仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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今回でSaga4が終了です。


Saga4 本当の自分~逆転のファンタスティックヒット~⑤

◇◇◇◇◇

 周辺の空気が冷やされて乾燥すれば、当然土煙も舞い易くなる。やがて濛気が晴れていくと、そこに攻撃を受けた2人の姿が見え始めた。

 氷を纏った連撃を食らい、ワーウルフは既に立ち上がる事すら困難そうだった。ワールドラーグはまだ膝をついて立ち上がる位の余力を残していたが、全身が霜で覆われ、動くたびにガチャガチャと軋み音を立てていた。最早、正面からの戦闘は困難だろう。

 

「チッ…‼これ以上は無理だな…」

 小さく吐き捨てると、ワールドラーグは頭上高く飛び上がり、木の上へと着地した。どうやらこのまま戦闘を離脱するつもりの様だった。

 

「…ま、待て…ワールドラーグ!俺を置いていく気か…⁉」

「あぁ。実験データは十分に取ったし、アフターサービスにも限度があるんでな…。後は自分で…何とかしなっ‼」

 喚くカランへワールドラーグが何かを放った。それはカランが変身する際に使った、灰色の霊薬だった。薬瓶はワーウルフの首筋へと突き刺さり、その中身がカランの体内へと注がれていった。

 

「な、何を…?…グッ…!グウオォォォォッッ…‼」

「……っ⁉カランさん…‼」

 苦し気な呻きと共に、ワーウルフの体が更に変化を始めた。体は現在より2倍近く大きくなり、今まで人間の様に直立した形状だった後足も、本物の獣の様な膝が後ろに屈曲した形状へと変化する。更に巨大化した体躯を2本の足だけで支える事は困難らしい。腕だった部分も地面につく、所謂四足歩行の姿へとその体を大きく変化させた。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!」

 

 ワーウルフ———否、もう人狼とも呼べない、巨大な狼と化したカランが頭上に向けて咆哮を上げた。最低限の人間らしさすら切り捨てた様なその姿は、完全に獣のそれとなっていた。

 

「…カラン…もう本当に…人間ではなくなってしまったのか…?」

 カランの変化に絶句する思いを味わいながら、ディライトは樹上に佇むワールドラーグを睨みつけた。

「お前っ…!カランさんに何をした…⁉」

「望むものをくれてやった迄だよ。兄貴を超える力…だったか?その為に、怪しげなライドラッグ購入するなんてなぁ…バカな男だよ…」

「ふざけんなっ…‼今すぐカランさんを元に戻せ!」

「残念だが、デブリドラッグのオーバードーズ状態だ。もう自分の意思じゃ解除できねぇし、ああなったらもう戻す方法はねぇよ…。俺にも予測がつかねぇけどな…。それじゃ…精々頑張りな」

「おい、待て———!」

 逃げるワールドラーグを追おうとしたディライトだったが、目の前に降り注いできたワーウルフの脚に阻まれてしまった。巨体から繰り出される一撃は先程よりも遥かに重く、範囲が広い。着弾点の地面には大きな風穴が開き、周囲には家屋を薙ぎ倒す程の衝撃が伝わっていった。

 

「ウオォォォォッッッ!破壊ッ…全テ破壊シテヤルゥッ‼」

 腕を振り回し、周辺の木々や家屋を全て破壊しながら、ワーウルフが絶叫した。理性すらかなぐり捨てた様なその姿に、そこにいる誰もが絶句する。ワーウルフはそんな人間達の様をどこか満足そうに睥睨すると、突如踵を返し、ベアカンファーを取り囲む城門を破ってどこかへと駆け出していった。巨体からは信じられない程のスピードで、ワーウルフはあっと言う間に地平の先へと消え去ってしまった。

 

「マズいわ…!」

 アイリスが叫んだ。

「あのままだと街道沿いの街が被害を受ける…。早く止めないと…!」

「止めろったって…あのスピードにどうやって追いつくのさ…」

「あら、私がいるじゃない」

 どこか落ち着いた声色で話に割り込んできたのは、マヤから鉄の体を与えられたあのユニコーンだった。最早生き物ではないため表情は読み取れないが、どこか神秘的な超然さを纏ってユニコーンがディライトに近寄ってきた。

 

「私に乗りなさいよ。あんな狼もどきくらい、あっと言う間に追いついて見せるわよ」

 ユニコーンが自信満々、という風に自身の背中を指差す。その言葉は実に頼もしいが、馬に話しかけられるというのは、この非常事態であってもどこか脱力する様な感覚をもたらすものだな、と思う。

 

