仮面ライダーミスリックサーガ   作:式神ニマ

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前回のあらすじ
現代世界から異世界に転生した少年レイト。この世界で偶然手にした力を『仮面ライダーディライト』と名付け、デブリスと呼ばれる怪物達から世界を救う旅に出る事となる。
パラディンの少女「アイリス・ルナレス」、その元従者「ゼオラ・ユピター」、ケモ耳少女「マヤ・フォルコ」が仲間に加わり、レイトが目指す次なる目的地は―――?


第2章 昏迷世界編
Saga5 ヴァレット~影の刃~①


◇◇◇◇◇

 どんな世界にも光差さぬ場所というのは存在するものだ。

 

 例えばまだ開拓のメスが入っていない深い森の奥。

 例えば元々大型のデブリスが住み着いていた洞穴など。

 そして、例えばデブリスの襲撃で放棄された街や山城。

 

 そういった場所には危険な怪物や、デブリス毒によって汚染された土地が広がっており、とてもではないが人が住める様な環境ではない。だがこの世には光溢れる場所へは出ていけない影の者たちが存在する事もまた事実だ。この世で無法の限りを尽くす盗賊や闇ギルドといった連中は、大体がそうした場所を根城にして生活している。

 

 そこもそうした場所の1つなのだろうか。大昔に、かつて3国が1つでなかった時代、合戦の拠点として急峻な谷の中に作られたその山城は連合成立と同時に放逐され、今や木々や蔦類に覆いつくされてかつての栄華など見る影もない。

 だがそれはあくまでも表向きの話だ。上部の城跡はあくまでもカモフラージュ。打ち捨てられた古城の地下には密かに広大なスペースが増設され、そこには今でも息づく者たちがいた。

 

「ねぇ聞いた?ワールドラーグがしくじったんだってさ」

 

 ライドラッグランプの明かりがぼんやりと照らし出す、石壁で覆われた地下の部屋。そこでダーツに興じていた1人の少年が声を上げた。歳の頃は10代の前半から半ばほどといったところだが、的に張り付けたネズミの体にダーツを当ててはほくそ笑むその精神性はとても普通のティーンエージャーではあり得ない。アンダーグラウンドに生きる人間とは言え、この少年の悪趣味さは何とかならないものか、と思案していた女は読んでいた本から顔を上げて聞き返した。

 

「しくじった?彼が…?へぇ…珍しい事もあるものね」

「そう。何でもベアカンファーで飼ってたあの実験体、あれ倒されちゃったらしいんだよねぇ。ワールドラーグも霜でガッチガチにされて逃げ帰ってきてさぁ…あれは笑っちゃったよ」

 可笑しそうに腹を抱えてクックと笑う少年に対して、女は目に剣呑な色を湛えて「ちょっと待ちなさい」と咎める様な声を上げた。

 

「それ、全然笑い事じゃないわよ。『デブリーター』を倒す者が現れたですって?一体誰にやられたの?」

「さ、さぁそこまでは…。取り敢えず話によると、近くにパラディンがいたって事は聞いてるよ」

「パラディン?例の未覚醒の娘?」

「そ。アイリス・ルナレス…だっけ?今メキメキ売り出し中の美少女パラディン」

「そう…困ったものね…」

 女が小さくため息を吐いた。

 

「あの娘、妙に真面目だから…余計な事に首を突っ込まないで欲しいのよね…。ただでさえ貴重なパラディンなんだから…」

「東を目指してるらしいからこのまま行くと、『ビルハミル』に着くよね。そこでまたワールドラーグの顧客とぶつかっちゃうんじゃない」

「あそこはいいでしょ。あれは失敗作だったって言うから」

 違いないや、と少年がまたクックと喉を鳴らして笑う。しかし、やはり笑える気にはなれない。自分たちが長い期間をかけて研究し、その最終成果たる『デブリーター』が、通常のデブリス相手ならいざ知らずパラディンとは言え人間の少女にやられた、というのでは計画の進行に影響が出る恐れがある。

 

