◇◇◇◇◇
時は少し戻り、修行院の中庭。アイリスとマヤが野営の準備を進めていた。
今までならば山に分け入り、枯れ枝やかまど用の石を探したりしなければいけなかったが、マヤが同行する様になってからは事情が変わった。マヤの作った眷族型錬真具『ツールド・ファミリア』たちがその役目を引き受けてくれるからだ。
弓矢にも変形する、鳥型の
足元をピョコピョコと歩く大きな目を持つカエルが『ソーガンフロッグ』。
そして、石材を運んでプカプカと浮かぶマンタ型の機械が『エイジスランタン』だ。
任務を無事に果たしたファミリア達が、まるで「褒めて!」と言わんばかりにアイリスの足元を飛び跳ねる。その動作の可愛らしさ故か、それとも未知の錬真技術への興味か、アイリスが目を輝かせている。
「すごい…!この子たち、まるで自分の意思があるみたい」
「事実、あるんだと思うよ?作って直ぐは簡単な命令を聞くくらいしか出来ないんだけど、長く使い続けてるとこういう風に意思みたいなのを見せ始めるんだよね。何でなのか、
てへへ、とマヤが照れ臭そうに笑う。実際、生物の魂を核としているユニオみたいなタイプと違って、この小型の器具たちには人の錬真力に反応する鉱物・パワーストーンが埋め込まれているだけだ。だからこそ彼らはマヤの命令なしに動く事は基本しないのだが、時折こうして感情的な振る舞いをする事があるのだ。錬真術に深く精通するリンクス族にも未だ解明できない領域の1つである。
「ねぇ、この子たちって人間にも使う事が出来るのかしら?」
「どうかな…。人間の錬真力じゃ難しいんじゃないかな。…あ、ディライトに変身してる時のレイトだったら扱えるかもね」
ベアカンファーでの戦闘時、ディライトは空気中に散布した水蒸気を瞬時に氷塊へと精錬するという離れ業をやってのけた。あれ程の錬真力なら或いは———と思う。
「ねぇ、マヤ…。レイトの昔の話だけど…」
不意に、アイリスが口を開いた。
「レイトがミスリックナイツの変身に使う、あの霊薬…恐らく光のエレメントライドラッグだと思うんだけど…。あれって…昔から持っていたりしたかしら?」
「…ううん。持ってなかった、と思うよ。当時はまだ子どもだったから、流石に未知の霊薬を作り出せたとは思えないし…。…錬真術に興味を持ってたのは確かだと思うけど」
マヤは必死に当時の記憶を辿る。あれからもう9年近く経つのだろうか。2人が一緒に過ごしたあの時期は、短いながらもマヤにとってはとても濃密な日々だった。だからこそ、忘れる事が出来ず、こうして外の世界に飛び出してきたというのに———。
「…レイトが記憶喪失で、しかも今や勇者ディライトの継承者って…。何だか信じられないなぁ…」
結局ベアカンファーを出てからも、レイトと昔の話は出来ていない。何かと忙しかったのもあるが、結局2人を隔てていた9年間という時間が、両者の距離を徹底的に歪めてしまったのではないかと思えて、何となく触れる事が怖かったのだ。
だが、マヤのそんな懊悩を他所にアイリスは可笑しそうにクスクスと笑っていた。「なに?その笑い?」とマヤが問うと、アイリスが「いや…みんなそう言うからさ…」と微笑んで答えた。
「確かに普段のレイトって大人しくて、優柔だけど…でも、人の為に何かをしなきゃって思った時、躊躇なく飛び出す事が出来るんだって思う。そういう部分がきっと眠ってたディライトの力を蘇らせたんだって…私には思えた…」
「…分かってるよ、そんな事…。私の知ってるレイトも…そういう人だったから…」
アイリスが少し遠い目を浮かべながら、でも嬉しそうにレイトの事を話す姿が少し癪で、マヤは思わず口を尖らせた。
積み重なった年月故に変わった部分も確かにあるが、相変わらず優しすぎるくらい優しい彼の姿は、やはりマヤの知る彼だと思えた。
いつまでも恐れてばかりいても仕方ない。今度ちゃんと時間を取って、話をしよう———。そう決意した時だった。
ずぅん…!と。何かが崩れ落ちる様な音がしたのは。