 しかして、問題が1つ。

「…でも俺、馬になんて乗れないけど…」

「大丈夫よ、私がリードしてあげるから。あんたは跨ったまま、力を抜いて身を任せてくれれば———」

「気色悪い言い方するのは止めろ‼」

 あら何でよ、とユニコーンはとぼけて見せるが、絶対こいつは分かってて言っている。何だかこれ以上関わったら恐ろしい目に合いそうな気もするが、他に選択肢はない。ディライトは残り容量の少ない霊薬を交換し、再度ミスリックナイツに戻ると、おっかなびっくりとユニコーンに跨った。

 

「それじゃ頼むよ、ユニコーンさん…。あなたの事は何て呼べばいい?」

「ユニコーンに名前なんてないわよ。好きに呼びなさい。それじゃ…行くわよっ!」

 ユニコーンが叫び、次の瞬間には鉄の体が弾かれた様な勢いで駆け出していった。ぐんっ!と加速感が伝わり、体が後方へと振り落とされそうになるが、首筋辺りに備え付けられたハンドルに掴まって必死に耐える。

 

 ユニコーンの背中にはおあつらえ向きに鞍の様なパーツが取り付けられているが、不整地な道を風の様に疾駆していれば、乗り手に伝わる振動も半端なものではない。加速感に押し潰され、グラグラと視界が揺れる状況でも、しかしディライトはしっかりと前を見据え、ワーウルフの痕跡を辿る。街道には巨大な獣が通過したと思しき足跡が、とめどなく穿たれていた。

 

「ユニコーンさん!あれを追って!」

「解ってるわよ!しっかり掴まってなさい‼」

 ユニコーンが応え、その体を更に加速させる。矢の様に通り過ぎていく景色に目を奪われる事なく、ディライトはただジッと前だけを見据える。やがて、ディライトの視界に地面を蹴立てながら疾走する巨大な影———ワーウルフデブリーターの姿を捉えた。ユニコーンが「いたわね…」と小さく呟くのが聞こえた。

 だが、何者かが追い縋ってきた事をワーウルフは瞬時に悟ったらしい。こちらへ僅かに目をくれると、四肢に更に力を込め、巨体を加速させた。ディライトは前方に向け、ガンモードに変形させたトランスラッシャーを発射するが、距離が開きすぎていて全てが虚空へと吸い込まれていくだけだった。

 

「ヤバッ…!ユニコーンさん、もう少し加速できない⁉」

「悪いけど、これで精一杯よ!」

 ユニコーンが悔しそうに呻いた。今のユニコーンは疲れというものとは無縁な体であり、もし付け入る隙があるとしたらそこしかないが、あの規格外の怪物の体力がどれ位なのかは全く未知数であり、しかも次の町が視界の隅にもう見え始めている。相手は通過するだけで絶大な被害をもたらす存在だ。今ここで倒さなければ、被害は無尽蔵に増えるばかりだ。

 

「頼む…!もう少し…もう少しなんだ…‼もっと…もっと速く…」

 ディライトが歯を食いしばる様に、独りごちる。それは自分が跨るユニコーンに向けられた言葉ではないだろう。見えない何かに祈る様に、切実な色を帯びてディライトが言葉を絞り出す。

 

 ここで彼を逃がしてしまえば。彼の手がこれ以上血塗られてしまえば。きっともうカランは本当に人間ではなくなってしまう。

 ラウボーの事を誇らしげに語っていた時。

 兄の身を案じて、一緒に暮らさないかと提案した時。

 カランが心の底から兄を憎んでいる様にはとても見えなかった。ラウボーへの妬心を募らせる一方で、きっと彼もどこかで兄を慕う気持ちがきっと残っていた筈だ、とレイトには思える。

 なればこそ、彼にこれ以上の罪を背負わせる訳にはいかないのだ。

 

 だからお願いだ。もっと速く。もっと先へ。彼を抜き去って、止められるだけの速さが今は欲しい———!

 逸るレイトの胸中を聞き取れる者など何処にもいない。だが、まるでその思いに呼応するかの様に身の内から湧き上がる力があった。それは錬真力という形で表出され、ディライトの手からユニコーンへと注がれていった。

 

 錬真力を注ぎ込まれ、ユニコーンの鉄の体が変化を遂げた。ユニコーンの頭から首が前面に折り畳まれると同時に、体の中央を境に前部分が180度上下に回転した。前足はスライドし、足先に車輪を備え付けた形へと変化する。変化が起こったのは後部側も例外ではない。後足が折り畳まれ、腹部に内蔵されていた車輪が後部にも出現した。脚がなくなった代わりに、前後両方の車輪が猛烈な速度で回転し、鉄の体を一気に加速させた。

