牧畜の町『ベアカンファー』を襲う、謎の怪物の影。アイリスはそれを人狼の仕業と断定するが、意思を持つ人狼・ラウボーと出会い、その正体は再び謎に包まれてしまう。
一方、レイトは仮面ライダーの力に惑い、変身が出来なくなっていた。
新たな仲間たちとも出会い、混迷する事態を打開する事は出来るのか?
◇◇◇◇◇
夜の憩いの時間は、どこまでも無根拠に平和で愉楽に満ちている。酒を片手に笑いさんざめく人々の弛緩ぶりは、多少の緊迫では小揺るぎもしないらしい。実際、剣を片手に剣呑な視線を周囲に飛ばすレイト達に気付きながらも「おう!パラディン様たちも一杯やっていかねぇか⁉」と胴間声を張り上げる者さえいる。
どこまでも太平楽で、でも小さな至福に満ちた人々の営みだ。だがそこに、明らかな異物———人狼と目される怪物が紛れ込んでいるのかと思うと、言いようのない焦りが這い上がってくるのを感じた。
「どうする?1人1人問い質す?お前が人狼か––––っ⁉って」
「…そんな事、出来る訳ないだろ。どれだけパニックが起こるか…」
もし人狼を見つけられたとしても、この人混みの中で暴れられたら…確実に相当数の被害が出る。それだけは何としても避けたい。それはマヤとて同じ事だろう。だが、逸る気持ちはどうにも出来ないらしく、「でも…じゃあどうすればいいの⁉」と焦った様に声を振り上げた。
「凶暴な人狼が、この中に紛れてるんだよ⁉早く何とかしないと、次は人が襲われるかもしれない…!」
「…っ!マヤ、静かに———!」
アイリスが慌てて彼女を制したが、その時には既に遅かった。マヤの叫びが波紋の如く広がり、憩いの渦中にいた人々を直撃した。人々の間から、潮が引く様に声が途絶えていった。
「…ど…どういう事ですか…?…人狼って…え…?」
「…今、村の家畜を襲ってる奴の正体が…?」
「俺たちの中に……。…っ!」
さざ波の様なざわめきが人々の間に広がっていき、それが狂騒としたパニックに変わるまで大した時間はかからなかった。金切り声を上げ、慌てて周囲から距離を取り出す者もいれば、手近な肉切り包丁を振り上げ「誰だっ⁉お前かっ⁉」と叫びだす者も現れ始めた。
「み、皆さんっ…!落ち着いて…落ち着いてください…!」
騒ぎを治めようとアイリスが声を上げるが、一度上がった狂乱がそうそう治まる筈もない。人狼は昔より、人の生活に紛れ込み、人の世を内部から食い荒らしてきたデブリスだ。その恐怖の本質は力そのものよりも、「誰が人狼であるかわからない」「隣人が人狼なのかもしれない」という不信や猜疑心を煽る事にある。この世界で生きる者は、その恐怖を昔から刷り込まれて育ってきている。その名前を聞いた途端に、こうもパニックが広がるのもむべなるかな、という奴だ。
だからと言って、このまま放置していい筈もない。今にも暴動になりそうな群衆を相手に3人は必死に声を振り上げるが、騒ぎは更に拡大していくばかりだった。
だが、
「落ち着けっ‼」
ラウボーだった。喧騒を一瞬で吹き飛ばす程の、朗々たる叫び。今にも掴み合いに発展していきそうだったベアカンファ―の住民たちも騒ぎを止め、声のした方向に目をやり始めた。鶴の一声は雀の千声に勝る、とは言うが正にこの事である。
「みんな…今は落ち着いて聞いて欲しい。先程の話なんだが…紛れもない真実だ。ここ最近、村を騒がせている獣害事件…それを引き起こしているのは恐らく人狼だ。そして…その人狼は今、村の中に逃げ込んだ可能性がある」
ラウボーの宣言に人々の間にまたざわめきが広がりかけるが、「だが!」とラウボーがまたしてもそれを一喝した。
