仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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Saga4 本当の自分~逆転のファンタスティックヒット~③

◇◇◇◇◇

「ば、バカ言うな!何で俺が“犯人”なんだよ⁉」

 

 アイリスの思わぬ断言に群衆のざわめきが一段と大きくなる。それに負けない程の音量で抗議の声を上げたのは、勿論当のカランだ。

 

「俺が家畜を襲って、挙句に村に狼どもを呼び寄せたってのか⁉ふざけんな!何の根拠があってそんな事言われなきゃいけないんだよ!」

「別に無根拠に言っている訳じゃありませんよ」

 カランの激昂も意に介さず、アイリスは淡々と、だがきっぱりと言った。その瞬間、確かにカランの顔がギクリと歪んだ気がした。

 

「根拠は先程お兄さんを討とうとした時のあなたの言葉です。…レイト、覚えてる?」

「え…?…確か…」

 突然の振りに動揺しながらも、レイトは慌てて記憶を呼び起こす。兄の姿にバスタードアークを突き付け、弟は何を叫んでいたのだったか———。

 

「確か…『家畜やユニコーンを襲う様な怪物が、兄貴の名を騙るな』って言ってた気が———…え…?…あぁっ!そういう事か!」

 神聖騎士(パラディン)の少女が言っていた根拠とやらが、ようやく理解できた。隣でゼオラが「ようやく気付いたのか」と言わんばかりに肩を竦めるが、アイリスは満足気に薄く微笑んだ。

 

「そういう事よ。カランさん、あなたは何故ユニコーンが(・・・・・・・・)襲われた事を(・・・・・・)ご存じなんですか(・・・・・・・・)?」

 

 カランの顔色から明らかに血の気が引いた。対して、周囲の群衆の反応は鈍い。何を言われているのか分からない、という顔を浮かべる者が殆どだ。だがそれでいい。その反応の温度差こそが、この話の肝なのだ。

 

「3日前の夜、森の中で1頭のユニコーンが今回の事件の“犯人”と思しき者に襲われ、命を落としました。ですが、それは無用の混乱を避ける為に、誰にも伝えていません。それを知っている者は私達以外では…“犯人”だけです」

 

 アイリスが断言する。これは所謂『秘密の暴露』という奴だ。被疑者が取り調べ中に犯人しか知りえない事項を口にしてしまう事である。古典的ではあるが、犯人特定のきっかけとしてミステリーにもよく登場する王道パターンだ。

 “犯人”がユニコーンすら襲う怪物である、という事実は人々に大きな動揺を与えるだろうと考えたレイト達は、取り敢えずその事を伏せる事にしたのだ。無論、レイトやゼオラ達はその事を誰にも話していない。ユニコーンの遺体も直ぐに埋葬してしまった為、森に入ったら偶然見つけた等という言い訳も通用しない。

 

 だが、カランもそう簡単に犯行を認めはしない。冷や汗を噴きながら、周囲を見渡し、顔色を明滅させる。

「ち、違っ…!今のは…」

「往生際悪いなぁ。じゃ、目撃者の証言なんてどう?」

 森の奥から響く声。転瞬、規則的な快音を響かせて何かが森の奥から飛び出してきた。

 

 金属でできた馬。それが如何に非常識な言葉かなんて勿論理解できる。だが、そうとしか形容できなものだ。全身の形こそ間違いなく馬だが、体中が金属鎧の様な銀色の装甲で覆われている上に、あちこちから伸びる硬質状のケーブルが更に非生物感を強調している。これは中世ヨーロッパで使われた馬鎧(バーディング)などというものではない。馬型のロボット、と形容するのが一番ではないだろうか。

 

「やっほ!みんなお待たせ。やっと完成したよ」

「マヤ⁉」

 そしてその馬ロボットに跨って手を振っているのは間違いなくリンクスの少女だった。完成した、という言葉からそう言えば彼女はこの3日間で何かを作っていたのだったと思い出す。ずっとはぐらかされていたが、まさかこれがそうだというのだろうか。

 

