仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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今週は2話投稿です。
先週も言いました通り、このサーガが1つ目の転換点となります。
意外な展開を楽しんで頂ければ幸いです。
それではどうぞ。


Saga4 本当の自分~逆転のファンタスティックヒット~②

◇◇◇◇◇

 どの町にも衛兵たちが訓練を行う、練兵場がある。普段は一般人は立ち入る事がない場所だが、今はアイリス達が対デブリス用の戦闘訓練を行う場所として開放されている。もう少し剣戟や怒号が飛び交う、荒っぽい光景を想像していたのだが、早朝から続いた訓練も今は休憩時なのか、練兵場はガランとしていた。

 

 ラウボー宅で起きた出来事をアイリス達に伝えようと、森から疾駆してきた身としては、肩透かしを食らわされた格好だ。今が暫しの休憩時間だと言うなら、彼女らは今もここにいる筈、と周囲を見渡すと、広場の端で数人が密集している様な光景が見えた。

 

「そう睨むなって、パラディン様よぉ。ちょっとお茶でも、って言ってるだけだろ?」

「そうそう。あんたらみたいな美人は、この村じゃ貴重だからさ。俺たちがボディーガードしてやるよ」

「大丈夫だって!退屈なんかさせねぇからさ、四の五の言わずについて来なって」

「……って!またこの展開(テンプレ)かよ⁉」

 …どうやら、アイリスとゼオラが破落戸(ごろつき)に絡まれている——いや、ナンパか——らしい。何にせよ、このまま放っておく訳にもいくまい。こっちはただでさえ厄介事が増えそうなのに、という苛立ちも手伝って、レイトは勢いよく前へと踏み出した。

 

「おい、お前ら!その娘達から離れ———…」

 

 言葉が続かなかったのは、前みたいに凄まれたからではない。

 単に転んだからだ。

 それはもう見事に。

 自分の場合、やる気と肉体が何故こうも比例してくれないのか、と恨めしい気持ちになった。

 

 破落戸達も急に乱入してきた挙句に、無言ですっ転んだ少年を暫くジッと哀れっぽく見つめていたが、水を差された事実に相違はない。地面に倒れ伏したレイトを睨めつけながら、「てめぇっ‼」と凄んで見せた。

 

「何の用だ、このガキ!こちとら、てめぇなんざお呼びじゃねぇんだ———」

「そうだな。別に必要はなかった」

 だが突如、背後から冷たく鋭い声が差し込まれる。あぁん?と男たちが振り向くその一瞬で黒い影の様なものが閃き、肉を打つ鈍い音が響き渡った。

 

 呻きながら崩れ落ちる男たちを睥睨(へいげい)しながら、ゼオラ・ユピターが指をコキコキと鳴らす。彼女の両腕を覆うのは黒い革製の手甲だが、ところどころ金属質な輝きを帯びている。恐らく、錬真術で金属を編み込んでいるのだろう。あれならば、例え殴られただけでも相当なダメージがいくだろう事は、目の前の男たちを見れば明らかだった。

 

「お嬢の面前だからこれ位で勘弁してやる。とっとと消えろ。私の気が変わらない内に!」

「ひっ…⁉」

 

 ゼオラに睨めつけられた男たちはすっかり竦み上がった様だった。プライドなぞいらんとばかりに「ごめんなさいすみません申し訳ありませんでしたー!!!!」と叫びながら、一目散に遁走(とんそう)走していった。

 

「なんかこの光景、すんごくデジャブなんだけど…」

「呑気にものを言ってられる状況か」

 消えていった男達を哀れっぽく見つめていると、冷たい声が頭上から響いた。ゼオラが路端の石ころでも見下げる様な目線を込めて、レイトを睨みつけていた。

 

「護衛の仕事もまともに務まらないとは…貴様、それでもお嬢の従者たる自覚があるのか?」

「…悪かったね、頼りにならなくて」

 

 ゼオラの言葉にグッと言葉に詰まったのは事実だが、こうもストレートに悪感情を向けられてムッとするなというのが無理な話だ。

 出会った時以来、まともな会話をした記憶もないが、どうも目の前の少女が自分に良い感情を持っている様子はない事が分かってきた。確かに昔より護衛役を務めてきたゼオラに比べれば自分などさぞかし頼りなく見えるだろうが、彼女もアイリスの傍についていなかったではないかと思う。そんな両者の剣呑な空気を察したのか、アイリスが「まぁまぁ」と仲裁に入ってきた。