「人狼がどういう生き物か、皆はよく知ってるだろう。奴らは人の心につけ入り、隣人との絆を断とうとしてくる。こうして我らが争う事も、既に敵の術中に他ならないんだ。…恐怖はあるだろう。しかしだからこそ!今は村が一丸となってこの危難を乗り越えなければいけないんだ!」
語りかける時は穏やかに。しかし、言い聞かせるタイミングでは強く。確かなテクニックと熱量を持って語られるラウボーの言葉は、確かに人々に届いていった様だった。次第にそちこちで同意の言葉が上がり始め、それは次第に全体へと波及していった。
そのタイミングをラウボーは勿論、見逃さない。アイリスに目をやり、「パラディン殿」と呼び止める。
「すまないが、対人狼用の嫌忌剤の調合と、希望者にデブリスとの戦い方を指南して貰えると助かるのだが…可能か?」
「はい。可能です」
アイリスが明快に答えた。パラディンという肩書きを持つ彼女が断言した事で、群衆の空気がより安定した様だった。恐らく、それを見越してラウボーも呼び掛けたのだろう。
「人狼は確かに恐ろしい敵ですが、水の霊薬及び、銀の武器が有効打となりますし、それらには不用意に近づかない性質もあります。対人狼用に強化した嫌忌薬を調合すれば、家屋等への浸入を防ぐことも可能です」
「そういう事だ!霞や空気を相手にする訳じゃない。敵は実体のある存在だ。対処のしようはある。暫くは3人以上での行動を基本とし、男たちと衛兵が中心となって戦闘訓練を受けるんだ。…大丈夫だ!我らが団結すれば、必ず人狼にだって打ち勝てる!」
いいな⁉とラウボーの檄に、群衆が応で答える。最早、先刻までの一触即発の空気はすっかり消え去っていた。
「…すごいなぁ」
「ラウボーさんて、影響力あるんだね…」
レイトとマヤの感心した声に、「そうだろ?」と答える声があった。振り返るとラウボーの弟のカランだった。
「兄貴は昔から慕われてるって言ったろ。村の事を誰よりも考えてるし、どんな時だって冷静だ。『森の守り人』なんて呼ばれ名は、伊達や酔狂で付いてるわけじゃないって事さ。…それに比べて俺は…」
カランはどこか自嘲するような笑みを浮かべて、人々に囲まれているラウボーを見つめていた。その声を聞いて、レイトは思い出した。最初に騒ぎを起こした人々の中に、カランの声が混じっていた事を。
「カラン。ちょっといいか?」
人波を掻き分けながら、ラウボーがゆっくりと近づいてきた。
「牛が1頭やられたと聞いたぞ。お前の方は大丈夫なんだな?」
「見ての通り、無事だよ。…まぁ、ちょっとばかしブルってるのは否定しないけどな…」
「…そうか。さっきも言った通り、なるべく1人ではいるなよ。家の事で大変だと思うが、訓練にもちゃんと参加しろよ?」
「わかってるって。暫く友達のとこにでも身を寄せるよ。…でも…なぁ、兄貴。兄貴も森の中じゃ危険だし…出来れば暫く一緒に暮らさないか?」
その提案は至極最もだと思う。ラウボーは少し考えこむ様にしたが、「いや…やめとくよ」と返答した。
「俺は森から町を見守る事にする。俺以上に森の地理に詳しい人間はいないだろ?いざという時の為に、森側の防壁を守れる手段があった方がいい」
「でもよ、せめてブランカだけでも避難させた方がいいんじゃないか?」
「…まぁそうだな…。話してはみるが…どうだかな…。あいつは強情だからな」
「…だな。兄貴を追って森までついて行っちまうくらいだ…」
ひとしきり声を上げて笑い合うと、兄弟は互いに手を振り合って別れた。
ラウボーに付いていきながら、レイトはふと気になった事を尋ねた。
「ラウボーさん…そう言えば、カランさんはあなたの体の事は…ご存じなんですか?」