 そこまで考えた途端、女の脳裏に閃くものがあった。

 

「ビルハミルで思い出したけど…あそこの近くにあったプラント、あれどうなったの?ちゃんと始末したんでしょうね?」

「えっ…。いや…始末…させたよ…。下っ端の連中に…。まぁ…行かせてから何の音沙汰もなくなっちゃったけど、多分…」

 しどろもどろな口調で言い訳を並べる少年を、女が「ダメじゃないの!」と怒鳴りつけた。

 

「『積み重なるのは永劫、されど崩れるのは一瞬』。ほんのちょっとの油断から計画がバレたらどうするの⁉直ぐに確認してらっしゃい!」

「わかった、わかったよ!うるさいなぁ…」

 女の声に追い立てられて少年は部屋を飛び出した。地下特有のジメジメした湿気が満ちる回廊を歩きながら、頭をガリガリ掻いてぼやく。

 

「全く神経質なんだから…。裏社会の人間が世の道理を説くなっての…」

 反省した風もなく、少年は薄暗い回廊を1人進んでいく。だが勿論、言われた通りにする気などさらさらない。『デブリーター計画』が最終段階まで到達しつつあるこのご時世にあんな未採用品どもの研究施設がどうなった所で計画に支障はない筈だ。少年は懐から小さな小瓶———緑色の『デブリドラッグ』を取り出しほくそ笑んだ。

 

「パラディンだかなんだか知らないけどさ…僕たちはそう簡単に止まらないよ。あの娘も直ぐに思い知るさ…全ては僕たちの掌の上だってことをね…」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 実に平穏な1日だった。山脈を超えて吹き抜ける、少し冷気を含んだ風を全身に浴びながらレイトは思った。

 

 こうも平和だと周囲の景色を愛でる余裕さえ生まれるというものである。周囲を高い山々に囲まれ、丁度盆地の様になっている一帯は高い草木は生えず、色とりどりの花が地面を彩っている。頭上は雲も少なく、青と黄色の鮮やかなグラデーションをのせた空が広がっている。陽星の輝きが黄味がかっている時は空気中の水蒸気が少ない事を意味する。山の稜線近くまで差し掛かった陽星ソニアを眺めながら、きっと明日も良く晴れるだろうと思った。

 

「そろそろ野営の準備かなぁ…」

 同じく空を眺めながらアイリス・ルナレスが小さく呟く。だがそれに対して、「えぇ、またぁ…」と不平で返したのは、列の一番後ろをひいこら言いながら歩いているマヤ・フォルコだ。

 

「ここ4日間ず~っと野宿ばっかじゃん…。いい加減疲れて来たよ……あぁ、お風呂入りたい…」

「贅沢を言うな」

 後方のマヤに一瞥をくれながら、レイトの横合いを歩く黒髪の少女———ゼオラ・ユピターが窘める様に言った。

 

「大体お前はリンクスだろう?地面の上で寝るなんて、慣れたものじゃないのか?」

「人の事を原始人みたいに言うなぁ‼」

 頭頂部のケモノ耳———ではなかった、リンクス族特有の身体拡張器『ダイロク器官』を逆立てながらマヤが抗議の声を上げる。彼女の場合、感情が大きく振れたりするとああして器官が立ち上がるのだが、そうした所はやはりどこか猫の様だった。…本人に言ったら、怒られるだけじゃ済まないだろうけど。

 

「だからユニオに乗ればって言ったのに…」

 レイトが手綱を引く馬———元ユニコーンのマシン・ユニオンスティンガー(略称ユニオ)を指し示す。メンバーの中で一番体力が乏しいマヤは朝から歩くのがしんどそうだった。それで何度かユニオの背中に跨っていてはどうか、と提案していたのだが。マヤは「う~ん…でもなぁ…」と悩んだ様に言った。

 