 

「ゼオラ、レイトは私の従者じゃないって、前にも説明したじゃない」

「ですが…!お嬢の…パラディンの従者たる者が、この様な体たらくでは…先が思いやられるというものです…」

「いいのよ、焦らなくて。…先ずは飛び出す勇気さえあればなんとでもなる…でしょ?」

 立てる?とアイリスが手を差し出してくる。結局、情けない所を見られた挙句、フォローされる所まで前と一緒か。自分の進歩のなさに気恥ずかしい様な居たたまれない様な心地に包まれた。

 

「…で、どうかした?何だか息せき切って走ってきた様に見えたけど…」

「…あぁ、そうだった…。実は…」

 レイトは2人に、ラウボー宅で起こった事と、自分の考えを説明した。

 アイリスとゼオラの顔に驚きの色が広がっていった。

 

「…なるほど。“犯人”が人狼である、という点に拘り過ぎてた、か…。痛いとこを突いてくるわね…」

「ごめん。俺も確証がある訳じゃないんだけど…。でも、どうしてもこの“犯人”がただ捕食衝動のままに行動している様に思えなくて…」

「だがな、…重要な事を忘れているぞ」

 ゼオラが口を挟んできた。

「仮にその仮説が正しければ…つまりその“犯人”はラウボー氏が(・・・・・・)人狼である事を(・・・・・・・)知っている者(・・・・・・)、という事になるぞ。私とお嬢、マヤとお前は除くとして…後は…」

「…っ⁉ブランカさんが…?まさかっ…⁉」

 

 確かに、その可能性を失念していた。今、ブランカはラウボーの介抱に入っている筈で、そして家には一緒にマヤが…。突如、足元から怖気が這い上がり、今すぐラウボー宅に取って返そうとしたが、「落ち着きなさい」とアイリスに窘められる事になった。

 

「ブランカさんは“犯人”がユニコーンを襲った晩に私達と一緒だったでしょう。彼女に犯行は不可能よ」

「えっ…?…あぁ…そうだった…」

「…“犯人”がラウボー氏の正体を知りつつ、知らないふりをしている、という可能性も考えられますね…。…ですが、それならラウボー氏に恨みを持つ者の犯行、という線での捜査できそうです。お嬢、ラウボー氏の周辺を私が洗ってみましょうか?」

「えぇ…よろしくね、ゼオラ。それと、この事はまだラウボーさんや町の人達には伝えないでおきま————」

 アイリスが言いかけた瞬間、

 

「パラディン様ぁぁぁぁっっっっ!!!!!」

 突如、飛んできた頓狂な声に一行は思わず飛び上がりかけた。

 

 恐る恐る振り返ると、1人の初老の男が大粒の汗を流して走ってきた。鬼気迫る、という顔をしているが、どうやら話を聞かれたという訳ではなさそうだった。

 

「た、大変申し訳ございませんでしたぁぁっっ‼う、うちのっ!うちの村のバラガキ共がっ!パラディン様に大変なご迷惑を働いたという事でっ…!一体っ…一体なんとお詫びすればよいやらっ…‼」

「ちょ、ちょっと待って下さい!頭を上げて…一体何の事だが、さっぱり…」

「…察するに、さっきの破落戸達の事じゃない?」

 あぁ成程…、とアイリスが得心した様に言った。まぁ、そのくらい彼女にとっては何でもない事なのだろうが、目の前の男性にとってはそうではないらしい。スコップでも渡したら目の前に大穴を掘り起こして、躊躇いなく頭から飛び込んでいきそうな程に恐縮しきっている。

 

「も、申し訳ありません…。わ、私はこのベアカンファーの長で、ウォレスと申すものでして…。先程、うちの村の問題児共がパラディン様に不埒な行いを働こうとしている、としているとタレコミがあったものですから…。ほ、本当にっ!本当に何とお詫び申し上げればよいかっ…‼」

「だ、大丈夫ですからっ!別に実害は受けてませんし、村長さんの所為でもありませんからっ!」

 

 ウォレスが恐縮すればするほど、つられてアイリスも恐縮するばかり。そんな不毛な光景を治めるべく、レイトとゼオラも村長の宥め役に回った。

 

「…いやはや、本当に…申し訳ございませんで…」

 やがてその狂乱も収束し、ウォレス氏も幾分か落ち着いた様だった。呼吸を整え、ポツポツと事情を話し始めた。

 