「…お察しの通り、言ってないよ。…言えてない、という方が正しいかな…。弟は昔から苦労を背負いがちだったから、これ以上重い物を背負わせたくない、というのあるが…言い訳だな。伝える勇気が、俺にはない…」
そう言って自嘲気味に笑うその顔は、どこか弟に似ている。やはり兄弟なのだな、と今更ながら思った。
「…早くこの事件を終わらせましょう。ラウボーさんが危険な人狼じゃないって証明できれば…きっといつか伝える事もできますよ」
「あぁ…そうだな…。…とにかく、今は戻って様子を見よう。あのユニコーンも弔ってやらねば…」
新たな決意を胸に引き結びながら、3人は森の中へと戻っていった。
◇◇◇◇◇
ラウボーの自宅隣に納屋の様な小さな小屋がある。普段はラウボーが木材の加工や物置として活用しているスペースだそうだ。この家の主人らしいきちんと整理が行き届いた作業場を眺めながら、マヤは一息ついた。別に彼女にとって、どこでも作業は出来るのだが、やはり綺麗であるに越したことはない。特に今から自分がする“作業”を思えば尚更だ。
マヤは腰の袋からいくつもの薬瓶を取り出し、それを錬真術で実体化させていく。作業場の床にいくつも鍋や革製品、壊れた剣や鎧といったガラクタが積み重なっていく。旅の道中に何かに使えれば、と拾い集めてきた道具類だ。一見、役に立たないガラクタばかりでもマヤの様に錬真術を使える者には、何であっても無駄にはならない。
「…ごめん…。力を貸してね…」
マヤは懐中から何かを引っ張り出し、それに語り掛けた。息を引き取りかけていたユニコーンから採取した、あの琥珀色の薬瓶だった。それが、彼女の声に呼応するかの様にキラキラと不可思議な色を湛えて瞬いた。
「あなたの覚悟…決して無駄にしないから」
答える者は勿論いない。それとも、リンクスとしての感覚が何かを捉えているのか。ここにいない何者かに宣言すると、マヤは早速“作業”に取り掛かった。
◇◇◇◇◇
つくづく自分は事を急いて仕損じるタイプの人間だと、16年間の人生で何度も思い知らされてきた。特に秀でた部分がある訳でもないのに、焦った状態で何かを成し遂げられる筈もない。焦れる時ほど冷静になり、物事に当たるべきだ…とは思うのだが、そう簡単に上手くいくのだったら、ここまで後悔の多い16年にはなっていない。
「一体いつまでこうしてればいいんだろう…?」
「仕方ないだろ。“犯人”が動かない以上、こっちから出来る事はそんなにないんだ。待っているより他にない」
焦れた様なレイトに対して、ラウボーはあくまでも冷静さを崩さずに答える。
“犯人”を捕らえ損ねたあの夜から、早くも3日が過ぎようとしていた。あの後、直ぐにアイリス達が人狼用の嫌忌薬の作成に取り掛かり、衛兵たちも見回りを強化する様になった。それが功を奏したのか、3日間で家畜や人が人狼の被害にあったという報告はなく、意識していなければ今が有事だという事さえ忘れてしまいそうだった。
だが何も起きていないだけで、自体が何ら好転した訳ではない。依然として“犯人”の正体は掴めず、獣を引き裂く程の鋭利な牙が村の喉元に食らいついている状況は変わらない。本当なら暢気に構えている暇などないのだが、何をするでもなく小屋に籠り、ブランカの朝食に舌鼓を打っていられる我が身の弛緩ぶりは何なのか。レイトはこの3日間で何度目になるか分からないため息を漏らした。
そこへ、
「おはよぉ~……あぁお腹空いた…」
ドアが開き、これまた暢気な声がなだれ込んでくる。外にある作業場からマヤが帰って来たのだった。眠そうに眼を擦りながら席に座り、サラダを取り分けてモシャモシャと食べ始める。
「おはようマヤちゃん。…また徹夜したの?」