「今のは…っ⁉」
「裏門の方だわ…。行きましょう…!」
何かが起こったという確信を抱え、アイリスとマヤが駆け出していった。
◇◇◇◇◇
「………ラ…ゼ………ゼオラッ!」
闇夜の闇夜の底に沈んでいた意識が浮上し、最初に捉えたのは何やら必死に自分の名を呼ばう声。そして傍らに寄り添う体温の気配だった。視界はまだ暗闇にいるようだが———否、実際に暗いのだ。恐らく自分たちがいるのは陽の光すら差さない様な密閉された空間で、小型ライドラッグランプの僅かな光源が周囲をうすぼんやりと照らすのみ。
刃を握る者として常に自分に緊張を強いるゼオラは、例え落ちていたとしても、意識的にリカバリーを早める事が可能だ。意志力を総動員して、瞬時に意識を回復させると、素早く状況を確認する。
体は———あちこち痛むが、恐らく大きな異常はない。
周囲は———暗いが、石畳の様なもので覆われた小部屋の様な場所だと分かる。恐らく落下した先にあった地下室かなにかなのだろう。
そして先程から横合いで自分の名前を呼んでいる声の主は———確かめる間でもない。落ちる直前、お節介にも自分を追って飛び込んできたあの少年だ。
「ゼオラっ…!大丈夫⁉どこか怪我とか…」
「…全部聞こえてる。耳元で騒ぐな」
言った後で、少しつっけんどんに過ぎたか…と思ったが、当のレイトは気にした様子もなく「…そうか…。良かった…」とホッと胸を撫でおろしている。またしても負い目の様な感情が鎌首をもたげ始める気配を感じたが、向き合っている時間はない。ソロソロと慎重に立ち上がり、腰の小袋から細長い筒状の薬瓶を取り出す。底部のコックを捻る事で、中に含まれた2種類の薬液が混じり合い、生物発光の様な淡い輝きを発する。小型ランプと比べても数段心許ないが、夜目が良く効くゼオラにはこれで充分だ。
「ここ…何処なんだろう?」
「恐らく、修行院の地下だろう。脱出用通路か、秘密の倉庫か…までは分からないが、ずっと真っ直ぐ落ちて来たんだ。それは間違いないだろ」
実際、建物の下にこうした地下施設が作られている事はさして珍しくもない。だが、レイトはいまいち納得がいかなそうに「そうかなぁ…?」と首を捻っている。
「そういうのって、他人から狙われる様な貴族とかが設けてるものじゃない?神聖教会の施設にそんなもの作るかな…?」
「じゃあ何だと言うんだ。自然に出来た様な場所か、ここが」
均等に作られた石のタイルが並ぶ壁は明らかに人工物だし、今や落下物に見る影もなく破壊されているが上層階に登る為の階段まであったのだ。
「それより目下の問題は…ここが何処かではなく、どうやって出るか…というところだ」
「あれだけの崩落があったから、流石にアイリィ達が気付いてくれると思うけど…」
「…これをどかすのは、流石に無理だろうな…」
頭上を見上げる。本来であるならばここから地上へ通じる道があったのだろうが、ものの見事に礫に塞がれ、上がる事は困難だと思えた。
「…というか、貴様はバカか?あのまま無闇に飛び込んでこないで、助けを呼ぶべきだっただろ。無謀にも程がある」
「そ、それはそうだけど…でも仕方ないだろ、飛び出しちゃったものは…」
そういうのを言い訳と言うのだ…と反駁しかけるが、だがこの状況下で言っても確かに仕方のない事だ。「はぁ…もういい…」と嘆息して周囲を見渡す。この場でこの少年が何の役に立つかは未知数だが…ライドラッグランプを持っていた事は確かに助かった。あまり
「兎に角、出口を探そう。この手の地下施設は崩落に備えて、どこかに出口がある筈だ」
ゼオラは自身の指を口に含んだ。唾で濡れた指先に、ヒヤリとした冷気を感じる。それは風が流れてきている、という証だ。ゼオラは大体の方角にあたりを付け、壁に近寄る。取り出した黒妖石の苦無を壁に当てると…石畳の間に僅かな隙間を発見した。苦無を押し込むとカチリ…と留め金の様な物が外れる音が響き渡り、石の壁がどんでん返しの様にグルリと回転した。