「ユニオって乗り心地良くないから…。余計に疲れるっていうか…」

「私の乗り心地が良くないのはアンタの設計ミスでしょうが。そんなに嫌なら今度上等な鞍でも買ってちょうだいな!」

 ユニオの真っ当な突っ込みにゼオラがうんうんと頷き、アイリスがクスクスと忍び笑いを漏らす。マヤがむぅ~っ…と不満そうな膨れっ面を浮かべてプイとそっぽを向いてしまう。だが小さな声で、「装備に改良が必要…っと」と呟くのが聞こえた。

 

「ん…?何だアレ…」

 改めて周囲の景色目を飛ばしていたレイトの視界に何かが捉えられた。一行の前方に何かが建っているのが見えた。見た感じは町を取り囲む防壁に似ているが、あれよりはずっと小さいし、範囲が狭い。アイリスたちも興味をひかれた様だった。近付いて更によく調べると、何かの建物を壁が取り囲んでいるのだと分かった。

 

「え~と…多分、神聖教会の修行院かなにかね。まだ洗礼したばかりの歳若い僧たちが共同生活を送りながら修行した場所」

「…って、こんな場所で?」

 こんな人の生活圏から遠く離れた場所で、という意味だ。デブリスや盗賊の危険もあるだろうに。

 

「まぁ…だからあんまり長続きしなかったみたいで、あちこちに放置された建物が残されてるのよ…。でも、丁度いいわ。今日はこの中で休みましょう」

「しかし、大丈夫ですか?こういう場所だと、盗賊たちのねぐらになっているのでは…?」

「大丈夫でしょう。こう開けた土地には彼らはあまり近付かない…から———」

 

 しかし、アイリスが言い終わらない内に扉がゆっくりと開いていき、中から男が10名ばかりゾロゾロと出てきた。腰には剣やダガーを始めとした武器を握り、誰もみな薄汚れた姿でニタニタとしまらない笑みを浮かべる様はどう見ても堅気のソレではない。恐らくここらを根城にする盗賊か何かなのだろう。

 

「ウソツキ…」

「ごめんなさい…」

 アイリスとマヤが小さく呟くの聞こえた。

 

 アイリスにマヤ、そしてゼオラの3人を男たちが順繰りに精査し、やがて興奮した様に歓声を上げ始めた。それだけで男たちの下衆な心根が手に取る様に分かる。

 

「見ろぉ、お前ら!女だ!しかもどいつもかなりの上玉だぜぇ‼」

「遺跡漁りは外れだったが、最後にとんだ収穫だなぁ!」

 手に手に武器を握りながら、男たちがズカズカと歩み寄ってくる。饐えた体臭がプンと香り、先頭のアイリスが僅かに顔を顰めた。そんな様が余計に男たちの興奮を掻き立てるのか、「おぉ!いいねいいね、その表情!」と囃す者もいた。

 

「つーわけだ、姉ちゃんたち。痛い目見たくなかったら、今すぐ着てるモン全部脱いで、そこに(ひざまず)きな。さもなきゃ———ぶぎゃぁっ‼」

 だが…というか、当然というか。男の言葉が最後まで発せられる事はなかった。鳩尾に拳撃を受け、巨漢の男が一気に3ハンズ程の距離を吹き飛ばされた。

 

 殴りつけたのは勿論ゼオラだった。仲間の1人を攻撃され、盗賊たちが一斉に剣呑な表情を向けるが、彼女は意に介した様子もない。手甲を嵌めた指をバキバキ鳴らしながら、冷たい視線で男達を睥睨する。

 

「気安く近づくな、下郎ども。悪いが跪くのは貴様らの方だ」

「てめぇっ!ふざけんな、やっちまえ‼」

 

 いきり立った男たちが一斉にゼオラに武器を振り下ろすが、彼女はなんとそれを両手の手甲だけで受け止めた。レザーと金属を合成させた手甲はデブリスの攻撃にすら耐える程に強固だが、恐るべきは連撃を受けても尚怯まない彼女の凄まじい膂力の方だ。男たちの一瞬の驚愕を見逃さず、彼女が腕を振り抜くと、幾人かが一斉に吹き飛ばされた。勿論ゼオラの攻撃がそれだけで終わる筈がない。宙に浮き、身動きが取れない彼らの人体急所をしっかりと殴りつけ、一撃で行動不能にする。