「むにゃ…昨日は少し寝たよ…。あともうちょっと…ってところかな?」
この3日間、マヤは外の作業場に籠り、一心不乱に何かを作っている様だった。事件の解決に必要なものであるようだが、何かは知らない。尋ねても彼女はにんまり笑って「出来てからのお楽しみ!」とはぐらかし続けていた。
「…アイリィとゼオラは?」
「村で戦闘指南よ。2人で50人近い人数を教えてるから、そりゃ朝早くもなるわ」
「そっか…。あっちも大変だね…」
ラウボーに頼まれた通り、アイリスとゼオラの2人は対人狼を想定した訓練の指導を村で行っている様だった。それもあってこの3日間は碌に顔を合わせられていないのだが、話によるとゼオラはアイリスの昔からの護衛役だったらしく、その剣腕は並の男達ですら相手にならないらしい。
こうして考えると、変身できない自分はつくづく役に立たないな…と自嘲した所で、ここ数日の焦慮の原因が見えた気がした。
やる事が決してない訳ではない。備えなければいけない事はそれ相応にあり、今も仲間たちは己の技能の限りを尽くして事に当たっているというのに、現状何1つ出来る事がない自分の不甲斐なさが堪らなく口惜しいのだ、と思い至った。
己の浅はかさで人を傷つけ、ラウボーをその手にかけそうになった時から、レイトは変身して戦う事への決心がつかなくなっていた。強い力を御するためには強い意志が必要。アイリスに言われた事だが、ここ数日はそんな物が自分に備わっているのだろうか、と己への懐疑ばかりが浮かび、一向に答えが出る兆しはない。
「何も出来ない自分が不甲斐ないって顔かな、それは?」
物思いに沈みかけた思考に、突如割り込んできたそんな声に危うくスープを吹き出しかけた。こちらを覗き込むラウボーの顔を慄然と見返し、何か言えるでもなくレイトは口をパクパクさせる。そんな様子からこちらの図星を読み取ったらしい。したり顔で頷きながら、「やっぱりな」とラウボーがニヤリと笑った。
「やれやれ…君は随分と自己評価が低いみたいだな」
「…そうですね…すみません…」
「ちょっと…ラウボーさん…!」
他に言いようがあろう筈もない。消え入りそうなレイトの消沈ぶりを見兼ねて抗議の声を上げるマヤを「ごめんごめん。別に悪く言ったつもりはないんだ」といなしながら、ラウボーは肩を揺らして笑った。
「…だが、自己評価が低いという事は、言い換えれば相手を思いやれる気持ちが強い、という事でもある。そんな優しい君だから、あの時俺を討つ事を躊躇い、それが結果的に俺を救う事になった、と言えなくもないか?」
「…そうですかね?」
正直それは肯定的に捉え過ぎではないか?と思うが、ラウボーは「そうだとも」とやけに自信に満ちて答えた。
「アイリスくんは、君の事をずっと褒めていたぞ。ディライトの力を継承した時の君が、どれだけ勇敢だったかって…何度も聞かせてくれたよ」
「…アイリィが…?」
「あぁ。君の事を見てくれている人間はちゃんといる、という事だ」
意外な言葉だった。他人の口からとは言え、彼女が自分の事をどう認識しているのかを聞かされて、レイトは頬がかぁっと熱くなる気がした。
「…俺が人狼になった時…正直、俺は“俺”が分からなくなったよ…。俺はラウボーという人間のつもりだったが、それすらも偽物の記憶だったらって…。何も信じられなくなって、いつか人狼となって人を襲ってしまうんじゃないかという恐怖に怯えた…。…きっと、今でもどこかでそう思ってる…。だから、俺は今でも肉を食べる事ができない…」
ラウボーが自分のサラダを指し示し、言った。会った時から彼が一切肉料理には手を付けないでいたのを思い出し、やはりそういう事だったのかとレイトは得心した。