「あの連中は、昔からこの村で問題ばかり起こしている悪ガキどもでして…。いい年齢だと言うのに、昼間から酒ばかり飲んで、働きもせず…。今回も、訓練をサボるならまだしも、パラディン様に手を出そうとするなど全く…」

「まぁまぁ…そういう人たちはどこにもいますよ。あまり気になさらない方がいいですよ」

「…勿体なきお言葉…恐れ入ります…」

 とは言いつつも、狭い村で密な人間関係を生きるベアカンファーの住民たちにとっては、深刻な問題であるのかもしれない。

 

「…あれでも、昔に比べて数は少なくなったのですがね…。カランもようやく足抜け出来た様ですし…。あぁ、ラウボーの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい…」

 ウォレス氏がため息交じりに呟いた言葉に、一同が「え⁉」と反応した。

「あの…カランさんって、昔はあの連中の仲間だったんですか?」

「え?…あぁ、そうでしたな…。両親が亡くなった直後はそれはもう荒れていて…。毎日の様に喧嘩騒ぎを起こすわ、盗みを働くわで…そりゃあもう手が付けられない有り様でしたよ…」

 そうだったのか。一見、気が弱そうだが生真面目な人物に見えたのだが…。人間変われば変わるものである。

 

「まぁ、昔から何かにつけてラウボーと比較された子どもでしたからな…。面白くない事もあったのでしょうが…。それが今では人が変わった様に、真面目に…」

 村長が懐かしむ様に目を細めた瞬間の事だった。

 

「来たぁ!来たぞぉ!狼の群れだっ‼」

 叫びと共に、警告用の鐘の音がカンカンカンと鳴り響いた。3回ずつの警告音は緊急事態を意味する。衛兵たちが総出で対処しなければならない様な事が起こった、という事である。

 

「レイト、ゼオラ!行くわよ」

 アイリスの叫びに2人が応で答える。ウォレス氏に戦えない住民を屋内に退避させる様に伝え、3人は駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 村の内部に人狼がいるかもしれない、という時に外を見張る役割に何の意味があるのか。村の四方を取り囲む見張り台に立つ者たちは、皆が多かれ少なかれ同じ事を思っていた筈だ。この見張り台も常日頃から使われている訳ではないが、パラディンの少女の指示で、交代制を敷きながら朝から晩まで外を見張り続ける日々が続いていた。

 いくら昼近くの温かい時間とは言え、風吹き晒す高台で時折思い出した様に遠眼鏡を覗き込む作業は、退屈極まりない。早く交代の時間にならないかな、と思う。降りたらパラディンとその従者の少女に剣の稽古をつけて貰いに行くのもいいかも知れない。まだ遠目から見た程度なのだが、2人ともかなりの美人という話だし———。

 

「ん?何だ、アレは…」

 遠眼鏡を覗き込んでいた相棒が、不意に口を開いた。先程まで自分と負けず劣らず弛緩した雰囲気を漂わせていた彼の横顔が、俄かに緊迫の色が帯びるのを見て、半鐘を叩く小槌を取り上げ、取り敢えず腰を上げる。例えだらけていたとしても、ここまでの流れは殆ど体の反射の様なものだ。

 

「どうした?何か見えたのか?」

「いえ、丘の上に土煙の様なものが見えた気がして…」

 自分の遠眼鏡を引っ張り出し、覗き込む。元々この見張り台から見渡せる範囲は小高い丘になっており、見通しがそれほど良くない。恐らく風で舞い上がった土煙でも見えたのだろう、と丘の上を精査する。

 

 次の瞬間。

「……っ⁉」

 地が鳴る様な轟音と。

 猛然と巻き上がる土煙を引き連れて。

 丘の上から、津波の様な勢いで無数の獣が突っ込んでくるのが見えた。

 

 それは狼の大群だった。恐らく種類も一種だけではなく、様々な群れが入り乱れて、狂った様に目を輝かせながらベアカンファ―へと一直線に突撃してくる光景はどう見ても尋常なものではない。

 

「来たぁ!来たぞぉ!狼の群れだっ‼」

 

 叫びながら、警告用の鐘を打ち鳴らす。あれだけの勢いでは恐らく村を取り囲む防壁ですら易々と突破されてしまうだろう。直ぐにでも村落全体にこの緊急事態を伝えなければいけない。

 