 それだけで彼女と自分たちにに横たわる圧倒的な力量差が伺るというものだが、それで諦める様な殊勝な心持ちなら盗賊などに身をやつしたりしない。更に怒り狂った男たちが雄叫びを上げて一斉に襲い掛かってきた。

 

「はぁ…結局こうなるのよね…」

 アイリスがため息をつきながら、腰のベルトから一振りの剣をローディングする。対人間用に刃の周りを金属製のカバーで覆った打壊鉄剣『ルーナブラウド』である。その性質上、斬る事は全く出来ず、必然殺傷力はかなり低いが、人間を無力化するには十分である。刃が煌めき男たちを次々と気絶させていく。

 アイリスの近侍であるゼオラは、主人が殺人を好まない事は知っている。手甲に仕込まれていた鎖分銅を展開し、それと体術の合わせ技で大勢の男達を相手取って戦い続ける。

 

 だがそれでもどうしても取りこぼす者もいる。

 

「くそっ!こうなったらあっちの2人から殺っちまえ!」

 

 そういう者たちは大抵、乱戦の場から一歩引いた場所にいるレイトとマヤへと向かってくる。実際この2人には凶悪な盗賊相手に対処できる様な戦闘能力などない…のだが、

 

「まぁ、子ども相手に寄ってたかって…男らしくないわねぇ…」

 男たちの行く手に一体の鉄馬が立ちはだかる。全身を金属で覆った馬が流暢な人間の言葉で話しかけてきたのだ。事態が飲み込めず目を白黒させる男たちに構わず、ユニオがくるりと背を向け———男の1人に渾身の後ろ蹴りを叩き込んだ。

 

「ぶへぇっ‼」

 

 ユニオの蹴りが盗賊たちが纏っている安物の鎧を余裕でぶち抜き、一気に吹き飛ばした。なにせ全身が鋼鉄の塊であるこのユニコーンの重さは、大型の単車並だ。そんな質量が放つ蹴りと言ったら人間に耐えられるものである筈がない。

 その場で男たちは最早竦み上がって動けなくなっているが、下手に逃げられて応援など呼ばれたら堪ったものではない。ユニオの蹴りが2発、3発、4発…と立て続けに炸裂していき、轟沈した男たちが死屍累々と積み上がっていく。

 

 戦闘開始から僅か5分(レイト体感)と経たずに、盗賊たち全員は残らず完膚なきまでに叩きのめされ、お縄を食らう羽目になってしまった。現在は全員纏めて敷地内の木に縛り付けられている。

 

 身動きが取れない盗賊たちに追い打ちをかける様に、マヤがニヤニヤと笑いながらちょっかいをかけている…と言っても、顔に落書きをしたり、「1つ2ファーブル」「纏めて6ファーブル」と書かれたカードを貼り付けている程度だが、最早抵抗する気力さえなさそうな男たちは世にも情けない顔でされるがままになっていた。

 

「ホラホラ見たか!イキって人のコト見くびるからこんな目に合うんだよ?」

「…いや、君は何にもしてないからね?」

「それは貴様も同じだろう?」

 突如、背後から冷たい声が浴びせられる。振り返ると、案の定ゼオラがレイトに向けて、睨む様な視線を注いでいた。どうやらまた叱られるのか、と身構えるレイトに構いもせず、ゼオラがツカツカと歩み寄り、徐にレイトの胸倉を掴み上げた。

 

「戦いもせずにコソコソと…!貴様やる気があるのか⁉」

「いや、確かにそれは悪かったけど…でも、ディライトが必要になる事態でもなかっただろ…」

「変身しないと戦えないのか、貴様は!情けないと思わないのか…!」

 

 ゼオラの語気が荒くなり、手に更に力が籠る。慌ててマヤが止めに入ろうとするが、それより先に「そこまでよ、ゼオラ」と諫める声が上がった。

 誰であろう、アイリスである。

 

