の肉が少し抉られただけ。肉が厚かったのが幸いしたわね…。あんまり騒ぐとみっともないわよ?」
「…うるせぇ…覚えてろよ…。絶対に…絶対に許さねぇぞ…!」
仲間たちに抱えられながら、エドガーは最後までレイトを睨めつけていた。その視線——生まれてから経験がないほど、強い憤怨の感情を突き付けられ、レイトは息を飲んだ。
「レイト…。私たちももう行きましょう…」
こちらを案じる様なアイリスの声に応える事もできない。ただ両手をじっと見つめながら、己がした事の重さにただ震えてるしか出来なかった。
次回予告
少年が得た力。それが求めた責任はあまりに重い。
だが、世界は待ってくれない。少年たちに降りかかる新たな依頼。彼らを待ち受ける新たな脅威、そして出会いとは?
Saga3『メイズランナー~迷宮の勇者~』