「緊急事態だ!全住民に伝えろ!急げ———!」

 息を飲んで固まっている相棒を叱咤し、下に降りる様に促すがその時には既に遅かった。矢の如き速度で突っ込んでくる狼の群れは、それ自体が激浪の様な勢いを持つ。進路上の壁や柵、見張り台すら蹴倒し、狂乱の豺狼の群れがベアカンファーへと雪崩れ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「狼だっ!狼の群れが北門をぶち破って侵入して来やがったぞ‼」

「南門からもだ!奴ら、物凄ぇ数だ…!200頭はいるぞ」

「衛兵だけじゃ手が足りないっ!戦える奴は全員武器を取って戦えっ!」

「女子ども、年寄りは練兵場に逃げろ!急げーっ!」

 

 人々の怒号や嬌声、剣が肉を断ち切る音や野獣どもの吠え声が平和だった村を飲み込み、瞬間的に狂宴の舞台へと変えてしまった。村のあちこちでは既に戦端が開いていたが、なにぶん数が桁違いである。一体一体が人間以上の力を持つ獣と昨日今日に戦闘訓練を始めたばかりの農民達では相手になる筈もなかった。

 

 迂闊だった。迫りくる狼を次々と切り飛ばしながら、アイリスは(ほぞ)を嚙む。この3日間で彼女たちが教えていたのは対人狼に特化した訓練のみで、こうした乱戦状況での戦闘は何1つ教えられていない。

 時間がなかった、と言えばそれまでだが、単純にこの様な事態を想定していなかったのだ。人狼にとって狼を操るのは自分が戦えない時などの非常事態時に使う力だった筈だ。それがまさか村を襲撃する為に用いて来るとは。

 やはりレイトが言う通り、この事件の“犯人”は何か人狼とは異なるものである気がしてきた。一体何の為にこの様な事をするのかは分からないが、今は取り敢えず事態に対処するしかない。アイリスの剣とウェイビングローブが閃き、獣を次々と切り捨てていく。

 

 ゼオラも彼女に続き、戦いの渦中へと飛び込んでいった。デブリスの戦いは専門ではないが、狼であるならば戦い様はある。何せ切り裂けば確実に死ぬのだ。腰から抜き放った鉄製の双剣を振るい、獣以上の速度で飛び回りながら、確実に狼たちの命脈を断ち切っていく。アイリスと肩を並べて戦うその姿は、さながら光と影の乱舞の様でもあった。

 

 それに比して、自分の無様さときたら…と自虐的な気分に陥りがちな意思を奮い立たせ、レイトはガンモードに変形させたトランスラッシャーで彼女たちが打ち溢した狼を一頭一頭撃ち抜いていく。腰にドライバーを嵌めている為、メモリージングシステムが最大限の補助をしてくれるが、生身の自分では狼に嚙みつかれただけで即戦闘不能になるのが見えている。自分に身の危険が迫っている。そんな時でさえ、変身して戦う覚悟が決まらない自分がいい加減もどかしくなってきた。

 

「…と言いつつも…変身すればどうにかなるって規模じゃないぞっ…!」

 

 20頭を超えた辺りから、倒した数をカウントするのは止めている。だが、それだけの数を屠っても迫りくる獣の波濤は途絶える気配すらなかった。

 

「こいつらにっ…命令してるっ…人狼を倒せばっ…引くと思うんだけっ…どっ!」

「せめて…親玉の正体がわかればっ…!」

 アイリスとゼオラも珍しく息を上げ始めている。無理もない。敵の数はそれ程に圧倒的なのだ。戦闘開始から僅かな時間しか経っていないのに、早くも武器を握る手が痺れ始めている。

 

 恐らく———否、このままでは確実に保たない。いずれ自分たちも力尽き、村そのものが獣の大渦に飲み込まれて沈んでしまう…!そんな不穏な想像がアイリスの脳裏を過ぎったその瞬間。

 

 オォォォォォォォォォォォォォンンンン––––––––––––––!