「これ…一体なんなの…?」

「これ…っていうのは失礼だなぁ。あの時のユニコーンだよ。死ぬ間際に魂を抽出して、この金属の体に刻印し直したの」

 ………うん、理解らない。魂を抽出?金属の体に刻印?つまり、死にかけたユニコーンを何らかの形で生き永らえさせた、という事なのか?確かに、頭頂部に生えた一本角がその名残を物語っているが…。そんな事が本当に出来るのか、と周囲を見渡すも、アイリスも完全には理解出来なそうに肩を竦めている。

 

「説明は後でするよ。さぁさ、ユニコーンさん。あなたの証言は?」

 マヤが馬ロボット———否、ユニコーンの首筋をポンポンと叩く。ユニコーンはそれに呼応する様に首を巡らせ、カランをズイと睥睨すると突如、

 

「コイツが犯人よ‼」

 と、周囲に向けて野太い声で叫んだ(・・・・・・・・)

 

「間違いないわ。3日前の夜に私はこの男に襲われたのよ」

 声には金属の反響音の様な音が混じるが、ユニコーンの言葉は確信めいた響きを持って朗々と響き渡る………って、ちょっと待って欲しい!

 

「待て待て待て!どこからツッコんだらいいのかよく分からないけど、先ず1つ!ユニコーンって喋るの⁉」

「え?喋るよ。精霊種だもの」

「喋るぞ。何を言ってるんだお前は」

「喋るわよ。…まぁ、確かに人前で話す事はそんなに多くないけど」

 ラウボーや村人たちも揃ってうんうん、と首肯している。どうやらこの場で知らないのは自分1人らしい。

 

「んなアホな…」

「ちょっと坊や、話を戻してもいいかしら?」

 酸欠になった金魚の様に口をパクパクさせるレイトを金属製の馬が窘める。その冗談みたいな光景にレイトは再度、んなアホな…と嘆息した。

 

「証言ありがとう、ユニコーンさん。でもそれは間違いない?疑う訳じゃないけど、見間違いや記憶違いって可能性もないかな?」

「あいにく視力も記憶力もそんなに悪くないわ。眦の傷痕や少しひしゃげた鼻筋…見間違えはしないわ。その男が突然人狼に変身して、私に襲いかかったのよ。先ず地面に叩き付けられて…その後、生きたまま腹を食われたわ…。あんまり思い出したくないわねぇ…」

「はい、ありがとうございました。以上、目撃者からの証言です。何か反論は?」

 馬の証言に一体どれ程の信憑性が?と思わなくもなかったが、完全に潮目は変わった様だった。ユニコーンは地域によっては神獣と崇められているという話は聞いた。先程のアイリスの言葉の様に、そこには一定の価値があるという事なのだろう。

 

「カランさん、もう一度問います。この事件の“犯人”———人狼はあなたですか?」

カランを見つめていた無数の目が訝る様なものから、問い質す様なものに変わっていく。衛兵たちの中にはアイリスに追従し、「答えろ!」「お前が人狼なのか!」と叫ぶ者もいる。だが、そのような状況下でもカランは「…ち、違う!」と叫んだ。

「俺は“犯人”なんかじゃない!…大体、あんたらの推理だと“犯人”は兄貴を人を襲う怪物に覚醒させようとしていたんだろ。俺が兄貴にそんな事をしなくちゃならない理由なんて———!」

 

「貴様が本当のカラン・ヴォールクでないとしたら…どうだ?」

 

 カランの言葉に答えたのはゼオラの冷たい声だった。射竦める様なその瞳にか、それともその言葉にか。カランはハッと驚く様な顔を浮かべた。

 

「村長のウォレス氏から聞いたぞ。お前は、昔は手が付けられない札付きだったらしいな?それが今では人が変わった様に、真面目になった…と。私が何を言いたいか、解るか?」

 レイトは息を飲んだ。つまりゼオラはこう言いたいのだろう。

 

 今の生真面目で少し弱気なカラン。それは人狼化によって(・・・・・・・)作られた(・・・・)怪物の人格なのではないか(・・・・・・・・・・・・)?———という事だ。カランの顔から血の気が完全に引き、後にはのっぺりとした無表情だけが残された。

 

 だがやがて。

「…ふひゃ」

 

 空気が潰れた様な、そんな声が漏れた次の瞬間。

 

「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひひゃひゃひゃひゃっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 カランが顔を壊れた様な笑みに歪ませ、奇怪な声を叫び始めた。カランという存在を形づくっていた輪郭が一気に崩れだした様な錯覚に、その場にいた誰もが固唾を飲んだ。