「言いたい事は分かるけど落ち着きなさい。事実、私たちだけでどうにかなったんだからそれでいいじゃない」

「しかし…!この男を甘やかす事はお嬢の為にも…」

「別に甘やかしてるつもりはないわよ。ただ、得意領域は人によって違うでしょ。私は適材適所って思ってるだけ…はい、という訳でこれ」

 そう言うと、小さな瓶をいくつも取り出し、レイトとゼオラの手に握らせた。スプレーの様なノズルが取り付けられたえんじ色の薬瓶はレイトも何度も使った事がある、対デブリス用の嫌忌剤だ。

 

「それ、今から2人で建物の外周に撒いてきて」

「えぇっ⁉な、何故私がこの男と…!」

「この広い範囲をレイト1人にやらせるのは大変でしょ。それじゃ、お願いね」

 優しく、だが有無を言わさぬ程の妙な迫力を秘めて、パラディンの少女がニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

「…全く…貴様の様な奴と一緒に作業しろなど…。一体お嬢は何を考えておいでなのか…」

「さぁね…まぁでも、アイリィは無駄な事はやらないでしょ」

「知った風な事を言うな!」

 

 相も変わらず取り付く島もないゼオラと一緒に門扉を潜り、レイトは修行所の外へと出た。外周をグルリと見渡す。建物や塀はかなり古いものらしく、あちこちが傷んでいる。建物自体もレイトがイメージする中世ヨーロッパの修道院に比べてかなり小さい。宗教施設というよりも、昔の木造校舎を思わせる見た目だ。

 

 だが小さいと言っても、普段の野営と比べるとかなりの広範囲なのは間違いない。確かにこれは1人でするのは骨だな、と思う。レイトは雑嚢(ざつのう)から嫌忌剤の瓶を半分取り出し、ゼオラに投げ渡した。

 

「それじゃ手分けしてやってこう。俺は右回りで撒くから、ゼオラは左回りで———」

「私に指図するな。それくらい分かっている!」

 

 はいはい、わかったよ…と密かに嘆息して、レイトは自分の作業を開始する。薬瓶の上に付いたノズルを地面に向け、薬液を2回ほど噴霧する。かけたらまた移動して、次の場所に噴霧、を繰り返すだけの単純な作業だが、薬液を撒きながらデブリスや獣の痕跡にも注意を傾けなければいけない為、なかなかに集中力を要するのだ。

 

 だが、半分はゼオラが受け持ってくれるのだから、下手すれば10分ほどで終わらせる事が出来るだろう…と考え、作業中の彼女に目を向けると、即座にそれが間違いだったと気付かされた。

 

 彼女はスタート地点の門扉近くから殆ど動いていなかった。それもその筈、1か所に10回近くも薬液を振りかけたかと思うと、すぐ横に移動してまた同じ様に1か所に…という事を繰り返しているのだ。薬を地面に振りかけながら、しきりに首を捻っている姿を見てレイトは殆ど確信していた。

 アレは絶対にやり方を分かってないな…と。

 

「…あのさぁ…不躾な事だとは思うけど…」

 だったら言うな!と言わんばかりにゼオラが睨み上げてくるが、やや焦った様な顔色の所為でいまいち迫力がない。第一これに関しては自分たちの安全の問題なのだ、と割り切って話を続けた。

 

「1か所にそんなに何回もかけなくて大丈夫だよ?2吹きくらいすれば、大概のデブリスには効果があるから」

 ゼオラが意外そうに目をパチクリさせる。嫌忌剤、という名前の響きからは想像もできないくらいこの薬は殆ど臭いがしない。だからこそ、その効果を疑わしく思い、何回も振りかけたのではないか…と思うが、これも正真正銘アイリスから聞いた話だ。

 

