現代で死亡し、デブリスと呼ばれる怪物が跋扈する異世界にやってきたライダーオタク・日比野玲人。彼はひょんなことから得た“伝説の勇者”の力を『仮面ライダーディライト』と呼び、デブリスから人々を救うために旅立つ事となる。
だが戦いの最中、彼はディライトの力で怒りに任せて、人を傷つけてしまうのだった…。
◇◇◇◇◇
陽の光が差さぬ、暗澹とした世界。
重たい湿気と濃い殺気が渦巻く、腐海の底。
そういう場所こそ、自分の
巨大な古木と膨大な林冠に頭上を覆われた森の中を、彼女は疾駆していた。岩の上を、木の幹を、せり出す枝や根を足場にしながら、アクロバティックに駆ける様は、さながら高地に暮らす山猫の様だった。木々に遮られ、昼間だというのに視界はすこぶる悪い。だが彼女はお役目柄、夜目が良く効く。この程度の暗さならば全速力で走っても転ばない自信がある。
ゼオラは足を止めずに、
「この感覚…近いな…」
殺気を感知しながら、ゼオラが独りごちる。長い間、単身で旅をしていれば独り言も多くなるというものである。人恋しさ、などという感情はゼオラには無縁なものだが、ふと『主』はどうであろうか?と考えた。自分より3月ほど早く旅に出た『主』の方が、遥かに長く孤独の中に身を置いている筈。その程度で心挫けてしまう程、ヤワな性格ではないと思うが、何があるかわからないのがこの世界というものだ。
だからグズグズはしていられない。一刻も早く、課された依頼を達成し、『主』の足取りを追わなければ————。
だが、そんな焦りが生んだ一瞬の隙。「殺気」の大元はそれを見逃さなかった。突如、ゼオラの足元の地面がひび割れたかと思うと、そこからいくつもの木の根が彼女目がけて襲い掛かって来た。
「なっ…!しまった…!」
ジャンプした直後で空中にいるゼオラはそれらから身を躱す術はなかった。根はあっと言う間にゼオラの脚に巻き付き、地の底へと引き摺りこもうと力をかけた。ひび割れた腐土がいかにも、獲物を食いちぎらんとする獣の
落ちた葉類だけでは飽き足らず、人間すら養分にしようという訳か。ゾッとしない話だ。だが先に脚を狙い、手を封じなかったのは明らかに相手の失策だ。ゼオラは不敵に笑うと、腰から1つの球体を取り上げた。のっぺりした黒光りする表面に、無機質な金属製の格子が絡まり合った球の上部に設置されたピンを引き抜く。すると、ゴポッ…と音を立て、内部で2つの薬液が混ざり合う音がした。ゼオラは即座に球体を、地割れの底に向けて放り投げた。
球体が吸い込まれていった地の底から直後、轟く様な破砕音が響き渡り、周囲の空気をビリビリと鳴動させた。更に地割れの底が赤く輝き始め、強烈な熱を放射し始めた。ゼオラは緩んだ根から脚を抜き出すと、即座に高い樹上の枝へと飛び移った。
「シュオォォォォォォォッッッッッ!!!」
亀裂の底から奇声を上げて飛び出してきたのは、なんとも奇怪な姿の怪物だった。全身は木肌の様にささくれ立った茶色の硬質な表面組織で覆われ、あちこちから隆起した瘤状の突起物の影響で、アシンメトリーな印象が強くなっている。一応、上部に目口らしきものは見えるが、ただのひび割れとも言ってしまえそうなもので、全体に比して小枝の様に細い腕部形状とも相まって、生物と形容する事さえ困難だった。
名を『マンドラゴラデブリス』という。『
だが、どれだけの異体であろうとも、苦しむという感覚は持っているらしい。空気抜けの様な声を漏らしながら、表面を焼き焦がす炎にジタバタとのたうち回っている。
「どうだ、『
「フシュゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!」
マンドラゴラが怒った様に、頭部周辺の根の様な蔓を伸ばしてきた。またしても、ゼオラを捕らえる気でいるのだろう。だが、対デブリスは専門でないにせよ、ゼオラは戦闘のプロだ。一度貰った攻撃は二度も三度も通用しない。ゼオラ最低限の動きだけで身を躱すと、再びマンドラゴラの胴部目がけて何かを投げつけた。
轟音と共に、いくつもの閃光が薄闇の森に明滅しては消えていく。吸着弾から放たれた衝撃がマンドラゴラの皮膚を貫き、風穴を開ける。傷口から体液が漏れるなどはなく、腐った木の様な崩れかかった形成層が露出するのみ。これでなぜ動いているのか不思議なくらいである。