 

 村中にその声が響き渡った瞬間、狼たちの動きが止まった。人々に牙を向けていたあらゆる個体が突如我に返った様に固まり、周囲を見渡す。その顔からは先程までの狂気じみた表情はすっかり消え去っていた。

 

「…一体何が…?」

 事態が治まったと見るべきか、それとも新たな危機の前触れなのか。レイト達が判断に迷っていると、破られた壁の向こうから1体の巨体が姿を現した。

 

「ラ…!」

「レイトっ…!黙って…」

 ラウボーさん、と発しかけた声はアイリスに塞がれる。実際、周囲には他の住民たちの姿がある。今の彼の姿を見て、その名を呼ぶのはマズいだろう。

 

 人狼化したラウボーだった。ここ数日間で何度か目にした圧倒的な巨躯に銀色の毛並みを纏った狼人間の姿。その姿は怪物のそれだが、深い優しさと思慮深さを湛えた深緑色の瞳は彼のもので間違いない。

 

 ラウボーがまたしても、天に向かって咆哮した。人にとってはただ畏怖を煽る様な声でも狼たちには意味が伝わるらしい。尖った耳をピンとそばだて人狼の声を傾聴すると、やがて群れは村の外へと散っていった。

 

「…そうか…。人狼は狼を操れる。その力で狼たちを撤退させたのか…」

「でも…なんて無茶を…」

 

 狼の群れに襲われ、村のあちこちは夥しい血の色で染められている。血の匂いが彼の捕食衝動を引き起こすのだとしたら、今も相当に無理をしている筈だ。しかも、今この状況下でその姿を晒すという事は…。

 

「出たぁ!人狼だ!人狼が出たぞぉ!」

「衛兵を呼んで来い!もっと多くだっ!」

「いっ、今までよくもやってくれやがったな!今日という今日は絶対に逃がさねぇぞ!」

 

 人狼の姿を目撃した住民たちが一斉に気色ばんだ声を上げ始める。住民たちはラウボーが人狼であり、しかも彼には自分の意思がある事を知る由などない。人々の悲鳴に反応し、村のそちこちで戦っていた衛兵たちが集まってきていた。

 

 このままでは危ない。声をかけられず何とももどかしいが、レイト達は目線だけでラウボーに直ぐに逃げる様に促した。

 幸いな事にラウボーもそれを察してくれた。住民たちの痛罵を背中で受け止めながら、森の中へ帰ろうと踵を返した。

 

 転瞬。

 

 空気を切り裂く様な唸りを上げて飛来した大矢が、ラウボーの背中を貫いた。巨大な鉄杭に穿ち抜かれ、ラウボーが膝から倒れ伏した。

 

「…っ⁉ぐおぉっ…!」

「へへへ!やった!やったぜ‼」

 

 矢が飛んできた方向に目を向けると、3人ばかりの男が快哉を叫んでいた。先程、アイリス達に絡んでいたあの破落戸たちだった。その手に握られているのは大型のボルトを発射する大錬弩が握られている。どうやら、ラウボーを打ち抜いたのは彼らで間違いない様だった。

 

「どんなもんよ、バスタードアークの一撃は!チョロいモンだぜ、人狼なんてよぉ!」

「地道に剣の訓練なんてしなくても、コレさえありゃ楽勝だろ」

「ヤベェ、ヤベェって。これで俺たちこの村の英雄だぜ!もう誰にもデカい口叩かせねぇぞ!」

 男たちが囃す様な笑いを上げ、ゆっくりとラウボーに近づいていく。余裕綽々、といった男たちだがデブリスの生命力はそれ程柔ではない。矢を背中に受けながらも、ラウボーは背後を振り返り、「ま、待て…!」と声を振り上げた。

 

「待つんだ…。今回の事件を引き起こしたのは、私ではない…。“犯人”は別に…」

「まだ生きてやがんのかよ!しつけぇなぁ!」

 ラウボーの言葉を遮る様に2本目の矢が放たれ、人狼の肩を刺し貫いた。そのままラウボーの体は大きく吹き飛ばされ、地面へと縫い留められてしまった。

 

「ぐはぁ…っ!」

 傷口から流れる夥しい血が地面を濡らし、人狼の体から力が抜けていく。マズい、と思った時には既に遅かった。体から失われる血の量と比例するかの様に、人狼は徐々に人間の姿へと戻っていった。

 

「…っ⁉な…そんな…」「あの姿は…っ⁉」「嘘だろ…?」

 

 村人たちのざわめきが一際大きく膨れ上がった。無理もない。その姿は長らく『森の守り人』として村中から信頼を集めていたラウボー・ヴォールクその人だったのだから。

 

「おいおい、マジかよ。あんた、ラウボーじゃねぇか!」

「『森の守り人』が人狼だったってか!笑えねぇ話だなぁ!」

「違う!確かに私はこの通り人狼だが…人としての意思は失っていない…!今回の件も、私ではない他の何者かが———」

「そんなブラフ誰が信じるかってんだ!人狼は人の心につけ入ろうとするって、あんたが言ったんだぜ、ラウボーさんよぉ」

「そう言って俺達を油断させてから、食っちまおうって算段だろ?騙されねぇぜ」

 