 

 その姿は、もはや馬とは呼べない別のものだった。この世界の人間はその姿を正しく形容できないだろうが、レイトにとっては非常に馴染みのある形だ。

 

 それはバイクである。しかも前方に2つ、後方に1つの車輪を備えるリバーストライクと呼ばれるタイプの大型バイクだ。レイトにとっては短くない時間を共に駆け抜けた、何よりも馴染み深いマシンであり、いつも憧れのヒーローたちと共に駆け抜けた、物言わぬ相棒の姿だった。

 

「こいつぁ凄ぇ!俺の中の“漢”が火を噴くぜぇ‼」

 高揚した様に、バイクがユニコーンの声で叫んだ。どうやら変形するとキャラが変わるらしい。ディライトは仮面の奥で苦笑しながら、彼の新たな相棒に決然と語りかけた。

「…決めた。お前の名前は今から『マシン・ユニオンスティンガー』だ」

「好きに呼びな!それじゃ行くぜぇっ‼」

 

 グリップを握り、フットペダルを踏みこむと、増加したエンジン出力が車輪へと伝わり、ユニオンスティンガーの車体を更に加速させた。轟音を上げて追い縋るバイクにワーウルフも気付いた様で、更に速度を上げようとするが、ユニオンスティンガーの速度には敵わなかった。ワーウルフのすぐ後方にバイクを取りつかせると、ディライトは車体を引き起こし、横合いの壁へと跳躍。そのまま壁走りの要領でワーウルフを追い抜いた。

 

 ワーウルフの怒った様な声が後方から降りかかってきた。ディライトは即座に車体をスピンさせ、ワーウルフへと向き直る。自分を抜かしたディライトとユニオンスティンガーへあらん限りの怒りを込めて咆哮すると———ギラリと牙を剥き出しにして、猛烈な速度で躍りかかってきた。

 

 ディライトもそれに応える様に、バイクを加速させた。突進してくるカランを真正面からしっかりと見据え、足をフットペダルからシートの上へと移動させ、所謂「立ち乗り」の姿勢を取った。車体はユニオンスティンガー自らが制御しており、速度は落ちる事なくワーウルフへと突進していく。

 

「これ以上、あなたに何かを壊させる訳にはいかない…。だから…ここで終わりにするんだ‼」

〈エブリッション!ヴァリアントフラッシュ‼〉

 

 ベルトのスイッチを押し込み、ライトライドラッグのエネルギーを一身に浴びたディライトの体が跳躍する。バイクの運動エネルギーも加わり更に加速したディライトの飛び蹴りがワーウルフの顔面に向けて放たれる。体中から放出される目も眩む様な閃光を浴び、ワーウルフの体が硬直する。

 

 あらゆる時間が停止し、その瞬間には今まで抱え続けた、あらゆる憧憬も怒りも自棄の感情も、至極どうでもいいものに思えて。

 ずっと欲してやまなかった“本当の自分”等というのは、どれだけの惨めさに押し潰されても、その弱さに向き合える人間が得られるものなのだろう、と自然に思えた。輪郭を塗りつぶす程の光の奔流に包まれながらも、尚も毅然として在る目の前の少年の様に———。

 

 バカだよな…。こんな最後の瞬間に気付くなんて…。

 

 ミスリックナイツのライダーキックがワーウルフの顔面を捉え、次の瞬間にはその巨体を大きく吹き飛ばしていた。ライドラッグの全エネルギーが一瞬にして体中を駆け巡り、やがて閃光に押し潰される様に、ワーウルフの体が爆砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

「レイト…あなたは悪くないわ…。あなたは精一杯自分と向き合って…彼とも向き合おうとした…。その結果として、多くの人達が助かった。充分すぎる結果よ…」

「分かってる…。分かってるんだけどさ…」

 天に向けてたなびく黒煙を見つめながら、レイトが呟く。確かにユニコーンが言う通りなんだと思う。決して諦めないレイトの踏ん張りが幾度も逆転の力となり、こうして勝利に繋がった。だが、カランは———そう思うと、やるせない感情が胸の奥に広がっていった。

 

 暴走したワーウルフデブリーターを止める為、ディライトは必殺技を放った。そしてその一撃は確実にワーウルフを捉え、致命傷を与えた。それは足先に残る感覚が如実に語っていた。その事実が今のレイトには何とも———胸苦しい。

 

「助けるって…誓ったんだ…。止めてくれって頼まれたのに…俺は…」

「止められたわよ。きっと彼も…救われた筈…。そう信じたいわ」

 レイトは曖昧に頷く。それで何かが報われる訳でもないが、少なくともまだ終わった訳ではない。胸を締め付ける痛みに耐えながら、レイトは煙の元へと歩き出した。せめてカランの体だけでも持ち帰らなければ———と周囲に目を走らせると。