だから、デブリスとの戦いは厄介なのだと思う。生き物は、体を切り裂き、骨を断ち、血を失えば、死ぬ。ゼオラにとって、それは昔から何よりも明確な真実だ。だが、デブリスには生物としての常識など、何1つ通用しない。現に体の各所に風穴を開けたというのに、怪物は一向に参った様子がない。生きている、とも確信が持てない相手を、一体どうやったら「殺せる」というのだろうか。ゼオラの口から思わず舌打ちが漏れた。
「シュッ!」
怪物が再び、蔓を放つ。だが今度は、ゼオラに向けてではなく、自身の周辺にだ。放たれた蔓は周辺の木々に絡みついていった。一体何を…?と思案した刹那、マンドラゴラの体に如実な変化が現れた。
傷口が再生し始めたのだ。
焼け焦げた皮組織が、真新しい新皮へと。
そして、穿たれた穴に新しい組織が被さっていく。
枯れかけた老木が、新しい若木へと変貌していく様だった。だがそれとは対照的に、蔓に取りつかれた木々は少しずつ朽ちかけていく。そんな生命の在り様を否定する様な光景に、ゼオラは吐き気がした。
兎に角、このままでは完全に再生されてしまう。止めるにはあの触腕を断ち切るしかないのだが、奴には斬撃が通用しにくい。爆弾で狙おうにも、細すぎる。
さて、どうしたものか…?ゼオラが思案に暮れたその一瞬。
突如、無数の“矢”が飛来し、マンドラゴラの蔓を一斉に断ち切った。
正確には“矢の様な光”だろう。風切り音を響かせる、細長い槍状の飛翔物は矢としか形容できないが、少なくとも木材で形成されたものには見えない。蔓を断ち切ると、それは即座に霧散して消えてしまった為、何であったのか正確に捉えられた訳ではないのだが、ゼオラにはそれが尾を引いて飛ぶ流星の様にも見えた。
「今だよっ!決めて!」
後方から何者かの声が聞こえた。誰かと問い質したくもあるが、その時間はない。声の主が言う様に、確かに今が決め時だろう。
早々に修復を邪魔された為、マンドラゴラの表皮にはまだゼオラが開けた傷口が残っている。ゼオラは懐から大きめの爆弾を取り出し、その穴に目がけて投擲した。『
刹那、星雷が轟音を立てて、怪物の内部で爆発した。瞬間的には音にも近い速度で吐き出された無数の鉄片が、名前通り雷の如き勢いでマンドラゴラの内部を蹂躙していく。更に、ダメ押しの如く飛来した、無数の光矢が焼け崩れた表皮を貫いていった。流石の怪物もそれには耐えられなかったようだ。断末魔の叫びも空しく、怪物はその巨体を揺らしながら、地へと沈んでいった。
「うひゃぁ…大物だね。マンドラゴラってのんびり屋だから、ここまで大きくなるのって珍しいんだけど…食いしん坊な個体だったのかな?」
呑気そうな声が、後ろから聞こえてきた。ゼオラが振り返ると、1人の少女がのんびりとした足取りで近付いてきた。その手に弓の様な道具が握られているのを見遣り、ゼオラは警戒を強くするが、少女は人懐っこそうな笑みを浮かべて、こちらに手を振って来た。
「さっき、矢を打ったのはお前か?」
「そ。助かったでしょ?私、マヤ・フォルコ。ヨロシクね!」
少女は聞きもしないのに自己紹介をし、挙句に馴れ馴れしく手など差し出してくる。確かに助けられたのは事実だが、そこまで付き合ってやる義理はないというものだ。ゼオラはマヤと名乗った少女の脇を素通りして、そのままもと来た道を引き返していく。
「て、ちょっと!この死体どうするの?ちゃんとレセプト化して届けないと…」
「私は錬真術師じゃない。倒すまでが仕事だ。回収は別に派遣しろと言ってある」
「無責任だなぁ、もう…」
マヤはマンドラゴラの遺体に空の薬瓶を翳す。すると怪物が結晶の粒子となって、瓶に吸い込まれて消えた。
「…お前、錬真術師か?」
「そ。お望みとあらば、ライドラッグも便利な道具も作るよ。仲間にいると重宝すると思わない?」
マヤが変わらずニコニコしながら、ゼオラの行く手を塞ぐ。ゼオラは深くため息をついた。
「…結構だ。旅の道連れが欲しけりゃ、他を当たれ」
「えぇ~、いいのかな?私がいなかったら、早晩行き詰るかもよ?」
「…何が言いたい?」
ゼオラが問い返す。マヤは我が意を得た、とばかりにふふん、と鼻を鳴らして、ゼオラの腰の布鞄を指差した。