「おぉ…すげ…」
「感心してる場合か。行くぞ…」
発光薬を投げつけ、周囲の安全を確認しながら2人は歩き出す。しかし、言葉にしこそしなかったが、隠し扉とは確かに穏当な施設という訳ではなさそうだな…という予感がゼオラの胸中にわだかまっていた。
◇◇◇◇◇
一方その頃、地上でもアイリスとマヤが崩れ去っていた建物を発見していた。しかもその周辺には2人分の足跡と嫌忌剤が置かれていたのだから、レイト達が崩落に巻き込まれた可能性は直ぐにアイリスの頭に過ぎった事だろう。一見冷静そうに振る舞ってはいたが、即座に大型のスコップをローディングし、瓦礫の撤去作業を始めようとしてマヤに止められたあたり、かなり焦っていたのは間違いない。
「危ないって!ここの柱とか壁とか、凄く壊れやすくなってるし、下手すれば二次被害が出る!」
「…あぁ、そっか…でも…どうすれば…」
下手すれば崩れていきそうな膝を何とか支えながら、アイリスは懸命に頭を働かせた。
2人が巻き込まれた可能性を想定した時点で、周辺を捜索したが呼びかけに反応はなかった。恐らくだが、空中散布を行うために建物の内部に入って巻き込まれたのではないか、と思う。
これだけの崩落に巻き込まれて無事でいられる人間など普通はいない。もし、レイトが仮面ライダーディライトに変身していればゼオラを庇って無事でいる可能性は高いが———果たしてその時間はあっただろうか?
だがいつまでも心配ばかりしている訳にもいかない。結局状況を打開するには行動するしかないのだ、という事は旅の中で散々学んだ事だった。
「マヤ…ダイロクで2人を探せる?」
「…うん。やってみる!」
応えるとマヤの頭頂部からキツネ耳の様な『ダイロク器官』が立ち上がり、何かに集中するかの様にマヤは目を閉じた。このダイロク器官が展開している間、彼女は聴覚だけでなく、視覚・嗅覚・触覚などのあらゆる感覚が強化されるのだ。このリンクス族特有の能力の限界値がどこにあるのかは分からないが、人間には探知できない様な微細な臭いや音を頼りに怪物を追跡できる彼女のこの力なら或いは———。
一瞬にも、永劫にも思える様な数秒間が過ぎ、不意にマヤがカッと目を開いた。
「…いた。いたよ!生きてる!地下を人間が歩き回ってる感覚がする。声も微かに聞こえる…間違いない!レイトとゼオラだよ‼」
顔中に笑顔を浮かべてマヤが報告する。アイリスもホッと安堵の息を吐いた。
「よく分からないけど…地下に何か大きな施設があるみたい…。2人ともそこを移動してる…。多分出口を探してるんだと思うよ」
「そう…。出口の場所は分かる?」
「それが…途中で妙な気配が渦巻いてて…中の様子を上手く探れないんだよね…」
マヤがどこか苦しそうな表情を浮かべだした為、アイリスは慌ててそれ以上の感知野の展開を止めさせた。何故教会の修行院地下にそんな大掛かりな空洞が出来ているのか定かではないが、地下という環境はデブリスにとっては絶好のフィールドだ。マヤが探知した「妙な気配」というのがなんであるにせよ、2人にとっては余り好ましい状況であるとも言えないだろう。
「マヤ…もし、地下に何らかの施設があるんだとしたら…必ず他にも出入り口があるはずよ。それをファミリア達に探させる事は出来る?」
「任して!さぁ皆、出番だよ‼」
マヤが命じると3つの眷族たちが一斉に周囲へと飛び出していった。こうなっては後は彼らに任せて待つしか出来ないだろう。
陽星がそろそろ山の稜線に差し掛かり、空が赤と青のグラデーションを描き始める。そろそろ夜の世界がやって来るが、2人がいるであろう地下の世界にそんな事は関係ない。今でも先行きの見えない道を歩いているであろうゼオラ達の事を思いながら、アイリスは祈る様に目を閉じた。
◇◇◇◇◇
修行院の地下に埋まっている施設———恐らく緊急用の脱出経路か、はたまた対デブリス用のシェルターか何かか…という予想は早くも打ち砕かれる事になった。
