仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga3 メイズランナー~迷宮の勇者~②

◇◇◇◇◇

 町と言っても、場所によって特色は様々に分かれる。レイト達が今泊っている『ベアカンファ―』は、牧畜を主産業として成り立つ町である様だった。実際、どの家庭でも牛や豚などの家畜を飼っており、その所為か町内は絶えず獣や堆肥の臭いが満ちており、レイトも最初の内は閉口させられた。だが、ずっと家畜と生活してきた町の住民たちからすれば、それも慣れ親しんだ臭いの一つでしかない。彼らからすれば、家畜は貴重な財産であり、長く苦楽を共にしてきた友であるともいえるのだろう。

 

 その家畜を食い荒らす、謎の存在が出没するようになった。町が一丸となって、決して高くはない討伐依頼を出すことになるのも、むべなるかなというものである。

 

 「…それでは、その怪物の姿を誰も見てはいないんですね?」

 「あぁ…なんせ夜中の事だ。そいつは人が起きている時間は決して現れないし、見張りを付けても巧妙に躱していく…。偉く賢い奴だよ…。今は家畜の被害だけで済んでるが、いつ住民に牙をむいたらって…みんな気が気じゃないよ…」

 「…なるほど…。しかし、現場を見ないと分かりませんが…例えば熊とかの仕業、とは考えられませんか?」

 「牛1頭をまるごと攫っていく熊がいれば、あり得るかもな…。兎に角、現場を見てくれ。そうすれば、否が応でもわかるさ…」

 カラン氏はそう言って、アイリス達を裏庭へと誘った。

 

 今回の依頼において、被害は相当数に及ぶ。この2週間程度で、既に牛が6頭、豚が4頭、更に鶏が9羽近く食い荒らされている、との事だった。アイリス達は被害にあった人々全員から何か目撃したものがないか話を聞いていたが、今のところ、“犯人”の正体を特定する様な証言は、誰からも聞けなかった。

 今、話を聞いているカランという男は一番新しい被害者だった。村の端で牧場を営む彼は2日程前に飼っている牛が1頭いない事に気付き、敷地内を捜索したが、そこで牛の体の一部と血だまりを発見した、という事だった。今まで、他の人々からも現場を見せてもらったが、日数が経過したこともあってか、大した痕跡は発見できていなかった。そういう意味では、ここが唯一の手掛かりと言えるかもしれない。

 

 案内されたのは、牧草地の端の方だった。そこには乾いているが、確かに血が撒き散らされた痕と、僅かな肉片が残されていた。

 

 「でも、これだけの痕跡で“犯人”を特定するのもなぁ…」

 「まぁ、無理ね。でも、手掛かりならあるわ」

 アイリスが地面をすっと指差した。そこには、巨大な足跡が残されていた。縦に長く伸びる形は人間のものに近いが、それよりも遥かに大きく、巨大な爪の痕も明らかに獣のそれに近いものだった。

 足跡は、牧草地を横切る様にして、町の周囲を取り囲む壁まで伸びていた。

 

 「カランさん、あの壁の向こうは?」

 「あぁ…町の外だよ。危険だから俺は言った事ないけど、かなり深い森が広がってる」

 「“犯人”はそこね…。兎に角、追いましょうレイト」

 

 足跡を追って、森へ駆け出しかけた2人だったが、カランが「あ、ちょっと待った」と呼び止めた。

 

 「森に入るんだったら、兄貴のラウボーに頼るといい。森の中に掘っ立て小屋を建てて、そこで暮らしてるんだ」

 「森の中って…壁の外で暮らしてるんですか?」

 レイトが尋ねた。デブリスが生きているこの世界では、危険は常に隣り合わせだ。だからこそ、この世界では人は集落に高い壁を建て、その中で生活するのが当たり前の事なのだ…とばかり思っていたが。

 

 カランが深々とため息をついた。

 「兄貴はいい奴なんだが…変わり者でな…。元はここで一緒に牧場をやってたんだが…ある日、壁の外に出るって言って…今は森の木で作った薪や炭なんかを売ったりしながら、暮らしてるんだ。…全く一体何を考えているのやら…」

 「…町の人達は、特に何も言わないんですか?」

 

 言い方は悪いが、デブリスの脅威に晒される壁の外で暮らすという事は、デブリス病の脅威が常に付き纏うという事でもあるのだ。

 