 

「…参った…参ったなぁ…。そんな風に思われてたなんてなぁ…。やっぱり…俺なんて…」

 顔を押さえ、カランが掠れた様な声を漏らす。何かが決定的に壊れてしまった様な弟を案じる声を上げたのは、他ならぬラウボーだった。

 

「カラン…お前…一体何を言って———」

「黙れよっ‼」

 だが、カランはその声を遮り、兄を睨みつけた。その目は異様な憎悪の念がこもってギラギラと輝いていた。

 

「パラディン様の仰る通りだよっ!この事件の“犯人”は俺だ!全部俺が、兄貴を陥れる為に仕組んだ事さ‼だけどなぁ!」

 カランが喚きながら懐から何かを引っ張り出す。それは灰色の液体が満たされた円柱型の薬瓶だった。

 

「ライドラッグ…?一体何を…」

「あんたの推理には間違いがあるよ、パラディン様!俺を!そんな化け物と一緒にするんじゃねぇ‼」

 指し示した先のラウボーを———実の兄を男は傲然と「化け物」と呼び捨てた。ひどく傷ついた様に口唇を戦慄かせるラウボーの姿を、ニタリと満足そうに眺めるとカランは———突如、その首筋に灰色の薬瓶を突き刺した。

 

 直後、カランの体が驚くべき変化を遂げた。

 

 体の各部に黒い痣の様なラインが走ったかと思うと、その体が一気に膨れ上がっていった。全身は筋肉で盛り上がり、2回り程も大きく。そして顔つきは、耳が上に鋭く尖り、鼻筋が高く飛び出し、その下の口は鋭い牙がギラつく。

 

 ここ数日で何度か見かけた人狼の姿。だが、その姿は明らかに人狼ではない。皮膚組織にはいくつもの黄色い線が走り、肩口や胸部には骨の様な太いパイプが何本も折り重なっている。

 生物と非生物を無理矢理つなぎ合わせた様な、酷く冒涜的な怪物の姿だった。

 

「見たかぁ!俺は人でありながら、人も怪物(デブリス)も越えた者…『デブリーター』だ‼」

 

 パイプからむせ返る様な蒸気を撒き散らしながら、デブリーター———かつてカランだった怪物が絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 人狼と酷似した姿を持つ目の前の怪物———名乗りに従うならば、『ワーウルフデブリーター』とでも呼べばいいのだろうか。姿形こそ人狼と酷似しているが、明らかに人工物と思しいパイプ群が体に張り巡らされた姿は、曲がりなりにも生物であるデブリスとは一線を画す様に思える。しかも目の前の怪物はカランがライドラッグの様な薬瓶をつき差し、変身した姿なのだ。

 

 湧き上がる力に打ち震えるかのようにワーウルフデブリーターが再度叫びを上げる。全身のパイプがそれに鳴動し、ビリビリと万雷の様な音圧を周囲に解き放った。

 

「なんだコイツは…⁉」

「マズい…!皆さん下がって!」

 アイリスの叫びに、目の前の出来事に呆けていた住民達も慌てて逃げ出していった。衛兵たちは迷った様だったが、逃げていく住民たちの護衛も必要だ。アイリスに促され、彼らも数人を残して退散する事となった。

 

 戦力は大幅に縮小した格好だが、やむを得ない。相手は全く未知の怪物なのだ。余計な犠牲は出さずに済むならそれに越した事はない。

 ワーウルフデブリーターがふん、と鼻を鳴らす。そんな様を嘲笑った様でもあった。

 

「犠牲になるのは自分達だけでいいってか?随分余裕じゃないか、パラディン様よ」

「勘違いしないで。あなたにまた狼を呼ばれたら堪らないわ。…それに、犠牲になるつもりもない!」

 言うが早いか、アイリスがパーラケインを構えて突撃していく。鉄銀の刃がウォーターライドラッグの輝きを帯びて、ワーウルフの胴体を切りつける———だが、刃は硬い剛毛に防がれ、火花を散らすだけに終わった。

 