脱出路か何かだとすればここまで広い必要はない。石造りの回廊にはいくつもの部屋が並んでいるし、更に近く深くへと続く階段もある。石壁に鉄の扉という重々しい光景もあってさながら監獄か何かを思わせるが、それにしては部屋の1つ1つが広すぎる気もするのだ。今や何も残されていないが、部屋には書棚や机が置かれていたのではないか、と思える痕跡も残されている。
レイトの知り得る限り、一番印象として近いのは廃墟となった病院だろうか。最も実物を見た訳ではなく、遊園地のアトラクションで得た印象ではあるのだが。
「なんかこう…幽霊でも出そうな雰囲気…」
お化け屋敷じみた印象からそんな言葉が口をついて出ただけなのだが、瞬間先頭を歩いていたゼオラがビクッと身を固まらせ…そして猛烈な速度でレイトを振り返り、恨みがましいものでも見る様に睨みつけてきた。
「ふ、ふざけた事を言っている場合かっ!真面目に出口を探せっ‼」
…何というか…。取り繕おうとしているのは分かるのだが、見ていて清々しい程に声が裏返っている。
「…え~と…なんかゴメン…」
「なぜ謝るんだバカモノォッ‼」
怒った様な泣き出しそうな顔で、ゼオラがレイトの首根っこを締め上げてきた。
「言っておくがな!私は常識で測れないものが何より嫌いなんだ!死んだ癖に動き回って斬る事も吹き飛ばす事も出来ない幽霊なぞその最たる例だ!決っっっっして、怖いなどと言ってるんじゃないぞっ‼」
「言ってない!そんな事言ってないから‼」
首を絞められ、更に地下室に反響する程の大声を浴びせられ、レイトの頭がクラクラする。と言うかそれって半ば認めちゃってるようなものじゃん…。
その時、ふと廊下の隅に何かが置かれているのが見えた。
「ねぇ、ゼオラ…あそこに何か置かれてる…」
「~~~っっ‼貴様はまたそうやって———っっ‼」
「違うってば!後ろ見ろ後ろを!」
レイトの指差した方向に目を転じると、確かに廊下の薄暗がりに何かがぽつねんと置かれているのが見えた。近寄ってみると、それは所謂『宝箱』だった。無論、蓋が円を描いたアーチ状になっている、いかにもな形の奴だった。
「なんか…如何にも怪しい気配がするんだけど…」
「あぁ…だが、何か手掛かりが入っているかもしれんしな…。開けてみるか…」
そういってゼオラは苦無を引っ張り出し、鍵穴に当てた。苦無は小型のナイフの様な形をしているが、その実穴掘りから鍵開けまで何にでも使える万能工具だ。しかもゼオラが使っているのは、『黒妖石』という鉱物で出来た特別製だ。鉄よりも軽い上にその切れ味は遥かに強く、デブリスの硬い皮膚すらも切り裂く事ができる。脆く割れやすい一面もあるが、昔から使い慣れているゼオラにはあまり関係ない。そろそろ解錠できそうだな、と更に力を込めた瞬間。
唐突に蓋がギィッ…と開き、中から飛び出した腐乱した様な青白い腕がゼオラを搦め取ろうとしたのだった。
「…っ⁉」
「ゼオラッ!下がって!」
慌てたレイトがゼオラの首根っこを掴まえ、後方へと引っ張った為、腕はただ空を切っただけで終わった。だが獲物を捕らえ損ねた腕はそれで諦めはしなかった。箱が倒れ込んだかと思うと、中から青白い人間の上半身の様なものが飛び出してきた。
箱から飛び出す人間というと、さながらびっくり箱の様だがこれはそんなファンシーなものではない。洞窟の中でもまるで淡く発光しているかの様な青白い肌はまるで水死体か何かを思わせる。身長以上はある腕を地面に着きながら、深海魚の様な生気のない目をゼオラたちに向けて、側頭部まで裂ける程の大口を開けていた。
「…何だ、コイツは…っ⁉」
「『ミミック』だ…!ゼオラは下がってて!」
目の前の奇妙な怪物———名を『ミミックデブリス』と言う。フェアリークラスタに分類されるこの怪物は下半身が宝箱の様になっているのが特徴で、普段は墓所や地下など暗くジメジメした場所に潜み、自らを開けようとする人間を積極的に捕食する生態を持つ。何故このような特異な姿を持つに至ったかはまだ分かっていないが、奇妙な姿を持つデブリスとして前にアイリスから説明を受けていた事が幸いした形だった。