 「あぁ、兄貴は昔から皆に慕われてる…。今でもデブリスや危険な猛獣の痕跡を見つけると、町に知らせに来てくれるしな。それで密かに『森の守り人』なんて呼ぶ奴もいるとか…。…兎に角、森の中の事は誰よりも詳しい。『犯人』を捜すんだったら、きっと協力してくれる筈だ」

 「わかりました。会ってみます」

 カランに礼を述べ、2人は暗い森へと歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 苔むした岩や腐葉土で覆われる森の地面で、足跡を追跡するのは難しい。実際、直ぐに足跡は途絶え、追う事は困難になってしまった。

 

 だが、成果が全くなかった訳ではない。カランの所から連れ去られたと思しき、牛の死骸が発見されたのだ。

 死後2日以上経過した死骸は当然ひどい有様だったが、アイリスは平然と検分を進めていった。

 

 「腹から肉を食い荒らされてる…この噛み痕は狼のものに似てるわね…。でも一方で、頭を潰したのは恐らく強力な握力…。そして、現場に残された、あの人間みたいな足跡…」

 間違いないわね、と小さく呟いてアイリスが立ちあがった。レイトは嘔気を堪えながら、アイリスに尋ねた。

 

 「わかったの?“犯人”の正体が」

 「えぇ…。あらゆる特徴が一致する。恐らくワーウルフ…人狼の仕業ね」

 

 人狼。その名は、ジェイクの話にも出てきたし、何よりレイトの生まれた世界でも馴染みの深いものだった。

 

 「人狼っていうのは…つまり狼男のこと?」

 「昔はそう言ったわね。でも、今は女性の個体も確認されているから、人狼呼びの方が一般的かしら?」

 なるほど。それもそうだ。レイトが頷くと、アイリスは説明を再開した。

 「人狼はコボルトとかと同じ、(ビースト)クラスタに属するデブリスで、見た目は確かに似てるわ。但し、体は遥かに大きいし、凶暴さも桁違い…。でも、彼らと戦う上で何より厄介なのは…その…」

 アイリスの説明が途端に言い淀むようなものに変わる。言葉を選ぶように、そして目線はどこかレイトを気遣う様な色を帯びている。

 それだけで———否、本当は“人狼”という名前を聞いた瞬間から、既にピンと来ていた。今度、自分が相対しなければいけないものが何であるのか。

 

 「アイリィ…分かるよ…。つまり人狼は…人間が変身するってことだよね?」

 「…えぇ、その通りよ」

 アイリスが重々しく頷いた。

 

 「デブリス病の中には、人が怪物化してしまう症状が出るものがあるんだけど…多分、人狼はそれの一番有名な例ね…。普通の人間だった人々が、突然怪物へと変身して人を襲い始める…。防壁が通用しない分、何よりも厄介な怪物の1体ね…」

 「…怪物化した人間は…その人の自我はどうなるんだ?」

 「肝心なところは…正にそこよ」

 アイリスがレイトへ向き直った。どこか悲壮な決意が、その表情には浮かんでいた。

 

 「レイト…人狼は人の姿にもなれるし、言葉も扱う。元の人間の記憶も受け継いでいるらしくて、言葉を弄して自分が人間である様に見せかけてくるけど…それを信じてはダメ。最近の研究で、9割がた彼らに人としての自我は残ってない事が分かってる…。彼らはもう人間じゃない…。人を襲う怪物そのものなの…。…だから例え何を言われたとしても、気に病む必要なんてない…それだけは覚えておいて」

 

 つまり、例えその怪物を殺してしまっても、気にする必要はない、という訳か。言葉にすると簡単だが、今の自分に出来るのだろうか?という問いが脳裏を支配した。

 

 刹那。

 

 オォォォォォォォォォォォンン…、とサイレンの様な音が森中に響き渡り、周囲の空気をざわつかせた。実戦経験には乏しいレイトだが、何か異様な気配が膨れ上がっていくのを確かに感じた。

 

 「今の声は…⁉」

 「人狼よ…!備えて…!」

 

 アイリスがパーラケインを抜き放つ。レイトも腰にディライトドライバーを装着し、ソードモードに変形させたトランスラッシャーを構えた。どこからの襲撃にも対応できる様に、互いに背を向け、周囲を警戒する。

ザッザッザッ…!と草木が踏み荒らされる音が、四方から響き渡る。1体じゃない…?と警戒を強めた直後、レイトに向けて、巨大な影が躍りかかって来た。

 