「あと、間隔もそんなに短くなくて大丈夫だよ。4~5ハンズ空けても、効果は十分出るから。そんなに短い間隔でやってたら、時間がかかるし、薬も足りなくなっちゃうから」

「そ、それくらい分かってる!懇切丁寧に説明するのは止めろ!」

 ゼオラが悔し気に顔を赤くする。そう言えば彼女はあまりデブリスとの戦いが得意ではない、と言っていた。だから、その分野の事にはあまり明るくないのだろう、と考えた所で先程アイリスが言った事を思い出した。

 

「…そうか。アイリィが言ってた適材適所ってこういう事だったんだ…。誰にでも得意・不得意があって、でもそれぞれの領分の中で上手く共同してやれれば良いって、そういう事を言いたかったんじゃ…」

「うるさいと言ってるだろ!さっさと仕事に戻れ!」

 レイトの言葉を遮って、ゼオラは再び作業を再開する。だが何だかんだ言いつつも、教えられた事を実践している辺り律儀な人なんだな、と思えた。先程よりもその姿を微笑ましく見つめながら、レイトも自分の作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 らしくもない事に従事している時ほど、体や脳に纏わりつく様な違和感を感じる事がある。思えば『主』に仕え、言われるがまま彼女の家族の列に加えられた時もそうだった。痺れにも似た様な違和が体に巻き付いてくる様な感覚を味わいながらも、それがどこか温かくて心地いい、とらしくもない感傷を持ってしまったあの日々。そんな時間にもすっかり馴染み、手放したくないと思える様になっていったのはいつ頃だったかな———?

 そんな感傷が幾度も頭を過ぎって離れていかないのは、その『らしくもない』事に従事している所為だ、とゼオラは何度目になるかわからない嘆息を漏らした。

 

 錬真術、という分野の事は門外漢すぎて彼女にはよく分からない。決してアイリスの事を疑う訳ではないが、こんな何の臭いもしない薬液をマーキングの如く地面に噴きつけるだけでデブリスの襲来を防止できる…という話は理解できても、実感として頭に入ってこない。この旅に出てからこっち、自分の想像の域を超える事が世に溢れているのだと何度も突き付けられてきた。

 

 中でもあんなひ弱そうな少年が、『救世の勇者(ディライト)』の継承者だ、等という話はその最たる例だ。スタート地点から丁度反対側にある門扉に辿り着き、そこでのんびりと暮れゆく空など眺めているレイトの姿を見止めながら、ゼオラは内心で毒づいた。

 

 同じだけの距離で作業した筈なのに、この少年の方が早く作業を終わらせているというのもいまいち納得がいかない。このまま無視してアイリスたちの元へ戻ろうかとも思ったが、そうも行かない。精一杯何でもない風を装いながら、ゼオラは少年の傍らへと近づいた。

 

「…作業、終了した。こちらに特にデブリスの痕跡らしきものはなかった」

「うん、わかった。俺の方は壁に大きめの裂け目を見つけた。一応その地点だけ嫌忌剤は多めに撒いておいたけど…後でトラップかなんか設置して置いた方がいいかも」

「…分かった。後でやっておく」

 散布作業が終わったら、こうして見回りの結果を報告するまでが仕事の内だ。淀みなく報告するレイトの顔を眺めながら、何故かまた無性に腹正しい気分になり、でもそれを悟られたくなくてゼオラは早々に身を翻した。

 

「それじゃ終わりだな。私は戻るぞ」

「あ、待って。一応上空散布もしておかないと」

 レイトに呼び止められ、ゼオラは思わず「ジョウクウ散布?」と聞き返した。この少年の前で無知を晒してしまった様で一瞬慌てかけたが、レイトは気にした風もなく空を指差しながら、「そう。上空散布」と説明した。

 

「こういう周りが山に囲まれた地形だと、山頂とかから飛行タイプのデブリス——それこそハルピーとか、モスマンとかが降りてくる事があるからさ…高台から嫌忌剤を撒いて牽制するわけ」

「あぁ…なるほど…」

 

 説明を聞きながら、先程から胸にわだかまる苛立ちの様な感情の根源が理解できた気がした。少なくともデブリスやそれらへの対抗手段に関する知識においては、自分はレイトに負けているのは間違いない。この少年には過去の記憶がなく、そういった事柄への知識は全くなかったと聞いているのだが、この世界を旅する過程でそういった知識を身に着けていったのだろう。そしてその背後には、間違いなくアイリスと紡いできた時間があり…。