箱型の下半身を引き摺るミミックは一見愚鈍そうに見えるが、獲物を捕らえる腕の力は非常に強靭だ。石畳を掴み、力を込めるとミミックは恐るべき勢いでこちらへと跳躍してきた。
だが、それと同時にレイトも腰にベルトを巻き付け、既に準備を終えていた。
「変身!」
〈ミスリックナイツ!〉
レイトが変身した仮面ライダーディライトがその突進を受け止め、続けざまに胴部に向けて蹴りを放った。どうやらミミックにとって光の霊薬は特効となるらしく、甲高い悲鳴を上げて床に転がったミミックの胴部には火傷の様にくっきりと足形が穿たれていた。
好機とばかりにディライトはトランスラッシャーを抜き放ち、その体を真ん中から両断しようとする———が、ミミックは次の瞬間にはその体を箱の中へと引っ込め、刃を受け止めた。この“箱”は一見ただの木箱の様だが、その実岩以上に強固なこの怪物の外殻の様なものらしい。トランスラッシャーの刃がカキィン!と手ごたえのない音を響かせ、その隙をついてミミックの腕がディライトの胸板に打ち付けられた。
僅かにふらついたディライトをミミックの長い腕が掴むと、それこそ万力の様な力で押さえつけて大きく開けた口内へと引きずり込もうとする。全身が銀のマテリアメイルに変化している今の自分を食べて旨いのかは甚だ疑問だが、こんな不気味な怪物に頭から飲み込まれるなど想像もしたくない。何とか腕を振り解こうと力を込めた刹那、
「レイト、目を瞑れ!」
そんな声が後方から爆ぜ、ディライトは反射的に目を閉じた——というか、視神経を遮断した。次の瞬間、床にカランと音を立てて転がった筒状の物体から、膨れ上がる様な閃光が発して周囲の闇を塗りつぶしていった。
ゼオラが持つ手投げ式爆弾の1つ、閃光式鎮圧弾『
しかも、暗闇を生息域とするミミックはこの手の攻撃には相当に弱い様だった。苦し気にのたうち回るミミックの腕を振り払い、ディライトは後方へと跳躍する。そしてベルトに刺さった2つの霊薬を別の種類へと素早く交換した。
〈ウォーター!オリハルコン!ファンタスティック!躍動のレシピ‼〉
「再錬成‼」
〈オールセット、ディライト!フリーズダウンスクラプター!レイザードナイツ‼〉
ディライトの姿がミスリックナイツから、青と青銅色のレイザードナイツへと変わる。ミミックは見かけと大きくかけ離れた俊敏さでこちらを翻弄するが、こういった狭い空間内で相手を制圧する能力にかけて、この水のファンタスティックヒットの右に出る者はいない。レイザードナイツの全身から放たれた凍気が瞬く間にミミックの全身を凍り付かせ、その動きを封じた。
〈エブリッション!ヴァリアントスプラッシュ‼〉
氷杭を纏ったディライトの両拳のラッシュがミミックへと
レイトは変身を解除すると、後方へと目をやった。
「ふぅ…。ありがとう、ゼオラ。助かったよ」
だが、ゼオラは決まり悪そうに目を背け、「別に…」と呟いた。
「…私は何もしていない。デブリスの罠にも気付かず、危険を増やした。それだけの事だ…」
よく見ると、周囲には人の人骨と思しきものがいくつも転がっている。冷静に周りを見れば罠を悟る材料はいくらでもあったのに、それを見逃しかってに危機に陥っただけの事だ。だがゼオラの自省の念などどこ吹く風、といった顔で少年は「そうかなぁ?」と笑っていた。
「ゼオラがあそこで援護してくれなかったらヤバかったよ。アイツあんな冗談みたいな見た目してるのに、意外と力強くってさ…いや、マジで本当にやられるって思ったもん…」
「お前は本当に…」
自分の至らなさにあっけらかんと向き合えるこの少年の資質が少し羨ましくもあった。だが「ん?何か言った?」といつもの呑気そうな顔を浮かべるレイトにその仔細を説明してやるのも癪だったので、「何でもない!」と一刀両断した。