「なっ…⁉」

「甘いんだよ、パラディン様ぁ‼」

 ワーウルフが左手をアイリスに向けて突き出す。その指先には人狼のものよりも遥かに長く鋭利な黒爪が煌めいていた。およそ生物が持つとは思えない、ただ戦闘の為だけに研ぎ澄ました様なそんな形状だ。アイリスは咄嗟にウェイビングローブを展開し、爪の一撃を防ぎ切った。

 

「人もデブリスも超えた、と言ったろ?この超強化皮膚はバスタードアークすら防ぎきる、そうだ。あんた程度の力じゃ貫けねぇよ」

「そうか…。ならばこれはどうだ…」

 

 転瞬、人狼の背後に音もなく忍び寄る影があった。ゼオラだ。人狼の頭上近くまで跳躍すると、首筋目がけて腕を振り下ろした。その手には黒光りする小型のナイフが握られていた。柄と刃以外の余計な装飾を一切排したその形状は、忍者が使う苦無(くない)によく似ている。

 

 黒色の刃の根本付近までが、怪物の首筋へと深々と突き刺さる。ワーウルフは堪らず、「ぐぎゃぁぁっっ‼」と絶叫を上げた。

「やはり生き物だな。『黒妖石(こくようせき)』の刃には流石に適うまい」

「舐めるなよ!そんなチンケな刃物で殺られると思うか!」

 

 だが、小振りな刃では流石に怪物の強靭な生命力を奪う事はできない。肩に纏わりつくゼオラを猛烈なパワーで引き剝がすと、地面に勢いよく叩き付けた。

「ゼオラっ⁉」

「問題ない!攻撃は効く。一気に仕留めるぞ」

 どうやら上手く受け身をとった様だった。大したダメージも感じさせずに一度後方へと飛び退ると、腰の装備帯から小型の球体を取り出す。先程は控えていたが、周辺住民の避難は完了している。ならば構わないだろう。

 

 ゼオラはワーウルフの胴部目がけて小型の球体——吸着弾『鉤蜂』を放った。鉤蜂が怪物の胴体へと寸分違わず命中し、爆裂の火を上げる。爆薬の成形を工夫する事で、爆風を狭い領域に集中させる鉤蜂は小型ながらも生物の体に風穴を開けるくらい造作もない———筈なのだが。

 

「どうしたぁ!さっきからチマチマと!俺を殺りたきゃ、もっとデカいのをぶつけて来い!」

 爆炎を突き破り、ワーウルフがゼオラへと躍りかかってきた。少女が咄嗟に身を躱したのと、爪が地面を深々と穿ったのはほぼ同時の事だった。

 爆発はワーウルフの胴体に小さな焼け焦げを作っただけに終わった。ゼオラはチッと舌打ちを漏らした。人間が変身したのだからもしやと思ったのだが、やはり目の前のワーウルフデブリーターも生物とはかけ離れた強靭さを秘めている様だ。

 

「やめろ!やめてくれ、カラン‼」

 突如暴れまわるワーウルフを押さえつける者がいた。ラウボーだった。いつの間にか人狼へと再度変身し、真正面からデブリーターへと相対する。

 

「カラン…一体どういう事なんだ⁉何故…お前がそんな姿に…」

「まだ解らねぇのか!おめでたい野郎だな、あんたは‼」

 ワーウルフデブリーターの右手——ナックルガードの様に瘤が膨れ上がった拳が、ラウボーの腹を強かに打ち据える。ぐはっ…!とよろめいた人狼の顔面をデブリーターは一切の容赦なく蹴り上げた。

 

「俺が今までどれだけあんたの影に苦しめられてきたか、解るか?村の大人は、昔から兄貴を誉めそやす一方でそれに比べて弟は——って!ずっとそうさ!何をやったとしても、俺はずっと!昔から兄貴の添え物扱いだった!」

 

 幼い子どもの目から見ても、兄であるラウボー・ヴォールクは出来過ぎた人間だった、と思う。貧しい農村の子どもとしては似つかわしくないほど頭が良かったし、人当たりもいい彼はいつしか村中の人間達に頼りにされる存在となっていった。対してカランはどこまでも平凡。子どもの頃、家畜の仔牛に角で突かれて怪我をした影響なのか、臆病さが抜けずに何事にも消極的な性格だった。閉塞された社会において弱い個体への排斥が生まれるのはこの世の道理。来る日も来る日も村の悪ガキ達に痛めつけられ、抵抗も出来ない泣き虫カランを庇って戦ってくれたのはいつも兄だった。