「さっきの爆弾、強力だったよね~。あれは絶対そこら辺で売買されてるものじゃないよね?あれは絶対に錬真術師が作ったものでしょ。違う?」
…太平楽そうな見た目に比して、観察力はあるらしい。確かに、あれはゼオラの『主』が作ったこの世に2つとないものだ。『主』のサポートをする為に市販品では物足りなさを感じ、『主』に要求して作って貰ったのだった。だがそんな自分たちの関係を、見ず知らずの少女にペラペラと説明するのも癪だったので、ゼオラは無言を貫く。
「でもさ、なんであれを最初からいっぱい投げなかったのかな?マンドラゴラが再生し出した時、ちょっと迷ってたよね?少し、投げるのを躊躇したんじゃない?さしずめ、ストックがもうなくて、使うか迷った…とか?」
だが、マヤは意に介さず、相変わらずズケズケと指摘してくる。しかも、それがいちいち図星なのだから始末に負えない。
「…と、いう訳で、いかがですか?実をいうと、私はあまり戦いが得意じゃないから、戦闘慣れしてそうなあなたのサポートが欲しい。代わりに私が錬真術でお望みの物をつくる。良くない?」
マヤがふんぞり返って、薄い胸を張った。
ゼオラは改めて、マヤという少女の姿を眺めた。歳の頃は、恐らく10代半ばほど。濃い目の褐色の肌に、焦げ茶色のショートヘア。纏っているワンピースとポンチョはかなり粗い造りだが、花や渦巻の様なモチーフが編み込まれていて、なかなかに華やかだ。他国の文化圏になぞ興味を持った事もないが、明らかにシドニアに多い
トンプソールに暮らす武族たちは、その名の通り武勇に秀で、戦いの中で名を上げる事を最上の誉れとする、勇猛な民族だと聞く。だとするなら頼もしい事この上ないのだが、目の前でニコニコ笑っている少女にはどう見ても頼りになる要素はない。異民族の少女が何故一人で旅をしているのか、気にならないでもなかったが、今は誰かの思惑に引っ張られるのは御免だった。
「…やっぱり断る」
「えぇ~。も少し悩んでくれてもいいのにぃ」
「悩んでる暇なんてない。私にはなんとしても探し出さなきゃならない人がいる。子どもの旅に付き合っている暇はない」
にべもなく断ったつもりだったのだが、当のマヤに堪えた様子はない。相変わらず後方をチョロチョロついて来ながら、「そうなんだ、奇遇だね。私にも探してる人がいるよ?」と聞きもしない事を話し続けている。
ダメだこりゃ…、とゼオラは内心で嘆息した。時々、どれだけ叩いても引っ搔いてもへこたれない人種というのは存在する。マヤもそういうタイプだ。恐らく、自分の『主』と同じかそれ以上に。
せめて道行きの障害にならない事を祈ろう…とゼオラは後ろを歩む少女の声を意識の外に追い出して歩き続けた。
「…レイト…今頃どうしてるかなぁ…」
夢見る様なマヤの呟きが、ゼオラの耳を素通りして、深い木々の間に吸い込まれて消えていった。
◇◇◇◇◇
陰鬱な曇天だった。こっちに来てからというもの、常に頭上に煌めいていた陽星も厚い雲に覆われて顔を出さない。なんだか、天にも見放された気分だった。
…いや、空模様は関係ない。そんな事にすら乱される様な心構えでいた事が結局全ての原因なのだ。下手すれば気落ちしていくだけの思考にムリヤリ蓋をして、レイトは部屋の外へと出た。
同伴者の少女は起きているだろうか。隣室の扉を叩くべきか迷ったが、結局は食堂へ向かう事にした。この時計のない世界でよくも、と思う位に彼女は時間に正確だ。
1階の食堂に辿り着くと、案の定アイリス・ルナレスは席についていた。野菜や肉類を挟んだ丸パンを齧りながら、片手間に1枚の紙きれを眺めている。案外、お行儀が悪いのだな、と思った。
アイリスもレイトに気付いた様だった。柔らかく微笑みながら、レイトを手招きする。
「おはよう。よく眠れた?」
「勿論。久しぶりにベッドで寝れて、朝までホントにぐっすり。ツンベルクじゃ結局休む暇さえなかったから…」
そこまで口にしたところで、レイトは自分で地雷を踏み抜いた事に気付いた。ここ数日間で何度目になるか分からない胸苦しさがせり上がり、辛うじて膨らました空元気が見事に萎んでいくのを感じた。
アイリスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「レイト…慰めにもならないと思うけど…、相手の怪我も大した事なかったんだし、あまり気にし過ぎない方がいいわよ?」