 住民たちは未だに戸惑う様子が強かったが、中には彼らに呼応し「そうだそうだ!」と同意の声を上げる者もいる。先程の狼の襲撃で傷を負った者も大切な人を亡くした者もいる。一度膨れ上がった怨嗟の感情は大きなうねりとなって容易に静まる事は困難だった。

 

 そしてそのうねりの中に於いて、一層感情を大きく揺るがされたであろう者がいた。

 

「…兄貴…一体…どういうことなんだよ…?」

 ラウボーの弟であるカランだ。顔は血の気が抜けた様な土気色に染まり、体はまるで頼るべき芯を失ったかの様にワナワナと震えていた。

 

「おぉ、カランじゃねぇか!お前の兄貴、人狼になっちまってたんだなぁ。丁度いい。…ホレ、兄貴の敵討ちをしてやれ」

 破落戸たちがカランにバスタードアークを押し付けてくる。旧友達から渡された巨大な錬弩と兄の姿を交互に見つめながら、やがてカランは意を決した様に兄にその銃口を突き付けた。

 

「…っ⁉ま、待てカラン…撃つなっ!私は昔と変わらない…お前の兄のままだ!」

「やめるんだカランさん!あんたのお兄さんは本当に———!」

「黙れっ‼」

 カランが叫んだ。その目に悲しみの様な、憎悪の様な色を込めながら、兄の姿をキッと睨み据える。

 

「家畜やユニコーンを殺して…村をこんなにしやがった怪物が…!これ以上、兄貴の名を騙って!兄貴の姿で!俺に話しかけるんじゃねぇぇっっ‼」

 

 バスタードアークの銃口をラウボーの顔面に向け、引き金に指をかける。射出成型機から出力された銀の大矢が発射装置の力によって解き放たれる。矢はそのまま猛烈な速度でラウボーの顔を穿ち抜く———筈だったのだが。

 

 ジャキン!と金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、銀の矢はラウボーを貫く事なく上空へと吹き飛ばされた。

 

 アイリスだった。すんでの所で矢を弾き飛ばし、今度はそのまま返す刀でカランが握る大錬弩の銃口を切り落とした。

 

「なっ…⁉あ、あんたっ…一体何をしやがるんだ⁉」

「過ちを正してあげたのよ。…皆さん、聞いて下さい。ラウボーさんは、今回の事件の“犯人”ではありません」

 

 群衆に向けてアイリスが断言する。村人達のざわめきが一層大きく膨れ上がった。それを破る様に破落戸たちの1人が「嘘つけっ‼」と叫びを上げた。

 

「そいつが人狼から変身したのを見たろ!そいつが怪物だっつう証拠ならそれだけで十分だ!」

「そうですね。人狼は人の姿を騙り、獣の本能で人を食い荒らす怪物…。私もそう思っていました。ですが、先程ラウボーさんが言っていた事は本当です。彼は人狼でありながら人としての意思を保っている…皆さんが知っている彼のままなんです。村で襲撃が起きた時も、彼は私の仲間たちと行動を共にしていた事が確認できています」

 

 つまり、現場不在証明(アリバイ)は成立だ。それがどこまで信じられるかは微妙なところだったが、ウォレスを初め幾人かホッとした様に胸を撫でおろす者もいた。パラディンの言葉、というものの信頼感の大きさを改めて突き付けられた気がする。

 

「私たちは一連の事件はラウボーさんとは異なる、別の何者かが犯行を行ったと考えています。その“犯人”は森に死骸を捨てていく事で、ラウボーさんを真の人狼へと覚醒させようとしたのではないか…とも」

「…そんなのは、あんたの推測だろ。相手はデブリスなんだろ?何で怪物どもがそんな事をする?一体何の為に?」

「…何の為に、ですか…。それは私にも分かりません。“犯人”に直接訊いてみなければ」

 群衆からたちまち抗議の声が上がる。だが、アイリスは堪えた様子もなく「でも!」とそれを一喝した。

 

「“犯人”の動機は分かりませんが…その正体は既に見当がついています」

 

 アイリスが神聖剣をくるりと持ち直すと———目の前の人物に向けてその白銀の切っ先を突き付けた。

 

「今回の家畜襲撃から始まる諸々の事件…その“犯人”はあなたですね…カラン・ヴォールクさん」

 

 




次回、解決編&衝撃展開。
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