 灰色の毛並みをもった巨大なイヌ科の動物———間違いなく狼だった。口元に並ぶ鋭い牙がレイトの喉輪を食い千切ろうとしてきたが、メモリージングによって強化されたレイトの感覚は、何とかそれに対応を可能とした。 構えたトランスラッシャーを振り抜き、逆に獣の首筋を断ち切った。

 だが、これで終わる訳がない。レイトの記憶が正しければ、狼は集団で狩りをする生き物の筈だ。

 

 案の定、それを皮切りに周囲の茂みから続々と狼が飛び出してきた。あっと言う間に、10頭程の狼の群れにレイトとアイリスは取り囲まれてしまった。

 

 「くそっ…何なんだよこいつ等…!」

 「人狼の能力の1つよ…!狼の精神に介入して操れるのっ…。気を付けて、きっと近くにいるっ…」

 精神を操られている所為か、狼たちの目はどこか炯々として、狂った様な勢いで2人へ躍りかかってくる。だが、統率のとれていない狼の群れなどに敗れる彼らではない。刃が煌めき、鮮血が飛び散り、地面にはやがて累々と狼たちの骸が積み上がっていく。

 いくら狼相手と言えども、精神を操られ、いいように使役されるだけの彼らが哀れに思えてくる。それと同時に、元凶たる人狼への怒りも沸々と湧き上がって来た。

 

 「レイト…、居たっ…!」

 不意にアイリスに呼び止められる。彼女の視線の先を追うと、確かにそこに異様な姿形の怪物が立っているのが見えた。

 

 狼の頭を持ちながら、だが確かに後足で立つその姿は、間違いなくレイトが思い描く人狼そのものの姿だった。オレンジ色の鋭い目を光らせながら、こちらをジッと伺っている様だった。

 

 「あいつがっ…!」

 「行くわよレイト!」

 恐れる素振りもなく、アイリスは長剣を片手に人狼へと切り掛かっていった。疾風の如きパラディンの斬撃を、しかし人狼は後方に飛び退って躱し、慌てた様に森へと逃走していった。

 

 「追いましょう。でも、罠があるかもしれない…。一応変身しておいて」

 「わかった」

 アイリスの忠告に従い、レイトは銀の霊薬(シルバーライドラッグ)を取り出し、ベルトのスロットに装填した。

 

 〈シルバー!〉

 

 次いで、ライトライドラッグを取り出し、側面のスイッチを押し込む。だが———。

 「…くそっ…!やっぱりダメか…」

 何度スイッチを押し込んでも、光の霊薬は励起状態にならなかった。ただ、手応えのない感触が指先に伝わるだけだった。

 

 「何で…何でなんだよっ…?」

 

 ツンベルクでの戦い以降、ずっとこの状態だった。どういう訳か、ライトライドラッグは輝きを失い、スイッチを押し込んでも、ベルトに差し込んでも一切反応しなくなってしまったのだ。

 

 使い切ってしまった、のとは違う。コカトリスやあのハンターとの戦いで、レイトは一切光の霊薬を使わなかったし、重さなどから中身が入っていないという感じは全くないのだ。卓越した錬真術師であるアイリスにも原因は全く分からないらしく、以来光の霊薬を使う事が出来ていなかったのだ。

 

 「レイト、こっちを使って」

 アイリスが薬瓶を1つ投げつけてきた。青い液体が充填された薬瓶———ウォーターライドラッグだった。不測の事態に備えて、出来ればファンタスティックヒットで挑みたかったが、やむを得ない。レイトは水の霊薬をベルトに装填した。

 

 〈ウォーター!〉

 「変身!」

 〈オールセット、ディライト!ウォーターシルバー!〉

 

 2つのライドラッグの作用を受けて、レイトの体が変化する。銀色のボディーと水のアーマムエレメントを備えた形態———『仮面ライダーディライト ウォーターシルバー』である。所謂『亜種形態』ではあるのだが、それでも人間と比較して、遥かに高い身体能力を持つ。木々の間を駆け抜けながら、ディライトは直ぐに逃走する人狼へと追いついた。

 

 人狼に向けて、ディライトは左手を突き出した。そこには手指が生えておらず、代わりに鳥の嘴の様な装甲——『ノズルブラスタ』が左前腕全体を覆っていた。ノズルブラスタの先端が開き、内部から砲口が姿を現す。ディライトはそれを逃走する人狼に向け、発射を命じた。