「森に籠って、1人で生きていくつもりだったよ…。だけど、そんな時にブランカがここまで追ってきてな…。人狼になったって諭しても聞かなくてな…逆に諭されたよ…。俺は間違いなくラウボー・ヴォールクという人間だ、自信を持て!…ってね…」
「当たり前でしょう?子どもの頃からずっと一緒なんだもの。あなたの事は、あなた以上によく知ってるわよ」
ブランカが自信に満ちた声で断言し、ラウボーは少し照れた様に薄く笑った。そんな2人の様子を見遣りながら、「あぁ…やっぱり愛ってステキ…」とマヤが夢見心地な表情を浮かべる。
「…まぁ、その時に思ったんだ…。他人が思う“自分”も、自分で考える“自分”も、きっと等しく正しいし、間違ってもいる…。結局、自分で己を見つめ、他の誰かを通すことでしか、本当の自分には出会えないままなんじゃないか…ってな」
「本当の自分…。…俺がディライトの力を持つべきなのかどうか…それを決めるのは、決して俺1人じゃない…って事ですか?」
「そうだ。ブランカが俺を信じてくれるから、俺は“俺”を信じられる。もし、君が君を信じられないというのなら…思い出すんだ。君を信じてくれる人たちも、必ずいるのだという事を…」
そう言われ、レイトの脳裏にいくつもの顔が浮かんできた。
それは、必ず生き残れと約束を交わしたタ―フィッシュの宿屋の店主であり。
あらん限りの感謝で自分達を送り出してくれた、ノエルとその両親であり。
今、隣でどこか信頼する様な笑みを浮かべてくれるマヤ・フォルコであり。
そして、この世界で出会った時から、いつも傍にいてくれたアイリス・ルナレスの顔でもあった。
その瞬間、レイトの内奥に微かに、だが確かな光明が灯った気がした。身に余る力に取り込まれる事なく、それを制御し得るだけの強い意志の源。恐らく、それこそが踏み止まり、今も動けないでいる己の心の動力となり得る、確かな“光明”———!
レイトが未だ形にならぬそれを手繰り寄せようと、意識を没入させかけた直後。
マヤが唐突に椅子を蹴倒して、立ち上がった。彼女の頭頂部には既に耳———でなかった、ダイロク器官が展開していた。
どこか怯えた様な顔色を貼り付け、周囲を見渡すマヤの様子から、レイト達は彼女が何かを探知したのだと悟った。
「どうした、マヤ⁉奴が出たのか?」
「…人なのか獣なのか分からない、この気配…。それに、この匂いは……間違いない…!直ぐ近くにいるっ!」
彼女の答えを聞いた直後、レイトとラウボーは直ぐに外へと飛び出していた。ラウボーが即座に人狼の姿へと変身し、人並外れた嗅覚で匂いの元を辿ろうとする。だが走り出して間もなく、「ぐぁっ…!」とラウボーが声を上げ、地面に倒れ伏してしまった。
その理由は直ぐに明らかになった。ラウボーの自宅近くの窪地に出来上がっていた、凄まじい惨状の所為だ。
有体に言って地獄絵図だった。鹿や鳥類、果てはデブリスと思しき死体までもが、その窪地に敷き詰められ、血の池を形づくっていた。死体が放つ生臭さ、血の鉄臭さが入り混じり、辺り一面は凄まじい臭気で満ちていた。
この惨状には明らかに猟奇的な意思を感じる。少なくとも、捕獲した獲物を食べ残したという有り様ではない。「…一体何の為に、こんな事を…?」というレイトの疑問は、次の瞬間、凄まじい声に搔き消された。
「ぐぅっ…!ぐおぉぉぉっっっ…‼やめっ…やめろぉぉ…っ!出て来るなっ…‼」
「…っ⁉ラウボーさん!どうしたんですかっ⁉」
レイトがラウボーの元に駆け寄ると、彼は必死に鼻頭を押さえつけながら、苦悶の表情を浮かべていた。まるで湧き上がってくる何かを必死で押さえつける様に、地面をのたうち回るその様子は、いつもの冷静なラウボーらしからぬ狂態だった。