「…何でお前はそれだけの力があるのに…あの盗賊ども相手に戦おうとしなかった?」
ゼオラの問いにレイトは「何でって…」と少し考え込む様に頭をかいた。
「…俺が強い訳じゃないよ。強いのは…あくまでもディライトの方だから…」
「…どういう意味だ?」
腰に巻き付けたベルト———ディライトドライバーにレイトがそっと手を当てる。
「…俺が戦えてるのは、このベルトのお陰みたいなものでさ…。この力は飽くまでも借り物で…でも人相手に振るうのは余りに強力過ぎるから…キチンと自分の力になる時まで無闇に振るっちゃいけないって思ってるんだ…」
レイトがたどたどしく、どこか申し訳なさそうに口にする。そういえば前にアイリスから、彼が他者とトラブルになり、ディライトの力を振るった結果、相手側に怪我を負わせてしまったという話を聞かされていた。正直、非があったのは明らかに向こうだったわけだし、しかも自分たちの命を奪おうとした相手に怪我を負わせた程度でなぜそこまで思い詰める必要があるのかゼオラにはいまいち理解できない。だが、それは常に渦中に身を置いてきた自分だからこそ言える事であって、それを飽くまでも普通の人間である目の前の少年に求めるのは違うのかもしれないな———。ゼオラは僅かに嘆息した。
「…甘ちゃんだな、お前は。そんな心構えで、この先本当に生きていけると思うのか?」
「…うん、そうだね…ゴメン…」
「…男が簡単に謝るな」
どこか所在なさげに謝るレイトに対して、しかしゼオラは意外にもピシャリとそう言い放った。
「周りにどう言われたとしても、最後まで貫く事が出来ればそれは本物だ。もし力を自分のものにしたいって思うなら、最後までそのまま貫いて見せろ。そしたら甘ちゃんって言葉は撤回してやる」
そう言って———微かに不敵そうな笑みを浮かべてレイトに一瞥をくれると、ゼオラは先を歩いて行った。何だか狐につままれた様な心持になったレイトは、慌てて先程より近くなったその背中を追いかけた。
◇◇◇◇◇
「そう言えば…気になってたんだけどさ…」
迷宮の探索はなかなか出口が見えてこず、そうなってくると次第に2人にも焦慮の気持ちが湧き上がってくる。どこか重たくなる空気を紛らわしたくて——という程でもないが、レイトがおずおずと口を開いた。
「ゼオラはアイリィの護衛役と
「あぁ、そうだな」
ゼオラが頷く。それは会話の端々から何となく察していた。だがそれを差し引いても気になっていた点が1つ。
「…なのにさ…どうしてゼオラとアイリィは、一緒に旅をしてなかったわけ?」
気になってはいたが、ずっと聞くのが憚られていた事だった。レイトと出会った時、アイリスは1人でパラディンとしての旅をしていた。護衛役だと言うのであれば、何故アイリスにあそこまで強い忠誠心を持っている彼女が一緒にいなかったのか?と思っていたのだが、何やら立ち入ってはいけない様な雰囲気を感じ、今まで尋ねあぐねてのだ。
ゼオラは少し目を伏せ気味にして、「あぁ…その事か…」と呟いた。どこから話したものかな…と思案しながら、ゼオラは慎重に口を開いた。
「…お嬢が…やんごとなき身分のご令嬢だと言って…お前は信じるか?」
「え…?ああ、うん…何となくそう思ってた…」
アイリスの言葉や所作の端々からはどこか品というか、育ちのよさの様なものが漂っているとは思っていた。というか、ゼオラがそもそも「お嬢」と呼んでいるし、いくら物騒な世の中だからといって、護衛役が付けられる人間なんて限られるだろう。
「…2年前、お嬢の肩にあの紋…パラディンの証が出現してな…。お嬢はずっと昔からパラディンに憧れていたし、それはお喜びになったのだが…旅に出る事を、ご家族に反対されてな…」
「ああ…なるほどね…。でも確かに…デブリスがうろつく世界に娘を出したくなって思うんじゃないかな…」
神聖騎士に叙任される、という事が一体どれ程の名誉なのかレイトにはいまいちピンとこないから言える事なのかもしれないが。