 

 それだけで済んでいれば、良かったのかもしれない。だが、子どもや社会の在り様が悪意もなくただ残酷であるのと同じで、時の流れも酷薄なものだ。兄への憧憬や思慕の念がいつしか妬心に塗りこめられていくのも、時の条理というものだった。

 

 カランが村の祭りで誰よりも早く羊毛を刈り取る事が出来ても、帰ってくるのは「流石ラウボーの弟だ」という言葉で。

 ちょっとしたミスで村の牛を脱走させてしまった時に浴びせられるのは、「これだから弟の方は」という侮蔑の意思で。

 弟を守った兄を讃える言葉はあっても、傷ついたカランを労わってくれる者などいなくて。

 

 そんな事の繰り返しにカランの心は徐々に荒んでいき、両親の死を契機にやがて村で有名な悪童共とつるむ様になっていった。生まれてこのかた胸に降り積もり続けたフラストレーションを発散したかったというのもあるだろうが、畢竟ただ兄に負けないものが欲しかったのだろうと思う。

 

 手に入らないものがあるなら脅すか盗むかして。

 ラウボーの様に、を口癖にして泥に塗れて働く人々を嘲笑いながら、ただ刹那的な享楽に身を任せて。

 兄には出来ない事が自分には出来るのだという優越感をあの時のカランは確かに感じていた。

 

 だがそんな事を引き起こし続けていれば、ラウボーとの距離は益々もって開いていくばかりだった。荒くれ者の一員であるカランはただ蔑まれ、唾棄されるだけの事だった。何かを手に入れたくても、全てはただ手から零れ落ちていくばかり。そんな焦りを覚え始めた矢先、兄であるラウボーは理由も言わずに牧場を捨て、森へと隠棲してしまったのだった。

 

「兄貴が村から消えて…思ったんだ。これで誰も俺を兄貴とは比べなくなる。俺だけの人生が歩めるかもしれないって…。あの連中と離れて、方々に頭を下げて…出来損ないの烙印はなかなか消せなかったけど…俺なりに努力して牧場を立て直したよ…。俺にもようやく居場所が作れたのかしれないって…。なのに…!ブランカが選んだのは…結局兄貴の方だった…‼」

 

 ブランカ。家が隣同士で、昔から兄弟たちとよく遊んでいた少女。そして、ラウボーを除けば村で唯一、カランの事を誰とも比較しないで1人の人間として扱ってくれた女性だった。だが、子どもの頃からずっと焦がれてきた女性も結局は森の中で離れて暮らす兄に心惹かれ、カランの元から離れてしまった。例えどれだけ離れようとも、兄の姿からは逃れられない。当時のカランの心がどれだけ狂乱したのか、言葉では説明できない。

 

「…そして、その後で知っちまったんだよ…。兄貴が人狼になったんだって事を…!」

 

 森に行ってしまったブランカが気になり、なけなしの勇気を振り絞って森へと入った日。カランは見てしまったのだ。兄が人狼へと姿を変える光景を。だが、一緒にいるブランカは気にしている風もなく、それが2人の繋がりの強さを見せつけられた様でカランの心は千々に乱れた。

 

 人狼が、人でない者が望むものを得られるというのに。

 どうして自分の手には。すり抜けるばかりで、何1つ積もっていってくれないのだろう。

 

 何故あの兄は。

 人でなくなったとしても。

 こうも自分から奪おうとばかりするのだろう。

 

 名状し難い怒りに体中を支配され、カランの心は修羅に焼かれていった。当時の感覚を思い出し、地団駄を踏む様に兄の体を蹴りつけていく。爪先が矢傷に触れ、ラウボーが悲痛な絶叫を上げた。

 

「だから決めたんだ!あんたを身も心もただの獣に変えて!この村を食い潰させてやろうってな!その為にこの力を手に入れたんだ‼」

 

 その場にいる誰もが絶句した。生真面目な男の影に隠れた、妄執にも近い激情。その為に実の兄すらも手にかけんとするする程の狂気。ワーウルフの表情は正確には読み取れないが、その表情は引き攣った様な狂笑に歪み切っていた。