「…レイトくんっ…すまんっ…!今すぐ、ここから引き離してくれっ…!気が…気がおかしくなりそうだっ…」
「…っ。わかりました…!マヤっ!手伝って」
とは言っても人狼化したラウボーを連れていくのは、並大抵の事ではない。幸い家が近かった事もあり、声を聞き付けてマヤが直ぐに飛んできてくれた。
「レイト、どうし———っ‼ちょっと、何なのコレ⁉」
「分からない。でもラウボーさんの様子が変なんだ。直ぐにここから引き離さないと…!」
正直、自分と小柄なマヤではそれも厳しいのではないかと思うが、今は他に取れる手段はない。事実、こうしてる間にもラウボーは全身をかき抱き、体のあちこちに爪をたて始めようとしていた。間に合うか…⁉とレイトの焦りは募るが、
「わかった。…皆!来て‼」
突如、マヤが何者かを呼びつける様に指笛を鳴らした。
ピッ––––––––––!という音が軽快に響き渡った直後。ラウボー宅の納屋から何かが飛び出してきた。
カチャカチャ、という金属音を響かせ、やって来たのは数体の小動物———否、無機物で構成された体を持つ、小型の
1体目は、青色の細長い体を持つ鳥型。
2体目は、黒光りする大きな眼球を持つカエル…か?
3体目は、大きな羽を広げてゆっくりと泳ぐ様に飛んでくる
それらが三々五々ラウボーの体に纏わりつき、小型の体からは想像もできないパワーでその体を持ち上げ始めた。
「そうそう、皆。乱暴に扱っちゃダメだよ?慎重に、でもなるべく急いで急いで」
「うん、ゆっくりゆっくり…そうじゃなくて!マヤ、こいつら何⁉」
「『ツールド・ファミリア』だよ。私の頼れる仲間たち。可愛いでしょ?」
よろしく~、と言わんばかりにツールド・ファミリアと呼ばれたドロイド達がピョコピョコと体を振る。その姿は…うん、確かに可愛く見える、気がする。
「もしかして、ずっと作ってたのって…コイツら?」
「ううん。この子たちはずっと昔に作ったやつかな。…さ、それより今はラウボーさんが先だよ。皆、引っ張って引っ張って!」
原理はよく分からないが、彼らはマヤの言う事に従うらしい。小さいが頼もしい援軍の助けもあって、何とかラウボーを自宅の中まで運ぶ事が出来た。
自宅の中へ連れ込み、ドアを閉めれば匂いもそこまでしなくなってくる。次第にラウボーも落ち着き始め、人間の姿へと戻っていった。
「…すまない、2人とも…。助かったよ…」
「いえいえ…でも…何があったんですか?」
あの惨状を見たら誰でも驚くだろうが、ラウボーの様子はそういうものとは根本的に違っていた。ラウボーは言い辛そうに目を伏せたが、やがて観念した様に口を開いた。
「…あの匂いを嗅いだ途端…妙な感覚に支配されかけた…。自分が自分でなくなる様な…恐らくあれは…人狼の捕食衝動だ…」
「…っ⁉捕食衝動…?…だ、だって、ラウボーさんにはそれはない筈でしょう…?」
「…そう思ってたんだがな…。…単にこれまでは、衝動よりも理性が勝っていた、というだけなのかも知れない…。…あの血の匂いを嗅いだ途端…猛烈に肉が食いたくなって…」
ラウボーの声は、努めて冷静に振る舞おうとしていても、やはり恐怖で震えている様だった。「ほら、もういいから…。少し休んで」とブランカに抱えられて寝室へと連れ込まれる背中が心なしか、いつもよりどこか弱々しく見えた。
「ラウボーさん、大丈夫かな…?」
「今は信じるより他にないよ…。それよりも、気になるのは…」
レイトが窓から外を覗く。ここからは見えないが、先程の血だまりがあった場所をジッと見据えた。