「…わかってる。わかってるんだけどさ…そう簡単にはね…」
ここ数日間のレイトの悩乱の原因。それはツンベルクという町で起こった、ハンターたちとの諍いがきっかけだ。
どちらかと言うと…というか、間違いなく非は向こう側にある。そのハンター達は違法なデブリス狩りを行い、それによって町を危険に晒した挙句に、報酬を横取りする為にレイト達を殺めようととしたのだ。そんなハンターの所業に怒ったレイトは、ディライトの力で立ち向かい、だがそれによって結果的に相手に怪我をさせてしまったのだった。
幸い、相手の怪我は大した事はなかった。急所を外れていた為、出血量の割に命に別状はなかったらしい。だが、それはレイトが戦闘に不慣れだったからであり、一歩間違えれば男の命を奪っていた事は、レイト自身が一番よく分かっていた。
肉を抉り飛ばした拳の感触。
手にこびりついた血の鮮明な赤さ。
憎悪の色を滾らせ、こちらを睨みつけたハンターの顔。
そして何よりも———ディライトの超人的なパワーを知りながら、それを無闇に振るってしまった自分の浅はかさ。
あれから幾日経っても、それらが頭から消えてくれなかった。
アイリスが少し思案した様な顔を浮かべ、やがて「…仕方がないことよ」と言った。
「私も含めてだけど…デブリスと戦える人間は、言うなれば容易に人を傷つけてしまう事が出来るってことよね?得た力を人の為に使うか、それともあくまで自分本位に振る舞うか…それは個人の自由よ。でも私は…その力も、それが齎す結果も、全部自分のものなんだってことを忘れないようにしてる、かな…」
「自分のもの…?」
「そう。例えば、私が使ってるパーラケインは長さが96テニ―。銀と鉄の合成金属でできてるから頑丈だし、力一杯振るえば人の骨だって切断できる…。…と、まぁこういう風に、自分がどれだけの力を持っているのか、という事を常に頭の片隅に意識しておくの。それが、力を扱う上での最低限の心構えだって思ってる」
心構え。そう言われてピンとくるものがあった。
言い訳するつもりはないのだが、確かにディライトに変身している時、妙な全能感に支配される事がある。普段の自分からは信じられない位、恐れ知らずになるというか、自信が湧き上がってくるのだ。あれは急速に力を得たことによる反動なのではないか、と思える。そんな自分の未熟な心が、考えなしに力を振るい、今回の事態を引き起こした、と言えるのではないか。
「力はただの力よ。それ自体は悪さをしない。力を制するのは、結局は人の意志…。ありきたりに聞こえるかもしれないけど、それ以上の王道も近道も存在しないわ」
「なるほど…肝に銘じておきます…」
結局のところ、自分はまだ『仮面ライダー』の真似事をしているただの子どもでしかない。ただ、身に着けるしかないのだろう。強大な力を制御し、飲み込まれないだけの強い心を。
それが、
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』って事か…。どこも変わらないなぁ…」
「?いい言葉ね…。でも、それ誰の言葉?」
「あ…いや…誰だったかなぁ…。咄嗟に思い浮かんだだけなんだけど…」
慌ててスープを飲み込んで誤魔化した。幸い、アイリスもそれ以上、追及してくる様子はなかった。
「…で、その責任の話だけど…」
アイリスが先程まで読んでいた紙を、滑らせて渡してきた。
「私は昨日受注した依頼を受けてくる予定だけど…レイトはどうする?体調が優れないなら、無理しなくても…」
「…大丈夫。やるよ。立ち止まってたって仕方ないから…」
鬱屈した気分が晴れた訳ではないが、他に言いようもない。心にわだかまる煩悶を、硬いパンと一緒に飲み下し、レイトは今一度依頼書に目を落とした。
今回はちょっと短いですが、これ位で。
今回自分が世界で一番好きなヒーローからセリフを引用させて頂きました。勿論皆さんはお解りですね?
新キャラクターが登場しました。まだレイトたちと合流はしていませんが、本作の主要キャラとなるので、ぜひ名前を憶えて帰って下さいね!
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。