 

「だいぶ予定と違っちまったが、もういい‼ここでアンタを始末して俺は…!今度こそ、本当の俺になるんだぁぁっっ‼」

 

 ラウボーを上から押さえつけながら、ワーウルフは左腕の爪を高々と振り上げた。その鋭利な尖端が人狼の胴部を引き裂こうとした、その刹那。

 

 カキィンッ!と。

 爪の一撃は両者の間に割り込んだ影によって阻まれ、ラウボーには届かなかった。

 

「…っ⁉てめえっ…!」

「レイトくん…⁉」

 

 レイトがソードモードに変形させたトランスラッシャーで、ラウボーを庇う様に爪を受け止めていた。黒爪とトランスラッシャーの幅広の刃がぶつかり合い、火花を散らす。如何にトランスラッシャーが頑健であろうとも、両者の力の差は圧倒的だ。だが、一方的に押される事はしない。レイトが柄のトリガーを引くと、刃に纏わりついた蒼色のエレメントが一時的に膨れ上がり、ワーウルフの巨体を押し返した。

 

 鉄爪を受け止め、レイトの手足にビリビリと痺れが走る。正直、膝をつかなかっただけ褒めて貰いたいくらいだ。それに対して後方に飛び退ったワーウルフは、一切のダメージを感じさせず、そのままレイトをありったけの憎悪を込めて睨み据えた。

 

「ガキがっ…!どうあっても俺を邪魔したいのか!」

「ああ、そうだよ…。カランさん、あなたにどうやっても…ラウボーさんを殺させる訳にはいかない…」

「ふざけるな!兄貴に何もかも奪われ続けた俺の気持ちなんて、お前には解らないだろ!その男を殺さなきゃ…俺はいつまで経っても、本当の俺にはなれないんだ‼」

「…そんな訳あるか!周りをよく見てみろ‼」

 

 レイトが指し示すのは、周囲の惨禍。

 それは崩れ落ち、無惨な姿を晒すベアカンファーの街並みで。

 または、血に塗れて大地に累々と積み重なる住民や家畜たちの骸で。

 そして地に伏し、気力が抜けた様に立ち上がれない家族(ラウボー)の姿でもあった。

 

「あなたの気持ちが解るなんて、俺には言えないよ…。でも、解る事は1つだけある。こんな事をしたって、あなたは“本当の自分”になんてなれない!誰かを壊すだけの力は、結局あなたを壊してしまうだけなんだ‼」

 

『他人が思う“自分”も、自分で考える“自分”も、きっと等しく正しいし、間違ってもいる。結局、自分で己を見つめ、他の誰かを通すことでしか、本当の自分には出会えないままなんじゃないか』

 

 以前にラウボーから言われた事を思い出す。自分に自信が持てないレイトに投げかけられたあの言葉には、人の在り様の全てが詰まっている様に思える。生物としての脆弱さと引き換えに、人は他者と関わり、所属するコミュニティを作る事で生き永らえてきた。時に争う事があったのだとしても、人という種をここまで大きくしてきたのは、自分以外の他者と交わって生きる術を得た事だ。

 

 だからこそ、人にとって他者とは鏡なのだ。たった1人で己を見つめても、そこにはいつもと変わらぬ自分が映るだけ。他者の声に耳を傾け、他者が認める自分と向き合って———きっと人は初めて己の姿を知るのではないだろうか。

 

「あなたがしたかった事は…こんな事じゃないだろ、カランさん!例えどんなに憎んでたとしても…ラウボーさんはあなたのお兄さんじゃないか!それを自分の手で消してしまったら…あなた自身が壊れて消えてしまう!だからもうこんな事は———」

 かつて、ディライトの力に酔いしれて、命を奪いかけてしまったレイト自身の様に。だが、カランはただ「黙れっ‼」とレイトの言葉を遮った。その眼には、一瞬の逡巡すら消え去り、ただ炯々とした怒りの色が塗りこめられていた。

 

「俺が壊れる?上等じゃねぇか!欲しいものが手に入らないって言うなら、この世の全てをぶち壊してやる!」

 