 

 ディライトからの命令を受け、ブラスタ内部の砲口から、水が勢いよく放出された。たかが水と言えども、強い圧力をかけて放たれれば砲弾もかくやと言わんばかりの威力を発揮する。水はあっと言う間に人狼へと到達し、その巨体へと降りかかった。

 

 「グオォォッッ⁉」

 

 高圧の水を浴びせられ、人狼が大きく吹き飛ばされた。そのまま転がる様にして、岩へとその体を叩き付けられる。この隙を逃す手はない。ディライトは止めを決めるべく、ベルトのスイッチを押し込んだ。

 

 〈エブリッション!ヴァリアントスプラッシュ‼〉

 

 ベルトが咆哮すると同時に、左腕のノズルブラスタが開き、氷柱の様な氷の塊が形成された。その鋭利な先端は、獣の分厚い皮膚であろうと簡単に貫くだろう。止めを決めるべく、ディライトが人狼へと踏み込みかけるが、

 

 「ま、待て!私は君たちの敵じゃない!」

 突如、人狼が叫んだ。その言葉にディライトは固まって動けなくなった。

 

 脳裏にいくつもの光景が蘇る。

 

 広がる血だまり。抉られた肉。苦悶の声。そして、消える事なく胸を打つ罪の感触———。

 

 「レイト!耳を貸しちゃダメ!」

 

 固まったディライトにアイリスの言葉が降りかかる。そうだ。彼はもう人間じゃない。言葉巧みに人心を乱し、人を襲う怪物なのだ。躊躇うな———。惑乱する心を無理矢理飲み下し、氷の槍を突き刺すべく、脚に力を込める。

 

 その刹那。

 「トオリャァァァァァァッッッ!!!!」

 「ぶっ!」

 横合いから突如飛び込んできた人影に蹴り飛ばされ、ディライトが大きく吹き飛ばされた。ディライトを蹴り飛ばした影はそのまま、ふわりと彼の前に着地した。

 

 「私の依頼人に何するのよこのメッキお化け‼」

 「だ、誰がメッキお化けだぁ⁉」

 

 あんまりな言い分にディライトが反駁する。どうやら自分を蹴り飛ばしたのは、目の前に立つ1人の少女の様だった。肌の色は濃い褐色、着ているワンピースの様な衣服には色とりどりの糸で描かれた紋様が編み込まれていて、目にも鮮やかだ。歳の頃はレイト達と同じ10代半ば程に見えるが、幼い顔立ちや小柄な体系からあまり戦士然とした佇まいは感じない。そんな少女が一体、どんな意図で自分を攻撃してきたのか…、と首を傾げかけると、「あなた…危ないでしょ!」とアイリスの叫びが響いた。

 

 「そいつは人狼なのよ。危ないからそこを離れてて!」

 「知ってるよそんな事!それでも、この人は私の依頼人なの!傷付けさせる訳にはいかない!」

 「…あなた…何言ってるの…?」

 アイリスは困惑した。目の前の少女は、人狼を依頼人と呼び、あまつさえ守ろうとしているときた。これはどう理解すればいいのだろう?様々な考えが泡沫の如く頭に浮かんでいくが、結局纏まり切らずに弾けて消えていく。

 

 「マヤ…!1人で無茶をするなと…」

 そこへ、更に別の声が乱入してきた。声のした方向に目を向けると、そこにはまた新たな人影が立っていた。マヤと呼ばれた小柄な少女に対して、こちらはかなり背が高い。スラリと長い手足は細い様で無駄なく引き締まっており、足の運びにも一切の隙を感じない。恐らく、何らかの武術を習得している可能性が高いかもしれない。だが、薄手の服装から覗くボディーラインから、よく見れば女性ではないだろうか。アイリスの目線が人影の顔立ちを捉えたのと、木漏れ日に照らされてその人物の顔貌が浮かび上がったのは、殆ど同時の事だった。

 

 「え……ゼオラ…?」

 「…!お嬢(・・)…!何故ここに…!」

 アイリスが驚きの声を上げるが、それは対面した少女も同様だった。ゼオラ、と呼ばれた少女はアイリスの顔を見止めると、その場で恭しく膝をついた。驚嘆とも歓心ともつかない表情が両者の顔を明滅させる。

 

 「「え、なに?知り合い?」」

 ディライトとマヤが同時に疑問の声を上げる。

 