 

 畢竟(ひっきょう)(うらや)みだったのだと思う。自分が彼女と共有する事が叶わなかった時間を、彼が持っている事への羨望というか。それだけで自分の足元が揺らいだ様な気になり、目の前の少年への攻撃性へと転化したのかと思うと、ただただ居たたまれない気がした。

 

「…わかった。で、どこから撒けばいいんだ?」

「なるべく高い所…さしあたりあの建物の屋根にでも登れたら…って思ったんだけど」

 

 レイトが敷地の中央に立つ建物の屋根部分を指差す。高さはかなりあるが…まぁ可能だろうと当たりを付けて頷く。別にこの少年を認めた訳ではないが、これ以上意地を張って自分の狭量さを自覚させられるのも御免だ。

 

 それに高所での作業は間違いなくゼオラの得意分野だ。あのお嬢様(アイリス)がそこまで自覚して命じたのかは分からないが、確かにこれこそ適材適所という奴だ、と思えた。

 

 腰の装備帯から1本の鉤縄を引っ張り出すと、それを屋根の上まで投擲した。ゼオラが子どもの時分より使い込んできた装備の1つは、まるで彼女の意思を宿すかの様に真っ直ぐ狙った地点へと飛び、引っかかった。そのまま強度を確かめる様に、思い切り引っ張る———だが次の瞬間、鉤縄が引っかかった地点がガラガラと崩れてしまった。

 

「…?なんだ…?やけに建物が脆いな…」

「…だね。見た感じ、そんなに古くは見えないんだけどな…」

 

 壁などに密集する苔や蔦などの様子から、この建物が放棄されてからおよそ3年くらいだと思われる。人工物は人の手が入らないと直ぐにダメになるが、それでもここまで劣化するものだろうか?と、レイトとゼオラは首を傾げるが、それで崩れた事実が覆る訳でもない。登れないのなら、中から上に登る方法を探すより他にない。疑問を取り敢えず脇へと追いやって、2人は建物の内部へと侵入した。

 

 ドアや窓もなかなかに脆くなっており、建物内部へ入ると木くずか埃の様な濛気が舞い上がり、視界を塞ぐ。中は更に薄暗いが、暗順応に優れるゼオラの目はこれ位では何の支障もない。巻き上がる埃を吸わない様に注意しながら、ゼオラは歩を進めた。

 

「これは…中に泊まるのはムリそうだな…」

「ちょっとゼオラ…あまり進みすぎると危ないんじゃ…」

「大丈夫だろ。足元は比較的しっかりしているし、迂闊に柱などに触れなければ———」

 

 だが転瞬、ゼオラの足が何かを踏み抜き、下方へと体が強く引っ張られる感覚を味わった。

 

 後で知った事なのだが、ゼオラが足を置いた地点、その下には地下へと続く階段が設けられていたのだ。何らかの影響で建物は全体がひどく脆弱になっており、地下への道を封じていた天板もその例外ではなかった。内部の階段は更にひどく劣化しており、降ってきたゼオラの体重すら支えきれず、彼女を更に地下底へと導いていった。

 

「…っ!ゼオラ‼」

 

 それが契機となったのか、建物の柱や梁までもが倒れ込み、開いた穴を塞いでいく。奈落へと沈みゆく視界が最後に捉えたのは、自分を追うかの様に暗がりへと飛び込んできた少年の姿だった。

 

 




皆さん一週間ぶりです。新年となってからの初投稿です。

今回から新章『昏迷世界』編となりました。世界観がこれからどんどん広がっていきます。

今回は敵側の視点を書けたのが楽しかったです。キャラクター達の行動や言動にも色々伏線を仕込んでいるので、ぜひそこにも注目して読んでいただけると嬉しいです。

ご意見・ご感想など頂けると励みになります。それでは。
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