 左腕の鉄爪がギラリと輝き、ワーウルフがレイトたちへ牙を剝く。アイリス達が剣を握り直し構えた。こうなっては何を言っても止まる事はないだろう。最早速やかにカランの命脈を断ち切るより他に選択肢はない。

 

 だが。

「ラウボーさん…俺は…やっぱりカランさんを助けたいです」

 背後に横たわるラウボーへ、レイトが呼びかけた。

 

 思えば、レイトにとってそれが全ての始まりだった。

 凶刃から明日未を庇ったあの日から。

 死地に赴くアイリスの力になりたいと駆けだしたあの夜から。

 息吹く命の重さを、歯牙にもかけない世界の不条理に、ただ抗いたいと願ったあの時からずっと。

 

 そして、きっとそれは今も———。

 

「自分にどれだけの事が出来るかなんて、まだ解らない…。もしかしたら俺は、資格のない願いを言ってるのかもしれない…。でも、それが今の俺の…」

 

 それは勇者(ディライト)としての使命感ではない。

 

 自分にはないものを持つ人たちを相応に羨み、その焦熱に焦がされそうになった事がある日比野玲人としての。

 それでも人と関わる事を捨てられず、曲がりなりにもなりたい自分を見つけたレイトとしての。

 

「今の俺の願いです!」

 

「…わかった。君を信じるよ、レイトくん」

 細く、だが確かな意志を持った声が背後から聞こえる。

 

「頼む…。弟を…カランを、どうか止めてくれ…」

「はい!」

 

 レイトの中で、燻っていた迷いが消え去っていった。ずっと手繰ろうとしてきた“光明”がいま形になったのを感じた。きっとこれこそが、強大な力に負けず、それを御し得るだけの強い意志———。

 

 転瞬。

 レイトの懐から、眩い光が溢れ出す。その光の根源をレイトは知っていた。懐中を弄り、光を放つ小さな小瓶を取り出した。

 

「ようやくお目覚めか、ライトライドラッグ…。いや…」

 目覚めていなかったのはきっと自分の方だ。逸る胸の音に呼応する様に、規則的な明滅を繰り返す薬瓶を見つめながら、レイトは訳もなくこのライドラッグが自分の心に反応しているのだと悟った。

 

 きっと心に迷いがある内は、ライトライドラッグは応えない。自分が前を向いた時にだけ、この不可思議な霊薬は輝きを発するのだ、と———。ただ1人この世界で歩みだした時から、常に傍らにあったその光はレイトには何よりも眩しく、だが同時に頼もしい。

 

 カランの変身するワーウルフがこちらへ身を躍らせるのが見えた。レイトは迷う事なくライトライドラッグと、その対となるシルバーライドラッグをベルトに装填した。

 

〈ライト!シルバー!ファンタスティック‼栄光のレシピ‼〉

 

 勝利の凱歌の様にベルトが叫びをあげた。黄と銀の光に体を包まれながら、決意を込めてレイトはスイッチに手を掛けた。

 

「変身!」

〈オールセット、ディライト!ライトアップブレイバー!ミスリックナイツ‼〉

 

 眩い輝きを突き破り、レイトの体が光のファンタスティックヒット———ミスリックナイツへと変身した。全身から吹き出す輝きの奔流が周囲を照らし、ワーウルフの目を眩ませる。

 

「仮面ライダーディライト…ミスリックナイツ…」

 

 きっと、また間違える日が来るかもしれない。

 強大すぎる力に目が眩み、道を見失う事もきっとあるのだろう。

 だからこそ、忘れない様にしようと思う。

 

 原初(オリジン)の自分が描いた思いを。

 今の自分が抱く願いを。

 そして、自分を形作ってくれる人々の存在を。

 

 きっとそれこそが、力を制御するだけの強い意志———“本当の自分”を形作る光明となってくれるのだから。

 

「ここから先は———俺のサーガだ…!」

 レイト/仮面ライダーディライトは自分を識る全ての者に宣言した。

 




事件の真相編に、新たな敵『デブリーター』の登場、そしてサーガ1以来のミスリックナイツの登場…とかなり内容を詰め込みましたが、自分なりに満足できる内容が仕上がったと思っています。楽しんで、そして驚いて頂けたら幸いです。

次回はいよいよバトル開始です。人とデブリスの禁断の融合にディライトは勝つ事が出来るのか?お楽しみに。

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