 

「……っっ。…くっ…はぁ…」

「…っ!今の声は…」

 

 風切り音に紛れてよく聞き取れなかったが、確かに人の声だった。レイトは素早く周囲に目を走らせる。声が聞こえたのは確かこの方向だった筈———。

いた。カランだった。地べたに横たわり、土と砂埃に塗れていても、確かに息をして動いていた。「カランさん!」と呼び掛けたレイトの声に反応し、確かに首を巡らす姿が見えた。

 

「カランさん!無事なんですか⁉どこか怪我とかして…」

「…っ…大丈夫…みたいだな…。あちこち痛いし、頭もボンヤリするが…何とか生きてるよ…」

 途切れ途切れではあるが、ゆっくりとカランが言葉を紡ぐ。見た感じ細かい擦り傷以外は大きな怪我もなく、目の焦点もあっている。ホッと息をついたレイトの後ろで「あらら、生きてたの?」とユニコーンが驚いた様に言った。

 

「憎まれっ子世に憚る、とは言うけど…悪運が強い人ねぇ…」

「いや…悪運だけじゃ、ないと思う…。きっと体についてたデブリスの成分だけを破壊して…人間の体には極力ダメージを残さなかったんだ…」

 根拠はない。ただ直感的に理解したのだ。レイトは懐から薬瓶を1つ取り出した。先程の戦闘で大きくその力を行使した筈なのに、相変わらず輝く光で満たされた不思議な霊薬を。

 

「きっとそれが…ミスリックナイツの力…」

 ライトライドラッグは何も答えない。ただレイトの拍動に答えるかの様に、神秘的な輝きを瞬かせて微睡んでいる風に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 どれだけ傷を負っても世界はいつでも雄々しく立ち上がり、また前に進みだそうとする。危険と隣り合わせのこの世界ではよく見られる光景だ。そして、それはここベアカンファーとて例外ではない。今もウォレス村長が陣頭指揮を執って村の被害個所の復旧、そして怪我人や還らぬ身となった人たちの埋葬が続いている。騒ぎを聞きつけた隣の町からも衛兵地が駆けつけている、というからもう少しすれば騒ぎも終息するだろう。

 

 だが傷を治すという事は、どうしても今まで通りとはいかない側面も出てくるのも、世の真実なのである。

 

「それじゃあな、皆。すっかり家族のゴタゴタに巻き込んでしまった…。すまなかった」

「いえ…それは大丈夫ですけど…あの…本当にお二人は村を出てしまうんですか?」

「ああ…。村中に人狼だという事が露見してしまったからな…。ウォレスさん達は残る様に言ってくれたんだが…残念ながらそういう訳にもいかない」

 

 事件を経て、村中に自らの正体を晒してしまったラウボーとブランカはベアカンファーを離れる事を余儀なくされてしまった。いくら意思を保つ人狼だと言っても、人の中に根付いた潜在的な恐怖はそう簡単に消えてくれない。確かに村の中にはそんな事は気にしない、と言ってくれた者もいたのだが…残念ながら全てがそういう人たちばかりではない。マヤはかなり憤然としていたが、当のラウボーは「衛兵たちにチクられないだけマシというものだぞ」と鷹揚に笑っていた。

 

「お二方はこれからどうされるおつもりなんですか?」

「うん…それなんだがな…。マヤ君の紹介でリンクス族の村に行ってはどうか、と言われてな…。暫くはそこを目指そうと思う」

「リンクス達の所に…?しかし…大丈夫なのですか?彼らはかなり排他的だと聞きますが…」

「そんな事ないよ!」

 ゼオラの危惧に、マヤが憤慨した。

 

「リンクスは争う事をしたくないだけ!困ってる人たちを見捨てたりなんかしないよ!ちゃんと紹介状も書いたし!」

「分かった分かった、悪かったよ…。しかし、結構な距離ですよね…。ラウボー氏はともかくブランカ氏は大丈夫ですか?」

「ゼオラ、旅先からあまり不安になる事言わないの」

「あら。私は大丈夫よ」

 しかし、当のブランカも気にした様子はない。いつも通り優しそうな、しかし言い出したら頑として揺るがなそうな芯の強さを湛えて、コロコロと笑っている。

 

「ラウボーと暮らし始めてね…思ったの。キレイな水としっかりした大地、そしてお日様があれば、きっとどこでも帰れる場所にはなるんじゃないかって。…カランにも、そういう場所が見つかるといいのだけれど…」