「一体誰が、何の為にあんな事をしたのかって…事だよな…」
「誰がって…“犯人”が、食べ残しを捨てていったって事なんじゃないの?」
マヤが疑問を挟むが、レイトにはそうは思えなかった。フルフルと首を振り、現場の状況を少し思い返してみた。
「…食べ残しを捨てていった…そういう風には思えないんだよな…。あれはもっと悪趣味というか…猟奇的な意思を感じる…。これまでは遺体を森のあちこちに放置するだけだったのに、殺した獲物をああも無造作に積み上げて一体何をしたいんだか…」
「あぁ、確かに…。人狼にしては食べ方が汚い気もするしね…」
「…?マヤ…それ、どういう事?」
マヤがぼそりと呟く。何気ない一言だったが、レイトには何か引っ掛かるものを感じた。
「うん、人狼ってかなり意地汚い怪物だから、普通は骨とか血まで食べちゃったりするんだけど……って、アレ…?」
マヤの顔に疑問符が浮かぶ。レイトもその説明を聞き気付いた。事件の開幕時から続いている、おかしな状況に。
「今回の事件では…“犯人”は
「…確かに…どの遺体はちょっと食い荒らされただけで、割と綺麗に残されてたんだよね…。うん、それって確かに凄く人狼らしくないよ…」
「引っ掛かる点はもう1つある。どの遺体にも人狼の爪や牙の痕、足跡なんかがしっかり残されてたよね?でも、それが却って気になる…。何というか…
まるで…“犯人”は
「…でも…一体、何の為に…?」
「…推測でしかないんだけど…さっきのラウボーさんの様子を見てて思った…。一連の事件はもしかして…ラウボーさんを人狼として覚醒させる為だったんじゃないかな?」
「…っ?何それ…どういう事…?」
マヤが驚いた顔で聞いてくる。レイトにも確信がある訳ではないので、説明するのは憚られるのだが、他に考えがある訳でもない。
「つまりね…森へ獲物を捨てていく、という人狼らしからぬ行動…。これはもしかしたら、森に血の匂いを撒き散らして、ラウボーさんの
「…捕食衝動を…目覚めさせる…?」
「そう。強烈な血の臭いを嗅げば、ラウボーさんは人狼として覚醒するんじゃないか、と“犯人”は睨んで、家畜の遺体を森に何度も捨てた。でも、それだけじゃ効果がなかったんだ。業を煮やした“犯人”は…家の前の、あの惨状を引き起こした…」
「…でもそんなの…それこそ『何の為に?』、だよ。人狼がそんな行動取るなんて、聞いた事もない…」
最もな疑問だ。だからこそ、あくまでもまだ推測なのだ。だが、“犯人”が人狼であるという説も、結局は状況証拠から導き出した推測でしかないのだ。
「“犯人”が人狼である、という一点に拘り過ぎていたのかもしれない…。もしかしたら…“犯人”は俺たちが想像する以上に、明確な意思を持って行動している…」
そう考えると、一度状況の再整理が必要かもしれない。ラウボーにはこの事をまだ伝えない方がいいだろう。それなら相談すべき相手は…。レイトは外———正確にはベアカンファーがある方向をジッと見据えた。
「俺、一度この事をアイリィ達に伝えてくる。マヤは2人の事を暫くお願い」
「…わかった。気をつけてね!」
レイトはドアを開け、外へと飛び出した。もしかしたら、想像以上の魔窟が待ち受けているかもしれない。そんな予感がレイトの内奥に微かに、だが確実に降り積もっていった。
どうも式神です。今回からSaga4となります。
最序盤の山場とも言えるエピソードで、お陰で執筆するのに過去一苦労しましたが、苦行の成果もあってか納得できるものが出来ました。楽しんで頂けたら幸いです。
次回は一挙に2話更新します。個人的になかなかの衝撃展開だと思っているので…それではお楽しみに。