 アイリスにも信じられない思いだった。だが、ポニーテールに結い上げた黒髪も中性的に整った顔立ちも、間違いなく昔から知るゼオラ・ユピターのもので相違なかった。

 

 「私の近侍…というか友達…?どう言ったらいいか……、ってそんな事より!どうして人狼を庇うの?ちゃんと説明して」

 「依頼人だからって言ってるじゃん!そっちこそちゃんと話聞きなさいよ石頭‼」

 「石っ…⁉…だからっ!それがどういう事か説明してって言ってるんじゃない!ちゃんと!筋道立てて!」

 「マヤ、この方は私の主だ!口を慎め!」

 「え、主…?あぁ、探してるって言ってた人か…。…このメッキお化けが?」

 「違う!そっちじゃない!私にそんな気色悪い知り合いはいない!」

 「気色悪い言うな!あと、この体は銀製だ!メッキじゃない!」

 「…いや、余計に気色悪いだろ…」

 

 喧々囂々と言い交わされる言葉の応酬が、森中に響き渡っていく。いつもならば、こういう時の収め役に回るのはアイリスの役目だが、マヤのぞんざいな言動は相当腹に据えかねるらしい。言動が珍しくヒートアップし、事態を収束させるどころか、更なる混迷化に一役買ってすらいた。

 

 このまま延々と不毛な口争いが続くかと思われたその時、「待て!」と彼らを戒める声が響き渡った。

 

 「みんな落ち着け。感情的になっていては、答えなど出る筈もない。先ずは冷静に、1人1人の意見に耳を傾けるんだ」

 

 あの人狼だった。狼の頭をした怪物が、冷静に話し合いの摂理を説く。どこか不条理なその光景に、レイトは暫し絶句する思いを味わった。

 

 ………というか。

 「言い争いの原因は全部アンタだよっ!!」

 レイトの突っ込みが飛び、人狼が思わずといった風に「あぁ…そうだった…」と漏らし、頭をかく。そんな姿はとても町の生活を脅かす怪物には思えず、レイトはまた当惑の感情を味わう事となった。

 

 だが、少なくともアイリスには多少効果があった様だった。努めて冷静さを取り戻し、再びゼオラに向き直り、口を開いた。

 「…ゼオラ、再会を喜びたいところだけど…今は何がどうなっているのか、先に説明して貰える?」

 ゼオラと呼ばれた少女が、アイリスの言葉に恭しく頷き、了承の意を示す。それだけで、2人の間に横たわる関係性の形が、どこか見えた気がした。

 「お嬢のご指示とあらば、勿論説明いたしますが…それで構いませんか、ラウボー氏?」

 その問いは人狼に向けて発せられたものだった。それを聞き、レイトとアイリスが同時に驚愕の声を上げた。無論、ラウボーというその名前に対しての驚きだ。

 

 人狼が僅かに、その長い鼻面をヒクヒクと動かし、尋ねてきた。

 「微かにカランの臭いが混じっているな…。君たち2人は、あいつからの依頼で町を脅かす謎の怪物を倒す為に来た…。違うかな?」

 「…え?…え~と、確かにその通りです…」

 「そうか…。そういう事ならば…君たちを信用しよう」

 そう言うと、人狼の体が徐々に変化を始めた。体つきが二回りほども一気に縮んだかと思うと、毛が抜け落ち、狼らしい高い鼻梁と鋭い耳目も引っ込んでいった。

 

 人狼の姿は消え去り、後に残ったのはただの人間の男だった。

 「私は見ての通り、人狼だ。だが、今回の事件を引き起こしたのは私ではない。…信じられないかもしれないが…私は人狼であって、人狼ではない。私は確かに、ラウボー・ヴォールクという1人の人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 「そんな…。じゃあ…あなたは意思を持った人狼だって言うんですか…⁉」

 

 アイリスが驚愕の声を上げた。信じ難い、とその声色は雄弁に物語っている。何しろ、それだけ衝撃の大きい話だった。目の前の男———ラウボー・ヴォールクと名乗った男は自らを、「人狼であって、人狼でない」———つまり、人としての意思を失っていない人狼だと称したのだ。

 

 人狼は人間が怪物に変化するタイプのデブリスだが、通常は人狼化が発症した際には、もう人としての意識は残っていない…と言うのがデブリス研究における定説だ。このラウボーという男の話は、それを根本から覆すものなのだ。

 