「それだけが理由、という訳でもないんだが…。まぁ、でもお嬢の決意も固かった。そこで夜中に私と2人で屋敷を抜け出す事にしたんだが、見つかってしまってな…。そこで私が囮となってお嬢を外へと出したんだ」
「…え~と…でもそれって…ゼオラは平気だったの?」
ゼオラの行動は主家の意向に逆らった事を意味する。それはかなりマズい事なのでは?と思うが。ゼオラが少し自嘲気味に笑った。
「まぁ…普通なら死罪にされてもおかしくないんだろうが…オーエン様——お嬢のお父上の執り成しもあって許してもらえたよ。…それでも1年程は屋敷から出しても貰えなくなったが…」
「なるほど…。それで合流が遅れたのか…。…それにしても…昔からアクティブなお嬢様だったんだなぁ…」
「違いない」
ゼオラが思い返す様にクスクスと笑った。
今の話を大雑把に纏めると、アイリスは実はそれなりの身分があるお嬢様なのだが、パラディンとなる為に家出をしたという事になる。以前彼女からディライトやパラディン達はこの世界の人々の拠り所なのだという話を聞かされたが、それになる為に安息の地すら飛び出してしまうとは驚くべき行動力だ。自分なぞ仮面ライダーとして戦う決意を固めるのに、相当な時間を要したというのに…。
「なんでそこまでして、パラディンになりたいって思ったのかな…」
「昔、お嬢の生家に旅のパラディンが泊った事があったんだ。本人に直接確かめた訳じゃないが…その方からパラディンとしての使命や旅の話を聞き、それで憧れを持ったんじゃないか、と思ってるよ…」
「へぇ…凄いな…。それで夢を叶えちゃったんだ…」
「…ん…。…まぁ…そうだな…」
ゼオラが珍しく、やや曖昧に首肯した。その口調にもどこか——ほんの一瞬だったのだが——どこか言い淀む様な雰囲気を感じた気がした。何かマズい事を言ったかな?と気になったが、それを打ち消す様にゼオラが急に「気を付けろよ」とこちらを振り返った。
「これまた私の推測だが…あれはお嬢にとって初恋の様なものだ。あまり情けない姿ばかり見せてると、お前が食い込む余地などなくなるぞ?」
ニヤリと笑いながらゼオラが言い放った。瞬間、レイトは胃の中身が沸騰して体全体から蒸気が噴き出る様な感覚を味わった。
「は、初恋って…!って違う、そこじゃなくて…!食い込む余地って…一体何言い出すんだよ、急に…‼」
「別に?分かりやすい奴だと思ってな」
「~~~…っ!!!…そ、そんな事はいいんだよっ!それより、前見て前っ‼」
「おっと…?」
したり顔で頷くゼオラの追求から逃れようとレイトが前方を指し示す。するとそこには重々しい鉄の扉が立ち塞がっていた。今までの簡素な作りの扉とは打って変わったその威容についに出口に到達したか、と2人は色めきだった。だが、先程のミミックの件もあるので慎重に扉を検分する。扉には頑丈な鍵が据え付けられており、ゼオラの苦無でもこじ開けられそうにはなかった。
「『鉤蜂』で破壊するしかないな…」
そう言って吸着式の爆弾を取り出し、鍵部分へと押し当てた。やがて爆音と共に指向性の衝撃波が鍵を破壊し、扉がギィ…と重々しい音を立てて開いた。
だが、果たしてそこにあったのは出口ではなかった。
「な、なんだよコレ…?」
扉の先の異様な光景に2人は思わず固唾を飲んだ。
これまでよりも遥かに高い天井と広さを持つ部屋。鋳鉄製の棚がいくつも設置され、更にそこに無数の透明な容器が所狭し並んでいる。そして容器の内部には———溶液に浸された小型の怪物が押し込められていたのだった。
以上、アイリスとゼオラの過去編でした。
忘れている方もいらっしゃると思いますので、ここら辺でもう少しパラディンについて絶命を。
『パラディン』はその体に紋章が出現する事で、教会よりかつてのパラディンの生まれ変わりだと認識されます。そしてその後、訓練期間などを経て、旅立つ事となるのです。
今回はここまでです。
ご意見・ご感想など頂けると励みになります。
それでは。