 一同の間にまた重い沈黙が落ちる。だがブランカも言わずにはいられなかったのだろう。カランが拘束され、今回の事件に纏わる彼の思いを知った時の彼女は、普段の大らかさからは想像もできない程に消沈していた。

 

「カランさん…これからどうなるんだろう…」

「分からないわ…何しろ前例のない事態だから…。彼に薬を売った『デブリーター』という存在が気になるから、なるべく生かす様にお願いしているけど…」

 事件後、カランは大きな外傷もなく生還したが、薬の副作用なのかどうにも意識がはっきりしないところがあった。事件の規模から考えて極刑に処されてもおかしくはなかったが、事件に関与した『デブリーター』なるものの存在も含めて、生かして話を聞きだす方が有益であると伝えはしたが…パラディンの威光もそこまで万能ではない。一様にどんよりした空気に支配される一行を見兼ねてか、「今は考えても仕方ない!」とラウボーは言い切った。

 

「あいつが連行される直前にな…こっそり伝えたんだ。今後、俺たちが行こうと思ってる場所について。…もしあいつにその気があれば…俺は何年でも待つよ…。そして今度こそちゃんと話をしようと思う…」

 遥か山の稜線を眺めている様で、その瞳は何を見ているのだろう、とレイトは思った。いつになるか分からない不確定な未来か、悔やみきれない過去か…。だが、どこまでも穏やかな色合いを湛えて瞬くその表情を見つめながら、結局は詮無きことだと気付いた。

 きっとラウボーにはどちらも同じなのだ。他者も見知らぬ土地も、過去も未来も、きっとその全てを己の内に取り込みながら、彼はこの先も生きていくのだと、そう思えたから。

 

 道もいつか分かれる時が来る。自分たちの行くべき道へ踏み出していった2人をいつまでも見送りながら、やがてレイト達も歩き出した。だが分かれる道もあれば、交わる道というのもある。レイトとアイリスの傍らには、行きの時にはいなかったメンバーが———マヤとゼオラ、そしてマシン・ユニオンスティンガーが加わった。

 

「ねぇユニオはさ、何であんな森に1人でいたの?普通ユニコーンって群れで行動してるもんでしょ?」

「ユニオなんて略して呼ぶのはよしなさい。私の名前はマシン・ユニオンスティンガーよ」

「…いや、だってその名前長いんだもん…。なんかダサいし」

「ダサくて悪かったな、ダサくて!」

 レイトが抗議の声を上げるが、パーティーメンバー一同から無情に無視されて終わった。少しいじけそうになったレイトだったが、ユニオが「そうねぇ…」と語り始めたので、仕方なしに耳を傾ける。

 

「まぁ…価値観の相違って言うのかしらねぇ…。ちょっと群れを追い出されちゃってて、帰るところがないのよ」

「群れを追い出されたって…一体何で?」

 センシティブな問題かと思ったが、好奇心には勝てない。だが、ユニオが口にした言葉を想像を絶するものだった。

 

「ああ、それは簡単。私ね、男が好きなのよ」

 あっけらかんと答えたユニオに対して、一同がズコ——————!とずっこけた。

 

「ユニコーンって乙女に心を開くって言うじゃない?でも私は違ってねぇ…。実は男が好きなのってカミングアウトしたら、異端扱いで追い出されちゃったのよ。世知辛いものよねぇ…?」

 

 ユニオが同意を求める様にレイトを見遣る。だがその話の後だと、視線に妙な熱っぽさが籠ってる気がする。ゾッとする様な感覚が体中を駆け巡りながら、「ちょ、ちょっと待って!」と声を上げた。

「い、一応確認しますけど…、ユニオさん…あなたはその…男…ですか?」

「男…というか雄よ。当たり前じゃない」

「一本角のユニコーンは基本的に雄ね…」

 ユニオとアイリスが口をそろえて説明する。だが、恐らくこの世界に来て以来一番ありがたくない説明だと、レイトは絶句した。

 

「…ま、そういう訳だから。これからも末永くヨロシクね。パートナーさん♪」

「だから!気色悪い言い方はよせって‼」

 悲鳴じみた少年の声と、追従して笑う少女たちの声が。

 遥か先の山の稜線まで吸い込まれて消えていった。

 




次回予告
少女の生きる世界は戦場だ。身も心も刃と鍛え、ただ主の為に生きるのが少女の使命。
影として生きると決めた少女は、しかして何故主から離れてしまったのか。暗闇の中で、その真意が今語られる。

Saga5『ヴァレット~影の刃~』

次回はゼオラ・ユピターの個別エピソードです。
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