 「そんな話…俄かに信じられる訳ないでしょう…」

 アイリスはあくまで反駁の姿勢を崩さない。人狼は言葉を弄して、人を惑わそうとする事で有名な怪物だ。悪いが、人の意識が残る人狼が現れたと考えるより、その方が遥かに現実的というものだ。

 

 だが、アイリスのそんな懸念を聞き取ったラウボーは「わかる。そう考えるのは当然だ」とあくまでも冷静に返してきた。

 「だが…紛れもない真実だ。人狼になってからも、私は一度も誰かを襲った事はないし、何なら子どもの頃の記憶だってある」

 「…そんな事は証拠になりません。人狼は元となった人間の記憶を引き継げるし、人を襲ってないというあなたの言葉も証明しようがないでしょう」

 「あぁ、もう!頭固いなぁ!」

 反論するアイリスを遮ったのはマヤだ。

 

 「ラウボーさんは嘘なんか吐いてないよ。この森に狼を操って、町の家畜を襲ってる何者かがいる事に気付いたから、偶然通りかかった私達に調査の協力を依頼してきたの!自分が人狼だって事も最初に説明してくれた。デブリスなら普通そんな事する?」

 「デブリスの行動は理屈では説明できない事もあるわ。それだけじゃ、嘘を吐いてないかなんて分からない」

 「分かるよ!噓つきは独特の匂いを出すけど、ラウボーさんにはそれがないもの!」

 「何よそれ…。全然説明になってない!」

 

 このマヤという少女にはつくづくペースを乱されるのか、アイリスがまた声を荒げかける。再び空気が白熱しかけるのを敏感に感じ取ったディライトが、「アイリィ、でもさ…」と口を挟んだ。

 「火を吐くコカトリスだって出てくる位だよ?デブリスに常識は通じないって言うなら…それこそ意志を保ったままの人狼がいてもおかしくないんじゃない?」

 それに先程、9割がた人の意志は残らない、と言っていた。つまり言い換えれば、1割は残る者がいてもおかしくはない、という事ではないかと思える。

 

 そう言われると、アイリスにも強く言い返すことが出来なかった。迷った様に周囲を見渡し、昔からよく知る少女の顔を真正面から見据えて尋ねた。

 「…ゼオラ…あなたはどう思ってるの?」

 「…お役目柄、人の真偽を見極める事にはそれなりの自信があります。勘頼りな部分が多く、申し訳ないのですが…ラウボー氏は嘘を吐いていない、と感じます」

 ゼオラの口調からもはっきりとした確信が感じられた。これで完全に3対1である。3者の言い分を聞き、アイリスにも確信が持てなくなっていた。そして、こういう時ほど1つの考え方に固執し過ぎるのも良くない、という事は過去の経験上よく分かっている。ここはひとまず、事件の核心が見えるまで矛を収める事にした。

 

 「…わかりました。あなたの言い分を完全に信じた訳ではありませんが…今は話を聞くことにします」

 「ありがとう。もし私が怪しいと思ったなら、遠慮なく切り倒してくれて構わない。…取り敢えず…ここではなんだ、家へ案内しよう」

 ラウボーに促され、森の奥へと一行が足を進めかけた矢先、「ちょっと待て!」と呼び止める声が響いた。

 

 「お前は何者だ?そのエレメイルを解いて、素顔を見せろ」

 ゼオラだった。ディライトに指を突き付け、言った。

 

 「…そりゃ悪かったね」

 その強硬な物言いにムッとしないでもなかったが、今はこれ以上言い争う気もない。ドライバーからライドラッグを引っこ抜き、変身を解いた。金属質の体が一瞬で人間の姿に戻ったのだ。驚いた様に目を瞠るゼオラの顔を見て、多少溜飲が下がった気がした。

 

 だが。

 それよりも反応が顕著な者がいた。マヤだった。素顔を晒したレイトの顔を見つめ、「うそ…」と唇を戦慄かせた。驚愕か歓喜か、それとも思慕の念か。どれともつかない表情を顔一杯に溢れさせ、少女がレイトに走り寄ってきた。

 

 「レイト、久しぶり!ず––––––––っっと会いたかった!」

 




今回はここまでです。

大きなトピックスとしては、何故かライトライドラッグ起動不能、というところですかね。ここら辺、物語に大きく絡むところです。
あと、前回出てきた少女2人が主人公たちに合流してきましたね。レイト達とは何やら関係がある様ですが…まぁそれはその内説明していきます。

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